わが国税制の現状と課題 -21世紀に向けた国民の参加と選択-

平成12年7月

本文目次

はじめに

21世紀における日本を展望するとき、経済社会の構造変化に税制がどのように対応していくのか、財政のあり方との関連において租税の果たすべき機能をどのように考えるのか、といったことを改めて検討し、税制全体を21世紀にふさわしいものに改革していくことが求められています。このような検討に当たっては、国民一人一人の参加と選択が従来にも増して重要になっています。

当調査会は、税制論議への国民の参加と選択のために必要となる判断材料を幅広く提供するという考え方の下、税制と経済社会の関わり、税制についての検討の視点、各税の現状と課題などについて検討を行い、ここに答申をとりまとめました。答申においては、なるべく多くの方々に税制に関する諸論点を理解していただけるよう、基礎的な事項を含めて、幅広く盛り込むこととしました。

この答申により、税制の現状と課題についての国民の理解が深まり、国民参加の下に、21世紀を展望した今後の税制改革論議が行われることを期待してやみません。

序説 -税制のあり方の選択に当たって-

1.シャウプ勧告から50年が経過し、20世紀の最終年を迎え、わが国はあらゆる面で節目を迎えています。21世紀を展望すれば、少子・高齢化の進展はまもなく人口の減少という新たな局面に入ります。また、情報化を伴う国際化の進展とともに企業活動が多様化し、金融取引の多様化、経済のストック化、ライフスタイルの多様化など様々な構造変化が見込まれます。こうした構造変化の中で、バブル崩壊後、わが国経済は低迷を続け、同時に膨大な財政赤字の累積が進行しつつあります。1980年代後半以降、世界の多くの国々・地域が深刻な経済危機を克服して力強い回復を示す中で、わが国経済は貴重な10年間足踏みを続けたとの見方もありますが、21世紀に向けて明るい展望を拓き、「公正で活力ある社会」を実現するため経済社会のシステム全体の根本的な改革が求められています。

税制については、これまでも、少子・高齢化の進展への対応や経済の活性化などの観点から、消費税の創設をはじめ税制全般にわたる改革に取り組んできました。今後の経済社会を展望するとき、政府の役割や行政の手法を見直し、個人や企業の創意工夫をより尊重するための諸改革を進めるとともに、税制については、所得課税をはじめ、消費課税、資産課税等を含めた税制全般について抜本的な見直しを行い、税制全体を21世紀にふさわしいものに改革していくことが求められています。

2.近年の経済状況を振り返ると、わが国経済は、アジア通貨危機の影響や金融機関の相次ぐ破綻などにより、平成9年秋以降極めて厳しい状況に陥りました。このため、税制面では、特別減税を実施したほか、過去最大規模の個人所得課税及び法人課税の恒久的な減税が実施されています。また、歳出面では、公共事業の大幅な追加などの景気対策が実施されました。

わが国経済の現状を見ると、厳しい状況をなお脱してはいませんが、これらの政策効果もあって景気は緩やかに改善を続けており、今後、民需中心の本格的な景気回復が期待される状況になっています。

反面、わが国財政は、これらの景気対策の実施もあって、多額の公債発行に依存せざるを得ず、租税が果たすべき財源調達機能が極めて不十分となり、財政事情は極端に悪化しています。地方財政も厳しい状況にあります。まずはわが国経済が民需中心の本格的な回復軌道に乗ることが確認されることが必要ですが、経済の持続的成長の観点からも財政構造改革は必ず実現しなければならない課題です。財政構造改革を検討する際には、社会保障のあり方、中央と地方との関係や経済社会のあり方まで視野に入れて取り組む必要がありますが、歳出のあり方についての徹底した見直し論議と併せて、税制についても国民的な議論を避けて通ることができないものと考えます。

3.税制は国民生活、経済活動、そして社会のあり方と密接に関連するものです。税制のあり方を考えることは、国のあり方をどのように考えていくかということでもあります。このため、国民一人一人が今後の税制論議に参加し、その上で、あるべき税制について選択していくことが重要です。

私たち国民は、今後のわが国税制のあり方について、どのような視点から議論を行い、そして、何を選択していかなければならないのでしょうか。

この答申では、まず、改めて租税の意義と役割を考えた上で、次のような様々な課題について検討を行っていくこととしています。

(1) 税制を考える場合、「公平・中立・簡素」という原則を常に念頭に置かなければなりませんが、具体的にはどういうことなのでしょうか。

(2) 先に述べたような様々な経済社会の構造変化が進む中、税制はどのような課題を抱えているのでしょうか。

(3) 今後の国・地方を通じたわが国財政のあり方をどのように考えればよいのでしょうか。財政構造改革が課題とされていますが、どのように取り組むことが適当なのでしょうか。また、このことと租税負担を含む国民負担の水準や税制のあり方の論議はどのように関わってくるのでしょうか。

(4) 地方分権の推進に伴い、国と地方の役割分担の見直しや地方税財源の充実確保など自立的な財政運営の確立が課題とされていますが、どのように検討していくことが適当なのでしょうか。

(5) 近年、所得課税の抜本的な見直しをはじめ、消費課税、資産課税等を含めた税制全般についての見直しが検討課題とされてきています。租税を国民皆が広く公平に分かち合いつつ、21世紀の経済社会の構造変化や今後の財政状況に対応していくためには、具体的にどのような見直しが必要なのでしょうか。

1) 個人所得課税は、従来から、各種の租税の中でも大きな規模の課税対象を持ち国民一人一人の負担能力に応じた分担を実現できる税として、税体系の中で基幹的な役割を担っていますが、わが国の個人所得課税は、今、どのような負担状況となっているのでしょうか。21世紀における個人所得課税の意義・役割をどのように考えていくべきなのでしょうか。

2) 法人課税については、税率が既に国際的に見て遜色ない水準にまで引き下げられました。今後のあり方について、国際化の進展など経済社会の構造変化の中で、どのようなことが課題となっているのでしょうか。また、地方税である法人事業税への外形標準課税の導入が課題となっていますが、どのように進めていけばよいのでしょうか。

3) 消費税は、少子・高齢化の進展に伴う国民福祉の充実等に必要な歳入構造の安定化などに資するために平成元年から実施され、その後、平成6年の税制改革による税率引上げ・地方消費税の創設等(平成9年4月実施)を経て、税体系の中で重要な地位を占めるようになりましたが、今後、その役割やあり方をどのように考えていくべきなのでしょうか。

4) これらの税を含めて様々な税がありますが、先に述べたような経済社会の構造変化や財政状況の中で、各税がどのような課題を抱え、どのような観点から検討を行っていく必要があるのでしょうか。

以上のような諸課題について、以下、「第一 基本的考え方」、「第二 個別税目の現状と課題」に分けて、それぞれ論じていくこととします。

第一 基本的考え方

一 租税の意義と役割

1.公的サービスと租税

(1) 公的サービスと政府の役割

日々の生活に必要な様々な財やサービスが消費されています。この中には市場メカニズムに委ねておいては十分に提供されないものがあり、それらは政府が「公的サービス」として提供しています。外交、防衛や警察、消防、司法などは、誰もがその負担の有無にかかわらず便益を受け、ある人が便益を受けても他の人の便益を妨げないという性格から、市場からは全く提供されない可能性があります。また、生活や産業を支える基盤となる水道や道路などの社会資本、次代を担う人材を育成するための教育、安心できる生活を確保するための社会保障などは、市場のみに委ねた場合には必ずしも必要な量や水準が確保されないおそれがあります。

生命・財産を守り平和で安全な暮らしを確保するために、外交、防衛や警察、消防、司法といった公的サービスは、なくてはならないものです。これらは、およそ国というものが形成されるようになって以来その基本的な役割とされてきました。また、水道、道路といった社会資本は、便利で快適な生活を送ったり、産業を発展させ経済的に豊かな社会を築いたりしていくために、また、自然環境を守ったり災害を防いだりするために、重要な役割を果たすものです。さらに、教育によって子供たちが社会生活に必要な能力を取得していくこと、社会保障によって、貧しい人を社会全体で支えたり、病気、障害、老齢などに伴う生活上の不安を取り除いたりすることなどを通じて、より安定した社会を築いていくことが可能となります。

以上のように、公的サービスは、家計や企業の働きを補完し、広く社会の構成員全体の利益に適う役割を果たしており、私たち国民は、日々、様々な公的サービスの便益を享受しています。公的サービスは、社会を形成し、その社会を安全で安心できるものとし、経済活動などを通じて豊かなものとしていく上で欠かすことのできないものです。

(注)政府がどの範囲の公的サービスをどの程度提供するかは、最終的に国民が選択する問題です。政府の役割を、外交、防衛や警察、司法などに限定すべきという考え方(いわゆる「夜警国家論」)もありますが、現代では、その範囲は、国民の生命・財産を守ることに始まり、社会資本の整備、教育、社会保障、産業政策など、幅広い分野にわたっています。

(2) 租税の基本的な機能

公的サービスは、このように国や社会を成り立たせるために欠かすことのできないものですが、その提供には費用がかかりそれを賄う財源が必要となります。様々な公的サービスの中には個々人が受ける便益が明確なものがあり、そのような場合には手数料や保険料といった形で費用を賄うことになります。しかし、公的サービスは、基本的には社会の構成員が広く便益を受けるものですから、個々人にとっての受益と負担とを直接結び付けることができない性格のものです。このため、公的サービスの費用は、価格を付けその対価を調達できないことから、直接の反対給付を伴わない租税という形で賄うことになります。

このように、租税の基本的な機能は公的サービスの財源を調達することにあります。租税は、社会を成り立たせるためになくてはならないものですから、民主主義社会では、社会の構成員である国民が自ら負担しなければなりません。また、公的サービスによる便益は社会の構成員が広く享受するものであることからも、租税は皆で広く公平に分かち合うことが必要です。このようなことから、租税は「社会共通の費用を賄うための会費」ということができます。

(注)租税の最も基本的な機能は以上のような公的サービスの財源調達機能ですが、経済社会との関連では、税制は所得再分配機能を担っているほか、経済自動安定化機能も有しています。

1) 所得再分配機能

市場による所得や資産の分配は、遺産や先天的能力など個人の努力以外の要因による格差が存在することなどから、社会的に見て望ましいものになるとは限りません。税制は、個人所得課税や相続税の累進構造などを通じ、社会保障給付などの歳出とあいまって、所得や資産の再分配を図る機能を担っています。

2) 経済自動安定化機能

個人所得課税や法人課税は、好況期には名目経済成長率の伸び以上に税収が増加して総需要を抑制する方向に作用し、不況期には逆に税収の伸びが鈍化して総需要を刺激する方向に作用することで、制度改正などを伴わず自動的に景気を安定化する役割(ビルトイン・スタビライザー機能)を果たしています。

2.租税と民主主義

(1) 歴史的に民主主義が確立していく過程で、国民一人一人が社会や国の運営に参加する権利と義務を有するようになってきたことに伴い、社会共通の費用を賄う租税は国民一人一人が広く公平に分担する必要があるという考え方が浸透してきました。

租税については、公的サービスの財源としてどの程度のものが必要か、それを具体的に誰が、どのように分担するか、というルール(税制)が必要です。民主主義の下では、このルールは最終的には国民の意思によって決定されます。租税を納めることは自らの受益と直接関係なく金銭等を拠出するものですから、あらかじめ定められた手続に基づいて国民の合意の下にルールが決められなければなりません。一方、国民皆がルールに基づいた納税を行わなければ、必要な税収は集まらず、また、不公平が生じますので、ルールに強制力を付すことによって実効性を持たせる必要があります。(これが国家の課税権と言われるものです。)

このようなことから、日本国憲法では、納税を国民の義務とし、また、租税法律主義を明記しています。

今日のわが国税制の礎を築いたシャウプ勧告(昭和24年9月)は、このような憲法の趣旨にも則り、個人所得課税を税体系の中心と位置付けつつ、申告納税制度を柱とした近代的で安定的な税制を提言したものでした。租税法律主義は、国民が経済社会の中でいつどの程度の租税を負担することになるのかについての予見可能性を保障し、また、法律が変更されない限り負担は変わらないという法的安定性を保障する役割も担っています。

(注1)日本国憲法の規定

・第30条

国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。

・第84条

あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。

(注2)シャウプ勧告

シャウプ勧告は、連合国軍最高司令官の要請により昭和24年5月10日に来日したカール・シャウプ博士を中心とする使節団により作成され、同年9月15日に日本税制の全面的改革案として発表されたものです。この包括的な税制改革提案は、昭和24、25年の税制改革においてその勧告内容の多くが実現され、現在までの日本の税制に大きな影響を与えています。

(2) 議会制民主主義の下では、税制は主権者である国民の意思を反映して議会で決められます。具体的には、国権の最高機関であり国民の代表で組織される国会で法律として議決されなければなりません。実際に国会の場で審議するのは国民の代表者ですが、私たち国民は代表者を選出することを通じてその議論に参加するほか、様々な場で議論に参加していくことが必要です。

租税は、公的サービスと表裏一体であり、国民が自ら拠出するものです。また、後に述べるように、税制は、経済社会と相互に深く関係しています。このようなことから、私たち一人一人が、国民として、納税者として、かつ有権者として、税制について考え、議論に参加することが求められることとなります。

(3) 現代の民主主義国家においては、20世紀後半における経済の発展や社会保障の充実などに伴い、国民全体が豊かになり、国民一人一人の経済力もより大きなものとなってきました。また、公的サービスも多様な分野で提供され国民がより幅広く享受するようになってきています。したがって、現代国家においては、公的サービスを賄う租税を国民皆が広く公平に分かち合うことが、それ以前の時代に比べて格段に重要なものと考えられます。

ともすれば、人は自らには多くの公的サービスを求めつつ、租税の負担はなるべく少なくしたいと考えがちですが、一定の公的サービスを賄う場合には、自らの租税の負担軽減は他の人々への負担の増加を意味することを忘れてはなりません。

また、民主主義の下では、公的サービスの充実については合意しやすいものの公的サービスを賄うための個々人の負担を定める税制についての合意は得にくいという指摘があることに留意する必要があります。公的サービスの財源の多くを公債に頼ると、それにより公的サービスの提供に必要な費用が本来の水準より低いものであるとの錯覚が生じ、将来世代にその負担を安易に先送りし続けることとなりかねません。

私たち現世代は、公的サービスや租税のあり方を選択することにより、同時に将来世代の受益と負担に関することも少なからず決めてしまっている面があることから、現在投票権を行使できない将来世代に負担を先送りする選択を行っていないかということに常に留意しなければなりません。私たち国民は、社会の構成員として税制についての議論に参加していきますが、その際には、将来世代のことも併せ考えておくことが必要です。

(4) 租税のあり方を考えることは、社会の構成員であることを自覚し、公的サービスのあり方、社会や国のあり方を考えることや、今日に至る民主主義の歴史を顧みることにもつながります。21世紀の日本を担う子供たちにも、できるだけ早い時期から、租税について考える機会を持ってもらうことが重要です。

現在、学校教育の中で租税教育が行われていますが、租税の知識を学ぶだけでなく、外国の例に見られるように、租税の意義・役割などを身近な問題として受け止め、租税を通じて日常の社会生活を考えるようにしていくことが大切であると考えます。今後、学校教育の中で租税教育がより重視され、子供たちが、租税を通じて公的サービスのあり方、社会や国のあり方を考える機会が充実されていくことを強く期待したいと思います。

(参考)租税と民主主義の歴史

かつて国の主権が国王などの統治者にあった時代、統治者によって恣意的に租税が課されることがありました。1215年イギリスにおける大憲章「マグナ=カルタ」において、「一切の楯金(軍役内納金)もしくは援助金は、朕の王国の一般評議会によるのでなければ、朕の王国においてはこれを課さない。」という条項が挙げられたことは、そのような歴史を転換するきっかけの一つでした。

近代になり、常備軍と行政組織を有するようになった国家が自国の富を増やす活動のために課税を行い、他方で、課税される資本家(国民)が自由な企業活動を求めるようになり、国の政治への参画を求める議会制民主主義への要求へとつながっていきました。

イギリスにおいて、権利請願(1628年)、権利章典(1689年)を経て、租税を含む国家による金銭の徴収一切は国民の代表で組織する議会で法律として決められることとなりました。

アメリカ独立(1776年)の際にも、「代表なきところに課税なし」として、国民がその代表者を議会に送り、国の政治に参加できなければ、租税を払う必要はないと唱えられました。

フランスの人権宣言(1789年)においては、「武力を維持するため、及び行政の諸費用のため、共同の租税は不可欠である。それはすべての市民の間でその能力に応じて平等に配分されなければならない。」、「すべての市民は、自身でまたはその代表者により公の租税の必要性を確認し、これを自由に承諾し、その使途を追及し、かつその分担額・基礎・徴収及び存続期間を規定する権利を有する。」として、およそ民主主義国家にあっては、国家の維持及び活動に必要な経費は、主権者たる国民が共同の費用として代表者を通じて定めるところにより自ら負担すべきものであり、国民がその総意を反映する租税立法に基づいて納税の義務を負うことが定められました。

このように、租税のあり方は、歴史的にも議会制民主主義の発展と深く結び付いてきました。わが国においてもこのような歴史の流れを経て明治憲法に租税法律主義が明記され、現在の憲法の規定へとつながっています。

3.公的サービスと国民負担

(1) 租税の十分性

租税の量はどのようにして決まってくるのでしょうか。私たち国民が必要とする公的サービスを求めることと租税でその費用を賄うこととは、国民全体として受益と負担という表裏一体の関係にあります。

公的サービスの提供を求める場合、それに対応する租税の負担を受け入れる必要があり、それができないのであれば、公的サービスの享受をあきらめなければなりません。このように、公的サービスは租税などで賄われる財源の範囲内で供給されることとなります。言い換えれば、租税は、公的サービスを賄うのに十分な量であることが求められます。

公的サービスは、市場における競争を経ないことから、ともすれば無駄な供給や過大な供給が行われかねないことに注意が必要です。租税の十分性を考える場合、公的サービスの供給が最も効率的なものとなっているかどうかについて常に点検が必要であることを忘れてはなりません。

(2) 政府の大きさと国民負担

現代においては公的サービスの中でも社会保障給付が重要な位置を占め、その費用は社会保険料でも賄われています。このため、租税負担にこのような社会保険料による負担(社会保障負担)を加えた全体の負担(国民負担)と、社会保障給付を含めた公的サービスとの関係を考えておかなければなりません(国民負担については「四 2.財政の現状と課題」で、社会保険料については「四 3.税と社会保障」で詳述します。)。

国民負担の大きさも、公的サービスの大きさに一致することが基本です。一方、租税や社会保険料は基本的には個人や企業の経済活動の中から分担していくものですから、過度に大きな負担は国民にとって自分の判断で自由に使える所得を小さくし、ひいては社会全体の活力を損なうおそれがあります。

このような国民負担を伴ってもなお必要な公的サービスの大きさとはどの程度のものなのでしょうか。「大きな政府か、小さな政府か」、「高福祉・高負担か、低福祉・低負担か」ということが言われます。これは、最終的には私たち国民がどのような公的サービスの水準とそれに対応する国民負担の水準を選択するかにかかっています。その際、公的サービスが最も効率的に提供されていることが前提であることは言うまでもありません。

4.税制と経済社会との関わり

(1) 一般に、社会は様々な年齢・職業にある人々や企業等の営みから成り立っています。その中で「社会共通の費用を賄うための会費」として、必要な租税を、誰が、どのように分担していくべきなのでしょうか。その方法を決めているものが税制です。私たち国民は、個々の税制をどのような仕組みとするのか、税制全体としてどのような税体系を構築していくのか、といったことを具体的に決めていかなければなりません。その際、様々な社会の構成員がいる中で、どのような税制が公平なのかという観点が特に重要です。租税は個々人が公的サービスから受ける便益と量的には直接結び付かないものであるだけに、すべての人が完全に満足するような税制というものは現実には見出しがたいのかもしれません。しかし、その中においても、私たちは、民主的手続を通じて、国民全体として最も納得のいく税制を選択していかなければなりません。

(2) 経済活動は、個人や企業等により行われ、その内容も様々なものがあります。例えば個々人は、働くことや事業を営むことなどにより所得を得て、所得や資産の取崩しによって財やサービスを消費し、所得のうち消費しなかった部分を貯蓄あるいは投資するなどの経済活動を行っています。租税は、これらの経済活動の循環の中で様々な局面において課されています。

(3) 租税は、公的サービスに必要な費用を基本的には個人や企業が経済活動の中から分担していくものですから、税制が経済社会に何らかの影響を与えることは避けられません。しかし、その場合でも、税制は、公的サービスの財源調達機能を十分に果たした上で、社会の活力や経済の発展の妨げとならず、個人や企業の自由な経済活動にできるだけ影響を与えないものであることが望まれます。このようなことから、税制は制度として安定していることが求められると同時に、経済社会に大きな構造変化が生じる場合には、それに対応して見直していくことが必要となります。

以上のように、税制と経済社会とは相互に深く関わりますので、税制のあり方について検討を行う場合には双方の調和を保つという観点が重要です。

(4) 税制は国の様々な制度の中でも根幹的なものであり、個人や企業が経済活動を行う上で主要な「インフラ」とも言うべきものです。個人や企業は、自らの行動を計画する際、その時点の税制をも前提として織り込みます。したがって、先に述べたように税制の安定性が大切であるとともに、皆に理解しやすい仕組みとしていくことも重要です。

ニ 税制と基本原則

1.租税の種類と税体系

(1) 租税には様々なものがあり、国税と地方税という課税権の主体による分類をはじめ、いくつかの視点から分類が行われます。

「所得課税・消費課税・資産課税等」という分類があります。これは、税負担の尺度となる課税ベースを経済活動のいかなる局面に求めるかに着目した分類であり、国際的な統計でも用いられています。

1) 個人の所得は、消費や貯蓄などに向けられる支払能力の源となるものです。この所得に租税の負担能力(担税力)を見出して課税するものが個人所得課税であり、所得税・個人住民税があります。また、法人の事業活動等から生じる所得に課税する法人税・法人住民税などの法人所得課税があります。

2) 財・サービスの消費が所得を得たり資産を取り崩したりすることにより得られる経済力の行使であることに着目し、財・サービスの消費に担税力を見出して負担を求めるのが消費課税です。消費税・地方消費税、酒税、たばこ税、揮発油税などがあります。

3) さらに、資産を取得したり保有したりしている場合、所得の稼得や財・サービスの消費に着目した場合には捉えきれない担税力に着目し、資産に対しても課税が行われます。無償で資産を取得した場合に課税を行うものとして相続税など、資産を保有している場合に課税を行うものとして固定資産税、都市計画税などがあります。このほか、資産が移転するときなどに課される登録免許税、不動産取得税などがあります。

(2) 税制全体は、単一の税目のみではなく、いくつかの税目から成り立っています。それぞれの税目には、それぞれの長所があるとともに、相対的に見れば何らかの問題点も持っています。税収が特定の税目に依存しすぎる場合、その税目の課税対象となる人々の負担感が過重になるなどの問題点が出てきてしまいます。このため、所得・消費・資産等に対する課税を適切に組み合わせることにより、全体として偏りのない税体系を選択していくことが必要です。諸外国の税制においても複数の税が組み合わされています。

(3) 幅広い分野にわたる公的サービスの財源を賄うため複数の税が組み合わされていますが、それらのうち、使途を特定せず一般経費に充てるために課税されるものを普通税、特定の経費に充てるために課されるものを目的税と言います。また、目的税を含め、税収の全額または一部を特定の公的サービスに要する費用の財源に充てることとされているものを特定財源等と言います。一般に、ある税の収入を特定の公的サービスに要する費用の財源に充てることは、その公的サービスの受益と負担の間にかなり密接な対応関係が認められる場合には一定の合理性を持ち得ますが、他方、資源の適正な配分を歪め、財政の硬直化を招く傾向があることから、その妥当性については常に吟味していく必要があると考えられます。

(注1)所得・消費・資産等に対する課税の各々には、相対的に見れば、それぞれのメリット・デメリットがあります。

1) 所得課税は、垂直的公平に適う税です。各種控除などにより個々人の担税力に対してきめ細かい配慮が可能です。また、景気変動に伴う税収の変動が経済自動安定化機能を果たします。

一方、負担が過重となれば、累進構造による負担累増感が勤労意欲や事業意欲を阻害するおそれがあります。また、所得の正確な捕捉が必ずしも容易ではないという面があり、所得の種類により課税ベースの把握に差が生じるおそれがあります。

2) 消費課税は、水平的公平、世代間の公平に優れた税です。消費に広く公平に負担を求めることができ、歳入構造の安定化に資するものです。なお、消費に負担を求める背景の一つとして、財・サービスの生産などにより得られた所得に対して課税するよりも、財・サービスを消費し、その効用を享受する際に課税する方が望ましいとするいわゆる支出税的な考え方もあります。

消費課税は消費に担税力を見出して比例的な負担を求めるものですが、所得が多いほど消費せずに貯蓄される割合が大きくなるため、消費課税の負担は所得に対しては逆進的であるという指摘がなされています。

3) 資産課税等は、富の再分配を通じた資産格差の是正や機会の平等の確保、所得課税の補完の観点から垂直的公平の確保に適しています。また、フローの経済活動への影響が少ないという見方もあります。

一方、様々な資産の価値を評価する難しさやキャッシュフロー(支払に充てるための資金)がないところにも課税する難しさがあります。

(注2)租税の分類には、以下のような区分があります。

1) 国税と地方税:課税主体が国である税を国税、地方公共団体である税を地方税と言います。地方税は更に道府県税と市町村税とに分類されます。

2) 直接税と間接税:法律上の納税義務者と担税者が一致することが予定されている租税を直接税と言い、納税義務者が税を財・サービスの価格に転嫁し、最終的には購入者(消費者)が負担することが予定されている租税を間接税と言います。直接税と間接税との税収の比率を直間比率と言うことがあります。直間比率は、その時々の経済状況や税制のあり方の検討の結果として出てくる数値であることに留意が必要です。

3) 従量税と従価税:数量1単位当たりの税率で課される税を従量税、価額単位で課される税を従価税と言います。

2.税制の基本原則

租税は、公的サービスを賄うために十分な量が必要であり、国民皆が社会の構成員として広く公平に分かち合っていかなければなりません。そのためにどのような原則により税制を構築することが望ましいかについては、従来から各種の租税原則が提唱されてきましたが、それらは結局「公平・中立・簡素」の三つに集約することができます。

「公平・中立・簡素」の意義や重点の置き方は、経済社会の構造変化に伴って変わってくることもありますが、この三つの原則が税制を考える上での基本であることは21世紀においても変わらないと考えられます。

(1) 公平

「公平」の原則は、税制の基本原則の中でも最も大切なものであり、様々な状況にある人々が、それぞれの負担能力(担税力)に応じて分かち合うという意味です。水平的公平と垂直的公平とがあり、さらに、近年では世代間の公平が一層重要となっています。

等しい負担能力のある人には等しい負担を求めるという水平的公平は、いかなる経済社会状況においても変わることのない最も基本的な要請です。経済が国際化・複雑化している中にあっても、税の制度面・執行面を通じてこの要請に常に応えていかなければなりません。なお、理論的に優れた制度であってもその執行が困難であればかえって不公平であることから、税制の検討に当たり、円滑な執行が確保できるのかという観点も重要です。

垂直的公平とは、負担能力の大きい人にはより大きな負担をしてもらうということです。これは、個人所得課税などの累進構造などによる再分配機能をどの程度発揮させるかということに関わってきます。かつて、現在より所得等の格差の大きかった時代には、垂直的公平を個人所得課税などの強い累進性により確保することが適当であるとの考え方が支配的でした。近年では、国民全体の所得水準の上昇と平準化を背景に、累進性を緩和させる方向で税制の見直しが行われてきました。今後については、所得等の格差がどのように変化していくか、それに対する国民の受け止め方はどうかについて、注視していく必要があります。

世代間の公平については、異なる世代を比較した場合の負担の公平が保たれているかという観点と、それぞれの世代の受益と負担のバランスが保たれているかという観点との両方から考える必要があります。少子・高齢社会においては、人数が相対的に少なくなる勤労世代だけが税負担を行うこととなれば、その負担が過重となり経済社会の活力を阻害してしまいかねません。このため、高齢者であっても個々人の経済事情・負担能力に着目し、経済力のある人はそれに見合った負担を行っていくことが重要になると考えられます。また、現世代が公的サービスを賄うための十分な租税を負担せず、その結果、公債という財源調達手段へ依存する場合、それが世代間の公平を損なうことになるという問題があります。公債は、参加と選択の機会のない将来世代にも負担を求めるものですが、現世代が負担を伴わない公的サービスを受けることが恒常化すれば公債が雪だるま式に累増し、将来世代の一人一人に重い負担がかかることとなり、将来の経済社会の活力や発展に悪影響を与えます。特に、急速な少子・高齢化の進展の下では、このような意味における世代間の公平を確保することが極めて重要であり、現世代は、後世代の負担に対して従来以上に配意していくことが求められます。

(注1)応能課税・応益課税

必要な租税の量を国民皆で広く分かち合うような税制を構築する上での原則が「公平・中立・簡素」に集約される租税原則ですが、かねてより、何に応じて分かち合うか(「能力」か「利益」か)によって、応能課税、応益課税という分類があります。応能課税は各々の負担能力(担税力)に応じて課税するのが適当とする考え方、応益課税は各々が公的サービスから受ける便益に応じて課税すべきとする考え方です。

租税は、国民が広く便益を受ける公的サービスの費用を賄うものですから、応益の要素が存在します。他方、手数料や保険料のように負担と受益が個別に明確である場合と異なり、応益課税のみを貫くことも困難です。

なお、地域住民による負担分任という性格を持つ地方税には、応益課税の考え方がより求められると考えられます。

(注2)世代間の公平という議論に関連して、いわゆる「世代会計」が研究されています。世代会計は、時間の経過に沿って、政府からの受益と負担を世代別に分解し、生涯を通じた純受益又は純負担の割引現在価値を世代別に推計するものです。

定量的な分析については仮定の置き方による差異があることや統計の制約があること、また、税制や社会保障制度などが民間活動にもたらす影響は考慮していないことなどに留意して見ていく必要がありますが、これまでに世代会計を用いたいくつかの分析がなされています。

平成7年度の経済白書において、現世代及び将来世代の世代会計や将来の政府の財政収支に関する推計が行われ、現在の40歳代以下の世代では生涯の負担が受益を上回る一方、現在の50歳代以上の世代では下回る、また、「見えない政府債務」(将来の政府収支の割引現在価値)及び現在時点での政府の純債務の合計が将来世代にとって1世帯当たり約1,300万円の追加負担になるという分析が示されています。

平成11年度の経済白書では、拡大する財政赤字がどの世代に帰着するかについての試算が行われ、おおむね40歳代以上であれば、改革を先送りすればするほど負担の増加を免れることができるが、それ以下の世代では、改革を先送りすることにより負担が増加するおそれがあることなどが示されています。

日本銀行金融研究所が行った海外委託研究である「世代会計の国際比較」(「金融研究」1998年12月号)においては、新生児世代と将来世代の純税額について国際比較などを行っており、ほとんどの国において高齢化が進んでおり世代間不均衡が見られるものの、わが国では少子・高齢化の進展が著しいことから、諸外国に比べて特に世代間不均衡が大きなものであることなどが示されています。

このような世代会計の研究が行われるようになった背景には、将来世代の負担を従来の財政赤字という概念だけでは捉えきれないという問題意識があるとされており、少子・高齢化が急速に進展するわが国において、世代間の公平について検討していく際には、このような着眼点は有益と考えられます。

(2) 中立

租税は、基本的には個人や企業の経済活動の中から分担していくものですから、税制が経済社会に対して何らかの影響を与えることは避けられませんが、「中立」の原則とは、税制ができるだけ個人や企業の経済活動における選択を歪めることがないようにするという意味です。公的サービスの提供は、経済の発展に寄与するものですが、その財源調達手段となる税制ができる限り経済活動や経済の発展に支障を来さないようにすることが大切です。また、政府の役割が見直され、市場の機能を発揮することによる資源配分が従来以上に重視されるようになってきており、個人や企業の潜在能力を最大限に引き出して経済社会の活力を促すという観点から、「中立」の原則は一層重要なものとなっていくものと考えられます。近年では、特に、国際化・情報化と企業活動の多様化などに伴い、企業形態に対して中立的な税制を構築していくことや、国民のライフスタイルの多様化の中で就業形態、労働供給と余暇との選択、消費選択などに対する税制の中立性を確保していくことなどが求められるようになってきています。

(3) 簡素

「簡素」の原則とは、税制の仕組みをできるだけ簡素なものとし、納税者が理解しやすいものとするということです。

個人や企業が経済活動を行うに当たって、その前提条件として、税制は常に考慮される要素です。税制が簡素で分かりやすいこと、自己の税負担の計算が容易であること、さらに納税者にとっての納税コストが安価であることは、国民が自由な経済活動を行う上で重要です。

また、納税者側のみならず、執行側のコストが安価であることも税制を検討する上で重要な要請です。

さらに、そもそも税制の仕組みを国民に分かりやすいものとしていくことは、国民が税制論議に参加し、望ましい税制や公的サービスのあり方、国のあり方を選択していく上でも、極めて重要です。

(4) 三つの原則の関係

「公平・中立・簡素」は、常にすべてが同時に満たされるものではなく、一つの原則を重視すれば他の原則をある程度損なうことにならざるを得ないというトレード・オフの関係に立つ場合もあります。例えば、個人所得課税において、公平の観点から個人の担税力を調整するものとして、各種控除などによって個々の納税者に対するきめ細かい配慮を行うことが可能ですが、他方、制度の簡素性が損なわれることとなりかねません。

いずれにしても、税制を考えていく上では、税制全体として公平・中立・簡素の基本原則に則しているかどうかということが重要です。

(5) 課税ベースと税率

租税を検討する場合、課税ベースの広さと税率の高さはともに主要な要素です。同じ税収を確保する場合、両者は反比例の関係にあり、課税ベースが狭ければ税率は高くならざるを得ません。税収が一定という前提の下では、なるべく課税ベースを広くして、その分低い税率によって負担を求めていくことが、公平・中立・簡素という基本原則に整合的となります。すなわち、課税ベースを広くすることによって、経済力を広く捉えて公平に負担を求めたり、税制が経済活動に与える影響を小さくしたり、仕組みを簡素なものとしたりすることが可能となります。また、政策的配慮からの特殊な例外を極力設けないようにすることも重要です。

(6) 経済社会の活力

様々な経済社会の構造変化が進展する中で、経済社会の活力を維持していくことが求められており、この点は、税制のあり方を考える場合にも考慮していかなければならない視点です。

一定の税収を確保しつつ経済社会の活力を維持するためには、まず、税負担が特定の人々に偏ることなく、国民皆が広く公平に負担を分かち合うことが大切です。特に、少子・高齢化が進む中では、勤労世代のみの負担が過重となったり、いたずらに将来世代へ負担の先送りをしたりすることは、現在及び将来の経済社会の活力の足枷となりかねないことに留意しなければなりません。また、個人や企業の能力を引き出しつつ、それらの自由で活発な経済活動ができる限り確保される必要があり、税制は個人や企業の経済活動における選択に対して「中立」であることが強く求められます。さらに、水平的公平が損なわれたり一定の垂直的公平が確保されなくなったりすると、税制への信頼が損なわれかねず、個人や企業が経済活動を行う上での社会基盤が安定したものにならなくなるおそれもあります。

このように、経済社会の活力を維持していくためにも、税制全体として、公平・中立・簡素という基本原則をどのようにバランスさせ、偏りのない税体系を選択していくかということが重要です。

(7) 税制の基本原則と国際的整合性

経済活動の国際化が進展する中、国際的な競争力や経済の活力維持などの観点から、わが国税制の仕組みや負担水準があまりに諸外国とかけ離れたものになることは望ましくありません。したがって、税制の検討に際しては、国際的な整合性の観点にも留意しなければなりません。このような観点から、法人課税の実効税率や個人所得課税の最高税率などについて、見直しが行われてきました。

一方、租税は公的サービスの財源調達手段ですから、わが国の税制と各国の税制とを比較する場合は、財政状況がそれぞれどうなっているかを踏まえておかなければなりません。また、そもそも各国の税制はその国の歴史や文化、経済や社会の仕組みを反映して構築されていることも念頭に置く必要があります。後に見るように、わが国では、個人所得課税の負担や消費税率を見ても、また、租税負担率を見ても諸外国に比べて低く、一方、財政赤字は諸外国に比べてはるかに巨額となっています。

このように、税制を検討する際、国際的整合性に留意することは必要ですが、まず、租税の基本的機能である財源調達機能が適切に果たされているかどうかを踏まえておくことが必要です。

(8) 税制の基本原則と租税特別措置等

特定の政策目的を実現するための政策手段として、租税特別措置等があります。これは、基本的に特定の人々の負担を軽減することにより、特定の政策目的の実現に向けて経済社会を誘導しようとするものです。このため、租税特別措置自体は、「公平・中立・簡素」という租税原則に反するものとなります。

したがって、租税特別措置等については、そもそもその特定の政策目的自体に国民的合意があるのかどうか、政策手段として税制を用いることが本当にふさわしいのかどうか、「公平・中立・簡素」という原則より優先してまで講じるだけの政策効果があるのかどうか、政府による裁量的な政策誘導になりはしないかなどについて、慎重な検討が求められます。また、公的サービスの提供に必要な租税の量を一定とすれば、特定の人々に対する負担軽減は他の人々の負担増加につながるものであることも忘れてはなりません。

租税特別措置等についてすべてを不合理と断じるわけにはいきませんが、税制によって経済社会を誘導しようとすることには自ずと限界があります。また、一旦優遇措置が講じられるとそれが既得権益化し、政策効果の再検討が十分行われないまま優遇措置が長く継続してしまうことになりがちです。

租税特別措置等については、以上のような観点から、今後、そのあり方を見直していく必要があります。

(参考)租税原則

どのような租税をどのような理念に基づき課すべきか、といった税制の準拠すべき一般的基準を追求して説かれたものが租税原則です。有名なものとしては、アダム・スミスの4原則、ワグナーの4大原則・9原則、マスグレイブの7条件があります(資料2)。

租税原則は、各時代の経済社会情勢などを反映してそれぞれの力点の置き方が異なりますが、税負担の公平性、経済への中立性、制度の簡素さといった基本的な諸要請においては、相通じていると考えられます。

三 近年の税制改革の流れと現状

1.近年の税制改革の流れ

現在、シャウプ勧告から50年、消費税導入から10年といった節目の年を経過したところです。税制については、これまでも少子・高齢化や国際化の進展などの経済社会の構造変化などに対応して、消費税の創設をはじめ、個人所得課税、法人課税についても抜本的な改革を行うなど、税制全般にわたる見直しを進めてきています。

また、バブルの生成から崩壊に至る過程での土地税制や金融税制の見直し、恒久的な減税など近年の景気対策を優先した税制面での対応により、税制の姿は大きく変化しています。

税制の今後の課題を検討するに先立って、まず、近年、公平・中立・簡素の基本原則を踏まえつつ、どのような考え方の下にどのような税制改革が行われてきたかを概観することとします。

(1) 昭和62・63年の抜本的税制改革

高度経済成長から二度の石油危機を経て、わが国の経済社会は大きく変化しました。所得水準の上昇と平準化、消費の多様化・サービス化、人口構成の高齢化、経済取引の国際化といった経済社会の構造変化の中で、シャウプ勧告を基礎とするそれまでの税制について種々の問題が提起されるに至り、昭和62年から昭和63年にかけて、抜本的な税制改革が行われました。

諸外国においても1970年代末から80年代にかけて、石油危機に伴うインフレや経済成長の鈍化の中で政府部門の拡大及び所得課税負担の増加が生じていたことなどを背景に、税制の大幅な改正が行われていました。主要国では、イギリスのサッチャー首相による税制改革、アメリカのレーガン大統領による税制改革に見られるように、所得課税の重税感や高い限界税率による活力の低下などの弊害を取り除く観点から、課税ベースの拡大を図るとともに、個人所得課税の税率引下げ・累進緩和や法人課税の税率引下げが行われていました。ヨーロッパ諸国では、所得課税の負担軽減を図るための財源確保や財政赤字の削減のため、付加価値税の税率引上げ等が行われていました。

(注)その後の90年代には、アメリカにおいて、垂直的公平を回復させるという観点などから個人所得課税の税率の刻み数の増加、最高税率の引上げが行われるという動きもありました。

1) 抜本的税制改革前の税制を見ると、しばしば減税が行われた高度成長期が終わり昭和50年代に入ってからは、個人所得課税の本格的な見直しが行われなかったこともあり、税体系が所得課税に大きく依存することとなり、個人所得課税の累進度がかなり強い下で負担の累増感が高まっていました。また、所得の種類間における捕捉のアンバランスが指摘されていたこともあって、税負担の水平的公平の確保に対する関心が従来以上に高まっていました。

それまでのわが国の消費課税は、主要国の中で唯一、長い間奢侈性や便益性などに着目して課税する物品税を中心とした個別間接税のみに依存するものとなっていました。このため、物品間での課税のアンバランスが生じ、また、サービスに対する課税が行われていなかったことなどから、消費の多様化やサービス化といった変化に対応しきれておらず、税制の公平・中立・簡素の観点から大きな問題を抱えていました。

また、本格的な少子・高齢化社会の到来を控え、より豊かな経済社会を築いていく視点からは、従来の税制のままでは、高齢世代に比べ相対的に人数が少なくなる勤労世代の負担がますます増大し、勤労意欲や事業意欲が阻害されることになりかねないと考えられていました。より多くの人々が社会を支えていけるような税体系を構築するとともに、社会保障をはじめ増大する財政需要を支えるために安定的な歳入構造を確保していくことが重要な課題となっていました。

2) これらの状況を踏まえ、個人所得課税を引き続き税体系の中心と位置付けつつ、その負担が過重になって勤労意欲・事業意欲を阻害することのないよう大幅な負担軽減を図ることとし、税率構造の累進緩和・簡素化や各種控除の見直しが行われました。また、資産性所得について、課税の公平を確保するため、利子課税の見直し(一般的なマル優制度等の廃止・一律源泉分離課税制度の導入)や株式等譲渡益の課税化(原則非課税制度の廃止)を通じ課税の適正化が行われました。法人課税についても、税負担の公平の確保のほか、経済の活性化や税制の簡素化などの観点を重視して、課税ベースが拡大されるとともに実効税率の引下げが行われました。

消費課税については、税体系全体を通じた実質的な税負担の公平を図るとともに、高齢化の進展などにより増加する公的サービスの提供に必要な歳入構造の安定化に資するため、消費一般に対して広く公平に負担を求めていくことが必要と考えられました。限られた物品・サービスにのみ負担を求めるそれまでの間接税制度を抜本的に改め、広く消費一般を課税対象とする売上税の創設が検討され、昭和62年に法案が国会に提出されましたが廃案となりました。その後、売上税をめぐって行われた指摘・論議を踏まえ、個別間接税を整理・合理化するとともに消費税を創設することが検討され、昭和63年12月、間接税制度の改革を含む税制改革関連法が成立し、消費税も平成元年4月に実施に移されました。

以上のように、昭和62・63年の税制改革は、経済社会の構造変化を踏まえ、公平・中立・簡素の基本原則に基づき、社会共通の費用を賄うための負担はできるだけ国民が広く公平に分かち合うことが望ましいとの考え方の下に行われた、シャウプ勧告以来の抜本的な改革でした。

(2) 平成元年以降の税制改革

平成元年以降の経済状況と税制の変遷は次頁の(資料1)のとおりであり、昭和62・63年の抜本的税制改革を踏まえつつ、その後の経済社会の構造変化に対応した税制の見直しが進められるとともに、その時々の景気情勢に配慮した措置も講じられてきました。

1) 経済社会の構造改革に対応した税体系の改革等

平成6年の税制改革においても、少子・高齢化の進展をはじめとするわが国経済社会の構造変化などに対応するため、個人所得課税を税体系の中心に据えつつ、消費課税のウェイトを高める改革が行われました。また、バブルの生成と崩壊の過程において、土地や金融をめぐる状況の変化や企業活動の環境変化などに対応する各般の政策対応・制度改革が行われ、税制としても、これらに適切に対応する観点から様々な取組みが行われてきました。

イ.平成6年の税制改革

この税制改革は、少子・高齢化が進展していく中で、公正で活力ある福祉社会を実現するためには、公平・中立・簡素の基本原則に基づきつつ、高齢化社会を支える勤労世代に過度に負担が偏らないよう世代を通じた税負担の平準化を図り、社会全体の構成員が広く負担を分かち合うことが重要であるという考え方に立って行われたものです。平成6年11月に関連法が成立し、国民が公平感を持って納税し得るような税体系を構築する観点からの税制改革が実現されることとなりました。具体的には、個人所得課税について、中堅所得者層を中心とした税負担の累増感を緩和するため、全体としての税率構造の累進緩和などによる税負担の大幅な軽減を行いました。消費税について、社会の構成員が広く負担を分かち合うよう、中小事業者に対する特例措置等について必要な見直しを行い、税率を引き上げることにより消費課税の充実が図られました。同時に、地方分権の推進、地域福祉の充実等のため、地方税源の充実を図る観点から、消費譲与税に代えて地方消費税が創設されました。

平成6年の税制改革は、経済社会の構造変化に対応した改革であると同時に、景気対策という側面をも併せ持ったものでした。すなわち、経済状況に配慮して、消費税率の引上げ等を平成9年4月実施としつつ、個人所得課税について、平成7年(度)以降の制度減税を行うとともに平成6年(度)から8年(度)の特別減税を組み合わせ、先行減税が実施されました。

平成9年4月から消費税率の引上げが実施されたことや個人所得課税の特別減税が平成9年(度)に継続されなかったことが、その後の景気後退の主な原因となったのではないか、との見方があります。消費税率の引上げ等は、わが国経済が緩やかながら回復を続けている中で、平成6年秋に法定(消費税率等についてのいわゆる検討条項も設けられていました。)されたとおり、平成9年4月から実施されたものです。平成9年1~3月期に消費税率引上げ前の駆込み需要が発生したため、同年4~6月期においてはその反動が現れ、民間最終消費支出の伸びがマイナスとなったことも事実です。しかし、同年7~9月期においては、民間最終消費支出は、対前期比でプラス1.6%、対前年同期比でもプラス0.5%と増加に転じており、駆込み需要の反動減の影響を脱して、緩やかながら回復傾向にあったものと見ることができます。平成9年度後半以降における経済の停滞については、様々な要因が指摘されていますが、同年秋以降の金融機関の相次ぐ破綻による金融システムへの信頼低下やアジアにおける通貨・経済危機が、バブル経済崩壊に伴う資産市場の低迷や不良債権問題の顕在化とあいまって、家計や企業の心理を悪化させるとともに、金融機関の貸出し態度を慎重なものとさせ、実体経済に影響を及ぼしたことに留意する必要があります。

ロ.土地税制

土地については、いわゆる土地神話などを背景に平成元年12月に土地の公共性などを基本理念とする土地基本法が制定され、土地税制の見直しを含む総合的な土地政策の推進が求められました。平成3年から4年にかけて、土地譲渡益課税の適正化や地価税の創設など土地税制改革が実施されました。この改革は、土地に関する適正・公平な税負担の確保という視点と、土地の資産としての有利性を縮減し、土地投機を抑制しながら土地の有効利用等を図るという土地政策上の視点を踏まえたものでした。なお、土地税制については、その後の地価下落と景気低迷の中で税負担の軽減が図られてきており、平成10年には地価税を課税停止し、土地譲渡益課税についても平成7年度から11年度にかけての改正によってバブル期以前よりも低い税負担となっています。相続税についても、バブル期における地価の異常な高騰などを受けて、昭和63年以降累次にわたる減税が行われてきましたが、その後の地価の大幅な下落とあいまって、その負担は大きく緩和されています。

ハ.金融税制

金融については、金融の自由化・国際化が進展し、わが国の金融システムが市場の競争原理の下で大きな変革を迫られました。こうした金融システム改革に対して、税制として時機を失することなく対応を行いました。例えば、平成10年4月の外国為替管理制度の自由化に対応して国外送金等に係る調書提出制度が創設されたほか、特定目的会社(SPC)、ストック・オプションに関する税制上の措置などが講じられました。平成11年度税制改正においては、株式等譲渡益課税の適正化と併せ、有価証券取引税、取引所税を廃止することとされました。また、円の国際化に資する観点から、一括登録国債利子の非居住者等の源泉徴収免除やTB・FBの発行時の源泉徴収免除といった措置が、代替的な適正課税の担保措置に併せ、講じられました。

ニ.法人税制

法人課税については、昭和40年の法人税法全文改正以来、全般的な課税ベースの見直しは行われていませんでしたが、平成10年度税制改正において課税ベースと税率の両面にわたる法人税制改革が行われました。これは、法人課税について、経済活動に対する税の中立性を高めることにより企業活力と国際競争力を維持する観点から、引当金、償却制度等について課税ベースを適正化するとともに実効税率を引き下げることとしたものです。

2) 近年の景気対策と恒久的な減税等

わが国経済は、アジア通貨危機の影響や金融機関の相次ぐ破綻などにより、平成9年秋以降極めて厳しい状況に陥りました。平成9年度の実質GDP成長率はマイナス0.1%と昭和49年度以来のマイナスを記録し、翌平成10年度もマイナス1.9%となるなど、深刻な状況が続きました。このため、景気回復を図る観点から、財政・金融などあらゆる政策手段を駆使して対応することが求められ、税制面でも景気に最大限配慮することが求められました。平成10年(度)には個人所得課税について二度にわたる特別減税が実施されました。平成11年度税制改正においては、1年限りの減税では景気対策としての効果が不十分ではないかとの指摘をも踏まえ、景気に最大限配慮して、個人所得課税及び法人課税について6兆円を相当程度上回る恒久的な減税をはじめ、住宅ローン減税などを含む過去最大規模の減税が実施され、現在、これが継続されています。この恒久的な減税の一環として、個人所得課税の最高税率の引下げ、法人課税の実効税率の国際水準並みへの引下げが実現しました。恒久的な減税は、このように将来の抜本的改革の方向を一部先取りした内容を含んでいますが、景気への配慮から負担軽減となる措置のみを実施したものでした。個人所得課税や法人課税の課税ベースなどの見直しは今後の検討課題として残されました。

2.わが国の税負担の現状と国際比較

わが国の今後の税制のあり方を考えるに当たっては、わが国の税負担の現状がどうなっているのか、どこに特徴があるのかということについて、諸外国との比較を含めて把握しておくことが必要です。

(1) 税負担の現状と国際比較

国税・地方税を合わせた税収規模は平成12年度で約86兆円であり、税目ごとの税収見込みは次頁の(資料2)のとおりです。税収の国民所得に対する割合(租税負担率)は22.5%(見込み)で、わが国の租税負担率は主要先進国の中で最も低くなっています(資料3)。特に、個人所得課税の負担率が諸外国に比べ低くなっており、このことが租税負担率の低さの要因の一つとなっています。個人所得課税については、累次の税制改革における負担軽減や景気対策としての減税により、負担水準は主要先進国中最も低く、特に、中低所得者の負担が小さいものとなっています。

(注)1.日本は12年度当初予算ベース。日本以外は「Revenue Statistics 1965-1998 (OECD)」「National Accounts (OECD)」及び各国資料により作成。

2.租税負担率は国税及び地方税合計の数値である。また所得課税には資産性所得を含む。

3.日本の法人所得課税の租税負担率(4.3%)の内訳は国税2.6%、地方税1.7%

4.財政赤字の国民所得比は、日本及びアメリカについては一般政府から社会保障基金を除いたベース、その他の国は一般政府ベースである。

5.老年人口比率は、日本については2000年度の数値(「日本の将来推計人口」(国立社会保障・人口問題研究所、平成9年1月推計)による)、その他の国は1995年度の数値(国連推計による)である。

(注)所得税負担の国際比較を見ると、例えば、アメリカの連邦所得税は98.5兆円(1999年度実績)であり、わが国の所得税の約5.3倍となっています。これはアメリカの人口がわが国の約2.1倍であり、あるいは国民所得が約1.9倍であることを考え併せたとしても、わが国の所得税収が相当に低い水準にとどまっていることを示しています。

また、地方消費税分を含む消費税率は、主要先進国中、最も低い水準となっており、消費課税の負担率もヨーロッパ諸国に比べ低いものとなっています。租税負担率に社会保障負担率を加えた国民負担率で見ても、わが国は諸外国に比べて低い水準にあります(国民負担率については、「四 2.財政の現状と課題」で取り上げます。)。

一方、わが国は諸外国をはるかに上回る財政赤字を抱えており、国・地方を合わせた政府の財政赤字は国民所得比で12.3%(平成12年度見込み)にも達しています。

国民負担率と財政赤字の国民所得比を加えたものを公的サービスの水準とすれば、その水準はヨーロッパ諸国の水準に近いものとなっている一方で、租税負担を含む国民負担の水準はアメリカを下回り、結果としてそのギャップが巨額の財政赤字となっています。

(2) 所得・消費・資産等の構成

所得・消費・資産等の構成を見ると、平成12年度では52:31:17の見込み(国税・地方税の合計)となっています。近年の推移を見ると、昭和62・63年の抜本的税制改革後は消費課税の比率が高まってきています。また、足元では個人所得課税、法人課税について景気対策として大幅な負担軽減を行っていることもあり、結果として、所得課税の比率が低くなっています。諸外国を見ると、アメリカでは所得課税に大きなウェイトが置かれ、ヨーロッパ諸国では消費課税に大きなウェイトが置かれています。なお、わが国は、租税の果たすべき財源調達機能が極めて不十分となっていることから、所得・消費・資産等の構成について単純に国際的な比較を行うことはできないことに留意しなければなりません。

(参考)個人(家計)の負担の国際比較

それぞれの個人(家計)が実際どの程度の負担を行っているかについて、個人所得課税負担に社会保険料負担を加え、さらに、消費税負担を推計し、一定の仮定の下に収入階級別の実効負担を試算したものが(資料5)です。主要先進国と比較すると、全体の実効負担はほとんどすべての収入階級において諸外国を相当下回っていることが分かります。

四 税制の検討の視点

1.経済社会の構造変化

21世紀の経済社会を展望するとき、少子・高齢化と人口減少、国際化・情報化の進展と企業活動の多様化、金融取引の多様化・経済のストック化、ライフスタイルの多様化、所得分布の動向など経済社会は大きく変化しつつあります。また、地方分権を推進するため、既に多くの改革がなされていますが、地方分権の更なる取組みが求められています。

このような経済社会の構造変化が進展する中で、「公正で活力ある社会」を築いていくことが求められており、税制が、公的サービスの財源を賄うために十分な税収を確保しつつ、経済社会の構造変化に対応していくためには、今後、どのような見直しを行い、どのような税体系を築いていくことが望ましいのでしょうか。

(1) 少子・高齢化と人口減少

1) わが国社会は少子・高齢化が急速に進展し、21世紀初頭(2007年(平成19年))には総人口が減少するという新たな局面を迎えると見込まれています。1998年(平成10年)現在わが国の高齢者(65歳以上)が全人口に占める割合は6人に1人ですが、2050年には3人に1人となる見込みです。このように高齢者人口が増加していく中で、社会保障などの公的サービスに必要な費用は、相当の制度改革を行っても増加が避けられず、今後それに伴う負担も増大していかざるを得ないと見込まれています。

他方、出生率が低下し、生産年齢人口は既に(1997年(平成9年)がピーク)減少に転じており、労働力人口も減少が見込まれます(労働省推計)。このような中で、勤労世代だけに過度の負担を求めることは経済社会の活力、さらには持続的な経済成長の観点から望ましくなく、あらゆる世代が広く公平に負担を分かち合うことが求められます。また、社会保障制度をはじめとする公的サービスは、景気変動にかかわらず提供される必要があり、景気に左右されない安定的な歳入構造を確保することが必要です。

このようなことから、少子・高齢化と人口減少は、今後の財政・税制のあり方を考えていく上で極めて大きな影響を及ぼすものです。

2) 税制面においては、これまで、少子・高齢化の進展に対応するため、消費税を創設し、また、その税率引上げと地方消費税の創設を行うなど、国民福祉の充実等に必要な歳入構造の安定化に資するとともに、あらゆる世代が社会共通の費用を広く公平に分担する方向へ向けた改革が行われてきています。このような観点から、消費課税の役割は今後ますます重要なものになっていくものと考えられます。

また、個人所得課税は、恒久的な減税もありその負担水準は主要諸外国と比べ低い水準にありますが、少子・高齢化の進展の下、引き続き税体系の中心を担う税として重要です。近年では、高齢者の保有する資産は平均的に見ると勤労世代をはるかに上回り、高齢者世帯の一人当たりの所得水準及び分布も勤労世代と比べて変わりがないこと、高齢者の就業・自立が今よりも進んでいく可能性もあることなどから、高齢者であるということのみで一律に社会的弱者として扱うことは必ずしも適当でなくなってきています。このような観点からすれば、真に配慮が必要な高齢者への対応を行うことは当然ですが、例えば、年金課税のあり方などについて、世代間の公平の観点から検討していくことが必要です。

高齢化の進展に伴い介護も含め公的な社会保障が充実してきており、相続のもつ意味が近年変化しているのではないかという議論があります。相続税については、このような点も含め、広範な観点から見直しが必要となっています。

以上のように、少子・高齢社会に対応するために、所得課税・消費課税・資産課税等それぞれの税制をどのように考え、全体としてどのような税体系を構築していくのかということが大きな検討課題となります。

(2) 国際化・情報化と企業活動

1) 近年、国内企業の海外進出が活発化するとともに、わが国市場に対する外国企業の参入も増加しているなど、経済の国際化はますます進展しています。このような中、国際競争力や経済の活力を維持していくことが重要です。

法人課税については、1980年代半ば以降、主要先進国において、企業間・産業間の税制の中立性の確保や経済の活性化などの観点から「課税ベースを拡大しつつ、税率を引き下げる」という方向での法人税改革が行われてきました。わが国の法人課税についても、平成10年度の法人税改革において課税ベースの適正化とともに税率引下げが行われ、平成11年度においても税率が大幅に引き下げられた結果、その税率水準は、既に国際的に遜色のないものとなっています。

企業が国境を越えて活動し、広く競争が行われる中で、わが国企業の競争力を維持・確保する観点から、柔軟な組織再編を可能にする法制度の整備が進められています。税制としても、企業の経営形態に対する中立性などの観点から、会社分割に係る税制や連結納税制度は極めて重要な課題であり、その導入に向けて検討を進める必要があります。

2) 近年、経済の活力維持の観点から、成長性の高い新規企業の創出・発展が重要になってきています。このため、既に、ベンチャー企業の育成の観点からいわゆるエンジェル税制などの特例措置を講じてきているところです。税制面での更なる特例を求める意見もありますが、課税ベースが結果的に既存企業に有利になっていないかなど、経済活動に歪みを与えない税制を検討していくことが必要です。

3) 経済の国際化は、情報化の進展とあいまって、ヒト、モノ、カネの移動の一層の活発化をもたらしています。また、近年、国際的な取引形態は多様化・複雑化しています。このような中、国際課税の分野においては、国際的な協調がますます重要となってきており、また、課税の公平性・中立性を確保する観点からも様々な対応が求められています。さらに、近年、インターネットの普及などを背景に電子商取引が急速に発展し、国境を越えた取引も容易になっています。こうした状況の下、制度面・執行面での新たな対応をも含め、適正・公平な課税を確保していく方策を検討していく必要があります(国際課税、電子商取引と税制については、それぞれ「第二 五 国際課税」、「第二 六 2.電子商取引と税制」で詳述します。)。

(3) 金融取引の多様化・経済のストック化

1) 金融の自由化・国際化の進展は著しいものがありますが、特に近年のいわゆる金融ビッグバンはその動きを飛躍的に加速させました。いわゆる金融システム改革法が施行され、金融取引の多様化、業態の変化、市場の改革などが進むとともに、外国為替取引制度の自由化により国際的な資本取引が活発化しています。加えて、情報通信技術・金融技術の発達、特定目的会社・投資法人など多様な集団投資スキームの整備など、新たな展開を見せています。

また、個人資産、特に金融資産の蓄積が進み、個人金融資産は1,300兆円にも達しており、経済のストック化が進んでいます。なお、地価はバブル崩壊に伴い、下落が続いています。

2) 金融取引が多様化・複雑化しており、金融商品のいわゆる「足の速さ」からその捕捉が困難になってきている傾向が見られることから、課税の公平性・中立性が損なわれないよう適切に対応することが求められています。

3) 経済のストック化の進展に伴い、フローのみならずストックの面でも課税の公平性を確保していくことがますます重要になります。

資産性所得に対して適正・公平に課税を行うことが一層求められているほか、相続税の役割についても改めて検討していく必要があります。また、土地税制については、土地の公共性などに留意しつつ、中長期的な観点から、取得、保有、譲渡の各段階を通じた適正かつ安定的な課税のあり方を考えていくことが必要です。

(4) ライフスタイルの多様化

1) 経済が発展し社会が成熟する中で、個人の価値観が多様化し、働き方、消費行動などの面で様々な生き方や生活様式が見られるようになってきています。例えば、企業の経営形態の変化などともあいまって、これまでの終身雇用や年功序列といったいわゆる日本型雇用慣行には近年変化が見られるようになり、転職したりする人々や、パートタイム労働、派遣労働、在宅就業など、多様な働き方を選択する人々が増加しています。賃金についても、能力給や年俸制を採用する企業が増加してきており、年功序列型賃金体系が変化していく兆しが見られます。企業の提供する福利厚生についても、そのあり方を見直す動きがあります。また、女性の社会進出が進み、21世紀に向けて、男女ともに積極的に参画できる社会の実現に向けた取組みが進められています。このような動きの中で、個人の生涯を通じた生活設計のあり方も多様なものとなっていく可能性があります。

また、消費の面においても、消費者が財・サービスを選択する際の価値観や判断基準は人それぞれに異なるものとなってきており、消費生活のパターンはますます多様化しています。

2) 税制は、このようなライフスタイルの変化に対して、中立性をより重視する必要があります。例えば、個人所得課税については、各種控除のあり方や退職金税制について、このような観点からの検討が課題となります。また、個人と企業との関係の変化に鑑みれば、フリンジベネフィットや福利厚生に対する課税についても検討課題です。

消費税・地方消費税については、生涯の一時期に負担が大きく偏ることがなく、また、消費選択に対して中立的であるという特徴があります。ライフスタイルの多様化が引き続き見られる中で、このような特徴を活かしていくことが必要です。

(5) 所得分布の動向

1) 以上のような様々な経済社会の構造変化の中で、経済社会の活力を維持していく観点からは、自己責任原則を重視し、市場機能を一層発揮させることが、これまで以上に重要になってきています。

税制は、社会保障給付と併せて所得等の格差を緩和する所得再分配の役割を担っています。税制のこのような役割は、社会の安定を通じて、個人や企業が自由に活動し経済社会の活力を維持するためにも不可欠のものです。この機能を公的部門がどの程度発揮することが適当かは、国民が社会の安定との関連を含め所得等の格差の存在をどこまで許容するか、その再分配のあり方をどう考え公的部門にいかなる役割を求めるのか、という問題であり、再分配機能のあるべき姿を定性的にも定量的にも一概に論じることは困難です。結局、この問題はその時々の「機会の平等」や「結果の平等」に対する国民の考え方によるものであり、最終的には国民的な議論の下に選択がなされる性格の問題と考えられます((参考)参照。)。

2) わが国の所得分布は高度成長期を経て平準化してきましたが、近年、ジニ係数などの推移から見て、所得格差・資産格差が拡大する傾向にあるのではないかとの指摘があります。この点については、高齢者世帯や単身世帯の増加の影響が大きいとの指摘もあり、現段階でこれらの格差が拡大しているのかどうかについては必ずしも明らかではありません。いずれにしても、近年の所得分布にはかつてのような平準化の動きは見られず、今後、市場機能が発揮される中で就業・雇用形態の多様化などが所得等の格差の拡大の方向に働く可能性を考慮すれば、税制の所得再分配機能の重要性が減少することはないものと考えられます。

(注)ジニ係数とは、所得分配などの均等度を表すものであり、0から1までの値をとり、0に近いほど所得分配などが均等であることを示します。ジニ係数には、税や社会保障による再分配前のものと再分配後のものとがあります。各種統計によるジニ係数などの時系列変化については、高齢化の進展による高齢者世帯の増加や晩婚化などによる単身世帯の増加といった事情を考慮する必要があり、統計のデータ上の制約もあることから、どのように捉えるべきか明確ではありません。また、統計の取り方の問題などから、ジニ係数などの単純な国際比較も困難であることに留意する必要があります。

(参考)「公平」に対する様々な考え方

そもそも何が「公平」で社会的に望ましいかについても、アリストテレスから、ベンサム、ロールズ、そしてセンなど、有史以来その時々の社会状況とそれを捉える視点によって様々な考え方があります。

アリストテレスは、人々の他人に対する羨望に関して、「正当な羨望(義憤)」と「不当な羨望(嫉妬)」の2種類があると考えていたと言われています(de la Mora (1987))。「不当な羨望(嫉妬)」とは、例えば、一生懸命に働かないために貧しい者が、汗水垂らして働いた結果豊かになった者に対して抱くような羨望のことで、「純粋に努力の差によって生じる結果の差」に対する羨望です。「正当な羨望(義憤)」とは、例えば、貧しい一般市民の家庭に生まれた子供が豊かな貴族の子供の生活に対して抱くような羨望で、「(自分ではどうすることもできない)運・機会の差によって生じる結果の差」に対する羨望です。アリストテレスは、基本的に、人々の「貢献」に応じた分配を行うことが「公平」で社会的に正義であると考え、社会への「貢献」を怠った人々の抱く「不当な羨望(嫉妬)」を社会的に配慮する必要はないと考えていました。このような公平観について、後にハイエク、フリードマンなどは市場と自由を重視し、自由な市場原理に基づく社会へ「貢献」を行った人々がその「貢献」に応じて市場から分配されることが「公平」でそれが社会的に正義となると主張しました。

他方で、アリストテレスの考え方は、人々が(自分ではどうすることもできない)機会の差によって生じる「正当な羨望(義憤)」さえ抱くことのない社会を築いていくことにつながると言われています。近代以降、民主主義の確立と資本主義の進展とともに、人々が少なくとも人間らしく生活できる機会、さらには自由で様々な活動を展開する機会を得るために「必要」なものを「必要」に応じて(再)分配することが「公平」で社会的に正義であるとする考え方が出現しました。そして、その(再)分配の基準として人々の「必要」をどのように特定化し指標化するかによって様々な考え方が現れました。

ベンサムをはじめとする功利主義者は、人々の幸福・満足を「効用」として数値化し、社会的な望ましさ(厚生)をその総和で表すことにより、1単位の追加的消費に伴って増加する効用(限界効用)が一番大きい人に、それらの財を一番「必要」な人として、より多くの資源を配分することによって、「最大多数の最大幸福」が得られてより望ましい社会となり、そのような分配をすることが「公平」で社会的に正義であると考えました。

これに対し、ロールズは、「最大多数の最大幸福」のみを正当化すると、豊かな人々の限界効用が貧しい人々の限界効用より大きい場合、豊かな人々への(再)分配政策を正当化してしまうという問題点を指摘しました。そして貧しい人々に焦点を当て、彼らに対して、その数値化された効用に着目するのではなく、その効用を高める機会を得るために「必要」な手段(「社会的基本財」)を保障するような(再)分配をすることが「公平」で社会的に正義であると考えました。このような主張に対しては、貧しい人々以外をどのように考えれば良いかという問題が残ります。また、豊かな人々の生活を大幅に良くし、貧しい人々の生活は僅かに良くする社会も正当化してしまう可能性があるという問題もあります。

センは、人々は多様な評価基準を持つと指摘し、功利主義者が人々の幸福・満足を「効用」として数値化することをまず批判しました。そして、ロールズの重視する「社会的基本財」に対しては、その財は単に貧しい人々にとって「必要」であるにすぎず、その財が人々にどのような満足を与えるかという視点を欠いていると批判しました。また、功利主義者に対しては、彼らの「効用」という考え方そのものについても、財が人々にどのような満足を与えるかについては示しているものの、人々がその財をいかに活用しようとするかという視点を欠いていると指摘しました。そして、人々はそれぞれ財を活用する基本的な「潜在能力」を有し、様々な目的・基準に基づいた様々な活動を展開する機会を得るために「必要」なものを「必要」に応じて(再)分配することが「公平」で社会的に正義であると考えました。

以上のように、そもそも何が「公平」で社会的に望ましいかについて、時代の変遷の中で、様々な立場や価値観などによって多様な考え方が示されてきています。

(注1)アリストテレス Aristoteles(384-322B.C.)古代ギリシアの哲学者。プラトンの弟子。「形而上学」「自然学」「ニコマコス倫理学」をはじめ、論理学、政治学、詩学、博物学などに関する多数の著作がある。

(注2)ハイエク Friedrich August von Hayek(1899-1984)オーストリアの経済学者・社会哲学者。1974年ノーベル経済学賞受賞。著書は「資本の純粋理論」など。

(注3)フリードマン Milton Friedman(1912-)アメリカの経済学者。シカゴ学派を代表する。マネタリスト。1976年ノーベル経済学賞受賞。著書は「資本主義と自由」など。

(注4)ベンサム Jeremy Bentham(1748-1832)イギリスの思想家。功利主義の代表者。「最大多数の最大幸福」の実現を説いた。著書は「道徳及び立法原理論序説」など。

(注5)ロールズ John Rawls(1921-)アメリカの政治哲学者。政治社会の公正の判断基準として正義の理論を提唱。著書は「正義論」など。

(注6)セン Amartya Sen(1933-)インド出身イギリスの経済学者。1998年ノーベル経済学賞受賞。著書は「集合的選択と社会的厚生」など。

2.財政の現状と課題

(1) わが国財政の現状

1) わが国財政を国の一般会計で見れば、平成12年度予算における歳入歳出は85兆円です。歳出の内訳は、地方交付税交付金等14.9兆円、一般歳出48.1兆円であり、一般歳出の内訳は、社会保障関係費16.8兆円、公共事業関係費9.4兆円、文教・科学技術振興費6.5兆円、防衛関係費4.9兆円などとなっています。公債の元利償還に必要な国債費は22.0兆円と一般会計歳出の25.8%をも占め、このうち利払費が10.7兆円(一般会計歳出の12.6%)にも上っています。歳入の内訳は、税収は48.7兆円で歳入全体に占める割合は6割にも満たない状況となっており、国債発行による公債金収入が32.6兆円(うち特例公債23.5兆円)にも達しています。

地方財政についても、平成12年度には13.4兆円(恒久的な減税の影響分3.5兆円を含む。)の財源不足が生じ、地方財政計画総額88.9兆円の15.0%に達する規模となっています。また、個別の地方公共団体の財政事情を見ても、公債費負担比率が一般的に警戒ラインとされる15%以上の団体が全体の60.2%(平成10年度決算)に達するなど極めて厳しい状況にあります。

2) 歳入・歳出ギャップは従来から存在していましたが、特に最近の景気回復に向けた諸施策に伴う歳出の増大や恒久的な減税などの実施により、そのギャップは大幅に拡大しました。フローベースで見ると平成12年度予算における公債依存度は38.4%となっています。また、ストックベースで見ると国・地方の長期債務残高は、ここ3年間で約150兆円も増加し、平成12年度末には645兆円(GDPの約1.3倍)にも達する見込みです。このような財政状況は主要先進国中最悪であり、危機的な状況にあります。

3) 社会保障を含む歳出構造と税収構造を見るとき、いわゆる「消費税の福祉目的化」が行われていることにも留意が必要です。これは、平成11年度及び12年度予算において、国の消費税の収入(地方交付税を除く国分)を基礎年金、老人医療及び介護に充てることを予算総則に明記することとしたものです。平成12年度一般会計予算の歳入・歳出構造を、この関係を踏まえて見てみると、前頁の(資料11)のような姿となっています。まず、消費税収(国分)が6.9兆円であるのに対して、これが充てられる対象経費は9.0兆円となっており、消費税収(国分)だけでは賄いきれていません。また、福祉目的化などの結果として、国の一般会計税収48.7兆円のうち、使途が特定されていない部分が23.4兆円であるのに対して、これによって賄うべき歳出は2倍を超える56.0兆円(うち、国債費が22.0兆円)であり、不足分が公債によって賄われているという状況になっています。

(注)仮に、今後とも消費税収(国分)の使途を福祉目的に限定していく場合、それ以外の歳出の規模と消費税収以外の税収とをどのようにバランスさせていくのかということが大きな課題となります。

(2) 国民負担率のあり方

1) 先にも述べたとおり、受益と負担は表裏一体のものですから、国民が一定の公的サービスを求める場合、同時に、それに対応する国民負担を選択しなければなりません。

国民負担率は、公的サービスに要する費用を賄うために法律に基づいて国民に課される負担の大きさを示すもので、租税収入の対国民所得比である租税負担率と、社会保険料収入の対国民所得比である社会保障負担率との合計です。また、国民負担率に国・地方の財政赤字の対国民所得比を加えたものを潜在的国民負担率と呼んでいますが、これは、現在のみならず将来の国民に先送りしている負担をも含めて政府の活動の大きさを示すものです。公債により公的サービスの財源調達を行うことは、その時の国民が享受する公的サービスの受益と負担の関係を見えにくくし、将来世代に過重な負担を先送りすることとなりかねません。

2) わが国の租税負担率は平成12年度において22.5%、国民負担率は36.9%となっており、諸外国に比べ低い水準にあります。一方、潜在的国民負担率は49.2%に達しており、ヨーロッパ諸国に近い高い水準となっています(「三(資料3)」参照。)。このように、わが国においては、公的サービスはヨーロッパ諸国並みに近づく一方で国民負担はアメリカ以下であり、そのギャップが大きな財政赤字となっており、将来世代の負担において、高い水準の公的サービスを享受しているのが実状です。なお、わが国の租税負担率・国民負担率を諸外国と比較する場合には、わが国においては北欧諸国などと異なり公的年金等の給付に対する課税がほとんど行われていないことから、実質的な社会保障給付の水準に比して租税負担率が低く現れることにも留意が必要です。

3) 今後、高齢化に伴う社会保障等の公的サービスに要する費用の増加が避けられない見通しであることなどを考慮すると、国民負担率は長期的にはある程度上昇していかざるを得ないと見込まれています。一方、国民負担率が過重となることは、個人・企業の経済活力を阻害することとなりかねず、好ましくありません。このため、国民負担率の上昇を極力抑制していくことが必要です。

(3) 税収の状況と中長期的見通し

1) 税収(一般会計税収)は、平成12年度については郵便定額貯金の大量満期による税収増という特殊要因があるにもかかわらず、累次の減税、景気の低迷などの影響もあり、昭和62年度の水準である50兆円を下回る状況(見込み)となっています。税収比率(一般会計税収の歳出総額に対する割合)は平成12年度において57.3%という低い水準となっています(資料12)。また、平成12年度地方税収についても減税などの影響があり、地方財政計画の地方税伸び率はマイナス0.7%と3年連続のマイナスとなっています。

(注)昭和55年の当調査会の「財政体質を改善するために税制上とるべき方策についての答申」においては税収比率について「昭和40年代におけるわが国の水準や主要諸外国における現在の水準を参酌して、まず、80%程度にまで引き上げることができるならば、財政構造の健全化はかなり進展が図られ、国民のニーズに応えつつ安定的な財政運営を維持することが可能となり、財政の対応力も相当程度回復されることとなろう。」とされていました。

2) 今後景気が本格的な回復軌道に乗れば、税収は名目経済成長率を大きく上回って増加し、それによってもたらされる自然増収によって財政の歳入・歳出ギャップは大きく改善されるのではないか、との主張があります。

経済成長と税収の関係については、例えば、個人所得課税は、名目所得が増えれば、課税最低限を上回る人の増加や累進税率の適用による税額の増加などにより、所得の伸び率以上に税収が増加する仕組みとなっています。また、法人課税は、企業収益が企業経営の改善を伴いつつ増加すれば、税収は経済の伸び以上に増加することとなります。このようなことから、税収は名目経済成長率をある程度上回って増加することになります。なお、消費課税の税収は、消費におおむね比例しますから、経済の伸びを大きく上回って増加することは基本的にありません。

(注)税収(税制改正要因の影響を除いたもの)の伸び率を名目経済成長率で除した値を税収弾性値といいます。これは、税収の伸びと名目経済成長率とを比較するときに用いられます。税収弾性値の推移は(資料13)のとおりですが、短期的には上下に振れますので平均的な値を見るのが適当です。過去の長期的な平均値は国税1.1、地方税1.0です。

バブルの時期には、土地や株の価格急騰や取引の急増に伴い、税収の伸びが名目経済成長率を大幅に上回りましたが、その後の経済の推移を見ても、バブル期のような経済は長続きせず、今後再びそのような経済状況が訪れることを期待することも適当ではありません。また、税収については景気回復局面には一時的に高く伸びることはありますが、景気循環が必ずあることから、景気後退局面においては逆に低い伸びとなります。

将来の税収は、名目経済成長率がどの程度になるかということに大きく依存します。今後、経済構造の改革により生産性の向上を通じる経済成長を目指していくことが求められていますが、一方で今後の人口減少などは経済成長率の押下げ要因となります。このため、高い率の経済成長は期待しがたくなると考えざるを得ず、税収についても大幅な伸びは見込みがたくなります。

加えて、税制の構造の面においても、

イ.近年の税制改正、とりわけ平成11年度税制改正において過去最大規模の個人所得課税、法人課税などの減税が行われ、今後の税収増加の土台となる税収規模が小さくなっていること、

ロ.消費税・地方消費税の創設などにより、税体系における消費課税のウェイトが高まってきていること、

ハ.個人所得課税の累進構造の緩和、法人税率・法人事業税率の引下げなどにより、税収の伸びが名目経済成長率をある程度上回るとしても、その程度は小さくなっていると考えられること、

ニ.近年の景気の低迷などから法人の累積欠損は約84兆円(平成10年)に達しており、これが今後の法人税の減収要因として働くと考えられること、

などを踏まえれば、名目経済成長率に対する税収の伸びは相対的に鈍化していると考えられます。

以上を考え合わせると、今後景気が回復すれば中長期的に名目経済成長に応じてある程度の税収増を見込むことはできるとしても、名目経済成長率を大幅に上回る税収の伸びは期待しがたく、経済成長に伴う税収増のみでは現在の巨額の歳入・歳出ギャップを大きく改善させることは困難であると考えます。

3) 現在のアメリカの財政事情の好転を例に挙げ、景気が良くなれば大幅な自然増収が期待できるのではないか、という主張があります。しかしながら、アメリカでは1985年のグラム・ラドマン法以来、累次にわたり財政赤字削減に向けた努力が行われており、1990年、1993年の包括財政調整法などの下、裁量的経費の上限を定める“Cap"や義務的経費の増及び減税に係るスクラップ・アンド・ビルドを定めた“pay-as-you-go”といった基本的な枠組みを導入し、国防費の大幅な削減や今後とも増加の見込まれる社会保障支出の抑制をはじめとした歳出削減策や所得税の最高税率の引上げなどの増収策を講じていることに留意しなければなりません。また、アメリカ経済が高率で史上最長の経済成長を遂げていることに加え、所得課税が連邦税収の9割を占め、わが国に比べ経済成長率を上回る税収増加が生じやすい税収構造にあることにも留意が必要です。さらに、1990年代の米国における財政赤字の最悪期の公債依存度が21%であったのに対し、現在のわが国の公債依存度は30%をはるかに超える水準に達しており、より深刻な状況にあることにも留意しなければなりません。

(4) 財政構造改革の必要性
1) 財政構造の問題点

わが国財政は、巨額の財政赤字・累積債務を抱えており、租税の基本的機能の面からいえば、公的サービスの財源調達機能が極めて不十分な状況にあります。今後、わが国経済が本格的な景気回復軌道に乗ったとしても、税収の増加には先に述べたとおり大きなものは期待できません。一方、歳出については、急速な高齢化の進展に伴う社会保障経費の増大などが見込まれています。近年、金利が低下しているため、公債残高が年々増加し、その発行規模も拡大しているにもかかわらず、利払費はここ10年間ほぼ横ばい(10兆円台)にとどまっていますが、景気回復に伴い金利が上昇すれば利払費が急増します。このように、歳出面では大幅な増加要因を抱えており、このままの財政構造を放置すれば、現在の巨額の歳入・歳出ギャップが改善することは期待できません。また、フローの赤字が続けば債務残高は累増し、過去の債務をどのように返済していくのかという問題が深刻化します。

例えば、一定の仮定の下に試算した「財政の中期展望」においては、名目経済成長率が3.5%の場合、経済成長に伴う税収の増加は毎年約2兆円程度しか見込めず、中期的には国債費の増加や社会保障関係費等の一般歳出の増加などによる歳出の伸びが歳入の伸びを上回ると試算されており、その結果、30兆円にも上る公債発行額が更に増加し、公債残高の対GDP比は上昇し続けるという試算となっています。

このような現在の財政構造を放置すれば、公債発行が民間投資を阻害(クラウド・アウト)したり、インフレを招いたりしかねないなど、経済社会に深刻な影響を与えかねません。また、公債もいずれ確実に返済されなければなりませんが、将来世代に負担を先送りすることは、将来世代の一人一人に重い負担がかかることとなり、世代間の不公平をもたらしたり、国民の生活水準の切下げを余儀なくさせたりして、将来の経済社会の活力の足枷となりかねません。

したがって、21世紀のわが国経済社会を公正で活力あるものとしていくためには、財政構造改革は避けて通れない課題です。財政健全化のためには、まず、景気回復を確かなものとすることが重要です。しかし、景気が回復すれば公債によるクラウド・アウトや利払費の急増が顕在化するおそれがあること、まもなく世界に例を見ない高齢社会が到来し、これに伴う経費の増大が見込まれる中で世代間の公平が速やかに確保される必要があることなどから、わが国経済が民需中心の回復軌道に乗った段階においては、時機を逸することなく、国・地方ともに、財政構造改革について具体的な措置を講じていくことが必要です。

財政支出の拡大による大量の公債発行や公債残高の累増が長期的な経済成長の阻害要因となり得るということについては、主要先進国において共通の認識となっており、かつてはわが国と同様に財政赤字の問題を抱えていた各国とも財政健全化に果断に取り組み、成果を上げています。

2) 歳出の見直しの必要性

財政構造改革に取り組むことにより、今後、公的サービスについての受益と負担をバランスさせていくことは、先に述べた実際の国民負担と潜在的な国民負担との差(すなわち国・地方合わせ47兆円程度(平成12年度見込み、SNAベース)の財政赤字)をいかにして縮減していくか、ということを意味します。

そのためには、公的サービスのあり方や内容を見直すことにより歳出を減らすか、租税負担の増加などにより歳入を増やすか、あるいはその組合せしかなく、国民がどのような選択を行っていくかにかかっています。

当調査会は、従来から、財政の健全性を確保するためには歳出の抑制が重要であることを指摘してきたところです。今後、再び財政構造改革に取り組む際には、まずは、歳出の合理化・効率化・重点化等に従来にも増して積極的に取り組むことが必要と考えます。このため、既存の施策・制度の効率性、有効性等を徹底して見直すことが必要であり、社会保障、公共事業などをはじめとする各歳出分野について、義務的経費や裁量的経費といった各経費の性格の違いなども踏まえつつ、制度や事業のあり方そのものの見直しなどを含め、国民的な議論の上での選択が行われることが不可欠です。

3) 行政のあり方の見直しの必要性

当調査会としては、従来から、行政の簡素化・効率化を徹底することにより、一定の負担水準の下でも公的サービスの改善に努める必要があることを指摘してきました。行政改革については、平成13年1月から中央省庁等の再編が実施されることになっていますが、今後、行政改革の成果が発揮されるよう、引き続き努力することを要請したいと思います。

行政機関の機構・定員の合理化による歳出削減効果には限界がありますが、行政改革に求められるものは行政のスリム化だけではありません。規制緩和の推進を含め政府の役割や行政の手法を見直し、個人や企業の創意工夫をより尊重することを通じ、経済構造を改革し、新規産業の創出など経済社会の活力を取り戻すことが重要です。これらにより経済の規模が拡大していけば財政構造改革にも資するものと考えられます。諸外国においては、例えば、民間企業の経営理念や経営手法を可能な限り行政の現場に導入するという、いわゆるNPM(ニュー・パブリック・マネジメント)の考え方に立った政策評価手法の活用や、公共施設等の整備などに民間の資金や経営能力等を活用するPFIの推進などにより、行政部門を活性化・効率化しながら財政健全化に努めてきている例が多く見られ、これがその後の経済社会の活力の礎となっていることも参考とする必要があります。

さらに、当調査会は、政府保有株式の放出を含め国有財産の売却を進めることも不可欠の課題であるとの指摘を行ってきました。国有財産の売却による収入は一度限りのものですが、当調査会の提言などをも踏まえ、かつてない積極的取組みが行われています。引き続き、国有財産の売却に努めるとともに、民間における有効利用を含む国有財産の積極的活用を図ることも重要と考えられます。

4) 財政構造改革についての選択

財政構造改革は、単なる財政面の問題にとどまらず、21世紀の経済社会に対応した社会保障のあり方や、中央と地方の関係まで視野に入れて取り組むべき課題です。また、先に述べたように高齢化に伴う社会保障経費の増大や今後の金利上昇に伴う利払費の増加が予想されることなどからすれば、歳出の徹底した節減・合理化などを行ったとしても危機的な財政状況を脱することは容易ではなく、財政構造改革は国民にとって厳しい内容とならざるを得ません。フローとストックともに財政赤字は深刻ですが、まずはフロー面での収支改善を考えた場合でも長い年月にわたって取り組まねばならないものと考えられます。この点に関し、過去の財政構造改革や歳出見直しの議論においては、まずはフローの財政収支を改善する観点から、プライマリー・バランスの均衡を達成する、財政赤字の対GDP比を一定水準以下に抑える、赤字国債の発行をゼロとする、などといった目標が挙げられてきていますが、いずれにしても、財政構造改革を実現するためには歳出・歳入両面にわたる国民の選択が求められます。

このようなことから、景気回復後に財政構造改革について具体的な検討を行う際には、財政の将来の見通しなど必要な論議の材料を国民に分かりやすく示し、開かれた議論が行われることが必要と考えられます。

(注)プライマリー・バランスの均衡とは、国債費を除いた歳出が公債金収入以外の収入で賄われている状況を言います。この場合、現世代の受益と負担が均衡し、金利が名目成長率に等しければ債務残高は対GDP比で一定に保たれます。

ただし、近年は金利が名目成長率を上回っており、プライマリー・バランスが均衡している場合でも債務残高の増加率はGDP成長率を上回ります。

近い将来、財政構造改革との関連で税制全体の姿を検討することが課題になると考えられます。この問題については、財政構造改革を具体的に検討する段階において、先に述べたような国民に開かれた議論を経て、公的サービスの水準をどの程度とするのが適当か、その裏付けとしての国民負担のあり方はどうあるべきか、という点について将来世代のことをも併せ考えながら十分な議論が行われた上で、国民的な選択がなされるべきものと考えます。

3.税と社会保障

(1) 租税と社会保険料

社会保障制度は、国民に生涯健やかで安心できる生活を保障するため、国民の生活の安定が損なわれた場合に生活を支える給付を行うものです。生活上の不安を取り除くための方策は、自助、共助、公助と区分することができますが、社会保障制度は、年金・医療といった共助を中心とする分野と生活保護などの公助の分野とを含んでいます。

社会保障給付は、多かれ少なかれ、租税によっても賄われています。公助については基本的には租税で賄われ、共助については社会保険料を基本としつつ制度の安定的運営を確保する観点から租税も組み合わされています。これらの財源によって給付を行うことにより、社会保障制度は所得再分配を行っています。

租税と社会保険料とは、法律に基づいて国民に負担を求めるものであるという点において共通の性格を有していることから、両者を合わせた負担の水準が国民負担率と捉えられています。このため、税制を検討する際には、社会保険料の負担をも勘案することが必要であり、臨時行政調査会・臨時行政改革推進審議会以来、国民負担率を一つの政策的な目安としてきているのもこのためです。一方、後ほど述べるとおり、社会保険料は、国民生活の安定を損なうリスクに対して、自立した個人が社会連帯の精神を基礎として支え合うもので、給付を受けるために納付が求められるなど、給付と負担が強く関連付けられている点で、租税とは異なる性格を有しています。

高齢化の進展に伴い、引き続き年金・医療・介護といった社会保障給付は大幅な増大が見込まれます。

このことを踏まえ、社会保障の給付の水準やこれに見合う負担の水準についてどのような選択を行っていくのか、社会保障の財源として社会保険料と租税の組合せについてどのような選択を行っていくのか、といった点について国民的な議論が必要となります。これらは、社会保障制度のあり方そのものの問題ですが、今後の税制のあり方に大きく関わる論点の一つでもあります。

(注)厚生省が平成9年9月に行った推計においては、社会保障制度を現行制度のままとした場合には、年金・医療・介護に係る給付の増大から、2025年(平成37年)の社会保険料と租税を合わせた国民負担率は50%ないし56%(社会保障以外に係る国民負担率については不変との前提の下での試算。なお、財政赤字分は考慮されていません。)となるとされています。

(2) 基礎年金等の全額税方式化をめぐる議論

年金制度においては、少子・高齢化の進展に対応し将来にわたり安定的で効率的な制度とするため累次にわたり保険料の引上げや給付の抑制が行われてきています。このような中で、制度に対する不安感や保険料の負担感が高まっているのではないか、実質的に賦課方式に近くなっており、現役世代から高齢者への所得移転が生じていることから、世代間で給付と負担の関係が不公平になっているのではないか、国民年金の未納・未加入が多くなっているのは問題ではないか、といった指摘があります。こうしたことを背景として、例えば基礎年金の財源として、保険料に代えて全額税を充ててはどうかとの議論(税方式化論)があります。

社会保険方式か税方式かという議論については、単に財源をどう調達するかという問題ではなく、社会保障の理念や給付の性格も含めた社会保障制度の基本設計をどうするかという制度の根幹に関わる問題であり、次のような点についてどう考えるか、ということを含めて議論が行われなければなりません。

社会保険制度は、「保険」という言葉が示すとおり、基本的には、加齢に伴う稼得能力の減退や疾病といった国民に共通するリスクに対し、各自があらかじめ保険料を負担しておき、実際に老齢になったり病気になったりした時に給付を行うことによって、そのリスクの分散を図る仕組みです。したがって、予防的性格が強く、自立した個人の自己責任を基礎とし、その社会連帯、相互扶助によって支え合うという考え方に適う制度です。このような仕組みにおいては、給付は保険料負担の見返りという位置付けとなりますので、税だけを財源にする場合と比べて、給付と負担の関係が明確で、給付における国民の権利性が明らかな仕組みといえます。また、このことを通じて、コスト意識に基づく制度改革インセンティブも期待できます。

(注)現行の年金制度は、積立方式の要素を持ちつつも実質的に賦課方式に近くなっていることや、基礎年金の給付費の3分の1が国庫負担となっていることから、各人の保険料負担額と給付額との間には差があります。しかしながら、税だけを財源とする場合と異なり、負担が大きいほど給付も大きい、本来負担すべき保険料を負担しない人は給付を受けることができない、といった点で給付と負担が関連付けられており、社会保険方式としての特徴を備えています。国民年金の未納・未加入問題を議論する際には、こうした点を十分踏まえる必要があります。もちろん社会保険方式において未納・未加入を放置しておくことは適当でなく、その防止に向けた取組みを徹底することが求められます。

これに対し、税だけを財源とする場合には、各自の負担と無関係に給付が行われることから、結果としての救済の性格が強くなり、社会保障給付の性格は現行の「共助」から「公助」に変わることとなります。その場合には、給付の要件として負担の有無が問われませんので、負担能力の乏しい人も含め必要性に応じたより確実な保障を行い得るのではないかという指摘もあります。一方、一般財源による場合には、生活保障という政策目的に照らした給付の必要性が問われることや他の歳出分野との優先度の問題が生じることから、税方式を採用しているカナダなどに見られるように、所得が少ないなど一定の要件に該当する人々のみを給付対象とする制度となるものと考えられます。

社会保険方式か税方式かという問題は、上記のように、個人の自立を基本とする社会における自己責任のあり方についてどう考えるかといった問題でもあります。また、消費税を財源とする場合には現在事業主が負担している社会保険料が個人の租税負担に置き替わることになることをどう考えるか、社会保険料を廃止する分の税負担増のあり方をどうするのかなどの論点を含め幅広い観点から、国民的な議論が行われる必要があります。

(注)平成12年3月に成立した年金改正法においては、基礎年金について、「平成16年までの間に、安定した財源を確保し、国庫負担の割合の2分の1への引上げを図るものとする」旨の附則が設けられています。基礎年金の国庫負担割合の引上げは、相当規模の財源(平成12年度において約2.3兆円)を要することから、安定した財源確保のための具体的な方法と一体として幅広い国民的な議論の中で検討する必要があります。

(参考)消費税と社会保障

先に述べたとおり、消費税の福祉目的化によって、消費税収(国分)の使途は基礎年金、老人医療及び介護とされていますが、消費税収(国分)ではこれらの経費の国庫負担分を賄いきれていません。

税方式化論に関して、消費税を「福祉目的税化」し、その収入によって基礎年金等の社会保障給付を賄うべきとの議論があります。この点については、「第二 三 消費課税」で詳述しますが、消費税の「福祉目的税化」については、目的税化は財政の硬直化を招くおそれがあること、諸外国においても消費税等を目的税としている例は見当たらないことなどの問題点が指摘されています。

仮に基礎年金、老人医療及び介護に係る給付の全額を消費税収によって賄う場合、先に述べた厚生省が平成9年9月に行った推計などを基に機械的に計算すれば、現行の消費税収(国分)に加えて消費税の税率引上げ分はすべてこれらの給付のみに充当したとしても、国・地方を合わせた消費税率は、平成12年度(2000年度)ベースで約13%、平成37年度(2025年度)ベースで約28%まで引き上げる必要があると試算されます。

また、この税率引上げ分についても現行の地方交付税制度(国の消費税収の29.5%を配分)が適用されると仮定した場合には、国・地方を合わせた消費税率は、平成12年度ベースで約16%、平成37年度ベースで約37%まで引き上げる必要があると試算されます。さらに、現行の地方消費税制度(国の消費税額の100分の25が地方消費税額)も適用されると仮定した場合には、その分国・地方合わせた消費税率は高くなります。

なお、追加的な消費税負担が社会保障給付に与え得る影響(年金額の物価スライド等)や国・地方の歳出に含まれる消費税負担の増加などを勘案した場合、必要な税率の引上げ幅は更に大きくなることに留意する必要があります。

(3) 社会保障給付と控除をめぐる議論

一定の政策目的のために、社会保障給付による方法と個人所得課税の控除により税負担を調整する方法との関係を検討する必要があるのではないかとの指摘があります。

これに関連して、少子化対策の観点から、個人所得課税の児童に係る扶養控除を児童手当に代替させてはどうかという考え方があります。

児童手当のあり方については、少子化対策としての効果や保育サービスなどの他の施策との関係、費用負担のあり方、さらに、給付費規模に見合う具体的な財源確保の方策などについてそれぞれ考える必要があります。

他方、児童に係る扶養控除の部分のみを縮減する場合には、扶養親族の人数等の世帯構成に応じた税負担能力の調整機能を損なう、あるいは、他の基礎的な人的控除とのバランスを失するといった個人所得課税の基本に関わる問題があります。

4.地方分権と地方税財源の充実確保

(1) 地方分権の意義と地方税の役割

地方公共団体は、地域住民のために、福祉、教育などの対人サービスや道路・上下水道をはじめとした社会資本の整備など、住民の毎日の生活に密着した行政サービスを提供し、また、経済社会の変化に応じて生じる地域社会での様々な課題に対応しています。

地方税は、地方公共団体が、このような行政を行うために必要な経費を賄うものであり、地域の共通の経費をその地域の住民がその能力と受益に応じて負担し合うものと言えます。このため、地方税については、負担分任性(分かち合い)や応益性を有する税制が望ましいとされています。地方税の負担を求めるに当たって、地方公共団体が、どの程度の行政水準を、どれだけの経費で実現しているのか、住民に対して情報公開を行い、説明責任を果たし、住民の参加と選択を求めることにより、責任ある地方自治が構築されます。地方税は言わば、民主主義の学校である地方自治の存在証明とも言えるものです。

(注)シャウプ勧告では、地方自治の確立のため、地方税収の充実と地方税制の自主性の強化が提言されました。これを受けた税制改正においては、税制の理念として、地方自治の進展を期するためには、財源を豊かにするとともに、地方公共団体自らの責任においてこれを確保させ、もって自治運営に対する住民の監視と批判とを求めていくことが必要であるとされました。

地方分権の推進は、地方分権推進委員会において示されたように、個性豊かな地域社会の形成、少子・高齢社会への対応、国・地方を通ずる行財政改革などにも資するものであり、これまでに、様々な改革が行われています。こうした地方分権の潮流は、各国において歴史や国の成り立ちが異なりますが、日本だけでなく、諸外国でも見られます。例えば、ヨーロッパにおいては、「ヨーロッパ自治憲章」が合意され、地方公共団体における税制・財政を含めた基本的あり方が示されています。

21世紀の日本を展望したとき、福祉、教育、環境対策、安全対策などますます増大する地域の行政サービスの需要に的確に対応するため、地方公共団体は、地域住民の理解を得て地方税の負担を分かち合いながら、その行政について責任を持って運営しなければなりません。そのためには、住民の身近なところで税を納め、その使途をチェックするという機能を十分に活用することが必要であることから、地方税財源の充実確保について、更なる取組みが求められています。

(2) 地方分権推進の経緯

地方分権の推進については、平成7年5月に地方分権推進法が成立し、同年7月に地方分権推進委員会が発足して以来、大きな進展が見られます。地方分権推進委員会の累次にわたる勧告を受けて、平成10年5月には地方分権推進計画が、平成11年3月には第2次地方分権推進計画がそれぞれ閣議決定され、平成12年4月から「地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律」(地方分権一括法)が施行されました。これにより、従来の機関委任事務制度の廃止や、地方公共団体に対する国の関与・必置規制の整理合理化、地方公共団体への権限委譲など、地方分権推進に向けての抜本的な改革が行われました。

地方分権推進計画において、「国庫補助負担金の整理合理化と地方税財源の充実確保」の中で、地方公共団体の自主性・自立性を高める見地から、国と地方の財政関係につき、事務の実施主体が費用を負担するという原則を踏まえつつ、国庫補助負担金の整理合理化、存続する国庫補助負担金の運用・関与の改革、地方税・地方交付税等の地方一般財源の充実確保の三点について基本的な見直しを行うこととされています。

これまで、地方税財源の充実確保に関しては、既に、課税自主権の尊重の観点から、個人市町村民税の制限税率の廃止や、法定外普通税の許可制度から事前協議制度への移行、法定外目的税制度の創設などが行われてきました。

また、地方分権一括法の附則では、「政府は、地方公共団体が事務及び事業を自主的かつ自立的に執行できるよう、国と地方公共団体との役割分担に応じた地方税財源の充実確保の方途について、経済情勢の推移等を勘案しつつ検討し、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする。」とされており、さらに、地方分権推進法もこの5月に1年間延長されました。

今後、地方税財源の充実確保の方策を検討していくことが必要であり、当調査会としても、こうした経緯を踏まえた上で、地方税財源の充実確保の方策についての考え方を明らかにしていく必要があると考えます。

(注1)国庫補助負担金は、一般的に国庫負担金と国庫補助金に区分されます。国庫負担金とは、国と地方公共団体相互の利害に関係のある事務について国が義務的に支出すべき給付金を言うのに対して、国庫補助金とは、奨励的ないし財政援助的意図に基づいて国から支出される給付金を言うのが一般的です。

(注2)地方交付税は、国税5税(所得税、法人税、酒税、消費税、たばこ税)の収入額の一定割合を交付することとされているもので、地方交付税法では、「地方団体が自主的にその財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能をそこなわずに、その財源の均衡化を図り、及び地方交付税の交付の基準の設定を通じて地方行政の計画的な運営を保障することによつて、地方自治の本旨の実現に資するとともに、地方団体の独立性を強化することを目的とする。」とされています。

(3) 地方税財源の充実確保についての基本的な考え方
1) 地方財政における自主性の向上

地方分権の進展の下、地方公共団体が地域住民の参加・参画を得て総合的に施策の選択を行い、活力のある地域社会の実現に責任を持って取り組めるようにすることが重要です。このためには、機関委任事務制度の廃止、国の関与・必置規制の整理合理化、権限委譲に併せて、地方公共団体の財政面における自己決定権と自己責任を確立することが必要です。その意味で、地方分権の進展に伴い、地方税の充実確保を図る重要性が高まる中で、国庫補助負担金、地方交付税などの地方財政制度も新たな局面を迎えていると言えます。

現在、国と地方の歳出純計に占める地方の歳出の割合は約63%であるのに対し、租税総額に占める地方税の割合は約41%であり、地方の歳出規模と地方税収入には乖離があります。基本的に、この乖離をできるだけ縮小するという観点に立って、課税自主権を尊重しつつ、地方税の充実確保を図る必要があります。

地方公共団体は、地域の事情が様々に異なる中で、住民の生活に身近で基礎的な行政サービスを広く担う必要があり、安定的な財政基盤を確立するためには、税源の偏在性が少なく、税収の安定性を備えた地方税体系が必要です。

2) 地方税の充実確保と行財政改革の推進

地方税の充実確保を図る場合には、地方公共団体が自立的な行財政運営を行えるよう、国と地方の役割分担を踏まえつつ、国庫補助負担金の整理合理化や地方交付税の見直しを図るとともに、国と地方の税源配分のあり方について検討することが必要です。

このように、自主財源である地方税を充実し、国からの移転財源への依存度をできるだけ少なくすることに加えて、課税自主権を活用することにより、地方公共団体の財政面における自立度が高まり、福祉・教育、社会資本整備など様々な行政サービスによる受益と負担の対応関係のより一層の明確化が図られ、国・地方を通ずる行政改革や財政構造改革の推進にもつながるものと考えます。

国も地方もともに財政状況が極めて厳しい状況にあることを踏まえれば、国において行財政の改革を行うだけでなく、地方においてもまずは自ら汗をかいて行政改革に取り組み、民間委託の推進や資産の有効活用の観点からの総点検を行うとともに、超過課税や法定外普通税・目的税などの課税自主権の活用や、行政サービスの有料化等により歳入確保に努めることが必要です。市町村合併や広域行政の推進についても積極的に取り組んでいくことが求められますし、自ら行政評価を行うとともに情報公開を徹底して住民の監視機能を活用することも重要です。

3) 国・地方を通ずる行財政制度のあり方の検討

地方公共団体の行財政運営については、国庫補助負担金を通じた地方への国の関与とこれに大幅に依存したコスト意識の希薄な行財政運営、法令などによる定数などの基準の設定、事務実施の義務付けなどを見直すべきではないかという意見や、税源の乏しい地方公共団体にも一定の行政水準を確保できるよう財源保障している現行地方財政制度の下で、地方公共団体がややもすると財政運営に緊張感を欠き、自ら財源を確保しようという意欲を損なうことにつながっているのではないかという意見もあります。

これらは、国・地方公共団体の役割分担のあり方、国庫補助負担事業のあり方、定数などの地方公共団体に対する義務付けのあり方、公共投資や社会保障の水準、国・地方を通じた行政水準のあり方、さらには国の財政政策そのものにも関わるため、当調査会だけで結論が出せるものではありませんが、幅広い観点から取り組むべき課題であると考えます。

いずれにせよ、地方税財源の充実確保については、国の財政・税制と深く関わるものであり、国庫補助負担金や地方交付税を含めた国・地方を通ずる行財政制度のあり方を見直し、改革することが必要となります。しかし、現在のような危機的な財政状況の下では、国と地方の税源配分のあり方について見直しを行うことは現実的ではないことから、今後景気が本格的な回復軌道に乗った段階において、国・地方を通ずる財政構造改革の議論の一環として、取り組むのが適当であると考えます。当調査会としては、関係方面との連携を図りつつ、地方税の充実確保の方策について、具体的な検討を進めていくこととします。

(4) 地方税財源の充実確保方策の方向

上に述べた基本的な考え方に沿って地方税の充実確保を図る際には、所得・消費・資産等の間における均衡がとれた国・地方を通ずる税体系のあり方等を踏まえつつ、税源の偏在性が少なく税収の安定性を備えた地方税体系を構築することが重要です。

地方税の基幹税目の中では、個人住民税や固定資産税は、安定的で税収の変動が少なく、どの地方公共団体にも税源が広く存在し、その偏在が少ないという性格を持っており、また、地方消費税は、清算を行うことにより、同様の特徴を有しています。個人住民税は地域住民が地域社会の費用の負担分任の原則の下に負担する税であり、受益と負担の明確化という観点や自治意識の涵養という点からその充実が望ましいと考えられます。地方消費税については、福祉・教育など幅広い行政需要を賄う税として重要な役割を果たしており、今後その役割がますます重要なものになっていくと考えられます。

また、市町村の基幹税目である固定資産税についても、引き続きその安定的な確保に努める必要があります。

なお、都道府県の基幹税目である法人事業税への外形標準課税の導入は、地方分権を支える安定的な税源の確保、応益課税としての税の性格の明確化、税負担の公平の確保、経済の活性化、経済構造改革の促進等の重要な意義を有する改革です。このため、外形標準課税については、景気の状況等を踏まえつつ、早期に導入を図ることが必要です。

(5) 課税自主権の活用

地方公共団体の課税自主権の尊重の観点から、現在、超過課税と法定外税(法定外普通税及び法定外目的税)が地方税法上認められています。

超過課税は、地方税法上標準税率が定められている税目について、標準税率を超える税率で課税するものであり、平成11年4月1日現在で、都道府県で延べ53団体、市町村で延べ2,409団体が実施しています。

法定外税については、地方分権推進の一環として、課税自主権の尊重、住民の受益と負担の関係の明確化、地方公共団体の課税の選択の幅の拡大などの観点から、法定外普通税については、許可制が自治大臣の同意を要する協議制に改められ、税源の所在や財政需要に関する事項が協議事項から外されるとともに、新たに法定外目的税の制度が創設されました。

法定外普通税は、平成12年4月1日現在で、都道府県で14団体、市町村で4団体が課税しています。

地方公共団体では、財政事情が大変厳しいということもあり、地方分権推進のための制度改正の趣旨も踏まえて、課税自主権の活用について積極的な検討が始まっています。地方公共団体が、地域住民の意向を踏まえ、自らの判断と責任において、課税自主権を活用することにより財源確保を図ることは地方分権の観点から望ましいものです。その際、公平・中立などの税の原則に則ることが必要です。

また、国においてもできるだけこれらの動きを支援する必要があると考えます。

(注)法定外普通税と法定外目的税について、地方公共団体からその新設又は変更に関する協議の申出を行ったときは、以下の(1)~(3)の場合を除き、自治大臣は、これに同意しなければならないとされています。

(1) 国税又は他の地方税と課税標準を同じくし、かつ、住民の負担が著しく過重となること。

(2) 地方団体間における物の流通に重大な障害を与えること。

(3) 国の経済施策に照らして適当でないこと。

五 わが国税制のあり方

1.税制の抜本的改革の必要性

税制については、これまでも、少子・高齢化や国際化の進展などの経済社会の構造変化などに対応して、消費税の創設をはじめ、個人所得課税、法人課税についても抜本的な改正を行うなど、税制全般にわたる見直しを進めてきました。

ここ数年の税制改正を振り返ると、経済社会の構造変化に対し税制面からの対応を行いつつも、深刻な経済状況を背景に、景気への配慮を最優先してきました。例えば、個人所得課税については、平成11年度の恒久的な減税において最高税率の引下げと定率減税が行われましたが、課税ベース等のあり方や個人所得課税の税体系における位置付けなど個人所得課税全体としての検討は今後の課題とされ、抜本的な見直しが求められています。法人課税についても、課税ベースの問題や事業税の外形標準課税導入の問題などが残されています。また、相続税については個人所得課税の抜本的見直しとの関連において幅広い検討が求められています。

経済社会はこれまでの少子・高齢化や国際化などが新たな展開を見せながら21世紀に向けて大きな構造変化を遂げようとしています。その中で「公正で活力ある社会」を築いていかなければなりません。財政事情は歴史的に見ても国際比較で見ても最悪の状況となっており、歳出の増加もあって租税が果たすべき公的サービスの財源調達機能が極めて不十分となっています。わが国経済が民需主導の本格的な回復軌道に乗った後、速やかに財政構造改革について具体的な検討が行われることが必要です。

また、地方分権の進展に伴い、国と地方の役割分担のあり方の見直しを踏まえ、地方分権を一層推進するため、地方税財源の充実確保に取り組むことが求められています。

税制について、21世紀のあるべき経済社会を展望し、租税が公的サービスを賄うのに十分な財源を社会の構成員である国民皆が広く公平に分かち合うものであることを改めて認識した上で、経済社会の構造変化と調和のとれた望ましい税制を構築するという大きな課題が残されています。所得課税をはじめ、消費課税、資産課税等を含めた税制全般についての抜本的な税制改革が必要であると考えられます。

2.抜本的改革の視点

(1) 税制の検討に当たっては、まず、租税が、社会の構成員である国民皆が広く公平に分かち合うものであることを改めて認識することが出発点となります。また、租税は国民の選択する公的サービスの水準に見合う財源を賄うのに十分でなければなりません。

税制は少子・高齢化など様々な経済社会の構造変化に対応し、21世紀において「公正で活力ある社会」を築いていくためには、「公平・中立・簡素」という税制の基本原則は、今後ますます重要です。特に、国民負担の増加が見込まれる中で、税制が「公平」であることが何よりも強く求められることとなります。課税ベースは広く確保されているか、租税特別措置等を見直さなくてよいのか、などについて、既存の税制を再度点検し、より「公平」な税制を目指して検討していくことが必要です。「中立」については、個人や企業の経済活動が多様化し、効率性が従来以上に求められていることから一層重要になってきます。「簡素」については、税制論議に国民が参加し選択していく上で分かりやすい制度であることが大切であることから、その重要性が増してきます。「中立」の観点からも、「簡素」の観点からも、課税ベースが広く確保されることが求められます。

以上のようなことを考え、現在各税が抱えている課題について、今後、国民的な議論を経ながら答えを見出していかなければなりません。その際、公的サービスを賄う租税を国民皆が広く公平に分かち合い、全体として偏りのない税体系を築いていく観点から、所得・消費・資産等に対する課税をどのように組み合わせるかについても国民の選択が必要です。

(2) 昭和63年及び平成6年の抜本的税制改革においては、所得課税を減税し消費課税を充実する方向での改革が行われ、これらの改革は、「直間比率の是正」と呼ばれることがあります。直間比率は結果として決まってくるものですが、その比率を見る場合も、租税が必要な歳入を賄った上でのものであるのかどうかに留意しなければなりません。近年の景気に最大限配慮した個人所得課税・法人課税の減税などにより、その比率は相当変化しています。今後については、所得課税の負担水準は景気対策のための減税もあって極めて低いものとなっていること、財政状況は極めて深刻なものとなっていることなどから、これまでのような所得課税の減税を伴う改革は行い得ないと考えられます。

(注)直接税と間接税等の比率(国税)

昭和63年度 73:27平成5年度 69:31平成11年度(決算(概数))57:43

(3) 個人所得課税は、大きな規模の課税対象を持ち、国民一人一人の負担能力に応じた分担を実現できる税であり、所得再分配機能を持ち、垂直的公平に適う税です。

また、租税は「社会共通の費用を賄うための会費」の性格を有していますが、個人所得課税は、申告納税制度を基本とするものであり、社会の構成員としての意識を養うことにも役立つものです。給与所得者については、今後の選択肢の一つとして、給与所得控除のあり方の見直しとの関連で、年末調整に代え、確定申告を行う途を広げることも考えられます。

個人所得課税の現状は、近年の税制改革や景気対策としての減税もあって、その負担水準は諸外国に比べて最も低くなっています。

課税最低限は諸外国に比べて高くなっており、そのあり方について種々の議論がなされています。課税最低限は、各種の控除のあり方との関連で決まってくるものですが、公的サービスを賄うための負担は国民が皆で広く分かち合うことを基本にそのあり方を議論することも必要です。

少子・高齢化の進展や国民のライフスタイルの多様化など経済社会の構造変化が進む中で、各種の控除のあり方などについて、公平性・中立性といった観点から検討することが必要となっています。

以上を踏まえ、今後、勤労意欲・事業意欲が損なわれないよう留意しつつも、個人所得課税が本来持っている役割や機能を十分に果たすことができるよう、その再構築に向けた議論が必要と考えられます。

(4) 法人課税は、法人に公的サービスの費用の負担を求めるものであり、経済の発展と企業活動の進展に伴い、税体系において基幹的な税目の一つとなっています。

近年、企業活動の国際化が進む中で、わが国の法人課税の実効税率は、わが国企業の競争力を確保する観点から、大幅に引き下げられ、その水準は既に国際的な水準になっています。

経済活動において法人部門は大きな比重を占めており、法人課税のあり方は、企業活力の発揮や経済全体の効率性の向上などに影響を与えるものであり、課税ベースの広い公正・中立な法人課税は、わが国経済社会の活力を維持していく上で重要です。

今後も、税体系全体における適切な役割を果たしつつ、国際化の更なる進展といった経済社会の構造変化に対応するとともに、公正・中立で透明性の高い法人税制を構築することが求められます。

特に、わが国企業を取り巻く環境が大きく変化してきていることに対応して、企業の柔軟な組織再編を可能にするための法制の整備が進められていますが、法人税制としても、企業の経営形態に対する中立性や税負担の公平等の観点から、会社分割に係る税制や連結納税制度の導入といった、抜本的な見直しが必要と考えます。

また、最近における非営利活動の多様な展開を踏まえ、NPO法人(特定非営利活動法人)等の税制のあり方についても検討していくことが必要です。

地方税において、当面する課題である法人事業税への外形標準課税の導入については、地方分権を支える安定的な地方税源の確保、応益課税としての税の性格の明確化、税負担の公平性の確保、経済の活性化、経済構造改革の促進等の重要な意義を有する改革であることから、景気の状況等を踏まえつつ、早期に実現を図ることが必要です。

(5) 消費課税については、これまでの税制改革の流れの中で、少子・高齢化の進展に対応し国民福祉の充実等に必要な歳入構造の安定化に資するなどの観点から消費一般に広く公平に負担を求める消費税を創設し、その後、その税率引上げ、中小事業者に対する特例措置等の抜本的な見直しを行うとともに、地方分権の推進、地域福祉の充実などの観点から地方消費税の創設を行うなど、重要な改革を行ってきました。

消費課税は、勤労世代に偏らずあらゆる世代に公平に負担を求めることができ、また、ライフサイクルの一時期に負担が大きく偏ることがないという特徴があります。さらに、消費に充てられる資金がどのような形で得られたものであっても、消費に応じて一律に負担を求めることが可能であり、水平的公平の確保に資するものと言うことができます。

今後、少子・高齢化が更に急速に進展し、人口の減少が避けられない21世紀を展望し、経済社会の活力を維持していくためには、公的サービスの費用を広く公平に分担していく必要があるとともに、世代間の公平やライフサイクルを通じた負担の平準化という視点が重要です。また、安定的な税収構造を持った税体系を構築していく必要があります。これらを考えるとき、消費課税の役割はますます重要なものになっていくものと考えられます。その際、消費税の中小事業者に対する特例措置、仕入税額控除方式などのあり方について、制度の公平性、透明性及び信頼性の観点から、事業者の実務の実態なども踏まえながら、検討を行っていく必要があります。

(6) 相続税や固定資産税をはじめとする資産課税等は、全体として偏りのない税体系を築いていく上で、あるいは、景気の動向に大きく左右されない安定的な税収を確保していく上で、重要な役割を担っています。また、相続税については、その累進構造を通じて富の再分配機能を有していますが、個人所得課税の抜本的見直しとの関連において税率構造や課税ベース等について幅広く検討していくことが必要となっています。

今後の資産課税等のあり方については、個人所得課税や消費課税が適切な機能を発揮していく中で、少子・高齢化や経済のストック化の進展などの経済社会の構造変化に対応しつつ、その機能を十分に果たしていくことが求められます。

3.税制論議への国民の参加と選択

(1) 公的サービスは国や社会を支えるために欠かすことができないものです。租税はそのような公的サービスを賄うために必要な財源を調達するものです。少子・高齢化、国際化、ライフスタイルの多様化など、わが国経済社会はこれまでにない大きな変化に直面しています。21世紀に向けてわが国があらゆる面で節目を迎える中、明るい展望を拓くためにも、国民一人一人が、社会を支える一員として、税制を自らの問題として捉え、その現状や諸課題について理解を深め、将来世代のことも考えながら、税制論議に参加していくことが求められます。

当調査会は、そのために必要となる判断材料を国民に幅広く提供することが重要と考えます。また、国や地方公共団体がそれぞれの行政についての情報をこれまで以上に分かりやすく提供していくことが必要なことは言うまでもありません。

(2) 近年、財政赤字の累積が進行しつつあります。わが国財政の厳しい現状を踏まえ、さらに21世紀を展望するとき、現世代は自らが選択してきた公的サービスを賄うのに十分な負担を行ってきたと言えるでしょうか。将来世代が真に必要な公的サービスを享受できるような財政構造を築き上げていくことが必要ではないでしょうか。公的サービスを賄うための費用を将来世代に先送りすることは避けなければならないと考えます。財政構造改革は必ずや取り組まねばならない課題ですが、その際、私たち国民は、公的サービスによる便益とその費用の負担について、便益を見直すのか、負担を見直すのか、あるいはその両者を組み合わせていくのか、選択を行っていかなければなりません。

(3) 経済社会の活力を維持していく観点から、税制は先に述べたような経済社会の構造変化に対し適切に対応していくことが必要です。まず、国民皆が広く公平に負担を分かち合うことが何よりも大切です。また、税制と経済社会との調和が保たれているのかどうかについて「公平・中立・簡素」という基本原則に照らして点検し、必要な改革に取り組んでいくことが求められます。わが国の税制は様々な課題を抱えていますが、こうした観点からどのような見直しを行っていくのか、私たち国民は選択していかなければなりません。

(4) 以上のような税制論議への参加や今後の財政・税制についての選択を経て、所得課税・消費課税・資産課税等それぞれの機能や役割を活かしながら、社会共通の費用を広く公平に分かち合うという観点に立ち、21世紀の経済社会にふさわしい税体系のあり方について、私たち国民は責任ある選択をしていかなければなりません。

第二 個別税目の現状と課題

一 個人所得課税

1.個人所得課税の意義

(1) 個人所得課税とは

人々は、経済生活において、様々な形で経済的な価値を稼得しています。すなわち、会社に勤務して給与を得たり、また、事業を営むことによってその利益を得ます。また、預貯金をして利子を得たり、株式に投資して配当を得たりします。土地や株式などの資産を売却して譲渡益を得ることもあります。高齢になってからは年金を受給します。このようにして稼得される経済的な価値を「所得」と呼びます。稼得された所得は、消費や貯蓄に充てられ経済生活を営むための原資となっています。

個人所得課税は、このような所得に税を負担する能力を見出して、個人が所得を稼得した段階で、控除や累進税率の仕組みを通じて、その負担能力を示す暦年ごとの所得の大きさに応じて税負担を求めるものです。このように個人の所得に着目した税には、国税では所得税があり、地方税では個人住民税があります。

(2) 個人所得課税の特徴と役割

所得は経済生活の様々な場面において生じるものです。経済全体として見て、国民所得の大きさからも理解されるように、所得は、経済との広い関わりを有するとともに、大きな規模を持った課税対象です。

また、所得は個人が行った経済活動の成果であり、消費や資産購入などに向けられる支払能力の源となるものであることから、個人の税負担能力(担税力)を示す指標として優れています。個人所得課税は、このような性格を有する所得を基準にして、個々の納税者の税負担能力(担税力)の大きさに応じた税負担を求めるものです。まず、各種の控除を通じて、個々の納税者が有する事情を斟酌することができます。また、所得控除と累進税率を通じて、例えば、他の人の2倍の所得を有する人は、他の人の2倍より大きな税金を負担します(このような負担の仕組みを累進性と呼んでいます。)。このように個人所得課税は、税負担の公平、特に垂直的公平の確保を図る機能を担っています。

このようなことから、個人所得課税は税体系の中でも基幹的な税目となっています。

国民は皆、通常、何らかの所得を得て生活しているため、基本的には、個人所得課税の納税者として関わることとなります。また、個人所得課税は、自ら所得や税額を申告し、納税することを基本とする租税であることからも、公的サービスの財源を調達する租税を広く公平に分かち合って負担するという社会の構成員としての意識を養うことにも大きく役立つものと考えられます。

このような特徴を有する個人所得課税の役割を財政の機能の観点から見ると、既に述べたように、財源調達に基幹的な役割を担うとともに、所得再分配機能においても重要な役割を担っており、さらに経済の自動安定化機能も有しています。

個人所得課税の税負担は、所得控除と累進税率を通じて、所得が増加するに伴い、累進的に大きくなります。所得が大きな者と小さな者の個人所得課税の負担を比較すると、比例的な税率であっても所得の大きな者は税負担も大きいため一定の所得再分配は行われますが、累進税率の下では、所得の大きな者はその大きさの割合以上に大きな税を負担することとなり、所得再分配の効果はより大きなものになります。所得再分配は社会保障などを含め財政全体を通じて機能するものですが、税制の中で、累進的な税負担を課す個人所得課税は、所得再分配機能について中心的な役割を担っています。なお、この機能を考えるに当たっては、国民の間の所得分布の状況などがどのようになっているのかという国民経済的な観点に留意していく必要があります。

さらに、所得は経済状況に応じて変動しますが、税負担は控除と累進税率によって所得の変動割合以上に大きな割合で変動します。好況期には、所得の増加率を上回る比率で税負担が増加し、不況期には、逆に、所得の減少率以上の比率で税負担が減少します。このように、可処分所得の増減幅を緩和することにより個人所得課税は景気変動の振幅を緩和する経済自動安定化機能(ビルトインスタビライザー機能)を担っています。

(3) 個人所得課税の税体系における位置付け

個人所得課税はわが国の税体系において基幹的な税目となっており、税収別構成を見ると、個人所得課税は3割程度(所得税は国税の税収の3割程度、個人住民税は地方税の3割弱)を占めて、中心的な地位を占めています。なお、消費課税が抜本改革前の約2割から現在では約3割へと割合を高めている一方で、個人所得課税は、近年の税制改革や景気対策としての減税によってその割合を減少させています。

(参考)個人所得課税の沿革

個人所得課税の沿革を顧みると、所得税は明治20年(1887年)に導入され、第二次世界大戦後、昭和24年のシャウプ勧告に基づく改革により、包括的な課税ベースに対する総合課税や申告納税を中心とする制度が施行されました。

また、個人住民税は明治11年(1878年)の「戸数割」を起源とし、シャウプ勧告に基づく改革により、均等割と所得割による制度が設けられました。

その後、高度成長期には自然増収を背景に減税がしばしば実施され、また、控除の創設・拡大、各種の非課税措置、分離課税、特定の政策目的のための租税特別措置等が導入されました。

昭和62・63年の抜本的税制改革においては、消費税の創設とともに、個人所得課税については、税率の累進緩和、人的控除の拡充、マル優制度などの原則廃止と利子所得の源泉分離課税化、株式等譲渡益の課税化が行われました。

その後、平成6年の税制改革をはじめとして、税率構造の見直しや、個人所得課税の負担軽減などが行われ、平成11年度からは、景気に最大限配慮して、最高税率の引下げ、20%の定率減税などが実施されています。

世界的な歴史をたどると、個人所得課税は18世紀末のイギリスにおいて世界で最初に導入されました。その後、19世紀半ば以降から主要国において導入され、20世紀に入って各国の社会情勢を背景に累進税率や控除制度が整備され、第二次世界大戦以降、1970年代にかけて高い累進構造となっていました。70年代末から各国で税制改革が行われ、イギリスのサッチャー首相による税制改革やアメリカのレーガン大統領による税制改革に見られるように、個人所得課税の税率構造のフラット化が世界の流れとなりました。しかし近年再び、アメリカでは最高税率の引上げが行われています。

2.個人所得課税の現状

(1) 個人所得課税の納税者数

個人所得課税のうち所得税の納税者数を見ると、就業者総数が6,470万人、雇用者総数が5,350万人であるのに対して、給与所得の源泉徴収に係る納税者数は4,595万人、事業所得者などの申告所得税の納税者数は818万人となっています(平成12年度予算の見積り)。就業者総数に対する全納税者数の割合は、統計上の制約はありますが、おおむね8割程度と考えられます。

(注)就業者とは、収入を伴う仕事を1時間以上した者などです。納税者のうち、申告納税者の中には土地の譲渡など就業者以外の所得者も含まれています。また、給与所得者でも収入が2,000万円を超える者などは確定申告を要するため、給与所得の源泉徴収に係る納税者数と申告所得税の納税者数には重複して含まれる者がいます(300万人程度と見込まれます。)。

(2) 個人所得課税の負担水準

個人所得課税の現状を見ると、消費税の導入を含む累次の税制改革における負担軽減や景気対策としての減税を経て、税負担の水準は低下しています。

これを給与所得者で夫婦子二人の世帯の税負担で見ると、平成12年の税負担額は、給与収入500万円の場合で税額は11.5万円(13.4万円)、700万円の場合で31.9万円(37.0万円)、1,000万円の場合では85.9万円(98.6万円)となっています(注)。昭和62・63年の抜本的税制改革前の税負担額は、給与収入500万円の場合で39.4万円、700万円の場合で89.0万円、1,000万円の場合では188.7万円でしたから、賃金上昇(昭和61年から平成10年まで約25%)を勘案しても、現在の負担額は大きく軽減されています。

(注1)税負担額のモデル計算

給与収入に応じた個人所得課税の税負担額については、様々な控除のうち一般的に適用されるもの、すなわち給与所得控除、基礎控除、配偶者控除・配偶者特別控除、扶養控除及び社会保険料控除を所得から差し引いてモデル計算しています。

(注2)税負担額のモデル計算に用いる社会保険料控除の近似式の係数改訂

社会保険料控除については、支払った医療や年金等の社会保険料の全額が、所得税及び個人住民税の計算上、所得から控除されます。この場合、社会保険料の支払額については、各種の制度により社会保険料率などが異なり、支払額が区々となることから、税負担額のモデル計算に当たっては、税務統計における社会保険料支払の実態に基づき、給与収入に応じた社会保険料控除の額について一定の近似式を設定して算出することとしています。

現在の近似式については、昭和59年に改訂されましたが、その後、個人所得課税においては、人的控除の拡充や税率の緩和など、税制改正が度々行われたため、税制改正による税負担の変化を一定の期間、継続して比較可能なものにすることなどの観点から改訂を行ってきませんでした。この間、社会保険料率については、累次の引上げが行われてきており、近似式に比べ実際の保険料の支払額が相当増加してきており、モデル計算上の税負担額は、実際より高めに出てきていると指摘されてきました。

このようなことを踏まえ、今般、実態に即して近似式を改訂し、税負担額の再計算を行ったところです。

(従来の近似式)

給与収入 控除額
500万円以下 7%
500万円超1,000万円以下 2%+25万円
1000万円超 45万円

(新しい近似式)

給与収入 控除額
900万円以下 10%
900万円超1,500万円以下 4%+54万円
1,500万円超 114万円

近似式の係数の改訂による税負担の比較は次のとおりであり、本文には、係数改訂後の負担額とともに括弧内に改訂前の負担額を示しています(以後も同様に、係数改訂後の負担額とともに括弧内に改訂前の負担額を示します。)。

この個人所得課税の負担について国際比較をすると、わが国は主要国中、最も低い水準にあり、特に中低所得者の負担が小さいものとなっています。例えば、アメリカにおける個人所得課税の負担額を見ると、収入500万円の場合で、53.2万円、700万円の場合で95.9万円、1,000万円の場合では200.5万円であり、アメリカにおける税負担はわが国の負担を大きく上回っています。

(注)1.夫婦子2人(日本は子のうち1人は特定扶養親族に該当し、アメリカは子のうち1人を16歳以下としている。)のサラリーマンの場合である。

(注)2.( )書は社会保険料控除額の近似式の係数改訂前の負担額である。

(注)3.日本の個人住民税は所得割のみである。アメリカの住民税はニューヨーク州の所得税を例にしている。

(注)4.邦貨換算レートは次のレートによる。1ドル=112円、1ポンド=180円、1マルク=60円、1フラン=18円(基準外国為替相場及び裁定外国為替相場:平成11年6月から平成11年11月までの実勢相場の平均値)

(注)1.夫婦子2人(日本は子のうち1人は特定扶養親族に該当し、アメリカは子のうち1人が16歳以下)のサラリーマンの場合。

(注)2.換算レートは、1ドル=112円、1ポンド=180円、1マルク=60円、1フラン=18円。

(基準外国為替相場及び裁定外国為替相場:平成11年6月から平成11年11月までの実勢相場の平均値)

(注)3.表中の数値は、給与収入 1,000万円、2,000万円、3,000万円及び5,000万円の場合の各国の実効税率である。

(3) 個人所得課税の税収

個人所得課税の税収を見ると、平成12年度予算における所得税は18.7兆円、平成12年度地方財政計画における個人住民税は9.8兆円(道府県民税利子割を含みます。以下同じ。)です。所得税のうち、給与所得に対する源泉所得税は8.8兆円、申告所得税は3.0兆円、そのほか、利子所得、配当所得などに対する源泉所得税が6.9兆円となっています。給与所得に対する源泉所得税は、例年、所得税収の5~6割程度を占めています。また、個人住民税のうち、道府県民税は3.7兆円(均等割0.1兆円、所得割2.4兆円、利子割1.2兆円)、市町村民税は6.1兆円(均等割0.1兆円、所得割6.0兆円)となっています。

税収の国際比較をすると、例えば、アメリカの連邦所得税は98.5兆円(1999年度実績)であり、わが国の所得税の約5.3倍となっています。これはアメリカの人口がわが国の約2.1倍であり、あるいは国民所得が約1.9倍であることを考え合わせたとしても、わが国の所得税収が相当に低い水準にとどまっていることを示しています。

(4) 個人所得課税の国民所得に対する負担率

個人所得課税の負担をマクロ的に、国民所得に対する負担率で見ると、わが国は国民負担率36.9%、租税負担率22.5%という中で7.5%の負担率となっています。アメリカの14.1%はもとより、消費課税の割合の高いヨーロッパ諸国、イギリスの11.8%、ドイツの11.9%、フランスの8.6%と比較しても、最も低い水準にあります(わが国は平成12年度、諸外国は1997年)。

(5) 個人所得課税の負担の分布

給与所得者の個人所得課税負担の分布について、例えば、民間の給与所得者の給与収入階級別の所得税の納税者数、給与総額及び所得税額の構成によって見てみると、給与収入700万円までの納税者は納税者数の8割を占めていますが、この8割の納税者が所得税額の3割強を負担しています。他方、給与収入1,000万円超の納税者は納税者数の1割弱ですが、所得税額の4割強を負担しています。個人所得課税の税負担の分布は、その累進性を反映しているものと考えられます。

(6) 個人所得課税の基本的な仕組み

個人所得課税の基本的な仕組みを概観すると、課税の対象となる「所得金額」は、事業、給与、配当などの収入から、それぞれの必要経費や給与所得控除等を差し引いて得られた金額です。

この所得金額から、基礎控除、配偶者控除、扶養控除などの個々の納税者の世帯構成などの事情に応じた人的控除や、社会保険料控除、医療費控除など特別の事情に応じた控除からなる「所得控除」を差し引いて、「課税所得金額」を求めます。

課税所得金額に税率を適用して「税額」を算出します。税率としては、課税所得金額の大きさに応じて段階的に区分(税率適用所得区分(ブラケット)と言います。)し、より高い区分に進むに従って、その区分に含まれる部分の課税所得金額に対して、より高い税率を適用するという超過累進税率が採られています。

(参考1)個人所得課税の税額の計算の例

一例として、夫婦子二人(子の一人は特定扶養親族(16歳以上23歳未満の者))の年間給与収入700万円のサラリーマンについて所得税の税額を算出してみます。

1) まず、給与収入から、事業所得(収入から必要経費を差し引いて求めます。)の場合の必要経費等に対応する給与所得控除を差し引きます。給与収入700万円の場合の給与所得控除額は190万円であり、給与所得の金額は510万円になります(給与収入に応じて決まる給与所得控除額については、後述します。)。

2) これから基礎控除38万円、配偶者控除38万円及び配偶者特別控除38万円、扶養控除38万円及び特定扶養控除63万円、社会保険料控除70万円(39万円)といった各種の所得控除の金額の合計額285万円(254万円)を差し引き、課税所得金額225万円(256万円)が算出されます(括弧内は社会保険料控除の近似式の係数改訂前の額です。)。

3) これに超過累進税率10%(最も低い段階の税率です。)を適用して、算出税額22.5(25.6)万円が計算されます。現在は、定率減税が実施されているので、20%相当額(最高25万円)を差し引いた18万円(20万4,800円)がその年分の所得税額となります。

同様に個人住民税の所得割を計算すると、その納付税額は13万8,550円(16万4,900円)となります。これらの合計31万8,550円(36万9,700円)が個人所得課税の納付税額です。

給与収入 700万円
給与所得控除 190万円
給与所得((1)) 510万円
  (所得税) (個人住民税所得割)
基礎控除 38万円 33万円
配偶者控除 38万円 33万円
配偶者特別控除 38万円 33万円
扶養控除 38万円 33万円
特定扶養控除 63万円 45万円
社会保険料控除 70万円(39万円) 70万円(39万円)
(所得控除合計)((2)) 285万円(254万円) 247万円(216万円)
課税所得((1)-(2)) 225万円(256万円) 263万円(294万円)
算出税額 22.5万円(25.6万円) 16.3万円 (19.4万円)
定率減税後の税額 18万円(20万4,800円) 13万8,550円(16万4,900円)

また、年間給与収入が1,000万円の場合には、所得税の課税所得金額は471万円(520万円)となり、このうち330万円以下の部分については税率10%が適用され、330万円を超え471万円(520万円)までの部分については税率20%が適用されるため、算出税額は61万2,000円(71万円)となり、定率減税後の所得税額は48万9,600円(56万8,000円)となります。個人住民税の所得割の納付税額は36万9,000円(41万8,000円)であり、合計は85万8,600円(98万6,000円)です。

(参考2)超過累進税率

税額を算定するため課税所得金額に適用される割合である税率には、課税所得金額の大小によってその割合の異なる「累進税率」と、常に割合が同一である「比例税率」があります。累進税率の中では、課税所得金額が大きくなるに従い課税所得全体に対してより高い税率を適用する「単純累進税率」と、課税所得金額の大きさに応じて段階的な税率適用所得区分に分け、より高い区分に進むに従って、その区分の課税所得金額に対してより高い税率を適用する「超過累進税率」があります。わが国を含め主要国は超過累進税率を採っています。

超過累進税率の下では、より高い税率の適用を受けるのは、それに対応する所得区分に属する所得のみであることから、税引後の所得額が減少することがないようになっています。上記(参考1)における年間収入1,000万円の場合の例のように、所得税においては、471万円の課税所得の場合、330万円以下の金額の部分については税率10%が適用され、330万円を超え471万円までの141万円の金額の部分(超過部分)についてのみ税率20%が適用されるのであり(330万円×10%+(471万円‐330万円)×20%=61.2万円)、471万円の課税所得全体について単純に20%の累進税率が適用される(471万円×20%=94.2万円)のではありません。

納税については、自らの所得を最もよく知る立場にある納税者が自ら収入、必要経費を基に所得金額とそれに対する税額を計算して申告し、納付するという申告納税制度を基本としています(個人住民税は賦課課税制度によります。)。複雑な経費の計算を伴わない給与や利子等には支払が行われる際に源泉徴収(個人住民税は特別徴収)が行われています。

このような課税の仕組みを採ることから、個人所得課税においては、まず、課税の対象となる所得の範囲をどこまでとするかなど、課税ベースである所得の範囲の捉え方が重要となります。また、納税者の負担能力に関わる様々な事情についてどのような配慮をどの程度まで行うのか、そのために、どの程度の控除と累進税率の仕組みを採るのか、という判断が重要となります。さらに、所得を的確に捕捉して、適正な課税を確保できるかなどの、税制の執行の手続や事務負担なども勘案する必要があります。

3.個人所得課税の課題

個人所得課税については、平成11年度のいわゆる恒久的な減税を定める負担軽減措置法及び地方税法附則に規定されているように、近年におけるわが国の経済社会の構造変化、国際化の進展などに対応するため、公平・中立・簡素の税制の基本原則を踏まえて、抜本的な見直しを行うことが必要となっています。恒久的な減税は景気に最大限配慮して負担軽減となる措置のみを実施したものであることから、これを抜本的改革へのいわば掛け橋として、21世紀にふさわしい個人所得課税のあり方を考えていくことが必要です。

抜本的な見直しが必要とされる個人所得課税については、基本問題小委員会及び二つのワーキング・グループで2年間にわたって詳細な検討を行ってきました。

個人所得課税については、経済社会の構造変化などに応じて、基幹税としての役割、課税ベースとしての所得の捉え方、所得再分配機能、制度の簡素性、また、それら相互の関連にも留意し、さらに個人住民税のあり方にも留意しつつ抜本的に見直す必要があります。

(1) 個人所得課税の基幹税としての役割と負担のあり方

個人所得課税は、「所得」という経済活動に幅広く関わり、大きな規模の課税対象を持ち、相当の税収水準の確保が可能であり、また、個々の納税者の税負担能力(担税力)に応じて税負担を求めるものであることから、税制全体の中で基幹的な税目となっています。経済活動を通じて所得を得た国民が、所得に応じて公的サービスの財源を支え合っていくことは今後とも重要であり、個人所得課税は引き続き基幹税として税体系において中心的な役割を担うべきであると考えます。

個人所得課税の税負担は、前述のとおり、累次の税制改正の結果、既に相当の負担軽減が図られており、その水準は主要先進国中最も低く、特に中低所得者の負担が小さいものとなっています。また、国民所得に対する負担率で見ても最も低い水準にあります。

このような負担水準の現状や、厳しい財政状況を勘案すれば、個人所得課税の減税は既に限界に達しており、少なくともこれ以上の減税は行うべきではないと考えられます。

(2) 課税ベースとしての所得のあり方

個人所得課税は、所得という納税者の負担能力に応じて累進的な税負担を求めるものです。したがって、前述したとおり、累進税率が適用されることとなる課税対象すなわち課税ベースとしての所得の範囲をどのように捉えるかが重要です。何らかの所得を得ているのであれば、それに応じて公平に負担するという考え方からは、所得から適切な理由なく除かれたり、漏れたりするものがないように、「所得」をできる限り広く、包括的に捉えることが必要となります。このことは水平的な公平を確保するためにも非常に重要です。

しかしながら、現行の制度においては、各種の控除等によって課税ベースとしての所得から除かれているものが少なくありません。これらの仕組みにはそれぞれ設けられた趣旨がありますが、経済社会の構造変化の中で、改めて、これらの控除等のあり方について見直しの余地がないか検討を加える必要があります。

例えば、勤労形態を見ると、被用者が就業者の8割を超えるようになっており、また、その雇用形態はいわゆる終身雇用や年功序列型賃金制に変化が見られ、多様な形態に進展しつつあります。女性の社会進出が進み、男女共同参画社会の実現が課題となっています。このように、社会の変化の中で、個人が職業や婚姻など、そのライフスタイルを選択するに当たり、税制が公平性・中立性を妨げている点がないか、給与所得控除や配偶者控除・配偶者特別控除などのあり方を検討する必要があるでしょう。

また、近年著しいペースで少子・高齢化が進展しています。高齢者の生活状況は必ずしも一様ではありませんが、高齢者世帯の一人当たりの所得水準は現役世代と比べて遜色ない水準にあり、分布で見ても他の年齢層とほとんど変わりありません。さらに、高齢者の平均的な保有資産は現役世代を上回っており、分布で見ても高い水準にあります。高齢者であっても個々人の経済事情・負担能力に着目し、経済力のある人はそれに見合った負担を担っていくことが重要になると考えられます。高齢化が進展するとともに少子化も進行していることから、社会保障などを支える若い世代の負担は一層重いものとなると見込まれています。したがって、世代間の公平にも留意して、年金税制のあり方などを検討していく必要があります。

このほかにも金融取引の多様化・複雑化や、経済取引の電子化・国際化などの変化が見られます。

このような経済社会の構造変化を踏まえて、控除のあり方や各種の所得計算の枠組みなど課税ベースとしての所得のあり方について見直しを行う際には、個々別々に見直すのではなく、総合的に見直していく必要があると考えます。

(3) 所得再分配機能のあり方

累進性を有する個人所得課税は税制全体の中で所得再分配機能の中心的な役割を果たしています。今後この機能のあり方についてどう考えるべきでしょうか。近年の所得の分布状況を見ると、少なくともかつてのような明確な平準化の動きは見られません。むしろ、市場原理や自己責任を重視した経済活動が進展する中で、国際化、情報化の下で個人や企業の経済活動が多様化することにより、所得格差の拡大の方向に働く可能性や、消費課税の割合が高まってきていることをも考慮すると、税制全体の所得再分配機能を維持していくことが必要です。以上の点を踏まえれば、個人所得課税の果たす役割は引き続き重要と考えます。

(4) 制度の簡素性

個人所得課税は累次の税制改正を経て複雑な制度になっているとの指摘があります。納税者の事情などに配慮するため、また、政策的な要請に対応するために、きめ細かい措置を講じると、その反面で、税制は複雑なものになります。複雑でわかりにくい制度の下では、納税者の事務負担・費用が大きくなり、また、税務行政の効率化を損なうことになりかねません。さらに、複雑な制度を利用した租税回避行為の誘因となるおそれもあります。個人所得課税は広範な経済取引や多数の納税者に関わる税目であるだけに、納税者に分かりやすい簡素な税制が求められます。簡素化は不断の課題ですが、個人所得課税の抜本的な見直しに当たっては特に配意する必要があります。

(5) 個人住民税のあり方

個人住民税は、基幹税として地方財政を支える税であるとともに、地域社会の費用を住民がその能力に応じ広く負担を分任するという独自の性格(負担分任の性格)や地方公共団体が少子・高齢化に伴い提供する福祉等の対人サービスなどの受益に対する対価として、対応関係を明確に認識できるという性格(応益性)を有しており、地方自治を支える税として位置付けることができるものと言えます。こうしたことから、個人住民税は所得税に比較してより広い範囲の納税者がその負担を分かち合うものとなっています。

個人住民税については、地方分権の推進や少子・高齢化の進展に対応し得る税制として、このような性格などを踏まえつつ、そのあり方を検討する必要があります。

4.課税ベースとしての所得

(1) 所得の捉え方
1) 所得の包括的な捉え方

「所得」とは、事業の利益、役務の報酬、投資の配当など、個人が1年間に新たに稼得する経済的な価値です。稼得した段階でどれほどの大きさの価値が得られたのかを捉えるものであるので、それが消費に充てられるか、貯蓄に充てられるかという使途を問いません。

個人所得課税は、上述した「所得」に税負担能力(担税力)を見出して、その大きさに応じて累進的に税負担を求めるものです。したがって、所得の大きさが異なれば、負担も異なってきます。ある個人が稼得したある経済的な価値はその所得に含まれるが、別の経済的な価値は所得に含まれないというようなことがあれば、その個人の税負担能力(担税力)を的確に捉えていないことになります。そこで、累進税率が適用されることとなる課税対象、すなわち課税ベースとしての「所得」の範囲に、個人の税負担能力(担税力)を増加させる価値を得ているものがあれば、漏れるものがないように、すべてを含めることとし、「所得」をできる限り広く、包括的に捉えるという考え方が基本です。

このように、課税ベースとして包括的に所得を捉える考え方に立って、課税ベースのあり方を見直していくことが必要です。現行の税制における各種の控除や非課税措置等については、各々、その設けられている趣旨がありますが、経済社会の構造変化に応じて、それらのあり方について見直しを行う余地がないか検討を加える必要があります。

(参考1)所得の算出

課税ベースとしての「所得」の金額を算出する一例として事業所得を取り上げてみます。所得の金額は収入金額そのものではなく、収入金額から、販売商品の売上原価や販売管理費など、収入を得るために要した経費を控除したものです。

この際、個人は所得を稼得する主体であるとともに、稼得した所得により消費する(所得を処分する)主体でもあることに留意しなければなりません。すなわち、個人の支出の中には、所得を得るための「必要経費」と、所得の消費に当たる「家事費・家事関連費」があります。したがって「所得」を適正に捉えるためには、家事費・家事関連費を所得の金額の計算上、必要経費のように控除することは適当ではありません。このように「所得」の算出に当たっては、「必要経費」と、「所得の処分」として行われる様々な生活上の支出とを区分することが重要です。

(注)必要経費については、戦前においては所得の範囲を制限的に捉えていたこととの関連で、限定的に考えられてきましたが、現在は、事業上の資産損失も必要経費に算入されます。

「所得」の金額の計算のほかの例として給与所得を見ると、給与収入の金額から、給与所得者の必要経費を概算的に控除するなどの趣旨から設けられている給与所得控除を差し引いて算出されます。また、利子のように必要経費がなく、収入金額がそのまま所得の金額となるものもあります。

(参考2)包括的所得と制限的所得

所得の捉え方については、経済的利得のうち、利子、配当、地代、事業からの利潤、給与などの、反復的、継続的に生じる利得のみを捉えるのか(制限的所得概念、所得源泉説)、これらに加え、資産の譲渡益のような一時的、偶発的な利得も含めるのか(包括的所得概念、純資産増加説)により、二つの考え方があります。アメリカは包括的に所得を捉えてきたのに対し、ヨーロッパ諸国は、かつては所得を制限的に捉え、譲渡益のような利得を除外してきましたが、現在では包括的に所得を捉えるようになっています。

わが国でも戦前は所得を制限的に捉えていましたが、昭和22年度の税制改正以来、利子、配当、地代、利潤、給与など反復的、継続的に生じる利得のみならず、譲渡益など一時的、偶発的な利得を含め包括的に捉えています。

(参考3)未実現のキャピタルゲインや帰属所得

値上がりしているものの売却されていない資産に係る未実現のキャピタルゲイン(資産価値の増加による利益)や、持家に住む場合の家賃相当額や家事労働などを外部に委託した場合に支払う報酬に相当する帰属所得(インピューティド・インカム)は、理論的には所得概念に含まれるものの、その評価、捕捉が困難であることから、現実の税制においては課税の対象とはされていません。主要国においても、原則として課税されていません。

(参考4)長期間を経て実現される所得と課税繰延べ

個人所得課税は1年間に得られた所得に対して累進的な負担を求める暦年課税の原則を採っています。長期間を経て実現される所得については、その所得が一度に実現されることへの配慮が求められる面もあります。他方で、所得の実現まで課税の繰延べがなされていること、例えば、複利型の金融商品については満期などまで収益の支払が繰り延べられており、課税もその時点まで猶予されていることなどについて留意しなければなりません。

(参考5)包括的所得と個人所得課税の機能

包括的に所得を捉えることにより、課税の対象が広がり、これに対して累進税率を適用することにより所得再分配機能が適正に発揮されることとなります。また、所得の範囲が広がることにより、経済の自動安定化機能を高めることになります。

2) 非課税所得等

課税ベースとして所得は包括的に捉えることが原則ですが、例えば、給与所得者に支給される旅費などや非課税貯蓄、社会保障給付などのように、その性質や政策的要請により非課税とされて、課税ベースから除かれている所得があります。

これらの非課税所得については、それぞれ制度の設けられた趣旨がありますが、本来、所得は漏れなく、包括的に捉えられるべきであることを踏まえ、経済社会の構造変化の中で非課税とされる意義が薄れてきていると見られるものがある場合には、そのあり方について検討を加えることが必要です。

(注)主な非課税所得には次のようなものがあります。

  • 給与所得者の旅費や職務の性質上欠くことのできない現物給付などの実費弁償的性格に基づくもの
  • 家具などの生活用動産に係る譲渡所得などの担税力の考慮に基づくもの
  • 雇用保険上の失業等給付、生活保護給付をはじめとする社会保障給付などの社会政策的配慮に基づくもの
  • 老人マル優、財形住宅などの一定の貯蓄からの利子等に対する特定の政策的見地によるもの
  • 当座預金の利子など少額不追求の見地によるもの

また、所得には、金銭による収入のみならず、現物給付、すなわち物や権利その他の経済的利益による収入も含まれますが、被用者に対する社宅の貸与、食事の支給、従業員割引など、一定の条件を満たす少額の現物給与など一定のものについては、税務執行上追求しないなどの趣旨から課税しない取扱いがされています。

こうしたものを含むいわゆるフリンジベネフィットについては、「会社人間」とも言われるような個人の企業依存体質に変化が見られる中で、経済的利益の供与の仕方などが異なることによって税負担の公平を失することがないように、法人課税との関係にも留意しつつ、検討する必要があります。

(参考)非永住者に対する課税

納税義務者は居住者と非居住者に分かれます。一般の居住者については、国内源泉所得のみならず国外源泉所得に対しても課税されます(全世界所得課税)。非居住者については、国内源泉所得に対してのみ課税されます。ただし、居住者のうち、国内に永住する意思がなく、かつ、現在まで引き続いて5年以下の期間国内に住所又は居所を有する個人(非永住者)については、国外源泉所得に関しては、国内に送金されない限り課税されません。

(2) 課税最低限と控除
1) 課税最低限

個人所得課税においては、すべての納税者について認められる基礎控除のほか、個々の納税者の税負担能力(担税力)を減殺させる事情がある場合、これを調整するために、配偶者控除等、扶養控除などの人的控除、さらに医療費控除、社会保険料控除などの所得控除が設けられています。なお、給与所得については、所得金額の計算の段階で、給与収入を得るために必要な経費を概算的に控除することなどの趣旨から給与所得控除が設けられています。

各種所得の金額の合計額からこれらの諸控除を差し引いた金額が課税対象となる金額となりますので、各種の所得の金額の合計額が諸控除の合計額以下であれば課税はされません。この点に着目して、納税者の大半を占める給与所得者について、その水準以下では課税されず、その水準を超えると課税が始まる給与収入の水準を示す指標を課税最低限と呼んでいます。具体的には、様々な控除のうち、一般的に適用されるもの、すなわち、給与所得控除、基礎的な人的控除(納税者の世帯構成などの事情に応じて適用される基礎控除、配偶者控除及び配偶者特別控除、扶養控除の各控除を言います。)、社会保険料控除の各控除額を合計した額が課税最低限となります。なお、課税最低限は、控除額の積重ねとして決まるため、世帯構成などに応じてそれぞれ異なる金額となります。

課税最低限は、経済生活を通じて所得を得た国民が個人所得課税の負担を分かち合う際に、ここまでは税負担を求めないという給与収入の水準を示すこととなります。また、この水準を超える者にとっても、課税最低限を構成する基本的な控除は、税率とあいまって、その税負担を左右する要素となっています。

このように課税最低限は、一定の基本的な控除の控除額を積み上げた結果定まるものですが、個人所得課税の負担構造を示す重要な指標として使われています。

なお、個人住民税の課税最低限は、その負担分任の性格から基礎的な人的控除の額が所得税に比べ低く設定されているため、所得税より低い水準になっています。

わが国の個人所得課税の課税最低限は、各種控除の累次にわたる拡充によって、引き上げられており、例えば、夫婦子二人の給与所得者について見ると、平成12年の所得税の課税最低限は384万2,000円(368万4,000円)と、主要諸外国に比して高い水準となっています。夫婦子一人の場合は283万3,000円(269万8,000円)、夫婦のみの場合は220万円(209万5,000円)、独身の場合は114万4,000円(110万7,000円)です。

また、平成12年度における個人住民税の課税最低限は夫婦子二人の場合は325万円(309万5,000円)、夫婦子一人の場合は250万円(238万円)、夫婦のみの場合は195万円(185万7,000円)、独身の場合は108万8,000円(105万3,000円)です。

課税最低限の水準のあり方については、様々な考え方がありますが、税は公的サービスを賄うものであり、公的サービスの便益は国民が広く多様な分野で享受するものであることを考えると、公的サービスを賄うための負担は国民が皆で広く分かち合うことが基本でしょう。個人所得課税は経済生活を通じて得る所得に応じて負担を求める税であり、社会の構成員である私たちにとって関わりの深い税です。このような個人所得課税の負担を累進性の下で広く分かち合うという観点からは、課税最低限があまり高いことは望ましくないものと考えます。

また、課税最低限は、個人所得課税の基本的な仕組み、負担水準全般に関わることから、税体系全体の中における個人所得課税の位置付けや役割などをも踏まえて総合的な検討が必要であるとの意見がありました。

課税最低限が各種の基本的な控除の積重ねであることから、そのあり方を考える際には、控除一つ一つのあり方を検討する必要があります。税負担の公平を確保するために、経済社会の構造変化を踏まえつつ、課税ベースとしての所得をできる限り広く捉えるべきとの観点、複雑な制度を簡素化するとの観点などから、これらの控除のあり方について検討していくことが適当です。

なお、かつてわが国の国民の生活水準が国際的に低かった時期には、生計費からの観点が重視される傾向にありました。その後、高度成長期から安定成長を経て、国民の所得水準は大幅に上昇するとともに、国民の保有資産も相当程度増加してきています。このような経済社会の構造変化などに鑑みると、課税最低限については、生計費の観点からのみではなく、個人所得課税を通じて公的サービスを賄うための費用を国民が広く分かち合う必要性などを踏まえて総合的に検討していく必要があります。

2) 主要な控除

イ.基礎的な人的控除

個人所得課税においては、納税者の税負担能力(担税力)を減殺させる事情がある場合、これを斟酌するために、所得金額から一定額を差し引く所得控除の仕組みが設けられていますが、特に、納税者本人に係る基礎控除、その配偶者に係る配偶者控除・配偶者特別控除、扶養親族に係る扶養控除を合わせて基礎的な人的控除と呼んでいます。これらは、世帯構成などといった納税者の税負担能力(担税力)を減殺させる基本的な事情を斟酌するため設けられているものです。

基礎的な人的控除については、世帯構成の変化、女性の社会進出、高齢化の進展などの社会の変化を踏まえ、公平・中立の観点などから、簡素化、集約化の余地がないか検討を加えていく必要があります。

なお、これらの人的控除は個々の納税者の税負担能力(担税力)に関する諸事情を斟酌するための基本的な仕組みとして納税者に定着していることに留意すべきであるとの意見がありました。また、検討に当たっては、配偶者控除等や扶養控除との関係で、納税者本人に係る基礎控除の役割を重視すべきではないかとの意見もありました。

ロ.基礎控除

一定の額までの少額の所得については負担能力を見出すには至らないと考えられることから、すべての納税者(本人)に対して適用される基礎控除(所得税:38万円、個人住民税:33万円)が設けられています。

主要国においても同様に一定額までの所得については税負担を課さない仕組みが設けられています。

(参考)主要国における制度

アメリカには納税者本人、配偶者、扶養親族に共通して適用される仕組みとして一人当たり定額の「人的控除」の制度があります。イギリスでは納税者本人のための基礎控除が設けられています。ドイツ及びフランスにおいては税率が適用されない課税所得が定められており、本人に基礎控除を認めるのと同様の機能を果たしています。

ハ.配偶者控除及び配偶者特別控除

納税者が、一定所得金額以下の配偶者を有する場合、その納税者本人の税負担能力(担税力)の減殺を調整する趣旨から、配偶者控除(所得税:38万円、個人住民税:33万円)及び配偶者特別控除(所得税:最高38万円、個人住民税:最高33万円)が設けられています。配偶者特別控除は、配偶者の収入に応じて控除額が減少する消失控除(収入の増加に伴い、控除額を段階的に減少させる控除であり、税引後の手取額の変化を緩和する役割を果たしています。)となっています。

配偶者については、かつて一人目の扶養親族として扶養控除が適用されていましたが、夫婦は相互扶助の関係にあって、一方的に扶養している親族と異なる事情があることなどに鑑み、昭和36年度に扶養控除から独立させて配偶者控除が創設されました。

その後、昭和62・63年の抜本的税制改革の際に、納税者本人の所得の稼得に対する配偶者の貢献に配慮し、税負担の調整を図る観点や、いわゆるパート問題、すなわちパートで働く主婦の所得が一定額を超える場合に、配偶者控除が適用されなくなることから、かえって世帯全体の税引後手取額が減少してしまうという手取りの逆転現象への対応の観点などから、配偶者特別控除が消失控除の形で創設されました。この配偶者特別控除の創設によって、税制上の手取りの逆転現象は解消されています。

(注)パート問題と税制、社会保険制度、賃金制度

上述のとおり、パート問題について税制面においては解決が図られていますが、依然、パート収入をめぐり手取りの逆転現象が指摘されています。これは、パート収入が一定水準に達すると、配偶者手当が支給されなくなったり、社会保険制度の上で被扶養者として扱われなくなり、独立の被保険者として保険料を負担しなければならなくなったりすることがあるためです。配偶者の取扱いについては、それぞれの制度の趣旨がありますが、社会保険制度や賃金制度がパート問題に密接に関わっていることに留意しなければなりません。

主要国を見ても、税制上、配偶者に関して何らかの配慮をする制度が設けられています。

(注)主要国における配偶者への配慮に関する制度

アメリカでは納税者本人、その他の扶養親族と同一の人的控除が適用されます。また、夫婦単位課税の選択が認められています。イギリスでは夫婦者控除が設けられています(2000年度から廃止予定)。ドイツでは控除はありませんが、夫婦単位課税の選択が認められており、フランスも控除はなく、家族数に応じたN分N乗方式により配慮が行われています。

配偶者に係る控除、とりわけ、配偶者特別控除については、女性の社会進出、男女共同参画社会の進展などを踏まえ、就業に対する税の中立性の観点から、その性格、あり方の見直しが必要であるとの意見が高まってきています。

基礎的な人的控除が世帯構成員の数などに応じて納税者の税負担能力(担税力)を調整するための仕組みであることを踏まえると、配偶者を有する納税者への配慮として配偶者控除と配偶者特別控除の二つの控除の適用を認めていることは、納税者本人や扶養親族に係る配慮と比較してかなり大きいものとなっています。

また、就業している配偶者であっても、所得が一定額以下であれば、自らは基礎控除の適用を受けて課税関係が生じない一方で、その者の配偶者である納税者本人は、その課税所得金額の計算上、配偶者控除等の適用を受けており、その意味でいわば二重の人的控除を享受する結果となっています。

したがって、女性の社会進出、男女共同参画社会の進展などを踏まえ、税負担能力(担税力)の減殺を調整するといった所得控除の趣旨や他の基礎的な人的控除とのバランス、制度の簡明性などの観点から、配偶者に係る控除のあり方について検討を加える必要があると考えます。なお、その際には、消失控除の仕組みによる税引後の手取りの逆転現象への対応の必要性にも留意しなければなりません。

なお、配偶者控除等は現実に多数の世帯に適用され、定着していることなどからも、慎重な検討を要するのではないかとの意見もありました。

(注)配偶者が所得を有する場合に、納税者本人と合算して世帯単位(夫婦単位)で個人所得課税の負担を求めることを世帯単位課税(夫婦単位課税)と呼びます。わが国は個人単位課税ですが、個人単位の下でも配偶者を有する納税者について控除等による何らかの負担調整を講じることは国際的にも広く行われています。課税単位と控除の問題は区別して論じる必要があります(なお、課税単位の問題については後述の「8.課税単位と課税方式等」を参照。)。

ニ.扶養控除

自己と生計を一にする扶養親族を有する納税者に対して、その税負担能力(担税力)の減殺を調整する趣旨から、扶養親族の人数などに応じた扶養控除(所得税:38万円、個人住民税:33万円)が設けられています。その控除額は基本的には基礎控除や配偶者控除と同額となっており、世帯構成員数などに応じた担税力の調整が行われる仕組みとなっています。

ただし、16歳以上23歳未満については特定扶養控除(所得税:63万円、個人住民税:45万円)、70歳以上については老人扶養控除(所得税:48万円、個人住民税:38万円)というように基本的な扶養控除の金額よりも割増しされた控除額が設けられています。さらに、扶養控除の控除額に加算する形で、同居老親等加算(所得税:10万円、個人住民税:7万円)、同居特別障害者加算(所得税:35万円、個人住民税:23万円)が設けられています。

これらの控除、加算によって、扶養親族の様々な特徴を考慮して、きめ細かな配慮を行うことが可能となっています。しかしながら、その反面、扶養控除の制度はかなり複雑なものとなっています。年金、医療、介護などの社会保障制度の整備状況などをも勘案すれば、税制として、扶養親族について細かな区分を設け、控除制度を細分化することが適当かどうか、基礎控除、配偶者控除等の他の人的控除とのバランス、扶養親族間におけるバランスなども踏まえながら、検討を加える必要があります。

なお、成人している親族などに対しては扶養控除による配慮をする必要があるかどうか検討する余地があるのではないかとの意見がありました。

扶養控除をめぐっては、少子化対策の観点から、特に児童に係る配慮として、児童手当に代替させてはどうかという考え方があります。主要国における児童の扶養に係る税制及び児童に係る財政上の措置のあり方を見ると、おおむね何らかの税制上の措置が講じられているものの、手当のみの例、控除と手当の有利な方を適用している例もあり、様々な制度が採られています。

扶養控除は、前述のとおり、納税者に扶養親族がいる場合、累進税率を適用する前の課税所得を捉える段階で、所得からその人数などに応じた金額を差し引くことにより、税負担能力(担税力)を調整するものであり、世帯構成などに応じた所得控除を差し引いて課税所得を算出するという個人所得課税の基本的な考え方に基づくものです。

したがって、基礎的な人的控除のうち児童に係る扶養控除の部分のみを縮減する場合には、扶養親族の人数などといった世帯構成に応じた税負担能力(担税力)の調整機能を損なう、また、老人扶養親族などの他の扶養親族に係る扶養控除や、納税者本人に係る基礎控除、配偶者に係る配偶者控除等の他の基礎的な人的控除とのバランスを失するといった個人所得課税の基本に関わる問題点があります。

(参考1)主要国における児童の扶養に係る税制上の措置等

アメリカでは控除のみが行われており、児童手当は支給されていません。イギリスでは現在、児童手当のみが実施されています(2001年度から控除が改めて導入される予定。)。ドイツでは控除と手当の有利な方が適用されることになっています。フランスでは控除に代替するN分N乗方式の世帯単位課税と手当が併用されています。

(参考2)所得控除と税額控除

人的控除のあり方について、所得控除では所得が大きい納税者ほど税負担の軽減が大きくなることから、所得の大小にかかわらず一定の税額を軽減する税額控除によって配慮を行うようにすべきとの意見があります。この点に関しては、個人所得課税においては、納税者の税負担能力(担税力)を示すものは累進税率の対象となる所得であるため、税負担能力(担税力)の減殺に対する調整は、所得の大きさを測る段階で所得控除により行うことが基本的な考え方です。所得の大きさを測る段階で、納税者が扶養している者の数などに応じて、税負担能力(担税力)の減殺を調整するための所得控除を差し引き、その上で、累進税率を適用することにより、所得に応じた累進的な負担を求めるという現行の所得控除方式が長年定着しており、また、こうした方式を採ることが簡明かつ合理的であると考えます。

所得控除により所得が大きいほど税負担軽減額が大きくなるのは、大きな所得に対して累進税率が適用される結果、より大きな税負担を求めていることの「裏返し」にすぎません。

ホ.社会保険料控除

社会保険料控除は、納税者が自己又は自己と生計を一にする配偶者その他親族が負担することになっている社会保険料を支払った場合には、社会保険が強制的加入であることなどを考慮して、その支払金額の全額を控除するものです。

社会保険料控除については、強制性があるものの、所得の処分であることにも留意し、控除の対象となる社会保険の個々の制度ごとに、その制度の趣旨などに照らして、そのあり方を考えていく必要があります。

主要国における社会保険料に係る税制上の措置を見ると、このような控除制度が設けられている国、設けられていない国、また、他の保険料と合わせて一定限度までの控除が設けられている国など、国によって取扱いは様々です。

(参考)主要国における社会保険料に係る税制上の措置

アメリカやイギリスにおいては社会保険料に係る控除は認められていません。ドイツにおいては一定の生命保険・損害保険の保険料と合わせて控除の上限金額が設定されています。フランスにおいては社会保険料の控除が認められています。

ヘ.給与所得控除

給与所得は、給与収入の金額から、その収入金額に応じて算定される給与所得控除の額を差し引いて算出されます。給与所得控除の趣旨について考えると、まず、給与所得者が給与収入を得るためには何らかの経費を要すると考えられ、少なくともこれについて収入金額から差し引く必要があります。

こうした観点から主要国を見ると、アメリカ、ドイツ、フランスでは給与所得者について必要経費の概算控除が設けられているとともに、これに代えて実額による控除が認められています。実額控除の対象となる経費については、旅費、制服などの勤務に直接必要と考えられる一定の範囲の支出に限って認められています。なお、各国とも通常の生活上の支出の控除が認められないのは言うまでもありません。

(参考1)主要国における給与所得者に実額控除が認められる経費の範囲

主要国において、給与所得者に実額控除が認められる経費の範囲を見ると、一般的には、旅費、通勤費、衣服費、研修費等が対象とされるにすぎません。いずれの国も旅費は自己の負担した職務上の旅費に限って認めており、自己負担の通勤費は控除を認める国と認めない国に分かれています。衣服費は職業上必要とされる特殊な衣服(制服など)に限って認められています。研修費は、雇用主の要請など、職務上必要とされる一定の場合に限り認められています。その他、転勤費用などを認めている国があります。

(参考2)主要国における給与所得者の必要経費に関する概算控除

主要国における給与所得者の経費に関する制度を見ると、アメリカでは給与所得者であっても全員が確定申告を行う制度の下、給与所得者の必要経費について実額控除が認められていますが、これに代えて概算控除を選択することも認められており、実際には大半の納税者が概算控除(夫婦共同申告の場合7,350ドル(82.3万円))を選択しています。

イギリスでは概算控除の制度はなく、一定の旅費(通勤費は認められない)などについてのみ実額控除が認められています。

ドイツでは実額控除と概算控除(2,000マルク(12万円))の選択が認められています。

フランスでは必要経費概算控除(社会保険料控除後の給与収入金額の10%、最高控除額7,850フラン(140.1万円))、または実額控除が選択でき、さらに、その控除後の所得に対して20%の給与所得控除が認められています。

このように各国の制度は様々ですが、概算控除の水準はわが国の給与所得控除に比べておしなべて相当に低いものとなっています。

わが国の給与所得者が収入を得るために必要とする勤務費用が実際にどの程度になるのか把握するために、家計調査により、主要国で給与所得者に認められている勤務費用に相当する支出を含め、給与所得者の必要経費ではないかと言われるものを広めに拾い出してみると、その金額は平均で年間50万円程度になり、年間収入(674万円)の1割弱程度という試算が得られます。

これに対して、給与収入に応じた給与所得控除額は給与収入500万円の場合154万円、700万円の場合190万円などとなっています。また、マクロ的に給与所得控除の水準を見ると、給与収入総額の3割程度が控除されています(平成12年度予算ベースで給与総額228.4兆円に対して、給与所得控除総額は64.2兆円。)。このように、現行の給与所得控除の水準は、給与所得者の必要経費に関する概算的な控除としては相当手厚いものとなっていることが分かります。

こうした点を踏まえ、給与所得控除の性格について更に考えてみます。当調査会では、従来、給与所得控除の性格については、「勤務費用の概算控除」及び「他の所得との負担調整のための特別控除」の二つの要素が含まれるものと整理してきました。「他の所得との負担調整」とは、いわゆるサラリーマンが専ら身一つで、使用者の指揮命令に服して役務提供を行うことから、失業などの不安定性のほか、有形、無形の負担、拘束を余儀なくされ、その役務の提供による成果のいかんにかかわらず、その対価があらかじめ定められた給与の支給にとどまるといったサラリーマンに特有の事情に対して斟酌を加えるものです。

最近の就業の状況を見ると、就業者に対する被用者の割合はかつては5割程度でしたが、いまやその約8割を占めるに至っており、社会の典型的な就業形態となっています。

また、近年、雇用形態は多様化・流動化が進んでおり、いわゆる終身雇用制や年功序列型賃金制度が変化して、能力給や年俸制を採用する企業が増加するとともに、転職、中途採用が広がりつつあります。パートタイム労働、派遣労働、在宅就業など、多様な働き方を選択する者が増加しています。このように従来指摘された被用者としてのサラリーマン特有の事情にも変化が見られます。

これまで見てきたように、給与所得者は社会の典型的な就業形態となっていること、雇用形態の多様化などが進み、被用者としてのサラリーマン特有の事情にも変化が見られること、手厚い水準の給与所得控除は職業選択など就業に対する中立性を損なうおそれがあるとも考えられること、主要国の概算控除の水準はわが国に比較して低いことなどを踏まえると、給与所得者に対して「他の所得との負担調整」といった一定の配慮を加える必要性があるとしても、その必要性は薄れてきていると考えられます。

したがって給与所得控除については、今後、勤務費用の概算控除としての性格をより重視する方向で、そのあり方について検討を行っていく必要があると考えます。

給与所得控除の関連で、特定支出控除の実際の適用件数が少ないという指摘があります。給与所得は、支払われる度に一定の税額が源泉徴収され、その年の給与所得の総額に対する税額と源泉徴収された税額との過不足については年末調整により精算されますが、給与所得者が勤務に直接必要な特定の支出(通勤費、転任に伴う引越費用、研修費、資格取得費、単身赴任者の帰宅旅費の5種類)をした場合に、その年中の特定支出の合計額が給与所得控除額を超えるときは、確定申告により、その超える部分を特定支出控除として控除することが認められています。これは昭和62・63年の抜本的税制改革においてサラリーマンが確定申告を通じて自らの所得及び税額を確定させることができる途を拓いたものです。

しかしながら、特定支出控除の適用実績を見ると、実際の適用件数は僅少で推移しています。特定支出控除の対象となる勤務費用の範囲は諸外国と比較しておおむね同等である(なお、わが国では支給された通勤費や旅費は非課税となっています。)にもかかわらず、特定支出控除の適用が少ないのは、給与所得控除の水準が相当に高いためであると考えられます。

仮に、選択肢として、現行の給与所得控除を勤務費用の概算控除としての性格をより重視する方向で見直しを行うこととすれば、特定支出控除の選択的適用が増加し、給与所得者が確定申告を通じて自らの所得及び税額を確定させる途を広げることにつながります。

なお、同族会社の役員に対する報酬等について給与所得控除が認められていますが、一般の被用者とは相当に事情が異なるにもかかわらず、被用者に対する「他の所得との負担調整」の性格を含んだ給与所得控除の適用を認めるのは適当ではないとの指摘がありました。

(参考3)給与所得控除の沿革

給与所得控除は、大正2年(1913年)に勤労所得(俸給、給料、手当、歳費)について、その収入の10%相当額の控除を認めた勤労控除に由来します。

戦後、昭和22年に所得税が総合所得税に一本化されるに伴い、勤労控除の控除率が引き上げられるとともに、控除額には一定額の上限が設けられました。シャウプ勧告では、事業所得などに対する課税とのバランスや、給与収入を得るための概算経費控除の性格をより重視する趣旨から、当時25%であった勤労控除の控除率について引下げが勧告され、昭和25年度税制改正において15%に引き下げられました。昭和28年度税制改正で勤労控除は給与所得控除と改称されました。

昭和36年度税制改正で、給与所得者の経費のうちの固定費的な部分を概算控除するという考え方から、給与収入の多寡にかかわらず一定額を控除する定額控除が導入され、定額控除と定率控除の組合せによる控除となりました。昭和49年度税制改正で、定額控除と定率控除とを統合し、一定額の控除を認める最低保障額を設置するとともに、控除の「上限」の撤廃が行われ、現在の仕組みとなりました。

5.税率構造

個人所得課税においては超過累進税率が採用されています。このような累進的な税率構造は、所得増加の割合以上に税負担が増加することになるため、比例的な税率構造と比較してより大きな所得再分配機能を有しています。

現行の所得税の税率構造は10%から37%までの4段階、個人住民税の税率構造は、5%から13%までの3段階となっています。

税率構造については、1970年代末から90年代にかけて、主要国において勤労意欲、事業意欲への影響に配意して、そのフラット化が行われました。わが国においても所得水準の上昇、平準化などを背景として、限界税率の累進が強すぎたり、その水準が高すぎたりする場合には、勤労意欲や事業意欲を阻害しかねないことなどから、税率の累進緩和が行われてきました。

昭和62・63年の抜本的税制改革の前は、所得税は10.5%から70%の15段階の税率構造、個人住民税は市町村民税が2.5%から14%の13段階、道府県民税が2%及び4%の2段階の税率構造でした。抜本的税制改革において税率構造の簡素化、フラット化が進められ、所得税は10%から50%の5段階、個人住民税は5%から15%の3段階となりました。その後、平成6年の税制改革では、中堅所得者の負担の累増感などに配慮して、税率適用所得区分(ブラケット)が広げられました。

さらに、平成11年度に最高税率の引下げが行われ、所得税は37%、個人住民税は13%とされて、両者合わせた最高税率は50%となりました。これにより、平成5年の答申で示した「所得税・個人住民税を合わせて50%程度を目途に引き下げていく」という課題については実現が図られたものと考えられます。

現行の税率構造を国際的に見ると、所得税の最低税率は主要国の中で最も低く、所得税、住民税を合わせた最高税率も遜色ない水準となっています。

税率構造のあり方については、機会の平等か結果の平等かというような国民の平等に関する意識の状況、勤労意欲や事業意欲への配慮、また、個人所得課税の課税ベースのあり方や財政状況など、様々な観点から検討する必要があります。とりわけ、近年の所得分布の動向を見ると、少なくともかつてのような明確な平準化は見られません。むしろ、市場原理や自己責任を重視した経済活動が進展する中で、国際化、情報化の下、個人や企業の経済活動が多様化することにより、所得格差の拡大の方向に働く可能性や、消費課税の割合が高まってきていることをも考慮すると、税制全体の所得再分配機能を維持していくことが必要です。以上の点を踏まえれば、個人所得課税の果たす役割は引き続き重要と考えます。

このような見地からは、少なくとも今以上の累進緩和は適当ではなく、現行の個人所得課税の税率構造は基本的に維持すべきであると考えます。

(参考)主要国における税率のフラット化

主要国においては、1970年代末から90年代にかけて、イギリスのサッチャー首相の下での税制改革、アメリカのレーガン大統領の下で課税ベースの拡大と併せて行われた税制改革に見られるように、勤労意欲に配意した経済活性化の観点などから税率のフラット化が行われました。なお、アメリカでは90年代に入って垂直的公平をより重視するという観点から税率の刻み数の増加、最高税率の引上げが行われています。

6.所得控除

(1) 所得控除の種類

「課税所得金額」は、収入から必要経費や給与所得控除等を差し引いて得られる各種の所得の金額の合計額から、さらに各種の所得控除の額を差し引いて算出されます。

所得控除は、様々な事情により納税者の税負担能力(担税力)が減殺されることを斟酌して、これを調整するため、所得から一定額を差し引くものです。具体的には、1) 納税者本人や配偶者、扶養親族の世帯構成等に応じた基礎的な人的控除、2) 障害や高齢など特別な人的要因を斟酌する特別な人的控除、3) 災害、疾病などに関連して多額の支出を余儀なくされたことなどを斟酌するその他の控除等があります。さらに、4) 人的控除について様々な加算や割増を行う仕組みがあり、現在、次の16種類の控除と8種類の加算が設けられています。

1) 基礎的な人的控除:

基礎控除、配偶者控除、配偶者特別控除、扶養控除

2) 特別な人的控除:

障害者控除、老年者控除、寡婦控除、寡夫控除、勤労学生控除

3) その他の控除:

雑損控除、医療費控除、社会保険料控除、小規模企業共済等掛金控除、生命保険料控除、損害保険料控除、寄付金控除

4) 控除の加算、割増:

(配偶者控除)老人控除対象配偶者、同居特別障害者加算

(扶養控除)特定扶養親族、老人扶養親族、同居老親等加算、同居特別障害者加算

(障害者控除)特別障害者

(寡婦控除)特定寡婦加算

これらのうち、基礎的な人的控除等については既に述べましたので、以下では、それ以外の控除について検討することとします。

(2) 特別な人的控除

基礎的な人的控除に加えて、障害や高齢など特別な人的事情のために追加的費用を要することによって税負担能力(担税力)が減殺されることなどを斟酌して調整するとの見地から、障害者控除、老年者控除、寡婦控除、寡夫控除及び勤労学生控除といった特別な人的控除が設けられています。

特別な人的控除については、それぞれの制度の趣旨などを踏まえながら、経済社会の構造変化や社会保障制度の整備状況に照らして、制度創設時に比べて状況に変化が見られるのではないかとの観点などから、検討を加えていくことが必要です。

(参考)障害者控除は、精神又は身体に障害があることなどに配慮するものです。

65歳以上の納税者本人に適用される老年者控除については、70歳以上の扶養親族に適用される老人扶養控除等と併せ、少子・高齢化の進展によって高齢者が増加している中で、高齢者の生活実態が多様になっているため、単に高齢であるということのみに着目した配慮をどの程度行うべきか、各種の年金や介護保険といった社会保障制度の整備状況、年金税制との関係などを考慮しつつ検討を行うことが必要です。また、同様の観点から、控除の各種特別加算のあり方についても検討が必要です。

寡婦控除及び寡夫控除は、配偶者と死別または離婚した後に扶養親族を扶養しなければならない事情などに配慮するものですが、女性の社会進出などを踏まえて、両控除の差異も含め、そのあり方を考えていくことが必要です。

勤労学生控除については、諸外国にも例のない制度であること、制度創設時の戦後の時期とは勤労学生の生活の事情も変わってきていることなどから存在意義は乏しくなってきていると考えられます。

(3) その他の控除

特別の支出などに伴って、税負担能力(担税力)が減殺されることを斟酌したり、また、一定の政策的要請を勘案するため、雑損控除、医療費控除、社会保険料控除、小規模企業共済等掛金控除、生命保険料控除、損害保険料控除、寄付金控除が設けられています。

これらの控除についても、経済社会の構造変化を考慮し、制度の趣旨を踏まえつつ、公平・中立・簡素の観点から、控除のあり方について検討を加えることが必要です。

(参考1)雑損控除は、災害や盗難などにより住宅、家財などについて損失が生じたことに伴う税負担能力(担税力)の減殺を斟酌し、調整する制度です。

医療費控除は、本来は生計費の一部である医療費について、一般的な家計負担の水準を上回って偶発的に支出を余儀なくされる場合の税負担能力(担税力)の減殺を斟酌し、調整する制度です。近時、家計の平均的な医療費負担が上昇していることを踏まえ、医療費の負担が特に大きい場合の税負担能力の調整という控除の趣旨に照らして、医療費控除の適用下限額について、検討が必要です。

寄付金は、一般的には他人に対する金銭等の贈与であって、所得の任意処分であるため、個人所得課税の課税ベースに含めるべきものです。ただし、所得税においては特定の公益目的の寄付、すなわち教育又は科学の振興、文化の向上、社会福祉への貢献などに資するものについては、支出した特定寄付金(1万円を超える部分)を控除することができる寄付金控除が認められています。一方、個人住民税の寄附金控除については、控除を行う地方公共団体と寄附金による地方公共団体の受益との対応関係が必要であるため、所得税に比較し、極めて限定されたものとなっています。なお、個人がNPO法人に対して寄付金を支出した場合の税制上の取扱いについては、制度の趣旨や法人の実態を踏まえ、相当の公益性を担保するための基準や仕組みをどのようにするかを含め、広範な観点から検討を進めていかなければなりません(NPO法人に関する課税については、別途、「二 1.(7) NPO法人」で後述します。)。

(参考2)税額控除

税額控除は、課税所得に税率を適用して算出した税額に対して調整を行う仕組みであり、(1)法人所得課税と個人所得課税の負担調整の観点から、個人株主の配当所得について税額から一定額の控除を認める配当税額控除や、(2)納税者が外国に源泉のある所得について、その国の法令により所得税または個人住民税に相当する租税を課されたときに、わが国と外国の所得課税における課税の重複を調整する目的から、税額からの控除を認める外国税額控除等があります。

(4) 所得控除のあり方

これまで見てきたように、所得控除制度は、累次の税制改正においてその種類や加算措置を増やしてきたことによって、制度全体がかなり複雑になってきています。納税者が置かれた状況の差異によって税負担に差異を設けることには自ずから限界があると考えられ、所得控除については、それぞれの控除が設けられている趣旨・背景を踏まえながら、経済社会の構造変化を勘案しつつ、公平性・中立性を損なっている点はないか、簡素化、集約化の余地はないか、検討を加えていく必要があります。

また、新規控除や既存の控除の上乗せなど、様々な国民の生活態様の中から特定の条件や家計支出(所得の処分)を抜き出して斟酌する種々の措置を講じることについては、制度がいたずらに複雑になりかねず、また、そもそも稼得された「所得」に負担を求める個人所得課税の性格から、基本的に適当でないと考えられます。

例えば、住宅ローン利子所得控除など特定の支出に係る控除を設けることは、個人所得課税の課税ベースである各個人が稼得した所得から、所得の処分として各個人の選択により行う家計支出を除くものであり、稼得した所得の大きさに応じて負担を求める個人所得課税の根幹を損ないかねません。

(注)こうした考え方は、アメリカにおいて、1913年の連邦所得税の創設以来、住宅に限らずあらゆるローン利子の所得控除が認められていたものの、住宅関係を除き廃止されたことや、イギリス、ドイツ、フランスにおいて住宅ローン利子に関する所得控除が税負担の公平に反することから廃止されてきているという国際的潮流にも現れています。

7.各種の所得

(1) 所得の種類

所得には様々な種類のものがありますが、現行税制は、経常的に発生するか一時的に発生するか、必要経費があるかどうかなど、所得の発生形態、性質などに応じて、「利子」、「配当」、「不動産」、「事業」、「給与」、「退職」、「山林」、「譲渡」、「一時」、「雑」という10種類の所得に分類しています。

それぞれの「各種所得」について、例えば、事業所得であれば、その年中の事業の収入金額から必要経費を差し引き、給与所得であれば、給与収入から給与所得控除を差し引いて、「各種所得の金額」を算出します。

これらの各種所得のうち給与所得については、既に述べました。

(2) 退職所得

退職金は、一般に、長期間にわたる勤務の対価の後払いとしての性格とともに、退職後の生活の原資に充てられる性格を有しています。

このような退職金の性格を踏まえて、退職所得に対する課税については、一時に相当額を受給するため、他の所得に比べて累進緩和の配慮が必要と考えられることから、退職金の収入金額から退職所得控除額を控除した残額の2分の1を所得金額として、他の所得と分離して累進税率により課税されます。退職所得控除は、勤続年数20年までは1年につき40万円、勤続年数20年超の部分については1年につき70万円となっています。

主要国においても、退職所得については、N分N乗方式または一定の控除額の設定によって、税制上、一定の配慮が行われています。

近年、退職金の支給形態が徐々に一時金から年金方式に移行する動きが見られます。また、雇用形態の多様化・流動化の下で、長期に至らずに退職金を受け取る従業員が増加するとともに、退職金を支給する代わりに給与を増額する企業も見られるようになっています。

現行の退職所得課税の仕組みは、勤務年数が長いほど厚く支給される退職金支給形態を反映したものとなっていることから、退職金の支給形態の変化などを踏まえると、今後も長期勤続の場合を特に優遇していくことが適当かどうか検討する必要があると考えられます。

他方、現行の退職所得課税を前提とした税引後収入が老後の生活設計に織り込まれているという実態や、企業における給与体系の変更には時間を要することを考慮する必要があるとの意見がありました。

なお、近時、短期間のみ在職することが当初から予定されている役員などに対して、給与支給を通常より少なくして、その分、退職金を手厚く支給するといったことが行われているとの指摘があり、この動きに対しては適切な対応が必要であると考えます。

(3) 事業所得

事業所得は、個人が営む事業から得られる所得であり、総収入金額から必要経費を控除して所得金額が算出されます。事業所得の必要経費については、法人の場合と基本的に同様で、売上原価、販売費、一般管理費などが含まれるほか、減価償却費等も含まれます(さらに、青色申告の場合には、引当金、準備金、特別償却等の制度の適用が認められています。)。

なお、所得を得るための必要経費と異なり、所得の処分に当たる家事費・家事関連費は、所得の計算上、必要経費のように差し引くことは認められません。このため事業上の必要経費と家事費・家事関連費とを区別することが必要です。

このような事業所得を稼得する納税者が、自らの所得を適正に申告し、その所得に対する税額を納税するためには、正確な記帳が必要です。適正な記帳を奨励するため、シャウプ勧告を受けて、青色申告制度が設けられ、一般の記帳より水準の高い記帳を行う納税者に対して、青色申告特別控除をはじめ、特別の軽減措置を講じたり、更正や不服申立ての手続上、有利な取扱いを認めたりするなどの優遇措置が講じられています。青色申告が一層普及し、正確な記帳が行われることは今後とも重要です。

(注)記帳の内容に不正があると認められた場合には青色申告の承認が取り消されることがあります。

(参考)青色専従者給与等

青色申告制度の普及を奨励する観点から、青色申告者に対していわゆる青色専従者給与制度が設けられています。なお、白色申告者に対しては事業専従者控除が認められています。

本来、生計を一にする配偶者などの親族への対価の支払は、事業所得の必要経費とは認められません。しかし、一定の帳簿を備え、記帳を行うことにより、事業と家計を明確に分離できる青色申告者に限っては、その事業専従者の給与の全額を必要経費とすることができます(完全給与制)。一方、白色申告をしている事業所得者の場合は、事業に専従している配偶者については最高86万円、その他の親族については最高50万円を白色専従者控除としてその事業所得の金額の計算上、概算的に控除できます。

これらの制度により、特に青色申告者の事業所得については、専従者給与の支払による配偶者などへの所得分与が可能となっている面があるとの指摘があります。この点については、就労の実態などに照らして、過大な給与の支払などがある場合には制度の厳正な運用により対処することが適当であると考えます。

また、個人事業者は、交際費について、法人の場合と異なり、事業との関連があれば、上限なく必要経費への算入が認められていますが、事業との関連性は個人事業者の個別判断に委ねられて客観性が少ないとの指摘があります。法人においては交際費の損金算入を制限し、中小法人に対してのみ一定の損金算入枠を認めるような仕組みが設けられていることとの均衡や、冗費抑制の観点からの検討が必要であるとの意見がありました。

事業の経営形態については、わが国では、いわゆる「法人成り」が多く見られ、実態が個人企業と異ならない法人が多くなっているのは、役員報酬への給与所得控除の適用などにより、法人形態の方が税負担が軽減されるためではないか、経営形態の選択への中立性にも十分配慮すべきではないかとの意見があります。個人形態を採るか法人形態を採るかの選択に当たっては、取引における信用や最低資本金制度の水準など、種々の要因が勘案されており、税制のみが決定要因ではないと考えられます。また、課税の仕組みを見ると、個人所得課税は累進性、所得再分配機能を有していることから、法人課税と同一の制度にすることは困難であると考えます。

(注)一定の個人企業を税制上、法人のように取り扱うかつてのみなし法人課税制度については、経費の二重控除などの問題から廃止された経緯もあります。なお、個人所得課税については、最高税率の引下げが行われてきたことや、主要国においても最高税率は法人課税の税率を上回っていることなどにも留意しなければなりません。

事業所得について考える際には、事業所得と給与所得など各種の所得の間の不均衡感、いわゆるクロヨンについての指摘があることにも留意しなければなりません。不均衡感の問題については、税務執行体制の充実を図りながら、納税環境の整備など、より一層の課税の公平の確保に努め、青色申告の一層の普及など、納税者の自覚と協力を得つつ、適正な申告水準の維持、向上を図ることが重要です。

このほか、事業所得に関連して、個人事業者にも適用される企業関係租税特別措置の整理・合理化を行っていく必要があります。

[補論]その他の所得

1) 不動産所得

不動産所得は、不動産、地上権などの不動産の上に存する権利、船舶・航空機を貸し付けることによって生じる所得です。

昭和22年に不動産所得はいったん事業所得等に統合されました。その後、昭和25年に個人単位課税が採用された際に、資産分散防止の観点から例外措置として、生計を一にする夫婦と未成年の子などの、利子、配当、不動産といった資産所得を合算する制度が設けられました。現行の「不動産所得」は、この合算課税の対象となる資産所得の範囲を確定するために設けられたものです。しかし平成元年に、資産所得合算課税制度が廃止された後も、そのまま存置されています。

「不動産所得」については、いったん事業所得等に統合され、消滅した後、資産所得合算課税制度の対象として復活した経緯、同制度が税制の簡素化の見地から廃止されたことなどに鑑みると、事業所得、雑所得と区分して独立の所得分類として存置する必要性を含め、そのあり方を検討する必要があるのではないかと考えます。

2) 山林所得

山林所得は、一般的には長期間にわたり育成した立木を譲渡することにより生じるものであり、長期間を経て発生する所得が一時に実現するものであることなどに鑑み、分離課税とされ、5分5乗方式で所得が計算されます。また、概算経費率、特別控除等が設けられ、山林所得に対して特別な配慮がなされています。

3) 譲渡所得

譲渡所得は、資産の譲渡により生じる所得であり、譲渡価額から取得費等を控除して算出されますが、所有資産のキャピタルゲイン(価値の増加による利益、増価益)について、資産の譲渡により、それが実現される機会を捉えて課税するものです。

包括的な所得の考え方からは、未実現のキャピタルゲインも経済的価値であるため、課税ベースとしての所得に含めるべきものであるとされますが、キャピタルゲインを時価評価、発生主義で捉えて、未実現の所得に課税することは容易でないことから、主要国と同様に、課税は所得の実現時に行われています。このため、毎年生じる資産価格の値上がり益について、譲渡時まで課税が繰り延べられている面があります。したがって、譲渡など資産の移転があれば、この機会を捉えて実現されたキャピタルゲインに対して適正に課税することが公平の確保などの観点から必要です。

また、所得が発生する時点、すなわち譲渡の時点を納税者が自由に選択できるという意味で裁量性が高い所得であることに留意しなければなりません。

譲渡所得の基因となる資産のうち、土地等(建物等を含みます。)及び株式等の譲渡による所得については分離課税が行われており、その他の資産の譲渡による所得については総合課税が行われています。

4) 一時所得

一時所得は、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で、労務などの役務や資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいいます。例えば、遺失物拾得者の受ける報労金、法人からの寄付、懸賞の賞金やギャンブルの払戻金などです。一時所得の金額は、総収入金額からその収入を得るために支出した額(直接必要なものに限ります。)及び特別控除を控除して算出し、その2分の1に相当する金額を、総所得金額を計算する際に、他の所得と総合します。

一時所得については、一時に得られた所得に対して何らかの配慮を必要とするとしても、一律に特別控除や2分の1課税を認める所得計算のあり方については検討の余地があります。

5) 雑所得

雑所得は、10種類の所得分類のうち、利子所得から一時所得までの他の9種類の所得分類に該当しない所得であり、いわゆる受皿的な所得区分です。雑所得の中には、公的年金等に係るものとそれ以外のものがあり、後者に該当する所得の例としては、株主優待券、作家以外の者の原稿料や講演料などがあります。

公的年金等については、かつて給与等とみなして給与所得控除の適用を認めていましたが、昭和62・63年の抜本的税制改革において、給与所得と同一の事情にない公的年金に、勤務費用の概算控除等の趣旨から設けられている給与所得控除を適用することは合理的ではないことから、公的年金等控除を設けるとともに、所得分類を雑所得に改めて現在に至っています。公的年金等については公的年金等控除が適用されるのに対して、その他の雑所得は収入から必要経費を差し引いて得られ、両者の間でかなり異なる所得計算方式が採られています。

このような所得計算方式の違いや、公的年金の受給者が増加していること、年金に係る所得が増大していることなどに鑑み、公的年金等に係る所得については、その所得区分のあり方について検討することが適当であると考えます。

(参考)所得分類の沿革

所得分類の沿革を見ると、明治20年(1887年)の所得税創設時には、各種所得の種類、名称を定めてはおらず、昭和15年度の税制改正において、不動産、利子配当、事業、勤労、山林、退職の6種類に限定し、異なる税率で課税することとしました。他方、臨時利得税として、昭和14年には船舶、鉱業権等の譲渡所得に課税が行われ、昭和17年には不動産の譲渡所得にも課税されるようになりました。戦後、昭和21年には臨時利得税が廃止されるとともに、従来の譲渡所得は所得税に含まれることとなりました。昭和22年には不動産所得を事業所得等に統合し、利子所得と配当所得を区分するなど、利子、配当、臨時配当、給与、退職、山林、譲渡、一時及び事業等の9種類の所得分類を規定しました。これにより、有価証券の譲渡が譲渡所得に含められるとともに、一時的な所得が所得税の対象とされました。さらにシャウプ勧告後の昭和25年度の税制改正により、不動産所得の復活、雑所得の創設が行われ、今日のような10種類の所得分類に整備され、現在に至っています。

8.課税単位と課税方式等

(1) 個人所得課税の課税単位

納税者の世帯のうちで、配偶者や扶養親族も所得を稼得している場合に、課税対象となる所得を、所得を有する個人ごとに捉えるのか、世帯全体として捉えるのかということが課税単位の問題です。所得を稼得する個人ごとにその所得に対して課税する方式を個人単位課税と呼び、生計を同じくする世帯ごとに所得を合算して課税する方式を世帯単位課税(夫婦を単位とする夫婦単位を含みます。)と呼びます。わが国は個人単位課税を採っています。

世帯単位課税には、世帯構成員の所得を合算し、分割(人数に応じて平均)しないで課税する「合算非分割制」と、分割して課税する「合算分割制」があります。夫婦を単位として、その所得を合算し、均等に分割して課税する方式が「二分二乗制」です。

(注)世帯単位課税を個人単位課税と比較すると、累進税率の下で、世帯単位の合算非分割制は、例えば、夫婦者世帯について同一の所得を有する二人の単身者の場合と比べると、より高い税率が適用されるというように、婚姻に対して抑制的な効果を持ちます。他方、合算分割制は、同一の所得を有する単身者世帯と夫婦者世帯を比べた場合、一般的には夫婦者世帯に有利になるというように、婚姻に対して恩典を与えることになります。

課税単位に関して、二分二乗方式など世帯単位課税(合算分割制)を採用してはどうかという指摘が見られます。

各国における課税単位のあり方を見ると、民法上の夫婦の財産制度といった関連する社会制度などの違いにより、必ずしも国際的に一様ではなく、主要国でも歴史を反映して様々です。しかし、イギリス、北欧において世帯単位課税から個人単位課税へ移行しているなど、OECD諸国全体では29カ国中25カ国で個人単位が採られており、世界的には個人単位課税が主流です。

個人が一定の所得を稼得する場合、通常その所得はその個人に帰属することから、所得が帰属する個人に税負担を求めるのが適当です。また、二分二乗方式を採用した場合には、適用される累進税率が平均化されるために、独身者世帯に比べて夫婦者世帯が有利になること、共稼ぎ世帯に比べて片稼ぎ世帯が有利になること、高額所得者に税制上大きな利益を与える結果となることなどの問題点が考えられます。このようなことから、課税単位については引き続き個人単位とすることが適当と考えます。

個人単位に基づく個人所得課税の下においても、所得の稼得者が扶養している者の数などに応じた税負担能力(担税力)の減殺を調整する観点から配偶者控除、扶養控除などが設けられていますが、世帯構成などに関し、どの程度の税制上の配慮が適当かについては、課税単位の問題とは別次元の、人的控除のあり方の問題であることに留意しなければなりません。

(参考1)課税単位の沿革

わが国においては、所得税創設以来、明治民法の家族制度の下で、家族内の所得分割による租税回避防止の観点を踏まえて、同居家族の所得をすべて合算して累進税率を適用する世帯合算非分割制度が採られていました。戦後、「家」制度を廃止し、夫婦別産制とした家族制度の改正を背景として、シャウプ勧告が世帯合算課税の廃止を勧告し、昭和25年から個人単位課税とされて以降、課税単位としては個人単位が維持されています。

(参考2)主要国における課税単位

アメリカにおいては、所得税の導入当初は個人単位課税が採られましたが、州によって財産制度が異なり、夫婦別産制の州と共同財産制の州とが存在していたことを背景に、1948年に単一税率表の下で個人単位課税と二分二乗方式の選択適用が認められました。その後、二分二乗方式による夫婦世帯への負担軽減効果を考慮し、寡婦等に対する負担の調整を行うため、独身世帯主用の税率表や独身者用税率表が設けられました。また、夫婦個別申告用の2倍の税率適用所得区分(ブラケット)を持つ夫婦共同申告用の税率表が作成されて、二分二乗方式を実質的に保持したまま税額計算の簡便化が図られました。

イギリスは夫婦別産制ですが、1799年の所得税創設以来、夫婦の課税所得を合算し、その合計額について税率を適用する夫婦合算非分割課税が採られていました。しかし、この制度の下では、夫婦者世帯の方が、より高い限界税率を適用される場合があり、独身者世帯に比較して相対的に税負担が重くなること(いわゆる「結婚に対するペナルティ」)や既婚女性のプライバシーと独立性が損なわれていることなどを考慮し、1990年から個人単位課税に移行しました。

ドイツでも、原則、夫婦別産制の下で、1920年の所得税創設以来、世帯合算非分割課税が採られていましたが、連邦憲法裁判所の違憲判決を受けて、1958年から個人単位課税と二分二乗方式との選択制となっています。

フランスは、原則として法律で一定の財産を夫婦の共通財産と定める法定共通制の下で、1914年の所得税創設以来、世帯合算非分割課税が採られていました。1945年には、世帯単位の下で家族除数方式(N分N乗方式:夫婦及び扶養親族の所得を合算し、それを家族除数で除した金額について税率を適用して算出した税額に家族除数を乗ずる方式)を採用しています。

(2) 個人所得課税の課税方式

個人所得課税の課税方式としては、「総合課税」と「分離課税」があります。

「総合課税」においては、各種の所得を合算して課税所得を計算し、累進税率を適用して税額を算出します。総合課税は、稼得した所得をすべて総合するので、納税者の総合的な税負担能力(担税力)に応じて、累進税率を適用することになるため、垂直的公平の確保に優れています。

「分離課税」においては、所得を発生形態、性質に応じて区分し、異なる税率(一般的には、比例税率)を適用して税額を算出します。したがって、分離課税において、退職所得、山林所得や利子、土地の譲渡益のように所得の発生形態、性質などに応じた課税が可能となります。また、把握体制などが十分でない状況の下で実質的な公平に資するといった利点が挙げられます。

(参考)分離課税の種類

「分離課税」には、「申告分離課税」(確定申告によって納税するもの。例えば、土地譲渡益、株式等譲渡益の場合)と「源泉分離課税」(所得を稼得する際に、所要の税額が源泉徴収され、改めて申告納税する必要のないもの。例えば利子、株式等譲渡益の場合)があります。なお、「源泉分離課税」には、さらに、「一律源泉分離課税」(個人の選択の余地なく一律に適用されるため、手続は不要なもの。例えば、利子の場合。)と「源泉分離選択課税」(源泉分離課税を選択する旨の申告書の提出が必要なもの。例えば、平成13年3月末まで認められている株式等譲渡益の場合)があります。

総合課税  
分離課税 申告分離課税
源泉分離課税 一律源泉分離課税
源泉分離選択課税

個人所得課税に垂直的公平を確保する機能を期待し、累進的な税率構造を採用する以上、その課税ベースとなる所得はできる限り包括的に捉える必要があり、広く公平に税を負担する個人所得課税の理念として、総合累進課税が基本であると考えられます。

しかしながら、退職所得、山林所得のように所得の性質上、累進課税の適用に当たって配慮が必要なものもあります。また、納税者番号制度の整備など、所得捕捉の体制の整備が十分ではない現状においては、直ちにすべての所得について総合課税を行うことは実質的公平を損ないます。

したがって、個人所得課税の基本的な枠組みとしては、総合課税を原則としつつも、所得の性質、把握体制の整備状況などを踏まえ、所得の種類によっては分離課税を組み合わせることが適切と考えます。

(3) 損益通算等
1) 損益通算

各種の所得を合算して総所得金額等を算出する際に、不動産所得、事業所得、山林所得又は譲渡所得の金額の計算上、損失が生じている場合には、その損失を他の所得の金額から控除して、「損益通算」します。損益通算を行い、総所得金額等を算出した後に、累進税率を適用して税額が算出されます。

ただし、株式等の譲渡益に対して分離課税により一律の税率が適用されている一方で、株式等の譲渡損失について、総合課税により累進税率が適用される給与や事業などの他の所得との損益通算を認めることは、譲渡益と譲渡損失との取扱いに均衡を欠き、公平の観点から問題があることなどを踏まえ、その譲渡損失は他の株式等の譲渡益との間でのみ相殺できることとされています。

また、マンションなどを借入金により購入してこれを貸し付け、利払費や減価償却費を計上することにより、不動産所得の損失を生じさせ、これを給与所得や事業所得から損益通算により控除することにより節税を図る動きが見られます。このような動きに対しては、負担の公平を確保するため、現在講じられているように借入金に係る損失について損益通算の制限措置が必要です。

さらに、譲渡所得の基因となる資産のうちゴルフ会員権など一般に生活に通常必要でないと認められる資産に係る損益通算のあり方については、実態を踏まえつつ検討を加えることが必要と考えられます。

近年、金融取引の多様化、複雑化などに伴い、「11.金融税制」でも述べるように、租税回避のための仕組み(タックス・シェルター)が巧妙になり、例えば操作性の高い所得を利用して意図的に損失を創出し、所得を小さくして、累進的な税負担を逃れるといった租税回避行為が多く見られるようになっています。

このような損失を利用する租税回避行為への対応としては、損益通算の制限が考えられます。アメリカにおいては、租税回避行為に対して、パッシブ・アクティビティ・ロス・ルールのように損益通算を制限する措置などが講じられています。

わが国においても、租税回避行為への対応として、操作性の高い投資活動から生じた損失と事業活動などから生じた所得との損益通算の制限について検討が必要と考えます。

(参考)アメリカにおける主な租税回避行為防止のための措置(損益通算関係)

イ.支払利子控除の制限

投資目的の借入金に係る支払利子の所得控除は、投資所得額の範囲内でのみ認められます。

ロ.アット・リスク・ルール

個人納税者が課税所得の算定上控除できる損失の額は、当該納税者がその投資活動において実際に負担するリスク総額が限度とされます。

ハ.パッシブ・アクティビティ・ロス・ルール

自らが実質的に事業を行っているとは言えない投資(「受動的活動」)に係る損失(パッシブ・アクティビティ・ロス)と他の所得との通算は制限されています。

2) 繰越控除

個人所得課税においては、1年間に稼得した所得を捉え、その所得の大小に応じて累進的な負担を求める課税であることから、暦年ごとに所得を把握するのが基本であり、所得計算において生じた損失については、原則として、翌年以後の所得金額の計算に影響させないこととしています。

ただし、暦年課税の例外として、各種の所得と損失の損益通算を行っても、災害や盗難などによる雑損失や青色事業者の純損失が残った場合などにおいては、その雑損失の金額及び純損失の金額等を翌年以後3年間(個人住民税は翌々年度以後3年度間)にわたって繰り越すことが認められています。

9.年金税制

(1) 公的年金に係る税制の現状

国民年金や厚生年金などの公的年金に係る税制の現状を見ると、拠出段階において本人が拠出する保険料については、その全額が社会保険料控除により所得から控除され、課税対象から除かれています。給付段階においては、次に述べるように、受給する年金から公的年金等控除や老年者控除等が控除され、実質的に課税対象から除かれています。

給付段階の公的年金等控除は、高齢者の生活において公的年金等が大きな役割を果たしていることなどから設けられた控除です。最低保障額を65歳以上140万円、65歳未満70万円とし、定額控除(65歳以上100万円、65歳未満50万円)及び定率控除(定額控除後の年金収入について360万円までの部分の25%、720万円までの部分の15%、720万円を超える部分の5%を合わせた額)から成ります。

なお、65歳以上の者には老年者控除(所得税:50万円、個人住民税:48万円)が適用されます。

このような仕組みから、公的年金収入によっている年金生活者(年齢65歳以上)の課税最低限は給与所得者の場合より高い水準となっています。また、わが国の公的年金に係る税負担は国際的に見ても極めて低いものとなっています。

(資料19)公的年金に係る課税の仕組み

(参考1)年金生活者の課税最低限と年金等に係る課税状況

例えば、本人が65歳以上で老人配偶者がある公的年金受給者の所得税の課税最低限は354万3,000円(348万8,000円)となっており、一般の給与所得者(夫婦のみの世帯)の220万円(209万5,000円)と比較して、相当に高い水準にあります。

また、その場合の公的年金受給者の個人住民税の課税最低限は322万7,000円(317万6,000円)となっており、一般の給与所得者(夫婦のみの世帯)の195万円(185万7,000円)と比較して相当高い水準となっています。

公的年金等に係る課税状況を見ると、公的年金等控除、老年者控除等の適用により、源泉徴収の対象となる部分は公的年金等支払金額33.2兆円のうち、2.1兆円にすぎません(平成8年度調査)。

なお、公的年金の掛金に係る社会保険料控除に伴う所得税の減収額は1.6兆円、個人住民税の減収額は0.8兆円に達しています(平成9年度調査)。

(参考2)主要国における公的年金に係る税制

主要国における公的年金に係る税制を見ると、アメリカにおいては、公的年金の給付段階では軽減措置により実質的に非課税となっているものの、拠出段階で本人拠出掛金の所得控除は認められていません。

イギリスでも同様に、公的年金について本人拠出の掛金は所得控除が認められておらず、給付段階でも控除はなく、年金額全体が課税対象となります。ドイツでは本人拠出については保険料控除が認められますが、給付段階では課税対象となります。フランスでは本人拠出の掛金は所得控除が認められ、給付金に対する一定の控除があります。

(2) 公的年金に係る税制のあり方

近年、少子化の進行、平均寿命の伸びなどにより、少子・高齢化は予想を超えて急速に進展しています。また、経済基調が変化しており、これまでのような高い経済成長、賃金上昇は見込めなくなっています。高齢化の進展の下、社会保障などを支える若い世代の負担は、少子化もあいまって、より一層大きくならざるを得ないと見込まれています。これらを背景に、給付と負担の適正化、公的年金、企業年金及び個人年金の適切な役割分担などが図られるよう年金制度改革が行われてきています。

また、高齢者の生活状況は必ずしも一様ではありませんが、高齢者世帯の一人当たりの所得水準は現役世代と比べて遜色ない水準にあり、分布で見ても他の年齢層とほとんど変わりありません。さらに、高齢者の平均的な保有資産は現役世代を上回っており、分布で見ても高い水準にあります。個々人の経済事情・負担能力に着目し、高齢者であっても経済力のある人はそれに見合った負担を担っていくことが重要になると考えられます。

公的年金等に係る税制については、年金が各種の控除によって課税ベースからほとんど除かれており、拠出段階から給付段階に至るまで、主要国と比べても、極めて低い税負担となっていること、高齢化の進展の下で年金受給者が増加し、また、年金所得も増大していることや、高齢者の所得水準の上昇に伴い生活実態が多様化していることを勘案しながら、世代間の公平をはじめ、公平・中立・簡素の観点から、拠出・運用・給付を通じた負担の適正化に向けて検討を行っていく必要があります。

なお、公的年金に係る税制の見直しについては、公的年金制度が長期間にわたる制度であることなどから、相当の期間にわたる経過的な取扱いを要するのではないかとの指摘があります。

(3) 企業年金等に係る税制

厚生年金基金や適格退職年金などの企業年金を見ると、拠出段階では、厚生年金基金の従業員の本人拠出たる掛金相当額は社会保険料控除により所得から控除され、適格退職年金の本人拠出は稀であるものの、その拠出掛金は生命保険料控除の対象となります(控除額相当額が課税対象から除かれることとなります。)。給付段階では、いずれも公的年金等控除等が適用されます。

国民年金基金についても、拠出段階の本人拠出は社会保険料控除により所得から控除され、給付段階では公的年金等控除等が適用されます。

企業年金等に対する税制を考えるに当たっては、公的年金についてはその他の年金と比較して加入に強制性があるのに対して、企業年金、個人年金は基本的に任意の制度となっていることに留意しなければなりません。また、年金といっても各種の制度が存在している中で、いわゆる1階の基礎年金、2階の厚生年金(報酬比例部分)、任意の企業年金、個人年金など、それぞれの特色や役割の違いも勘案する必要があります。さらに、年金と貯蓄が経済的には類似していること、貯蓄については自らの所得の処分であり、所得控除が認められていないことなど、貯蓄課税との関係に留意しなければなりません。

企業年金等に係る税制のあり方についても、少子・高齢化の進展、高齢者の生活実態を勘案して、貯蓄課税との均衡、世代間の公平などの観点を踏まえながら、拠出・運用・給付を通じた負担の適正化に向けて検討を行っていく必要があります。

(注)なお、企業年金の実態を見ると、給付を受けるに当たり一時金方式と年金方式とが本人の裁量によって選択可能なものがあり、年金に代えて一時金が選択される割合が高いと言われますが、この点に関して、年金として受給する場合より退職一時金として受給する場合の方が税制上有利であることがその原因であるとの指摘が見られます。このように支給実態に影響を与えているような税制については、税の公平・中立の観点から、そのあり方の見直しが必要であるとの意見があります。

(参考1)退職年金等積立金に対する法人税

退職年金等積立金に対する法人税(特別法人税)は、事業主が従業員の年金給付に充てるために拠出する掛金等が損金算入される一方(その段階で、本来は、従業員の給与所得になると言えます。)、従業員が稼得する利得については年金受給時まで課税されないことから、このような課税繰延べによるいわば遅延利息相当分の負担を求める趣旨で設けられているものです。退職年金等積立金を運用している信託銀行などの法人が特別法人税の納税義務者となっていますが、これは、退職年金等積立金から支払われています。このように特別法人税は、拠出・運用段階における課税繰延べに対して、公平の観点から設けられているものであり、必要な制度であると考えられます。なお、現在の金利の状況、企業年金の財政状況などを踏まえ、平成11年度税制改正において、2年間の時限措置として、その課税が停止されています。

(参考2)主要国の企業年金に係る税制

主要国の企業年金に係る税制を見ると、アメリカにおいては、拠出段階では原則として所得控除は認められず、給付段階では給付金(本人掛金の控除後)全体について課税されています。なお、特例としての401Kプラン(確定拠出型年金の一類型)については、拠出段階で一定額まで課税繰延べを認めていますが、給付段階では拠出段階で課税繰延べの対象とならなかった本人掛金を差し引いた給付全体に課税されています。

イギリスにおいては、拠出段階では一定額の限度、所得控除が認められ、給付段階で課税されています。ドイツにおいては、一定の限度で所得控除が認められ、給付段階で利子部分について課税される制度及び拠出段階での被用者負担がなく、給付段階で課税される制度があります。フランスにおいては、拠出段階で一定額を限度に所得控除が認められますが、給付段階で課税されます。

(参考3)確定拠出年金に係る税制上の措置

わが国においても、これまでの確定給付型年金に加えて、年金制度の新たな選択肢として、確定拠出年金を導入することとされ、所要の法案が先の第147回国会に提出されました(審議未了廃案)。

確定拠出年金については、同法案において

  • 拠出段階において、企業型年金については、事業主掛金を損金に算入するとともに、従業員の給与課税は行わず、また、個人型年金については、加入者掛金を所得控除(小規模企業共済等掛金控除)の対象とする。
  • 運用段階においては、特別法人税を課税する。
  • 給付段階においては、分割(年金)払いの老齢給付金を公的年金等控除の対象とするほか、一時金払いの老齢給付金は退職手当等とみなす。

などの税制上の措置を講じることとされたところです。

(参考4)個人年金に係る税制

元利金を年金方式で受け取る個人年金については、多種多様なものがありますが、いずれも個人が任意に積み立てる私的年金であり、その性質は基本的に貯蓄と言えます。そのうち個人年金保険については、拠出段階で個人年金保険に係る生命保険料控除の適用を受ける上、給付段階では、受給額から負担した保険料等の額を控除した額が課税対象となります。ただし、公的年金等控除の適用はありません。

10.土地譲渡益課税

(1) 土地譲渡益課税の現状

土地譲渡益課税については、かつて総合課税が採られていましたが、昭和44年度に、土地政策の一環として、土地取引に係る税負担の明確化などの観点から、土地等の譲渡所得に対する分離課税制度が導入されました。その後、土地譲渡益課税は種々の変遷を見せてきました。

(参考1)土地譲渡益課税の沿革

昭和50年度税制改正において、土地譲渡所得について相応の税負担を求める観点から、所得税法本則の2分の1総合課税による税負担に比べ高めの負担である、いわゆる4分の3総合課税方式が導入されました。昭和57年度税制改正において、長期・短期の区分を所有期間10年によることとし、課税長期譲渡所得4,000万円超について2分の1総合課税とすることとされました。

平成元年の土地基本法の下、平成3年度の土地税制改革の一環として、長期所有土地の譲渡益の税率引上げ(地方税を含め39%)などが行われました。平成7年度以降、地価下落、土地取引の状況などを踏まえ、税率の引下げなどの措置が講じられています。

現行の土地譲渡益課税においては、5年以下の短期保有の土地等の譲渡益については40%及び個人住民税12%の税率による税額か、総合課税をした場合の上積税額の1割増しの税額のいずれか高い方、5年超の長期保有の土地等の譲渡益については平成12年末までの時限措置として所得税20%及び個人住民税6%の税率による分離課税が行われています。また、土地政策上の観点などから各種の特別控除、軽減税率、買換特例などの特例措置が設けられています。

これらの特別控除等によって、土地譲渡益課税は極めて複雑な制度となるとともに、土地譲渡益のかなりの部分が課税ベースから除かれています。土地の譲渡所得の課税状況を見ると、譲渡価額19.6兆円から取得費・譲渡費用を控除した譲渡益10.9兆円であるに対して、特別控除等のために課税ベースが相当狭められており、課税譲渡所得は3.8兆円となっています(平成10年分調査)。

(参考2)土地譲渡益に係る特別控除、軽減税率

特別控除制度としては、1) 収用等の場合について5,000万円特別控除、2) 特定の土地区画整理事業等の場合について2,000万円特別控除、3) 特定住宅地造成事業等の場合について1,500万円特別控除、4) 農地保有合理化等の場合について800万円特別控除、5) 居住用財産の場合に3,000万円特別控除が設けられています。

軽減税率の特例としては、1) 優良住宅地の造成等の場合には4,000万円以下の部分に所得税15%及び個人住民税5%、4,000万円超の部分に所得税20%及び個人住民税6%の軽減税率、2) 所有期間10年超の居住用財産の場合には6,000万円以下の部分に所得税10%及び個人住民税4%、6,000万円超の部分に所得税15%及び個人住民税5%の軽減税率が設けられています。

(2) 土地税制と土地譲渡益課税

土地については、土地基本法において、現在及び将来における国民のための限られた貴重な資源であること、国民の諸活動にとって不可欠の基盤であること、その利用が他の土地の利用と密接な関係を有するものであることなど公共の利害に関係する特性を有するものとされています。また、土地は、その価値が主として人口及び産業の動向、社会資本の整備状況などの外部的条件により上昇するなどの資産としての特性を有するものとされています。

土地に対する課税については、以上の土地の公共性や資産としての特性を踏まえ、税負担の公平を確保する見地から、土地という資産の取得・保有・譲渡の各段階において適切な税負担を求めていくことが重要であり、また、長期的な視野の下で安定的な制度であることが望ましいと考えます。

このような土地税制の基本的な考え方の下で、土地譲渡益に対する課税については、土地が公共性を有し、その価値が主として外部的要因により増加するものであることに鑑み、その譲渡益に対して、給与や事業などを通じて稼得される所得との間の税負担の公平の確保に配慮しつつ、適正な負担を求めることが必要です。

課税方式については、土地譲渡益が取得から売却までの一定期間を経て生じること、適正・公平な税負担の確保を図ること、土地の取引に伴う税負担額を明確にすることなどの観点を踏まえ、適正な税率による分離課税の方式が現実に即したものと考えられます。

また、土地譲渡益課税に係る特別控除等については、これにより譲渡益のかなりの部分が課税ベースから除かれていることから、土地の譲渡益の性格などを踏まえ、他の所得の税負担との公平に配意しつつ、相応の税負担を求めるという観点、また、税制の簡素化の観点から検討を加える必要があります。

さらに、土地譲渡益課税については投機的取引抑制の観点にも十分留意しなければなりません。

11.金融税制

(1) 金融資産からの所得に係る税制

預貯金や株式等の金融資産から生じる利子、配当、株式等譲渡益などは、その性質の差異などに応じて、利子所得、配当所得、譲渡所得などに該当することとなり、個人所得課税の対象となります。

昭和62・63年の抜本的税制改革において、利子については、一般的な少額貯蓄非課税制度(マル優制度)の下で巨額の利子が課税ベースから除かれていることに鑑み、マル優制度を廃止して、老人マル優等のみに限った非課税貯蓄制度とした上で、源泉分離課税方式により課税することとされました。株式等譲渡益については、昭和62・63年の抜本的税制改革において従来の原則非課税措置は課税の公平上問題が多いことから廃止され、申告分離課税を基本としつつ、源泉分離課税との選択方式が設けられました。このように、把握体制の状況などを踏まえて、実質的公平に資するために分離課税制度を採りつつ、金融資産からの所得に対する課税ベースを抜本的に拡大した制度が確立されました。

その後の金融税制をめぐる状況を見ると、金融資産残高の累増というストック化が進展しており、個人金融資産は約1,300兆円に達しています。その構成を見ると、過半を預貯金が占め、保険が約3割、そのほかを株式、債券、信託が占めています。また、金融取引・市場においては、金融派生商品(デリバティブ)、証券化、資産流動化、仕組み金融(ストラクチャード・ファイナンス)、集団投資スキームなど様々な金融技術の革新が進んでおり、新たな金融商品が出現するとともに、海外の多様な金融商品の利用も増加する傾向にあります。

このような金融資産の増加や金融取引・市場の変化の下で、当調査会としては、平成9年に金融課税小委員会を設けて、金融資産からの所得に対する課税方式の問題や金融の変化を踏まえた税制のあり方などの検討を行いました。

その後、外国為替管理法の改正に応じた国外送金等に係る調書提出制度の創設、株式等譲渡益課税の申告分離課税への一本化などの改正が行われてきました。

金融資産からの所得に対する税制のあり方として、現在のような利子、株式等譲渡益について他の所得とは別個に一定の税率を適用する分離課税方式が適当か、あるいは、利子、株式等譲渡益についても給与や事業などの他の所得と合算して累進税率を適用する総合課税の方式が適当かという問題があります。この点については、課税理論においては、個人所得課税の累進機能を重視し、包括的な課税ベースの下で、総合課税が望ましいとする包括的所得税論がある一方で、様々な所得の性質に応じて最も経済的に合理的な課税方法が必要であり、貯蓄に対する課税の影響などを踏まえ、金融資産に対する分離課税が望ましいとする最適課税論も提唱されています。

前述したように、個人所得課税においては、垂直的公平の確保の役割を期待し、累進性を維持していくべきという見地から、累進税率が適用される課税ベースは、できる限り包括的に捉える必要があることから、個人所得課税の理念として総合累進課税が基本であると考えます。

しかしながら、金融資産からの所得全般について総合課税を行うためには、各種の所得の性質の差異などに留意した上で、資料情報制度の充実、納税者番号制度の導入など、所得捕捉の体制の整備が不可欠であることから、現状においては、利子等について分離課税を維持することが現実的と考えられます。

(2) 各種の金融資産からの所得
1) 利子

利子については、大量に発生すること、その元本である預貯金等が多種多様で、容易に商品間の代替が可能であることなどの特性を踏まえ、納税者番号制度などの所得の捕捉体制が整備されていない下で、実質的な課税の公平の確保に加え、課税の費用面、手続面などからの諸制約も考慮して、所得税15%及び個人住民税5%の一律源泉分離課税が採られています。

(注)平成10年3月末における銀行預金(個人預金)、郵便貯金の口座数は約15億口座です。

2) 配当

配当については、総合課税を基本としつつ、税率35%の源泉分離選択課税制度(1回の支払配当金額が25万円(年1回50万円)未満)及び納税の事務負担に配慮した、源泉徴収を伴う少額配当の申告不要制度(1回の支払配当金額が5万円(年1回10万円)以下)が設けられています。個人住民税については原則総合課税、少額配当は非課税です。

配当の基本的な性格は、法人事業への出資に対する成果の分配という事業参加的な所得の性格を有し、法人の事業の成果や配当政策に応じて分配額が決まるものであり、あらかじめ約定された利率で定期的に発生する利子等と性格を異にしている面があることに留意しなければなりません。

なお、株式を取得するために要した借入金利子については配当所得から控除できます。

証券投資信託(公募)の収益の分配などについては所得税15%及び個人住民税5%の一律源泉分離課税が採られています。

3) 株式等譲渡益

株式等譲渡益については、所得税20%及び個人住民税6%の申告分離課税を基本としつつ、上場株式等については源泉分離課税の選択も認められていました。この源泉分離課税については諸外国にも例のないみなし利益課税であること、申告分離課税との使い分けによって意図的に税負担の軽減が図られることなどに鑑み、当調査会は公平の確保の観点などから適正化を行う必要があると指摘してきました。また、個人住民税が非課税であることからも適正化が必要であると指摘してきたところです。

こうした指摘を踏まえ、平成11年度税制改正において、平成11年4月1日より、有価証券取引税等を廃止するとともに、株式等譲渡益課税については申告分離課税に一本化されることとなりました。なお、源泉分離課税については引き続き2年間(平成13年3月31日まで)適用できることとする経過措置が講じられたところです。

株式等譲渡益は、

  • 株式相場の状況などに応じて、株式等の譲渡の時期を選択することにより、納税者が所得の発生する時点を自由に選択できるという意味での裁量性の高い所得であり、したがって課税の繰延べが容易であること
  • 株式等の譲渡により値上がり益が実現したときに得られる所得であり、譲渡価額から取得費等を控除して算出されることから、たとえ譲渡価額が同じでも、所得金額が同じとは限らず、本来、譲渡価額を基準とした源泉徴収になじみにくいこと
  • 株主権の行使を伴う事業参加的な投資の収益の性格をも有すること

などの性質を有しています。このような点を踏まえ、株式等譲渡益課税については申告分離課税が採られています。

(注)申告分離課税への一本化に関する広報

申告分離課税への一本化に当たっては、これまで源泉分離選択課税制度の下で申告納税になじみのなかった投資家も申告を行うことになります。取得価額の把握方法や申告手続についての不安が見受けられるとの指摘もあることから、取得価額については取引報告書の保存があればそれによることはもとより、そのほかにも株主名簿など様々な資料や方法により合理的に把握ができればそれによることが可能であることなど、制度の円滑な移行に向けて、政府に対して、適切な広報を行うことを求めたところです。

(参考)株式譲渡益と利子

株式譲渡益課税のあり方については、例えば、金融資産からの所得として株式等譲渡益を利子と比較すると、利子は収入金額がそのまま所得となり、また一定期間ごとに経常的に得られるのに対して、株式等譲渡益は譲渡価額から取得費等を控除した額が所得となり、また、投資家たる納税者の意思で譲渡の時期を自由に選択でき、そのため株式相場によっては短期間で高い利益を得ることも可能なことなどから、両者の間には所得の性質などに差異があり、さらに、預貯金と株式等とで保有階層が異なっていることにも留意しなければなりません。

なお、株式とその他の金融商品間のバランスにも配意する必要があるのではないかとの意見がありました。

4) その他

預貯金や株式等以外の金融資産からの所得については、所得課税の原則に則り、一時所得(満期保険金など)、譲渡所得(海外の有価証券の譲渡益など)、雑所得(為替差損益など)等に区分され、総合課税が行われています。

特に預貯金と競合関係の見られる、いわゆる金融類似商品からの所得(定期積金及び相互掛金の給付補てん金、抵当証券の利息、金貯蓄(投資)口座の利益、外貨建定期預金の為替差益、一時払養老保険及び一時払損害保険等の差益)や懸賞金付預貯金等の懸賞金等については、利子所得との均衡などの観点から、利子と同様の所得税15%及び住民税5%の一律源泉分離課税が行われています。

割引債の償還差益については、その商品の特性から、発行時に原則所得税18%の源泉分離課税が行われています。なお、個人住民税については非課税です。

(参考)主要国の金融税制

主要国の金融税制を見ると、アメリカにおいては、納税者番号制度の下、金融資産からの所得全般について確定申告による総合課税が行われています。原則として金融商品について源泉徴収は行われていませんが、利子や配当については、納税者番号を示さない場合、31%の源泉徴収が行われます(裏打ち源泉徴収と呼ばれています。)。1年超保有の株式の譲渡益については軽減税率が設けられており、地方税と合わせると、例えば、ニューヨーク市では約28%となっています。

イギリスにおいては、金融資産からの所得全般について総合課税が行われています。利子については20%の源泉徴収が行われていますが、給与等の所得に関して基本税率23%以下の税率の適用を受ける者(納税者の9割以上を占めているとされます。)については、申告は不要で、源泉徴収により課税関係が終了することになっています。株式譲渡益については7,100ポンド(127.8万円)までは課税されず、3年超保有の株式の譲渡益については軽減措置が設けられています。

ドイツにおいては、利子について30%の源泉徴収を伴う総合課税が行われていますが、利子が3,000マルク(18万円)までの場合、課税されない貯蓄者控除が設けられています。配当については25%の源泉徴収を伴う総合課税が行われています。株式等譲渡益については投機性のものなど一定の場合に総合課税が行われ、それ以外のものは非課税となっています。

フランスでは利子について源泉徴収のない総合課税と25%の源泉分離課税の選択方式が行われています。配当について総合課税が行われています。株式等譲渡益課税について26%の申告分離課税が行われていますが、譲渡益が5万フラン(90万円)以下であれば免税とされています。

なお、イギリス、ドイツ、フランスにおいては納税者番号制度はありませんが、イギリス、フランスでは網羅的な資料情報制度が設けられています。

(3) 生損保控除、非課税貯蓄、課税繰延べ商品

金融税制において適正化が必要と指摘してきたものに、生損保控除、非課税貯蓄、課税繰延べ商品があります。これらについては、これまでの答申の指摘も踏まえつつ、金融商品間における課税の公平性及び中立性の確保の観点などから、そのあり方を検討することが必要です(生命保険料控除・損害保険料控除、非課税貯蓄については「12.租税特別措置等」で述べることとします。)。

(課税繰延べ商品)

複利型の預貯金商品(利払いが長期間経過後に一括して行われ、その期間中は利子課税が先送りされる金融商品)に係るいわゆる課税繰延べ問題については、毎期利払いが行われる金融商品に比べて実質的な税負担が軽減されるといった問題があります。

他の金融商品との公平・中立性などを踏まえ、法人においては時価法の考え方の下でアキュムレーション(満期までの利息について毎期、所得として認識する方法)が採られていることなどにも留意しつつ、適正化の方向で検討していく必要があります。

(4) 金融取引の多様化・複雑化と適正な課税

金融税制においては近年、金融技術の革新に応じて様々な措置が講じられてきました。現在も金融取引の多様化、複雑化が進展していますが、今後とも、公平・中立・簡素の租税原則を踏まえ、税制面でも適切な対応を図っていく必要があります。また、新たな金融商品に関しては、照会などに応じて、できるだけ速やかに課税関係を明確化するように努めていくことが肝要です。

金融商品はいわゆる「足の速さ」、すなわち国内外における資産の移動が容易なこと、転々流通に伴いその保有者、所得の帰属者が頻繁に代わり得ること、したがって取引把握や保有者の確認が難しいといった特徴を有しています。金融取引の多様化、複雑化、さらに取引の国際化、電子化に伴い、このような金融商品の「足の速さ」が著しくなるものと考えられます。したがって金融資産からの所得に対する適正な課税の確保を図っていくことがより一層重要となります。このような点に鑑みれば、金融商品に対する源泉徴収は、所得の支払の段階を捉えて適正かつ確実な課税を担保できることから、今後、果たす役割はますます重要になると考えられます。また、支払調書制度については、支払の段階で一定の情報を得られることから、適正な課税の担保として重要です。このほか、記録保存義務、税務当局の資料徴求権、税務行政の国際協力など、納税、執行を支える制度の充実を図っていくことも必要と考えます。

さらに、多様化、複雑化する金融商品を利用して、租税回避行為(課税繰延べ、所得帰属主体の変更、所得源泉地の転換、所得種類の転換など)がより一層巧妙になり、ますます実態把握が困難になっているとの指摘があります。こうした動きに対して適正な課税を確保するための方策について検討を進めていくことも重要です。その一環として、前述したような、操作性の高い投資活動から生じた損失と事業活動などから生じた所得との損益通算の制限などについて検討することが必要であると考えられます。

(参考1)近年講じられた金融関連の税制上の措置

(平成10年)

  • 国外送金等に係る調書提出制度の創設(外国為替管理法の改正への対応)
  • ストック・オプション税制の拡充(商法上のストック・オプション導入への対応)
  • 銀行持株会社に係る税制上の措置
  • 特定目的会社(SPC)、会社型投信に係る税制上の措置

(平成11年)

  • 有価証券取引税、取引所税の廃止
  • 株式等譲渡益の源泉分離選択課税の廃止
  • 一括登録国債利子の非居住者等の源泉徴収免除
  • TB、FBの発行時の源泉徴収免除
  • 株式交換等に係る税制上の措置

(平成12年)

  • SPC、投資信託等に係る税制上の措置

(参考2)集団投資スキーム

集団投資スキームに関しては、SPCや投資信託等について対象資産の拡充などの大幅な整備が行われました。これに対応して、平成12年度税制改正において、SPC、信託等のいわゆる投資事業体の収益段階で法人税を課税するとの原則の下で一定の要件を満たす支払配当については損金算入措置を認め、収益の分配を受ける投資家段階では証券の内容に応じて、社債、株式等と同様な課税を行う仕組みが整備されました。

集団投資スキームに関する税制については、その事業や投資活動の内容、法的性格、投資家と集団スキームとの関係などを踏まえ、課税の公平・中立を図る仕組みを維持していくべきと考えます。

(参考3)債券の多様化、複雑化

公社債のうち、利付債については、利子の支払時に源泉徴収が行われる一律分離課税制度が採られ、一定の割引債については、発行時に発行額と償還額との差額(償還差益)について源泉徴収が行われる一律分離課税制度が採られています。公社債の譲渡益については、利子課税との関連で非課税とされています。

債券は転々流通することから、適正な課税を担保するために、源泉徴収や支払調書制度のあり方が重要です。

国内外の債券市場において債券の多様化が進む中で、例えば、満期支払まで長期間を要する割引債や低利の利付債など、毎期一定の利子を発生する債券と異なって、償還差益の形で長期の課税繰延べが生じることとなる債券の所得発生時期をどのように捉えるか、また、他社株転換社債など仕組み債の譲渡益をどのように取扱うかなど、適正な課税のあり方について検討が必要です。その際、現物債の流通が許容されている現行の流通制度や決済システムの整備状況などにも留意していく必要があると考えます。

(参考4)非居住者等に対する源泉徴収

平成11年度税制改正において、円の国際化に資するため、非居住者、外国法人について振替決済制度の下で一括登録された国債の利子に対する源泉徴収を免除する措置(非課税)及びTB、FBについて発行時に振替決済制度内で一括登録されたものに関して発行時の源泉徴収を免除する措置が講じられました。

非居住者等に対する源泉徴収の問題については、わが国の課税権に関わる基本的な問題であること、金融の多様化、国際化の中で取引の把握や本人確認が難しくなっていること、金融を支えるインフラの状況などに留意しなければなりません。

(参考5)金融資産からの所得に係る一律的な取扱い

金融商品の種類によって所得分類・課税方式が異なることは中立性の観点から問題があるのではないかとの見地や、利子、配当、株式等譲渡益といった典型的な金融商品と異なり、ハイブリッド商品や仕組み金融商品など、所得分類をまたぐ性格の所得の取扱いに整合性をもたせるべきではないかとの見地などから、金融資産からの所得に係る一律的な取扱いを検討すべきであるとの意見があります。

金融資産からの所得については、例えば、利子は収入金額がそのまま利子所得になるのに対して、株式等の譲渡所得は譲渡価額から取得費等を控除したものであるというように、各種の金融資産からの「所得」の性質、発生形態、計算の枠組みなどが異なっているため、それぞれに応じた適切な「所得」の算出、それに対応する課税が必要とされます。したがって、金融資産からの所得に対して、一律的な区分を設けても、その中でそれぞれの性格に応じた取扱いは依然として必要であり、かえって複雑になるおそれもあります。また、金融取引や市場のあり方が大きく変化しているときに、新たな所得分類を設けることは容易ではなく、かえって混乱を招くおそれもあります。したがって、このような一律的な取扱いを設けることについては慎重に考える必要があります。

なお、様々な金融商品の中で、例えば、いわゆる金融類似商品の中には預貯金と異なりリスクの高い商品が見られますが、このようなリスクの高い金融商品については税制上異なる取扱いを検討してはどうかという意見がありました。

12.租税特別措置等

個人所得課税において、課税ベースを狭めているものに、各種の租税特別措置等があります。所得税関係の租税特別措置による減収額は平成12年度で1兆6,900億円に達しており、法人税などの他の税目も含めた租税特別措置による減収額全体の6割を超えます。所得税関係の主な減収項目は、住宅ローン税額控除(5,590億円)、生命保険料控除・損害保険料控除(2,770億円)、老人マル優等(6,560億円)、青色申告特別控除(730億円)などとなっています。

個人住民税関係の非課税等特別措置による減収額は平成12年度で4,110億円です。このうち主な減収項目は、生命保険料控除・損害保険料控除(1,060億円)、青色申告特別控除(390億円)、老人マル優等(2,190億円)となっています。

租税特別措置等については、それらが特定の政策目的のための措置として、公平・中立・簡素の税制の基本原則の例外として設けられているものであることから、今後とも、その政策目的、効果などを十分吟味しつつ、公平・中立などの観点から絶えず見直して、整理・合理化を図っていくことが必要です。

(住宅ローン税額控除)

住宅ローン税額控除は、住宅問題を背景とした持家取得の促進及び住宅投資の活発化を通じた景気刺激の観点から措置されてきましたが、平成11、12年度税制改正において、厳しい経済情勢を踏まえ、一両年中にわが国経済を回復軌道に乗せていくための措置の一環として、2年半の間に限り、控除期間、控除率などについて思い切った拡充がなされました。

住宅ローン税額控除については、持家が相当普及してきていること、景気対策として拡充された経緯、個人の資産形成に対する異例の税制上の措置であること(住宅ローン税額控除の適用により所得税の額がゼロとなる給与収入額は、例えば、夫婦子二人で最大934.8万円(880.6万円)となっています。)などを踏まえ、税負担の公平の観点などから、措置のあり方を見直す必要があります。

(生命保険料控除・損害保険料控除)

現行の所得税の生命保険料控除は、昭和26年に長期貯蓄を奨励するための誘因的な措置として設けられたものです。昭和59年には別枠で個人年金に係る生命保険料控除が設けられました。損害保険料控除は、昭和39年に住宅、家財等についての不慮の事故による損失に共同で備え、国民生活の安定に資するなどの政策的要請に応えて設けられたものです。なお、個人住民税の生命保険料控除は昭和37年度、損害保険料控除は平成3年度に創設されています。

生命保険料控除・損害保険料控除については、租税特別措置として制度創設後長期間が経過し、保険の加入率も相当の水準に達して変化も見られないことから、制度創設の目的は既に達成されているものと考えられます。また、保険にも貯蓄性、投資性の高いものが多く、その貯蓄としての機能に着目すれば、他の金融商品と同様であると指摘されているところであり、保険を税制上特別扱いして、保険料の一部を所得控除によって課税ベースから除いていることは、広く包括的に所得を捉える考え方や金融商品間の税負担の公平性及び中立性に照らして問題があると考えられ、そのあり方について見直しを行っていく必要があります。さらに、これらの控除について年末調整に要する事務負担や、公的年金に未加入・未納であっても個人年金保険料については生命保険料控除の適用を受けている者が相当数に上っているとの指摘にも留意を要します。

(注)所得税の生命保険料控除の適用割合は8割程度となっています。損害保険料控除の適用割合は民間給与所得者で4割程度、申告納税者で6割程度(なお、火災保険に付されることの多い持家の保有割合は6割程度。)となっています。

また、個人住民税の生命保険料控除の適用割合は8割程度、損害保険料控除の適用割合は5割程度となっています。

(参考)主要国における生命保険料や損害保険料の税制上の取扱い

主要国では生命保険や損害保険に係る控除は設けられていないのが通例です。アメリカ、イギリス、フランスには生命保険料控除、損害保険料控除はありません。ドイツでは生命保険、損害保険の保険料は社会保険料と合わせて一定限度内で控除が設けられています。

(非課税貯蓄)

非課税貯蓄制度については、昭和62・63年の抜本的税制改革の際に根本的な整理が行われましたが、残された老人等に対する少額貯蓄非課税制度(老人マル優等)についても、高齢者の生活実態、世代間の税負担の公平などの観点から、そのあり方の検討が必要です。

財形住宅貯蓄・財形年金貯蓄についても、制度の趣旨やその利用実態などを踏まえ、同じ利子所得であるにもかかわらず特別扱いする理由は少ないと従来から指摘されていることに留意しつつ、課税の公平性及び中立性の観点から、そのあり方の検討が必要です。

(青色申告特別控除等)

記帳水準の向上の観点から、事業所得等に係る取引を正規の簿記の原則に従い記録している青色申告者について、青色申告特別控除が設けられています。この特例制度については、平成4年度税制改正において、それまでの「みなし法人課税」制度及び青色申告控除制度の廃止と併せて、青色申告の一層の普及・奨励を図り、適正な記帳慣行を確立し、申告納税制度の実をあげるとともに事業経営の健全化を推進する観点から創設されたものです。その後、拡充されて、55万円の控除となっていますが、今後、この租税特別措置の政策効果の状況を注視していく必要があります。

(注)みなし法人課税

「みなし法人課税」は、家計と経営の区分を明確にする観点から本人自身に対する給与相当額の支払いを認め、給与所得控除の適用を認めるものでしたが、収入から必要経費が差し引かれた事業所得から更に給与所得控除を差し引くことは経費の二重控除となるなどの問題が指摘され、廃止されました。

13.納税を支える制度

(1) 公正、簡素な納税過程

今後とも、納税者の税制に対する信頼を確保するためには、納税者がどのような形で、どの程度、納税過程に関与するかという納税者の立場から見たタックス・コンプライアンス(税制への信頼と納税過程における法令遵守)の観点、また、常に適正・公平な執行を確保していくという行政庁側の観点をともども踏まえて、公正・簡素な納税過程を確立していくことが必要です。

この関連で、適正・公平な課税を実現する中で、納税者の事務負担・費用などのタックス・コンプライアンス・コストがどの程度になるか、どの程度まで許容されるかという視点も大切でしょう。

また、近年、金融取引の多様化、複雑化、国際的な資本移動の一層の進展、電子化などによって、租税回避行為が高度化して、巧妙になっていることを踏まえれば、適正な課税の確保を図っていく必要性が一層高まっています。

(2) 確定申告

所得税は、納税者自らが所得額と税額を確定して申告し、自主的に納付する申告納税制度を基本とし、毎年、前年の所得について2月16日から3月15日までに確定申告書を税務署に提出することとされています。確定申告書の提出者は年々増加しており、平成11年度には2,028万人となっています(平成11年分確定申告状況)。

(注)このうち、事業所得者などの納税申告者数は740万人、医療費控除等による還付申告件数は981万件となっています。

申告納税を行うには、納税者が所得額と税額を計算するために必要な記録を保存し、取引を記帳することが重要です。したがって一般的な記録保存制度と記帳制度が設けられています。また、一定の優遇措置を講じることにより一般の記帳より水準の高い記帳を促進する青色申告制度が設けられており、こうした制度を通じてなお一層の記帳、申告水準の向上が望まれます。

なお、納税者の分割納税の便宜などを図るため、前年分の税額に基づいて確定申告の前に概算で3分の1ずつ分割して納付する予定納税の制度が設けられており、確定申告によって精算します。

申告の方法に関しては、納税者の利便、税務行政の効率化などの観点から、電子申告の検討を進めていく必要があります。

(3) 源泉徴収・年末調整
(源泉徴収)

個人所得課税においては申告納税制度を基本としつつ、適正で確実な課税を確保し、納税者の便宜に配意するなどの観点から、給与や利子等について、雇用主や金融機関などの支払者が支払の際に一定の税額を徴収して納付する源泉徴収制度(個人住民税においては特別徴収制度)が設けられています。主要国においても給与、利子等に対して一般的に源泉徴収が行われています。

(注)わが国所得税における平成10年分の源泉徴収義務者は749万人です。

(給与に係る源泉徴収・年末調整)

給与に対する納付の手続を見ると、源泉徴収義務者である給与の支払者は、給与の支払時に一定の税額を源泉徴収して、納付します。そして、その年の最後の給与を支払う際に、「年末調整」を行い、給与の総額に対する最終的な税額と、年間を通じて納付された源泉徴収税額の合計額との過不足を調整する仕組みになっています。基本的にはこの年末調整により税額が精算されるので、一般のサラリーマンは確定申告を要しないことになっています。

(注)サラリーマンについても複数の勤務先から給与を得ている場合、不動産の貸付けなどによる所得を得ている場合、医療費控除等の適用を受ける場合などは確定申告を行うことになります。

諸外国を見ると、ドイツにおいても年末に調整することとなっており、イギリスにおいては給与の支払の都度、調整することとされています。これに対して、アメリカでは年末調整のような仕組みがありませんが、給与支払に際して源泉徴収は行われており、源泉徴収額と税額の精算は給与の支払を受ける納税者が確定申告において行っています。なお、フランスでは源泉徴収は行われていませんが、前年の税額が一定額以上の納税義務者には年2回、3分の1ずつを予納する義務があり、また、前年の税額を基準にした「月払い」を選択することも可能となっています。

給与の源泉徴収は適正な課税を担保し、納付の便宜、平準化などに資するために必要な制度です。給与所得について確定申告を行うこととすれば、源泉徴収は不要になるのではないかとの指摘がありますが、以上のように、年末調整を行うか確定申告を行うかという論点と源泉徴収を行うこととは、別の次元の事柄であり、主要国でも、年末調整の有無にかかわらず、適正で確実な課税を担保する観点から、源泉徴収が広く行われていることに留意しなければなりません。

年末調整は、納税者の手続を簡便化し、納税に係る社会的な費用をできる限り最小化する仕組みとして評価できるものと考えられます。年末調整に代えて確定申告の途を広げていくとすれば、納税者の申告の事務負担や税務行政の定員・経費が増加することに留意しなければなりません。この点に関し、サラリーマン自らが年末調整の代わりに申告によって税額の精算、確定を行うことは、社会の構成員として社会共通の費用を分かち合っていく意識を高める観点から重要であると指摘されています。前述したように、仮に、選択肢として、現行の給与所得控除を勤務費用の概算控除としての性格をより重視する方向で見直すこととなれば、特定支出控除の選択的適用が増加し、確定申告により自ら税額の確定を行う途を広げることとなります。

(金融取引等に係る源泉徴収)

金融取引が多様化、複雑化している中で、金融取引等に係る源泉徴収は、適正な課税を担保する仕組みとして、ますます重要な役割を果たすと考えます。

(4) 資料情報制度等

個人所得課税においては申告納税制度の下、納税者が自主的に申告することとされていますが、適正・公平な課税を確保するため、税務当局においても所得の算定などに関する事実関係を把握する必要があります。このため、利子、配当、株式等譲渡益の支払調書、報酬、料金等の支払調書、給与所得、退職所得、公的年金等の源泉徴収票などの支払調書等の作成提出などが、これらの支払を行う者に対して義務付けられています。

(参考1)主な支払調書制度

利子等の支払調書、配当等の支払調書、

不動産所得等の支払調書、

株式等の譲渡の対価の支払調書、ストック・オプション制度に関する調書、

生命保険料契約等給付の支払調書、損害保険契約等給付の支払調書、

無記名割引債の償還金の支払調書、特定短期国債等に関する調書、

報酬、料金等の支払調書、

給与所得、退職所得、公的年金等の源泉徴収票、

(個人住民税は給与支払報告書、退職所得特別徴収票、公的年金等支払報告書)

非居住者等の所得の支払調書、

信託の計算書、

国外送金等調書

(注)支払調書及び源泉徴収票等については、書類に加えて磁気テープ、フロッピーディスク、光磁気ディスクによる提出が認められるようになっています。

主要国においては資産面を含めた網羅的な資料情報制度、または金融機関などに対する資金のフロー、ストックを含めた税務当局への資料提出要求権限が整備されています。

(参考2)主要国の支払調書制度

アメリカは納税者番号制度を伴う総合課税を採用していることから、網羅的な法定資料制度が整備されています。イギリスも利子等について総合課税を採用していることから関連の法定資料が整備されており、また、税務当局に金融機関などに対して資料提出を要求する権限が認められています。フランスにおいては利子は総合課税又は分離課税の選択制であり、株式等譲渡益は申告分離課税を採用していますが、網羅的な法定資料制度が整備されています。ドイツにおいては法定資料制度がなく、税法上、税務当局が金融機関に対して不特定の納税者に関する資料の提出を求めることは認められていませんが、連邦憲法裁判所の違憲判決において、このために利子所得などの効果的な調査が妨げられていると指摘されています。

金融取引をはじめとして取引形態が多様化、複雑化している中で、適正・公平な課税を確保し、税制への信頼を維持、向上させるためには、支払調書の提出制度がますます重要な役割を果たすと考えられることから、主要国の制度も参考としつつ、金融資産の取引に係る資料情報の拡充、各種の支払調書の提出基準額の見直し、官公署等の協力義務の拡充など、資料情報の制度を充実させる観点からの検討が必要であると考えます。

なお、わが国においては挙証責任は一般的に税務当局にありますが、諸外国では納税者にある国も多く、そのあり方についても検討していく必要があるとの意見がありました。また、諸外国の所得税についての賦課権の除斥期間と比較してわが国の除斥期間は短いのではないかとの意見もありました。

(5) 納税者番号制度

納税者番号制度については、従来、主として総合課税との関連において議論がされてきましたが、番号利用の一般化、行政における一連番号の整備、国際的な資金移動の高まり、電子商取引の発展などを踏まえ、所得捕捉などを通じて税制の信頼を高め、タックス・コンプライアンスの向上を図っていくとの観点などから、資料情報のあり方など納税を支える他の諸制度のあり方とも併せて検討を行っていく必要があります。また、付番方式のあり方、コストと効果、プライバシー保護などの残された課題もあり、これらも併せた諸論点について国民の間で更に議論が深まることを期待するとともに、検討を進めていく必要があります(納税者番号制度については、別途、「六 1.納税者番号制度」において詳述します。)。

14.個人住民税関係

(1) 個人住民税の意義
1) 地方自治を支える個人住民税

個人住民税は、地域社会の費用を住民がその能力に応じ広く負担を分任するという独自の性格(負担分任の性格)を有していることから、課税最低限は所得税よりも低く、税率も緩やかな累進構造となっています。

地方公共団体は、住民に対し、日常生活に密着した様々な行政サービスを提供していますが、個人住民税は、このような行政サービスの実施主体である地方公共団体がその課税主体となり、受益者である住民に広く課税するものであり、住民は、身近な地方公共団体からの受益とそれに対する負担との関係を明確に理解することができます。

また、それにより、住民が地方行政に対する理解と関心を深めることとなり、地方自治の運営に参画することにつながるとともに、自ら負担する税がどのような行政サービスに使われるかを監視することにより、住民の需要に応じた効率的な地方行政が推進されることとなります。

2) 地方財政を支える個人住民税

現在、個人住民税は、道府県税の2割程度、市町村税の3割程度を占める地方税の基幹税となっています。

また、個人住民税の税収入は、年度間を通じて安定的であるとともに、将来の財政需要の増大に即応し得る伸長性を備えており、加えて、各地方公共団体において普遍的であるという性格を有しています。

(参考)個人住民税に関する制度改正の流れ

明治11年(1878年)の地方税規則により導入された個人住民税の起源である戸数割は、地方税の基幹税となっていましたが、昭和15年の国・地方を通ずる税制改革で廃止されるとともに、市町村民税が設けられ、また、昭和21年には、府県民税が設けられました。

シャウプ勧告では、地方自治の重要性から、地方公共団体の独立性を増すため、地方税収入を増加することが必要であるとし、個人住民税については、市町村の財源として維持強化すべきものとされました。これを受けて、昭和25年には、市町村民税を基幹税とし、世帯単位課税から個人単位課税へ改正するとともに、均等割及び所得割により課税することとするなどの改革が行われました。また、昭和29年には、道府県民税が創設されました。

昭和37年には、高度経済成長期の自然増収による個人所得課税の減税が図られる一方、地方に安定的かつ普遍的な税源を付与して歳入構成を是正し、地方財政の自主性及び健全性を高めるため、所得税の一部を道府県民税に移譲するとともに、たばこ消費税の税率を引き上げ、これらに伴って入場譲与税を廃止しました。また、移譲に伴う税源偏在の拡大に対処するため、道府県民税の所得割の13段階の累進税率を2段階の比例税率に改めました。

また、昭和62・63年の抜本的税制改革、平成3年度税制改正及び平成6年の税制改革では、税率構造の簡素化などにより大幅な負担軽減が行われ、さらに、平成11年より恒久的な減税が行われています。

一方、地方分権の推進の観点から課税自主権を拡大するため、平成10年には道府県民税の所得割につき標準税率と異なる税率で課す場合の自治大臣への届出が廃止されるとともに、道府県民税との均衡等も考慮し、市町村民税の制限税率が廃止されました。

(2) 個人住民税の現状
1) 個人住民税の納税義務者数

平成11年度の市町村民税の所得割の納税義務者は、「市町村税課税状況等の調(自治省税務局)」によれば、5,232万人となっており、多くの住民が広く負担を分任していると言えます。このうち、所得税の納税義務を有しない者は233万人(4.5%)となっており、所得割のみの納税義務者(均等割の納税義務を負う夫と生計を一にする妻(生計同一の妻)に対する均等割の非課税措置の対象者)は884万人となっています。

また、市町村民税の均等割の納税義務者は4,679万人となっており、このうち、均等割のみの納税義務者は331万人となっています。

2) 個人住民税の基本的な仕組み

イ.納税義務者

個人住民税の納税義務者は、

(イ) 市町村(都道府県)内に住所を有する個人

(ロ) 市町村(都道府県)内に事務所、事業所又は家屋敷を有する個人で当該事務所、事業所又は家屋敷を有する市町村内に住所を有しない者

とされており、(イ)の者に対しては均等割額及び所得割額の合算額によって、(ロ)の者に対しては均等割額によって課税することとされています。

(参考)人的非課税

個人住民税が非課税となる者は以下のとおりです。

1) 均等割及び所得割が非課税となる者

個人住民税が非課税となる者は以下のとおりです。

(i)生活保護法の規定による生活扶助を受けている者

個人住民税が非課税となる者は以下のとおりです。

(ii)障害者、未成年者、老年者、寡婦又は寡夫で前年の合計所得金額が125万円以下の者

個人住民税が非課税となる者は以下のとおりです。

2) 均等割が非課税となる者

個人住民税が非課税となる者は以下のとおりです。

(i)均等割のみの納税義務者のうち、前年の合計所得金額が均等割の非課税限度額以下である者

個人住民税が非課税となる者は以下のとおりです。

(ii)均等割の納税義務を有する夫と生計を一にする妻で夫と同一の市町村内に住所を有する者

個人住民税が非課税となる者は以下のとおりです。

3) 所得割が非課税となる者

個人住民税が非課税となる者は以下のとおりです。

前年の合計所得金額が所得割の非課税限度額以下である者

個人住民税が非課税となる者は以下のとおりです。

ロ.課税の基本的な仕組み

個人住民税が非課税となる者は以下のとおりです。

個人住民税の税額は、均等割額と所得割額とを合わせて算出されます。

所得割額については、前年中の収入等について、所得税と同様の所得区分に従い所得金額を計算した上で、個人住民税独自の所得控除額を控除して算出した所得割の課税所得金額に、3段階の累進税率を乗じ、必要な税額控除を行い算出されます。

(3) 個人住民税の課題
1) 個人住民税の充実確保

地方分権の推進に伴う地方税財源の充実確保については、地方分権推進計画に基づき、経済情勢の推移や国・地方の財政状況等を踏まえつつ、総合的に検討していく必要があります。

また、少子・高齢化の進展により、保育サービスや様々な子育て支援策等の少子化対策、あるいは、在宅や施設における福祉サービスや介護サービス等の高齢化対策など住民の日常生活に密接に関連する行政サービスは今後ますます増加していくことが見込まれますが、このような生活者を重視した行政サービスは、住民の生活の状況などに応じて行われる必要があるため、住民に身近な地方公共団体において提供すべきものです。

個人住民税は、負担分任の性格を有するとともに、地方公共団体が少子・高齢化に伴い提供する福祉等の対人サービスなどの受益に対する負担として、対応関係が明確に認識できるものであり、このような明確化は、国・地方を通ずる行政の簡素化・効率化につながることともなります。

さらに、税収入の面で見れば、個人住民税は、税源の偏在性が少なく、税収の安定性を備えています。

個人住民税については、今後、地方分権推進計画に基づき地方税財源の充実確保について検討を行う中で、このような性格などを踏まえつつ、その充実確保について検討する必要があります。

2) 所得割の所得控除と課税最低限

所得割の所得控除及び課税最低限のあり方については、個人住民税の負担分任の性格から所得税に比較してより広い範囲の納税義務者がその負担を分かち合うべきものであるため、所得税と一致させる必要はないと考えられます。

また、生命保険料控除、損害保険料控除といった貯蓄の奨励など国家的な政策の見地からの控除については、地方税である個人住民税においては極力整理すべきであると考えられます。

なお、所得割の非課税限度額制度については、今後の課税最低限の水準、地方財政の状況などに留意しながら低所得者層の税負担に配慮を加える措置として、引き続き存続することが適当です。

(参考1)所得割の所得控除と課税最低限に係る経緯

当初の所得割の課税標準は所得税と連動していたため、所得税の減税により自動的に所得割の税収及び納税義務者数が減少するという問題がありました。また、課税標準について市町村が5種から1種を選択することとなっていたため、市町村間の著しい負担の不均衡という問題も生じていました。

(注)所得割の課税標準については、昭和25年には、(i)所得税額、(ii)所得税の課税所得金額、(iii)所得税の課税所得金額から所得税額を控除した金額の3種から市町村が1種を選択することとされ、昭和26年には、さらに、(iv)所得税の所得金額から基礎控除額を控除した金額、(v)所得税の所得金額から基礎控除額及び所得税額を控除した金額の2種が加えられ、5種から1種を選択することとなっていました。また、これらは、いずれも所得税と連動するものでした。

このため、昭和36年には、所得割の課税の基礎となる所得の範囲及び金額の計算方法は、 納税義務者の負担軽減と税務行政の簡素化の見地から、所得税と同様としますが、所得割の課税所得金額は、所得税の改正の影響をできるだけ遮断するため、所得金額から個人住民税独自の所得控除を行うこととされ、その後一定の経過を経て、昭和40年には課税標準が統一されました。

その後、個人住民税は所得税に比較してより広い範囲の納税義務者がその負担を分かち合うべきものであるという観点から、所得割の所得控除額は所得税に比較し一般に低く設定されてきています。

なお、昭和56年には、地方財政が極めて厳しい状況にあり、所得割の課税最低限の引上げは困難な状況にありましたが、一方では国民生活水準などとの関連で、一定の所得金額以下の低所得者層に配慮する必要があったことから、それらの者について所得割を課さないものとする非課税限度額制度が設けられました。

(参考2)所得割の課税最低限の状況

所得税の課税最低限に対する所得割の課税最低限の状況(夫婦子2人、子のうち1人は16~22歳の給与所得者の場合)については、昭和42年度には所得税53.7万円に対し所得割38.1万円で所得税の70.9%となっていましたが、平成12年度税制改正後では所得税384.2万円(368.4万円)に対し所得割325万円(309.5万円)で所得税の84.6%(84.0%)となっており、両者の差は縮小しています。

(注括弧内の額及び率は、社会保険料控除の近似式の係数の改訂前における額及び率です。

3) 金融税制

個人住民税における利子・配当所得などへの課税は、従来、所得税で総合課税による場合のみ課税とされ、源泉徴収による場合には非課税とされていましたが、昭和62年の抜本的税制改革により道府県民税利子割が創設され、原則として課税することとされました。また、平成11年度税制改正では、従来個人住民税が非課税とされていた株式等譲渡益の源泉分離課税制度を廃止し、平成13年度から申告分離課税に一本化することとされ、国・地方を通ずる課税の適正化が図られました。

これに対し、割引債の償還差益、所得税で確定申告不要制度が採られている一定の少額配当については現在個人住民税が非課税となっているため、その適正化を図る必要があります。

4) 均等割

イ.均等割の意義

均等割は、住民が地方公共団体から様々な行政サービスを受けている対価として、地域社会の費用の一部を等しく分担するものであり、負担分任の性格を有する個人住民税の基礎的な部分として位置付けられるものです。

また、少子・高齢化の進展に伴い、住民が税負担を広く分かち合うことが必要となっていることからも、均等割が果たすべき役割は大きいものと考えられます。

(参考)均等割の税率の推移

均等割の税率については、昭和25年度に、標準税率が年額で人口50万以上の市800円、人口5万以上50万未満の市600円、その他の市及び町村400円と人口に応じて3段階に区分して設定されました。

昭和26年度にはそれぞれ100円ずつの減税が行われ、昭和29年度の道府県民税の創設に伴い市町村民税から道府県民税へ100円の税源移譲が行われましたが、その後、税率は昭和51年度まで据え置かれました。

昭和51年度には、均等割の税率があまりにも少額になっていること、地方公共団体の行政サービス水準がはるかに高くなっていることなどを考慮し、少なくとも物価水準の変動を考慮した見直しを行うこととし、税率について年額で道府県民税300円、市町村民税1,700円、1,200円、700円に引き上げられました。なお、この際、均等割のみの納税義務者のうち低所得者層について、負担の軽減を図るため均等割を課さないものとする非課税限度額制度が併せて設けられました。

その後、物価水準の変動などを考慮し、平成8年度税制改正を含め3回の税率改正が行われ、現在税率は年額で道府県民税1,000円、市町村民税3,000円、2,500円、2,000円となっています。

ロ.均等割の課題

(イ) 税率のあり方

均等割税収の個人住民税収全体に占める割合は、昭和25年度18.3%から平成8年度1.8%に低下しています。また、道府県民税と市町村民税を合わせた均等割の平均税率は、昭和30年度と平成10年度を比較した場合約8倍となっていますが、この間1人当たりの国民所得は約40倍、都道府県と市町村を合わせた1人当たりの歳出決算額は約60倍と上昇しており、均等割の負担水準は大きく低下してきています。

このため、均等割の税率については、過大な負担とならないよう配慮しつつ、負担水準の見直しを図る必要があると考えられます。

(ロ) 市町村民税における人口段階区分に応じた税率設定

市町村民税の均等割の税率が人口規模に応じて3段階に区分して設定されている理由としては、住民が市町村から受ける受益は都市化の進展に伴い増加することなどが挙げられています。

これに対し、住民が市町村から受ける行政サービスの内容は人口規模別に見ても均質化の傾向にあることから、昭和55年度税制改正以降の改正においては、各人口段階ごとの税率の引上げ額を同額とすることにより、人口段階区分に応じた税率の格差が縮小されてきていますが、今後ともその格差縮小を図る必要があると考えられます。

(ハ) 生計同一の妻に対する非課税措置

均等割の納税義務を負う夫と生計を一にする妻に対しては均等割が非課税とされていますが、その趣旨は、夫婦を社会生活上の単位として一体とみなして、夫に課税した場合には妻に対して二重に課税しないとするものです。

この非課税措置については、妻も地方公共団体から行政サービスを受けており、また、一定の所得を稼得する妻は税負担能力(担税力)を有するため、個人単位課税の観点からそのあり方を見直す必要があると考えられます。

[補論]主な租税論

租税の望ましいあり方について、理論的にはどのように考えればよいかに関し、主に個人所得課税のあり方をめぐって、従来から学術的な議論が積み重ねられてきています。これらを「租税論」と言うことがありますが、代表的なものとしては、以下のような考え方があります。

1) 「包括的所得税論」は、その名称のとおり、所得税の課税対象となる「所得」について包括的な把握を行おうとするものです。担税力の指標として、希少な経済資源を利用し得る能力(「経済力」)に着目し、一年間において経済力の増加に寄与するあらゆる種類の所得を区別なく合算した上で、総合課税を行うことが望ましいとしています。ここで言う経済力の増加分は、現在における経済資源の利用に資する分(消費)と、将来における経済資源の利用に資する分(貯蓄の蓄積や保有資産の価値増加)とを問わず、両者を合わせたものとなります。

担税力として一定期間内の経済力の増加分を測るに当たっては、所得の多寡のみが問題となることから、所得の種類や実現のタイミングといった異質性については捨象されています。したがって、包括的所得税では、源泉を異にする勤労所得、事業所得、資産所得等が、発生時点において、すべて等しく課税ベースに算入されることになります。このため、フリンジベネフィット、帰属家賃、未実現キャピタルゲイン及び社会保障給付等も、経済力を増加させることから、課税ベースに含まれます。このように課税ベースを漏れなく広く捉えることで、水平的公平の達成を目指すとともに、そうした包括的所得に対して累進税率を適用することで、垂直的公平を達成することを目指しています。

2) 「支出税論」は、消費を課税ベースとした個人に対する直接税を提唱するものであり、基本的には包括的所得税との比較において議論されています。なお、直接税と間接税という大きな相違があるとはいえ、消費一般に広く負担を求めようとするという点においては、支出税は付加価値税(消費税)とも共通点を有していると言うこともできます。

一年間の経済力の増加分に対して課税する包括的所得税とは異なり、支出税は、一生の間の所得を担税力の指標として用いています。その上で、一生の間の所得は、各年の消費を一生にわたって積み上げたものにほぼ一致することに着目し、各期間の消費を課税ベースとすることが望ましいとしています(ただし、遺産・贈与の取扱いについては、別建ての資産移転税を組み合わせる等の対応が必要であると指摘されています。)。

支出税の課税ベースの算定に当たって、個人の日々の消費額を逐一記録させ、それらを積み上げる形で適正な申告を求めることは不可能です。そのため、各期間において包括的所得と純貯蓄を算出し、その差額を消費とみなして申告する方式等が提唱されています。ただし、純貯蓄の算出のためには、各年において個人の貯蓄や借入れを完全に把握しなければならないこと等から、支出税には実行可能性に難点があり、実施に移された例はほとんどありません。

3) 「最適課税論」は、課税による資源配分の効率性や所得分配の公平性等の観点を考慮し、両者の調整を図りつつ、望ましい課税のあり方を模索する議論です。資源配分の効率性のみを重視した場合には、消費と貯蓄の選択、あるいは労働と余暇の選択といった納税者の経済活動が、課税により何らの攪乱的な影響を受けないとの条件を満たすという点において、定額の一括税が最適であるとする結論が導き出されます。一方で、個人の経済状況を一切考慮しないような人頭税が、公平性の観点から問題があることは言うまでもありません。このように、効率性と公平性に関する価値判断の置き方によって、最適な税に関する結論は変わり得ます。

最適な所得税に関する議論を例に取ると、効率性を重視する立場からは、労働、資本、土地等の生産要素について、それぞれの供給の価格弾力性が異なることを前提として、税率を差別化した分類所得税が望ましいとする立場がある一方、効率性に加えて垂直的公平の観点も考慮する立場も有力です。後者の立場では、通常はトレード・オフの関係にある効率性と公平性の両基準につき、どのようにウェイト付けするか(社会的厚生をどのように評価するか)によって、結論は変わり得ます。例えば、低所得者の厚生を重視する場合(ロールズ的基準)における最適な所得税制は、すべての家計を等しく位置付ける場合(ベンサム的基準)と比べて、課税後の所得が平準化される一方、課税による資源配分の歪みが大きくなるとされています。

このように、最適課税論は、納税者の効用や社会厚生の捉え方によって得られる結果が異なってくることから、現実の政策決定に用いるには難しい面もあるとされていますが、適切な税制のあり方は様々な与件の下で変わり得るものであることを示唆しています。

4) さらに、所得を勤労所得と資本所得とに二元的に捉える考え方があります。この議論においては、資本は労働よりも流動的である(供給の価格弾力性が大きい)ことを前提として、勤労所得に対しては累進税率を適用する一方、資本所得に対しては勤労所得に適用する最低税率以下の税率により分離課税することが望ましいとしています。また、経済の国際化に鑑み、「足の速い」資本所得の流出に対する問題意識から、資本所得に対して低い税率で課税する意義を見出す議論もあります。

二 法人課税

1.法人税

(1) 法人税の意義
1) 法人税とは

経済社会において、法人企業の営む活動は多岐にわたっています。企業は、その生産活動に必要な資金を調達し、従業員を雇い入れ、原材料を購入するなどして、財・サービスを生産・販売して、利益を獲得します。そして、これにより得た利益を、企業は、株主に配当したり、社内に留保して将来の投資に備えます。法人税は、法人に対して、このような企業活動により得られる利益を基礎に税負担を求めるものです。

法人税は、経済活動における法人部門の比重の増大に伴い、法人からも公的サービスの費用を賄うための負担を求めるべきであるとの考えから成立・発展してきました。経済の発展と企業活動の進展に伴い、法人税の比重は次第に高まり、現在においては、法人税は、わが国においても諸外国においても、政府の歳入として重要な地位を占めるに至っており、個人所得課税と並んで所得課税の一翼を担うものとして税体系において基幹的な税目となっています。

2) 法人税と所得税との間の負担調整

法人税は、基本的には、法人が1年間(事業年度)を通じて生み出した所得金額に、税率を乗じることにより求められます。

法人は、法人税の課税後の所得を株主に配当したり、あるいは再投資のために社内に留保します。したがって、法人所得のうち、配当に対しては、法人段階での法人税だけではなく、配当を受け取る個人株主の段階で所得税が課されることになるため、法人税と所得税との間の負担調整をどうするかという問題があります。

配当に対する法人税と所得税との間の税負担の調整がまったく行われない場合には、企業の資金調達の方法や資本市場に影響を及ぼす可能性があることなどが指摘されています。

配当に対する法人税と所得税との間の調整については、アメリカを除く主要諸外国において税負担の調整措置が講じられていますが、わが国においても、シャウプ勧告以降、基本的には税負担の調整が必要との考え方に基づき、調整措置が講じられています。現行の個人と法人をめぐる法人税の基本的仕組みは、所得税において配当税額控除制度が設けられており、株主の受取配当に対する所得税負担を軽減することにより、配当に対して課される法人税と所得税との間の税負担の一部を個人株主段階で調整するものです。

(参考1)法人税・所得税の負担調整に関する基本的仕組み

個人と法人をめぐる法人税の基本的仕組みについては、法人の性格をどのように考えるかによって、考え方が分かれてきました。すなわち、法人は株主とは独立した存在であると見る法人実在説の立場からは、法人税は法人独自の負担であり、配当に対する法人税と所得税の税負担の調整を行うことは不要であるとの主張がなされてきました。一方、法人は個人(株主)の集合体であるとの法人擬制説の立場からは、法人税は所得税の前取りであり、配当に対する法人税と所得税の税負担の調整を完全に行うべきであるとの主張がなされてきました。

法人の活動の社会的実態を見ると、法人は株主と別個の独立した主体として経済活動を営み、成果をあげていることは事実です。しかしながら、同時に、法人の経済活動によって得られる所得が配当の形で株主に帰属するという側面があり、また、これが法人という企業形態の存立目的であることも否定することはできません。このような二面的な性格を有する法人について、法人実在説あるいは法人擬制説という形で一面的に割り切ることは困難と考えられます。

(参考2)法人税の「負担」

法人税に関する古典的な議論によれば、法人税は、短期的に見ると、消費者や労働者よりも、主として企業とその株主に帰着するものとされ、また、法人税は、利潤に対する課税であり、企業の利潤極大化行動を前提にすると、短期的には、企業の生産量には影響を与えないものとされていました。

しかし、現実の市場や企業行動を踏まえると、法人税の「負担」は、企業の価格設定や賃金・利潤の分配、さらには生産活動にも影響を与えていると考えられます。法人税の転嫁の度合いは、その企業が生産する財・サービスの市場の競争状態や需給関係、価格弾力性がどのようになっているか、企業が資本や労働などの生産要素の組合せをいかに早く変更することができるか、資本や労働の移動可能性があるか、といった点に左右されます。近年の経済動向を踏まえれば、経済の自由化・国際化を通じて企業の価格支配力が一般に弱まっていることから、消費者に対する短期的な転嫁の可能性は以前より低下しているという見方があります。その一方、生産要素の間では、資本市場の拡大や国際的な流動性の高まりの中で、相対的に移動が困難な労働の対価である賃金への転嫁が容易になっているとの見方もあります。

法人税の「負担」は、このように、法人(あるいはその株主)のみならず労働者や消費者などにも帰着しているものと考えられます。

法人税の「負担」を誰がどの程度負うのかについては、一義的に想定することはできませんが、一般に、中長期的には、法人(あるいはその株主)のみが「負担」すると考えるのは適当ではありません。

3) 法人税の課税所得

法人税の課税所得は、各事業年度の収益から費用及び損失を控除して算出される企業会計上の利益に、受取配当の益金不算入等の税法上の調整を加えて計算されます。これに税率を乗じ、税額控除等の調整を行って、法人税額が算出されます。

法人の課税所得計算においては、その期に企業が稼得した利益の額を基礎とするという基本的な考え方に加えて、減価償却費や引当金の繰入れなどの企業の内部取引について恣意性を排除する必要があることなどから、株主総会において報告・承認された商法上の確定決算を基本とするという、いわゆる「確定決算主義」が採られています。

「確定決算主義」の具体的な内容としては、一般に、以下の点が挙げられています。

イ.商法上の確定決算に基づき課税所得を計算し、申告すること。

ロ.課税所得計算において、決算上、費用又は損失として経理されていること(損金経理)などを要件とすること。

ハ.別段の定めがなければ、一般に公正妥当な会計処理の基準に従って計算すること。

4) 商法・企業会計原則との関係

税法と商法・企業会計原則は、企業の所得あるいは利益を計算するという点で共通するところがあります。しかし、これらは、それぞれ固有の目的と機能を持っています。

企業の会計には、財産・持分をめぐる株主や債権者などの利害関係者の間の利害を調整する機能と、関係者に企業の財政状態と経営成績を開示するという情報を提供する機能の2つの機能があります。具体的には、商法会計は、株主及び会社債権者の利益の保護を目的として、配当可能利益の計算などによる利害調整機能を有するとともに、株主などに対する情報提供機能を有しています。また、証券取引法会計は、投資者の保護を目的とした情報提供機能を有しています。

一方、税法は、税負担の公平や税制の経済に対する中立性を確保することなどを基本的な考え方としており、適正な課税を実現するため、国と納税者の関係を律しているものです。したがって、適正な課税を実現するという税法固有の考え方から、税法における課税所得の捉え方が商法・企業会計原則と異なる場合があることは当然です。例えば、受取配当の益金不算入、引当金の繰入限度額や寄附金の損金算入限度額といった制度は、税法固有の取扱いとされているものです。

また、法人税法が、商法・企業会計原則における会計処理の保守的な考え方や選択制をそのまま容認すれば、企業間の税負担の格差や課税所得計算の歪みがもたらされる場合があります。

法人税の課税所得については、今後とも、適正な課税を実現するという税法固有の目的を確保する観点から、必要に応じ、商法・企業会計原則における会計処理と異なった取扱いをすることが適当です。

(参考)法人税の沿革

わが国においては、明治20年(1887年)に所得税が創設されましたが、この所得税が、明治32年(1899年)に、分類所得税として全面的に改組され、個人の納税者の範囲が明確化されるとともに、法人に対しても所得税が課税されるようになりました(税率2.5%)。

その後、昭和15年には、所得税の大幅な改正が行われ、これまで第1種所得として所得税において課税されてきた法人税が、所得税から切り離され、18%の比例税率の独立の租税として創設されました。

さらに、戦後、昭和25年のシャウプ勧告に基づく税制改革では、35%の単一税率が導入されるとともに、法人段階と個人株主段階の税負担の調整のために個人株主段階での配当税額控除及び法人間の重複課税排除のための法人間配当益金不算入制度が設けられました。

なお、法人税率については、昭和27年に公益法人等・協同組合等について、昭和30年に中小法人について軽減税率が導入されました。

その後、昭和36年には、企業の株式による資金調達を容易にし、自己資本充実を図るという政策目的に資する観点から、配当軽課制度が導入され、法人所得のうち配当に充てられた部分については基本税率の約4分の3の軽減税率を適用することとされ、これに対応して、所得税における配当税額控除率が従来の4分の3に引き下げられました。

しかし、昭和63年の抜本的税制改革では、この配当軽課制度は、制度を簡明にするなどの見地から廃止され、個人株主段階での配当税額控除に調整を一本化することとされました。また、法人間の配当についても、法人企業による株式保有の増大などの経済実態を踏まえ、一定の親子会社間の場合を除き20%を益金に算入する制度に改められました。

(2) 法人税の現状
1) 負担の水準

イ.法人課税の実効税率

わが国においては、平成10年度税制改正において、経済活動に対する税の中立性を高めることにより、企業活力と国際競争力を維持する観点から、法人税の課税ベースの大幅な見直しが行われました。これと併せて、法人税の基本税率が37.5%からアメリカの水準以下の34.5%に、法人事業税の基本税率が12%から11%にそれぞれ引き下げられ、法人課税の実効税率は49.98%から46.36%に引き下げられました。

さらに、平成11年度税制改正においては、景気情勢に配慮し、課税ベースの見直しは行わずに税率の引下げを行い、法人税の基本税率を30%に、法人事業税の基本税率を9.6%にそれぞれ引き下げることにより、法人課税の実効税率は40.87%に引き下げられました。

その結果、平成10年度及び11年度の2年間で、法人税の基本税率は7.5%ポイント、法人事業税の基本税率は2.4%ポイントそれぞれ引き下げられたことになり、法人課税の実効税率は10%ポイント近く引き下げられました。

法人課税の実効税率を国際比較で見ると、わが国の現在の法人課税の実効税率である40.87%は、アメリカとほぼ同じ水準となっており、他の主要国と比較しても遜色なく、国際水準並みになっています。

ロ.税負担の国際比較

「税負担」は、「課税ベース」と「税率」を掛け合わせたものであり、その国際比較を行う場合には、「課税ベース」と「税率」の双方について検討する必要があります。しかしながら、「課税ベース」については定量的な比較は容易ではありません。例えば、わが国はアメリカと比較すると、引当金の存在やキャピタルロスを通常の所得と通算しているなどの点で、わが国の方が課税ベースが狭くなっています。

また、わが国の企業風土の特徴として、法定外福利厚生費などの支出が諸外国と比べ相対的に大きくなっていることも課税ベースに影響するものと考えられます。課税ベースの国際比較を行う際には、税制の取扱いだけではなく、給与の支給形態や雇用慣行など、比較の前提となる企業慣行が国際間で異なっていることにも留意しなければなりません。

(注)マクロ指標を用いた法人税負担の国際比較については、法人の「税負担」を表す指標として適当なものを見出すことは困難な面があります。例えば、法人課税の税収の法人所得に占める割合など、マクロ指標を用いて国際的な税負担を比較する場合には、次のような限界があります。

(イ)分母の法人所得は、赤字企業の欠損と黒字企業の所得とが通算された結果であるため、赤字企業の欠損が多い場合には、指標の数値が大きくなります。

(ロ)また、そもそもわが国では人口比での法人数が多いのに対し、ドイツのように法人数の少ない国もあり、法人課税の税収にも差異が存在していることなども考慮する必要があります。

2) 法人税収

わが国においては、法人税収は、昭和30年代後半から国税収入のおおむね30%程度を占め、昭和63年度には35.3%を占めるまでに至りましたが、その後割合は低下し、近年はおおむね20%台前半で推移してきています。

平成12年度(予算額)を見ると、わが国の国税収入50兆6,620億円のうち、法人税収は9兆9,470億円となっており、国税収入に占める法人税収の割合は19.6%となっています。なお、この法人税収の水準は、景気の影響や法人税率の引下げなどもあり昭和58年とほぼ同じ水準となっています。

3) 課税の概況

イ.法人税の課税状況

わが国の法人数は、平成10年分の「法人企業の実態」(国税庁)によれば、約251万社に上っています。

一般の法人に適用される法人税の税率には、基本税率のほか、中小法人(資本金1億円以下)の所得800万円以下の部分に適用される軽減税率があります。平成10年分の法人税の申告状況から、適用されている税率ごとの法人の分布を見ると、黒字申告法人であって基本税率のみが適用されている大法人(資本金1億円超)が法人全体のうち0.6%、所得が800万円超であって中小軽減税率とともに基本税率が適用されている中小法人が同7.9%、中小軽減税率のみが適用されている中小法人が同24.1%、赤字申告法人(大法人・中小法人)が同67.3%となっています。

一方、利益計上法人の所得金額の合計のうち、大法人の占める割合は約7割という状況にあります。

ロ.法人税の課税対象

法人税の課税対象は、大企業から個人類似の小規模法人に至るまでその規模が多岐にわたるほか、株式会社・有限会社・合名会社・合資会社、上場会社・未上場会社、普通法人・公益法人等・協同組合等、様々な形態のものから構成されています。

(3) 法人税の課題
1) 税率と課税ベースの適正化

課税ベースを適正化することにより、産業間で実質的な税負担が異なっていたり税制が特定の産業・企業に奨励的ないし抑制的になっていることを改めることは、税制の中立性の向上に資するものです。

主要な先進国においても、法人課税について、企業間・産業間の税の中立性の確保及び経済の活性化などの観点から、「課税ベースを拡大しつつ、税率を引き下げる」という法人税改革が、1980年代半ばから90年代にかけて行われています。既に述べたように、わが国においても、同様な観点から、平成10年度税制改正において、法人税の課税ベースの大幅な見直しと法人税の基本税率の引下げが併せ行われましたが、平成11年度税制改正においては、景気情勢に配慮し、課税ベースの見直しは行われないまま税率の引下げが行われました。

わが国の現在の法人課税の実効税率は、既に述べたように、国際水準並みとなっています。わが国の厳しい財政状況などを考えると、法人税率の更なる引下げの余地はないと言えます。

また、課税ベースの問題については、平成11年度税制改正の経緯にも十分留意しつつ、公正・中立で透明性の高い税制を構築する観点から、今後、残された課題について、その一層の適正化に向けて取り組んでいくことが重要です。

2) 企業組織再編への対応

企業が国境を越えて活動し、広く競争が行われる中で、わが国企業の競争力を維持・確保する観点から、柔軟な組織再編を可能にする法制度の整備が進められています。税制としても、企業の経営形態に対する中立性などの観点から、会社分割に係る税制と連結納税制度は極めて重要な課題であり、その導入に向けて検討を進める必要があります。これらは、いずれも、法人税制の基本的枠組みを大きく変えるものであり、法人税法をはじめ各税法における抜本的かつ広範な見直しを必要とするものです。

3) その他の課題

公益法人等に対する課税のあり方については、これまでも課税の公平・中立の観点から必要な見直しが行われてきていますが、収益事業の範囲を含め、その課税のあり方について見直しを行っていく必要があると考えられます。

また、非営利活動の担い手の新たな類型として設けられたNPO法人に関する税制上の措置については、その実態を見極めた上で、相当の公益性を担保するための基準や仕組みをどのようにするかを含め、広範な観点から検討していく必要があります。

金融の自由化や経済活動の国際化に伴い事業体の多様化が進展してきている中で、特定目的会社(SPC)や投資法人といった法人制度が導入されるとともに、これらと同様の経済的意義を有する信託を使ったスキームも導入されています。このように、投資や事業の主体が多様化していく中で、多様な事業体に対する課税のあり方について検討する必要が生じてきています。

さらに、法人についても公的サービスを享受する以上一定の負担を求めるべきとの指摘がある中で、恒常的に赤字法人の割合が高いということについて、所得課税である法人税としてどう考えていくかという問題があります。

(4) 税率と課税ベースの適正化
1) 税率

イ.基本税率

現在の法人税の基本税率である30%は、シャウプ税制改革時に35%で始まった戦後の法人税制において最も低い水準であるほか、国税の基本税率の水準としてはイギリスと並んで主要先進国の中でも最低の水準となっています。

企業活動の国際化が進んでいる現状に顧みれば、わが国の法人課税の負担水準が主要諸外国と比較してかけ離れたものとなることは適当でないと考えられます。

ロ.軽減税率

法人税には、現在、基本税率(30%)のほかに、中小法人の所得800万円以下の部分に係る軽減税率(22%)と公益法人等及び協同組合等に係る軽減税率(22%)が設けられています。

中小法人に対する軽減税率については、法人税制は企業の規模・形態に対し中立的であることが望ましく法人税率は単一の比例税率が適当であること、税負担回避のための会社分割を招く懸念があること、中小企業に対しては既に税制上様々な特例措置が講じられていることなどを考慮すれば、基本税率との格差を縮小する方向で検討していくことが適当です。

また、公益法人等及び協同組合等に対する軽減税率(22%)については、これらの法人の営む事業と一般法人の営む事業とは競合しており、税制が競争条件を異なるものとすることは適当ではないことから、基本税率との格差を縮小する方向で検討していくことが適当です。

(注)個人所得課税においては、所得が大きくなるとともに高い税率が適用される累進税率が採用され、所得再分配の機能を果たしています。所得の再分配という概念は、本来、自然人である個人についてのみ考えられ、法人については当てはまらないと考えられます。

2) 課税ベースの適正化

法人課税については、昭和40年の法人税法全文改正以来、全般的な課税ベースの見直しは行われていませんでしたが、近年、経済社会の構造変化や国際化が進展する中で、税の公正性・中立性・透明性に対する要請が一層強まっていることから、これに対応するために、当調査会の法人課税小委員会において、課税ベースの問題を中心に専門的・技術的な検討が行われ、平成8年11月に「法人課税小委員会報告」としてとりまとめられました。

この報告では、課税ベースの見直しの視点として、「課税ベースの全般的な点検の中で、その拡大の可能性を探っていく際には、社会経済情勢の変化や税制に対する新たな要請を踏まえつつ、公正・中立で透明性の高い税制を構築する観点から、望ましい方策を追及する必要がある。そのためには、企業業績を、その実態に即して、的確に把握し課税することが重要である。また、課税ベースの拡大に直ちに結びつくものでなくとも、その適正化の観点から改正すべき点は、併せて措置すべきである。」とされています。

具体的には、以下の視点から課税ベースの見直しが検討されました。

イ.費用又は収益の計上時期の適正化

税制の立場から、各年の企業業績を的確に把握するため、費用又は収益の計上時期の適正化が必要である。

ロ.保守的な会計処理の抑制

商法・企業会計原則においては、いわゆる保守主義の観点から、企業の健全性に配慮した会計処理方法を規定している。これは、費用や損失の計上を収益の計上よりも優先させるものとなっており、法人税法においては、課税所得計算の適正化を確保する観点から、過度に保守的な会計処理を抑制する必要がある。

ハ.会計処理の選択制の抑制・統一化

会計処理方法の選択制は、商法・企業会計原則の面からは合理性があるとしても、課税所得計算に差異をもたらし、同様な条件の下にある企業間に税負担の格差をもたらすことになる。課税所得計算の裁量性を抑制し、制度の透明性の向上と企業間の税負担の格差の是正を図る観点から、法人税法においては、会計処理の選択制の抑制・統一化が必要である。

ニ.債務確定主義の徹底

費用の計上時期の適正化を図る場合においても、課税の公正・明確化の観点から、不確実な費用や長期間経過後に発生する費用の見積り計上は、法人税法においては、これを極力抑制する必要がある。

ホ.経費概念の厳格化

法人が支出する「経費」の中には、事業遂行上通常必要とされないものも含まれているおそれがあるので、法人税法においては、経費概念を従来以上に厳格に捉える必要がある。

ヘ.租税特別措置の一層の整理・合理化

産業間・企業間の中立性の確保の観点から、租税特別措置の一層の整理・合理化が必要である。また、利用者が特定の者に偏在している措置については、これを極力抑制し、真に必要性があるものに限る必要がある。

ト.国際課税の整備

経済の国際化が進展する中で、租税回避を防止するなどの観点から、移転価格税制、タックス・ヘイブン税制、外国税額控除制度の適正化など、国際課税のより一層の整備を図る必要がある。

こうした視点から課税ベースの38項目について検討が行われ、平成10年度税制改正においては、引当金の廃止・縮減、減価償却(新規取得建物の定額法への一本化、建物耐用年数の短縮など)、上場有価証券の評価(切放し低価法の廃止)、長期大規模工事の工事進行基準への一本化、割賦基準の廃止など19項目の見直しが行われました。

今後は、法人課税小委員会報告で指摘された見直しの視点を中心として、残された課題を含め、法人課税の課税ベースの一層の適正化に向けて引き続き取り組むことが重要です。

こうした課税ベースの適正化により、産業間で実質的な税負担が異なっていたり税制が特定の産業・企業に奨励的ないし抑制的となっている場合に、これを改めることは、税制の中立性の向上に資するものです。

また、公正・中立で透明性の高い税制を構築する観点から課税ベースを見直すことにより、企業活力の発揮や新規企業・産業の創出、経済全体の効率性の向上など、経済社会の構造改革に資すると考えます。

(資料4)法人課税小委員会報告(平成8年11月)における法人課税の課税ベースの見直しの検討項目
  • 費用・収益の計上基準(工事、割賦販売等、長期金融商品、短期前払費用、支払利子)
  • 資産の評価(棚卸資産、有価証券、外貨建債権債務)
  • 減価償却、リース資産、繰延資産
  • 引当金等(貸倒引当金、賞与引当金、退職給与引当金、製品保証等引当金、返品調整引当金、特別修繕引当金、準備金)
  • 法人の経費(役員報酬等、福利厚生費、交際費、寄附金、外国の罰金)
  • 租税特別措置等、金融派生商品、欠損金の繰越し・繰戻し、法人間配当
  • 企業分割・合併等(現物出資の課税の特例、合併清算所得課税、連結納税等)
  • 同族会社に対する留保金課税、公益法人等、保険・共済事業
  • 国際課税(外国法人に対する課税、外国税額控除、タックス・ヘイブン税制、移転価格税制)
  • 事業税の外形標準課税
3) 租税特別措置の整理・合理化

当調査会は、累次の答申により租税特別措置の整理・合理化の必要性を指摘しており、各年度の税制改正においても整理・合理化が進められてきています。

租税特別措置は、特定の政策目的を実現するための政策手段の一つではありますが、税負担の公平・中立・簡素という税制の基本理念の例外措置として設けられているものです。

個人・企業の自由な経済活動を尊重し、それらの経済活動に中立的な税制とすることが求められる21世紀の経済社会の中で、特定の政策目的のために税制上の優遇措置という手段を用いることは極力回避されるべきであり、また、税制によって経済社会を誘導しようとすることにはおのずと限界があることを十分認識する必要があります。租税特別措置は、特定の企業の税負担を軽減するものであることから、政策目的自体に国民の理解が得られるか、政策目的達成のための手段として税制が適当か、といった視点を踏まえて、そもそも税制の基本理念の例外措置として値するものかどうか十分検討しなければなりません。

この他、利用実態が特定の者に偏っていないか、利用実態が低調となっていないか、創設後長期間にわたっていないか、といった視点も含め、今後も十分に吟味を行い、徹底した整理・合理化を進めなければなりません。

(参考)租税特別措置の手法

法人税に関する租税特別措置の手法としては以下のようなものがあります。

第一は、法人税を軽減するもので、税額控除によるものや一定の金額を損金の額に算入することによるものがあります。

第二は、法人税の課税の繰延べを行うもので、普通償却額を超えて償却を行う特別償却によるもの、積立額の一定限度額内の損金算入を認める準備金の形によるもの、資産の取得価額の圧縮を認めるいわゆる圧縮記帳の制度などがあります。

(5) 企業組織再編への対応

近年、経済の国際化が進展するなど、わが国企業の経営環境が大きく変化する中で、企業の競争力を確保し、企業活力が十分発揮できるよう、商法などにおいて柔軟な企業組織再編を可能とするための法制の整備が進められるとともに、企業会計においても国際的な調和の観点から大幅な見直しが行われています。

法制面では、平成9年に、持株会社を解禁するための独占禁止法の改正や合併法制の合理化が行われ、平成10年には、銀行持株会社設立の解禁のための法整備がなされました。また、平成11年には、円滑な持株会社化を可能にするため、株式交換・株式移転制度を創設するための商法改正が行われました。さらに、企業組織の再編を容易にするため、会社分割法制を創設する商法改正法が、平成12年5月に成立したところです。

この間、企業会計においても、会計基準の国際的な調和の流れの中で、税効果会計の導入、連結財務諸表制度の抜本的見直し、金融商品に対する時価評価の導入、退職給付会計の整備などが行われています。

このように企業を取り巻く環境が急速に変化する中で、税制についても適切な対応が求められており、税制としても、こうした商法や企業会計などの動向を踏まえつつ、これまで、銀行持株会社設立に係る課税の特例や株式交換・株式移転に係る課税の特例、金融商品への時価法の導入など、必要な対応を行ってきています。

さらに、当調査会は、平成11年7月以降、法人課税小委員会を再開し、企業の組織再編に関する税制として、会社分割に係る税制や連結納税制度について、その導入に向けた検討を進めています。その検討に当たっては、税負担の公平、企業の経営形態に対する中立性の観点を基本とすることが重要と考えます。

1) 会社分割に係る税制

イ.会社分割法制の整備とその内容

会社分割とは、一般に、会社からその一部を切り離すことにより、一つの会社を法律上独立した複数の会社に分けることをいいます。

今回法整備された会社分割は、会社の営業の全部又は一部を他の会社に承継させることにより、会社を分割するというもので、従来のわが国商法にはなかった概念が導入されたものです。

(注)これまでは、会社の分割は商法上認められている現物出資などにより可能でした。この場合、裁判所が選任する検査役が出資財産やその価格などについて調査することとされています。しかし、その調査にどのくらいの期間を要するか予測が困難であり、その間、営業を停止しなければならない、また、会社設立の時期が決められない、といった問題が指摘されています。さらに、債務の引受けについては、債権者の個別の同意を得なければなりません。これに対し、今回法整備された会社分割制度においては、検査役の調査が不要とされ、また、会社分割の効果として、債務を含めた権利義務が包括承継されるため、債権者の個別の同意が不要となるなどのメリットがあります。

分割の種類としては、分割する会社の営業を承継する会社が既存の会社である「吸収分割」と、承継する会社が分割により新しく設立される会社である「新設分割」が規定されています。また、会社分割に際して、営業を承継する会社は株式を発行しますが、その株式を分割する会社に割り当てる「物的分割」と、これを分割する会社の株主に割り当てる「人的分割」のいずれもが認められています。さらに、これらの中間的形態や複数の会社が共同で行う新設分割も可能とされており、商法上認められる会社分割の形態や方法は多様となっています。

ロ.会社分割制度と税制

今回の商法改正による会社分割制度の創設を踏まえ、当調査会は、法人課税小委員会において、平成13年度税制改正における会社分割に係る税制の整備に向けて検討を進めています。

会社分割が行われた場合、会社間の資産の移転、各種引当金などの引継ぎ、株式などの交付といった局面で課税の取扱いが問題となります。

諸外国の例を見ると、会社分割により移転する資産については、その譲渡益に課税することを原則としています。しかし、会社分割には多種多様なものがあり、このうち、通常の資産の移転とは異なり、分割の前後で経済実態に実質的な変更がない会社分割については、税制上も中立的な取扱いとするとの考え方から、特例として課税の繰延べを行うものとされています。また、合併に係る税制上の取扱いについても、会社分割に係る税制と整合性のある取扱いとなっています。

会社分割についての法的構成は、会社分割を合併と同質の事象として組織法的に構成する大陸型と、会社分割を現物出資による財産の譲渡とその対価として取得した株式の株主への分配の組合せとして構成するアメリカ型の2つがあります。

このうちアメリカ型の会社分割は、今回のわが国商法の改正においては手当てされておらず、わが国に導入される会社分割とは基本的に形態が異なっています。したがって、わが国において、会社分割に係る税制を検討するに当たっては、今回の商法改正により法整備がなされた会社分割制度を念頭に置いて、検討を進めることが適当と考えます。

諸外国においては、会社分割税制について、会社分割の形態や手法は多様なことから、非常に詳細な規定が設けられており、また、会社分割の内容が課税繰延べの適格要件を満たさない場合、大きな税負担が生じ得ます。このため、例えばアメリカにおいては、会社分割については、その税制上の取扱いについて課税当局に事前に確認するいわゆるアドバンス・ルーリングの取得などが行われています。また、フランスにおいては、大蔵大臣による事前承認制が採られています。

ハ.会社分割に係る税制の検討の視点

会社分割に係る税制を検討するに当たっては、株主や会社債権者の利益の保護を目的とする商法と適正課税の実現を目的とする税法との違いにも留意しつつ、税制の観点から十分な検討が必要です。そのためには、商法における計算規定など会社分割の具体的取扱いや資産・負債の分割の際の取扱いの詳細、会計処理のルールの明確化が期待されます。

会社分割に係る税制上の対応を検討する際の論点は、広範かつ多岐にわたっていますが、主なものとしては以下の4点があります。

(イ) 合併・現物出資などの資本等取引と整合性のある課税のあり方

会社分割には、その経済実態が合併や現物出資と同様なものがあります。また、増減資、自己株式の消却、残余財産の分配あるいは実質的な利益の資本組入れなどの資本等取引が生じ得ます。

このため、合併、増減資など各種の資本等取引と整合性のある課税のあり方を確保する必要がありますが、その際、合併などに係る現行税制についても併せて広範な検討を行う必要があります。

(ロ) 株主における株式譲渡益課税やみなし配当課税に対する適正な取扱い

分割する会社の法人株主及び個人株主は、会社分割により、分割する会社の株式を保有したまま、あるいは分割する会社の株式と交換に、新設・吸収会社の株式を取得しますが、この場合、法人税及び所得税における株式譲渡益やみなし配当の課税関係について、適正な取扱いを確保する観点から検討を行う必要があります。

(ハ) 納税義務・各種引当金などの意義・趣旨などを踏まえた適正な税制措置のあり方

会社分割が行われる場合の商法・企業会計における具体的な取扱いを踏まえ、納税義務・各種引当金の引継ぎなどについて、分割する会社及び新設・吸収会社における法人税法及び租税特別措置法などの広範な各税法の適用関係がどのようになるのか整理し、その意義・趣旨などを踏まえた適正な税制措置のあり方について検討を行う必要があります。

(ニ) 租税回避の防止

会社分割は、その形態や方法が多様となることから、租税回避の手段として利用されるおそれがあります。例えば、保有する資産を他の会社に対し譲渡する場合には、譲渡益課税がなされるのが当然ですが、吸収分割を利用して実際にはこれと同じことを行うことが可能です。この場合、譲渡益課税がなされないとすれば、会社分割が租税回避の手段として利用されることが考えられます。このようなことのないように、万全の措置を講じる必要があります。

会社分割に係る税制については、上記のような論点を含め、改正商法による具体的な取扱いや企業会計の検討の動向を見極めつつ、引き続き、法人課税小委員会で具体的な検討を進めていく必要があります。

(参考)諸外国における会社分割税制の概要

イ.アメリカの会社分割税制

アメリカにおいては、会社法に会社分割に関する特段の規定はありません。

税法上、会社分割は、(a)親会社が財産出資により子会社を設立して子会社株式を取得し、その株式を親会社の株主に分配するスピン・オフ、(b)親会社が財産出資により子会社を設立して子会社株式を取得し、その株式を親会社の株主が保有する親会社株式と交換(親会社は減資)するスプリット・オフ、(c)親会社が財産出資により複数の子会社を設立してこれらの株式を取得し、その株式を親会社の株主に分配し、親会社は清算するスプリット・アップ、の3つの類型に分類されています。

アメリカにおいては、原則として、子会社への財産の移転については親会社に対する譲渡益課税、親会社の株主に対する株式の分配は配当課税又は譲渡益課税とされていますが、一定の要件を満たす会社分割の場合にはこれらの課税を繰り延べることができます。

しかし、このような取扱いは、会社分割を利用した租税回避行為を助長する可能性があることから、

(イ) 子会社株式の分配の直前において、親会社が子会社株式の80%以上を保有し、子会社を支配していること、

(ロ) 当該分配が、収益を分配する仕組みとして行われるものではないこと、すなわち、租税回避を目的とするものでないこと、

(ハ) 株式の分配後、親会社、子会社ともに積極的に事業活動を行うこと、

などの要件の下、課税の繰延べが認められることとされています。

ロ.ヨーロッパの会社分割税制

ヨーロッパにおいては、1982年、EU加盟国の会社法調整の一環として、会社分割に関する規定を調整することを目的とした欧州理事会第6指令が採択されています。第6指令の特徴は、本指令制定当時既に存在していたフランスの会社法にならって、会社分割は合併の反対の事象と位置付け、これらを類似の法的行為として捉えている点にあります。フランス、ドイツなどにおいては、本指令を踏まえた法整備がなされています。また、今回のわが国商法の改正で導入された会社分割制度も、基本的考え方を同様としています。

(イ) フランス

フランスにおいては、消滅分割と資産一部出資の2つの会社分割の形態があります。活用事例が多いと言われている資産一部出資についての税制上の取扱いは以下のとおりです。

分割会社については、移転資産の譲渡益課税を原則とし、大蔵大臣の事前承認を得るなど一定の要件を満たす場合に限り、課税の繰延べが認められることとされています。ただし、(a)組織的に独立したものとして区分できる事業の分割であること(独立事業要件)、(b)対価として交付された株式を3年以上保有すること、(c)株式を譲渡した場合は、移転資産の帳簿価額を基礎に譲渡益を算定することといった要件を満たす場合には、大蔵大臣の事前承認が不要とされています。事前承認を得た場合、あるいは事前承認が不要な場合で、移転資産の帳簿価額を実質的に引き継ぐなどの要件を満たす場合、課税の繰延べが認められることとなります。また、分割会社は、分割事業年度においては移転資産及び交付を受けた株式に係る申告(帳簿価額・時価など)を、翌事業年度以降においてはその株式に係る申告をそれぞれ行う義務があり、承継会社にも同様の義務があります。申告義務不履行の場合には、移転資産の時価との差額に対し年当たり5%のペナルティが課されることとされています。

また、承継会社は、分割会社が会社分割に係る特例の適用要件を満たす場合には、分割会社の帳簿価額を実質的に引き継ぐとともに、分割会社が計上していた引当金は引き継がなければならないこととされています。

株主については、会社分割の対価が株式及びその株式の額面の10%以下の金銭である場合には、その金銭部分を除き、課税を繰り延べることができます。ただし、消滅分割については、分割会社が課税の特例の対象とならない場合には、株主の課税繰延べは認められません。

(ロ) ドイツ

ドイツにおいては、第6指令の採択を受けて、1995年、会社分割の規定を含む組織変更法が制定され、これに併せて、組織変更税法の制定が行われました。

会社分割の形態としては、消滅分割、存続分割、分離独立の3つの形態があります。活用事例が多いと言われている存続分割についての税制上の取扱いは以下のとおりです。

分割会社の課税関係については、(a)独立事業要件を満たすこと、(b)対価としての金銭の交付がないこと、(c)移転資産の価額を帳簿価額とすることといった要件を満たす場合には、資産移転に伴う譲渡益課税を繰り延べることとされています。このような要件を満たさない場合、移転する資産について、分割する会社において譲渡益課税が発生することになります。

また、承継会社においては、分割会社の移転する資産・負債に係る税務貸借対照表における価額を受入価額としなければならないほか、事業の継続の要件を満たす場合に限り、一定の繰越欠損金を引き継ぐことができることとされています。

なお、会社分割を通じた租税回避を防止する観点から、会社分割後5年以内に承継会社の株式の20%超を譲渡した場合は、会社分割により移転した資産については、分割の日に遡って、譲渡益課税がなされます。

分割する会社の株主段階においては、株式で対価の交付を受ける部分については課税が繰り延べられますが、金銭やその他の資産で対価の交付を受ける部分については課税の繰延べは認められていません。

2) 連結納税制度

イ.基本的考え方

連結納税制度とは、企業集団の経済的一体性に着目し、企業集団内の個々の法人の損益などを集約することにより、あたかも企業集団を1つの法人であるかのように捉えて課税する仕組みです。

連結納税制度の検討に当たっては、法人課税の体系全般にわたる検討が必要であることから、当調査会は、昨年、法人課税小委員会を再開し、その導入に向けた検討を開始しています。これまで、法人課税小委員会においては、わが国に連結納税制度を導入する必要性や導入する場合の連結納税制度の類型について検討するとともに、連結納税制度の検討を進める際の具体的な検討項目の洗い出しを行っています。

これを受けて、当調査会は、「平成12年度の税制改正に関する答申」において、企業経営における企業集団の一体的経営の傾向の強まりや企業組織の柔軟な再編成を可能とするための独占禁止法、商法における見直しが進められる中で、企業の経営環境の変化に対応する観点や国際競争力の維持・向上に資する観点、企業の経営形態に対する税制の中立性の観点から、わが国においても、連結納税制度の導入を目指すことが適当であるとしたところです。

また、わが国に、連結納税制度のような企業集団に着目した新たな税制を導入するに当たっては、企業集団の一体性に着目して制度を構築するという理念が重要です。こうした理念の下に、イギリスやドイツで行われているような損益振替型ではなく、アメリカにおいて導入されているような本格的な連結納税制度を導入すべきと考えます。

今後、本格的な連結納税制度の導入に向けて、法人課税小委員会においてとりまとめられた具体的な検討項目について検討を深め、国際的にも遜色のない、21世紀のわが国経済のインフラとなる連結納税制度を構築する必要があると考えます。

ロ.連結納税制度と連結財務諸表制度の違い

連結納税制度について議論する際、連結財務諸表制度が導入されているにもかかわらず、なぜ連結納税制度が併せて導入されないのか、との意見があります。

こうした意見が出てくるのは、連結財務諸表制度と連結納税制度は、いずれも、個々の会社という法的主体を越えて、経済的主体である企業集団を一つの単位として認識するという点で、共通の考え方があることによるものと考えられます。

しかし、連結財務諸表制度は、親会社が企業集団全体の財務状況や経営成績を株主などの利害関係者に開示することによって、利害関係者の意思決定に資することなどを目的とするものであるのに対し、税法は、税負担の公平の確保などを基本的な考え方とし、適正な課税を実現するという目的を有していることから、諸外国において導入されている連結納税制度をみても、連結グループの範囲などの適用要件、所得の計算方法などにおいて、連結財務諸表制度とは異なる別個の制度として構築されています。

ハ.諸外国における本格的な連結納税制度

わが国において導入を目指すべき本格的な連結納税制度の例としては、アメリカとフランスの連結納税制度が代表的です。当調査会としては、本年春に、これらの国の連結納税制度の仕組みや実態について調査を行いました。

アメリカの連結納税制度は、親会社が子会社株式の80%以上を保有する場合など一定の要件を満たす企業集団について、各法人の損益を通算し、また、各法人間の取引から生じる内部利益を繰り延べることにより、連結課税所得を計算するものです。この制度は、1917年に、累進税率による超過利潤税の下で、累進課税を回避するための企業分割に対処し、企業集団を一体として課税するため、強制的に適用される制度として導入されたものです。その後、連結会社の範囲の見直し、税収減を考慮した2%の付加税の導入・廃止など、種々の改廃を経て、法人課税において定着してきています。

また、フランスにおいては、親会社によって株式の95%以上を保有されている子会社を連結の対象とした本格的な連結納税制度が導入されています。フランスでは、1966年から、厳格な要件・手続を要する大蔵大臣の個別承認による連結納税制度が認められていました。このため、極めて少数のグループのみが連結納税制度を活用するにとどまっていたと言われています。1988年、経営形態に対する税制の中立性を図る観点から、個別承認制を廃止するなどの改正が行われて現在の連結納税制度となっています。

ニ.今後の検討項目

アメリカやフランスで導入されているような本格的な連結納税制度は、企業集団の経済的一体性に着目して、あたかも企業集団を単一の主体として捉えて課税を行うものであり、これをわが国に導入することは、法的主体である個々の法人を課税単位としている現行のわが国法人税体系に新たな法人税体系を導入するものです。

また、連結納税制度を導入しても、すべての法人が連結対象法人となるわけではないことから、法人税の課税体系は、現行の個々の法人を課税単位とする体系と、企業集団を一つの課税単位とする体系との双方が併存することになります。

このため、連結納税制度については、連結納税を行うことができるようにするために措置しなければならない連結納税制度固有の問題のみならず、個々の法人に対する課税体系と企業集団に対する課税体系との間の整合性を確保するための措置など、法人課税の体系全般にわたる広範な検討が必要です。このような検討を十分行わないまま制度を導入すれば、様々な形で租税回避が行われるおそれがあります。

こうした観点を踏まえ、連結納税制度の導入に向けて、例えば、納税義務者を親会社一社とするのか連結グループ各社とするのか、連結対象となる子会社の範囲をどうするのか、個々の法人が課税単位であることを前提とした個々の法人の資本金額・所得金額・業種などを基準とする各種の措置の取扱いをどうするのか、連結グループへの加入・連結グループからの離脱があった場合の課税関係の継続性をどのように図っていくか、連結グループへの加入・連結グループからの離脱などを利用した租税回避行為の問題に対しどのように対応するかなどについて、今後具体的な検討を深めていく必要があります。

さらに、赤字法人の割合が高いというわが国の状況に照らせば、大きな税収減が生じることが考えられますが、この税収減の問題にどのように対応するかについても、十分な検討が必要です。

(参考1)連結納税制度に関する主要な具体的検討項目。

イ.連結納税制度の基本的仕組み。

(イ) 対象法人。

a.様々な組織形態の法人、例えば、公共法人などといった普通法人以外の法人や、普通法人であっても企業組合などが存在することから、連結納税制度の適用対象となる法人の範囲をどのように考えるか。

b.連結納税制度において、中小法人をどう取り扱うか。

(ロ) 連結グループの範囲。

a.連結対象となる子会社の範囲について、どう考えるか。連結納税制度の基本的考え方である連結グループの経済的一体性をどう捉えるか。

b.その際、少数株主の問題を考慮する必要があるのではないか。商法に少数株主保護のための規定の整備がなされない場合、少数株主に不利益が生じる可能性があることについてどう考えるか。

ロ.納税義務、申告・納付等。

(イ) 納税義務者等。

a.納税義務者を親会社一社とするのか、各構成会社とするのか。連結課税所得の計算の仕組みとの関係や連結グループへの加入・離脱の場合の課税の継続性の確保の観点をどう考えるか。

b.連結法人税を連帯納税義務とするなど、その確実な徴収確保のための措置を講じる必要があるか。

(ロ) 申告

親会社及び子会社はそれぞれどのような申告を行うこととするのか。納税義務者についての検討内容と同様、連結課税所得の計算の仕組みとの関係や連結グループへの加入・離脱の場合の課税の継続性の確保の観点をどう考えるか。

(ハ) 納税額の分担

連結法人税額の配分(又は分担方法)についてどのように考えるか。

(ニ) 適用要件。

a.適用は選択制とするか、強制とするか。

b.継続適用とするか、あるいは、一定年限で更新することとするか。仮に、選択制とした場合、租税回避に利用されないような仕組みとする必要があるのではないか。

c.連結対象となる子会社は、全社加入を要件とするか。租税回避の防止との関係をどう考えるか。また、資本関係という形式基準については、子会社株式の取得・譲渡により、連結グループへの加入・離脱が可能となることについて、どう考えるか。

(ホ) 事業年度

親会社と子会社の事業年度は統一するか。

(ヘ) 会計方法

親会社と子会社の会計方法は統一するか。

(ト) 青色申告要件

青色申告要件について、どのように考えるか。

(チ) 帳簿の作成・保存等

連結納税用の帳簿書類の作成・保存をどのように求めるか。また、その内容をどうするか。さらに、連結納税制度の適用に係る届出書などの諸手続をどうするか。

(リ) 罰則の取扱い

罰則の対象者等、罰則の取扱いについて、どう考えるか。例えば、連結納税申告に不正などがあった場合、誰を罰するか。特に、子会社において不正などがあった場合どうするか。

(ヌ) 解散・合併

連結グループ法人について、解散・合併が行われた場合の取扱いをどう考えるか。

ハ.連結課税所得の各種計算規定等。

(イ) 基本的仕組み

連結課税所得の計算をどうするか。確定決算主義との関係をどう考えるか。連結グループ内の個々の法人の確定した決算に基づき計算した所得に一定の調整を行って計算することとするか。

(ロ) 単体課税を前提とした各種計算規定の取扱い

法人の資本金額や所得金額、さらには業種などを基準とした各種の措置の取扱いについて、どう考えるか。

例えば、寄附金の損金算入限度額の計算や交際費の損金不算入額の計算といった法人の資本金額や所得金額を基準とした各種措置の限度額計算についてどう考えるか。また、各種租税特別措置においても、資本金額、所得金額、業種などが用いられているが、その適用関係についてどう考えるか。

(ハ) 内部取引に係る損益

a.内部取引に係る損益の取扱いについて、どう考えるか。

b.これを繰延べ又は消去する場合には、その対象や方法について、どのように考えるか。例えば、棚卸資産について、どう考えるか。また、グループ内で授受される受取配当、寄附金、グループ内法人に対する貸付金に係る貸倒引当金、グループ内で移転した資産に係る圧縮記帳などについて、どう考えるか。

(ニ) 繰越欠損金等

a.連結グループへの加入・離脱があった場合の繰越欠損金の取扱いについて、どのように考えるか。例えば、欠損法人の買取りによる租税回避行為に対応するためにも、アメリカやフランスと同様に、連結グループ加入前の繰越欠損金については、制限が必要ではないか。また、連結グループから離脱した法人の連結期間中に生じた繰越欠損金の取扱いについてどう考えるか。

b.資産の含み損の取扱いについて、どう考えるか。子会社が連結グループ加入前に有する資産の含み損については、繰越欠損金の制限の潜脱として租税回避に利用される可能性があることについて、どう考えるか。

(ホ) 投資修正(子会社株式の帳簿価額にその子会社の所得又は欠損金額を加減算する取扱い)

a.投資修正について、どう考えるか。

b.子会社株式の譲渡損の取扱いについて、どう考えるか。

(ヘ) 連結法人税額の計算

a.法人の規模などに応じて適用される法人税率に格差があるが、その取扱いについてどう考えるか。また、連結グループに対して適用する税率について、どう考えるか。

b.法人の規模を基準とした各種の税額控除制度の取扱いについて、どう考えるか。

c.地方税と一体で制度設計されている外国税額控除の取扱いについて、どう考えるか。

d.土地譲渡益追加課税や同族会社の留保金課税の取扱いについて、どう考えるか。

(ト) 加入・離脱の場合の課税関係の継続

連結グループへの加入・離脱があった場合、課税関係の継続性をどのように図っていくか。例えば、欠損金の取扱いなど、単体課税の体系と企業集団課税の体系との間の整合性を確保する必要があるのではないか。

ニ.租税回避行為の問題

連結グループへの加入・離脱や欠損金などを利用した租税回避行為の問題に対し、どのように対応するか。

ホ.税収減の問題

連結納税制度を導入すれば、赤字法人の割合が高いというわが国の状況に照らせば、大きな税収減が生じるものと考えられるが、この税収減の問題について、どのように対応するか。アメリカの連結付加税を参考とすることが考えられるか。

ヘ.他の税との関連

連結納税制度を導入すれば、その具体的仕組みいかんにもよるが、関連して法人住民税などについても検討すべき点が出てくるのか、必要に応じ考えるべきではないか。

ト.地方税の問題

(イ) 地方税収全体の減少や個々の地方公共団体の税収変動、地方公共団体ごとの受益に応じた税源帰属などの問題について、どのように考えるか。

(ロ) 法人事業税については、外形標準課税の導入の議論を前提に考えるべきではないか。

(参考2)アメリカ・フランスにおける連結納税制度の概要

イ.アメリカの連結納税制度

(イ) 連結申告の選択

a.連結グループは、そのグループを構成するすべての法人の同意を条件に、個別申告に代えて、連結納税申告を選択できる。

b.連結納税申告を選択した場合には、その取止めについて、内国歳入庁長官の承認を受けた場合を除き、継続して連結納税申告を行う必要がある。

(ロ) 連結グループの範囲

a.連結グループは、株式所有関係を通じた親会社と子会社により構成される。

親会社:企業グループ内の一社以上の法人の議決権株式及び株価総額の80%以上を直接保有している法人。

子会社:企業グループ内の他の一社以上の法人により議決権株式及び株価総額の80%以上を保有されている法人。ただし、連結グループから離脱した法人は、その後5年間は同一連結グループの子会社となることはできない。

b.外国法人は、原則として、親会社・子会社から除かれる。

(ハ) 連結課税所得及び連結税額の計算

単体所得について、内部取引に係る損益の繰延べなどの連結調整を行った上で、連結課税所得及び連結税額を計算する。

(ニ) 連結納税申告書の提出及び連結税額の納付

a.連結グループの親会社は、連結納税申告書を提出し、連結税額を納付する。

b.連結納税申告に係る納税の義務は、連結グループの親会社及び子会社がそれぞれ負うが、親会社は自らの義務の履行と子会社の代理人たる地位に基づく子会社の義務の履行として、これらの行為を行う。

(ホ) 事業年度

子会社の事業年度は、親会社の事業年度に合わせる必要がある。

(ヘ) 連結課税所得計算上の特有な取扱い

a.内部取引の取扱い

連結グループ内法人に対する資産の譲渡など一定の連結グループ内の取引に係る損益については、その資産が連結グループ外へ譲渡される時まで、売り手側において繰り延べられる。

b.欠損金の取扱い

連結納税制度においては、連結グループ内の法人の欠損金を他の法人の所得から控除することができるが、その法人の連結グループ加入前に生じた欠損金については、次のような制限がある。

(a) SRLY(Separate Return Limitation Year)ルール

子会社の連結グループ加入前に生じた欠損金について、連結納税申告における繰越控除の対象金額は、その子会社の連結申告年度における累積の課税所得の額までに制限される。

(b) 株主持分が著しく変動した場合の繰越欠損金の控除の制限措置

欠損法人の株主持分に著しい変動(3年間に、5%以上の持分を有する株主の持分が50%ポイント超増加)が生じた場合には、その繰越欠損金に係る各年度の控除限度額は、その欠損法人の持分変動前の株式の時価の一定額に制限される(注:連結に特有な制度ではなく、一般的措置。)。

c.資産の含み損の取扱い

子会社が連結グループ加入時に有していた資産に含み損がある場合において、加入後にその含み損が実現した時は、上記bと同様の制限措置が適用される。

d.子会社株式の帳簿価額の修正(投資修正)

子会社株式の帳簿価額について、その子会社の所得金額又は欠損金額を加算又は減算する修正を行う。

e.子会社株式の譲渡損の否認

連結グループ内の法人が譲渡した連結子会社株式に係る譲渡損については、原則として、損金に算入しない。これは、投資修正によって増額された子会社株式の帳簿価額が譲渡原価となることによって、一旦、連結課税所得として取り込んだ子会社の利益が相殺されてしまうことを防ぐ趣旨で講じられた措置とされている。

ロ.フランスの連結納税制度

(イ) 連結納税申告の選択

a.連結グループの親会社と子会社は、個別納税申告に代えて連結納税申告を選択することができる。

b.連結納税申告の選択は5年間有効とされ、更新も認められる。

(ロ) 連結グループの範囲

a.連結グループは、株式所有関係を通じた親会社と子会社により構成される。

親会社:他の法人によって直接又は間接に発行済株式(議決権及び配当権のあるもの)の95%以上を保有されていない法人。

子会社:親会社によって直接又は間接に発行済株式(同上)の95%以上を保有されている法人で、連結納税申告の対象法人となることに同意したもの。なお、子会社は、連結納税申告の選択後に任意に離脱できる。

b.外国法人は、親会社・子会社から除かれる。

(ハ) 連結課税所得及び連結税額の計算

単体所得について、固定資産の内部取引に係る損益の繰延べなどの連結調整を行った上で、連結課税所得及び連結税額を計算する。連結グループ加入前の欠損金の控除については、連結所得からは控除できないなど、一定の制限を受ける。

(ニ) 連結納税申告書の提出及び連結税額の納付

a.連結納税申告書の提出及び連結税額の納付については、親会社が義務を負う。

b.連結グループの各法人は、原則として、一般規定に従って計算した所得金額などを記載した個別申告書を提出する。連結税額が未納の場合、連結グループ内の子会社は、個別申告を行った場合に計算される当該法人に係る税額相当額を限度として納付の責任を負う。

c.連結税額は、連結グループ内の契約により配分される。ただし、子会社に対する配分税額が過少であるときは、資金的な援助と認識し、その子会社が連結グループを離脱するなどの場合、前5年間の援助額を親会社の所得に加算することとされている。

(ホ) 事業年度等

a.親会社と子会社の事業年度は、同一でなければならない。

b.アメリカの連結納税制度における投資修正(子会社株式の帳簿価額について、その子会社の所得金額又は欠損金額を加算又は減算する修正を行うもの。)のような措置は講じられていない。

(6) 公益法人等

現行法人税法は、財団法人、社団法人、宗教法人、社会福祉法人、学校法人などの公益法人等、人格のない社団等、NPO法人などについては、その営む事業が一般法人の営む事業と競合する場合については、課税の公平性・中立性の観点から、その収益事業から生じた所得に対しては法人税を課税することとしています。現在、収益事業として物品販売業、請負業をはじめ33の事業が定められていますが、近年公益法人等の各種団体の行う事業内容が次第に拡大し、かつ多様化してきている中で、民間企業が行う事業内容との間に大きな違いがなくなってきているのではないかと考えられます。

したがって、現在収益事業とされていない事業であっても民間企業と競合するものについては、これを随時収益事業の範囲に追加していくことが適当です。しかし、そうした対応に限界があるとすれば、公益法人等が対価を得て行う事業については、原則として課税対象とし、一定の要件に該当する事業は課税しないこととするといった見直しなどを行うことも考えられます。いずれにしても、公益法人等が行っている事業には様々なものがあることから、公益法人課税についての見直しを行う場合には、まず、その実態を十分把握する必要があります。

また、本来収益事業に該当する事業であっても、特定の公益法人等が営む一定の事業については、その法的位置付けなどに着目して、課税の対象とされていないものがあります。しかし、課税の公平・中立の観点からは収益事業課税の原則に則ることが適当であり、この制度については、一般法人の営む事業との競合の実態などを踏まえ、そのあり方について検討していくことが必要ではないかとの意見があります。

公益法人等の利子・配当などの金融資産収益については、収益事業に属するものを除き、法人税が非課税とされています。金融資産収益については、会費や寄附金収入とは異なり、公益法人等の段階で新たに発生した所得であって経済的価値においては現在収益事業とされている金銭貸付業から生じた所得と同じであることなどから、公益法人等に対しても一定の税負担を求めてもよいのではないかとの指摘もあります。

なお、一部の公益法人等の活動について批判がなされることがありますが、当調査会としては、公益法人等が課税上の特典を享受していることを十分自覚するとともに、主務官庁が適時適切にその業務運営などの適正化を図ることを強く期待します。

(注)公益法人等に対する課税については、近年の税制改正において、収益事業課税の適正化の観点から、収支報告書制度の導入や寄附金の損金算入限度額の特例に係る限度額の引下げが行われています。

(7) NPO法人

近年、ボランティア活動・非営利活動の重要性についての認識が高まってきたことなどを踏まえ、平成10年3月にNPO法(特定非営利活動促進法)が成立しました。同法は同年12月に施行され、その附則などにおいて、税制を含めた制度全体の見直しを早期に行うこととされています。

NPO法人は、非営利活動の担い手の一つとして、21世紀に向けて活力のある経済社会を構築していく上で今後その役割を果たしていくことが期待されています。

現在、NPO法による法人格の取得が進み、またNPO法人としての事業初年度を終えたものも出てきており、今後、まずはその活動の内容や業務運営などの実態を十分見極めていく必要があります。

NPO法人制度は、そもそも公の関与からなるべく自由を確保するという制度となっています。NPO法では、行政の裁量を極力排する観点から、申請内容が形式的な要件を満たす場合には、所轄庁は申請団体をNPO法人として認証しなければならないこととされています。一方、税制上の優遇措置を設ける場合については、課税の公平を確保するため相当の公益性を担保する必要があり、それを判断する基準と仕組みが必要です。諸外国においてもそうした基準や仕組みが備わっています。

例えば、アメリカやイギリスでもNPO法人と同様の非営利団体に対する税制上の優遇措置が講じられていますが、その対象となる団体については、法令などにおいて、その行う事業が慈善・科学・教育などを目的とすることや収入金額のうち一定割合以上の寄附を受けていること、本来目的の活動に実質的にすべての所得が充てられること、活動内容や寄附金、役員に関する詳細な情報を公開することといった様々な基準が定められており、さらに、政治活動、内部関係者との取引や役員の報酬などに厳しい規制が設けられています。また、このような基準に基づいて、アメリカでは内国歳入庁(IRS)が、イギリスではチャリティ委員会が内国歳入庁(IR)などと協議しつつ、審査を行っています。

また、NPO法人に関する税制の問題は、NPO法人制度や公益法人制度のあり方、寄附金税制のあり方、さらには補助金制度のあり方などにも関連する問題であることに留意しなければなりません。

NPO法人に関する税制上の措置については、その実態を見極めた上で、相当の公益性を担保するための基準や仕組みをどのようにするかを含め、広範な観点からその検討を進めていかなければなりません。

(8) その他の課題
1) 多様な事業体に対する課税のあり方

金融システムの改革が進められる中で、資産の流動化や金融商品の多様化を図る観点から、特定目的会社(SPC)や投資法人(旧証券投資法人)といった法人が創出されました。

これらの法人に対しては、他の法人と同様に法人税が課されることになります。しかし、その機能は、投資家と投資先を結び付ける言わば「導管」にすぎないものであることから、その事業年度に係る利益の配当の支払額が配当可能利益の90%を超えることなど、導管としての実態が確保される場合には、支払配当を損金算入することとして、その部分については実質的に法人課税を行わないこととしています。

また、平成12年度においていわゆるSPC法などの改正により創設された特定目的信託及び投資信託は、SPCが行う資産の流動化や投資法人が行う資産の運用を新たに信託スキームにも認めるものです。信託については、これまで法人税の課税対象ではありませんでしたが、これらの信託は、SPC及び投資法人と同様の経済的意義を有するものであることから、原則として法人税の課税対象とすることとし、SPC及び投資法人と同様に導管としての実態が確保される場合には、分配した利益を損金算入することとされました。

このように、金融商品の組成に関する横断的な集団投資スキームの法制度の整備が行われる中で、それぞれの事業体の実質的な事業内容などを踏まえた税制上の措置が講じられてきていますが、これらの取扱いは、民法、商法、その他の私法において規定される「法人」を、法人税の課税対象とするというこれまでの取扱いとは異なるものとなっています。

さらに、近年、外国で設立されるパートナーシップやリミテッド・ライアビリティー・カンパニー(LLC)といったわが国には制度のない外国の事業体が、わが国で事業活動を行ったり、逆に、わが国企業がこうした外国の事業体に投資する例も増加してきています。後に「五 国際課税」でも述べますが、これらのわが国に制度のない事業体に対する課税のあり方も、今後検討する必要が生じてきています。

今後も投資や事業の主体が多様化していくことが予想されますが、法人税の課税対象となる事業体が、法人格の有無により決定されるというこれまでの取扱いについては再検討する必要があり、その事業や投資活動の内容、経済的意義、法的性格などを踏まえ、適切な課税を確保する観点から、その課税のあり方について検討する必要があります。

2) 赤字法人

法人税の申告状況を見ると、赤字申告法人が全法人に占める割合は、昭和50年代から5割前後となっていました。この割合は、いわゆるバブルの崩壊後上昇してきており、平成10年分の税務統計では、赤字申告法人は法人全体のうちの約67%を占めています。また、法人全体に占める赤字申告法人を法人の規模別に見ると、資本金1億円以下の中小法人ではその約68%が赤字申告法人となっているのに対し、資本金1億円超の大法人では赤字申告法人の割合は約46%となっています。

赤字申告法人となっている理由には様々なものがあると考えられます。近年の景気の影響等により赤字申告となっている法人が多いと思われますが、企業経営者による私的経費の法人経費化などにより赤字となっているものも含まれ得ることが指摘されています。

赤字法人の問題については、まずは執行面での対応が重要ですが、税制面においても、赤字法人となっている実態を十分見極めた上で、幅広い観点から検討を行っていくことが必要です。

(参考)同族会社の課税制度

同族会社については、少数の株主が意思決定権を有するため、法人の所得を役員報酬などを通じて分割することや、所得を会社に留保することによって所得税の累進税率を回避することが可能となるといったことが指摘されています。

このような問題に対応して、現行税制上、同族会社の行為計算の否認規定や留保金課税の制度が設けられています。同族会社の行為計算の否認規定は、同族会社の法人税負担を不当に減少させるような行為や計算が行われた場合、それを修正して適正な課税を行うものです。また、留保金課税制度は、同族会社に対して通常の法人税のほか、一定額を超える内部留保に対して追加的な課税を行うことにより、間接的に配当支出の誘因としての機能を果たしつつ、法人形態と個人形態における税負担の差を調整しようとするものであり、現行の法人税と個人所得課税の基本的仕組みを前提とする以上、今後とも必要な制度です。

2.法人事業税

(1) 法人事業税の概要
1) 法人事業税の性格

地方公共団体が供給する行政サービスは、法人の事業活動に様々な形で寄与しています。その受益を定量的に捉えることは難しいことですが、企業に対する直接のサービスのみならず、福祉、教育、環境保全、産業・都市基盤整備、警察や消防・防災など、極めて広範に及んでいます。

法人事業税は、法人が行う事業そのものに課される税であり、法人がその事業活動を行うに当たっては地方公共団体の各種の行政サービスの提供を受けていることから、これに必要な経費を分担すべきであるという考え方に基づいて課税されるものです。昭和24年のシャウプ勧告においても、「事業及び労働者がその地方に存在するために必要となってくる都道府県施策の経費」を負担する税とされています。法人事業税の負担額が法人所得計算において損金に算入されていることも、こうした法人事業税の性格を反映したものです。

このように、法人事業税は、法人に対し、その企業活動により得られる利益を基礎にして税負担を求める法人税とは、課税の根拠、課税客体などを異にしているものです。

現在、法人事業税は、都道府県の税収に対し24%を占めており(平成12年度地方財政計画ベース。なお、昭和35、36年度には50%)、昭和23年に創設されて以来、都道府県の基幹税目として一貫して重要な地位を占めています。

2) 法人事業税の課税の仕組み

イ.法人事業税の課税標準

法人事業税は、法人の事業活動と地方の行政サービスとの幅広い受益関係に着目して事業に対して課される税であることから、その課税標準は、法人の事業活動の規模をできるだけ適切に表すものであることが望ましいと考えられます。こうした観点などから、電気供給業、ガス供給業、生命保険業及び損害保険業にあっては、これらの業の事業活動の規模を適切に表すものとして各事業年度の収入金額が課税標準とされています。しかしながら、その他の事業にあっては、各事業年度の所得及び清算所得によることとなっています。

ただし、事業税のうち所得及び清算所得を課税標準としているものについては、地方税法第72条の19の規定により、事業の情況に応じ、資本金額、売上金額、家屋の床面積又は価格、土地の地積又は価格、従業員数等の外形基準を課税標準として用いることができるものとされています。この規定は、原則として所得及び清算所得を課税標準としている事業税の現状を踏まえつつ、事業活動と地方公共団体の行政サービスとの応益関係に着目して事業に課される税であるという事業税の本来の性格に鑑み、外形基準である収入金額を課税標準としている事業以外の事業についても、一定の場合に外形基準を課税標準として用いることができる途を開いているものです。

なお、法人事業税の課税標準である所得は、原則としては法人税の課税標準である所得の計算の例によって算定することとなっていますが、必ずしも法人税の所得と一致するものではありません。例えば、法人税においては、内国法人について、国外に源泉のある所得があるときでも、これを国内に源泉のある所得と区分しないで各事業年度の所得に対して課税される制度となっていますが、法人事業税については、地方公共団体の提供する各種の行政サービスと事業活動との受益関係に着目し、地方公共団体の経費の負担を求めるという性格を有することから、国内における所得のみを課税対象とし、外国における所得を課税対象としていないなど、所得計算に当たって法人税の例によらないものがあります。

ロ.分割基準

事業を行う法人の事務所等が二以上の都道府県に所在するときは、それら複数の都道府県が課税権を有することとなるため、当該法人の課税標準である各事業年度の所得及び清算所得又は収入金額を一定基準に従って事務所等の所在する都道府県に分割し、その分割された課税標準について各都道府県が課税権を行使することとされています。この分割の基準となるものを分割基準と言います。

この分割基準については、事業税の課税の根拠が応益原則にあることから、

  • 各都道府県内における事業の規模、活動量などを的確に表すものであること
  • 税務実務上できるだけ単純かつ明確であること

との考え方により設定されています。

ハ.申告・調査

法人事業税の徴収は、申告納付の方法によるものとされています。

申告納付は、一般的に、納税者がその納付すべき租税の課税標準及び税額を自ら計算して申告するとともに、その申告した税額を納付することになりますが、その申告の内容が正当でない場合においては、調査により、税務行政庁がその課税標準及び税額を更正します。また、納税者が申告すべきであるにもかかわらず、これをしなかった場合においては、税務行政庁がその課税標準及び税額を決定することができるものとされています。

しかしながら、法人事業税において課税標準を所得としている法人については、その所得の計算は原則として法人税の所得の計算の例によっているので、納税者が二重の調査を受けるはんさを避けることにより税務行政の簡素化を図る観点から、法人事業税の更正又は決定は、法人税の課税標準を基準として行わなければならないこととされています。したがって、法人税の課税標準について更正又は決定が行われないときは、地方税法第72条の40の規定により、法人税について更正又は決定を行うよう税務官署へ請求することができることとされていることから、都道府県知事において自ら調査したところに基づいて直ちに法人事業税の更正又は決定をすることはできない制度となっています。

(参考)法人事業税の沿革等

事業税の前身である営業税は、明治11年(1878年)に、課税客体を諸会社及び卸売業、諸仲買商、並びに諸小売商及び雑商とする府県税として創設され、明治15年(1882年)には、商業のみならず、広く商工業一般に賦課されることとなりました。明治29年(1896年)に、営業税は地方税から国税に移管され、資本金額等の外形基準によって課されることとなり、府県は、国税としての営業税に付加税を課するとともに、国税の営業税の課税対象とされない小営業に対して、府県税としての営業税を課することとされました。大正15年(1926年)には、営業税が廃止され、純益を課税標準とする営業収益税が創設され、府県は、この営業収益税に対して付加税を課するとともに、営業収益税の課税対象とされない業種及び営業収益税の免税点以下の小売業に対して、営業の純益、収入金額、営業用建物の賃貸価格など外形基準を課税標準とする地方税としての営業税を課することとされました。昭和15年に、営業収益税と営業税は統合され、新たに営業の純益を課税標準とする国税としての営業税が創設されました。

昭和22年に、営業税は国税から移譲され、再び道府県の独立税として、法人及び個人の営業に対し、それぞれ、純益又は営業収益を課税標準として課税することとされました。昭和23年に営業税はその名称を事業税と改められ、新たに個人の農林業、水産業などの原始産業を課税対象に加えるとともに、別に特別所得税を新設し、自由業などを課税するものとされました。

昭和24年の第一次シャウプ勧告において、事業税の課税標準については、「原料等、他の事業から購入したものの価値に、その企業が附加したところの額である」と述べられ、事業税の課税標準を事業の所得によるのではなく、附加価値を採用すべきである旨勧告されました。この勧告を踏まえ、昭和25年に、事業税及び特別所得税に代え、道府県税の主柱として附加価値税が創設されました。この附加価値税の課税標準は、事業の総売上から特定の支出金額を控除した金額とされました。その後、昭和25年の第二次シャウプ勧告を受け、昭和26年に附加価値税の課税標準での加算法の選択的採用などが含まれた地方税法の一部改正がなされ、青色申告の提出を認められている法人については、課税標準を各事業年度の所得並びに当該事業年度中において支払うべき給与、利子、地代及び家賃の額の合計額とする加算法も選択できることになりました。なお、加算法によって課税標準を計算する場合における各事業年度の所得の計算は、原則として法人税法の規定による各事業年度の所得の計算の例によるものとし、給与、地代、家賃及び利子の額は、所得計算上損金に算入されるべきものに限るとされました。しかし、この附加価値税については法律は制定されたにもかかわらず、暫定的に実施を延長した後に、社会経済事情の推移や世論の動向などがその実施を許さず、結局、実施されないままに昭和29年に廃止され、それまで暫定的に存続されていた従来の事業税と特別所得税が統合され現行の事業税となりました。

しかしながら、専ら所得を課税標準とする現行の事業税のあり方については、事業税本来の性格などからその改革の必要性が当調査会などにおいて指摘されてきているところです。

(2) 法人事業税の現状
1) 負担の水準と税収規模

イ.法人事業税の税率

法人事業税の税率は、収入金額を課税標準とする法人と所得金額を課税標準とする法人とに区分され、標準税率は、

  • 収入金額を課税標準とする法人については、1.3%の税率
  • 所得金額を課税標準とする普通法人について、所得のうち年800万円を超える金額及び清算所得については9.6%の税率(基本税率)。ただし、所得のうち年400万円を超え800万円以下の金額については7.3%、所得のうち年400万円以下の金額については5%の軽減税率

が適用されます。なお、都道府県は標準税率を超える税率で事業税を課する場合には、その標準税率にそれぞれ1.1を乗じて得た率を超えない税率で課することができることとなっています。

このように、所得金額を課税標準とする法人のうち、普通法人の所得のうち年800万円以下の金額については軽減税率が適用されていますが、本来法人事業税が受益に応じた税負担であるという観点からは、累進税率ではなく比例税率とするのが適当であると考えられます。この軽減税率は、中小法人は事実上担税力が少ないこと、中小企業対策として税負担を軽減する必要があることに基づくものであるとされていますが、大法人であっても年800万円以下の金額に基づいて適用されることとなっており、この点、中小企業対策として適切なものかどうか、こうした観点からも検討を行うことが必要であると考えます。

なお、基本税率については昭和25年以降改正されることがありませんでしたが、平成10年度税制改正においては標準税率の引下げと軽減税率の適用範囲の拡大を、平成11年度税制改正においては、恒久的な減税としての標準税率の引下げをそれぞれ行っています。

(参考)平成10年度、平成11年度の税制改正について

法人課税については、平成10年度税制改正において、経済活動に対する税の中立性を高めることにより、企業活力と国際競争力を維持する観点から、課税ベースの大幅な見直しが行われるとともに、法人税の基本税率が37.5%から34.5%に、法人事業税の基本税率が12%から11%にそれぞれ引き下げられました。

平成11年度税制改正においては、景気情勢に鑑み、わが国企業が国際競争力を十分に発揮できるようにする観点から、法人税の基本税率を34.5%から30%に引き下げるとともに、法人事業税についても標準税率が引き下げられ、年400万円以下の所得は5.6%から5%に、年400万円超800万円以下の所得は8.4%から7.3%に、年800万円超の所得及び清算所得は11%から9.6%とされました。

ロ.法人事業税の税収規模

法人事業税は都道府県の基幹税目ですが、法人事業税の税収を見ると、ピーク時には約6兆5千億円(平成3年度決算額)ありましたが、平成10年度(決算額)では約4兆2千億円、さらに、平成12年度(地方財政計画計上額)では約3兆7千億円まで減少しており、特に、大都市地域を抱える都道府県において、非常に大きな減少幅となっています。法人事業税の税収が都道府県税収に占める割合も、平成元年度には43%であったものが、平成10年度には27.5%に、平成12年度(地方財政計画計上額)では24.0%にまで低下しています。

法人事業税は、現在、原則として法人の所得を課税標準としていることから、景気変動の影響を受けやすく、税収の変動幅が大きくなっています。過去の推移を見ても、法人事業税収は前年度と比べて大きく増加したり、減少したりしており、都道府県の歳出総額が比較的安定的に推移しているのに対し、その変動幅の大きさは特徴的になっています。

法人事業税は都道府県の基幹税目であるため、この税収の不安定性が、都道府県の財政運営に大きく影響しているといえます。

2) 課税の概況

わが国の法人の状況を見ると、約3分の2にも及ぶ法人が欠損法人となっており、法人事業税を負担していない状況にあります。

事業活動を行っている法人は、その事業活動の規模に応じて地方の行政サービスから一定の受益を得ているものと考えられますが、事業税のこうした負担の状況は、事業税の性格も踏まえれば、負担の公平という点から見て適当でないと考えられます。

(参考)法人住民税について

地方の法人課税としては、法人事業税以外に法人住民税があります。

法人住民税は、地域社会の費用について、その構成員である法人にも個人と同様幅広く負担を求めるために課される税です。

法人住民税とは、道府県民税と市町村民税における法人課税の総称であり、個人住民税の均等割と所得割に対応するように、均等割と法人税割によって構成されています。具体的には、法人の道府県民税は、資本等の金額に応じて定額で課される均等割と原則的に法人税額を課税標準として課される法人税割(標準税率5.0%)によって構成されています。また、法人の市町村民税については、資本等の金額と従業者数に応じて定額で課される均等割と原則的に法人税額を課税標準として課される法人税割(標準税率12.3%)によって構成されています。

法人住民税の主な沿革は、次のとおりです。現行の市町村民税は、昭和24年の第一次シャウプ勧告を踏まえ、昭和25年に創設されましたが、その際、個人については所得割と均等割を課し、法人については、法人は株主たる個人の事業活動、営利追求のための手段に過ぎず、その所得は個人の所得に帰属するとの同勧告に基づいて、均等割のみの課税とされました。しかしながら、昭和25年の第二次シャウプ勧告の指摘を踏まえ、従来、均等割のみの課税とされていた法人に対して、法人税額を課税標準とする法人税割が課されることになりました。その後、道府県に負担分任性のある税目を欠いていることなどの理由により、昭和29年に、市町村民税の一部を割いて市町村民税と同様に均等割、所得割、法人税割により構成される道府県民税が創設されました。

現在、法人の道府県民税の税収は、平成12年度地方財政計画ベースで約6千5百億円(うち、均等割が約1千3百億円、法人税割が約5千2百億円)となっており、また、法人の市町村民税の税収は、約1兆8千億円(うち、均等割が約4千億円、法人税割が約1兆4千億円)となっており、地方税において基幹税目として位置付けられています。

このように、法人住民税は、住民たる法人に対して負担分任の観点から税負担を求める基幹税目ですが、法人税及び法人事業税とは、課税の根拠、税の性格、課税客体、さらには課税団体も異なっており、このことに留意することが必要です。

(3) 法人事業税の課題
1) 税収の不安定性

地方公共団体は、福祉、教育、環境保全、産業・都市基盤整備、警察や消防・防災など、幅広い行政サービスを供給しています。地域における住民の日常生活や産業活動を支える地方公共団体の行政サービスは安定的に供給される必要があり、その財源の根幹をなす地方税は、できる限り、安定的で税収の変動が少ないものであることが求められます。

しかし、現行の都道府県の税制は、法人所得に対する課税が大きなウェイトを占めているため、経済情勢の影響を受けやすく、特にバブル経済崩壊以降は、極めて不安定な状況が続いています。

こうしたことから、都道府県の最大の税目である法人事業税に外形標準課税を導入し、応益課税としての事業税の性格を明確にするとともに、都道府県税収の安定化を図ることが重要な課題となっています。

2) 経済の活性化、経済構造改革の促進

経済のグローバル化、ボーダレス化が進む中で、国際的な競争が激しくなるに伴い、我が国の経済構造を改革して、国際競争力を強化し、活力ある社会を築いていくことが重要な課題となっています。そのためには、企業が努力し、利益をあげる意欲を阻害しないような環境を整えることにより、経済の活性化を促すことが重要です。

法人事業税への外形標準課税の導入を図り、薄く広く税負担を分担する仕組みに改革していくことは、企業の努力の成果としての所得に集中的に税負担がかからないこととなり、企業経営の効率化や収益性の向上につながるため、こうした経済構造改革にも資するものと考えます。

同時に、地方公共団体においては、産業基盤の整備などによって産業の振興を図るための行政サービスのみでなく、地域経済の振興を目指して、地域における生活機能、環境、文化など固有の地域資源を活かしながら地域に根ざした多様な経済活動の活性化を図るための行政サービスの提供に取り組んでいくことに重点が移りつつあります。その意味で、地方公共団体が、産業の振興のみならず、人的サービスなどの多様な行政サービスを提供し、地域の経済活動の活性化を図り、その成果(経済活動量の増加)に応じて安定的に税収が増加するという関係を築くことが望ましいところです。

この点からも、地域での経済活動量に応じて課税する仕組みである外形標準課税の導入が望まれています。

なお、外形標準課税の導入については、雇用・投資などに影響を与え、経済の活性化を妨げることもあるのではないか、また、法人の負担能力という点から慎重に考えるべきではないか、という意見がありました。

法人事業税への外形標準課税の導入については、現行の地方税法が制定されて以来、税収の安定化、応益課税としての税の性格の明確化、税負担の公平化などの観点から長い間検討が続けられてきていますが、近年、その検討の必要性が特に高まっています。

(4) 法人事業税への外形標準課税の導入
1) 外形標準課税の導入

イ.これまでの検討経緯

昭和25年に法定化された附加価値税が昭和29年に施行されないまま廃止された後、当調査会においても、事業の規模ないし活動量あるいは収益活動を通じて実現される担税力を所得以外の何らかの基準によって把握して事業税を課税すべきとの観点から、外形標準課税の検討が積み重ねられてきました。具体的には、昭和39年12月の「今後における我が国の社会、経済の進展に即応する基本的な租税制度のあり方についての答申」や、昭和43年7月の「長期税制のあり方についての答申」、平成8年11月の法人課税小委員会報告などにおいて、加算法による所得型付加価値を課税標準として用いることを中心として検討を行ってきました。

この間、地方公共団体においても、外形標準課税の導入が検討され、昭和52年には全国知事会において、地方税法第72条の19に基づき、各都道府県の条例によって、加算法による所得型付加価値を外形基準とし、既存の所得基準と併用する形で外形標準課税を実施する案が提示されています。

当調査会では、「平成10年度の税制改正に関する答申」において、「地方の法人課税については、平成10年度において、事業税の外形標準課税の課題を中心に総合的な検討を進めることが必要」とし、これを受けて平成10年4月に地方法人課税小委員会を設置し、専門的、理論的な検討を行ってきました。平成11年7月には、地方法人課税に係る改革の必要性や外形標準課税の意義を整理した上で、外形標準課税を導入する場合に望ましいと考えられる外形基準や課税の仕組みのあり方、さらに、改革に伴う諸課題について、同小委員会が報告を取りまとめました。

その後、総会での議論を踏まえ、平成11年12月の「平成12年度の税制改正に関する答申」においては、「地方税のあり方として望ましい方向の改革であり、景気の状況等を踏まえつつ、できるだけ早期にその導入を図ることが望ましいと考えます。そのため、望ましい外形基準として、小委員会報告に示された四つの類型(事業活動価値(仮称)、給与総額、物的基準と人的基準の組合せ、資本等の金額)を中心に、具体的な課税の仕組みや外形標準課税の導入に伴う税負担の変動、中小法人の取扱い、雇用への配慮、適切な経過措置など導入に当たっての諸課題等について、当調査会として、引き続き、導入に向けた具体的な検討を進めていく」とされました。

ロ.諸外国の状況

諸外国においても、地方公共団体の行政サービスに対する費用をサービスの受益者となる企業が分担するという考え方の下、地方公共団体が所得以外の基準によって法人課税を行っている例があります。

アメリカについては、例えば、ミシガン州においては、利潤、賃金、純支払利子、減価償却費の外形基準を課税標準とした単一事業税が課税されています(単一事業税については、ミシガン州における景気好況による財政余剰の発生に伴い、2.3%の税率を毎年0.1%ずつ引き下げることとする法律が1999年(平成11年)に成立しているところです。なお、減税政策の性格上、財政調整基金が2億5,000万ドルを下回る年の翌年はこの税率引下げ措置は停止することとなっています。)。このほか、ニューハンプシャー州の企業事業税など、州レベルで外形標準課税を実施している例があり、これら以外の州においても新たに導入を検討している州があります。

ドイツにおいては、営業収益及び営業資本に課税する営業税、フランスにおいては、給与総額及び資産価値に課税する職業税、オーストリアにおいては、給与総額に課税する賃金総額税があります。

このうち、ドイツ営業税やフランス職業税については、近年、見直しが行われていますが、この点については、ドイツにおいては、法人所得に対する実効税率がそもそも国際水準に比して高い上に営業資本税が課税されていましたが、旧東独地域に営業資本税が課税されていなかったことを踏まえ、営業税の大宗を占める営業収益税は存続させた上で、1998年(平成10年)に営業資本税を廃止したものです。また、フランスにおいては、長引く失業問題に対応するための週35時間労働制の導入を契機に、給与総額に課税する部分について2003年(平成15年)に廃止する予定で段階的縮減が進められておりますが、職業税の重要な部分を占める資産価値に対する課税は継続しています。

一方、イタリアにおいては、地方分権を推進するため独自の地方税源を付与する観点、中小企業における負債依存体質を改善し自己資本比率を高め経済構造改革を進めるという観点、税制を簡素化するという観点などから、1998年(平成10年)に州生産活動税が創設され、新たな外形標準課税として実施されています。

このように、外形標準課税をめぐる動向については、各国それぞれ固有の事情によって異なっています。また、こうした各国における課税標準のあり方などについても、非常に多様です。これは、各国ごとに、それぞれの社会経済や歴史などを背景として作り上げられたものです。したがって、我が国においても、これまでの経緯や地方公共団体の役割などを踏まえて、我が国の実情にふさわしい外形標準課税のあり方を検討することが適当です。

2) 外形標準課税の意義

イ.地方分権を支える安定的な地方税源の確保

地方公共団体が提供する住民の日常生活や産業活動を支える幅広い行政サービスは安定的に供給されることが必要であり、地方公共団体の自主財源の根幹をなす地方税は、できるだけ安定的で、変動の少ない税であることが望まれます。外形標準課税の導入は、税収の安定性を向上させるとともに、地方税としての自主性を高めることとなり、地方分権を支える地方税体系を構築する上で重要な役割を果たすことになると考えます。

また、都道府県においては、自らの課税努力により確保する税目が少ないことから、外形標準課税の導入は、実質的な意味でも都道府県独自の基幹税を持つことにつながり、地方自治のあり方として望ましいものであると考えます。

なお、応益課税の負担を求めるという観点からは、地方公共団体は、より一層の情報公開と説明努力を必要とすることから、外形標準課税の導入は、責任のある地方自治の構築に資するという指摘もなされています。

ロ.応益課税としての税の性格の明確化

法人事業税本来の性格を踏まえれば、その課税標準は、法人の事業活動の規模をできるだけ適切に表すものであることが望ましいところです。

しかしながら、現行の法人事業税は、原則として法人の所得を課税標準としているため、事業活動の規模との関係が適切に反映されず、本来の応益課税の性格から見て、望ましいあり方になっていないところです。

法人事業税への外形標準課税の導入は、事業税本来の性格の明確化を図るという観点からも、大きな意義を有する改革になるものと考えます。

ハ.税負担の公平性の確保

我が国の法人の状況を見ると、約3分の2にも及ぶ法人が欠損法人となっており、法人事業税を負担していない状況にありますが、事業活動を行っている法人は、その事業活動の規模に応じて、地方の行政サービスから一定の受益を得ているものと考えられ、事業税の性格を踏まえれば負担の公平という観点から見て適当でないという指摘があります。また、欠損法人をはじめ、事業活動規模に比して所得が少ない法人は、その事業活動規模にふさわしい事業税を負担しておらず、事業活動規模に比して所得が大きい法人の負担が大きくなっています。また、同一法人でも、特別損益の影響も含めて、年度間での納税額が大きく変動し、事業活動規模を反映したものとなりにくい状況にあります。

外形標準課税の導入により、地方公共団体の行政サービスから受益を得ている法人が、その受益に応じて、薄く広く税負担を分担する仕組みに改革していくことは、税負担の公平の観点からも重要です。

さらに、事業活動規模に応じて税を負担することとなり、応益原則による地方税の負担をより公平に分担する税制の構築につながるものと考えます。

このような観点から外形基準による課税の例外は極力少なくすることが求められます。

ニ.経済の活性化、経済構造改革の促進

外形標準課税の導入は、所得に係る税負担を相対的に緩和することとなり、法人全体で薄く広く税負担を分かち合うこととなります。このため、所得に比例して税負担が増加する現行の所得基準による課税よりも、外形基準による課税の方が、より多くの利益をあげることを目指した事業活動を促し、企業経営の効率化や収益性の向上に資するものと考えられます。したがって、その導入は、そのような効果を通じて、経済の活性化、経済構造改革の促進に資することが期待できます。なお、外形基準の採り方によっては、経済の活性化を妨げるのではないかという意見もありました。

また、外形標準課税により税負担が薄く広く、かつ、安定的なものとなることは、企業にとって計画的な経営を行いやすくする面もあるのではないかと考えられます。

3) 望ましい外形基準のあり方

イ.外形基準の四つの類型の特徴等

当調査会としては、平成11年7月の地方法人課税小委員会報告において「事業活動規模との関係、普遍性、中立性」、「簡素な仕組み、納税事務負担」という観点から望ましいとされた四つの外形基準について、さらに同小委員会を中心に各外形基準の課税の仕組みについて検討を行うとともに([補論1]参照)、それぞれの特徴等を整理しました。

(イ) 事業活動価値

a.法人の事業活動の規模は、その事業活動によって生み出された価値の大きさという形で把握することが可能と考えられます。

事業活動によって生み出された価値の算定については、生産要素である労働、資本財及び土地等への対価として支払われたものが当該価値を構成すると考えられることから、法人の各事業年度における利潤に、給与総額、支払利子及び賃借料を加え、通算することによって行うことができます(この方式によって算定したものを以下「事業活動価値」(仮称)と言います。)。

b.事業活動価値は、事業活動によって生み出された価値に着目して法人に負担を求める税の課税標準として、法人の人的・物的活動量を客観的かつ公平に示すと同時に、各生産手段の選択に関して中立性が高いものとなると考えられることから、外形基準としては理論的に最も優れていると考えられます。

c.課税ベースが広く、安定的であるため、企業にとっても計画的な経営を行いやすくする面と地方分権を支える安定的な地方税源の確保に資する面を有していると考えられます。

d.事業活動価値については、外形基準を導入した場合に予想される税負担の変動についても、他の基準の場合よりも、業種区分ごとのばらつきが比較的小さくなる傾向があると考えられます。

e.なお、基本的には、法人事業税全体をこれによって課税する仕組みとすべきと考えますが、当面の経過的な措置等として、所得基準による課税と併用することが適当と考えます。

f.事業活動価値については、消費型付加価値を実質的な課税ベースとする消費税・地方消費税が既に存在していることとの関係や、給与総額、支払利子及び賃借料に関する課税標準算定のための納税者や課税庁の事務負担の問題が生じるほか、人材派遣業の活用など企業のアウトソーシングの実態などを踏まえれば、課税標準を割り振らなければならない場合も生じるなど、慎重な検討が必要ではないかとの意見がありました。また、様々な配慮から適用除外などの特例措置が設けられれば、薄く広く税負担を分担するという理念から離れた不公平な税制となるおそれがあるのではないかという意見がありました。これらについては、引き続き留意していくことが必要と考えます。

g.なお、売上高から仕入高を控除する方法により事業活動によって生み出された価値を算定し、これに基づいて課税する仕組みが外形標準課税として考えられるのではないかとの意見がありました。この方法は、制度的に消費者に負担を求める消費課税とならざるを得ないのではないかと考えられ、企業課税としての法人事業税の外形標準課税に含めて検討することはなじまないものと考えます。

このように、事業活動価値は、法人の事業活動の規模を表す外形基準としては、理論的に最も優れていると考えられることから、他の類型において所得基準を併用する場合、事業活動価値に近似するように構成すれば理論的により適切であると考えられます。

(ロ) 給与総額

a.給与総額は、法人の人的活動量を示すこと、事業活動価値のおおむね7割を占め事業活動の規模を相当程度反映していること、実務上の簡便性に優れていることを踏まえ、外形基準として採用することも考えられます。さらに、事業活動規模を適切に反映させるという観点から、給与総額による課税のみでなく、所得基準による課税を併用することが適当と考えられ、この場合に事業活動価値における利潤のウェイトと同じように併用すれば、事業活動価値の簡便な方式とも観念できます。

b.また、事業活動価値に近似する仕組みとしての所得基準の併用の割合を、更に高くした場合には、後述する負担の激変の緩和及び中小法人に対する配慮方策に資するものと考えられます。

(ハ) 物的基準と人的基準の組合せ

a.給与総額は、人的な活動量を中心として事業活動の規模を表す基準ですが、これに、事業活動価値の構成要素である支払利子及び賃借料と一定程度相関性のある物的基準を組み合わせて用いることにより、事業活動の規模を相当程度総合的に表す仕組みとなると考えられます。この場合、両基準の比重を事業活動価値に近似させることにより、理論的には事業活動規模をより適切に表すとの観点から検討すべきであると考えられます。

b.また、物的基準と人的基準の組合せによる課税については、事業活動規模を適切に反映させるという観点から、所得基準による課税を併用することが適当と考えられますが、この場合に事業活動価値における利潤のウェイトと同じように併用すれば、事業活動価値の簡便な方式とも観念できます。

c.また、事業活動価値に近似する仕組みとしての所得基準の併用の割合を、更に高くすることとすると、後述する負担の激変の緩和及び中小法人に対する配慮方策に資するものと考えられます。

(ニ) 資本等の金額

a.資本金に資本積立金を加えた金額(以下「資本等の金額」と言います。)も、法人の規模をある程度表しており、事業活動の規模もある程度示すものであると考えられ、納税・課税事務の負担の少ない簡素な課税の仕組みとして、資本等の金額に着目した仕組みを考えることができます。

b.しかし、法人の事業活動規模を適正に反映させるという観点からは、法人事業税全体をこの形に改革することは現実的ではなく、所得基準による課税や他の外形基準による課税と組み合わせて用いるよう検討すべきであると考えます。

(参考)その他の外形基準

1) 東京都や大阪府において導入される銀行業等に対する外形標準課税の課税標準は、業務粗利益ですが、これは、一般の企業においては、売上総利益に相当するものと考えられます。

2) 売上総利益については、企業会計上の位置付けも明確であることなどから課税標準として活用することも考えられるのではないかという意見もありました。

3) しかし、

  • 事業活動価値の算定に当たっては、現行の法人税の所得計算を活用できますが、売上総利益の算定については、「売上原価」と「販売費及び一般管理費」の区分処理が企業によって異なり、企業会計の慣行を変えざるを得なくなるなどの問題
  • 製造部門と販売部門が分離している場合、原則として、製造部門は売上原価として課税対象から外れることとなり、地方税の応益課税の観点から問題

があるとの指摘がありました。

以上のように、当調査会としては、事業活動価値が理論的に最も優れているとの考え方に留意しつつ、さらに事業活動価値を含めた各外形基準案について、納税・課税事務負担の観点から検討を進めていくことが適当であると考えます。

ロ.その他

(イ) 個人及び収入金額課税法人の取扱い

個人の事業については、事業税の性格に照らして考えれば、本来のあり方としては、法人の事業と同様に扱うべきでありますが、個人の会計処理の面における法人との格差や申告納付制度への移行に伴う事務負担の増加といったことを考慮しつつ、今後、検討すべきものと考えられます。

また、法人事業税においては、現在、電気供給業、ガス供給業、生命保険業及び損害保険業の4業種について、所得基準による課税によっては事業の活動規模を十分に反映できないため、収入金額に基づく外形標準課税が行われています。したがって、これらの業種については、基本的には現行の仕組みを維持することとしますが、今後、具体的な外形標準課税の導入の状況などを踏まえて検討する必要があるのではないかと考えます。

(参考)個人事業税について

個人事業税は、個人の行う第一種事業(物品販売業、製造業などの37業種)、第二種事業(畜産業、水産業、薪炭製造業の3業種)及び第三種事業(医業、弁護士業などの31業種)に対し、前年の不動産所得及び事業所得を課税標準として事務所又は事業所所在の都道府県において、その個人に課するものです。標準税率については、第一種事業について5%、第二種事業について4%、第三種事業については5%(ただし、あん摩、はり、きゅうなどの医業に類する事業などについては3%)となっており、標準税率の1.1倍が制限税率とされています。個人事業税の賦課徴収は、都道府県知事がその課税標準額、税額などを決定し、納税通知書を納税者に交付することによって、納税関係を確定する方法(普通徴収)によって行います。税収規模は、平成12年度地方財政計画ベースで約2,300億円となっています。

個人事業税における課税対象事業のあり方などについては、今後、社会経済情勢の変化に伴い適宜見直しを検討すべきであると考えられます。

(ロ) 税率

外形標準課税に係る税率構造のあり方については、受益に応じた税負担という観点から、基本的に、累進税率ではなく、比例税率とするのが適当です。

また、課税ベースが極めて大きな数値となるため、広い課税ベースに対して低い税率で課税が行われることになるものと考えます。

(ハ) 欠損金の繰越控除制度

法人事業税の課税標準は、税の性格からして、各事業年度における法人の事業活動規模を表すものとして用いられるべきであり、外形基準に併せて所得基準が用いられる場合にあっては、その所得については欠損金の繰越控除制度を適用する前のものとすることが適当と考えます。

(ニ) 国境税調整の問題

国境税調整に関しては、法人事業税は事業活動を行う企業が負担者となる直接税であることから、現行の法人事業税についても国境税調整は行われていませんが、輸出に対する中立性を確保する観点から輸出に対する政府の補助及び直接税の免除を禁止しているWTO協定の存在を考えれば、外形標準課税を導入した場合においても、法人事業税において国境税調整を行うことは不適当であると考えます。

また、国境税調整を行うこととすれば、基本的には、制度を地方の間接税として仕組むしかありませんが、このことは、行政サービスの受益は企業が受けるにもかかわらず、その受益の対価を消費者に負担させることとなり、企業課税の検討として適当ではないものと考えます。

(ホ) 地方公共団体の課税の自主性

地方分権の時代においては、行政サービスの受益と負担との関係を各地方公共団体において判断し、地方公共団体が自主的・主体的に行財政運営を行うことが必要であることから、外形標準課税を導入する場合においては、各都道府県が税率設定について、自由度を有する仕組みとすることも重要です。

課税標準については、各都道府県ごとにこれが異なることとなると、複数の県で事業を展開している法人の納税事務負担の増大などの問題があり、外形基準を導入する場合については全国共通のものとすることが適当です。

(参考)銀行業等に対する外形標準課税

平成12年3月に東京都において、また、同年5月に大阪府において、銀行業等に対して次のような仕組みが地方税法第72条の19を根拠に導入されました。

  • 納税義務者 銀行業又はこれに類する事業を営むもの。ただし、事業年度末の「資金量」の残高が5兆円以上の法人
  • 課税標準 事業年度末の「業務粗利益」
  • 税率 3%(ただし、「特別法人」については2%)
  • 分割基準 現行事業税の分割基準を適用
  • その他 5年間の時限措置

こうした制度については、「銀行業等に対する東京都の外形標準課税について」(平成12年2月22日閣議口頭了解)に示されているような問題を孕むものと考えられるため、あくまで、全国共通で幅広い業種において外形標準課税を導入することが適当です([補論2]参照)。

4) 改革に伴う諸課題

イ.外形標準課税の導入に際しての課題

(イ) 外形標準課税の導入に伴う税負担の変動

課税の方法を変更し、薄く広く税負担を分担するという考え方に立って外形標準課税を導入すれば、基本的には一定の範囲で税負担の変動が生じるのは避けられません。この場合に生じる税負担の変動については、事業活動規模に比して所得が多い法人であるかどうか、あるいは、課税標準とされた外形基準に係る生産要素を多く用いる法人であるかどうかなどによって異なってきます。また、欠損法人について新たな負担が生じるという点についても、その負担は、各法人の事業活動の規模に見合ったものにとどまるものであることに留意する必要があります。

このような外形標準課税の導入に伴う税負担の変動については、税負担能力に配慮するなどの観点から、所得基準による課税と外形基準による課税とを併用して負担の変動幅を縮小することが適当です。

(ロ) 納税事務負担

納税事務負担などに係る実務上の課題については、課税の公平性や中立性の確保の観点との整合性も考えながら、課税標準の内容や納税手続などを工夫することにより、簡素化を図っていくことが可能と考えます。当調査会で検討した外形基準の四つの類型については、損益計算書などの財務諸表や現在法人が作成を義務付けられている法定資料などを活用した簡素な納税手続の仕組みを整えることが可能であると考えられます。

(ハ) 既存の地方税との関係

法人事業税の課税標準に外形基準を導入する場合には、外形基準の採用の仕方によっては、既存の地方税との関係で所要の調整を行う必要が生じる場合も考えられます。ただし、そのような場合においても、個人・法人を通じた地方税全体の税体系について十分留意することが必要であると考えられます。

ロ.税負担等への配慮に関する課題

(イ) 中小法人の取扱い

中小法人は、一般的に、収益性が低く、担税力も弱いケースが多いと考えられることから、外形標準課税の導入に当たっては、中小法人についての特別な配慮が必要ではないかとの指摘があります。

この点については、外形基準による課税は、本来、事業活動規模に応じた課税を行うものであるため、事業活動規模が小さい法人の場合は、それに見合った税負担にとどまるものである点を基本として考えるべきです。したがって、外形基準による課税の下では、利益計上法人の場合、例えば、中小企業と大企業が同額の利益を計上していれば中小企業の方が税負担は低くなるということとなります。しかしながら、規模が小さな法人については、課税の中立性・公平性の確保の観点や、応益原則に基づいた薄く広い税負担の実現という観点を踏まえつつ、その担税力に配慮することが適当と考えられることから、外形標準課税の導入の際には、中小法人に対する一定の配慮を行うことが必要ではないかと考えます。

考えられる方策としては、軽減税率方式、基礎控除方式、免税点方式、導入率変更方式などがありますが、外形標準課税の導入意義や各配慮方策の本来の趣旨などを踏まえ、薄く広く税負担を求めるという観点から検討することが適当であると考えます。

また、所得基準による課税と外形基準による課税とを併用することによって欠損法人をはじめとする収益性の低い法人の税負担の増加を緩和することとすれば、それは、中小法人の税負担に配慮する措置にもなるのではないかと考えられます。

(ロ) ベンチャー企業の取扱い

創業期の法人(いわゆるベンチャー企業)については、創業から初期投資を回収するまでの期間は利益をあげにくい場合があると考えられることから、外形標準課税がその発展の支障となる可能性があるのではないかとの指摘があります。

しかしながら、ベンチャー企業は、多くの場合、中小法人に該当するものと考えられることから、中小法人の税負担に対する配慮措置によって対応することが可能ではないかとも考えられますが、ベンチャー企業の育成が地域経済にとっても課題となっていることを踏まえつつ、更なる政策的配慮が必要かどうか、今後具体的に検討する必要があります。

(ハ) 雇用への配慮

外形標準課税を導入する場合に給与総額を用いることが考えられます。応益課税の税の性格から、課税標準は法人の事業活動の規模を適切に表すものが望ましく、給与総額は法人の人的活動量を客観的かつ公平に示すものの一つと考えられることから、これを課税標準とすることにも合理性があります。また、例えば、事業活動価値の場合、課税の対象とされているものは、法人の事業活動によって生み出された事業活動価値全体であり、結果として分配される給与総額そのものではないことに留意することが必要です。

一方、外形基準に給与総額を用いる場合に、雇用に関するコストアップを招き、雇用や給与水準に影響を及ぼすのではないかという点に留意することは、重要であると考えます。

外形標準課税の導入に当たっては、雇用への影響を極力少なくするよう十分留意し、具体的な課税の仕組みを検討することが必要であると考えます。

(ニ) 経過的な措置

外形標準課税の導入については、各外形基準の内容に応じて、所得基準による課税と併用することを想定して検討しましたが、さらに、実際に導入するに当たっては、税負担の激変の緩和を図るなどの観点から、導入当初は所得基準の併用率を高く設定した上、段階的に併用率を引き下げる方法など、適切に経過的な措置を講じていくことも必要であると考えます。

5) 導入の時期

法人事業税への外形標準課税の導入は、地方分権を支える安定的な地方税源の確保に資すること、応益課税としての税の性格の明確化につながるとともに、地方の行政サービスによって受益を得ている法人が薄く広く税を負担することを通じて、税負担の公平化につながること、さらに、所得に係る税負担を相対的に緩和することとなり、より多くの利益をあげることを目指した事業活動を促し、経済の活性化、経済構造改革の促進に資すること等の重要な意義を有する改革であり、極めて厳しい地方財政の現状等を踏まえれば、すべての都道府県において幅広い業種を対象に、薄く広く負担を求める外形標準課税について、景気の状況等を踏まえつつ、早期に導入を図ることが必要です。

外形標準課税の導入に当たっては、導入に伴う税負担の変動、中小法人等の取扱いなどの諸課題に対応するとともに、課税団体である都道府県が納税者である法人などに対し外形標準課税に関する理解を得るための取組みを一層積極的に進めることが重要であると考えます。

(5) 社会保険診療報酬に係る課税の特例措置

社会保険診療報酬については、昭和27年の国会審議における議員修正により非課税措置が講じられ、当該措置が現在に至っています。

この特例措置については、事業を行っている以上、事業税は公平に課税されるべきものであり、その所得が非課税となっていることは、他の事業者にとって不公平感を招くものとなっています。また、社会保険診療報酬に係る課税の特例措置の取扱いについては、国税において、社会保険診療に係る経費について概算経費率制度を採用し、一定の見直しが行われてきています。

このようなことから、事業税における社会保険診療報酬に係る課税の特例措置については、累次の当調査会の答申などにおいて示されているとおり、税負担の公平を図る観点から、その見直しを検討することが必要です。

[補論1] 外形基準について

1.事業活動価値の考え方

各外形基準のうち、事業活動価値については次のように考えることもできるのではないかという指摘がありました。

企業の事業活動は、民間資本・労働・土地・技術など及び行政によって提供される広義の社会的インフラを利用して、付加価値を生み出します。理論上、応益課税の観点からは、行政の提供する社会的インフラが生み出す付加価値を課税対象とすべきです。しかし、現実には当該付加価値は他の生産要素と分離して捕捉することは技術的に困難です。このため、行政の提供する社会的インフラの貢献分が他の生産要素に分属するものと想定し、これらに課税する方法が考えられます。

この場合、行政の提供する社会的インフラを除いた他の生産要素に対し、広く比例的、中立的に課税するものが事業活動価値であると考えることができます。

また、事業活動価値の構成要素である給与総額、支払利子及び賃借料が損金に算入されるため、これらが増加すると、利潤がその分減少し、結果として事業活動価値そのものの額は変化しないため、企業の各生産手段の選択に関して中立性が高いものと考えられます。

2.各外形基準の仕組みの検討

各外形基準の課税の仕組みについては以下のように考えることが適当です。

(1) 事業活動価値

課税標準の構成要素については、次のように考えることが適当です。

1) 「利潤」は、納税側・課税側双方にとって簡便で、正確性を期すことができる数値として、税法の規定に従って当該事業年度の益金の額から損金の額を控除した金額とします。

なお、キャピタルゲイン(ロス)については、事業活動価値を付加価値と捉えれば、事業活動価値における利潤に含めるべきではないという意見もありましたが、一方、担税力という観点から、利潤に含めて税負担を求めることも考えられるのではないかとの指摘がありました。

また、銀行業・不動産貸付業等以外の一般の法人の受取利子・受取賃借料については、事業活動価値を付加価値と捉えれば、課税標準に含めないこととすべきではないかという意見がありました。一方、地方の行政サービスからの受益は法人の活動量に反映されているという観点から事業活動価値の課税標準を考えれば、企業の活動を事業全般と捉え、その活動から生み出される価値がどのように帰属するかという分配局面で課税標準を把握すればよく、受取利子・受取賃借料を控除しなくてもよいのではないかという意見もあり、この点については、今後、事業活動規模との関係や納税事務負担などといった観点も踏まえ、検討することが必要であると考えます。

さらに、利潤について、損金の額が益金の額を上回り、欠損金額が生じた場合には、当該欠損金額を当該事業年度の他の構成要素の合計額から控除することが適当と考えます。

2) 「給与総額」は、生産要素としての労働に対する法人の支出としての性格を有するものについてはできるだけ課税標準に算入するという考え方もありますが、福利厚生費などの取扱いについては、簡素な仕組みとするという観点からの検討も必要であると考えられます。ただし、長期的な給与の性格を有する退職手当等については、これを平準化して給与に算入している法人とそうでない法人の間において、課税の公平性を確保するため、課税標準に算入することが適当であると考えますが、その際には、法人が社外に積み立てる企業年金も課税対象とするなど、全体として課税の公平性が担保されるような仕組みとすることが必要であると考えます。

3) 「支払利子」や「賃借料」は、それぞれ、借入金利子、支払割引料、社債利息などの合計額、支払地代、支払家賃、動産賃借料などの合計額とすることが考えられます。この場合において、例えば、銀行業等については、その業の仲介業務としての性格を踏まえれば、その受取利子を課税標準に含めることとした上で、支払利子は原則として課税標準に含めないこととすべきではないかとの指摘や、これらの業における支払利子は一般の事業における原材料費に当たるという整理もできるのではないかとの指摘があり、その仲介業務に係る支払利子は、課税標準に算入しないことが適当ではないかと考えます。

また、不動産貸付業等の賃借料についても、同様に考えることができます。

4) 利潤について多額の欠損金額が発生し事業活動価値全体がマイナスとなった場合には、当該年度の事業活動規模を表す指標として事業活動価値を用いるという考え方からすれば、翌事業年度以降に当該マイナスの額を繰り越して控除することは行わないことが適当と考えます。

5) この仕組みの場合には、法人は、次の資料に示すように申告納付をすることとなります。なお、複数の都道府県に事務所等を有する法人の場合には、分割基準を用いて課税標準を分割した上で、各都道府県に納税することとなると考えます。

(2) 給与総額

1) 給与総額の具体的な課税の仕組みについては、事業活動価値における給与総額と同じ仕組みとすることが適当です。

2) この仕組みの場合には、法人は、次の資料に示すように、申告納付をすることになります。なお、複数の都道府県に事務所等を有する法人の場合には、分割基準を用いずに各都道府県に納税する方法と、分割基準を用いる方法とが考えられます。

(3) 物的基準と人的基準の組合せ

1) 物的基準としては、例えば、事業所家屋床面積や、事業用資産(家屋及び償却資産)の価額、又は各事業年度の事業活動に用いられた資産の減価償却費を用いることが考えられます。この場合、物的基準の取扱いについては、事業税の性格に鑑みれば、実際の事業の用に供している使用者に課税することを原則とすることが適当と考えます。

2) なお、使用者課税を前提とした場合、物的基準の把握について、例えば、事業所家屋床面積ならば、各事業年度の変動性が低い上、課税庁として比較的把握が容易であると考えられますが、事業用資産(家屋及び償却資産)の価額や資産の減価償却費については、各事業年度の変動性が高いこともあり、課税庁の把握に当たって、制度上の工夫が必要であると考えられます。

3) 物的基準と人的基準を組み合わせる場合も、法人は次の資料に示すように申告納付をすることになります。なお、複数の都道府県に事務所等を有する法人の場合には、組み合わせる基準の内容により、分割基準を用いずに各都道府県に納税する方法と、分割基準を用いる方法とが考えられます。また、事業所家屋床面積については、面積の把握・確認に係る事務負担の軽減を図り、簡素な課税の仕組みとする観点から、例えば、床面積の広さに応じて階層区分を設け、当該区分ごとに税額を定めることも考えられます。

(4) 資本等の金額

1) 資本等の金額に着目する場合には、例えば、資本等の金額の大きさに応じて階層区分を設け、当該区分ごとに税額を定めると同時に、事務所数や従業者数を加味することによって、法人の事業活動規模をより反映した仕組みとなり得ると考えられます。例えば、資本等の金額の区分ごとに定める税額を事務所等1ヶ所当たりの税額とすること、あるいは、資本等の金額と従業者数との組合せに応じて税額の区分を設けることなどが考えられます。この場合、資本等の金額は、それが直接に課税の対象となる訳ではなく、当てはめるべき税額の区分を定めるための指標として用いられることに留意しなければなりません。

2) なお、法人住民税の均等割の現行税率を大幅に引き上げることにより外形標準課税の導入と同様の効果が得られるのではないかとの意見もありますが、法人住民税均等割と法人事業税とは税として異なる性格を有していることに留意する必要があります。

[補論2]「銀行業等に対する東京都の外形標準課税について」(平成12年2月22日閣議口頭了解)のポイント

  • 資金量5兆円以上の銀行業等に対してのみ、外形標準課税を課すことについて合理的理由があるか疑問がある。
  • 地方税法における外形標準課税についての規定との関係において、東京都案には疑問がある。
  • 東京都案により、今後の東京都以外の地方公共団体の税財源が減少することとなる。
  • 政府税制調査会を中心に、全ての都道府県において、幅広い業種を対象に薄く広く負担を求める外形標準課税導入を検討している中で、今回の提案が妥当か疑問がある。
  • 東京都案は、政府が進めている金融安定化策との整合性を欠き、自己資本の減少などの問題が生じることが懸念されるとともに、東京金融市場に対する予見可能性、信頼性について、国際的な疑念を招くおそれがある。

三 消費課税

1.消費課税の意義

(1) 消費課税とは

消費課税とは、財貨・サービスの消費に対して負担を求めるものです。消費課税の中には、消費一般に広く公平に負担を求める消費税及び地方消費税のほか、酒類やたばこに対し、その特殊なし好品としての性格に着目して負担を求める酒税・たばこ税、揮発油の消費に対して負担を求めるとともに道路整備に充てることとされている揮発油税などの特定財源等があります。

財貨・サービスの消費は、所得の稼得や資産の取崩しなどによって得られる経済力の行使であることから、消費に租税を負担する能力を見出せると考えられます。所得を稼得していない時であっても、資産の取崩しや将来の所得を見越した借入れによって消費を行うことができます。また、一生を通じてみれば、財貨・サービスの消費は、生涯所得(親などからの遺産・贈与を含む。)の処分に当たりますので、生涯における租税負担能力を示す指標であるとも考えられます。なお、この点と関連して、消費と並んで生涯所得の処分に当たる子孫などへの遺産・贈与に対しても適切な負担を求める必要があります。

さらに、各種の財貨・サービスは、多くの人々の生産活動などにより産み出された成果であり、これらを消費し、その効用を享受する際に負担を求めることが、税負担のあり方として公正であるという考え方もあります。

消費税をはじめとする消費課税は、これらの考え方に基づき、経済活動の各局面のうち、財貨・サービスの消費に対して負担を求めているのです。

(2) 消費課税の特徴と役割

消費支出は一生を通じて行われ、その水準も比較的安定していますので、消費課税には、あらゆる世代に広く公平に負担を求めることができるとともに、ライフサイクルの一時期に負担が大きく偏らないという特徴があります。

わが国においては、諸外国に例を見ないスピードで急速に少子・高齢化が進展していますが、このような構造変化に対応していくためには、勤労世代に偏らず、より多くの人々が社会を支えていくことが必要です。ライフスタイルや価値観の多様化などにより、生涯を通じた所得の変動が大きくなることも考えられます。このため、世代間の公平の確保に資するとともに、ライフサイクルを通じて大きく偏ることなく負担を求めることができる消費課税の役割は、引き続き重要です。

また、消費課税は、消費に充てられる資金がどのような形で得られたものであっても、消費に応じて一律に負担を求めることが可能ですから、水平的公平(同等の負担能力を持つ者には、同等の税負担を求めるべきとの考え方)の確保に資するものと言うことができます。

さらに、少子・高齢化の進展に伴い、社会保障をはじめ、景気変動にかかわらず支出を求められる財政需要が増大していくことが見込まれることから、できる限り安定的な歳入構造を確保する必要があります。この点、消費課税による収入には、他の税と比べて景気変動による影響を受けにくいという特徴があります。

他方、消費課税については、その負担が所得に対して逆進的であるという指摘があります。消費課税は、消費を租税負担能力の尺度とし、消費に比例した負担を求めているものですが、所得が多いほど消費に回す平均的な割合(平均消費性向)が低下することから、所得に対してみれば、負担割合が高額所得者ほど低くなるという傾向があると言うことができます。しかし、実際の税制は、消費課税だけから構成されているわけではありません。負担が所得に対して逆進的かどうかということは、所得に対して累進的な負担を求める個人所得課税などによる所得再分配、遺産の取得などに対して累進的な負担を求める相続税などによる富の再分配、さらには、年金、医療、介護、生活保護など、各種の社会保障制度を通じた所得再分配が行われていることを考慮に入れ、税財政全体を見て議論し、判断すべき問題です。

(3) 消費課税の税体系における位置付け

消費税の創設から現在に至る税制改革の流れの中においては、上述のような消費課税の特徴と役割に鑑み、所得課税を税制の中心に据えつつも、消費課税のウェイトを高めるための努力が行われてきました。平成12年度において、消費課税による収入は国税・地方税の収入の約3割を占めており、消費課税は税体系の中で重要な役割を果たしています。

主な諸外国の税収に占める消費課税の割合(1997年)を見ると、アメリカにおいては、比較的高齢化が進んでおらず、国民負担率が40%に達していない中で、消費課税の割合は2割強となっています。一方、早くから高齢化が進み、国民負担率が50%弱から65%に達しているヨーロッパ諸国においては、イギリスで4割強、ドイツ、フランスで5割弱となっています。

わが国においては、65歳以上の人口の総人口に占める割合が既にヨーロッパ諸国を上回っており、今後、更に急速に増加することが見込まれていることや、財政赤字分を含めた潜在的国民負担率が49.2%に達していることなどを踏まえ、今後の税体系における消費課税の役割について考えていくことが必要です(各国の高齢化の状況については35ページ(資料1)、国民負担率については31ページ(資料3)を参照。)。

2.消費課税の現状

(1) 消費課税の国民所得に対する負担率

国民所得に対する租税収入(国税・地方税)の割合を租税負担率と呼んでいますが、このうち、消費課税による負担率を取り出してみると、(資料1)のとおりです。消費税・地方消費税の負担率は3.2%とヨーロッパ諸国に比べ3分の1程度となっています。また、個別間接税の負担率もヨーロッパ諸国と比べて相当低い水準となっており、消費課税全体としての負担率は、アメリカをやや上回るものの、ヨーロッパ諸国を大幅に下回る水準となっています。

(2) 消費課税の税収

平成12年度予算においては、消費課税による収入は、国税収入約50.7兆円(一般会計税収48.7兆円のほか、特別会計分の収入を含みます。)のうち、約18兆円(35.6%)の規模となっています。このうち、消費税の収入が約9.9兆円(19.5%)、個別間接税の収入が約8.2兆円(16.2%)となっています(資料2)。

また、地方税については、平成12年度地方財政計画額約35.1兆円のうち、消費課税による収入は約7.5兆円(21.4%)となっています(道府県税約6.5兆円、市町村税約1.0兆円)。このうち、地方消費税(道府県税)は約2.5兆円(7.3%)、その他の消費課税は約5兆円(14.1%)となっています(資料3)。

(3) 収入階級別の税負担割合

家計調査を基に、収入階級別に消費支出に対する消費課税の税負担割合を見ると、収入階級別の差はごくわずかであり、消費支出に対しておおむね比例的な負担となっています。一方、収入階級別に実収入に対する消費課税の税負担割合を見ると、実収入が増えるに従ってやや低下する傾向があります。しかし、所得税などを含めたすべての税の合計について見ると実収入に対する税負担割合は実収入が増えるにつれて大きくなる傾向があり、税制全体としては負担の累進性が確保されています(資料4)。

(4) 消費課税の基本的な仕組み

消費課税の税目の多くは、事業者や輸入者を納税義務者とし、事業者などに課される税相当額が、コストとして財貨・サービスの販売価格に織り込まれて転嫁され、最終的には消費者が負担することが予定されています。このような税は「間接税」と言われています。

消費税は、原則としてすべての財貨・サービスの国内における販売、提供など及び輸入取引を課税対象とする「課税ベースの広い間接税」として構築されています。また、ヨーロッパ諸国の「付加価値税」と同様に、生産、流通、販売などの全段階において課税されることから、税の累積を排除するための前段階税額控除の仕組みを備えています。このようなタイプの税は、消費に広く公平に負担を求めることができ、消費選択などの経済活動に対する中立性などの面で優れていることから、世界の多くの国々で採用されています。

(注)課税ベースの広い間接税としては、消費税、付加価値税などの税のほか、小売段階のみで課される小売売上税(アメリカの州・地方などで採用)などがあります。

酒税、たばこ税、揮発油税などの税は、酒類、たばこ、揮発油などの個別物品を課税対象とし、製造場からの移出段階又は輸入段階において課される「個別間接税」です。酒類、たばこ、揮発油などに対する個別間接税は、付加価値税や小売売上税などの課税ベースの広い間接税を有する諸外国においても、わが国と同様に、重要な役割を果たしています。

3.消費課税の課題

消費税については、創設以来、少子・高齢化の進展などに対応する観点から税率引上げ(地方消費税の創設を含む。)が行われる一方、制度の公平性、信頼性などの観点から、中小事業者に対する特例措置や仕入税額控除方式の抜本的な見直しなどが行われてきました。

創設から11年余りが経過した今、消費税は、子供からお年寄りまで、国民にとって最も身近で関心の深い税金の一つとなっています。消費税は、社会保障をはじめとする公的サービスの費用をあらゆる世代が広く公平に分かち合う上で大きな役割を果たしており、国の歳入の2割を占める基幹的な税の一つです。

現在、わが国においては、65歳以上の人口の総人口に占める割合が主要先進国中、最大となっています。少子・高齢化は世界に例を見ない速度で進んでおり、21世紀初頭(2007年)には総人口が減少するという新たな局面を迎えると見込まれています。生産年齢人口は既に減少に転じており、労働力人口もやがて減少することが見込まれています。他方、社会保障などの公的サービスに必要な費用は、相当の制度改革を行っても、高齢化の進展に伴う増加が避けられないものと考えられています。

このように、更に少子・高齢化が進展する21世紀を展望すると、勤労世代に偏らず、より多くの人々が社会を支えていくことが必要であり、消費税の役割はますます重要なものになっていくと考えられます。消費税を含めた今後のわが国の税制のあり方については、公的サービスの費用負担を将来世代に先送りするのではなく、現在の世代が広く公平に分かち合っていく必要があることを考慮しながら、国民的な議論によって検討されるべき課題です。

その際、中小事業者に対する特例措置、仕入税額控除方式などのあり方について、制度の公平性、透明性及び信頼性の観点から、事業者の実務の実態なども踏まえながら、検討を行っていかなければなりません。

また、消費者の便宜を図る観点から、ヨーロッパ諸国の例を参考にしつつ、個々の財貨・サービスごとに値札などにおいて消費税等の額を含めた支払総額が表示される「総額表示方式」の普及を図ることが適当と考えられます。

地方消費税については、地方分権の推進、地域福祉の充実等のため平成6年の税制改革により創設され、平成9年4月から実施されており、福祉・教育など幅広い行政需要を賄う税として、今後、その役割がますます重要なものになっていくと考えられます。

酒税・たばこ税については、酒類やたばこの消費動向などを踏まえ、必要に応じ、税負担のあり方などについて検討を行うことが適切です。

特定財源等については、財政の資源配分機能のあり方などを踏まえ、幅広い観点から検討を行う必要があります。

4.消費税

(1) 消費税のこれまでの歩みとその意義
1) 消費税の創設とその意義

消費税は、当調査会の「税制改革についての中間答申」(昭和63年4月)などに基づく税制の抜本的な改革の大きな柱の一つとして創設され、平成元年4月1日から3%の税率で実施されました。

税制の抜本的改革の背景には、戦後数十年を経て、わが国の経済社会が大きく変化してきたのに対し、シャウプ勧告を原点とする当時の税制がうまく対応しきれていないのではないか、という問題意識がありました。

抜本改革前までの数十年の間に、所得水準は著しく上昇し、また、平準化してきていましたが、当時の税制については、所得課税にウェイトが偏っていたことや、その累進度がかなり強かったこと、所得の種類間における捕捉のアンバランスが指摘されていたこともあって、税負担の水平的公平(同等の負担能力を持つ者には、同等の税負担を求めるべきとの考え方)に対する関心が、従来以上に高まっていました。

また、21世紀に向けてより豊かな経済社会を築いていく視点からは、本格的な少子・高齢化社会の到来を前に、勤労世代に偏らずより多くの人々が社会を支えていけるような税体系を構築するとともに、社会保障をはじめとする公的サービスの費用を賄うために安定的な歳入構造を確保することが重要な課題と考えられていました。

さらに、当時のわが国の消費課税は、主要国の中で唯一、奢侈性や便益性などに着目して課税する物品税を中心とした個別間接税のみに依存するものであったため、物品間での課税のアンバランスが生じ、また、サービスに対する課税が行われておらず、消費の多様化やサービス化といった変化に対応しきれていませんでした。また、当時、経済が国際化し、貿易取引が拡大する中で、諸外国との消費課税制度の違いが、貿易摩擦の一因ともなっていました。

消費税は、このような状況の下で、当時の個別間接税制度が直面していた問題点を根本的に解決し、税体系全体を通じる税負担の公平を図るとともに、国民福祉の充実などのために必要な歳入構造の安定化に資するため、消費一般に広く公平に負担を求める税として創設されました。

2) 平成6年の税制改革

その後、消費税の非課税範囲の拡大や簡易課税制度の見直しなどを含む平成3年5月の消費税法改正(議員立法)を経て、平成6年秋には、当調査会の「今後の税制のあり方についての答申」(平成5年11月)、「税制改革についての答申」(平成6年6月)などを踏まえ、個人所得課税の負担軽減と消費課税の充実を内容とする税制改革が行われました。この税制改革は、少子・高齢化が進展していく中で、活力ある福祉社会を実現するためには、勤労世代に偏らず、社会の構成員が広く負担を分かち合うことが必要であり、また、ライフサイクルを通じた税負担の平準化を図ることが必要であるという考え方に立ち、所得、消費、資産等の間でバランスがとれた税体系を構築する観点から行われたものです。

消費課税の充実を図るため消費税率を5%(新たに創設された地方消費税1%分を含む。)に引き上げるとともに、制度の公平性、信頼性などの観点から中小事業者に対する特例措置や仕入税額控除方式などの抜本的な見直しを行うこととされ、そのための法改正が平成6年11月に行われましたが、当面の経済状況に対する配慮から、これらの改正は平成9年4月から実施することとされました。

また、消費税率の引上げ等に先行して、平成7年(度)分の所得税・個人住民税から3.5兆円規模の制度減税が行われたほか、社会保障の面においては、消費税率引上げ等が実施された際などに、高齢者介護対策、少子化対策などの福祉の拡充、年金額などの物価スライドなどの措置が実施されました。消費税率の引上げ幅は、こうした個人所得課税の制度減税と社会保障面の措置に要する財源におおむね見合うものとして決められたものでした。

さらに、景気対策の観点から、所得税・個人住民税について、平成6年(度)に5.5兆円、平成7年(度)から8年(度)にかけては2兆円の特別減税が行われました。

このように、平成6年の税制改革は、少子・高齢化の進展という経済社会の構造変化に税制面から対応するとともに、消費税率の引上げ等よりも個人所得課税の減税を先行させることにより、当面の景気回復に資することに重点を置いて行われたものであったと言うことができます(資料5)。

なお、平成9年4月の消費税率引上げ等が、その後の経済不振の主な原因となったという見方があります。消費税率の引上げ等は、わが国経済が緩やかながら回復を続けている中で、平成6年秋から法定されていたとおり、平成9年4月から実施されたものですが、平成9年1-3月期に消費税率引上げ前の駆込み需要が発生したため、同年4-6月期においてはその反動が現れ、民間最終消費支出がマイナスとなったことも事実です。しかし、同年7-9月期においては、民間最終消費支出は、対前期比でプラス1.6%、対前年同期比でもプラス0.5%と増加に転じており、駆込み需要の反動減の影響を脱して、緩やかながら回復傾向にあったものと見ることができます(資料6)。平成9年度後半以降における経済の停滞については、様々な要因が指摘されていますが、平成9年秋以降の金融機関の相次ぐ破綻による金融システムへの信頼低下やアジアにおける通貨・経済危機などが影響する中で、家計や企業の心理が悪化し、金融機関の貸出し態度が慎重なものとなったことなどが実体経済に影響を及ぼしたことに留意する必要があります。

(2) 消費税の仕組みと性格

消費税は、消費一般に対して広く公平に負担を求めるため、次のような仕組みを採っています。すなわち、消費税制度においては、

1) 原則としてすべての財貨・サービスの国内における販売、提供などを課税対象とし、

2) 生産、流通、販売などの全段階において、他の事業者や消費者に財貨・サービスの販売、提供などを行う事業者を納税義務者とし、その売上げに対して課税を行うとともに、

3) 税の累積を排除するために、事業者は、売上げに係る税額から仕入れに係る税額を控除(仕入税額控除)し、その差引税額を納付する(控除額が売上げに係る税額を上回る場合には控除不足額の還付が行われる)こととされており、

4) 事業者に課される税相当額は、コストとして財貨・サービスの販売価格に織り込まれて転嫁され、最終的には消費者が負担することが予定されています。

5) また、国内における消費に負担を求める税(内国消費税)としての性格上、輸入取引については、保税地域から課税貨物を引き取る者(事業者だけでなく、消費者たる個人を含む。)を納税義務者として課税を行い、輸出取引については、売上げに対して課税を行わないとともに、仕入税額控除と控除不足額の還付が行われることにより、いわゆる国境税調整が行われます。

このように、消費税は、ヨーロッパ諸国などにおいて「付加価値税」と呼ばれているタイプの税と同様、多段階累積排除型の課税ベースの広い間接税として構築されています。

付加価値税タイプの税は、最も古い歴史を持つヨーロッパ諸国の付加価値税をはじめとして、世界の国・地域のうち、111の国・地域(1999年3月現在)で採用されています。主要先進国で構成されるOECD(経済協力開発機構)加盟29ヶ国の中では、28カ国において付加価値税タイプの税が採用されています。OECD諸国のうち、唯一、付加価値税を採用していないアメリカでは、州・地方が小売段階で課税する小売売上税が実施されています。

(参考1)課税ベースの広い間接税の諸類型

消費一般に負担を求める間接税の仕組みとしては、付加価値税タイプの税のほかにも、小売段階のみで課税される小売売上税(アメリカの州・地方などで採用)、卸売段階や製造段階で課税される単段階売上税(イギリスにおける卸売段階の旧仕入税、カナダの旧製造業者売上税など)、製造、流通、販売などの全段階で課税し、税の累積を排除しない取引高税(フランス、ドイツの旧取引高税など)などの方式があります。こうした中で、付加価値税タイプの税が実際に多くの国々で採用されているのは、次のような点で、他のタイプの税より優れていることによるものと考えられます。

イ.生産、流通、販売などの全段階における事業者の売上げに対して広く課税することにより、あらゆる財貨・サービスを課税対象とすることが可能である。

ロ.製造段階などにおける単段階課税と異なり、生産、流通、販売などの全段階で発生する付加価値を実質的な課税ベースとすることができ、また、サービスをも課税対象とすることが可能である。

ハ.取引高税と異なり、税の累積を排除する仕組みが組み込まれていることから、的確な国境税調整が可能であり、また、取引の形態によって税負担が変動することがなく、産業構造に対して中立的である。

ニ.事業者一般を幅広く納税義務者とすることにより、納税額が多くの事業者に分散されることから、単段階課税のように一部の事業者に納税が偏るよりも租税回避の誘因が小さい。

ホ.仕入れに係る税額を控除するためには、仕入れの事実を証明する書類(インボイス、請求書等)を保存する必要があるため、事業者の手許には仕入先の売上げに関する書類が保存されることとなり、納税義務者間に適正な納税申告を促す牽制効果が働く。

(参考2)いわゆる「支出税」の考え方と付加価値税

消費支出に着目して負担を求めようとする税の一種として、租税論上、「支出税」と呼ばれているタイプの税があります。支出税は、所得税に代わる租税として提案されてきているものであり、消費者が、年間の消費支出に充てられる資金の額、すなわち、年間の所得額から純資産の増加額を差し引いた額を自ら申告して納税する直接税として構成されます。

支出税提案の背景には、その提案者の一人であるイギリスの経済学者N.カルドアが指摘したように、社会の共同のプールから財貨・サービスの取出し(消費)を行った時に課税を行うことが公正な負担のあり方に適うという考え方があります。

また、生涯における経済力の総和である生涯所得は、消費支出と子孫などに対する遺産・贈与との合計に等しくなりますので、遺産・贈与に対する課税と組み合わせて消費支出に対する課税を行うことにより、生涯所得に対する課税を行うことができます。

生涯にわたる経済活動という視点から見ると、年々の消費支出は一生を通じて比較的安定していますので、これに着目した課税を行うことにより、ライフサイクルを通じて一時期に大きく偏ることなく負担を求めることが可能となります。

このように、毎年の税負担ではなく、生涯を通じた税負担に着目している点に、支出税提案の特色があります。

貯蓄・投資に対する抑制的な効果が生じないことや、住宅などの耐久財の購入を控除項目である純資産の増加額から除外する(すなわち、税の前取りを行う)ことにより、実質的に帰属所得に対する課税を実現できることなどがメリットとして指摘されることもあります。

さらに、支出税は直接税として構成されていることから、累進税率や納税者の状況に応じた人的控除の適用を行うことにより、消費支出に対して累進的な負担を求めることが可能であり、付加価値税タイプの税について指摘されている所得に対する逆進性の問題を回避することができるとされています。

このように、支出税については、租税論上、いくつかのメリットが指摘されていますが、具体的な制度として実施するためには、所得の把握に加えて、資産・負債の増減を個々人ごとに把握する必要があるため、源泉徴収・年末調整といった仕組みは基本的に採用が困難であり、すべての納税者が申告納税を行わざるを得ません。そして、適正な申告を担保するために、所得の発生と資産・負債の増減についての記帳と金融機関などからの資料情報の提出が必要となります。このように、支出税の実施には大きなコストが伴うことから、一部の国で導入が試みられたことはあるものの、現在、実際に支出税タイプの税を実施している国はありません。

多くの国々で採用されている付加価値税タイプの税は、直接税として構成される支出税とは仕組みや性格が大きく異なりますが、消費支出に着目して負担を求めるという点では支出税と共通するところがあり、そのメリットの多くを備えていると考えることができます。

(3) 課税対象
1) 基本的考え方

消費税が創設されるまでのわが国の消費課税は、物品税を中心とした個別間接税のみに依存するものであったため、物品間で課税のアンバランスが生じ、また、サービスには課税されないといった問題点を抱えていました。例えば、物品税については、毛皮製品には課税されるのに絹織物には課税されない、コーヒーやウーロン茶には課税されるのに紅茶や緑茶には課税されない、といったアンバランスが数多く指摘されていました。消費水準の向上に伴い、消費者の価値観や選択が多様化してきていることを踏まえれば、税制の面から消費者の選択や事業者の活動を左右することは、基本的には望ましいことではないと考えられます。この点、消費税は、ヨーロッパ諸国の付加価値税などと同様、原則としてすべての財貨・サービスの国内における販売・提供など及び輸入取引に対して課税される課税ベースの広い間接税であり、特定の財貨・サービスに偏ることなく消費一般に広く公平に負担を求めることができ、消費選択などの経済活動に対して中立的であるという優れた特長を有しています。

2) 非課税取引

消費税の非課税取引の範囲は、土地取引や金融取引などのように、消費に負担を求めるという税の性格上、課税することがなじまない分野や、医療、福祉、教育など、政策的配慮により非課税とすることが特に必要な分野に限定されています(資料7)。

これに対し、消費税の所得に対する逆進性を緩和するために、食料品などを非課税とすべきではないかという指摘があります。

しかし、消費税制度においては、ヨーロッパ諸国の付加価値税制度と同様、財貨・サービスが非課税とされた場合、売上げに対しては消費税が課税されない一方で、その売上げに対応する課税仕入れについて仕入税額控除を行うこともできないこととされています。このため、財貨・サービスが非課税とされても、控除できない消費税相当額がコストの一部として価格に織り込まれることから、消費税率分だけ価格が低下するとは限りません。

また、仮に、食料品のように転々流通するものを非課税にすると、例えば、レストランなどが食料品(非課税)を仕入れて外食サービス(課税)を提供する場合には、その食料品の製造・流通などの段階で生じた機械設備、燃料、輸送サービスなどの仕入れコスト(仕入税額控除できない消費税相当額を含む。)の上に、外食サービスの提供の段階で重複して消費税が課税されるため、かえって外食サービスの価格が上昇しかねません。このように、転々流通するものを非課税にすることについては、税の累積が生じることを通じて経済活動に歪みをもたらすおそれがあります。

(注)このため、現在、政策的に設けられている非課税取引の範囲は、医療、福祉、教育など、最終消費者に提供されるサービスであり、税の累積が生じにくい分野に限定されています。

今後とも、消費一般に対して広く公平に負担を求めることができる消費税の特長を維持することが必要であり、非課税範囲の拡大を行うことは適当でないと考えます。

(参考)これまでの改正の経緯

平成3年5月の消費税法改正(議員立法)の際には、福祉、教育などの分野で政策的配慮に基づく非課税の範囲が若干拡大されましたが、平成6年の税制改革においては、消費一般に対して広く公平に負担を求める消費税の性格などを考慮し、非課税範囲の拡大は行われませんでした。

3) ゼロ税率

ごく一部の国においては、食料品などの売上げを非課税にするとともに、それに対応する仕入れについての税額控除も認めることにより、消費税負担が一切生じないようにする仕組みが採られています。こうした仕組みは、税率をゼロとして課税を行った場合と同様の効果が生ずるため、「ゼロ税率」と呼ばれています。

しかし、ゼロ税率の設定は、消費税の負担をまったく負わない分野を作り出すことにほかならず、消費一般に広く公平に負担を求めるというこれまでの税制改革の流れに真っ向から反することになります。また、課税ベースが大幅に侵食されることから、一定の税収を確保するためには、ゼロ税率による減収分だけ標準税率の引上げが必要になります。さらに、恒常的に還付を受ける事業者が増え、事業者間の不公平感が生じかねないとともに、還付申告や事後調査に関連する事務負担やコストが発生するという問題もあります。

したがって、ゼロ税率の採用は認めがたいものと考えます。

なお、食料品などに対してゼロ税率を採用している主要国としてイギリスの例が挙げられることがありますが、欧州理事会指令においてはゼロ税率を否定する考え方が採られており、イギリスに対しては是正が求められてきています。

4) 国際取引と消費税

消費税などの内国消費税については、生産地(輸出国)では課税せず、消費地(輸入国)において課税する「消費地課税主義」が国際的な原則となっています。このため、わが国の消費税においても、輸入貨物に対しては税関などで消費税が課税される一方、輸出取引などは免税とされており、売上げに課税されないのみならず、その売上げに対応する仕入税額の控除も認められます。

(注)つまり、輸出取引などについてはゼロ税率が適用されていることになりますが、これは、内国消費税としての性格上、国際的な慣行として、当然に行われていることであり、食料品などについて政策的にゼロ税率を適用することが適当か否かという問題とは区別して考える必要があります。

この結果、輸入取引については国内取引と同様の消費税負担を求めるとともに、輸出取引などについては国内において発生した消費税負担が完全に除去されることになります。こうした仕組みを「国境税調整」と呼んでいます。

消費税をはじめ内国消費税については、こうした国境税調整が可能であるため、国産品と輸入品との間や、輸出品と輸出先の国産品との間の税負担のバランスを確保することができ、国際貿易に対して中立的であるというメリットがあります。

5) 個別間接税等と消費税

フランス、ドイツ、イギリスなどの諸外国においては、ガソリンなどの炭化水素油、酒、たばこなど、製造段階などにおいて個別間接税が課税されている物品については、小売価格に原価の一部として反映されている個別間接税相当額についても、付加価値税の課税標準に含めることとされています。また、個別間接税に限らず、付加価値税を除く他の租税、関税、課徴金などに相当する額についても同様に付加価値税の課税標準に含めることとされていますが、これは、欧州理事会指令においても規定されている付加価値税共通のルールとなっています。

このような課税が行われるのは、消費支出の大きさを税負担能力の尺度としている付加価値税などの性格から、小売価格に個別間接税に相当する額が原価として反映されているか否かにかかわらず、同じ小売価格の財貨・サービスを購入する消費者には、同じだけの税負担を求めるという考え方によるものです。

わが国においても、諸外国の付加価値税と同様に、揮発油税、酒税、たばこ税などの個別間接税や関税などが課税されている物品についても、小売価格に比例した負担を求めるために、個別間接税相当額を含む価格に対して消費税が課税されています。消費支出の大きさに応じて負担を求めるという消費税の性格に鑑み、引き続き、こうした課税のあり方が維持されることが適当です。

(4) 税率
1) 税率水準

平成9年4月以降、消費税(国税)の税率は4%とされています。この他に、消費税(国税)の税額の100分の25相当額(消費税率1%相当)が地方消費税(地方税)として課税されますので、国税・地方税合わせた消費税率は5%となります。

OECD加盟29ヶ国中、アメリカを除く28カ国で消費税(付加価値税)が実施されていますが、これらの国々における消費税率(付加価値税率)は日本の5%からスウェーデン、デンマークなどの25%までの間に分布しており、10%未満の国が日本を含めて3カ国、10%以上15%未満の国が3カ国、15%以上20%未満の国が10カ国、20%以上の国が12カ国となっています。

なお、EU諸国においては、欧州理事会指令などにより消費税(付加価値税)の標準税率の範囲が15%以上25%以下と定められています(資料8)。

消費税(付加価値税)の税率は、それぞれの国における歴史的、社会的、経済的状況と財政事情の下で、租税負担や税体系全体のあり方についての議論を背景とし、税率構造などとの関係を踏まえて設定されているものであり、単純な比較を行うことは適当ではありませんが、国・地方合わせて5%というわが国の税率水準は、先進諸国の中で最も低い水準にあります。

消費税率を含めた今後のわが国の税制のあり方については、少子・高齢化がますます進展する中で、公的サービスの費用負担を将来世代に先送りするのではなく、現在の世代が広く公平に分かち合っていく必要があることを考慮しながら、国民的な議論によって検討されるべき課題であると考えます。

2) 税率構造

わが国の消費税は、食料品などを含むすべての財貨・サービスの課税取引に対して国税・地方税合わせて5%の単一税率で課税されます。

OECD諸国のうち消費税(付加価値税)を実施している28カ国の中では、わが国を含む5カ国において、食料品に対しても他の財貨・サービスと同じ標準税率が適用されており、このうち、わが国以外の国々では標準税率が10%以上となっています。他方、23カ国において食料品に対し軽減税率などが適用されていますが、これらの国々のうち標準税率が15%に満たない国は3カ国にすぎません。EU諸国においては、デンマークを除き、食料品などに対する軽減税率などが設けられていますが、その背景には、欧州理事会指令により、標準税率の下限が15%と定められていることがあります。また、欧州理事会指令は、軽減税率についても5%という下限を定めており、実際には、約半数のEU諸国において食料品などに対しても10%以上の税率が適用されています(資料9)。

消費税の税率がヨーロッパ諸国並みの水準の下では、所得に対する逆進性を緩和するための何らかの政策的対応が必要となり、食料品などに対する軽減税率の導入などにより、担税力に配慮した仕組みとすることが検討課題となり得るという考え方があります。

他方、消費生活のパターンが多様化してきている中で、軽減税率の適用範囲を合理的に設定することは極めて困難です。実際、食料品などに対する軽減税率が採られている国においては、食料品などの種類、形状、加工の度合い等のわずかな違いによって適用税率が異なるなど、様々な問題点が指摘されています。

わが国の消費税が、従来の物品税を中心とする個別間接税制度が有していた物品間の課税のアンバランスなどの諸問題を解消する観点から創設されたことに鑑みれば、消費者のライフスタイルや価値観がますます多様化している中で、税制が消費者の選択を左右することは基本的に望ましいことではなく、できる限り中立的な制度を維持すべきであると考えます。

また、消費税の納税義務を負っている多くの事業者の事務負担を考慮すれば、制度をできる限り簡素なものとする必要があります。財貨・サービスの品目によって異なる税率が設けられていると、事業者は、売上げと仕入れを異なる税率ごとに区分して記帳する必要がありますので、事務負担の増加が避けられなくなります。さらに、軽減税率と標準税率の水準にある程度以上の差があると、軽減税率の対象となるものの生産等を行う事業者にとっては、売上げに係る税額よりも仕入れに係る税額が恒常的に大きくなるという問題が生じます。このような場合、仕入れに係る税額と売上げに係る税額の差額分の還付を受けるためには、本来は納税義務が免除されるような小規模な事業者でも税務当局に還付申告を行わざるを得なくなり、そのために、日々の売上げ・仕入れの記帳などを行い、税額計算をする事務負担を負うことになります。例えば食料品のように、個人事業者を含め、多くの小規模零細事業者が生産等に携わっている場合には、このような問題がより大きなものとなります。

複数税率の下では、軽減税率の対象範囲にもよりますが、基本的には、税額が記載された請求書等(ヨーロッパ諸国における「インボイス」)の保存を仕入税額控除の要件とすることが必要であり、また、簡易課税制度などの中小事業者に対する特例措置についても、単一税率の場合とは異なる観点からの検討を要することになると考えられます。

なお、仮に、食料品などに対して軽減税率を設ける場合、一定の税収を確保するためには、軽減税率による減収分だけ標準税率を高くせざるを得ません。

軽減税率を設けるべきか否かという問題は、その時点における消費税率の水準の下で、個人所得課税などを含めた税制全体、ひいては社会保障制度などをはじめとする財政全体を通じて見てもなお、何らかの政策的配慮が必要かどうかという観点から検討し、その上で、政策的配慮の必要性と制度の中立性・簡素性との間の比較考量により判断すべき問題ですが、ヨーロッパ諸国並みとは言えない税率水準の下では、極力、単一税率の長所が維持されることが望ましいと考えます。

(参考)複数税率の下で生じる様々な問題点を避けつつ、消費税の所得に対する逆進性を緩和するために、低所得者に対して、年間の基礎的消費支出に係る消費税相当額を給付することとしてはどうか、という指摘があります。

このような給付を行うことについては、社会保障給付などの諸施策との関係をどのように考えるか、資産性所得を含めた総合的な所得把握をどのようにして行うか、資産を取り崩して消費を行うこともできることについてどのように考えるかなどの問題があることから、納税者番号制度との関係も含め、慎重に検討する必要があります。

(5) 中小事業者に対する特例措置
1) 基本的考え方

国内において財貨・サービスの販売・提供などを行う事業者(個人事業者及び法人)に対しては、消費税の納税義務が課されます。そして、事業者に課される消費税は、コストの一部として財貨・サービスの価格に転嫁され、最終的には消費者が負担することが予定されています。

このような消費税の仕組みが円滑に機能するためには、消費者の理解が必要であることはもちろんですが、同時に、事業者が、消費税の性格と仕組みを理解し、納税に関する実務を適切に行うことが不可欠です。

しかし、個別間接税とは異なり、消費税の対象となる取引は、経済の幅広い分野にわたっており、個人、法人を問わず、零細な規模の者を含め、数多くの事業者に関係します。これらの事業者の事務処理能力は千差万別であり、かなり小規模な事業者にまで規模の大きな事業者並みの事務負担を求めることは、必ずしも合理的とは言えません。制度の公平性や透明性を著しく損なわない範囲内で、中小事業者の事務負担に配慮し、実務の簡素化のための特例措置を設けることには十分な理由があると考えられます。

他方、中小事業者に対する特例措置のあり方については、これまでも、制度の定着状況や事業者の実務の実態などを踏まえながら、限界控除制度の廃止をはじめ、抜本的な見直しが行われてきましたが、今後、消費税制度全体の見直しを行う際には、制度の公平性及び透明性と簡素性との間でどのように均衡を図るかという観点から、必要に応じ、見直しを検討することが適当です(資料10)。

2) 事業者免税点制度

イ.制度の概要

小規模な事業者の事務負担や税務執行コストへの配慮から、基準となる課税期間(個人事業者の場合は前々暦年、法人の場合は前々事業年度)における課税売上高が3,000万円以下の事業者に対しては、納税義務が免除されています。この制度を、事業者免税点制度と呼んでいます。

基準期間における課税売上高が3,000万円以下の事業者は、特に税務署長への届出等を行わなくても納税義務を免除されます。他方、輸出取引を行っているなどの事情により、仕入れに係る税額が売上げに係る税額を上回るため、申告をすると還付が受けられるような場合、課税売上高が3,000万円以下であっても、届出書を所轄税務署長に提出することにより、課税事業者となることを選択することもできます。なお、課税事業者となることを選択する旨の届出書を提出した場合には、2年間は継続して適用を受けなければならないこととされています。

(参考1)これまでの改正の経緯

消費税の創設当初から、免税点の水準(3,000万円)は改正されていません。

なお、新設法人における設立当初の基準期間がない課税期間については、納税義務が免除されていましたが、比較的規模の大きな事業者は、一般的にその設立時点から相当規模の売上げがあると考えられたため、平成6年の税制改革において、資本金1,000万円以上の新設法人の基準期間のない課税期間については、納税義務を免除しないこととされました(この改正は、平成9年4月以後に開始する課税期間について適用されています。)。

(参考2)諸外国の制度

事業者免税点制度は、ヨーロッパ主要国をはじめ、付加価値税などを有する各国で採用されています。ヨーロッパ主要国における事業者免税点の水準は、フランス175,000フラン(315万円)、ドイツ32,500マルク(195万円)、イギリス51,000ポンド(918万円)とわが国の15分の1から3分の1程度の水準となっています。

ロ.適用状況

全事業者数に占める免税事業者の割合は、消費税創設当時の67.6%に対して平成10年度においては61.6%まで低下してきています。また、免税事業者の売上高の総額が全事業者の売上高の総額に占める割合を見ると、創設当時の3.3%に対して平成10年度には2.3%まで低下してきています。このように、免税点が据え置かれている一方で、物価上昇などに伴い名目売上高が上昇していくことから、免税事業者の割合は、趨勢的には緩やかながら低下していく傾向があります。

ハ.今後のあり方

消費税の創設から11年余りが経過し、制度に対する事業者の理解や習熟は進んできているものと考えられます。こうした中で、免税点の水準は長期間にわたって据え置かれており、依然として事業者の6割強が免税事業者となっていることや、諸外国と比べても高い水準にあることなどから、相対的に規模が大きな免税事業者に対しては、課税事業者としての対応を求める方向で検討を行うことが重要であると考えます。

他方、現在、免税事業者となっている事業者の事務処理能力は依然として低く、政策的配慮が必要であることから、免税点の見直しについては慎重に議論する必要があるという意見がありました。

いずれにしても、事業者免税点制度のあり方については、事業者の事務処理能力の実態を踏まえ、引き続き検討していくことが適当です。

(参考)限界控除制度の廃止について

平成6年の税制改革による見直し(平成9年4月実施)が行われる前の消費税制度においては、その課税期間における課税売上高が5,000万円未満の事業者(免税事業者を除きます。)は、その課税期間における消費税額(売上げに係る消費税額から仕入れに係る消費税額を差し引いた額)から、限界控除税額に相当する額を控除した額を納付することとされていました。

(注)限界控除税額は、次のような算式によって定められていました。

限界控除税額 = 限界控除制度がない場合の納付すべき税額 × (5,000万円 - 課税売上高)/2,000万円

(課税売上高が3,000万円未満の場合には、3,000万円として計算します。)

この制度は、消費税創設に伴う小規模事業者の納税事務負担の増加や課税の影響を緩和する観点から設けられたものですが、あくまで経過的な措置として位置付けるべきものであることや、本来の納税額が明らかとなっていながら、消費税相当額の一部を事業者の手許に残すような仕組みを設けることは公平性の観点から問題があるなどの指摘があったことを踏まえ、平成6年の税制改革において廃止が決定され、所要の経過措置を講じた上で、平成9年4月以後に開始する課税期間から廃止されました。

3) 簡易課税制度

イ.制度の概要

一定規模以下の中小事業者については、その事務負担への配慮から、選択により、売上げに係る消費税額を基礎として、仕入れに係る消費税額を簡易な方法により計算できる簡易課税制度が設けられています。具体的には、基準期間における課税売上高が2億円以下の事業者(免税事業者を除きます。)が、簡易課税制度の適用を受ける旨の届出書を所轄税務署長に提出した場合には、その翌課税期間以後、その課税期間における売上げに係る消費税額にみなし仕入率(注)を乗じた額を、仕入れに係る消費税額とみなして仕入税額控除することができます。なお、この制度の適用を受ける旨の届出書を提出した場合には、2年間は継続して適用を受けなければならないこととされています。

(注)みなし仕入率は、次のように定められています。

第一種事業(卸売業)90%

第二種事業(小売業)80%

第三種事業(製造業等)70%

第四種事業(その他)60%

第五種事業(サービス業等)50%

ロ.これまでの改正の経緯と適用状況

簡易課税制度については、平成3年の消費税見直しの際、適用上限となる基準期間の課税売上高を消費税創設当初の5億円から4億円に引き下げるとともに、みなし仕入率の適用区分が2区分から4区分に細分化されました。また、平成6年の税制改革においては、適用上限が更に2億円まで引き下げられ、さらに、平成8年度税制改正において、みなし仕入率の適用区分が5区分まで細分化されました(いずれも平成9年4月実施)。

これらの改正の結果、課税事業者のうち、簡易課税の適用を受けている者の割合は、平成元年度の67.7%から平成10年度の47.3%(課税売上高2億円以下の者)まで低下してきています。これを全課税事業者の課税売上高に占める割合で見ると、平成元年度の11.7%から平成10年度には5.5%(課税売上高2億円以下の者)まで低下してきています。

(参考1)諸外国の制度

フランスにおいては、わが国の簡易課税制度に類する制度はありません。1998年までは、年間売上高が一定額以下の個人事業者に対して、納税者と税務当局との協約により納税額を決定する協約課税制度(フォルフェ制度)がありましたが、1999年から廃止されました。

イギリスにおいては、特定の小売業者に対して、売上げに係る税額を簡便に計算する特例が認められていますが、わが国のような仕入控除税額の計算に関する特例はありません。

ドイツにおいては、売上げに平均率(みなし仕入率)を乗じて仕入れに係る税額を計算する平均率課税制度がありますが、適用限度額が12万マルク(720万円)と低い水準であるのに加え、平均率が低めに設定されており、本来の計算方法よりも不利であることが多く、この制度の適用は極めて少ないと言われています。

(参考2)税率構造と簡易課税制度

わが国の簡易課税制度においては、みなし仕入率は業種ごとの平均的な仕入率に応じて設定されていますが、ヨーロッパ諸国のように、複数の税率が設けられている場合には、業種ごとの平均的な仕入率に加え、売上げと仕入れの両面における適用税率の区分ごとの割合をも考慮しなければ、適切なみなし仕入率を設定することができません。例えば、ある業種の平均的な仕入率が70%と仮定すると、売上げには標準税率のみが適用され、仕入れには標準税率と軽減税率が両方適用されているような場合には、みなし仕入率を70%と設定してしまうと、仕入れに係る税額を過大に推定してしまうことになります。したがって、このような場合には、70%より低めのみなし仕入率を設定しなければなりません。他方、売上げには軽減税率のみが適用され、仕入れには標準税率と軽減税率が両方適用されるような場合には、逆にみなし仕入率を70%よりも高く設定する必要が生じます。このように、複数税率制度の下で、みなし仕入率を適切に設定しようとすると、単一税率の下における業種区分と比べて、適用税率の状況に応じて、はるかに細かな業種区分を行う必要があります。実際に、このような制度を有しているドイツにおいては、54種類の業種区分が設けられ、簡素な制度とは言えない状況となっています。

ハ.今後のあり方

簡易課税制度は、中小事業者の事務処理能力を考慮すれば、すべての課税事業者に一律に本則による仕入控除税額の計算を求めることは困難であることを理由として設けられた制度です。しかし、消費税制度が定着し、事業者が納税事務に習熟していくのに伴い、基本的には、できる限り多くの事業者に対して本則の計算方法による対応を求めていくことが必要です。これまでも、簡易課税制度については、二度にわたり見直しが行われてきましたが、今後、消費税制度全体の見直しを行う際には、簡易課税制度のあり方について、事業者の実務の実態も踏まえながら、制度の公平性、透明性を高める観点から、適用上限の引下げなど、制度の縮小の方向で検討を行う必要があります。

なお、簡易課税制度の検討に当たっては、複数税率制度の下では、適切なみなし仕入率の設定は著しく困難であることも念頭に置かなければなりません。

(6) 仕入税額控除
1) 制度の概要

消費税は、取引の各段階で課税されることから、その納付税額の計算に当たっては、課税期間内に発生した売上げに係る消費税額から、仕入れに係る消費税額を控除(仕入税額控除)することにより、税の累積を排除する方式が採られています。仕入れに係る消費税額が売上げに係る消費税額を超える場合には、控除不足額の還付が行われます。

仕入税額控除を行うためには、課税仕入れ等の事実を記載した帳簿の保存に加え、請求書等の取引の事実を証する書類の保存が必要です(「請求書等保存方式」)。

2) これまでの改正の経緯

消費税の創設当初は、わが国の取引慣行や納税者の事務負担に配慮するといった観点から、課税仕入れ等の事実を記載した帳簿又は仕入先から受け取った請求書等のいずれか一方を保存することを仕入税額控除の要件とする、いわゆる「帳簿方式」が採用されていました。この帳簿方式に対しては、納税者自身が記帳する帳簿のみによって仕入税額控除が行われ得ることについて、制度の信頼性の面から疑問が提起されていたことなどを踏まえ、平成6年の税制改革において、課税仕入れ等の事実を記載した帳簿の保存に加え、請求書等の取引の事実を証する書類の保存をも仕入税額控除の要件とする「請求書等保存方式」が採用され、平成9年4月1日以後に行われる課税仕入れ等について適用されています。この請求書等保存方式への移行は、大部分の事業者間取引において請求書等が交わされ、保存されているというわが国の取引実態を尊重しつつ、請求書等という客観的な証拠書類の保存を仕入税額控除の要件とすることにより、制度の信頼性を高めることを目的とした改正でした。

3) ヨーロッパ諸国の「インボイス」との相違点

イ.ヨーロッパ諸国の付加価値税制度においては、税額が記載された請求書等(いわゆる「インボイス」)の保存が仕入税額控除の要件とされており、また、課税事業者のみが税額を記載してインボイスを発行できることとされています。

これに対し、わが国の請求書等保存方式においては、請求書等に税額が記載されていなくても仕入税額控除を行うことができ、また、免税事業者が発行した請求書等に基づく仕入税額控除も認められています。

ロ.ヨーロッパ諸国においては、欧州理事会指令により、標準税率の下限が15%以上とされている一方で、食料品などに対する軽減税率を設けることが認められています。このように複数の税率が存在する場合には、軽減税率の対象範囲にもよりますが、税額が記載されていない請求書等によって適正に仕入控除税額の計算を行うことは困難であることから、基本的には、税額記載の請求書等(インボイス)の保存を仕入税額控除の要件とすることが必要であると考えられます。

これに対し、わが国の消費税は、単一税率となっており、また、非課税取引の範囲も限定されていることから、請求書等に税額が記載されていなくとも、仕入控除税額の計算を適正に行うことは可能です。なお、現在、ほとんどの事業者間取引において、取引先に対する消費税の円滑な転嫁を図るためもあって、既に税額が記載された請求書等が交され、保存されているという実態にあり、これにより、仕入控除税額の計算が容易になっている面もあります。

ハ.ヨーロッパ諸国のインボイス方式の場合、免税事業者は税額が記載されたインボイスを発行することはできないため、免税事業者から仕入れを行った課税事業者は、その仕入れについては仕入税額控除を行うことができないのに対して、わが国の請求書等保存方式においては、免税事業者から行った仕入れについても仕入税額控除の対象となるという違いがあります。

わが国の請求書等保存方式の下で、免税事業者からの仕入れについても仕入税額控除の対象とされているのは、平成6年の税制改革に際して、

(イ) 免税事業者からの仕入れについて税額控除を認めないこととすると、税の累積が生じ、財貨・サービスの価格の上昇を招くおそれがあること、

(ロ) 取引の中間段階に位置する免税事業者が取引から排除されかねず、あるいは、事実上、それらの事業者の多くに課税事業者となることを選択するよう迫ることになりかねないこと、

(ハ) 免税事業者の対事業者向け売上高の総額が全事業者の売上高の総額に占める割合は極めて小さいこと、

などが勘案されたことによるものです。

(参考)ヨーロッパ諸国のインボイス方式の下では、事業者の取引全体の把握が容易なのではないかという見方があります。しかし、インボイス方式は、仕入れという事業者間の取引に係る税額を把握するための仕組みであり、消費者に対する売上げを含めた取引全体の把握に役立つという性格のものではありません。なお、仕入れの事実を証明する書類の保存がなければ仕入税額控除ができないという点ではわが国の請求書等保存方式も同様であることから、ヨーロッパ諸国のインボイス方式の方が事業者間取引の把握の面で優れているとまでは言えないものと考えられます。

4) 今後のあり方

今後、消費税制度全体の見直しを行う際には、仕入税額控除方式のあり方について、税率構造や中小事業者に対する特例措置などとの関係を踏まえ、事業者間における取引の実態にも留意しつつ、制度の信頼性・透明性の観点から、検討を行うことが重要です。

その際、ヨーロッパ諸国のようなインボイス方式については、制度の信頼性・透明性に資する面がある一方で、免税事業者からの仕入れについては仕入税額控除が認められず、免税事業者が、課税事業者となることを選択しない限り、事業者間取引から排除されかねないことについてどう考えるかという問題があります。

なお、仕入税額控除の要件の検討に当たっては、事業者間取引の電子化の状況を考慮する必要があるとの意見がありました。

(7) 申告納付
1) 制度の概要

消費税においては、所得税や法人税と同様、申告納税制度が採用されており、事業者が行う確定申告によって具体的な消費税額が確定し、納付されることになります。

消費税の課税期間は、納税義務を負う事業者の事務負担などを考慮し、個人事業者の場合は暦年、法人の場合はその法人の事業年度とされています。

(注)事業者の選択により、通常の課税期間を3ヵ月ごとに区分した各期間を課税期間とする特例の適用を受けることができます。この特例は、主に、輸出免税の適用などにより恒常的に還付となるような事業者によって利用されています。

免税事業者を除く事業者は、原則として、課税期間の末日の翌日から2ヵ月以内に確定申告書を提出するとともに、消費税額を納付しなければなりません。ただし、個人事業者の消費税の申告・納付期限は、当分の間の措置として、課税期間の翌年の3月末日までとされています。

また、確定申告とは別に、消費税の預り金的な性格などを考慮して、中間申告の制度が設けられています。具体的には、事業者は、原則として、課税期間の開始の日以後、3回に分けて(3ヵ月、6ヵ月、9ヵ月が経過した日からそれぞれ2ヵ月以内に)中間申告書を提出し、直前の課税期間の年税額の4分の1に相当する消費税額を納付することとされています。ただし、直前の課税期間の年税額が48万円以下の場合には、中間申告の義務が免除されます。また、直前の課税期間の年税額が48万円を超え400万円以下の場合には、年1回(課税期間開始の日以後6ヵ月が経過した日から2ヵ月以内に)中間申告書を提出し、直前の課税期間の年税額の2分の1に相当する消費税額を納付することとされています。

(注)中間申告に当たっては、中間申告の対象期間(3ヵ月ないし6ヵ月)を一つの課税期間とみなし、仮決算を行って計算した消費税額を申告・納付することもできます。

このように、確定申告と中間申告とを合わせると、事業者は、原則として年4回(年税額の規模が小さい場合には年1~2回)の申告納付を行う仕組みとなっています(資料11)。

なお、輸入取引の場合には、申告納税方式が適用される課税貨物を保税地域から引き取ろうとする者は、原則として、課税貨物を保税地域から引き取る時までに、税関長に輸入申告書を提出するとともに、その課税貨物に課される消費税額を納付することとされています。

(参考1)これまでの改正の経緯

消費税の創設時には、中間申告は原則として年1回とされており、直前の課税期間の年税額が60万円以下の場合には、中間申告の義務が免除されていました。

平成3年の消費税見直しに際して、消費者が負担した消費税相当額が事業者の手許に長く滞留することは、事業者に運用益が生じることになるという指摘があったことなどから、中間申告の回数は原則として年3回とされました。ただし、直前の課税期間の年税額が60万円以下の場合には中間申告不要、60万円を超え500万円以下の場合には、年1回の中間申告を行うこととされました。

平成6年の税制改革においては、消費税率を3%から4%(地方消費税分を合わせた税率は5%)に引き上げる一方で、中間申告が不要とされる年税額の基準を60万円以下から48万円以下に、中間申告が年1回とされる年税額の基準を「60万円超500万円以下」から「48万円超400万円以下」に引き下げることとされ、平成9年4月から実施されています。この改正により、実質的に、中間申告の回数は増加することになりました。

(参考2)諸外国の制度

諸外国の付加価値税などにおける課税期間や申告納付制度は、国ごとの事情を反映して区々となっています。

フランスにおいては、課税期間そのものが原則として1ヵ月とされており、事業者は毎月、前月分の付加価値税の確定申告を行い、納付することとされています。ただし、年間売上高が一定額以下の者(物品販売業・宿泊施設業については500万フラン(9,000万円)以下、その他の業種については150万フラン(2,700万円)以下の者)については、課税期間を1年とし、年1回の確定申告と年4回の予定納税(合わせて年5回の申告・納付)を行うこともできることとされています。

ドイツにおいては、課税期間は日本と同様に1年とされており、年1回、確定申告を行うこととされています。このほか、原則として1ヵ月ごとに、前月の取引に係る付加価値税額を予定申告し、納付することとされています。ただし、前年の税額が1,000マルク(6万円)を超え12,000マルク(72万円)以下の者は3ヵ月ごとに予定申告納付を行うことができ、また、前年税額が1,000マルク(6万円)以下の者は予定申告納付を免除されます。

イギリスにおいては、課税期間は原則として3ヵ月とされており、課税期間終了後1ヵ月以内に確定申告を行い納付することとされています。ただし、年間売上高が30万ポンド(5,400万円)以下の者は、課税期間を1年とし、年1回の確定申告と1ヵ月または3ヵ月ごとの予定申告を行うことができます。

2) 今後のあり方

消費税が預り金的な性格を持つ税であることを考慮すれば、今後、消費税制度全体の見直しを行う際に、申告納付の回数を増やす方向で検討を行うことが適当と考えられますが、他方、申告納付回数の増加は、納税者の事務負担や税務行政のコストを増加させることにも留意しつつ、幅広い観点から検討していく必要があります。

(8) 消費税滞納への対応

平成9、10年度において、景気の低迷による事業者の資金繰りの悪化や消費税率の引上げによる納付税額そのものの増加などを背景として、消費税の滞納発生額が増加しました。これに対応して、国税当局においては、消費税滞納について、重点的な滞納整理が実施されてきています。平成9、10年度においては、新規発生滞納が著しく増加したことは事実ですが、その一方で、滞納整理の額も前年を大きく上回って増加しており、発生した滞納の多くの部分は、その年度中に整理されています。平成元年度から10年度までの収納状況を見ると、納付すべき税額のうち95%が期限内に納付されており、その後の滞納整理により、延滞税も含めて99%が国庫に収納済となっています(資料12)。

当調査会においては、「平成12年度の税制改正に関する答申」において、「最近の経済情勢等を背景として消費税の滞納発生が増加していますが、税制への信頼を確保するためにも、政府全体として取り組むことを求めます。」との要請を行いました。この答申などを踏まえ、政府においては、消費税及び地方消費税の滞納対策として、消費税の預り金的性格の周知などの施策を講じているほか、国の機関及び地方公共団体に対し、各種の入札への参加資格の審査に際し、消費税の納税証明書(未納税額がないことを証明するために税務署長が発行する書類)の添付を求めるよう要請を行ってきています。その結果、既に実施している機関も含め、国の全省庁と全地方公共団体において、遅くとも平成13年度までに入札資格審査の際の消費税の納税証明書添付を実施する予定となっています。

重点的な取組みの結果、消費税の新規発生滞納額については、平成11年4月~12月の期間において前年同期比で15.4%減少するなど、このところ改善の動きが見られるようになりましたが、今後とも、滞納の未然防止、整理促進に取り組んでいくことが重要です。

なお、消費税の滞納問題との関連で、消費税の申告納付の回数を増やすことが、消費税滞納の発生の未然防止にも資するのではないか、との意見がありました。

(9) 消費税と価格との関係
1) 消費税の転嫁のあり方

財貨・サービスの生産、流通、販売などに従事する事業者にとって、消費税は、仕入価格を押し上げる要因として、または、自ら納税の義務を負う税として、事業活動を営むことに伴う様々なコストの一部となっています。しかし、消費税は、最終的には、事業者ではなく、財貨・サービスの消費者に負担を求めようとする税ですので、事業者は、自らコストとして負担している消費税相当額を、他の様々なコストとともに販売価格に織り込むことにより、消費者に適切かつ円滑に転嫁していくことが予定されています。

2) 免税事業者による転嫁のあり方

免税事業者が消費税を理由として価格の引上げを行うことにより、買い手が負担した消費税相当額の一部が事業者の手許に残るいわゆる「益税」が生じているのではないか、という指摘がなされることがあります。

確かに、免税事業者が行う財貨・サービスの販売・提供などには消費税が課されませんので、免税事業者が、商品・サービスの本体価格に上乗せして、その5%を消費税として別途、受け取ることは、消費税の仕組み上、予定されていません。

ただし、免税事業者の場合であっても、仕入価格の上昇という形で消費税を負担していることには変わりがありませんので、その負担分については販売価格に転嫁する必要があります(資料13)。

いずれにしても、消費税の転嫁のあり方についての正しい認識が消費者及び事業者の間により一層浸透し、事業者による適切な対応がなされることが望まれます。

3) 転嫁の有無についての表示をめぐる問題

消費税等の納付税額は、売上げに係る消費税額等(課税標準額に対する消費税額等)から仕入れに際して負担した消費税額等を控除した金額となりますが、この場合の売上げに係る消費税額等は、財貨・サービスの売上額(本体価格とは別に消費税等相当額を受け取っている場合には、その額を含めた税込みの売上額)の105分の5に相当する金額となります(注1)。

したがって、課税事業者については、本体価格に加えてその5%相当額を消費税等相当額として受け取っている場合のみならず、消費税等相当額を本体価格と別には受け取っておらず、例えば「消費税はおまけしています。」といった表示を行っている場合においても、その販売価格には、105分の5に相当する消費税負担が含まれていることになります。

(注1)消費税法においては、消費税の課税標準を「課税資産の譲渡等の対価の額(対価として収受し、又は収受すべき一切の金銭又は金銭以外の物若しくは権利その他の経済的な利益の額とし、課税資産の譲渡等につき課されるべき消費税額及び当該消費税額を課税標準として課されるべき地方消費税額に相当する金額を含まないものとする。)」としています。したがって、

{「対価として収受し、又は収受すべき一切の金銭等の額」

-「消費税及び地方消費税の額」}×4/100×125/100

=「消費税及び地方消費税の額」

という関係式が成り立ちます。この式を「消費税及び地方消費税の額」について解くと、

「消費税及び地方消費税の額」

=「対価として収受し、又は収受すべき一切の金銭等の額」×5/105

となります。

(注2)公正取引委員会のガイドライン(「消費税率の引上げ及び地方消費税の導入に伴う転嫁・表示に関する独占禁止法及び関係法令の考え方」(平成8年12月25日))においては、事業者が「消費税はおまけしています。」、「消費税は3%分しかいただきません。」などの表示を行うことは、「消費税等を事業者が負担している旨を、その根拠があいまいなままにことさら強調することにより、その販売価格が他に比べ有利であるかのような表示」として、不当景品類及び不当表示防止法(景品表示法)上、問題となるおそれがあるとされています。

4) 消費者に対する価格表示のあり方

私たちが財貨・サービスを購入するかどうかを決める際には、値札などに表示されている価格を見て、所持金や予算の範囲内で支払いが可能かどうか、支払うだけの価値があるものかどうか、他の店などにおける価格と比べて有利かどうか、といった点について判断しています。

消費税や付加価値税などがある場合には、このような判断は、本来、消費税等の額を含めた支払総額に基づいて行う必要があります。税抜きの本体価格のみに基づいて購入を決めると、支払いの際に、所持金が不足していることに気が付いたり、予期していた額を超える支払いを行うことになることがあるからです。また、事業者によって税込みの価格表示と税抜きの価格表示が区々になっていると、価格の比較を行う上で不都合が生じかねないという問題もあります。

イギリス、ドイツ、フランスなどのヨーロッパ諸国においては、消費者が、財貨・サービスの購入を決定した後で、別途、付加価値税の支払いを求められることがないように、消費者保護法などの法律に基づいて行われる価格表示に関する規制により、消費者に対する値札などにおける価格表示については、付加価値税相当額を含めた支払総額を表示することが義務付けられています。欧州理事会の「消費者向け商品価格表示に関する消費者保護についての指令」においても、同様の規定が設けられています。

わが国においては、消費者に対する価格表示の方法は、業種などにより区々であり、値札などにおいて消費税等の額を含めた支払総額が表示されていない例が多く見受けられますが、消費者の便宜を図る観点から、ヨーロッパ諸国のように、個々の財貨・サービスごとに値札などにおいて消費税等の額を含めた支払総額が表示される「総額表示方式」の普及を図ることが適当と考えます。

なお、値札などに消費税等の額を表示するかどうかという問題は、各事業者の自主的な選択に委ねられるべきものであり、ヨーロッパ諸国の価格表示規制においても、支払総額の他に、付加価値税額を併せて表示することも認められています。

(注)「総額表示方式」の諸類型

次のような価格表示が「総額表示方式」に当たります。

・10,500円(本体価格10,000円、消費税等500円)

・10,500円(うち消費税等500円)

・10,500円(本体価格10,000円)

・10,500円(税込)

・10,500円

・10,000円(税込10,500円)

(10)国・地方間の配分

国税・地方税を合わせた税率5%のうち、1%分は地方消費税(地方税)であり、地方公共団体の一般財源として使われています。また、4%分は国の消費税ですが、その収入のうち、29.5%は地方交付税交付金として地方公共団体に配分され、地方消費税と同様、一般財源として使われています。これらを合計すると、税率5%分の税収のうち、43.6%は地方公共団体による様々な公的サービスの財源に充てられており、国が提供する公的サービスの財源に充てられるのは、地方消費税や地方交付税分を除いた国分56.4%となっています(資料14)。

(11)消費税と社会保障
1) 消費税の「福祉目的化」

平成11年度及び平成12年度の予算においては、国の消費税の収入(地方交付税分を除く国分)を基礎年金、老人医療及び介護に充てることを予算総則に明記する、いわゆる「消費税の福祉目的化」が行われました。

(注)予算総則とは、歳入歳出予算などのほかに毎年度の財政運営に必要な基礎的事項について、条文形式で規定を設け、その年度の予算の一部として国会の議決を求めるものです。

平成12年度予算においては、消費税収(国分)が6.9兆円であるのに対して、これが充てられる対象経費は、基礎年金4.5兆円、老人医療3.3兆円、介護1.3兆円の合計9.0兆円となっており、消費税収(国分)だけでは賄いきれていないのが現状です。

また、「福祉目的化」などの結果として、平成12年度予算においては、国の一般会計税収48.7兆円のうち、使途が特定されていない部分が23.4兆円(所得税、法人税、酒税及びたばこ税の収入のうち地方交付税を差し引いた分並びに相続税、印紙収入など)であるのに対して、これによって賄うべき歳出は約2倍の56.0兆円であり、不足分は公債発行に頼っています。こうした財政の現状に鑑みると、仮に、今後とも、消費税収(国分)の使途を福祉目的に特定していく場合、それ以外の歳出の規模と消費税以外の税収とをどのようにバランスさせていくのか、ということが大きな課題となります(資料15)。

2) 消費税の「福祉目的税化」

少子・高齢化の進展に伴い、今後、急速に増加することが見込まれる社会保障給付の財源に充てるため、消費税をいわゆる「福祉目的税化」し、その使途を、年度ごとの予算総則によってではなく、制度的に福祉目的に特定すべきとの議論があります。

当調査会においては、消費税は、もともと物品税の廃止、所得課税の減税などと併せて一般財源として創設されたものであり、今後、わが国の税財政にとってますます重要な役割を果たすべき基幹税であること、目的税化は財政の硬直化を招くおそれがあること、さらには、諸外国においても消費税を目的税としている例は見当たらないことなどから、消費税を福祉目的税とすることについては、慎重に検討すべきであるとの意見が多数ありました。

他方、将来の税財政のあり方を考える上で、社会保障給付の増大にいかに対応するかが重要な課題であり、そのための消費税の充実が不可避であるとすれば、福祉目的税化も検討に値する考え方であるとの意見がありました。また、消費税の福祉目的税化は、将来の税財政のあり方に大きな影響を及ぼすものであることから、少なくとも社会保障経費については、将来世代に負担を先送りするのではなく、消費税の充実によって対応していくということでなければ、あえて消費税を福祉目的税化する意義は見出せないのではないか、といった意見もありました。

この問題は、税制、財政及び社会保障のあり方に深く関わる問題であり、今後、財政構造改革や社会保障制度のあり方などについての検討を踏まえつつ、国民的な議論が行われるべきものと考えます。

3) 消費税を財源とする基礎年金等の「税方式化」

なお、基礎年金等の社会保障制度を「税方式化」し、その財源のすべてを福祉目的税化された消費税で賄うべきとの主張があります。こうした主張の根拠としては、国民年金の未納者・未加入者などが増大しており、いわゆる「空洞化」が進んでいること、第三号被保険者問題の解決に資すること、消費税を財源とすることにより、高齢者世代にも負担を求めることができることなどが指摘されています。

現在の国民年金制度においては、実質的に賦課方式となっていることや国庫負担があることなどから、各人の保険料負担額と給付額との間には差がありますが、保険料の納付によって給付を受ける権利が根拠付けられるという考え方の下で、一定期間以上、制度に加入して保険料を納付しなければ基本的に給付を受けることもできず、また、保険料の納付期間に応じて給付額も増減することとされています。消費税を財源とする場合には、基礎年金給付と消費との間には受益と負担の対応関係が成り立たず、消費の量に応じた基礎年金給付を行うこともできません。また、高額所得者や多額の資産保有者に消費税を財源として給付を行うことが適当かどうかという問題があります。したがって、仮に、消費税を財源とする基礎年金給付を行う場合には、税方式を採用しているカナダなどの例に見られるように、所得が少ないことなどの一定の要件を満たす場合にのみ給付することになるものと考えられます。その場合、基礎年金給付と生活保護との関係をどう考えるか、という問題もあります。

多くの主要先進国においては、年金給付などについては社会保険方式の下で事業主負担を求めていますが、給付額をすべて消費税で賄う税方式とする場合には、事業主の保険料負担を家計の消費税負担に置き替えるのかどうかという問題が生じます。

このように、基礎年金給付などの財源を社会保険料を主体として賄うか、消費税で賄うかという問題は、単に財源調達の問題にとどまらず、給付の性格を含めた社会保障制度の基本的な設計に関わる問題であることから、幅広い観点から国民的な議論が行われる必要があります。

(1) 創設と意義

地方消費税は、消費一般に広く公平に負担を求める道府県税です。

活力ある豊かな福祉社会の実現を目指す視点に立って行われた平成6年の税制改革の一環として、地方分権の推進、地域福祉の充実等のため、地方税源の充実を図る観点から、消費譲与税に代えて新たに地方消費税が創設され、平成9年4月から実施されました。現在では、地方行政サービスを支える基幹税目の一つとして大きな役割を果たしています。

(参考)消費譲与税

昭和63年の抜本的税制改革においては、消費税の創設に伴い、既存の電気税、ガス税、料理飲食等消費税、娯楽施設利用税などの間接税について廃止、縮小が行われ、これにより、地方公共団体の減収が見込まれることとなりました。また、この改正においては、個人住民税の減税等による減収に加え、法人課税の実効税率の引下げ等による法人住民税、法人事業税の減収が生じることとなりました。

このようなことから消費税の創設に当たって、消費譲与税の創設及び消費税の地方交付税の対象税目への追加がなされることとされ、平成元年度から消費譲与税制度が導入されました。

なお、平成9年度からの地方消費税の導入に伴い、平成8年度限りで消費譲与税が廃止されました。

(2) 制度の概要

地方消費税は、国の消費税と同様、消費一般に対して広く公平に負担を求める税であり、消費税の納税義務者をその納税義務者とし、消費税額を課税標準とする税です。

課税対象は、国内取引及び輸入取引のいずれにも課されますが、国内取引に係る消費税額に課されるものを「譲渡割」と、輸入取引に係る消費税額に課されるものを「貨物割」と言うものとされています。

譲渡割の納税義務者は、「課税資産の譲渡等を行った事業者」とされ、当該納税義務者の住所地等所在の都道府県が課することとされています。譲渡割の課税標準は、課税資産の譲渡等に係る消費税額から仕入れ等に係る消費税額を控除した後の消費税額であり、税率は100分の25(消費税率換算1%相当)となっています。

譲渡割の納付については、納税義務者の事務負担を考慮して、当分の間、その賦課徴収を国に委ねており、税務署(国)において消費税の例により、消費税と併せて行うこととされています。

貨物割の納税義務者は、「課税貨物を保税地域から引き取る者」とされ、当該保税地域所在の都道府県が課することとされています。貨物割の課税標準は、課税貨物に係る消費税額であり、税率は100分の25(消費税率換算1%相当)となっています。

貨物割の賦課徴収については、税関(国)において、消費税の例により、消費税と併せて行うこととされています。

地方消費税については、消費税のような多段階累積排除型の間接税を各都道府県の消費課税として仕組む場合には最終消費地と税収の帰属を一致させる必要があることから、そのための仕組みとして、一旦地方消費税として各都道府県に納付された税収について、各都道府県間において消費に相当する額に応じて清算を行うこととされています。

また、平成6年の税制改革において、市町村についても、個人住民税の減税と消費譲与税の廃止に伴う歳入不足を補填する必要があり、安定財源を市町村に帰属させるなどの観点から、地方消費税の2分の1に相当する額を市町村に交付する交付金制度が設けられています。

(3) 税収の状況

地方消費税は、平成9年4月から導入され、初年度は約8,070億円の税収となっていましたが、平成12年度においては、地方財政計画上、2兆5,438億円と見込まれています。

(4) 今後のあり方

地方消費税は、清算を行うことにより税収の偏在性が少なく、また、安定性にも富んでおり、地方分権の推進や少子・高齢化の進展等に伴う幅広い行政需要を賄う税として、重要な役割を果たしています。

地方消費税の使途については、消費税創設時に地方間接税の廃止等に伴い創設された消費譲与税の廃止や住民税減税の財源として創設されたものであり、これらがもともと一般財源であったことも踏まえると、今後とも地方の幅広い行政サービスに充てるための財源として位置付けていくことが必要と考えます。

また、地方消費税は、地方分権の推進、地域福祉の充実等のために創設されたものであり、福祉・教育など幅広い行政需要を賄う税として、今後、その役割がますます重要なものになっていくと考えられます。

6.し好品課税

(1) し好品課税の意義

わが国では、酒類やたばこについては、他の物品と異なる特殊なし好品としての性格に着目して、従来から、他の物品に比べ高い税負担を求めてきています。

これは諸外国においても同様の状況にあり、付加価値税や小売売上税などの一般的な消費課税制度を有する諸外国においても、酒類やたばこにはかなり高率な酒税やたばこ税が課されているほか、付加価値税などが課されているのが通例となっています。

(2) 酒税
1) 酒税の仕組み

酒税は、酒類、すなわちアルコール分1度以上の飲料を課税対象として、酒類の製造場からの移出や輸入の段階で課税されるもので、酒類の製造者又は輸入者を納税義務者として課される税です。酒税は、酒類の消費に負担を求めようとするものであり、酒類の製造者などが納税した酒税の負担は販売価格に織り込まれることを通じて消費者に転嫁されることが予定されています。

課税に当たっては、酒類を、原料や製造方法などにより、10種類(清酒、合成清酒、しようちゆう、みりん、ビール、果実酒類、ウイスキー類、スピリッツ類、リキュール類及び雑酒)に大別し、そのうち、しようちゆうやウイスキー類など5種類の酒類については更に11品目に区分して、それぞれの酒類に応じた税率が設定されています。

酒税の税率は、平成元年度前までは酒類の数量を課税標準として税額を算出する従量税率と価格を課税標準として税額を算出する従価税率が併用されていましたが、平成元年度に従価税制度が廃止され、現在は従量税率のみとされています。現行の酒税の税率は(資料16)のとおりです。

(参考)酒税の沿革

わが国の酒税制度は、長い歴史を持ち、幾多の変遷を辿ってきていますが、昭和28年度に酒税法の全文改正が行われ現行の酒税法が制定されました。その後、昭和37年度に、酒類の分類の改正、一部の高価格酒に対する従価税制度の採用、申告納税制度への移行などの大幅な制度改正が行われ、現行酒税制度の基本的な枠組みが構築されました。また、昭和37年度税制改正では、酒類全般にわたる大幅な減税が行われましたが、その後は、価格水準の上昇などに応じて昭和43年度以降59年度まで数次にわたり税率の引上げが行われました。

平成元年度には、抜本的税制改革の一環として酒税制度の大幅な見直しが行われ、清酒やウイスキー類の級別制度や従価税制度が廃止されるとともに、従量税率の水準について、負担水準の高い酒類について減税を図る一方で低税負担にとどめられていた酒類について増税を行うなど、酒類間の税負担格差を縮小する方向で大幅な見直しが行われました。平成6年度には、税負担の適正化などの観点からウイスキー類などを除き全般的な従量税率の引上げが行われ、平成8年度には、税負担の公平を確保するなどの観点から発泡酒の税率などについての見直しが行われました。平成9年度には、平成8年11月のWTO勧告に対応するため、ウイスキー類の税率を大幅に引き下げる一方、しようちゆうの税率を大幅に引き上げるなど蒸留酒間の税率格差を縮小する改正が行われています。そして、平成12年度には、負担の均衡を図る観点などから特定のみりんに係る税負担の見直しが行われました。

2)酒税の現状

イ.酒税の税収は、近年、総体としての酒類消費量が微増ないし横ばい傾向にある中で税負担の低い低価格酒の伸びが相対的に大きくなってきていることなどを反映して若干減少しており、平成12年度予算では1兆8,600億円となっています。

ロ.酒類ごとの税負担状況及び課税数量等の推移は(資料17)、(資料18)のとおりですが、主要な酒類についてその動向を見るとおおむね次のとおりです。

(イ) ビールは、わが国の酒類の課税数量(平成10年度:約1,000万キロリットル)の6割強を占める基幹的な酒類となっています。ビールの小売価格に対する酒税の負担割合は、抜本的税制改革の直後の平成元年と比較するとおおむね同じかやや下回る水準となっています。

なお、平成6年以降、品質的にビールと近似し、税負担がビールよりも低い発泡酒(雑酒の一品目)の課税数量が著しい増加を示しており、平成8年度税制改正において発泡酒の税率引上げなどが行われましたが、その後の新製品の販売などもあり、最近では清酒の課税数量を上回る水準となっています。ビールの課税数量は平成6年度をピークに近年減少していますが、ビールと発泡酒を合わせ考えればおおむね横ばいで推移している状況にあります。

(ロ) 清酒の課税数量は昭和48年度をピークに長期にわたり減少傾向にあり、平成10年度では109万キロリットル程度とピーク時の6割強の水準となっています。

清酒については、平成元年度に級別制度や従価税制度が廃止され、小売価格の水準にかかわらずアルコール分に応じた同一の税率が適用されるようになり低価格酒ほど税負担割合は高いものとなっていますが、その税負担水準は他の主要な酒類に比べ相対的に低いものとなっています。

(ハ) しようちゆうやウイスキー類などの蒸留酒については、これまで累次にわたり税率格差が縮小されてきており、特に平成9年度税制改正においては、WTO勧告を履行するため、蒸留酒間のアルコール分1度当たりの税率格差を基本的になくすこととされました。これにより、小売価格に対する酒税の負担割合は、しようちゆうについて上昇する一方、ウイスキー類については低下し、両者の税負担割合は近似ないし逆転してきています。

しようちゆうの課税数量は、昭和60年代以降増加してきており、平成9年度税制改正による税率引上げ後も堅調に推移しています。ウイスキー類については昭和59年度を境に減少傾向に転じてきており、平成9年度税制改正による大幅な税率引下げ直後には増加を示したものの、平成10年度には改正前の水準となっています。

(ニ) 果実酒の課税数量は、昭和50年代以降の数次のワインブームなどにより着実に増大してきており、平成10年度では約37万キロリットルとなっています。これは、昭和63年度の約3.5倍に相当し、しようちゆう甲類に次いで大きな規模となっています。果実酒の税負担水準は、他の酒類に比して相当低い状況にあります。

3) 今後の課題

イ.酒税は約2兆円の税収を有し、わが国の税体系において消費課税の一つとして重要な役割を果たしています。

酒税の負担水準については、これまでも酒類の生産・消費の動向や財政事情などに応じ、随時見直しを行い、適正な税負担水準の確保に努めてきています。

また、わが国の酒税制度においては、酒類を細かく分類し、個々の酒類ごとに異なる税率が設定されていますが、所得水準の上昇・平準化を背景として酒類消費の多様化が進んできたことなどから、昭和59年度以降の税制改正では、酒類間の税負担格差の縮小が図られてきています。

今後とも、各酒類の生産・消費の状況などを考慮しつつ、厳しい財政事情や社会経済情勢などの変化に応じ、税負担のあり方について検討することが適当です。

ロ.消費課税については、税制の中立性や公平性の観点から同種・同等のものには同様の負担を求めることが要請されます。わが国の酒税においては、酒類をきめ細かく分類し、各酒類の定義も複雑なものとなっています。このため、その適用に当たって、同様の商品でありながら、原料や製造方法の若干の違いによって分類が異なる結果になるといった問題があり、近時、そのような点に着目して税負担を低く抑えた低価格商品も多く見受けられるところです。

一方、酒類の分類は税率の差異と密接に関連していますが、累次の税率改正により、しようちゆうやウイスキー類などのように、種類間又は品目間で税率格差がまったくないか、僅少なものとなってきているものもあります。

したがって、酒類の分類や定義についても、税負担の公平性や経済取引に対する中立性を確保する観点から、税負担のあり方の検討に併せ、各酒類の生産・消費の態様の変化や税率構造の変化などを踏まえ、簡素・合理化を図る方向で検討することが必要と考えます。

(参考)諸外国の酒税における酒類の分類は、「ビール」、「ぶどう酒」、「蒸留酒」などといったように比較的大まかで簡素なものとなっています。

また、各酒類に対する税率は、各国のアルコール飲料の生産・消費の状況や財政事情などに応じて定められているものであり、国により様々ですが、欧米諸国では、蒸留酒に係る税率は純アルコールの含有量に応じた従量税率とされているのに対し、ビールやぶどう酒などの醸造酒に係る税率は数量に応じた従量税率とされ、酒類ごとに、その生産、消費の状況などを踏まえ、税率が設定されている例が多くなっています。

(3) たばこ税
1) たばこ税の仕組み

現在、たばこについては、消費税及び地方消費税のほかに、国のたばこ税及び地方のたばこ税(道府県たばこ税・市町村たばこ税)並びにたばこ特別税が課されています。

国のたばこ税及びたばこ特別税は、たばこを課税対象として、製造場からの移出時又は保税地域からの引取り時に、たばこの製造者又は引取者を納税義務者として課されています。なお、たばこ特別税の収入は、国債整理基金特別会計の歳入に組み入れることとされています。

また、地方のたばこ税は、卸売販売業者等がたばこを小売販売業者に売り渡す場合において、その売渡しに係るたばこに対し、その小売販売業者の営業所所在の地方公共団体において、その売渡しを行う卸売販売業者等を納税義務者として課されています。

国及び地方のたばこ税等の課税方式は、たばこの価格に応じた負担を求める従価税制度ではなく、たばこの本数を課税標準として課される従量税制度となっています。

(参考)たばこ税の沿革

わが国におけるたばこの製造販売については、明治37年(1904年)の専売制度創設以来、国がこれを独占的に取り扱い、長い間、その益金はすべて国の収入とされてきましたが、昭和29年に地方のたばこ消費税(道府県たばこ消費税・市町村たばこ消費税)が創設された以後は、専売納付金と地方のたばこ消費税という形で国及び地方公共団体の収入源とされてきました。

昭和60年度には、たばこ専売制度が廃止され、それに伴い、専売納付金制度に代わるものとして国のたばこ消費税制度が創設されました。

昭和61年度には、国及び地方のたばこ消費税の税率が引き上げられました。

平成元年度には、抜本的税制改革の一環として、国及び地方のたばこ消費税について、たばこに対する税負担水準は維持することを原則としつつ、課税方式を従価・従量併課制度から従量税制度へ改組して新たに税率を設定するとともに、その名称を「たばこ税」に改める改正が行われ、現在の国及び地方のたばこ税制度の基本的な枠組みが構築されました。

平成10年には、国鉄長期債務及び国有林野累積債務の一般会計への承継に伴う財源措置として、12月に新たにたばこ特別税が導入されました。

平成11年度には、恒久的な減税に伴い、地方財政の円滑な運営に十分配慮するとの観点から、当分の間の措置として、国のたばこ税の税率が引き下げられ、同額、地方のたばこ税の税率が引き上げられました。

2) たばこ税の現状と今後の課題

イ.平成12年度予算における国のたばこ税の税収は9,000億円、たばこ特別税の税収は約2,700億円、平成12年度地方財政計画額における地方のたばこ税の税収は約11,700億円(国及び地方公共団体の合計で約23,400億円)の税収規模であり、国及び地方公共団体にとって重要な財源となっています(資料19)。

ロ.たばこについては、現在、消費税及び地方消費税のほかに、たばこ千本当たり、国のたばこ税が2,716円、地方のたばこ税が3,536円、たばこ特別税が820円、合計で7,072円の税率で国及び地方のたばこ税等が課されています。

紙巻たばこ1箱当たりの消費税抜き平均価格に占める国及び地方のたばこ税等の負担割合は57.6%(平成11年度)となっています(資料20)。

国及び地方のたばこ税等の課税方式は、たばこの本数を課税標準として課される従量税制度となっていることから、小売価格の上昇とともに税負担割合が低下する傾向にあります。したがって、随時負担の見直しを行い、適正な税負担水準の確保に努めることが適当です。

(参考)現在、WHO(世界保健機関)においては、公衆衛生上の観点から、たばこの消費を抑制するための国際的な取組みとして、たばこ対策枠組条約及び議定書の作成作業が進められています。その中で、たばこ税の国際的な調和も検討項目の一つとして提起されていることから、今後の検討作業を注視していくことが大切です。

ハ.たばこに対する税負担のあり方については、今後とも、たばこの小売価格に占める税負担割合の状況やたばこの消費動向、さらには財政状況などを総合的に勘案して検討していく必要があります。

7.特定財源等

(1) 特定財源等の意義

消費課税の中には、その税収の全額または一部を特定の公的サービスに要する費用の財源に充てることとされているものがあり、特定財源等と呼ばれています。

この中には、揮発油(ガソリン)を課税対象とする揮発油税及び地方道路税(いずれも国税)、軽油(ディーゼル燃料)の引取りを課税対象とする軽油引取税(地方税)、自動車用の石油ガス(LPG)を課税対象とする石油ガス税(国税)といった自動車用燃料に対する税や、車検を受ける自動車などを課税対象とする自動車重量税(国税)、自動車の取得に対して課税される自動車取得税(地方税)があり、その税収の全額または一部を国・地方の道路整備財源に充てることとされています。これらの税に地方の一般財源である自動車税・軽自動車税を加えた諸税を、自動車関係諸税と総称しています。

また、航空機燃料を課税対象とする航空機燃料税(国税)は国・地方の空港整備財源などに、原油や輸入石油製品などを課税対象とする石油税(国税)は石油対策などに、一般電気事業者の販売電気を課税対象とする電源開発促進税(国税)は電源立地対策などに、それぞれ充てることとされています。これらの税に上述の自動車用燃料に対する税を加えた諸税をエネルギー関係諸税と総称しています。

これらの他に、地方の特定財源として入猟税、入湯税があります。

一般に、特定の公的サービスからの受益と特定の物品の消費などに係る税負担との間にかなり密接な対応関係が認められる場合には、その税収を、対応する特定の公的サービスに要する費用の財源に充てることが、一定の合理性を持ち得ますが、他方、このように税収の使途を特定することは、資源の適正な配分を歪め、財政の硬直化を招く傾向があることから、その妥当性については常に吟味が必要であると考えます。

(参考1)特定財源等について、課税対象、税率、税収の使途などを整理すると(資料21)のようになります。

特定財源等のうち、税法上、特定の公的サービスに要する費用に充てることを課税目的としている税を目的税と言い、電源開発促進税や自動車取得税、軽油引取税などがこれに当たります。揮発油税などについては、税法以外の法律により、その税収を特定の公的サービスに要する費用の財源に充てることとされています。

なお、自動車重量税の税収の4分の3は、法律上は使途が特定されていない国の一般財源ですが、その8割相当額は、創設の経緯などに鑑み、道路整備に充てることとされています。

(参考2)受益者負担と特定財源等

国・地方公共団体が提供する公的サービスの中には、公的交通機関による運送サービス、美術館などの公的施設の提供、住民票の発行などのように、そのサービスの利用者だけが直接の受益者であり、サービスを提供するごとにその受益者を個別に把握できるようなものがあります。このような公的サービスの提供に要する費用については、利用者本人による料金、利用料、手数料などの受益者負担によって賄われている例が多いと言えます。これは、利用者のみが直接の受益者となるような公的サービスの費用を、一般の国民ないし住民が負担する租税により賄うことは必ずしも合理的ではなく、受益者負担を求めることが適当であるとの考え方に基づくものです。

一方、公的サービスの中には、個別にその受益者を把握して料金などの負担を求めることは困難であるものの、その公的サービスからの受益と特定の物品の消費などに係る税負担との間にかなり密接な対応関係が認められるものがあります。このような公的サービスについては、その提供に要する費用を、対応する特定の物品の消費などに係る税の収入によって賄うことが、一定の合理性を持ち得る場合があります。

(参考3)特定財源等の沿革

イ.揮発油税は、一般的な財政需要に応じる必要から、揮発油の消費に負担を求めるため昭和24年に創設されましたが、昭和28年に「道路整備費の財源等に関する臨時措置法」が制定され、立ち遅れたわが国の道路を緊急かつ計画的に整備する観点から、道路整備五箇年計画(第1次:昭和29年度~33年度)が策定されるとともに、その財源として揮発油税収相当額を国の道路整備に充てることとされました。この制度は、昭和33年に制定された「道路整備緊急措置法」に引き継がれ、現在に至っています。

ロ.昭和29年には、地方の道路整備に資するため、「昭和29年度の揮発油譲与税に関する法律」が制定され、昭和29年度に限り、揮発油税収の3分の1に相当する額を地方に譲与することとされましたが、昭和30年には、地方道路税(国税)が創設され、その税収のすべてが地方の道路特定財源として地方に譲与されることになりました。

ハ.石油ガス税は、石油ガスを燃料とするLPG車と揮発油を燃料とするガソリン車との負担の権衡を図る観点から昭和41年に創設され、それ以来、揮発油税などとともに、「道路整備緊急措置法」などに基づき、国・地方の道路特定財源とされています。

ニ.自動車重量税は、自動車の走行が多くの社会的費用をもたらしていること、道路その他の社会資本の充実の要請が強いことを考慮して、広く自動車の使用者に負担を求めるため、昭和46年に創設されました。

ホ.航空機燃料税は、空港整備などのための財源を確保する等の観点から昭和47年に創設され、その税収は、国の空港整備費や地方の空港対策費に充てられています。

ヘ.石油税は、石油一般の利用に共通する便益性に着目し、石油対策に係る財政需要に配意して、広く石油の消費に対して負担を求めるために、昭和53年に創設されました。その税収は、当初、石油対策に要する費用に充てることとされていましたが、昭和55年度以降は、石油代替エネルギー対策、平成5年度以降は省エネルギー対策などにも充てられることになりました。

ト.電源開発促進税は、原子力発電施設、火力発電施設、水力発電施設等の設置促進などの電源立地対策を講じるための目的税として、昭和49年に創設されました。その後、第2次石油危機の発生に伴い、昭和55年には、税収の使途に石炭、原子力、水力、地熱等の電源多様化対策を追加するなどの改正が行われました。

チ.自動車取得税は、一定の自動車の取得に対し、その取得者に課される税で、昭和43年、地方道路財源の充実強化を図り、都道府県及び市町村の道路に関する費用に充てるため、都道府県の目的税として創設されました。

自動車取得税は、自動車の取得に担税力を見出して課される税であるとともに、受益者負担的かつ原因者負担的な性格を持つものであり、消費税・地方消費税とは、その性格、課税の趣旨からして異なるものです。

リ.軽油引取税は、昭和31年に地方道路整備の緊急性及び揮発油を燃料とするガソリン車と軽油を燃料とするディーゼル車との負担の均衡などを考慮し、都道府県及び指定市の道路に関する費用に充てるための都道府県の目的税として創設されました。

その後、平成元年に、軽油の流通実態等に鑑み消費地課税などの制度の抜本的な改正が行われましたが、軽油の流通実態の多様化等の状況変化などに伴い、今後とも脱税防止策を含め一層の課税の適正化を図っていく必要があります。

ヌ.入猟税は、昭和38年、狩猟法の改正に関連して狩猟者税が廃止され、これに代わるものとして、狩猟者免許税と併せて都道府県の目的税として創設されたものです。この税収は、鳥獣の保護及び狩猟に関する行政の実施に要する費用に充てることとされています。

ル.入湯税は、昭和25年の現行地方税法の制定により、市町村の普通税として創設されましたが、鉱泉浴場への入湯行為及びこれに付随する奢侈的行為に課税の根拠を求めるだけでなく、鉱泉浴場所在の市町村特有の財政需要に対処するため、昭和32年度の税制改正により目的税に変更されました。

(参考4)自動車税及び軽自動車税

自動車税は、主たる定置場所在の都道府県において自動車に対し、軽自動車税は、主たる定置場所在の市町村において軽自動車などに対し、その所有者に課される税で、財産課税的な性格と、道路損傷負担金的な性格を併せ持っています。その概要は(資料22)のとおりであり、都道府県及び市町村にとって、偏在が少なく、安定的で、貴重な財源となっています。

なお、これらの税率については、その負担が適正なものとなるように随時見直しを行うことが必要と考えます。

(2) 特定財源等の現状

1) 国の特定財源等の税収は、平成12年度予算において、5兆1,619億円と見込まれており、国税収入(特別会計分を含む。)に占める割合は10.2%となっています。

また、地方の消費課税における特定財源の税収は、平成12年度地方財政計画において、都道府県分が1兆7,557億円、市町村分が231億円の合計1兆7,788億円と見込まれており、地方税全体に占める割合は5.1%となっています。

2) 揮発油税、自動車重量税などについては、道路整備五箇年計画の財源確保などの観点から、昭和49年以降、租税特別措置法により本則税率を上回る特例税率が適用されてきており、また、同様の観点から、自動車取得税については昭和49年以降、軽油引取税については昭和51年以降、地方税法附則により特例税率が適用されてきています。こうしたことと関連して、自動車に係る税負担が高いのではないかという指摘があります。

わが国のガソリンの小売価格に対する税負担率は約60%となっていますが、これは、国際エネルギー機関(IEA)によるOECD加盟国のうち27カ国の国際比較を見ると、高い方からみて23位であり、諸外国と比べ相当低い水準となっています。特に、西欧の主要国、北欧諸国などにおいては、小売価格に対し8割前後の税負担率となっています(資料23)。

(参考)イギリス、フランス、ドイツにおいてガソリンに課される個別間接税は、その税収の全額又は多くの部分が一般財源となっていますが、環境への配慮などを理由として累次の税率引上げが行われてきており、その負担水準はわが国より相当高いものになっています(資料24)。

また、自動車については、燃料課税のほか、車体に着目した課税も行われていますが、自動車に係る税負担全体を一定の前提の下で試算すると、わが国の水準はアメリカと比べれば高いものの、イギリス、ドイツ、フランスと比べれば低いものとなっています(資料25)。

(3) 特定財源等の課題

特定財源等については、厳しい財政事情、最近における道路整備の状況などを踏まえれば、基本的には一般財源化の方向で検討すべきではないかといった多くの意見がありました。これに対し、受益者負担の観点、道路整備の必要性などを踏まえると、なお特定財源等による道路整備の意義が認められることから、これを維持する必要があるとの意見がありました。

一般に、ある税の収入を特定の公的サービスに要する費用の財源に充てることは、その公的サービスの受益と負担の間にかなり密接な対応関係が認められる場合には、一定の合理性を持ち得ますが、他方、資源の適正な配分を歪め、財政の硬直化を招く傾向があることから、その妥当性については常に吟味していく必要があると考えます。

8.その他の地方税

(1) ゴルフ場利用税

ゴルフ場利用税は、ゴルフ場の利用に対し、利用の日ごとに定額によって、当該ゴルフ場所在の都道府県においてその利用者に課されます。

また、税収の7割がゴルフ場所在の市町村にゴルフ場利用税交付金として交付されており、税源の乏しい山林原野の多い市町村の貴重な財源となっています。

(参考)ゴルフ場利用税の沿革

ゴルフ場利用税の課税対象であるゴルフ場の利用は、昭和63年度まで娯楽施設利用税(昭和29年に創設)の課税対象の一つとなっていました。

昭和63年の抜本的税制改革により、平成元年度から娯楽施設利用税の課税対象施設がゴルフ場に限定され、名称がゴルフ場利用税と改められました。

ゴルフ場利用税については、ゴルフ場が、開発許可、道路整備、防災、廃棄物処理などの地方公共団体の行政サービスと密接な関連を有していること、また、ゴルフ場の利用料金は、他のスポーツ施設の利用料金と比較して一般に高額であり、その利用者の支出行為には、十分な担税力が認められることから、地方税として合理的であり、今後とも貴重な税源としてその役割を果たすべき税であると考えます。

(2) 狩猟者登録税等

狩猟者登録税は、狩猟者の登録に対し、都道府県においてその登録を受ける者に課される税です。

鉱区税は、鉱区に対し、鉱区所在の都道府県においてその鉱業権者に課される税です。

鉱産税は、鉱物の掘採の事業に対し、鉱山所在の市町村において鉱物の掘採を行う鉱業者に課される税です。

これらは、それぞれの課税団体にとって貴重な自主財源となっています。

四 資産課税等

1.資産課税等の意義

(1) 資産課税等とは

資産課税等は、資産の取得や保有などに着目して課税する様々な税目から構成されます。このような税としては、例えば、資産を無償で取得した場合に課される相続税などや、資産を保有している場合に課される固定資産税、都市計画税などがあります。このほか、資産が移転するときなどに課される登録免許税、印紙税、不動産取得税などもあります。なお、利子・配当課税のように資産の保有に伴う収益に対する課税や土地・株式等のキャピタルゲインに対する課税は資産性所得課税と言われ、個人所得課税の一部として取り扱われることが一般的です(資産性所得課税については、「一 個人所得課税」で詳述しています。)。

資産課税等は、所得の稼得や財貨・サービスの消費では捉えきれない税負担能力に着目して課されるものです。このような税がなぜ必要なのか考えてみましょう。仮に、所得の稼得や財貨・サービスの消費のみに着目した課税が行われたとします。その場合、例えば、経済生活を営むために会社に勤めたり事業を営んだりすることによって給与や事業の利益を稼得した人は税負担を求められる一方で、相続により多額の資産を取得した人は税負担を求められないこととなってしまいます。また、例えば、同じ所得水準、消費水準であっても、不動産などの資産を保有しているかどうかで私たちの経済力には差が出てきますが、負担する税にはその差が現れてこないこととなります。このようなことから、資産の取得や保有などに着目した税が必要となります。

(2) 資産課税等の特徴と役割

資産課税等の特徴と役割について、主として相続税と固定資産税を念頭に考えてみましょう。

まず、相続税は、租税の基本的な機能である公的サービスの財源を調達するという機能のほか、その課税を通じて富の再分配を行う機能をも有しています。所得の稼得の段階では個人所得課税が所得再分配機能を有していますが、働いて得た所得以外に、相続を通じても、私たちの経済力には大きな差が生じ得ることになります。このため、フローだけではなくストックについても一定の再分配を行っていくことが求められます。

次に、固定資産税は、資産の保有と市町村の行政サービスとの間の一般的な受益関係に着目して、これらのサービスの財源を調達する機能を有しており、市町村財政を安定的に支える基幹税目としての役割を担っています。

また、登録免許税、印紙税、不動産取得税などについても、多様な税目を適切に組み合わせることによって、全体として偏りのない税体系を築いていく中でその意義を考えていくことが必要です。さらに、後に見るように、財源調達機能という観点から見ても、安定的な税収をもたらすこれらの税は、厳しい財政事情の下で貴重な財源となっています。

なお、資産課税等の中にはキャッシュフローがなくとも課されるものがあり、実際の負担以上に負担感を生むという面があること、適正・公平な課税を確保していく上で、資産の価値を適正に評価したり、預貯金などの資産を的確に捕捉していく必要があることなどに留意しなければなりません。

(3) 資産課税等の税体系における位置付け

所得・消費・資産等に対する課税を適切に組み合わせていくことによって、公的サービスを賄う租税を国民皆が広く公平に分かち合い、また、全体として偏りのない税体系が築かれることとなります。わが国の税収(国税と地方税の合計)構成比から見た資産課税等のウェイトは、現在約2割です。このうち国税について、平成12年度予算における資産課税等の収入を見ると、相続税・贈与税収入が約1.7兆円、登録免許税・印紙税などを含む印紙収入が約1.5兆円、全体で約3.2兆円となっています。国税収入約50.7兆円(一般会計税収48.7兆円のほか、特別会計分の収入を含みます。)に占める割合は約6.2%となっており、景気の動向に大きく左右されない安定的な税収源となっています。一方、地方税について、平成12年度地方財政計画における資産課税等の収入を見ると、固定資産税、都市計画税、特別土地保有税の収入が約10.5兆円、不動産取得税が約0.6兆円、その他に事業所税などと合わせて合計で約11.5兆円となっています。地方税収入約35.1兆円に占める割合は32.7%となっており、地方税制を支える大きな柱となっています。

また、相続税や固定資産税のように土地をめぐる環境変化の影響を受けやすい税については、地価の動向などによって議論の方向性が大きく左右されてきましたが、今後の税体系のあり方を検討していく上では、時々の経済社会情勢には配慮しつつも、中長期的な観点から、資産性所得課税とともにそれらの果たすべき役割を見据えていくことが重要です。

2.相続税

(1) 相続税の意義

わが国の相続税は、相続、遺贈(遺言による贈与)又は死因贈与(贈与者の死亡により効力を生じる贈与)により財産を取得した者に対して、その財産の取得の時における時価を課税価格として課される税です。相続税の課税対象となる取得財産には、現金、預貯金や株式などの金融資産のほか、動産や不動産などのあらゆる資産が含まれます。相続税は、これら相続によって取得した財産をすべて金銭的な価値に置き換えて評価した上で課税されます。

相続を契機とした財産移転に対する相続課税の課税根拠については、遺産課税方式を採るか遺産取得課税方式を採るか(注)により位置付けは若干異なる面はありますが、基本的には、遺産の取得(無償の財産取得)に担税力を見出して課税するもので、所得の稼得に対して課される個人所得課税を補完するものと考えられます。その際、累進税率を適用することにより、富の再分配を図るという役割を果たしています。また、相続課税を、被相続人の生前所得について清算課税を行うものと位置付ける考え方もあります。これは、相続課税が、経済社会上の各種の要請に基づく税制上の特典や租税回避などによって結果として軽減された被相続人の個人所得課税負担を清算する役割を果たしている面があるというものです。さらに、公的な社会保障が充実してきている中で、老後扶養が社会化されることによって次世代に引き継がれる資産が従来ほど減少しない分、資産の引継ぎの社会化を図っていくことが適当であるとの観点から、相続課税の役割が一層重要になってきているとする議論もあります。

(注)遺産課税と遺産取得課税

主要国の相続課税を見ると、アメリカ、イギリスのように、被相続人の遺産全体を課税物件として、例えば遺言執行者を納税義務者にして課税する「遺産課税方式」と、ドイツ、フランスのように、相続人が取得した遺産を課税物件として、相続人を納税義務者にして課税する「遺産取得課税方式」の二つの体系に分かれます。

なお、個人から贈与(遺贈、死因贈与以外)により財産を取得した者に対しては、その取得財産の価額を課税価格として、贈与税が課されます。贈与税は、相続課税の存在を前提に、生前贈与による相続課税の回避を防止するという意味で、相続課税を補完するという役割を果たしています。また、相続課税と同様、贈与という無償の財産取得に担税力を見出して課税するという位置付けもあります。

(参考1)個人所得課税と相続課税

わが国の現行所得税法では、相続・贈与により取得するものは、所得税を課さず、相続税・贈与税という別体系の下で課税しています。しかし、特にわが国のように遺産取得課税方式を基本とした相続課税制度の下において、「所得は消費と純資産の増加の合計である」という包括的所得概念で所得を認識すれば、理論上は、相続・贈与による財産の取得も個人所得課税に取り込んで課税するという考え方があり得ます。しかし、一般的に個人所得課税が課税対象とする反復・継続的なキャッシュフローと、偶然にもたらされる所得である相続財産等とは性質が異なるので、仮に形式的に個人所得課税に取り込んだとしても、実質的には個人所得課税とは別体系の課税方法を採らざるを得なくなります。このため、わが国では、所得税とは独立の税目として相続税が存置されているものです。

(参考2)わが国の相続税の沿革

わが国での相続税の導入は明治38年(1905年)まで遡ることができます。導入後最初の大きな転機はシャウプ勧告に基づく昭和25年の全文改正です。課税方式が、遺産課税方式から遺産取得課税方式に変更されたほか、相続税を贈与税と一本化し、一生の贈与を累積し相続と合わせて課税するという方法が採られるようになりました(一生累積課税制度は、主に執行上の理由から3年後の昭和28年に廃止されました。)。その後、昭和33年には、税制特別調査会におけるわが国の相続税のあり方についての幅広い議論を踏まえ、遺産取得課税方式を採りつつも、税負担総額は各相続人の実際の取得にかかわらず法定相続人の数と法定相続分によって一律に算出するというわが国独特の制度(法定相続分課税方式)が創設され、現在に至っています。

(2) 相続税の現状
1) 相続税の基本的仕組み

わが国の相続税は、

イ.被相続人の遺産額(債務などを控除した後の合計課税価格)から基礎控除額(5,000万円+1,000万円×法定相続人数)を差し引いた後の課税遺産額を、

ロ.法定相続人の全員が民法の法定相続分の割合に従って取得したものと仮定した場合におけるその取得金額に、それぞれ10%から70%までの9段階の超過累進税率を適用して計算した金額を合計した金額を相続税の総額とし、

ハ.その総額を実際に取得した財産の課税価格の割合によって按分して、それぞれの者に係る相続税額とした上、

ニ.求めた税額から、配偶者、未成年者、障害者などの各人の事情に着目して設けられている税額控除をして、

各人の納付税額が導き出される仕組みとなっています。このほか、相続人が被相続人の一親等の血族と配偶者以外の者である場合に、その者の相続税額を2割増とする2割加算の制度、10年以内に二度相続が発生した場合の相続税額について、二度の相続間の期間の長短に応じて負担を軽減する相次相続控除(税額控除)の制度があります。

平成10年分の課税状況によれば、相続税が課される財産価額の約3分の2を宅地などの土地が占めています。土地の価額については、まず、実務上、国税庁の公表する路線価などにより公示地価(時価)の8割程度で評価されていること、さらに、小規模な宅地については一定の要件の下で路線価などに基づく評価額の8割を課税価格に算入しないことができる特例が講じられていることに留意しなければなりません(資料1)。

また、贈与税は、贈与を受けた者に対して、その年に受けた贈与の合計額から60万円の基礎控除額を差し引いた後の価額に、10%から70%までの13段階の超過累進税率を適用して課税されます。贈与税は生前における分割贈与による相続税負担の回避を防止するために設けられているという機能・性格から、税率構造は相続税よりも累進度の高いものとなっています。また、相続により財産を取得した者がその相続開始前3年以内にその被相続人から受けた贈与で贈与税の課税対象となるものについては相続財産の価額に加算して相続税を計算し、贈与の時点で課された贈与税額を相続税額から控除することとしています。

2) 相続税の負担水準等

平成12年度予算における相続税の税収は約1兆7,000億円と、国税収入の約3.3%を占めています。

相続税については、バブル期における地価の異常な高騰などを受けて、昭和63年以降、累次にわたり減税や各種の特例の拡充が行われてきましたが、その後の地価の大幅な低下により、その負担は大きく緩和されています。

課税最低限については、(資料2)のとおり、昭和63年の抜本的税制改革を含めて3次にわたり引上げが行われており、昭和63年の抜本的税制改革以前には「2,000万円+400万円×法定相続人数」であった基礎控除額は、現在では、「5,000万円+1,000万円×法定相続人数」となっています。この結果、相続人が配偶者と子3人という代表的ケースでの課税最低限は、昭和62年の3,600万円から平成6年以降の9,000万円まで2.5倍に上昇しています。

一方、税率構造についても、昭和63年の抜本的税制改革で、最高税率が75%から現行の70%に引き下げられたほか、3次にわたり税率適用区分の幅(いわゆるブラケット)の拡大や税率の刻み数の削減が行われました。

さらに、大都市圏を中心としたバブル期における地価高騰の進行や相続税が相続人の事業の継続や居住の継続の阻害要因となっている面があるとの問題提起に対応するため、一定面積までの小規模宅地についてはその価額の一定割合を課税価格に算入しない特例も随時拡充されてきました。この結果、例えば、事業用宅地(相続人が事業を継続する場合)について昭和58年の創設当初と現在とを比較すると、適用対象面積は200m2から330m2へ、減額割合は40%から80%へと、それぞれ大幅に拡充されてきています(資料2)。

こうした減税などの結果、現在の相続税の負担水準などは以下のとおりとなっています。

まず、相続税の課税割合を一年間の死亡者数に対する相続税課税件数の割合で見ると、平成10年では死亡者100人当たり約5人(5.3%)と、ごく限られた一部の資産家層のみを対象に負担を求める税となっています。

次に、相続税の課税対象者についての平均負担率を合計課税価格に対する納付税額の割合で見ると、平成10年では12.8%となっており、バブル期前と比較しても低い水準にあります(資料3)。

また、合計課税価格と納付税額の関係を見ると、課税件数の約8割は課税対象者の平均課税価格(約3億円)以下の者で占められている一方、平均課税価格以上である約2割の者の納付税額は全体の約8割となっており、相続税負担は上位の課税価格階級層に集中しています(資料4)。

なお、相続税負担の国際比較には困難な面もありますが(注)、大まかな比較を行うための目安として、主要国(アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス)について、一定のモデル(相続人が配偶者と子3人で、日本の法定相続分に従って遺産分割)の下で機械的に負担率を試算すると、わが国の平均合計課税価格である約3億円での負担率は、ドイツに次ぎ2番目に低い水準となるなど、少なくとも、課税対象者の大部分にとっての負担水準は、国際的に見ても決して高くない状況にあります。また、最高税率の水準がわが国よりも低いアメリカと比較しても、合計課税価格が約50億円を超えるまでは、わが国の負担率がアメリカの負担率よりも低くなっています(資料5)。

(注)相続税の国際比較を参考とする場合、(1)最高税率や課税最低限の水準だけをもっては全体の負担水準の軽重を計れないこと、(2)課税方式、特例、財産評価方法の相違などがあるので、一定の課税価格に対する負担率が同一であったとしても、実際の遺産総額に対する負担率は異なってくることに留意しなければなりません。

(3) 相続税の課題

当調査会は、最近における税制改正に関する答申の中で、相続課税に関しては、個人所得課税の抜本的見直しとの関連において、税率構造や課税ベースなどについて幅広く検討を行うことが適当であるとの考え方を示してきています。今後、そのような抜本的な見直しを具体化していくに当たっては、税制改正の流れや経済社会の構造変化を踏まえ、相続課税の役割をどのように位置付けていくかの検討が重要です。

1) 税制改正の流れと相続課税

21世紀における相続課税が、その富の再分配機能・財源調達機能を、どの程度、どのように発揮していくべきかは、税制全体の姿を踏まえて考えていく必要があります。

税制全体として見た場合の再分配機能は、今後とも個人所得課税がその中心的役割を果たしていくものと考えられます。しかし、個人所得課税の累進構造は相当程度フラット化の方向に緩和されてきました。また、消費税が税体系で重要な役割を果たすようになってきています。こうした変革は、経済に活力をもたらすことが期待されていますが、他方で、税制全体の再分配機能を弱める方向に働いてきたという指摘もあります。

相続課税の持つ富の再分配機能に関し、「相続課税にどの程度の累進性を持たせるか」については、次のような二つの考え方があります。一方は、今後、相続により資産を取得する機会に恵まれた者とそのような機会を持たない者との間での資産格差が拡大し、自己の努力以外を要因とする資産集中が進めば、同世代間の機会の平等を確保することが困難となり、不平等感の高まりと勤労意欲の減退に結び付きかねないという考え方です。他方で、資産家層に過重な負担を求めることは、自らの資産を大きくして子供に引き継がせたいという意欲を削いで、経済の活性化にマイナスの影響を及ぼすという考え方もあります。もとより、どの程度の累進性をもって、税制全体を通じた再分配を行っていくかは、その時々の経済社会状況やあるべき社会像により異なってくるものです。また、相続課税に限らず、税率構造を考えるに当たっては、その時々の財政状況も勘案しなければなりません。

ただ、いずれにしても、租税が公的サービスの費用を国民皆で広く分かち合うものであることをも考えると、「相続課税の対象者の範囲」については、相続課税がある程度の資産家層を対象とする税であると位置付けるとしても、そのあり方を見直していく余地があるのではないでしょうか。

また、今後、国民負担率が長期的にはある程度上昇していかざるを得ないと見込まれる中では、相続課税が納税をする者の勤労意欲に直接に影響を及ぼさないという意味で、経済に与える歪みが少ない税であるという点に十分留意しなければなりません。

2) 経済のストック化の進展と相続課税

相続課税のあり方については、相続課税の課税対象財産である家計部門の資産の保有・分布状況の推移を踏まえて議論することが重要です。

まず、家計資産は、高度成長期から最近のバブルの生成と崩壊という過程を経て、量的な面ではどのように変化してきているのでしょうか。国民経済計算から家計部門の資産残高の推移を見てみると、いわゆるバブル経済の崩壊による地価の下落もあって最近はやや落ち込みが見られるものの、平成10年末の資産残高は約2,500兆円とこの30年間に実質ベースでも約4.5倍にまで拡大しています。さらに、雇用者所得(フロー)の推移との比較で家計資産(ストック)の推移を見ても、昭和50年代前半以降開き始めた両者の伸びの差は、バブル経済の崩壊による地価下落で家計資産が落ち込んだ現在でも依然として大きいままです。このように、経済のストック化の進展がはっきりと見てとれます。

また、家計資産を金融資産(預貯金、保険、有価証券など)と実物資産(土地、建物など)とに区分して見てみると、実物資産が平成2年をピークに減少し続けているのと対照的に金融資産は最近も増加し続け、現在では、家計資産の半分近くを金融資産が占めるまでになっています(資料6)。

次に、家計資産の保有・分布状況を資産保有者の年齢との関係で見るとどのような特徴があるでしょうか。まず、金融資産、実物資産とも高齢者層に相当部分が集中しており、かつ、最近その傾向が強まってきていることが指摘されます。また、高齢者の資産家は、勤労者とは対照的に、一部の者に限定されず、数の上で比較的厚い層を成しているとの指摘もあります(注)。

これらを踏まえると、相続課税について、担税力を有する層が広がってきていると見ることができます。

このような資産の保有状況、さらに、今後の死亡者数の増加に伴い相続を事由とする資産移転が増加していくことをも踏まえると、今後、相続を契機とする資産の増加に着目して、より広い範囲に適切な税負担を求めていくことの重要性が高まっていくものと考えられます。

(注)国の統計として、個人が保有する資産を資産階級別に調査したものはないため、全国消費実態調査から、貯蓄現在高階級別、住宅・宅地資産額階級別の保有資産分布状況を見た結果によるものです。この調査からは、全体的な傾向として、資産分布を住宅・宅地資産額階級で見ると、高階級の資産家に資産が偏在している傾向が現れるものの、貯蓄現在高階級で見ると、保有資産は階級が高まるにつれて比較的なだらかに増加していく傾向があることも分かります(資料7)。

3) 少子・高齢化の進展と相続課税

少子・高齢化の進展は、社会保障費などの財政需要の増加など税制全体のあり方に関わる問題ですが、今後の相続課税のあり方を考えていく上でも影響を及ぼすものと考えられます。

わが国の平均寿命は伸び続けており、最近の約四半世紀で男女とも5年以上長寿化しています。また、人口の将来推計によれば、今後は、極めて高齢者層に偏った人口構成になっていき、死亡者数もピーク時(2036年)には現在の約1.75倍になることが予測されています。

このような高齢化の進展は、平均的には、相続による財産の取得時期が相続人のライフサイクルのより後半にシフトしていくことを意味し、ある程度の資産蓄積が図られている者に相続財産が移転することになります。このため、相続財産が相続人の経済的基盤を形成するという意味合いは相対的に薄れつつあります。また、少子化の進展は、経済のストック化の進展ともあいまって、相続人世代にとって、平均的には、相続で取得する財産額がこれまでより拡大することを意味します。

以上のような相続課税を取り巻く状況を総合的に踏まえると、相続課税について、ごく一部の資産家層を対象に課税するという従来の位置付けから、より広い範囲に課税していくという方向でそのあり方を検討していくことが必要と考えます。

(4) 課税ベース

相続税の課税ベースに関しては、基礎控除額により決定される課税最低限のほか、課税価格算出の特例や非課税財産が検討の対象となります。

1) 課税最低限

相続税の課税最低限を決めている基礎控除額は、バブル期に地価が異常に高騰したこともあって大幅に引き上げられてきました。また、課税価格そのものを減額する特別措置である事業や居住の継続に配慮した小規模宅地の課税価格の特例についても、その適用対象面積や減額割合について、ほぼ同様の観点から拡充が行われてきたことは先に述べたとおりです。しかし、地価はその後長期にわたって低下し続けています。このように、一時の地価水準の高さなどに配慮した現在の課税最低限の水準は見直していく余地があると考えられます(資料8)。

また、中期的に見ると、基礎控除額は、安定した経済成長を担う中間層の個人生活の経済的基盤を損なわないよう、所得水準の向上、地価を中心とする資産価格の上昇などに伴う個人資産の蓄積に併せて引き上げられてきました。このような考え方は、現行制度を形作るベースとなった、昭和32年の「相続税制度改正に関する税制特別調査会答申」以来の当調査会の答申で、ほぼそのまま踏襲してきています。この「中間層の生活基盤の形成を阻害しない水準」という考え方が今後も妥当するか否かについては、まず相続税の位置付けがどうあるべきかの議論を前提として問い直すことが求められます。高齢化の進展や経済のストック化の進展により、生活基盤の形成が既に終盤に差し掛かった時点で相続が発生することが多くなり、その資産が厚みを持ってきているという状況を踏まえると、相続人の生活基盤の形成過程に相続税が及ぼす影響は小さくなってきていることに留意しなければなりません。また、仮に相続税の課税される層が広がったとしても、その負担が軽度であれば、直ちに生活基盤の形成が阻害されることになるとは言えない点にも留意しなければなりません。

なお、仮に課税最低限の水準の見直しを行う場合には、控除の仕組みを工夫し、相続人の年齢などの個別事情をも勘案した課税最低限の設定方法を考えていかなければならないのではないかとの指摘もあります。

2) 課税対象財産

相続税は、相続により取得した財産をすべて金銭的な価値に置き換えて評価した上で課税するものですから、すべての財産を平等に取り扱うことが課税の公平上求められます。仮に、特定の財産について、その全部又は一部を課税ベースから除外すれば、相続税が国民の資産選択の中立性を歪めることとなりかねず、租税の基本原則である「中立」の原則にも反することとなります。しかし、相続税においては、財産の性格や使途により、社会的、公共的見地から課税を適当としない財産について、例外的に非課税財産を設けたり、特例措置の対象としているものもあります。

イ.非課税財産

非課税財産のうち、例えば、死亡保険金・死亡退職金は、働き手を失った遺族らの生活保障としての性格からそれぞれ一定額が非課税とされています。この非課税とされる額は、累次にわたって引き上げられてきた結果、現行では、各々500万円に法定相続人数を乗じた額となっています。これら死亡保険金・死亡退職金については、公的な社会保障制度が充実してきていることなどを踏まえ、資産選択への中立などの課税の中立性、税制の簡素化などの観点に留意しつつ、そのあり方を見直していくべきとの意見があります。

ロ.小規模宅地等

被相続人の事業や居住(以下「事業等」と言います。)のために用いられていた宅地を相続人が事業等を継続していくために用いる場合には、一定の規模までの宅地については事業や生活の基盤そのものであって、他の資産とは異なった取扱いをしてもよいのではないかとの観点から、現行制度では、小規模な事業用・居住用の宅地につき課税価格の特例が設けられています。

このような特例を設けることについては、特に事業承継に関して、一方で、事業の次世代への円滑な承継が事業者の経営意欲を高め、中小企業の活性化につながるとの意見があります。反面、事業承継に配慮することは、親の財産などに依存せずに自ら起業する者と事業を承継する者との機会の均等を欠き、ひいては、次世代の経営能力のいかんを問わず事業資産の移転を促進することで資源配分の効率性を損なうことになるとの意見もあります。このように、事業承継への配慮の必要性について両論があり得ることに留意して、そのあり方を検討していかなければなりません。

ただ、いずれにしても、小規模であっても宅地を過度に優遇すれば、相続税の有する富の再分配機能を大きく損なうこととなりかねません。また、例えば、地価の高い地域に宅地を有する者が有利となっている実態がないか、事業等の継続のいかんを問わず宅地価格(路線価など)の5割は課税価格に算入しないこととしている点に問題はないか、事業等の継続に配慮するという趣旨に適った制度の利用が担保される仕組みとなっているか、といった観点から仕組みを見直していかなければならないとの意見や長期にわたる地価の低下を踏まえて、その縮減を図るべきではないかとの意見もあります。この特例のあり方については、相続税の基本にも関わりかねない問題の一つとして、その趣旨、地価の動向、資産選択の中立性に与えている影響を踏まえた不断の見直しが必要です。

小規模宅地と並んで農地についてもその承継につき特例措置が講じられています。農地に係る相続税・贈与税の納税猶予の特例は、農業政策の観点から、法律上、その利用・転用・譲渡が厳格に制限されていることなどを踏まえ、自ら農業経営を継続する者を対象に認められているものです。したがって、今後とも、食料・農業・農村基本法や農地法などに基づく基本的な農業政策などのあり方、さらに、農地の転用制限などの実態を踏まえつつ、農地の納税猶予制度のあり方について検討していく必要があります。

ところで、かつては、長子相続制度の下で、長子が代々の事業をごく普通のこととして引き継いでいましたが、今日では、民法の均分相続制度の下で、基本的に兄弟全員が財産を均等に相続することとされているため、相続人間で協議が整わない場合には、代々続いた事業を売却して財産を分割せざるを得ないというような問題も起こります。事業の承継の問題を考えるに当たっては、このように、税制では解決し得ない問題が少なからずあることにも留意しなければなりません。

(5) 税率構造

当調査会は、「平成12年度の税制改正に関する答申」において、現行の最高税率は、個人所得課税の最高税率(50%)との較差が大きく、諸外国の例に比しても相当高い水準にあることに鑑みれば、これを引き下げる方向で考えていくことが適当であるとの考え方を示したところです。ただ、その場合、相続を原因とする無償の財産取得に対して課税するという相続税の性格を踏まえると、相続税の最高税率を個人所得課税の最高税率と同じ水準にまで引き下げるのが適当かどうかについては、慎重に検討する必要があります。

なお、税率構造については、近年、税制簡素化の観点から税率の適用区分を拡大し刻み数を縮減する方向にあります。しかし、相続税は臨時・偶発的に発生するものであり、個人所得課税におけるような各年ごとの負担累増感の問題はなく、遺産額により税負担を大きく変動させるのは適当でないので、遺産額に応じたある程度滑らかな負担の変化を確保することが望ましいと考えます。

いずれにしても、最高税率を含む税率構造を見直す場合には、相続課税の今後のあり方に関する方向性を踏まえ、課税ベースなどの見直しを併せて検討することが適当です。

(6) 贈与税
1) 基本的考え方

贈与税の有する相続税の補完税としての役割を踏まえれば、贈与税のあり方は、相続税のあり方と密接に関連するものであり、相続税の抜本的な見直しと関連して検討を加えることが適当です。

贈与税については、高齢化の進展により被相続人・相続人双方の年齢が上昇する中で、今後、特に親子間において、相続の機会を待つことなく財産を移転させる必要性が高まっていくのではないか、また、高齢者層に資産が偏在している状況を踏まえると、わが国の経済成長を支えている若年・中年世代への早期の財産移転が、経済社会の活性化を図る上で望ましいのではないか、との考え方があります。このような立場から、相続に対する税負担と比較すれば高い贈与に対する税負担を軽減する方向で贈与税のあり方を検討していくべきではないかとの意見がありました。これに対し、今後の税体系において相続税の有する富の再分配機能が果たすべき役割はより重要となっていくので、贈与税の負担軽減には慎重であるべきではないか、若年・中年世代への早期の財産移転を促すことに着目して贈与税負担を引き下げる場合でも、相続税の課税対象が現在のようにごく一部の資産家層に限られている状況の下では、財産移転を促す効果が非常に限定的になりはしないか、という意見がありました。

なお、仮に、贈与税負担の引下げを検討する場合には、贈与税が担っている相続税の課税回避を防止するという基本的な機能を損なわないようにすることが肝要であり、執行の実情を踏まえ、諸外国の制度も勘案しつつ、贈与税負担の水準や相続税・贈与税間の調整のあり方(注)についても検討していかなければなりません。

(注)相続税・贈与税間の調整

わが国の贈与税は、一年間の贈与につき暦年ごとに課税しつつ、被相続人の死亡直前の生前贈与による相続税負担の回避に対応するため、例外的に相続前3年以内になされた贈与財産についてのみ相続財産に加算して相続税として課税する方法を採っています。これに対して、アメリカでは、生前贈与を一生にわたって累積課税し、最終的には相続時に相続と合わせて課税する方法が採られています。また、ドイツ、フランスでは、10年間の贈与を累積し、その期間内に相続による財産取得があれば、合算して課税する方式が採られています(資料9)。

2) 基礎控除

贈与税については、現在、受贈者一人当たり年60万円とされている基礎控除額を、親子間での財産移転を行いやすくするために引き上げるべきとの意見があります。

しかし、贈与税の基礎控除は、執行当局の事務処理や納税者の申告に要する手間を勘案し、少額不追求の観点から設けられているものであること、安易な引上げは、相続税の課税回避を防止するという贈与税の機能を損なうこととなるほか、相続税の課税ベースの縮小につながり、上述の相続税の今後のあり方にも反してくるなどの問題があることに留意しなければなりません。

(7) 国際化・情報化の進展等への対応

平成10年に実施された外国為替管理法の抜本的改正など最近における資金移動の自由化の進展などにより、個人の今後の資産保有形態は、例えば生活の本拠は国内に置きつつ、経済活動や資産管理の拠点は国外に置くというように、一層多様化していくことが予想されます。また、こうした傾向は、情報化の進展によって更に加速されるものと考えられます。同時に、経済活動のグローバル化、さらには価値観の多様化に伴い、生活の拠点すら国外に移す者も稀ではなくなってきています。平成12年度の税制改正では、このような状況に対応し、国外に住所を有する一定の者への相続・贈与につき国外財産も課税の対象とする措置を講じました。

今後とも、国際化・情報化に限らず、財産運用手段の多様化などを通じて、様々な形態の租税回避手法が出現してくることが予想されます。したがって、引き続き、税制・執行の両面を通じて、適正・公平な課税の確保が図られるよう、経済社会状況の変化に即応した不断の検討と適切な対応が必要と考えます。

3.地価税

地価税は、土地基本法に定められた基本理念に則り、公共的性格を有する資産である土地に対する適正・公平な税負担を確保しつつ、土地の資産としての有利性を縮減する観点から、土地の資産価値に応じた税負担を求めるものであり、平成3年のいわゆる土地税制改革において創設されたものです(平成4年1月1日実施)。

平成8年には、土地税制改革後の急激かつ継続的な地価の下落を踏まえ、土地の取得・保有・譲渡の各段階にわたる税負担のあり方を全般的に見直し、一定の調整を行うこととされました。このような見直しの一環として、地価税についても、税率の引下げや基礎控除の引上げが行われました。

さらに、平成10年には、土地基本法の下で資産に適正な負担を求めるといった資産課税としての意義は引き続き認められるものの、長期にわたる地価の下落、土地取引の状況等の土地をめぐる状況や、経済情勢、さらには、金融システム安定化の観点を踏まえ、当分の間、地価税の課税が停止されています。

(注)地価税の納税義務者は、国内にある土地及び借地権等を有する個人及び法人であり、課税時期(毎年1月1日)に有する土地の価額の合計から一定の基礎控除額を差し引いた価額に、税率を乗じて計算する仕組みとなっています。

地価税においては、課税時期において個人又は法人の有する土地等は、その利用状況や地域などを問わず、原則としてすべて課税の対象とされます。ただし、土地の資産としての有利性を縮減するという観点と、わが国の経済に与える影響や個々の納税者に対する負担に配慮するという観点を総合的に勘案の上、居住用宅地や地価の低い土地、一定の公益的な用途に供されている土地等については、原則として非課税とされています。

4.固定資産税

(1) 固定資産税の意義と沿革
1) 固定資産税の意義

固定資産税は、土地、家屋及び償却資産という3種類の固定資産を課税客体とし、その所有者を納税義務者として、当該固定資産の所在する市町村(特別区については東京都)が、当該固定資産の価値に応じて毎年経常的に課税する財産税です。

土地、家屋及び償却資産に対し固定資産税が課税されるのは、これらの資産の保有と市町村の行政サービスとの間に一般的な受益関係が存在するためです。ただし、このことは、固定資産税の税額が具体的な市町村の行政サービスの量に応じて定まることを意味するものではなく、資産価値を表す価格に対して比例税率で課税することとされています。

また、固定資産税は、資産価値に応じて課税される物税とされており、資産の所有者の所得などの人的要素は考慮されない建前となっています。

2) 固定資産税の沿革

現行の固定資産税は、シャウプ勧告に基づいて昭和25年に市町村税として創設されたものです。

土地に対する課税は古くから行われており、工業化社会の進展に伴い所得課税が中心となるまでは、むしろ主たる租税は土地に対する課税でした。まず、明治6年(1873年)に土地の地価を課税標準として国税で地租が導入され、地方税として地租附加税が課されました。昭和6年には課税標準が地価から賃貸価格に改められ、昭和15年以後は、地租は還付税として全額が道府県に分与されることとなりました。その後、昭和22年に地租は道府県の独立税とされ、昭和25年に課税標準を資本価格(適正な時価)として固定資産税に統合されたものです。

家屋に対する課税は、明治3年(1870年)の東京府下の家屋税に始まると言われています。その後明治15年(1882年)に道府県の戸数割に代わるべき選択税として坪数などを課税標準として家屋税が設けられ、大正15年(1926年)以降は家屋の賃貸価格を課税標準とすることとされました。昭和15年に家屋税は国税とされ、別に道府県及び市町村は家屋附加税を課することとされましたが、家屋税についても、その全額が道府県に還付税として分与されました。その後、昭和22年に家屋税も道府県の独立税とされ、昭和25年に土地と同様に資本価格(適正な時価)を課税標準として固定資産税に統合されることとなりました。

償却資産については、特定の資産に対する課税として、例えば電柱税、船舶税、軌道税及びこれらの附加税が法定税として課されており、他に若干の法定外普通税が課税されていました。これらの諸税も昭和25年に創設された固定資産税に統合され、償却資産一般に対する課税が始まったところです。

昭和25年の固定資産税の創設以来の主な制度改正は次のとおりですが、その他にも、非課税関係の改正、課税標準の特例関係の改正及び免税点の引上げなどが行われてきました。

昭和29年度 標準税率を1.4%(従前1.6%)に、制限税率を2.5%(従前3%)に引下げ(ただし、昭和29年度は経過措置として標準税率は1.5%とされた。)
昭和30年度 評価事務の簡素・適正化を図る観点から3年ごとの評価替えの仕組みを創設
大規模の償却資産の特例制度を創設
昭和34年度 制限税率を2.1%に引下げ
昭和39年度 固定資産評価制度調査会の答申に基づき新固定資産評価制度を実施するとともに、土地に係る税負担の調整を実施
昭和41年度 納税者の税負担の激変を緩和しつつ暫時税負担の不均衡を解消するため新たな負担調整措置を実施
昭和46年度 市街化区域農地に対する課税の適正化措置(宅地並み課税)を実施
昭和48年度 負担調整措置及び早期に評価額課税に近付けるための措置を実施
住宅用地に係る課税標準の特例措置(2分の1)を創設
昭和49年度 小規模住宅用地に係る課税標準の特例措置(4分の1)を創設
平成6年度 土地基本法などの趣旨を踏まえ宅地について地価公示価格の7割を目途とする評価替えを実施
住宅用地の課税標準の特例措置の拡充(小規模住宅用地:4分の1→6分の1、一般住宅用地:2分の1→3分の1)を含む総合的な負担調整措置を実施
平成9年度 負担水準の均衡化を基本とする税負担の調整措置を導入

(参考)土地評価の均衡化・適正化の経緯等

固定資産税の土地の評価については、昭和の終わりから平成の初めにかけての著しい地価高騰の中で、大都市地域を中心に固定資産税評価額の地価公示価格に対する割合が低下するとともに、評価水準のばらつきが顕著となりました。こうしたことから、平成6年度の評価替えにおいて、土地基本法第16条、「総合土地政策推進要綱」、「平成3年度の税制改正に関する答申」などの趣旨を踏まえ、地価公示価格の7割を目途にその均衡化・適正化が図られました。

平成6年度の評価替えの趣旨は、基本的に土地評価の均衡化・適正化を図ろうとするものですから、それに伴う納税者の税負担については、急激な変化が生じないように総合的な調整措置がなされました。

その後、平成9年度及び平成12年度の評価替えにおいても、平成6年度と同様、引き続き、土地評価の均衡化・適正化が図られています。

また、土地の固定資産税評価については、課税事務の簡素化などの観点から、3年に1度評価替えを行い、評価替えの年度(基準年度)において評価した価格を第2年度及び第3年度(据置年度)において、そのまま課税標準とすることを原則としています。しかし、全国的に地価の下落が続いていることから、平成9年度の税制改正においては、この状況を反映させるため、地価の下落が認められる場合には、据置年度である平成10年度及び平成11年度であっても、市町村長が基準年度の価格に一定の修正を加えることができるという特例措置を設けたところです。なお、平成12年度の税制改正においても、依然として地価の下落が続いていることから、据置年度である平成13年度及び平成14年度について、同様の特例措置を講じています。

(2) 固定資産税の仕組み
1) 課税標準

固定資産税の課税標準は、原則として、固定資産の価格(適正な時価)で固定資産課税台帳に登録されたものです。

価格は自治大臣が定めた固定資産評価基準によって各市町村が評価・決定しますが、土地及び家屋については基準年度(3年ごと)に評価替えが行われ、特別の場合を除いて、価格は3年間据え置かれることとなっています。

特定の固定資産については、公共的性格を有することに基づく非課税措置、公共料金の抑制、国際競争力の強化、公害対策の充実などの政策目的を推進するために価格に一定率を乗じた額を課税標準とする特例措置が講じられています。

また、住宅用地については、小規模住宅用地の課税標準をその価格の6分の1(一般住宅用地については3分の1)の額とする特例措置が講じられているほか、一定の条件を満たす新築住宅については3年間(3階建て以上の耐火建築物については5年間)税額の2分の1に相当する額を減額する措置などが設けられています。

2) 税率

固定資産税の税率は、標準税率を100分の1.4とし、標準税率を超える税率で課する場合においても100分の2.1を超えることができないこととされています。

(3) 固定資産税負担の状況
1) 固定資産税の地位

地方税における所得・消費・資産等に係る課税の税収構成の推移を見ると、最近は資産課税等のウェイトが高まってきている傾向が窺えます。

税収の安定度の観点から見ると、法人関係税には景気動向に左右されやすいという面があり、固定資産税は法人関係税の不安定度を一定程度補完してきたと言うことができます。

平成10年度における固定資産税の割合は、租税総額に対して10.4%、地方税総額に対して25.2%、市町村税総額に対して43.8%となっています。

しかしながら、これまで安定的に推移してきた固定資産税収も、土地分に関しては、平成9年度評価替え以降、負担水準の均衡化を重視した税負担の調整措置を導入した結果、税収の伸びが著しく低下し、既に主な大都市においては土地分の固定資産税収は減少に転じています。

また、家屋分の税収についても、建築物価などの下落傾向に伴い、平成9年度評価替えにおいて初めて対前年度比で減収となり、平成12年度評価替えにおいても同様の傾向となる見込みです。

このように最近の固定資産税収の伸びは鈍化しているものの、住民税減税の影響などにより、結果として平成10年度には固定資産税が市町村税の中で最大の税目となり、さらに平成12年度には固定資産税が市町村税総額の45.9%、市町村民税が40.0%となる見込み(平成12年度地方財政計画)です。

2) 国民所得及び租税総額に対する不動産税の割合の国際比較

OECDの資料によれば、1997年度(平成9年度)において、わが国の不動産税(償却資産を除く固定資産税、都市計画税、特別土地保有税及び地価税)は、租税総額に対して9.4%、国民所得に対して2.2%の割合となっています。

これを諸外国と比較してみると、例えばアメリカでは租税総額に対して12.5%、国民所得に対して3.4%となっているほか、イギリスにおいても不動産税の割合はわが国よりも高くなっており、フランスでも国民所得に対する割合はわが国よりも高くなっています。

(4) 負担水準の均衡化
1) 負担水準のばらつき

平成6年度の評価替えにおいて、宅地の評価水準を全国一律に地価公示価格の7割を目途とすることとされましたが、それまでの評価水準の状況を反映して、各宅地の評価額の上昇割合にばらつきが生じました。

一方、この評価替えによって税負担が急増しないようにするため、例えば評価額が2倍になった商業地等の課税標準額は平成6年度から平成8年度までの3年間で13%程度の上昇に、評価額が3倍になった商業地等では同じく15%程度の上昇に抑えられるなどの負担調整措置が講じられました。

この結果、評価額と課税標準額との間に大きな開きが生じるとともに、評価替えによる評価額の上昇が大きかった土地ほど負担水準(評価額に対する課税標準額の割合)が低いという状況になりました。

さらに、平成4年度以降、全国的に地価の下落が始まり、地価の下落が大きい土地、すなわち負担水準の分母となる評価額が大きく下がった土地ほど負担水準が高くなるという傾向が生じましたが、地価の下落の程度は土地ごと、地域ごとに異なっていたため、負担水準のばらつきが拡大する結果をもたらしたところです。

2) 負担水準の均衡化の推進

このように負担水準にばらつきが存在することは課税の公平の観点から問題があるところであり、これを是正することが重要な課題となっています。

しかしながら、直ちに負担水準の均衡化を図ろうとした場合、均衡化すべき水準の設定いかんによっては、税負担が大幅に急増する土地も生じてしまうことや、市町村によっては大幅な減収となるなどの問題があることから、負担水準の均衡化は納税者の税負担への配慮や市町村財政への影響なども勘案しながら進めていく必要があります。

(これまでの取組み)

平成9年度の評価替えに伴い、評価額の上昇割合に応じて税負担の調整措置を行ってきた従来の方式を、負担水準に応じた調整措置に改め、負担水準の均衡化に向けた抜本的な取組みが始められました。

具体的には、例えば商業地等の場合、負担水準の高い土地(具体的には80%超)は課税標準額を評価額の80%まで引き下げ、負担水準がある程度高い土地(具体的には60%以上80%以下)は課税標準額を前年度と同額に据え置き、負担水準が低い土地(具体的には60%未満)は負担水準に応じた負担調整措置により税負担をなだらかに引き上げていくこととするなどの措置が平成9年度から平成11年度までの3年間講じられました。

この結果、負担水準の均衡化がある程度進展しつつありますが、依然として地域や土地によって相当のばらつきが残っています。

(平成12年度税制改正)

平成12年度税制改正においては、評価替えに伴う税負担の調整措置について、特に最近の地価の下落傾向に伴う都市部の商業地等の税負担感に配慮し、負担水準の高い土地の税負担を更に引き下げつつ、負担水準の均衡化を一層促進する措置を講じることとされました。

具体的には、商業地等の課税標準額の上限について、平成11年度までは評価額の80%とされていたものを、平成12年度及び平成13年度は75%に、平成14年度は70%に引き下げる一方、60%未満のものについては平成11年度までと同様に負担水準に応じてなだらかに税負担が上昇するような負担調整措置を基本に均衡化を進めることとされています。

同じ評価額の土地であれば同じ税額を負担するということが税の公平の観点から重要であり、今後においても、負担水準の均衡化に向けた措置を講じることにより、できるだけ早く負担水準のばらつきを解消することが必要です。このことは、固定資産税をより透明で分かりやすい制度とすることにもつながるものです。

(参考)地価動向と固定資産税負担
地価の下落が続いている中で固定資産税負担が上昇しているという指摘があります。

土地に係る固定資産税の負担については、上記のとおり、平成9年度以降、負担水準の均衡化を基本とした調整措置が講じられており、一定の負担水準に達した土地については地価が下落すればこれに応じて税額も引下げとなる仕組みとしつつ、特に負担水準が低い土地についてなだらかに税額を引き上げる措置が講じられているものです。

したがって、地価の動向に関わりなくすべての土地について税額が上昇しているわけではなく、税額が引上げとなっているのは、地価が上昇している土地を除けば、負担水準が低い土地ということになります。

現在は税負担の公平を図るために負担水準のばらつきを是正している過程にあることから、税負担の動きと地価動向とが一致しない場合、つまり地価が下落しているにもかかわらず税額が上昇する場合が生じていることも、やむを得ないものと言えます。

(5) 非課税等特別措置の整理・合理化

固定資産税は、市町村の基幹税目であり、その安定的確保が必要であるとともに、納税者の理解を深めていくためにも、負担の公平に向けた努力を行っていくことが必要です。したがって、当調査会として指摘してきているように、非課税等特別措置については、課税の適正化の観点から、政策目的が合理的か、政策手段として妥当か、利用の実態が低調となっていたり一部の者に偏っていないかなどの点について、今後も十分に吟味を行い、引き続き整理・合理化を行うことが必要です。特に、小規模住宅用地について価格の6分の1、一般住宅用地については価格の3分の1を課税標準とする大幅な特例措置が講じられており、地価の状況の変化や住民が応益的に負担すべき適正な水準を考えた場合、当該特例措置の拡充前の水準(小規模住宅用地は4分の1、一般住宅用地は2分の1)に戻すことについて検討する必要があります。

(6) 納税者の理解と信頼の確保

市町村の基幹税目であり、また市町村長の処分によって税額が確定するという賦課課税方式を採用している固定資産税においては、納税者の理解と信頼を確保することが重要な課題です。

すなわち、固定資産税の制度について、納税者の視点に立って、公平で分かりやすい仕組みにしていくこと、納税者に必要な情報が提供されることなどが必要とされます。

1) 公平で分かりやすい仕組み

固定資産税の評価は専門的すぎて分かりにくい、あるいは税負担の調整措置が複雑で理解できないといった声をよく聞きます。

固定資産税は資産価値に応じて課税されるものですので、その評価に当たっては、個々の固定資産の価格を可能な限り適正に評価する必要があります。また、納税者側の意見としても、自己の資産を公平かつ適正に評価してほしいという要請があり、そのためには、その評価方法はある程度精緻にならざるを得ない面を有しています。

また、税負担の調整措置については、課税の公平の観点から負担水準の均衡化を進める一方、税負担の急激な変動が生じないよう配慮する必要もあり、ある程度複雑な仕組みとなってしまっていることにもやむを得ない面があると言えます。

このように、固定資産税が現行のような制度となっているのは、公平かつ適正な評価と課税を確保するためであり、一面でやむを得ないものであるとも考えられますが、今後とも分かりやすさという要請に応えるための工夫を行っていくことが必要です。

2) 課税情報の公開

固定資産税においては、これまでも評価に関する情報を開示するための路線価の公開や、納税者自身が課税内容を確認することができるようにするための課税明細書の送付などを実施しています。

固定資産税の課税情報については、今後とも積極的に納税者に開示していくべきと考えますが、一方で、自らの情報を開示される者のプライバシー保護の要請にも留意していかなければなりません。

3) 固定資産評価審査委員会制度の改正

固定資産税の課税について納税者に不服がある場合にこれを救済する特別の仕組みとして、固定資産評価審査委員会の制度があります。これは、固定資産の価格に不服がある納税者は、独立した第三者機関である固定資産評価審査委員会に対して審査の申出をすることができるという制度です。

この制度に関しては、より納税者が活用しやすい制度となるよう、平成11年度の税制改正において、審査申出期間の大幅な延長や、審理手続の合理化・迅速化を図るための改正が行われています。

(7) 今後の固定資産税のあり方

1) 固定資産税は、どの市町村にも広く存在する固定資産を課税客体としており、また税源の偏りも小さく、地方分権の観点からも市町村税としてふさわしい基幹税目であり、その安定的確保が必要です。また、固定資産税に対する納税者の理解を深めていくためにも、負担の公平に向けた努力を行っていく必要があります。

平成6年度の評価替えに際して導入された地価公示価格の7割を目途とする評価水準については、これによって全国的な評価の均衡が図られていることなどから、基本的にはこれを維持していくことが適当であると考えられます。

2) 平成15年度以降の固定資産税の税負担については、これまでの負担の均衡化・適正化の方向を基本に、同年度の評価替えの動向及び負担水準の状況や市町村財政の状況などを十分踏まえ、適切に対応する必要があると考えます。

3) 固定資産税の税率に関して、地方分権の趣旨から、市町村が自らの判断で税率を決定していくことが重要であるとの意見や、現在進められている負担の均衡化がある程度図られた段階で議論すべき課題であるとの意見などがありました。

また、税負担の調整措置をできるだけ簡素なものにすべきであるとの意見や、土地の評価について更に透明性を高めるべきであるとの意見などがありました。

5.特別土地保有税

(1) 特別土地保有税の沿革

特別土地保有税は、昭和40年代後半に金融緩和の影響などにより地価が急騰したことを背景として、昭和48年度税制改正において土地保有に伴う管理費用の増大を通じて土地投機を抑制し、併せて土地の供給及び有効利用の促進に資することを目的として創設されました。

その後、昭和50年代初めに土地の取引活動や地価の動向が沈静化の傾向となり、また、国土利用計画法の施行など土地利用あるいは土地取引規制に関する諸制度の整備が進められました。こうしたことから、昭和53年度税制改正において恒久的な建物、施設等の用に供する土地に係る納税義務の免除制度が創設されました。また、昭和57年度税制改正においては、保有期間が10年を超える市街化調整区域内の土地を課税対象外とするなどの緩和措置が講じられる一方で、三大都市圏の特定市においては、住宅地などとしての土地の有効利用を促進する必要性が特に強かったことから、これらの都市の市街化区域内において特別土地保有税の課税の特例措置(いわゆるミニ保有税)が創設されました。

昭和60年代以降のバブル期における異常な地価高騰に対しては、平成3年度税制改正において全面的な見直しを行い、三大都市圏の特定市における課税の特例(免税点の引下げ及び免除制度の対象の縮減)を設けるとともに、保有分の課税期間の限定を撤廃するなど、課税の強化が図られました。

バブル期後においては、平成6年度税制改正においてミニ保有税の廃止、平成10年度税制改正において恒久的な建物等の用に供する予定の土地に係る徴収猶予制度及び納税義務の免除制度の創設、平成11年度税制改正において住宅・宅地供給に資する土地の譲渡に係る徴収猶予制度の創設、徴収猶予・免除制度における自己使用要件の廃止などが行われました。

(2) 特別土地保有税の仕組み
1) 課税標準等

特別土地保有税は、土地の取得価額を課税標準として、土地の保有と取得に対して課される税です。納税義務者は、土地の所有者又は取得者(土地の所有者等)であり、その土地の所在する市町村(特別区については東京都)が課することとなっています。

2) 税率等

特別土地保有税の税率は、土地の保有に対して課するもの(保有分)にあっては1.4%、土地の取得に対して課するもの(取得分)にあっては3%となっており、その税額は、課税標準額(取得価額)に税率をそれそれ乗じて得た額から、その額を限度として、保有分にあっては固定資産税の課税標準となるべき価格に1.4%を乗じて得た額を、取得分にあっては不動産取得税の課税標準となるべき価格に4%を乗じて得た額を、それぞれ控除した額となります。

3) 徴収猶予及び納税義務の免除制度

土地の所有者等が、その所有する土地を非課税土地として使用し又は使用させようとする場合、優良な宅地の供給に資する土地の譲渡などをしようとする場合、恒久的な建物等の用に供する土地として使用し又は使用させようとする場合などにおいて、市町村長がその事実を認定したところに基づいて定める日から2年を経過する日までの期間(延長可能)内にその土地について、当該使用者がその使用を開始したことなどの要件に該当することについて市町村長の確認を受けたときは、当該土地に係る特別土地保有税の納税義務を免除することとなっています。また、納税義務の免除に係る期間を限って当該土地に係る特別土地保有税の徴収金の徴収を猶予することとなっています。

(3) 特別土地保有税の意義

特別土地保有税は、その沿革でも述べたように、土地保有に伴う管理費用の増大を通じて、土地投機を抑制し、併せて土地の供給及び有効利用の促進に資することを目的として創設されたいわゆる政策税制であることから、土地をめぐる情勢の変化に応じて常に見直しが行われてきました。

現在の特別土地保有税は、バブル期に土地投機の抑制のために強化した部分について元に戻すなどの改正が行われ、さらに、恒久的な建物等の用に供する予定の土地に係る徴収猶予及び納税義務の免除制度が創設されたことなどにより、最終的に利用されない土地に対してのみ税負担が生じる仕組みとなっており、今日においては、未利用地の有効利用を促進する税制となっています。

(4) 特別土地保有税負担の状況

特別土地保有税の税収の推移を見ますと、一般的に地価高騰期には増収となり、地価安定期又は下落期には減収となっています。最近では、平成4年度に税収が1,635億円となってからは次第に減少し、現在では547億円(平成12年度地方財政計画)と過去最低の水準になっています。

これは、土地取引の件数及び取得価額の変動が一つの要因と考えられますが、特別土地保有税が土地対策のための政策税制であることから、地価高騰期には内容が強化され投機的土地取引を抑制し、地価安定期又は下落期には内容を緩和し未利用地の有効利用の促進という目的に特化するよう制度改正していることも大きな理由の一つとなっています。

(5) 今後の特別土地保有税のあり方

特別土地保有税については、納税義務の免除制度が広く適用されるため、既に最終的に有効利用される土地については税負担が生じない仕組みとなっており、土地の有効利用を促進する税制としての役割を果たしています。

こうした特別土地保有税の果たしている役割などに鑑み、必要な見直しは適宜行いつつ、今後ともその基本的な仕組みは維持していく必要があります。

6.都市計画税

(1) 都市計画税の意義

都市計画税は、都市計画法に基づいて行う都市計画事業や土地区画整理法に基づいて行う土地区画整理事業に要する費用に充てるため、都市計画法に規定する都市計画区域のうち原則として市街化区域内に所在する土地及び家屋に対してその価格を課税標準として課する市町村の目的税です。

このような目的税としての都市計画税の性格に鑑み、都市計画税を課するか否か、あるいは、その税率をどの程度にするかなどについては、地域における都市計画事業などの実態に応じて市町村が自主的に条例により規定することとされています。

(2) 都市計画税の沿革

都市計画事業や土地区画整理事業に要する費用に充てるための目的税としては、大正8年(1919年)の都市計画法の制定と同時に創設された都市計画特別税がありました。この税は、当時の都市整備財源の必要性の観点から、都市計画事業による地価上昇という利益を還元する目的を有する税として導入されたものです。その後、昭和15年の地方税法の制定により地方税に関する制度が体系的に整備されたことに伴い、名称が都市計画税と改められましたが、昭和25年の地方税制の全面改正に際し、同じ目的税である水利地益税によって都市計画事業の財源を得ることとされ、都市計画税は廃止されました。

しかしながら、水利地益税の課税額は、課税客体となる土地又は家屋が都市計画事業などの実施により特に利益を受ける限度を超えることができないものとされており、この「特に受ける利益の限度」の判定が実務上困難であったため、都市計画事業などの財源を調達する手段としては水利地益税がほとんど活用されなかったなどの問題点がありました。

そこで、臨時税制調査会中間答申(昭和30年12月)において都市計画税の創設が指摘されたことも背景として、翌昭和31年度の税制改正により目的税として再び都市計画税が設けられ、その後数次の改正を経て現在の制度となっています。

(3) 都市計画税の仕組み

1) 都市計画税の課税客体は、土地及び家屋とされています。都市計画税は、都市計画事業などの実施に伴い、都市環境の改善・土地の利用状況の増進などを通じて、土地及び家屋について一般的に利用価値が向上し、その所有者の利益が増大すると認められることから、その受益関係に着目して課される応益税としての性格を有するものと言えます。

2) 都市計画税の課税区域は、市町村の区域で都市計画法第5条の規定により都市計画区域として指定されたもののうち市街化区域内とされています。ただし、市街化調整区域においても、一定の開発行為が施行されることその他特別の事情がある場合には、条例で定める区域において課することができます。さらに、市街化区域及び市街化調整区域に関する都市計画が定められるまでの間においても、都市計画区域として指定されたものの全部又は一部の区域で条例で定める区域を課税区域とすることができるものとされています。

3) 都市計画税の制限税率は0.3%とされており、この率を超えて課することはできないものとされていますが、標準税率は設定されていません。固定資産税と異なり、市町村が定めることができる最高限度の税率である制限税率しか法定されていないのは、都市計画税によって調達すべき財源が個々の市町村の都市計画事業の量などによって大きく異なるため、すべての市町村を通じて適用される一定税率や標準税率を定めることはなじまないことによるものです。

上記2)に述べたように課税区域を市町村が地域の実情に応じて設定できることに加えて、具体的な税率は、都市計画事業などに要する費用の総額、国庫支出金や受益者負担金などの特定財源の額、財政状況などを総合的に勘案し、市町村がそれぞれ独自の判断に基づいて条例で定めるという分権時代にふさわしい仕組みとなっています。

4) 納税義務者は、都市計画税の対象となる土地及び家屋に係る固定資産税の納税義務者とされています。また、課税標準は、これらの土地及び家屋に係る固定資産税の課税標準となるべき価格とされています。さらに、原則として固定資産税と都市計画税を併せて賦課徴収すべきものとされており、簡素かつ効率的な仕組みとされています。

(4) 都市計画税の現状

都市計画法適用市町村数は2,003団体、都市計画事業施行市町村数は1,635団体(平成10年3月31日現在)となっています。都市計画税の課税団体は、全国で789団体(平成11年度)あり、うち 380団体が 0.3%の制限税率を適用しています。

平成10年度決算額においては、都市計画税による収入は、市町村税収入20兆6,027億円のうち1兆3,522億円(6.6%)を占め、市町村の都市計画事業などの重要な財源となっています。

(5) 都市計画税の使途

都市計画税は、都市計画法に基づいて行う都市計画事業又は土地区画整理法に基づいて行う土地区画整理事業に要する費用に充てるための目的税であることから、その使途はこれらに限られています(注)。

したがって、その税収が充当対象事業に要する費用を上回り、余剰金が生じる場合は充当対象外の事業に充当されることがないよう、特別会計において財源繰越を適正に行うなどの適切な対応が必要です。また、都市計画税の性格に鑑み、特別会計を設置して経理を明確に区分することや、議会に提出される予算書、決算書や説明資料に特定財源として明示するなどの議会に対する使途の明確化とともに、住民に対しても広報誌などにおいて都市計画税がどのような事業に充当されているかを周知し、アカウンタビリティを十分果たす必要があると考えられます。

(注)都市計画税は、現に実施中のこれらの事業、既に実施したこれらの事業及び今後実施することを決定されたこれらの事業のために必要な直接・間接の費用に充てることとされています。また、都市計画事業などに要する費用とは、事業の実施主体にかかわらず市町村の課税区域内で行われる事業の実施に必要な経費を言うものであり、国又は都道府県が実施する場合の負担金又は補助金についても、事業の用に供する費用に含まれます。

(6) 今後の都市計画税のあり方

都市計画税は、課税区域の設定や税率の設定において市町村が地域の実状に応じて決定できる分権時代にふさわしい税目であること、都市施設整備のための財源として重要であることなどを踏まえて、今後とも、都市計画事業などの需要に応じ、住民に身近な行政を総合的に担う市町村の自主的かつ主体的な運用がなされることが期待されます。また、納税者に対して受益と負担の関係を明らかにしていくため、その使途を一層明確化していくことが求められます。

7.登録免許税

(1) 登録免許税の意義と仕組み

登録免許税は、国による登記、登録、免許などを課税対象に、登記などを受ける者に対して、不動産の価額などを課税標準として、登記などの区分に応じた比較的低い税率で負担を求める税です。また、登録免許税は、基本的に、登記などによって生じる利益に着目するとともに、登記・登録などの背後にある財の売買その他の取引などを種々の形で評価し、その担税力に応じた課税を行うものです。

登録免許税を課税対象から見ると、不動産登記に対して課されるもの、商業登記に対するもの、人の資格や事業免許などに対するものなどがあります。不動産登記に対する登録免許税は、不動産(土地、建物など)の所有権の保存・移転登記などに対して課されるものです。不動産の価額(基本的に、固定資産税評価額を不動産の価額とします。)を課税標準とし、登記原因ごとに1,000分の6から1,000分の50までの税率を設定することにより、具体的税負担を決定する仕組みが採られています。また、商業登記に対する登録免許税は、会社の設立登記や増資の登記などに課されるもので、商業登記により会社が営業上の利益を受けることに着目するとともに、それらの登記の背後に担税力の存在を推認して課税するものです。例えば、株式会社の設立・増資などに係る登記であれば、資本金額を課税標準とする仕組みが採られています。さらに、医師、弁護士などの人的資格の登録、著作権などの無体財産権の登録、銀行業などの事業の免許などに対しても登録免許税が課されます。これらについては、登録などの件数に応じて一定額の負担を求めるという定額税率が設定されています(資料15)。

(2) 登録免許税の現状と今後の課題
1) 現状

平成12年度予算における登録免許税の税収は約8,000億円となっており、厳しい財政状況の下で貴重な財源となっています。公的サービスの提供に要する費用を広く公平に分かち合うためには、所得税、法人税、消費税といった限られた基幹税目のみならず、各種の税を組み合わせることによって偏りのない税体系としていくことが必要であり、こうした観点から、登録免許税は、引き続き重要な役割を果たしていくべきものと考えます。また、その仕組みが簡素で外形的に分かりやすく、登記制度に依拠しているため徴税コストが低いという点にも、その意義が見出されます。

2) 今後の課題

(注)。この課税標準の調整措置については、今後の地価動向、固定資産税の評価替えの動向や諸外国の負担状況などを勘案しつつ、税制の簡素化・安定性という観点から、特例を廃止し安定的な制度として構築していくことが適当であると考えられます。

(注)課税標準を減額するために固定資産税評価額に乗じる割合(負担調整割合)は、バブル期前の土地の時価に対する登録免許税の負担水準を維持するという基本的考え方の下、原則的な調整割合を2分の1程度とし、さらに、土地取引の活性化という政策要素を加味して設定されています。平成6年度の創設時は10分の4でしたが、平成11年度からは3分の1とされています。

また、不動産登記について、不実の登記が行われる原因として、登記原因別に設定されている税率格差など登録免許税に関する点を挙げる意見もあります。しかし、例えば、不実の登記と称されるもののうち登記の中間省略は、登記制度自体に起因しているとの指摘もあります。また、このような問題が発生する背景には、登記原因の認定が書面審査によって行われていることのほか、税務当局に質問検査権がなく、不実の登記による登録免許税負担の回避をチェックできないことも挙げられています。いずれにしても、このような問題については、登記制度機能の信頼を確保していくという観点から、登録免許税においても何らかの対応が必要かどうか、登記実務の実態を踏まえつつ、考えていかなければなりません。

ロ.近年、持株会社設立の原則解禁、株式交換・株式移転制度の創設など会社法制・独占禁止法の改正などが行われ、さらに、平成12年には会社分割法制を創設する改正商法が成立するなど、企業再編法制の整備が進み、これに併せ、企業組織の変更を伴う事業再編が活発化してきています。商業登記に対する登録免許税のあり方については、このような企業再編法制の整備の趣旨、商業登記により会社が営業上の利益を受けることに着目して課税するという登録免許税の趣旨などを踏まえ、その負担水準を含め、幅広く検討を行っていく必要があります。

ハ.人的資格の登録などに対する登録免許税については定額税率が設定されています。この定額税率の負担水準については、資格制度などをめぐる経済社会状況の変化などを勘案しつつ、適宜見直していくことが適当です。

8.不動産取得税

(1) 不動産取得税の意義と沿革
2) 不動産取得税の沿革

現行の不動産取得税は、固定資産税の税率を引き下げることによりその不動産に対する将来にわたる固定資産税の負担の緩和を図るとともに、不動産を取得するという比較的担税力のある機会に相当の税負担を求める観点から、昭和29年度税制改正により道府県税として創設されました。

(2) 不動産取得税の仕組み

不動産取得税の課税客体は、不動産(土地及び家屋)の取得とされています。また、納税義務者は不動産の取得者、課税標準は不動産の価格(原則として固定資産税評価額)とされており、当該不動産所在の都道府県において課されます。なお、不動産取得税は、財貨又はサービスの消費を課税対象とする消費税・地方消費税とは性格が異なるものです。

標準税率は、不動産の価格の100分の4となっています。これは、昭和29年以来100分の3とされていたものが昭和56年7月1日に引き上げられたものですが、その際住宅については100分の3に、また一定の住宅用土地については税額の4分の1を減額することにより実質100分の3に軽減され、以来これらの措置については、平成13年6月30日まで延長されています。

一定の住宅(当該住宅(共同住宅等の場合にあっては、独立的に区画された一の部分)の床面積が50m2(戸建て以外の貸家住宅にあっては40m2)以上240m2以下であるもの)については、価格から、新築住宅の場合1,200万円が、中古住宅の場合は当該住宅が新築された時点において控除するものとされていた額が、それぞれ控除され、これらの住宅のための一定の住宅用土地については、新築住宅用地・中古住宅用地ともに、住宅の床面積の2倍(200m2限度)に相当する土地の価格に税率を乗じて得た額が税額から減額されます。

(3) 不動産取得税の現状と課題
1) 現状

平成10年度決算額においては、不動産取得税による収入は、都道府県税収入15兆3,195億円のうち6,348億円(4.1%)を占め、都道府県の貴重な財源となっています。しかし、最近では平成8年度に税収が8,073億円となってからは次第に減少し、現在では5,831億円(平成12年度地方財政計画)とバブル期以前の昭和63年度(5,694億円)並の水準になっています。

2) 課題

イ.平成6年度、土地に係る固定資産税の評価水準について、地価公示価格の7割を目途に均衡化・適正化が図られたことから、平成6年以降、宅地評価土地に係る負担軽減措置が講じられています。この特例措置については、平成9年度及び平成12年度の評価替え後においても、評価替えの状況や土地取引の状況などを総合的に勘案し、引き続き講じられています。具体的には、平成12年1月1日から平成14年12月31日までの間に宅地評価土地を取得した場合に、課税標準を当該土地の価格の2分の1とすることとされています(注)。

この負担軽減措置については、今後の地価動向、固定資産税の評価替えの動向や諸外国の負担状況等を勘案しつつ、税制の簡素化・安定性という観点から、特例を廃止し安定的な制度として構築していくことが適当であると考えられます。

(注)宅地評価土地につき課税標準を軽減するために固定資産税評価額に乗ずる割合(負担調整割合)は、平成6年の創設時は2分の1、平成7年は3分の2、平成8年以降は2分の1とされています。

ロ.不動産取得税は外形的で分かりやすい税であり、所得課税等を補完する税として一定の税収をあげていること、不動産の取得、保有、譲渡の各段階で課税して全体として適正な税負担を求めることは、担税力を的確に捕捉し負担の公平を確保する観点からも適当であると考えられること、さらに長く都道府県財政を支える主要税目となっていること等を考えると、不動産取得税は引き続き重要な役割を果たしていくべきものと考えられます。

9.印紙税

(1) 印紙税の意義と仕組み

1) 印紙税は、契約書や領収書など、経済取引に伴い作成される広範な文書に対して軽度の負担を求める税であり、現在、契約書や領収書などの文書を作成した場合には、これに収入印紙を貼付するということが、取引上の慣習として定着してきています。

契約書や領収書などの文書が作成される場合、その背後には、取引に伴って生じる何らかの経済的利益があるものと考えられます。また、経済取引について文書を作成するということは、取引の当事者間において取引事実が明確となり法律関係が安定化されるという面もあります。

印紙税は、このような点に着目し、文書の作成行為の背後に担税力を見出して課税している税と言うことができます。

なお、印紙税は、金融取引や有価証券取引を含む各種の経済取引に対し、文書を課税対象として課税しているものであり、財貨又はサービスの消費を課税対象とする消費税とは基本的に性格が異なるものです。

2) 現行の印紙税法では、経済取引に伴い作成される文書のうち、不動産の譲渡契約書、請負契約書、手形や株券などの有価証券、保険証券、領収書、預貯金通帳など、軽度の補完的課税を行うに足る担税力があると認められる特定の文書を20に分類掲名した上、課税対象としています。

印紙税の納税義務は、課税文書を作成した時に成立し、その作成者が納税義務者となります。また、その課税納付制度は、課税文書の作成行為を捉えて、原則として納税義務者が作成した課税文書に印紙税に相当する金額の収入印紙を貼付することによって納税が完結する、客観的で簡素な仕組みとなっています。

印紙税の税率は、定額税率を基本としつつ、より担税力があると認められる特定の文書については階級定額税率を適用するとともに、特定の文書には免税点が設けられ、一定の記載金額以下の文書には印紙税を課税しない仕組みとなっています(資料16)。

(2) 印紙税の現状と今後の課題

1) 印紙税は、各種の経済取引に伴い作成される広範な文書に対して軽度の負担を求めることにより、税体系において基幹税目を補完する重要な役割を果たしています。また、平成12年度予算における印紙税の税収は約6,500億円となっており、厳しい財政状況の下で貴重な財源となっています。

公的サービスの提供に要する費用を広く公平に分かち合うためには、所得税、法人税、消費税といった限られた基幹税目のみならず、各種の税を組み合わせることにより全体として偏りのない税体系とすることが必要であり、こうした観点から、印紙税は、引き続き重要な役割を果たしていくべきものと考えます。

2) 印紙税については、昭和42年度の全部改正以後、昭和49年度、52年度及び56年度に税率引上げを中心とした改正が、平成元年度には物品切手などの5文書の課税廃止が、それぞれ行われてきましたが、今後とも、経済取引の進展等に伴う文書の作成実態の変化などを踏まえつつ、課税の公平・適正化等を図る観点から、必要に応じ、課税範囲や適用税率のあり方などについて検討を行っていくことが適当です。

なお、事務処理の機械化や電子商取引の進展などによるペーパーレス化が印紙税の課税ベースに影響を及ぼすのではないか、との指摘があります。この点については、現在、取引に伴う文書の作成義務やその様式を定めている各種の制度の動向や取引の実態を注視するとともに、課税の公平性・中立性を確保する観点から何らかの対応が必要かどうか、文書課税たる印紙税の性格をも踏まえつつ、検討を行う必要があると考えます(資料17)。

10.事業所税

(1) 事業所税の意義と沿革
1) 事業所税の意義

事業所税は、人口30万以上の都市等が都市環境の整備及び改善に関する事業に要する費用に充てるため、人口・企業が集中し、都市環境の整備を必要とするこれらの都市の行政サ一ビスとその所在する事業所等との受益関係に着目して、事業所等に対して課する目的税です。

2) 事業所税の沿革

事業所税は、大都市地域における人口、企業の集中に伴う都市環境整備のための大都市財源の充実が緊要であることに鑑み、昭和50年度に創設されました。

翌昭和51年度には、課税団体の人口基準を50万から30万に引き下げ、人口30万以上の都市においても新たに課税することができることとされました。

また、昭和55年度及び昭和60年度には、定額で定められている税率の見直しが行われています。

(2) 事業所税の仕組み
1) 課税標準等

事業所税には、事業所等において事業を行う者を納税義務者とし、事業所床面積(資産割)及び従業者給与総額(従業者割)を課税標準とする事業に係る事業所税と、事業所用家屋の建築主を納税義務者とし、新増設事業所床面積を課税標準とする新増設に係る事業所税とに分けられます。

また、事業所税においては、一定の都市施設や中小企業対策又は公害防止など政策目的の観点から非課税等特別措置が講じられています。

2) 課税団体

事業所税の課税団体は、東京都、政令指定都市のほか首都圏整備法に規定する既成市街地又は近畿圏整備法に規定する既成都市地区を有する市若しくは人口が30万以上の市とされており、平成12年4月1日現在で70団体となっています。

3) 税率等

事業所税の税率は一定税率で、事業に係る事業所税のうち資産割については事業所床面積1平方メートルにつき600円、従業者割については従業者給与総額の100分の0.25とされています。また、新増設に係る事業所税については新増設事業所床面積1平方メートルにつき6,000円とされています。

事業所税は、中小零細企業の負担を排除するため、免税点制度が設けられています。事業に係る事業所税については、事業所床面積が1,000平方メートル以下である場合には資産割を、従業者数が100人以下である場合には従業者割を課することができないこととされています。また、新増設事業所床面積が2,000平方メートル以下である場合には、新増設に係る事業所税を課することができないこととされています。

4) 使途

事業所税は都市環境の整備及び改善に関する事業に要する費用に充てるための目的税であることから、その使途はこれらの費用に限られています。

(3) 事業所税の負担の状況

事業所税の平成12年度地方財政計画における収入見込みは3,185億円となっています。

(4) 今後の事業所税のあり方

事業所等の都市への集中に伴う都市環境整備やそのための財源の確保は今日においても緊要の課題であり、事業所税の役割は重要なものとなっています。

事業所税のうち定額で定められている税率については、その負担が適正なものとなるよう、随時見直しを行うことが必要と考えます。

また、非課税等特別措置についても、政策目的の意義が薄れたものや適用実績が少なく政策効果が期待できないものを中心に引き続き整理・合理化を図っていく必要があります。

五 国際課税

1.国際課税の意義

(1) 国際課税とは

近年、経済活動の一層の国際化、企業の組織形態の多様化などを背景に、国際的な経済活動について、各国の課税権が衝突する、あるいは課税の空白が生じる可能性が高くなってきています。例えば、グローバルに展開している多国籍企業により行われる取引については複数の国が重複して課税する可能性があり、また、いわゆるタックス・ヘイブン(自国の税を低くすることにより外国資本等を誘致する国)のように所得に対する税負担のない国や地域に設立した子会社に所得を留保し親会社に配当を行わない場合、その親会社の本国でも子会社の国でも所得に対する課税が行われないことになります。このような場合が多くなれば、わが国の課税ベースが浸食され、税の公平性や中立性が損なわれるおそれが高くなります。

国際課税とは国境を越える経済活動に対する課税を言います。国際課税の問題の中心は、一言で言えば、他国の課税権との競合を調整(国際的な二重課税を排除)しつつ、一方で課税の空白を防止することにより、自国の課税権を確保することにあります。上に述べたような近年における社会経済情勢の変化に伴い、国際課税の問題がますます重要な課題となってきています。

(注)国際的な経済活動に対する課税に関しては消費課税や資産課税の問題もありますが、以下では主として個人や法人に対する所得課税の問題について取り上げることとします。

(2) 居住地国課税と源泉地国課税

国境を越える経済活動に対する課税権の行使については二つの考え方があります。一つは、納税者が居住している国(居住地国)がその納税者の全世界所得に対して(すなわち国外所得も含めて)課税するという考え方(居住地国課税)です。もう一つは、所得の源泉のある国(源泉地国)が、その国の居住者はもとより、それ以外の者(非居住者)に対しても源泉地国で生じた所得に対して課税するという考え方(源泉地国課税)です。

これらの考え方は、国際的な経済活動に対する課税権の範囲を、居住地国課税の場合は国とその国に居住する者との関係により、また、源泉地国課税の場合は国とその国に源泉がある所得との関係により、画するものですが、その結果、国外に源泉のある所得に対しては居住地国課税と源泉地国課税それぞれの考え方に基づいて重複して課税が行われる可能性が生じることになります。

(注)居住地国課税の考え方において居住者の国外に源泉がある所得に対して課税することについては、同一国の納税者が同じ水準の所得を有する場合には所得の源泉が国内であるか国外であるかにかかわらず等しい税負担を求めるべきであることが根拠とされています。また、源泉地国課税の考え方において非居住者に対して源泉地国で課税することについては、源泉地国での活動から生じる所得がある以上、非居住者であっても源泉地国における公共サービスなどの便益を享受することから応分の負担をすべきであること、国内における経済活動についてはその活動が居住者によるものでも非居住者によるものでも等しく取り扱うべきであることが根拠とされています。

居住地国課税と源泉地国課税の考え方は国際課税の問題を議論する際の基礎となるものですが、近年では、企業の海外展開の多様化・複雑化に伴い、例えば、企業のグループ化・多国籍化が進み、企業がいずれか一つの国の居住者であると明確に判断することが困難な場合も出てきており、こうした考え方のみに基づいて議論を進めることが適切でない場合もあります。

(注)わが国の税制における居住者・非居住者の定義については、所得税法は、わが国国内に住所を有する個人及びわが国国内に引き続き1年以上居所を有する個人を居住者とし、それ以外の個人を非居住者としています。他方、租税条約を含め国際課税の文脈においては、居住者・非居住者の用語は、内国法人・外国法人を含めて用いられています。

(3) 国際課税に係る議論の推移

国際課税の分野においては、各国において、国際的な経済活動に対する二重課税を排除しつつ同時に自国の課税権を確保することを目的として、法制度の整備が進められてきました。このような国際課税に係る議論の内容は、経済活動の進展、企業活動の変化、各国の財政事情等に応じて時代により変わっています。第二次世界大戦後から最近までにおける国際課税に係る議論については、以下のようにおおむね三つの時期に分けて整理することができます。

まず、第一期は、戦後の国際的な貿易・資本取引の増加に伴い、国際的な二重課税を排除することの重要性が強調された時期と特徴付けられます。企業が国外で事業を行う場合、その事業から生じる所得に対しては、居住地国と源泉地国による課税が重複して行われます。このような二重課税が存在する場合、企業が居住地国で事業を行う場合と国外で事業を行う場合とでは、後者の方が外国でも税を課される分だけ税負担が重くなります。仮に、二重課税が調整されず企業の活動場所によって企業としての税負担が異なれば、企業の活動場所の選択について中立性が確保されません。そこで、この時期、わが国を含めた多くの国が自国の企業の海外進出を後押しする観点から、外国税額控除制度の導入・整備により国際的な二重課税の排除を行うとともに、租税条約ネットワークを整備しました。

次に、第二期は、外国子会社を利用した企業の海外展開が活発になり、国内企業の所得が外国子会社に留保されるなど、国内企業の所得が国外に移転されることが問題とされた時期と特徴付けられます。特に、いわゆるタックス・ヘイブンを利用して税負担の不当な軽減を図る行為などが問題とされました。このような租税回避行為に対しては各国において適切な対応が採られてきましたが、わが国においても、諸外国の例も参考にして、国内法上、タックス・ヘイブン税制(昭和53年度)、移転価格税制(昭和61年度)などの制度が導入されました。

さらに、第三期は、一部の国で税収確保などの観点から移転価格課税の強化等により外資系企業に対する課税が強化され、結果的に他国(外資系企業の居住地国)の課税ベースまで浸食される事態が生じたことをきっかけに国際課税の問題について国際的議論の必要性が一層強く認識されるようになった時期と特徴付けられます。経済協力開発機構(OECD)の場で移転価格課税に係る国際ルールの見直しが議論され、その結果、1995年に移転価格ガイドラインが改訂されました。また、近年では、タックス・ヘイブンのみならず、先進国の中にも優遇税制により金融やサービスといった産業を誘致する国が現れてきました。各国が競って優遇税制を導入するようになれば、世界的な規模で課税ベースが浸食され、経済活動への課税の公平性・中立性が大きく損なわれてしまいます。このような「有害な税の競争」への対応については、現在、OECDやEUの場で議論が行われています。

2.国際課税の現状

(1) 基本的な仕組み
1) 国内法

わが国の国際課税の基本的な仕組みは、まず、所得税法や法人税法といった国内法によって形作られています。具体的には、わが国の課税権の確保の観点から、わが国に源泉のある所得についてのみ納税義務を課される非居住者・外国法人(制限納税義務者)についての課税ルールが定められ、また、わが国に源泉のある所得のみではなく全世界所得について納税義務を課される居住者・内国法人(無制限納税義務者)については、タックス・ヘイブン子会社等を利用して税負担の不当な軽減を図ることに対処するためのタックス・ヘイブン税制、国外の関連企業との取引価格(移転価格)を独立企業間価格と異なる過大なあるいは過少な移転価格に設定することによる所得の海外移転に対処するための移転価格税制、国外の親会社等からの過大な負債の導入による所得の海外移転に対処するための過少資本税制が設けられています。また、国際的な二重課税の排除に関しては、居住者・内国法人について、国外所得に対して外国で課された税を一定の限度の下でわが国において支払うべき所得税・法人税から控除、さらにこれらから控除しきれない場合には一定の限度の下で住民税から控除することを認める外国税額控除制度が設けられています。

2) 租税条約

国際課税に関する制度については、国内法のみならず、租税条約などの国際的な課税ルールも併せて考えなければなりません。国際課税に関する制度を含め、各国の税制の仕組みはそれぞれの国の事情により様々ですが、国際的な経済活動が活発化する中で、仕組みが異なる税制を有する国同士の間で両国に関わる経済活動から生じる所得に対する課税を行う場合の共通ルール、すなわち、二国間で締結される租税条約の果たす役割は一層重要となっています。

戦後、わが国も、各国と同様、租税条約ネットワークの整備に努めてきました。現在では、わが国は45の租税条約を締結しており、55ヶ国(注)に適用されています。また、租税条約を締結している国々への直接投資は、わが国企業による直接投資累計額の8割を超えています。

(注)旧ソ連邦との租税条約がロシア、ウクライナなどの10ヶ国に適用されることなどによるものです。

租税条約は、主として条約締結国間の課税権の調整を目的とするものです。具体的には、居住地国の課税権を前提としつつ所得の種類ごとに源泉地国の課税権を認める範囲などを規定しています。また、同時に条約相手国の国民・企業に対して不利な取扱いをしないという租税についての内外無差別を担保することなどによって国際間の資本移動、企業活動、人的交流等を円滑化する経済的基盤の役割を果たしています。また、適正な課税を確保するため、課税当局間の協力(相互協議、情報交換、徴収共助等)についての規定も設けられています。

(参考)国家の課税権の競合を調整する必要性については、既に1920年代から国際的に認識されており、二国間で締結される租税条約の統一に向けての本格的な検討が、当初、国際連盟において始められました。戦後は、この成果を踏まえ、1963年にOECD条約モデルがまとめられるなど、OECD租税委員会を中心に議論が行われてきています。その後、同条約モデルは数次の改訂を経ていますが、社会経済状況の変化に対応するため、現在も検討が続けられています。近年では、二重課税の防止のみならず、租税条約の恩典を受けることができる者の範囲やその適格性についても、課税ベースの浸食を防止する観点から、検討が行われています。

(2) わが国の取組み状況

国際課税の問題について国際的な取組みが重要であることはこれまでも述べたとおりです。したがって、わが国の国際課税に関する取組みの中でも、国際課税に係る紛争や租税条約の解釈上の問題を解決するための二国間の租税条約に基づく相互協議やOECDのような国際機関の場での議論への参加が重要な位置を占めるようになってきています。

例えば、わが国が締結している租税条約に基づく相互協議の発生件数は近年増えています。また、OECD租税委員会は国際課税のルール作りの議論が行われる重要な場であり、わが国も積極的に参加しています。同委員会の下には、国際課税の様々な専門的課題について議論を行う作業部会が設けられていますが、近年の社会経済情勢の急速な変化に伴い、これらの作業部会が頻繁に開催されるようになっています。

3.国際課税の課題

以下では、国際化や情報化の一層の進展などを背景に今後検討すべき国際課税の課題について述べますが、初めに個々の課題とその背景について簡単に触れておきます。

まず、外国法人の所得に対する課税については、企業が国境を越えた経済活動を行う際の事業形態の多様化が進んでいることなどから、法人課税の対象となる者の範囲についてどのように考えるのか、あるいは外国法人の支店等の拠点に対する課税のあり方についてどのように考えるのか、という問題があります。

また、外国税額控除制度については、控除対象となる外国で納めた所得に対する税が外国の制度に基づくものであるため、その性格の把握が容易でないという問題があります。企業の外国における活動が多様化し二重課税が生じる場合も様々になっている結果、この問題が一層顕在化していると考えられます。

企業の組織形態が多様化し企業集団の一体的経営が重要になる中で、多国籍企業のような複数の国にまたがる企業グループにおいては、その内部での国際的な取引の量が増加するとともに、その内容も複雑化しています。その結果、企業グループ内部の国際的取引から生じる所得に対する課税権を関係する各国の間でどのように調整するのかという問題の解決がますます重要になってきています。この点については、国内法上、移転価格税制やタックス・ヘイブン税制といった仕組みが既に設けられ、租税条約に基づく相互協議やOECDにおける国際的なルール作りもありますが、情報化の進展、サービスや無体財産に係る取引の急速な増加といった取引の質的な変化に伴い、独立企業間価格の算定のあり方や資料提出といった手続の問題など、新たな課題が生じています。

また、国際化や情報化の進展は租税回避が行われる可能性を飛躍的に増加させていると考えられます。この点については、これまでのようにタックス・ヘイブン税制などを活用していくことや執行当局による情報アクセスを確保することが一層重要になってきています。

さらに、金融やサービスなどのいわゆる「足の速い」経済活動を外国から誘致するために税制上の優遇措置を設けることが、先進国も含めて国際的に広く行われることになれば、「足の速い」経済活動に対する課税が困難となり、世界的な規模で課税ベースが浸食されるとともに、「足の遅い」労働や消費に対する税負担が相対的に重くなる結果、経済活動への公平性・中立性が著しく損なわれるおそれがあります。このような「有害な税の競争」への対応については、各国による取組みとともに、OECD等による国際的な取組みも重要です。

また、国際課税の問題への対処に当たっては、執行面も含めてOECD等を通じた国際的な協調の必要性が一層強く認識されるようになってきており、わが国としてもこれまでどおり国際的な議論に積極的に参加していくべきです。

4.外国法人課税

(1) わが国の外国法人課税制度

わが国の外国法人の所得に対する課税の基本的な仕組みは以下のとおりです。

1) 法人税の納税義務者としての「法人」については、人格のない社団等を除き、「法人格」の有無、つまり私法上「法人」とされるかどうかにより判定され、外国法人についても当該外国において私法上「法人」とされているかどうかにより判定されることになります。

2) 無制限納税義務者と制限納税義務者の判定については、わが国に本店又は主たる事務所を有する法人を内国法人(無制限納税義務者)とし、それ以外を外国法人(制限納税義務者)とする登録地主義(本店所在地主義)を採っています。

3) 法人課税の対象となる外国法人(制限納税義務者)については、その国内源泉所得について課税することとし、課税対象となる国内源泉所得の範囲を、国内における外国法人の支店等の拠点(恒久的施設。一般にPE(Permanent Establishment)と呼ばれます。)の有無とその拠点の態様(支店や営業所を有するか、建設作業等を長期間行っているか、代理人を置いているか)に応じて定めています。外国法人が事業活動のための拠点をわが国に有している場合には、内国法人に準じて、わが国において生じた収益からその収益を得るためにかかった費用を差し引いた所得に対して事業所得課税が行われます。また、そのような拠点がわが国に存在しない場合には、原則として投資所得に対する分離課税(所得税の源泉徴収)のみが行われます。

4) 外国法人の支店等の恒久的施設は、その外国法人から独立した取引主体とは取り扱われていません。そのため、外国法人の支店等と本店の内部取引は所得計算に関わらないこととされるなど、外資系内国法人(子会社)とは取扱いが異なります。

(2) 外国の多様な事業体の法人課税上の取扱い

近年、外国企業がわが国へ進出する場合などの事業形態を見ると、子会社や支店の開設といった方法に加え、外国のパートナーシップなどの構成員となる方法が採られるなど、事業形態が多様化し、これまでわが国ではあまり見られなかったものが現れてきています。

わが国の税制では、外国の事業体がその外国において私法上「法人」とされているかどうかにより、法人課税の対象とするかどうかを判断していますが、外国の多様な事業体の中には、その本国において私法上「法人」とはされないものの、自己の名前で取引をしているなど、その実態を見れば法人税の課税対象とすることがふさわしいものもあると考えられます。また、外国の事業体の活動から生じた所得に対してわが国が適正な課税を行うためには、事業体の活動や構成員たる企業・個人に関する資料の提出などを確保することが必要になります。

法人格を持たない事業体を法人課税上どのように取り扱うかという問題は、法人税制全体に関わるものですが、少なくとも外国の多様な事業体に係るクロスボーダー取引(国境を越える取引)の場面において、法人課税の対象について法人格の有無ではなく、活動の内容などの実質的な基準により判断する税法上の認識ルールを作ることや事業体に係る情報の収集方策などについて、諸外国の例も参考にして検討することが必要と考えます。この場合、法人課税の対象とするかどうかの基準の内容、納税者の選択の余地、わが国と外国とで取扱いが異なる場合の問題など、検討すべき課題は多岐にわたると考えられます。

(3) 制限納税義務者の判定基準

内国法人(無制限納税義務者)と外国法人(制限納税義務者)の区分について、諸外国の中には、法人の管理支配が行われる場所の所在をもって、どこの国の居住者であるかを決定する基準としている国があることや、資本取引が自由化されるにつれて、名目上の本店を外国に置き、内国法人としての無制限納税義務を免れようとする者が増加するおそれがあることから、法的な登記や登録がなされている場所により判定する登録地主義(本店所在地主義)だけではなく、法人の実質的な経営・管理の場所の有無により判定する管理支配地主義も併用すべきではないかという指摘があります。しかし、国際的に見ても管理支配地主義を採用している国の数が減少しており、また、タックス・ヘイブンにあるペーパー・カンパニーを利用した租税回避行為については既に必要な対策が講じられているため、現在では管理支配地主義を検討する必要性は少なくなっていると考えられます。ただ、今後、既に述べたように法人格を有しない様々な事業体を念頭に置いて法人課税の対象についての認識ルールにつき検討する場合に、そのような事業体に関して管理支配地主義を導入すべきかどうかについて検討する必要が出てくることも考えられます。

(4) 外国法人の支店等に対する課税

既に述べたとおり、外国法人の所得に対する課税に当たっては、支店等の恒久的施設が存在する場合には、内国法人に準じて事業所得課税が行われます。また、恒久的施設が存在しない場合には、原則として投資所得に対する分離課税(所得税の源泉徴収)のみが行われます。

わが国の国内法は、外国法人がわが国に支店等の恒久的施設を有する場合、すべての国内源泉所得に課税する総合主義を採用しています。外国の取扱いはそれぞれの国の事情により様々ですが、租税条約では一般に恒久的施設に帰属する所得についてのみ課税するという帰属主義の考え方により調整することとされています。わが国においても租税条約が適用される場合には、この考え方に基づいて課税が行われることになります。

また、わが国の国内法では、外国法人の支店等がその外国法人から独立した取引主体と取り扱われません。例えば、外国法人の本支店間取引は内部取引とされ所得計算には関わらないこととされています。これに対して、外国法人の支店等について外国法人の子会社の場合と同様の課税を行うべきではないかとの考え方があります。一部の国では、子会社形態で進出した場合とのバランスの観点などから、外国法人の所得の計算に当たり、支店も独立の取引主体として取り扱うこととされており、また、OECDにおいても、租税条約モデルについて、恒久的施設への課税に関して移転価格課税の場合のような独立企業原則を可能な限り採り入れるべきではないかとの議論が行われています。わが国としての対応についてはこのような議論も踏まえて検討していかなければなりません。

さらに、外国法人の支店等に対する課税の問題は、世界の金融市場にある金融機関の拠点をつないで一体として取引が行われる、いわゆるグローバル・トレーディングに対する課税の問題にも関係します。グローバル・トレーディングでは、金融機関の本支店や関連会社といった世界各地の拠点がそれぞれの役割に応じて取引に関与しています。このような取引については、各国に帰属する所得についてどのように考えるかという問題とともに、取引に関わる関連会社、支店など各国に存在する拠点をどのように納税単位として認識するかという問題があります。グローバル・トレーディングについてもOECDで議論が行われており、今後のわが国における対応については国際的な議論の動向を見て検討していくべきです。

5.二重課税の排除

(1) 外国税額控除制度

国際的な経済活動から生じる所得への二重課税が排除されなければ、企業や個人の活動場所の選択についての中立性が損なわれ、ひいては国際的な資本移動や人的交流にも悪影響を与えると考えられます。国際的な二重課税の排除は、企業や個人の海外進出に対する障害を除去し国際的な経済交流を活発にするために採られている施策であると考えられます。

国際的な二重課税を排除する方法としては、OECDの条約モデルでも認められているように、国外(源泉地国)で納めた税金を居住地国で納めるべき税金から差し引くことを認める外国税額控除方式と、国外で稼得した所得については居住地国において免税とする国外所得免除方式があります。これらの二つの方法は、一般に、それぞれ、居住者が投資を国内で行うか国外で行うかについての選択に課税が影響を及ぼさないという「資本輸出中立性」と、ある国に対して国外から投資を行う者が当該国における競争について課税の影響を受けないという「資本輸入中立性」に寄与するものであると考えられています。

タックス・ヘイブンのように税負担がない、あるいは非常に低い国や地域に源泉がある所得が国外所得免除方式によりその所得を稼得する者の居住地国において課税を受けなければ、二重課税の排除にとどまらず課税の空白が生じることになります。このため、最近の国際的な議論では、国外所得免除方式はタックス・ヘイブンなどによる有害な税の競争を助長するものであり、これを採用する場合でも限定すべきではないか、という指摘がなされています。

(参考)わが国の外国税額控除制度は、昭和28年度に導入されました。また、昭和37年には、わが国の内国法人と一定の関係を有する外国子会社が納めた外国法人税をわが国の親会社の法人税から控除することを認める間接外国税額控除制度が導入されるとともに、外国税額の控除限度額の算定に当たりすべての国外所得を一括して計算する一括限度額方式が導入されるなど、制度の拡充が行われ、併せて住民税における外国税額控除制度が創設されました。その後、経済の国際化の一層の進展の中で主要国が自国の課税ベースの浸食に対応するために外国税額控除制度を厳格化してきたことから、わが国においても国際的な二重課税の排除という制度本来の趣旨に基づいて抜本的な見直しが行われています。具体的には、昭和62・63年の抜本的税制改革の際、現行の一括限度額方式を維持しつつ、高率で課される外国法人税の一部を控除対象から除外する、非課税所得の一定部分を控除限度額の計算上国外所得から除外する等の適正化措置が講じられたところです。

本制度の対象となる外国で所得に対して課される税は外国の制度に基づくものであり、その性格を把握することは容易でありません。また、わが国の企業の国際的な活動の多様化に伴い控除対象となる外国の税の範囲についてどのように考えるのかという問題が一層難しくなっています。こうした状況の中で、控除対象となる外国の税の範囲について、二重課税の排除という制度の趣旨を踏まえて、明確化することが求められています。

また、本制度の趣旨からは、わが国の実効税率を超える外国法人税額まで控除することを認める必要はありません。このため、外国税額の控除限度額の計算方式について、いくつかの所得項目をまとめた所得バスケット別方式などに改めるべきではないかという意見があります。しかし、納税者の事務負担や執行上の問題点を考慮すれば、今後も一括限度額方式を維持しつつ必要に応じて適正化に努めることが望ましいと考えます。

(2) みなし外国税額控除

開発途上国においては、経済開発を促進する観点から先進国の企業を誘致するため、税制上の優遇措置を設けることがあります。先進国がこのような開発途上国の優遇措置を考慮せずに外国税額控除制度を適用して自国の企業に課税を行えば、優遇措置の有無にかかわらず企業の税負担は等しくなるため、優遇措置の効果が薄れることになります。そこで、先進国と開発途上国の間の租税条約においては、開発途上国に投資している先進国の居住者が優遇措置により減免を受けた租税の額を開発途上国において納付したものとみなして先進国の税額から控除することを認めることがあり、これをみなし外国税額控除といいます。わが国の締結している租税条約の中にもみなし外国税額控除を認めている例があります。

このように、みなし外国税額控除は開発途上国における租税上の優遇措置に係る効果を一方的に減殺しないという政策的な配慮から認められているものです(注)。しかしながら、税の公平といった課税の基本原則や有害な税の競争の牽制といった観点を考慮する必要もあることから、わが国は近年の租税条約交渉においてみなし外国税額控除の縮減・廃止に努めてきたところです。今後のあり方については、新たにみなし外国税額控除を認める場合には対象とする国や優遇措置を合理的な範囲に限定するとともに規定自体を時限措置とし、また、既にみなし外国税額控除を認めている場合には引き続き縮減・廃止に努めていかなければなりません。

(注)みなし外国税額控除を認めることは、開発途上国との間で租税条約交渉における合意を促進する要素にもなると考えられます。

6.課税ベースの国家間調整

(1) 移転価格税制

国内の企業が外国子会社のような特殊の関係にある国外の企業と取引を行う場合の取引価格(移転価格)については、この特殊な関係に基づいて市場価格と異なる過大なあるいは過少な移転価格が設定されることがあります。このような移転価格の設定の結果、海外に所得の移転が行われれば自国の課税ベースが浸食されることになるため、関連企業間という特殊な条件を除いた場合の取引価格(独立企業間価格)に基づいて所得を算定するという独立企業原則を適用することが国際的に認められています。わが国でも、諸外国において移転価格税制が整備されたことから、昭和61年度に移転価格税制を導入しています。

わが国の移転価格税制は、国内の企業(外国法人の支店を含む)が特殊の関係にある国外の企業(親会社や子会社のように直接・間接に50%以上の株式を保有するなどの関係のあるもの)と取引を行う際に独立企業間価格と異なる価格を用いたことにより当該国内の企業の所得が減少している場合に、その取引が独立企業間価格で行われたものとして課税所得を増額するというものです。独立企業間価格については、非関連者間で行われた同種の取引の対価、非関連者への再販売価格、製造等の原価等から算定することとされています。

また、わが国の企業に対して移転価格税制が適用されその課税所得が増額された場合や、逆にわが国企業の外国関連企業に対して外国の課税当局によって移転価格税制が適用されその課税所得が増額された場合には、それに対応して外国あるいはわが国における課税所得が減額されなければ、増額された課税所得について二重課税が生じることがあります。このような場合、租税条約を締結している国との間では、権限ある当局間で相互協議が行われ、その結果、一方の国の移転価格課税による処分が改められることや他方の国において減額処分が行われることなどにより、調整が図られることになります。

OECD租税委員会は、移転価格税制の適切な運用を確保する観点から、1979年に国際的な指針として「移転価格ガイドライン」を策定しました。その後、国際取引の一層の増加や複雑化の中で、従来のガイドラインでは十分に課税を行うことができない場合や課税が競合する場合が多く見られるようになってきたことを背景に、1993年より「移転価格ガイドライン」を全面的に改訂するための議論が開始され、1995年7月にその主要部分が公表されました。

(参考)見直された「移転価格ガイドライン」は、まず、移転価格の算定方法について、「フォーミュラ方式」(複数の国で活動する企業グループの所得の配分を、売上高、資産等を基に一定の算式に従って、一方的に決定する方法)を退け、関連企業間における移転価格の算定基準としての独立企業原則の有用性を再確認し、その上で、伝統的な「取引法」(企業が行う個々の取引ごとの価格により独立企業間価格を算定する方法)を原則とすることを明確にしています。そして、利益分割法(関連者間取引において発生した所得について個々の関連者が寄与した程度に応じて所得配分を行う方法)や利益比準法(企業が関連者間取引から得るべき営業利益の水準を他の独立企業が同様の活動から得ている営業利益率を基に算定する方法)などの利益を基準とした移転価格算定方法を他の手段がない場合の最終手段としてのみ認め、さらに、この方法を用いる場合にも企業全体の利益ではなく、取引ごとの利益を単位とするなどの歯止めを設けています。また、新ガイドラインは、無体財産や役務提供についても改めて章を設けるとともに、執行面についても事前価格取極めや罰則などに関する規定を設けて適正な執行の確保を担保しています。「移転価格ガイドライン」については、現在もOECD租税委員会において議論が続けられています。

移転価格税制の仕組みやその基礎となる独立企業原則の考え方は国際的に認められたものですが、移転価格税制の適切な実施については様々な課題があります。例えば、情報化の進展とともに著作権などの無形資産やサービスの国際的取引が増加していますが、このような取引の対象となる資産は個別性が強いことや評価が困難であることから独立企業間価格の算定が非常に困難な場合が多いと考えられます。また、移転価格税制の適切な執行のためには国外の関連者に係る資料が適時・適切に入手できることが必要ですが、国外にある資料情報へ執行当局がアクセスすることは、わが国の執行当局の権限が実質的に及ぶ範囲が国内に限られることから、一般に困難です。このような独立企業間価格の算定や資料情報の入手といった点については、移転価格税制の適正な実施や納税者の予測可能性の観点も踏まえ、OECDにおける議論や各国の動向を参考にしつつ、制度と執行の両面で適切かつ機敏に対応していくことが重要です。

(2) 過少資本税制

関連企業間の取引により所得の海外移転が行われる場合としては、独立企業間価格と異なる価格により取引が行われる場合に限られません。例えば、わが国に進出している外国企業(外資系の内国法人及び外国法人の支店)が所要の資金を調達する場合、出資に代えて親会社からの借入れを多くすれば、その借入れに係る利子は経費として損金算入できることから、わが国における当該外国企業のグループとしての税負担を少なくすることが可能です。過少資本税制は、関連者間の負債を利用した国際的な租税回避を防止するものであり、諸外国で導入され、国際的にも認められています。このような海外の動きを参考にして、わが国も平成4年度に過少資本税制を導入しています。

わが国の過少資本税制では、内国法人の国外支配株主等(非居住者又は外国法人で、原則としてその法人の発行済株式等の総数の50%以上を直接又は間接に保有する者)からの借入れが、これら国外支配株主等が保有する当該法人の自己資本持分の3倍(原則)を超える場合には、その超過額に対応する支払利子はその内国法人の所得の金額の計算上損金の額に算入しないこととされています。

なお、国際的な経済活動の多様化・複雑化に伴い、移転価格税制や過少資本税制だけでは、関連企業間の取引に係る国際的な課税ベースの調整の問題に対処することが難しい場合も生じてくると考えられますが、そのような場合についても適切に対応していくことが求められています。

(3) タックス・ヘイブン税制

わが国のタックス・ヘイブン税制は、軽課税国に設立した子会社等を利用して税負担の不当な軽減を図る行為に対処する観点から、昭和53年度に導入されました。その仕組みは、わが国の個人・法人と一定の資本関係を有する外国子会社等の留保所得についての当該外国における法人税負担がわが国に比して著しく低い(所得に対する税負担が25%以下)場合に、外国子会社等が独立企業としての実体を備えて正常な事業活動をその国において行っているなど一定の場合を除き、その留保所得をわが国にある親会社等の持分の割合に応じて親会社等の所得に合算して課税するというものです。

タックス・ヘイブン税制については、これまでも課税の適正化の観点から見直しを行ってきていますが、わが国企業の海外展開の実情、OECDにおける「有害な税の競争」への適切な対応の必要性、諸外国における対応などを踏まえ、わが国の課税ベースの浸食を防止するなどの観点から、引き続き制度の整備を図っていくべきと考えられます。

7.租税回避への対応

(1) 高度化する租税回避

国際化・情報化の進展により経済活動が一層複雑化することは、租税回避が行われる可能性を飛躍的に増加させていると考えられます。企業の海外展開が進み、様々な業種、規模の企業が海外に子会社等を有するに至っており、企業の資本関係も複雑になっています。また、諸外国の中には、オフショア金融センター、地域統括本部、コーディネーションセンターなどに関連した税制上の優遇措置を講じて他国からの企業や投資を誘致する動きが広まっています。タックス・ヘイブン子会社等を利用した租税回避については、タックス・ヘイブン税制等の活用により適切に対応しなければなりません。

また、合法的に税負担の軽減を図るいわゆる「タックス・シェルター」が国際的な取引の場面でも頻繁に利用されるようになってきていると言われていますが、例えば、米国等一部の国においては一定の対応策が採られています。

しかし、高度化する租税回避への対応策を講じる結果、更にその対応策に対応した行動が採られることによって租税回避がますます高度化し、個別の制度による対応が困難になることも考えられます。したがって、取引の実態を見て制度・執行の両面で適切に対応していくことが望まれます。

(注1)条約上の恩典を享受することができない第三国の居住者が条約相手国に設立した法人を利用することなどによって条約上の恩典を享受するというトリーティー・ショッピング(条約漁り)については、これまでも租税条約上の恩典制限の規定などにより対策が図られているところですが、引き続きそのような努力を続けることが求められています。

(注2)これまで、国際課税の問題は主として国際的な活動を行う企業に対する課税の問題と考えられてきました。しかし、今後、個人レベルでも経済活動の国際化が一層進むことに伴い、居住地や所得の源泉が国外に移されることにより、わが国が個人の所得に対して課税することが困難になっていくことも予想されます。諸外国の中には、こうした事態に備えて、国外退出時に滞納の有無をチェックする、あるいは課税回避目的での国外退出は認めないといった措置が講じられているところも見られます。

(2) 執行当局による情報アクセスの確保

わが国の執行当局の権限が実質的に及ぶ範囲はわが国国内に限られており、国境を越える取引に係る情報、特に、国外に存在する情報を入手することには困難が伴います。例えば、移転価格税制に係る取引やグローバル・トレーディングについては、国外関連者に係る資料や情報の提出が実効的に担保されていません。このような取引も含め、国際的な取引に対する課税を適正に行い、わが国の課税ベースの浸食を防止するため、資料情報に対する執行当局の適時・適切なアクセスの確保について、諸外国の例も参考にして検討しなければなりません。

8.有害な税の競争への対応

自国の税を低くして外国資本等を誘致するいわゆるタックス・ヘイブンに加え、近年の国際化と情報化の一層の進展を背景に、先進国の中にも雇用の確保といった観点から金融その他のサービス産業といった「足の速い」経済活動を国外から誘致するために優遇税制を導入する国が現れ、課税ベースが浸食されることなどが問題とされています。いわゆる「有害な税の競争」は、雇用の確保などの観点から「足の速い」経済活動を誘致するために各国が競って優遇税制を導入することが、「囚人のジレンマ」の状況を招くというものです。その結果、いずれの国においても課税ベースが浸食されるとともに、可動性の低い労働や消費に対する税負担が相対的に重くなるため課税の公平性・中立性が著しく損なわれ、また、資本の移転や経済活動に歪みが生じることになると考えられます。

有害な税の競争への取組みについては、この問題の性質上各国が単独で対処することには限界があると考えられるため、OECDやEUといった国際的な場において議論が行われています。OECDにおいては、1996年に有害な税の競争に関する議論が開始され、1998年4月の閣僚理事会の際に「有害な税の競争」と題する報告書が公表されています。このようなOECDの取組みは1996年のリヨン・サミット以降、累次のサミットやG7の会合において強く支持されています。

1998年4月の報告書では有害な税の競争の原因となる「有害税制」が定義されるとともに、有害税制への対抗措置として加盟国が国内法上の措置や租税条約上の措置等を採ることが勧告されています。また、この報告書のOECD加盟国に対する「ガイドライン」においては、有害な税の競争を防止するため、各国が有害税制の新規導入を行わないこと、既存の有害税制を原則として2003年までに廃止・縮減することなどが規定され、加盟国の遵守が求められています。

現在、OECD租税委員会の下に租税競争フォーラムが設置され、報告書のフォローアップのための作業が行われてきています。その中で、タックス・ヘイブンと認定された国・地域のうちの一部が、その税制等の有害性を除去することを約束しています。また、本年6月に開催されたOECD閣僚理事会への報告書の中には、加盟国の有害税制のリストとタックス・ヘイブン・リストが盛り込まれ、公表されています。

9.国際的協調の必要性

国際課税の問題については、これまでも述べたように、わが国単独での対応には限界があります。これは「足の速い」経済活動は常に税負担の低い国や地域に移動する傾向を有しているからです。「有害な税の競争」についての国際的な取組みに見られるように、国際的な経済活動への課税に係るルール作りなど国際課税の問題については関係国による協調や議論が不可欠です。また、執行面においても、わが国は二国間の租税条約に基づく情報交換、OECDや環太平洋税務長官会議(PATA)といった国際的な場での意見交換などを通じて、税務執行に関する国際協力を進めてきていますが、国際課税の分野における適正な課税の実現のためには、このような国際的な協力が一層重要になると考えられます。

わが国は、これまでOECD等の国際的な場において、「有害な税の競争」への対応、租税条約モデルや「移転価格ガイドライン」の改訂に係る議論に積極的に参加してきました。特に、1980年代の「移転価格ガイドライン」の改訂や最近の「有害な税の競争」の議論については、主導的な役割を果たしてきたと言っても過言ではありません。わが国としては、国際課税の問題への対処に当たっては、国内法制や租税条約ネットワークを整備するとともに、今後ともOECD等の場での国際的なルール作りの議論に積極的に参加し、さらに、その議論の成果をアジア諸国など、OECD非加盟国にも広めていく努力を行うべきです。

六 その他の諸課題

1.納税者番号制度

(1) 納税者番号制度の意義

納税者番号制度については、従来から当調査会において検討を重ねてきていますが、その意義を改めて整理すると、次のとおりです。

現在、税務当局は、納税者が行う取引等の相手方から利子・配当等の支払調書、給与の源泉徴収票をはじめとする資料情報の提出を受けており、それを手掛かりに納税者の申告内容を審査しています(情報申告制度、法定資料制度などと呼ばれます。)。

この仕組みが有効に成り立つためには、これらの資料に記載された納税者の名義が真正なものであることが確保された上、資料が個々の納税者ごとに整理(名寄せ)されていなければなりません。仮に、個々の納税者を識別できる納税者番号があれば、以下のような機能を果たすことになります。

1) 納税者番号を取引の場において相手方に告知することを義務付けることによって、真正な名義の使用を担保できるようになります。

2) 税務当局が収集する資料情報の数量は膨大なものとなっており、かつ、今後も増加することが見込まれます。これらの資料情報に納税者番号の記載を義務付けることにより、その整理を機械的・効率的に行うことが可能になります。

納税者番号制度は、こうした取引等の場における真正な名義の使用を担保すること、各種資料情報の突合・名寄せを効率化することにより、適正・公平な課税に資するものであり、また同時に税務行政の効率化・高度化にも寄与するものです。これらの結果、納税者の税務行政への信頼を高めることが期待できます。

(2) 納税者番号制度の検討の必要性

適正・公平な課税を実現するためには、税務当局が個人や企業の所得等を的確に捉えることが必要となります。申告納税制度が導入されているわが国では、所得等は、まず納税者自身の申告によって税務当局に明らかにされることが原則であり、さらに、申告が真正であることを担保するためには、税務当局が調査・確認を行うことが不可欠です。こうした調査・確認を行っていく上で、アメリカなどの諸外国において導入されている納税者番号制度が役立つという観点から、検討が行われてきました。

具体的には、以下に述べるように、総合課税・分離課税の課税方式をめぐる議論との関係や、資料情報の増加の下での税務行政の効率化・高度化との関係から、納税者番号制度について検討されてきています。

1) 課税方式の議論との関係

納税者番号制度の検討の必要性は、まず、個人所得課税の課税方式をめぐる議論との関係で指摘されてきました。現在の個人所得課税は、総合課税を基本としつつ、利子所得等については源泉分離課税を行っています。個人所得課税については、各種の所得をすべて合算・総合した上で累進税率を適用する総合課税が優れているという議論があります。

仮に、利子所得等も含めた総合課税化を行う場合には、まず、膨大な数の預金口座からの利子所得について資料情報の提出を求めることとなり、さらに、利子所得以外の各種の金融商品に係る所得についても同様に資料情報の提出が求められることとなります。また、現在、給与所得者の多くは年末調整によって納税が完結していますが、総合課税化に伴い、ほとんどの納税者が確定申告書を提出することとなります。

こうした結果、利子所得等を含めた総合課税化を行う場合、大量かつ多様な資料情報等を突合・名寄せし、申告書と照合していく必要があります。このような突合・名寄せを正確・迅速に行うためには、納税者番号制度が不可欠となります。

2) 税務行政の効率化・高度化との関係

一方、総合課税の議論とは別に、税務行政の効率化・高度化との関係でも、納税者番号制度の検討の必要性が指摘されています。近年、所得税の確定申告や還付申告の件数は、緩やかな上昇傾向で推移しており、今後もこの傾向は続くものと考えられます。また、近年の金融商品の多様化、経済取引の国際化や電子商取引の発展の下、適正・公平な課税を確保するためには、資料情報制度の一層の拡充が必要であると考えられます。

今後増加していくことが見込まれる資料情報を適切に収集・整理し、活用を行うことによって税務行政の更なる効率化・高度化を図っていくことが求められており、近年、税務行政においても、こうした観点から機械化・電子化が進められています。

こうした状況を踏まえると、大量の資料情報を機械的・電子的に突合・整理し、活用を図っていく上で、納税者番号制度のような統一番号は、税務行政の効率化・高度化に資するものと考えられます。

(注)税務行政の分野で現在検討が進められている電子申告(納税申告書に記載される情報を電子データの形で送信する方法)においては、本人確認のためのパスワードや電算処理を行うための電子申告整理番号等が必要とされています。これらの番号等は、使用が納税者と課税当局との間の税務情報の伝達の局面に限られており民間の経済取引の場において広く用いられるものではないこと、電子申告を希望する納税者のみを対象として付与されるものであることなどの点で、基本的には納税者番号制度と異なるものと考えられます。

しかし、電子申告をめぐる論点の中には、例えば、盗み見や漏えい、侵入に対するセキュリティの確保の問題など、今後の納税者番号制度の検討において参考となり得るものもあると考えられます。

(3) タックス・コンプライアンスの向上 -納税者の立場からの論点-

近年、タックス・コンプライアンス(税制への信頼と納税過程における法令遵守)という納税者の立場に着目した観点が、重要になっています。

現行税制は申告納税制度を基本としており、納税者一人一人が、納税者全員がルールを遵守しているという安心感を持てることが、税制への信頼につながります。こうした信頼を更に高めるためには、資料情報制度、記帳・帳簿保存、源泉徴収制度、罰則、加算税などの納税を支えている多くの制度のあり方を検討していかなければなりません。これら諸制度は、それぞれが、適正な納税を促す「納税環境」を構成している重要な要素です。納税者番号制度はこれらの「納税環境」の更なる整備につながり、国民の税制への信頼を高めていく方策として、一つの柱となり得るのではないかと考えられます。

(注)納税者番号制度の議論に関連して、納税者番号制度が導入されれば源泉徴収制度は不必要となるのではないかといった意見があります。源泉徴収制度は、円滑で確実な税の徴収を確保するとともに、納税者の納税の便宜を図るという観点からも、重要な役割を果たしています。例えば、給与所得について諸外国の例を見ても、アメリカ、オーストラリア、カナダ、イタリア、スウェーデン、ノルウェー、デンマークといった納税者番号制度が存在するすべての国において、源泉徴収が行われています。

(4) 納税者番号制度をめぐる諸状況の変化
1) 番号利用の一般化

私たちの日常生活においては各種のカードが普及し、これに伴い番号の利用が一般的なものとなっています。情報化・電子化の進展もこれらの変化を後押ししており、こうした結果、国民一人一人への番号付与が国による管理につながるといった抵抗感は、以前に比べるとはるかに少なくなっているものと考えられます。

ただ、現状は、個別の取引等に対応した個別のカード・番号の利用が一般的となっているにとどまり、納税者番号のような単一の番号が広く日常的に活用されている状況には至っていないことにも留意しなければなりません。

(注)納税者番号制度が定着しているアメリカの例を見ると、第二次大戦前に導入された社会保障番号が、その後納税者番号として利用されるようになり、現在では、この番号が銀行口座の開設、運転免許証の取得、大学入学資格試験の出願など、日常の様々な場面において広く利用されています。

2) 行政による全国一連の番号の整備

近年、わが国の行政において、国民の利便の増進や行政の合理化に資することを目的として、全国一連の番号の整備が進んできています。基礎年金番号は、公的年金番号の一本化に伴い平成9年1月から実施されています。また、住民票コードについても、平成11年8月に「住民基本台帳法の一部を改正する法律」が成立し、その後3年以内に番号及びそれを用いたネットワークシステムが導入されることとなっています。ただし、後に述べるように、これらの一連番号は、そのまま直ちに納税者番号として利用することはできないことに留意しなければなりません。

3) 国際化、電子化の進展

経済取引の国際化や電子商取引の発展の結果、より多くの資金がより素早く移動することが可能となり、取引の範囲も広域にわたるようになってきています。既に、金融システム改革の結果、金融商品の多様化、複雑化が進んでいますが、国際化、電子化の進展により、個人や企業の金融取引に係る所得等を的確に捉えることが一層困難となるおそれがあります。さらに、租税回避のための取引(タックス・シェルター)が増加することも考えられます。

こうした状況に対応し、所得等の捕捉を行って適正・公平な課税を確保するためには、これらの金融商品に対し広く資料情報の提出を求めていかなければなりません。資料情報制度を大幅に拡充していく場合には、大量の資料情報を突合・整理し、活用を図っていく上で、納税者番号制度の導入の検討が必要であると考えられます。

(5) 納税者番号制度をめぐる主な論点

当調査会は、これまで広範な論点について納税者番号制度の検討を行ってきましたが、前述した近年の状況変化も踏まえ、改めて主な論点について整理すると、以下のとおりです。

1) 番号付与の方式(付番方式)

納税者番号制度の検討においては、納税者番号として利用する場合に必要とされる番号付与(付番)のあり方をどのように考えるかという問題があります。これについては、これまでの当調査会の検討において、二重付番がないこと、全国一連の番号で生涯変わらないものであること、番号を付与した後の住所、氏名等の異動を管理できる体制になっていること、大多数の個人及び法人を網羅していることなどが必要であると指摘されています。

こうした点や諸外国における納税者番号制度の例を踏まえ、当調査会においては、個人に対する付番方式の類型として、公的年金番号を利用する「年金番号方式」と住民基本台帳を利用する「住民基本台帳方式」の2類型を検討の対象としてきました。前述のとおり、近年、2種類の全国一連の番号が整備されてきていますが、このうち基礎年金番号は「年金番号方式」に、住民票コードは「住民基本台帳方式」に、ほぼ該当していると考えられます。

基礎年金番号、住民票コードの2つについては、そのいずれについても、制度上又は性質上、現行の番号をそのまま納税者番号制度に用いることはできません。仮に、現時点においてこれらの番号を個人に付される納税者番号として検討するという視点に立った場合、様々なメリット・デメリットが考えられます。その中で、主要な点のみについて整理すると、以下のようになります。

【納税者番号として検討する場合の個人付番方式の比較】
  年金番号方式(基礎年金番号) 住民基本台帳方式(住民票コード)
メリット

国民に受益を伴う行政分野で利用されているので、税務の分野での利用も比較的円滑に受け入れられるのではないか。

基礎年金番号の民間利用について規制はなく、納税者と相手方(金融機関等)との自己証明・本人確認の場面においても活用可能である。

(← 他方、民間における個人情報保護の問題について検討が必要。)

外国人を除く居住者すべてが対象であり、住所異動を正確に把握できる。

住民票コードについて法律上の根拠がある(住民基本台帳法で規定)。

デメリット

年金非対象者等については自主申請とならざるを得ないことから全国民に自動的に付番することができず、二重付番、付番漏れが生じ得る(注)。

(← 公的年金制度に加入していない者についても、自主的に番号を取得することを促す仕組みを作ることなどによって番号制度の枠組みに取り込めるのではないか。)

基礎年金番号について法律上の根拠がない(厚生省令で規定)。

住民票コードの民間利用が禁止されているため、納税者と相手方(金融機関等)との自己証明・本人確認の場面では活用できない。

住民票コードについては、今後の整備、定着・活用の状況等に十分留意する必要があるのではないか。

(← 身近な市町村の住民票の記載事項であるため、受け入れやすいのではないか。)

(注)基礎年金番号は、公的年金加入者等(外国人も含む)が対象であり、住所の変更は本人の届出による。

住民票コードについては、正確性の面で相対的なメリットはありますが、前述のとおり、制度の実施はこれからであり、基礎年金番号とともに、今後の整備及び定着・活用の状況等を踏まえつつ、引き続き、必要とされる付番のあり方等について検討を進めていかなければなりません。

(注)住民票コードの導入等が定められた「住民基本台帳法」においては、番号による本人確認情報の利用について、民間機関は対象外であり、また、利用し得る公的部門も限定されて税務当局は対象外となっているため、住民票コードが実際に導入された後も、これをそのまま納税者番号制度に用いることはできません。したがって、仮に住民票コードを納税者番号に用いる場合には、同法の改正を含めた法令上の措置が必要となります。

また、住民票コードの導入等を措置する改正法の国会審議が行われた際には、「この法律の施行に当たっては、政府は、個人情報の保護に万全を期するため、速やかに、所要の措置を講ずるものとする」との一項が附則に追加されるとともに、プライバシー保護やシステムの利用範囲に関して附帯決議もなされています。なお、個人情報の保護については、政府において、個人情報保護システムの中核となる基本的な法制の確立に向け、現在具体的な検討が進められています。

法人は、個人とともに経済取引における主要な取引主体であり、仮に、法人の取引を納税者番号制度の対象としない場合には、個人の取引を法人名義で行うことにより把握を免れることが可能となってしまうため、法人にも番号を付与しなければなりません。

法人に対する番号付与の方式としては、税務データ方式(税務当局の管理データに基づく方法)と登記簿方式(法人登記簿のデータに基づく方法)が考えられますが、税務データ方式については公益法人のデータがないなどの問題、登記簿方式については休眠会社の整理などの問題が指摘されています。

こうした問題については、行政の電算化の進捗状況等についても留意しつつ、更に検討を進めていくことが求められます。

2) 納税者番号制度のメリット

納税者番号制度の導入によって課税の公平・適正化が図られることとなれば、税制全体に対する国民の信頼の向上につながるものと考えられます。近年、当調査会において、納税者番号制度について納税者の立場に着目した観点からの検討の重要性を指摘していますが、こうしたタックス・コンプライアンス(税制への信頼と納税過程における法令遵守)の向上に寄与することが、納税者番号制度の導入によって期待される最も重要なメリットの一つであると考えられます。

また、先に述べたとおり、納税者番号制度は、利子所得等を含めた総合課税化を行う場合の前提条件となりますので、納税者番号制度の導入は、個人所得課税の課税方式の選択の幅を広げることになります。

なお、納税者番号制度が導入されれば、すべての所得等の把握が可能となるといった見方が一部に見受けられますが、すべての経済取引を納税者番号制度の対象範囲とすることは不可能です。例えば、事業者の売上げや仕入れに関するすべての取引を把握することは困難であるなど、おのずから一定の限界が存在することにも留意しなければなりません。

3) 納税者番号制度の導入時のコスト

納税者番号制度は大掛かりな仕組みであるため、その導入時のコストは、民間・行政の双方において、相当の規模となります。具体的なコストは、納税者番号制度の対象となる資料情報の範囲等をどのように設定するかによって大きく異なってきますが、民間において生じるコストとしては、例えば、以下のようなものが考えられます。

イ.金融取引については、最近、預金口座開設時における本人確認の強化が図られており、既に一定の事務的コストがありますが、納税者番号制度が導入される場合には、預金口座等を管理するソフトウェアの更新、顧客への利子支払額等の通知等を、新たに行わなければならなくなります。

ロ.一般の経済取引のうちで資料情報の提出義務が課される経済取引に関しては、個々の取引において、納税者番号を新たに追加した資料情報を提出しなければならなくなります。

ハ.また、給与等の支払に関しては、雇用主が従業員の給与等の管理に用いる個々の従業員の整理番号について一対一で納税者番号を新たに対応させる必要が生じ、コンピューターのソフトウェア等について変更・更新等を行わなければならなくなります。

以上に述べたようなコストは、広範な法人や個人に発生すること等から、納税者番号制度の導入時の民間におけるコストは、行政におけるコストよりも相当程度大きくなることが予想されます。

また、個々の取引等の場において、納税者番号の告知を求めて本人確認をいちいち行わねばならない「わずらわしさ」についても、定量化されないものですが、制度の導入に係る負担の一つとして無視できないと考えられます。

納税者番号制度は、適正・公平な課税を実現に資するとともに、税制への信頼の向上にも役立つものですが、制度の導入時には、以上のようなコストが避けられないことに留意しなければなりません。

4) プライバシーの保護

納税者番号制度に関連してプライバシーの保護の問題が生じ得る局面は、納税者と税務当局、税務当局と他の行政当局、納税者と資料情報の提出義務者の3つの局面に整理することができます。

まず、第一に納税者と税務当局間のプライバシーの問題については、現在においても、税務当局は適正な税務執行のために納税者の経済取引等に係る情報を収集することが求められており、その限りでプライバシーの権利は制限されざるを得ません。税務行政においては、一般の公務員の守秘義務に加え、税務職員についてより重い守秘義務が税法により課されているところです。したがって、納税者番号制度が導入された場合においても、基本的には、納税者と税務当局間にプライバシーの問題が新たに生じることはないと考えられます。

第二に、税務当局が納税者番号を用いて収集した税務データへの他の行政当局からのアクセスの問題があります。この問題については、公務員の守秘義務のほか、個人情報保護法による行政機関の保有する個人情報ファイルの目的外使用に関する規制がなされています。また、そもそも他の行政当局が税務データにアクセスできるような仕組みを構築すること自体、基本的に税務職員の守秘義務違反に当たると考えられます。いずれにしても、税務データへの不正アクセス防止の問題については、今後、技術的な方策を含め検討を行っていくことが求められます。

第三に、資料情報の提出義務者は、取引等の際に納税者番号により本人確認を行うこととなりますが、この場合、例えば、資料情報の提出義務者が知り得た個人情報を無断で第三者に売買するといった危険性が生じます。このような問題に対処するためには、現在、個人情報保護の基本法制の検討を含めた取組みがなされているところであり、今後の検討の推移を見守っていく必要があります。納税者番号制度のような個人情報に関連する大掛かりな制度においては、プライバシー保護に関してごくわずかでも問題が生じると、制度全体の信頼を著しく損ねるおそれがあり、プライバシーの保護については、引き続き十分な検討を重ねていかなければなりません。

5) 資金シフト等の経済取引への影響

納税者番号制度が導入される場合、同種の取引についてはできる限り広く納税者番号制度の対象にしないと、納税者番号制度の対象取引から対象外の取引へと資金シフトが起こるなど、経済取引へ影響を与えるおそれがあります。国際化・電子化の進展を踏まえれば、納税者番号制度の対象となる取引範囲については、経済取引への中立性の観点から、できる限り広くすることが求められます。また、国際的な資金シフトに対応するためには、国際的な取引についても資料情報の対象とすることや、情報交換をはじめとした税務執行の国際協力を一層推進することについて、検討する必要があります。

資金シフト等の経済取引への影響を踏まえれば、以上のように、納税者番号制度の対象範囲はできる限り広くすることが求められますが、その分、納税者番号制度の導入時のコストは引き上げられることに留意しなければなりません。

(6) 今後の検討の方向

納税者番号制度は、真正な名義の使用の担保及び資料情報の突合・名寄せの効率化によって、所得等の的確な把握を可能とすることを通じて、適正・公平な課税の実現及び税務行政の効率化・高度化に資するものであり、さらに、納税者の税制への信頼の向上にも寄与するものです。

納税者番号制度については、これまで当調査会において、まず総合課税との関連から検討が行われてきました。納税者番号制度の導入は、利子所得等も含めた個人所得税の総合課税を行う場合の不可欠な前提条件となります。したがって、納税者番号制度については、この総合課税化の問題と併せて検討されることが求められます。

また、タックス・コンプライアンスの向上という観点からは、納税者番号制度は、番号によって申告書と各種の資料情報とが有機的に結び付き、適正・公平な課税の実現に役立つものでなくてはなりません。このような視点から、今後、納税者番号制度については、資料情報制度のあり方など納税を支える他の諸制度のあり方とも併せて検討を行っていかなければなりません。

さらに、納税者番号制度については、適正・公平な課税の実現に資する一方、付番方式のあり方、導入に伴うコストと効果、プライバシー保護の問題など、引き続き検討すべき課題が残されています。

納税者番号制度は、国民生活全般に大きな影響を及ぼすものであり、その導入については、国民の理解と協力が不可欠です。したがって、制度の意義、先に述べたような様々な論点について、今後、国民の間で更に議論が深まることを期待するとともに、全国一連の番号の整備をはじめとした諸状況の進展を踏まえながら、その導入について検討を進めていく必要があります。

2.電子商取引と税制

(1) グローバル化、情報化・電子化の流れを背景とした電子商取引の発展には目覚ましいものがあり、経済の効率化や経済発展の新たな可能性につながることが期待されています。

(注)ここで、電子商取引とは、商取引のいずれかの段階(契約、物流、決済等)がインターネットを通じて行われるものを言います。

わが国の電子商取引の市場規模については、2003年の時点において、事業者間(BtoB)が約70兆円(電子商取引化率11.2%)、事業者対消費者間(BtoC)が約3.5兆円(同1.3%)程度になるとの予測もなされています。

(2) 電子商取引は、インターネットという、世界各地のコンピュータがつながったネットワークを通じて行われる取引であり、グローバルな性格を有していることから、様々な国際課税上の問題を生じさせる可能性があります。電子商取引の健全な発展のためには、国際的に調和の取れた課税ルールの検討を通じ、事業者の予見可能性を高めるとともに、課税の公平等を確保していくことが重要です。このような観点から、電子商取引に対する課税のあり方については現在OECDを中心に国際的な検討が行われています。

(注)電子商取引への課税問題については、1998年10月に、OECD租税委員会報告書「電子商取引:課税の基本的枠組み」が公表されています。

(3) 上記のOECD報告書においても述べられているように、公平・中立・簡素の租税原則が電子商取引にも適用されます。現段階では、既存の商取引に適用されている課税ルールによりおおむね対応が可能であると考えられますが、電子商取引には、一般の商取引とは異なる様々な特徴があることから、今後における電子商取引の更なる発展を考える場合、以下に述べる点に留意する必要があります。

(注)電子商取引には、大別して、契約等、取引段階の一部のみがインターネットで行われ、従来の取引と大きく変わらない取引と、物流や決済を含め、全ての取引段階がインターネットを通じて行われ、電子商取引が持つ様々な特徴の影響をより強く受ける取引とがあると考えられます。

1) 経済取引に対して適切に課税していくためには、誰が、いつ、どこで、どのような取引を、どれだけ行ったかといった取引の実態を税務当局が正確に把握し得る仕組みが必要ですが、電子商取引は、インターネットの持つ匿名性などの性格から、こうした取引の把握に関し、税制及び執行の両面で新たな問題を投げかけています。この問題への対応は、クロスボーダー取引(国境を越える取引)においてより困難になります。いずれにしても、電子商取引により租税回避が助長されるようなことがあってはならないことは言うまでもありません。

イ.まず、インターネット上では、商取引を行う者の氏名や会社名、住所の情報が表示されているとは限りませんし、情報が正確であるかどうかの確認も容易ではないので、誰がどこで取引を行っているのかなどの把握が困難になります。

ロ.次に、電子商取引により、取引形態が変化し、生産者と消費者の直接取引(ダイレクト・セール)といった、中間事業者を省略した事業形態が広がっています。このため、卸売業者、小売業者といった複数の取引関係者からの納税申告、情報提出、税務調査を通じた取引把握の機会が減少します。

このような問題については、取引の安全確保のために取引当事者間で行われる情報の開示・利用の方法や電子認証の利用、さらには電子商取引に特有な決済方法など、電子商取引における商慣行や電子商取引を支える技術の可能性を考慮しつつ、課税上必要な取引把握の問題について検討していくことが考えられます。

(注)前記のOECD報告書も、税務当局は納税者の取引把握のための情報アクセスを確保すべきであるとしています。また、情報交換等、各国間の協力の必要性や可能性についても言及しており、国際的にはこうした側面からの検討もなされていくものと思われます。

2) クロスボーダー取引に係る所得課税においては、例えば、事業者が音楽をCDという形で国外の支店等のいわゆる恒久的施設を通じて販売すれば、支店等が所在する相手国で事業所得として課税が行われますが、恒久的施設がなければ相手国で課税されないなど、国外の事業者が所得の生じる国に支店等の事業拠点を有するか否かなどの違いにより課税関係が異なるのが一般的です。インターネットを通じて国外の事業者が直接注文を受け付けたり、音楽等を配信する取引が新たに生まれているため、事業者の予測可能性を確保する観点から、こうした既存の課税ルールが電子商取引にどのように適用されるのかについて明確化する必要があります。

(注)例えば、このような取引が国外の事業者が顧客の国に保有しているサーバを通じて行われる場合、このサーバが恒久的施設として捉えられるのか否かとの問題を検討する必要があります。

3) クロスボーダー取引に係る消費課税については、わが国やヨーロッパ諸国の消費税制度においては、国外の事業者からCDなどの財貨を輸入する場合には、税関において輸入課税を行うこととされています。しかし、外国からインターネットを通じて直接行われる音楽配信などのサービスの提供については、基本的にその提供者の事務所等の所在国において行われた取引とみなされ、提供を受ける者の所在国の消費税は課税されないこととされています。

OECDにおいては、このようなクロスボーダーのサービス提供についても、消費地課税原則に沿った課税が行われる必要があることが確認されており、現在、サービスの消費地を具体的にどのように定義するか、消費地において課税を行うためにどのような仕組みが採り得るか等の問題について、事業者の事務負担や執行可能性なども含めた専門的・技術的見地から検討が行われています。

(注)アメリカでは、電子商取引について非課税とすべきとの議論もありますが、これは国内における州小売売上税の課税のあり方の問題についてのものであり、国際的に消費税を非課税とすべきというものではありません。アメリカでは、小売売上税の課税主体は多数の地方政府であるため、州境等をまたがる小売取引への課税については、財貨の取引を含め、税の徴収がうまく機能しないという問題があるなど、アメリカ固有の事情を背景とする問題であることに留意する必要があります。

(4) なお、情報化・デジタル化の進展や普及を背景に、電子・情報技術やインターネットを積極的に活用することにより、納税者の利便や税務執行の効率化を図ることが可能になっています。一つの例として、納税申告を、現在の書面の提出による方法に加え、電子データの形で送信する方法によることを可能とする電子申告がありますが、これについては「4.税務行政」で取り上げています。

(5) インターネットを支える情報通信技術の急速な進歩・普及を受け、電子商取引は今後更に発展していくものと考えられます。わが国としても、今後とも、電子商取引の発展状況や実態の把握に努め、OECDにおける議論に積極的に参加していくとともに、国際的な議論の方向や成果を注視しつつ、公平・中立・簡素の租税原則を踏まえ、電子商取引をめぐる課税上の問題について検討していく必要があります。

3.環境問題への対応

(1) 基本的考え方

平成9年のいわゆる「京都会議」等を契機として、地球温暖化問題をはじめとした環境問題への関心が年々高まっています。当調査会においても、環境問題に対する総合的な取組みの一環として、税制面での対応について、今後の税制のあり方を検討していく中で、幅広い観点から検討を行っていく必要があるとしてきたところです。

環境問題への税制面での対応を検討する場合、まず、環境政策の基本的な考え方を踏まえなければなりません。

個人の消費活動や企業の生産活動は、CO2排出など様々な面で環境に対して好ましくない影響を及ぼしています。環境政策においては、そのために生じる社会的費用を製品やサービス等の価格に反映させる(いわゆる「外部不経済の内部化」)必要があり、そのために環境負荷の原因者に対して負担を求めるべきという原則(PPP=Polluter Pays Principle、いわゆる「汚染者負担原則」)があります。今後税制面での対応を検討する場合においても、この原則が基本とされなければなりません。

さらに、検討に当たっては、わが国の経済活動に対する影響や諸外国における環境関連税制の動向についても十分留意しなければなりませんし、産業の国際競争力の維持といった観点から議論があることにも留意しなければなりません。一方で、環境問題への対応についてもわが国の国際社会における地位にふさわしいリーダーシップを発揮することが必要との指摘もあります。

(注)PPPは、1960年代の先進各国における環境汚染の深刻化に対し、広く各国の協力により解決を図るための国際的なルールとして、OECDが1972年に提唱したものであり、様々な国際会議を経て国際的に広く確立したものとなっています。

(2) 環境施策の諸類型と税制

環境問題には、地球温暖化問題をはじめ、大気汚染、廃棄物問題などの身近な環境問題など様々なものがあります。これらの問題に対する対策の手法としては、各種の規制的手法や自主的取組み、経済的手法がありますが、それぞれの環境問題の性格に応じて、各種手法の特徴を踏まえた適切な組合せを考えていくことが必要です。

公害対策など従来の環境施策においては、汚染物質の排出基準を設け、その違反に対し罰則を課すといった方法を典型とする規制的手法が中心でした。しかしながら、規制的手法には、排出源が多数存在している場合には、その基準設定や網羅的な監視等に多大のコストがかかる、規制値を超える排出削減に対するインセンティブが働かない、汚染者がその個別事情により行動を選択する余地のない一律規制は非効率が生じやすい、といった点で限界があると指摘されています。

企業による自主的取組みは、これまで環境保全に大変重要な役割を果たしてきており、今後も環境対策の柱の1つとなることが期待されます。しかし、社会的に望ましい水準までの対策が採られるとは限らない上、対策を講じる企業が経済的に不利になるおそれがあるといった点で、限界があります。

こうしたことから、例えばCO2排出削減対策や自動車排ガス対策などのように、排出源が多数存在しており、排出削減に向けた継続的なインセンティブが必要な問題に対応するためには、従来の手法に加え、市場メカニズムを通じて外部費用の内部化を図る経済的手法が有効と考えられます。経済的手法については、一般に、「税・課徴金」、「助成措置」、「排出権取引」、「デポジット制」に区分できます。

「税・課徴金」は、汚染行為に対し金銭的負担を求めるものであり、PPPの趣旨に適合しているとともに、市場メカニズムを通じて各主体がそれぞれに最も効率的な対策を選択するため、多数の排出源があっても社会全体として最も少ないコストで済むという長所があります。また、汚染削減に向けた継続的なインセンティブがあり、技術開発にも長期的にプラスの影響を与えるといった特徴もあります。

税制面での対応を検討する場合、経済的手法のなじむ分野(例えば、排出源が多く、排出削減に向けた継続的なインセンティブが必要な分野)において、上記のような「税・課徴金」の長所・特徴が適切に発揮されるような仕組みを検討しなければなりません。

これに対し、「助成措置」は、汚染削減行為に対し補助金、低利融資、税制上の軽減措置等を講じるものです。これらについては、PPPに反する可能性があり、汚染の原因者に対し公的資金により助成することの社会的不公正を生じ、市場参加者の増加によりかえって環境負荷が増大するおそれがあります。さらに、特定の産業の保護につながりやすく国内外における公正な取引・投資を歪めるおそれがあることから、真に必要な措置と言えるかどうかについて十分に検討を行うことが必要となります。

OECDその他における議論では、「助成措置」はあくまでもPPPの例外として位置付けられています。環境関連の研究・技術開発のようにその成果が幅広く及び得るような施策、規制措置に対する激変緩和措置など経過的に必要となる施策等を中心に考えていくことが適当とされています。また、これらの助成措置のうち、税制上の軽減措置は租税特別措置として特定の政策目的を実現するための政策手段の一つと位置付けられるものですが、公平・中立等の税制の基本理念の例外措置として講じられるものであり、常に政策目的・効果を厳しく吟味する必要があることに留意しなければなりません。

「排出権取引」は、排出許可量(権利)を個々の経済主体に割り当て、市場での取引を可能とするものです。排出総量自体のコントロールが可能であり、広範な経済主体ごとの裁量の余地が大きい一方、初期割当て配分の決定に困難があり、税・課徴金より市場創設・監視体制にコストがかかるといった問題があります。

「デポジット制」は、製品の本来価格に預り金を上乗せし、使用後製品の返却の際に預り金を返却するもので、専ら廃棄物のリサイクルに対するインセンティブを付与する経済的手法です。

(3) 地球温暖化問題とCO2の削減

近年、地球温暖化対策との関係で、規制的手法に加え、税を含む経済的手法の有効性が指摘されています。これは、地球温暖化の主因であるCO2について、その排出源が家庭を含め非常に多数存在していることや、継続的な削減インセンティブが必要であるといった点で経済的手法になじみやすいことがあります。

地球温暖化問題への取組みについては、1997年12月に開催された「気候変動枠組条約」(1992年採択、1994年発効)の第3回締約国会議(COP3、いわゆる京都会議)において、先進国全体で、CO2等の温室効果ガスの排出量を2008~2012年までの間に1990年比で5%(わが国6%、アメリカ7%、EU8%)以上削減する旨の京都議定書が採択されています。この議定書は2002年中に発効させることが国際的な目標となっており、現在、締約国間で交渉が進められているところです。

わが国においては、1997年度の排出量(実績)が、1990年度を9.4%上回っている状況にあります。京都会議を受け、1997年12月に内閣総理大臣を本部長とする地球温暖化対策推進本部が設置され、1998年6月には地球温暖化推進大綱が策定されるなど総合的な地球温暖化対策の取組みが進められています。わが国においては、特に民生部門、運輸部門において1990年度以降のCO2排出量増加が著しく、これらの部門における削減対策が課題となっています。

(4) 諸外国の動向

近年、欧州諸国においては、CO2排出削減などの環境保全と産業競争力維持等の論点をめぐり活発な議論を行いつつ、各国の状況に応じて環境に配慮した税制改革の取組みが進められています。

CO2排出量に着目したいわゆる炭素税については、北欧4か国とオランダにおいて、1990年代初頭に導入されています。EU全体としても、欧州委員会において指令案の策定作業が進められていますが、いまだ加盟国間で合意に至っていません。

ドイツにおいては、1999年に「環境関連税制の開始に関する法律」が成立し、自動車燃料や電力に対する課税強化が実施されています。イタリアにおいては、1999年の税制改革により化石燃料に対する課税強化が実施されていますし、イギリスにおいては、1993年以降道路交通用燃料の税率を毎年引き上げてきており、さらに今後、産業用の化石燃料と電力消費を課税対象とする気候変動税を導入することが検討されています。フランスにおいても、事業者の化石燃料消費に対し炭素含有量に応じた課税を導入することが検討されています。

一方、アメリカにおいては、現在のところ地球温暖化問題について税制面で対応する動きは見られません。

(注)アメリカにおいては、酸性雨対策として、連邦大気浄化法によりSO2の排出権取引が実施されています。これは、大規模な石炭火力発電施設などSO2の排出量が多い施設を対象として、過去の排出実績等を基に排出量の上限を定め、それを排出権として配分し、市場でこの売買等を認めるものです。このほか、州レベルでも、SOx、NOx等の削減対策として同様の仕組みが設けられています。

上記のような地球温暖化対策としての税制面での対応は、各国とも国レベルによるものです。なお、廃棄物対策等としては、国レベルのみならず地方レベルにおいても税・課徴金などの経済的手法を活用している例が見られます。

(5) 今後の検討の方向

以上のように、京都議定書の目標達成など環境問題に対する総合的な取組みを進めていくことが重要な政策課題となっており、また、諸外国においても環境問題に対し税制面で対応する動きが見られます。わが国における税制面での対応についても、地球温暖化問題や大気汚染などの身近な環境問題への対応も含めて、今後様々な環境問題に対する取組みが進められる中で、幅広い観点から検討を進めなければなりません。

この場合、公的サービスの財源調達という租税の基本的な機能からすれば、特定の政策分野に税制を活用することについては慎重に検討すべきという意見もあり、このようなことからも、まず環境施策全体の中での税制の位置付けが明確にされる必要があります。地球温暖化問題を例に取ると、今後締約国間の合意が成立して京都議定書に基づくわが国の義務内容が最終的に確定すれば、これを踏まえわが国における地球温暖化対策全体について具体的内容が検討されることになります。これらの検討の中で、規制的手法、自主的取組み、税制以外の経済的手法の活用に加えて、税制の活用の必要性について十分な議論が求められます。また、近年の環境ビジネスの進展を踏まえれば、税制面での対応の前に、環境に関する公共サービスの民営化など民間活力の積極的活用を検討すべきとの意見もありました。

税制面での対応の検討に際しては、次のような点を踏まえることが必要です。

まず、税制面での対応は先に述べたとおり排出源が多い分野における環境負荷の軽減になじむものであり、PPPの考え方を踏まえれば、環境負荷の原因者を広く対象とすることを基本に検討する必要があります。

また、既存のエネルギー関係諸税については、課税目的は異なるものの、消費量に応じて負担を求めるものであることから、結果としてCO2排出抑制と整合的になっています。地球温暖化対策として化石燃料への課税について検討する場合、こうした既存税制との関係についてどう考えるかという議論があります。

さらに、環境負荷の原因者に追加的負担を求めることによって生じる税収の使途を地球温暖化対策などのための目的税ないし特定財源等として活用することについては、税の基本的な考え方からすれば好ましくないと考えられます。この点に関しては、単に環境負荷の軽減のための経済的手段というだけでなく、併せて環境施策のための財源調達手段という位置付けでも税制の活用を検討すべきではないかとの意見がありました。また、地域の環境保全における地方公共団体の役割や、その実施する施策のために多大な経費を要していることに留意すべきであるとの意見もありました。

なお、環境問題に対応して新たな仕組みを検討する場合、その課税主体については、税制によって対応を図ろうとする環境問題の性格を踏まえて検討する必要があります。例えば、地球温暖化対策として化石燃料に対する課税について検討する場合には、地球温暖化問題は複数の国の領域をまたがって原因と影響が関連する地球的規模の環境問題であることを踏まえて、全国的視点から制度を構築することが適当です。また、廃棄物や下水の処理といった住民に身近で、地域の実情を踏まえた対応が求められる環境問題については、地方独自の対応になじみ得るものと考えられます。

(注1)化石燃料は大量かつ広範に消費されることから、効率的かつ適正な税務執行等の観点から、製造・輸入段階において課税することが考えられますが、製造・輸入施設は地域的に偏在していることに留意する必要があります。一方、現行の国税・地方税における化石燃料に対する課税の中には、特定の用途に消費されるものを課税対象としていることなどから、流通段階で課税している例もあります。

(注2)昭和63年度までは、エネルギー消費に係る税制として、電気税、ガス税(市町村税)が課税されていましたが、消費一般に負担を求める消費税の創設に伴い、廃止されました。

いずれにせよ、環境問題に対する税制面での対応を検討する際には、国民に広く負担を求めることになる問題だけに、国民の理解と協力が得られることが不可欠です。当調査会としては、国・地方の環境施策全体の中での税制の具体的な位置付けを踏まえながら、国内外における議論の進展を注視しつつ、PPPの原則に立って、引き続き幅広い観点から検討を行っていきたいと考えます。

4.税務行政

(1) 税務行政の現状と課題

適正・公平な課税を実現し、税制全体に対する国民の信頼を確保していくためには、制度面のみならず執行面における適切な対応も重要です。税務執行は税制を実際の経済実態に当てはめるものですから、円滑な執行なくして税制は機能しません。また、税制を検討する際には、現実に執行が行い得るかどうかという観点を踏まえることはもとより、できる限り納税者及び税務当局の事務負担が重くならないようにすることが求められます。

近年の税務行政を取り巻く環境を見ると、納税者数が増加するとともに、経済取引の急速な国際化、電子化・情報化が進んでおり、このような中で、適正・公平な課税の確保が従来にも増して強く要請されています。そのような要請に的確に対応していくためには、所要の執行コストの確保を図っていくとともに、できるだけ効率的・効果的な税務執行に努めることが重要です。

(注1)平成10年度と昭和53年度の納税者数などを比較すると、この20年間に、所得税の確定申告書提出人員は1.8倍、個人住民税所得割の納税義務者数は1.4倍、源泉徴収義務者数及び特別徴収義務者数は1.6倍、法人数は1.7倍、相続税の納税者数は2.3倍、国税の滞納残高は7.0倍、地方税の滞納残高は5.3倍と、いずれも大きく増加しています。また、税務訴訟件数を比較すると、国税では1.2倍、地方税では3.8倍と増加しています。なお、この間の国税庁職員の定員の増加は、1.1倍です。また、地方税務職員数は4.5%減少しています。

(注2)徴税コスト(租税及び印紙収入(税関、郵政省分を除く。)に対する税務行政の経費について、収入100円当たりで見た金額)は、国税では昭和53年度1.52円であったものが平成10年度1.44円、地方税では昭和53年度3.61円であったものが平成10年度2.72円とそれぞれ減少しています。なお、地方税においては賦課課税が中心となっており、また国税と比べて1件当たりの税額が小さいこともあり、単位税額当たりの徴税コストに影響しています。

また、納税者が負担している申告納税などのコストについては、定量的には測れませんが、そうしたコストについても大きくならないよう、今後とも税制の簡素化に努める必要があります。

今後の税務行政については、申告納税制度における適正・公平な課税の実現のために、税務当局として申告水準の維持向上に取り組むことが引き続き重要です。今後とも、広報活動などを通じる納税者の啓蒙、日常的な指導・相談及び重点的・効果的な税務調査、滞納整理などにより、国民の納税道義を高めていくことが必要です。また、従来から国と地方公共団体との間で税務行政運営上の協力が行われています。こうした取組みは、納税者の利便性向上の観点から重要なものとして引き続き推進することが必要であり、事務の効率化の観点からも同様の必要性があります。なお、国と地方を通じた徴税一元化についての議論がありますが、これについては税務執行のみの問題ではなく、地方自治との関係、国と地方を通ずる税制のあり方など幅広い角度から検討されるべき課題であると考えます。

さらに、先に述べた税務行政を取り巻く環境変化に対応して、国民の税制及び税務行政に対する信頼をより確かなものとしていくためには、例えば、複雑化・多様化する国際的な取引に係る税務執行上の対応の充実や、悪質な脱税事案に対する厳正な対処などが今後ますます重要となってくるものと考えられ、必要な人員及び予算の確保など執行体制の整備や関係民間団体との協調を含め、税務行政における適切な取組みが必要と考えられます。

(2) 納税申告の手続の電子化

情報化・ペーパーレス化の急速な進展を踏まえ、現在、国民の利便の向上などの観点から、政府全体として申請・届出等手続の電子化に向けた取組みが行われています。税務行政の分野においても、平成15年度までに一部の税目について電子申告制度を導入することに向け、検討が行われているところです。

電子申告制度は、納税者の利便性向上の観点や税務行政の効率化などの観点から導入しようとするものですから、全体として、その導入による負担を上回る効果が得られることが必要です。また、申告の過程におけるセキュリティの確保について納税者の信頼を損なうことのないようにしていかなければなりません。なお、電子申告によって現在の申告水準を低下させるものであってはならないことは言うまでもありません。

電子申告制度の導入に当たっては、このような基本的な考え方に基づいて、対象税目、申告方法、納税者等の認証、申告を開始するための手続、セキュリティの確保、添付書類の取扱いなどの検討を進めていくことが適当です。また、電子申告制度の導入についても、納税者の利便性向上の観点や事務の効率化の観点から、国と地方公共団体との税務運営上の協力を一層推進していく必要があります。

(3) 税務行政を支える制度

申告納税制度を中心とするわが国の税制の下では、納税者が記録及び記帳に基づいて自ら適正な申告を行うことが制度運営の根幹となります。

税務行政は、このように基本的には納税者の記録及び記帳に支えられていますが、申告水準の維持向上を図り、適正・公平な課税を実現していくためには、税務訴訟における立証責任のあり方や資料情報制度のあり方などについても、税務行政を取り巻く環境の変化などを踏まえつつ検討していく必要があります。

1) 立証責任

税務訴訟における立証責任については、憲法上の納税義務を背景とした申告納税制度の下では、納税者が納税義務を適正に履行している旨を自ら証明する責務を負っているとの考え方があります。また、納税者の方が税務当局よりも所得に関する情報と証拠を十分に有していることや、課税処分は大量・反復的に行われるものであることを考慮し、主要諸外国のように、一般的に納税者に立証責任を課すこと又は納税者に必要経費や損金その他自己に有利な事実について立証責任を課すことを制度化してはどうかという意見があります。

これについては、わが国のように税務訴訟を通常の裁判所が管轄しており、また、民事訴訟法や行政事件訴訟法においても立証責任について特別の規定がないという状況の下で、行政訴訟の中で税務訴訟にのみ立証責任に関する明文の規定を設けることが適当かどうかという問題があります。また、所得の存在が不明のときに納税者に不利益を負わせることには慎重でなければなりません。

さらに、近年の税務訴訟においては、例えば、納税者が更正時には存在しない資料などに基づき必要経費を主張するときは、納税者が必要経費に該当することを合理的に推認させるに足る程度の具体的立証を行わない限り、経費に該当しないとの事実上の推定が働くといった内容の裁判例が出ており、このような納税者に一定の立証を求める裁判例が判例として定着していくか否かについて見守っていくことも必要です。

こうした点を勘案すれば、税務訴訟における立証責任の問題については、諸外国の例や裁判例の今後の展開をも見ながら、そのあり方について検討していくことが適当です。いずれにしても、現在のように税務当局が一般的に立証責任を負う下では、適正・公平な課税を実現するための環境整備の一環として、立証責任を果たせるだけの十分な資料を収集できるような環境が整備される必要があります。

2) 資料情報制度

税務当局が各種の手段で収集する資料は、納税者の申告が適正なものであるかどうかを確認するための重要な手がかりとなるものであり、資料情報制度は適正・公平な課税を実現する上で不可欠な役割を担っています。

わが国の資料情報制度は、各税法において各種のものが規定されていますが、近年では平成10年4月から施行された外為法の改正に併せ、一定額以上の国外送金等についての調書の提出制度が整備されています。

当調査会としては、昭和58年11月の答申(「今後の税制のあり方についての答申」)において、資料情報制度に関し、一般的な資料収集目的のための協力制度及び官公署等の協力制度について指摘しました。前者については、従来から関係者の任意の協力に基づいて行われてきた一般的な資料収集の根拠規定を設けるというものですが、未だその制度化は図られていません。今後、関係者との協力関係の進展や定着状況を見極める必要があります。また、後者については、昭和59年に官公署等の協力制度が設けられましたが、必ずしも実効性があがっていないとの指摘もあります。行政機関の保有する情報の公開に関する法律の施行など行政情報公開への対応が進展している中で、経済取引に関する資料などを秘匿する理由はなくなりつつあると考えられます。こうしたことを踏まえ、今後、この制度を強化することが適当と考えます。

さらに、国際化や高度情報化の進展に伴い、資料情報の収集がより困難になってきている面がありますが、こうした新たな状況においても適正・公平な課税に必要な資料情報の収集が可能となるよう、制度の不断の見直しが重要です。

資料情報制度は、税制そのものを構成する極めて重要な要素です。したがって、今後の税制のあり方の検討と併せ、諸外国の諸制度をも勘案しつつ、国民の理解と協力を求めてその拡充を図ることが必要と考えます。