第33回 緊急時の教育のための最低基準@PKOなう!

本コラムにある意見や見解は執筆者個人のものであり、当事務局及び日本政府の見解を示すものではありません。

2012年11月22日
国際平和協力研究員
とやま せいこ
外山 聖子

第20回「紛争期における教育支援」に続き、本稿では紛争・災害を含む「緊急時の教育のための最低基準」についてお話ししたいと思います。

緊急時の教育のための最低基準とは

 紛争や災害などの緊急時には、多くの場合、教育は混乱し人々は質の高い教育を受けることができません。しかし、教育は全ての人にとっての基本的人権であり、また教育は、緊急時の後(Post-Emergency)の復興活動において経済的、社会的、政治的に人々が平時の生活を送れるようになる能力を伸ばすために不可欠です。ですから、紛争や災害後の人道支援と同じ時期のできるだけ早い時点から、教育分野における復興活動を始めることが重要となります。そこで、INEE(Inter-Agency Network for Education in Emergency)[1]は、国連機関や大学、教師、NGOなどと協議し、「緊急時の教育のための最低基準」[2]を作成し、4項目と19の基準及び各項目に関する緊急時教育のガイダンス[3]をまとめました。これは、緊急時の教育についての準備、対応、復興の各過程をよりよいものとし、安全で適切な教育機会へのアクセスを増やし、さらに教育を提供する際の説明責任を明らかにすることを目指しています。

 最低基準とはいえ高い基準が設定されていますが、これらは国際的に合意されている人権や成功実践例なども考慮されており、質の高い教育や人々の尊厳についての最低限のニーズを定義することにより、紛争や災害後の教育支援のありようを示すものとして教育支援に携わる多くの国連機関、国際機関及びNGOなどにとっての活動指針となっています。この最低基準には「アクセスと学習環境」「教授と学習」「教師と教育関係者」「教育政策」の4つの項目があり、今回はその各項目をご紹介したいと思います。

図:紛争状態と教育への取り組み

I.アクセスと学習環境

 緊急時の教育においては、まず(1)平等なアクセスと(2)身体的及び心理社会的に保護され安寧な学習環境を整えることが重要です。緊急時から復興期にかけての時期は、登下校及び学校施設内においても、学習者、教育関係者は身体的及び心理的な危険と常に隣りあわせであるため、(3)教育施設とサービスは予期されるすべての危険から回避されるよう設立及び計画されることが望ましく、さらに何人も性別や人種、言語、地理的位置などに起因する障壁により教育の機会へのアクセスが拒まれないようにするための配慮が必要となります。

II.教授と学習

 質の高い教授と学習の機会を提供することも、緊急時の教育では重要な要素となります。特に危機的な状況の中で、教育が学習者に適切となるようにし、かつその教育によって学習者が守られるように[4]、(1)カリキュラム、(2)研修、専門的能力の開発と支援、(3)教授と学習課程、そして(4)学習成果のアセスメントを改善する機会が必要となります。特に紛争や災害の発生直後は、現在あるいは将来の危機・脅威・危険の軽減について、また人権教育や平和教育、民主的な市民権についての教育などが重点的に行われるべきで、それらの教育が行えるような環境を整えることが重要となります。

III. 教師と教育関係者

 緊急期から復興期にかけて、教師及び教育関係者は、子どもから成人を含む全ての学習者の教育ニーズに応えることが重要であり、このような人材を公平かつ透明性の高いプロセスで(1)募集・選考し、適切な(2)労働条件と報酬を与え、さらに(3)支援・指導していくことが重要となります。教師と教育関係者の役割と責任は、フォーマル教育かノンフォーマル教育[5]かでも異なってきますが、ここでの「教師と教育関係者」とは、クラスを受け持つ教師やアシスタント、幼稚園や保育園の保育士、障がいを有する人の教育者、各教科の専門家や職業訓練のトレーナー、地域のボランティア、宗教家、ライフスキルの指導者、校長やその他の教育に関わる職員などが、これにあたります。

IV. 教育政策

 多くの国際文書及び宣言で、「全ての人の教育を受ける権利」は明文化されており[6]、それが人権を推進するための礎ともなっています[7]。表現の自由、平等の権利、社会及び教育政策に関する意思決定に意見する権利は、すべての教育に不可欠な要素のうちの一つです。これらの権利を守るために、緊急時に対応する教育官庁や関係者は、まず(1)教育政策や教育基準を策定し、教育を受ける権利を支持し、被災者の教育ニーズに迅速に対応できる教育を目指すために準備・対応し、さらにより長期的な開発期に至るまでの計画を、わかりやすく示すことが重要になります。さらに各ステークホルダーや地域コミュニティがその教育プログラム方針の(2)計画と実行に関与すること不可欠となります。

V. 基本的な基準

 上記すべての項目において必要となるのが、「住民の積極的な参加」と、教育関係者及びすべての利害関係者との「協調」、そしてニーズとリソースの包括的なアセスメント、教育促進に対する障害への対応方策、教育ニーズの変化に対応するためのモニタリング、そして不偏な評価などを含む「分析」です。これらの基準は、初等教育のみならず幼児教育、中等教育、高等教育、職業・技術教育、成人教育などあらゆる年齢を対象にしたフォーマル教育及びノンフォーマル教育など全ての学習機会に適応されることが望まれています。

まとめ

 本稿で取り上げた「緊急時の教育のための基準」は、脆弱国家などのように、紛争や災害によってあらゆるインフラ、制度、教育機関が壊されている環境下においても、教育を通常化し、さらに教育の質を確保・向上させる点において意義があり、活動指針として広く使用されています。

[1]INEEとは、緊急時における教育のための機関間ネットワークであり、災害や紛争などの緊急時及び緊急時の後において、全ての人々に良質の教育を与え、さらに教育を受ける安全な環境を確保するための人道・開発の基盤を作ることを目指しています。学生、教師、国連職員、NGO職員、ドナー、政府機関、大学機関などを含む7000以上の世界の機関が参加しています。

[2]INEE(Inter-Agency Network for Education in Emergency). (2010).Minimum Standards for Education:Preparedness,Response,Recovery(http://toolkit.ineesite.org/toolkit/INEEcms/uploads/1012/INEE_GuideBook_EN_2012%20LoRes.pdf)INEE Coordinator for Minimum Standards and Network Tools.New York,USA.
 【日本語訳】INEE(2010).内海成治(監訳)お茶の水女子大学国際協力論ゼミ(訳)「教育ミニマムスタンダード(最低限の基準)」-準備・対応・復興-

[3]上記スタンダードは、以下の国際法律文書及び宣言や人道憲章を元に作成されています。

  • International Covenant on Civil and Political Rights(1966) (Article2)
  • International Covenant on Economic,Social and Cultural Rights(1966) (Articles2, 13, 14)
  • Convention on the Elimination of All Forms of Discrimination against Women(1979) (Article10)
  • Convention on the Rights of the Child(1989) (Articles2, 22, 28, 29, 30, 38, 39)
  • Jomtien Declaration(1990)
  • Rome Statute of the International Criminal Court(1998) (Article8(2)(b)(ix)and8(2)(e)(iv))
  • Guiding Principles on Internal Displacement(non-binding) (1998) (Paragraph23)
  • World Education Forum Framework for Action promoting Education for All(2000)
  • Convention on the Rights of Persons with Disabilities(2006) (Article24)
  • Millennium Development Goals(2000)
  • United Nations General Assembly Resolution on the Right to Education in Emergency Situations(2010)
  • The Sphere Project:Humanitarian Charter and Minimum Standards in Humanitarian Response. (2011)

[4]学習者を守るために役立つ災害や紛争後の教育とは、現在あるいは将来の危機・脅威・危険を防ぎ、自身を守るためのライフスキルや、心理社会的なニーズに対応するための教育のことです。具体的には、心理社会学的サポート、地雷や不発弾に関する教育、災害リスク軽減のための教育、人命救助法、人権教育、平和教育、民主的な市民権についての教育、性および生殖に関する健康、HIV/AIDSを含む保健衛生教育などがこれにあたります。

[5]「フォーマル教育」とは、学校教育制度内での教育活動を指し、「ノンフォーマル教育」は、正規の学校教育の枠外である目的をもって組織的に行われる教育活動を指します。

[6]e.g.Convention on the Rights of the Child(1989) (Articles28)

[7]International Covenant on Economic,Social and Cultural Rights(1966) (Articles13, 14);Millennium Development Goals(2000);United Nations General Assembly Resolution on the Right to Education in Emergency Situations(2010);The Sphere Project:Humanitarian Charter and Minimum Standards in Humanitarian Response(2011)