第32回 多様性への尊重と地域的人権規範(前編)@PKOなう!

本コラムにある意見や見解は執筆者個人のものであり、当事務局及び日本政府の見解を示すものではありません。

2012年11月16日
国際平和協力研究員
まつざわ ともこ
松沢 朝子

多様性への尊重の重要性

 多様性への理解と尊重は、国連でとても重要視されています[1]。多様性とは、人種、性別、肌の色等外見で判断できる分野から、価値観、伝統、概念等目には見えない分野まで含みます[2]。国連PKOに勤務する要員にも、多様性に対する理解と尊重が求められますが、これは国連PKOが展開される地域や国々には、独自の文化的価値観や伝統、歴史や宗教観などから発生した規範や概念が存在しており、その多様性を理解し、尊重することが派遣国政府や現地の人々からの国連PKOに対する信頼の醸成につながり、国連PKOミッションの成功にも影響するためです[3]。こうした多様性への理解と尊重の重要性は、人権分野についても該当します。そこで2回にわたり、人権分野に関し存在する地域独自の特色を取り入れた人権規範について紹介をしていきます。前編ではアフリカ地域に注目し、同地域の人権諸条約の中核をなす「人及び人民の権利に関するアフリカ憲章」(以下「バンジュール憲章」)について取り上げます。

アフリカ地域の人権条約「バンジュール憲章」

 バンジュール憲章[4]は1981年にアフリカ連合の前身であるアフリカ統一機構首脳会議で採択され、1986年10月21日に発効しました。正式名称に「人及び人民の権利に関するアフリカ憲章」とあるように、「人民」という言葉を入れ、個人の持つ権利のみならず、家族等の共同体が持つ集団の権利を個人の権利と同等に位置づけています。前文及び68ヵ条から構成される同憲章には、アフリカの歴史的、社会的な背景や価値観に基づいた同地域独自の特徴が規定されています。前文には「(アフリカ諸国の)歴史的伝統の美徳及びアフリカ文明の価値を考慮に入れる」[5]と明記されており、本文においても同地域の価値観や特色が反映されています。主な特徴としては、人民の平等、自決権、富や天然資源への権利、発展の権利[6]等、いわゆる第3世代の人権[7]が複数規定されていること、及び個人の義務として、(1)アフリカ文化の価値の保護及び強化、並びにアフリカの統一促進及び達成への貢献[8]や、(2)家族の円満な発展の保護、並びにコミュニティへの奉仕のための個人の持つ身体的及び知的能力の発揮[9]等が成文化されていることが挙げられます。

 このように、人権の分野においても、地域独自の文化的・社会的価値観や概念が地域条約として成文化され、その地域の持つ多様性が尊重されていると言えます 。後編ではアラブ地域に注目します[10]

[1]例えば国連の職員採用に関する説明では、多様性への尊重は国連の特徴であり、国連スタッフの持つ多様性が国際社会の抱える複雑な課題に取り組む際の財産であると記されている。United Nations. “United Nations Career:What we look for”.United Nations.https://careers.un.org/lbw/home.aspx?viewtype=wwlf. (参照2012年11月7日) .

[2]国連が作成した国連PKO派遣前研修素材の「多様性への尊重」において、多様性とは海に浮かぶ大きな氷山のようなものであり、海上に見える部分(人種、言語、肌の色、性別等)は10%程度で、残りの大部分(信念、価値観、概念等)は海中にあるため外から見ることは容易ではないと形容されている。詳細は、United Nations. “CPTM Unit4:Standards,Values and Safety of UN Peacekeeping Personnel”.United Nations.http://peacekeepingresourcehub.unlb.org/PBPS/Pages/PUBLIC/ViewDocument.aspx?docid=939&cat=71&scat=393&menukey=_4_5_2. (参照2012年11月7日).

[3]国連PKO派遣前研修素材では、「信頼性」及び「正当性」を派遣国政府や現地の人々から得ることは、国連PKOミッションの成功に不可欠な重要要素であるとされている。United Nations. “CPTM Unit1:A Strategic Level Overview of UN Peacekeeping”.United Nations.http://peacekeepingresourcehub.unlb.org/PBPS/Pages/PUBLIC/ViewDocument.aspx?docid=935&cat=71&scat=393&menukey=_4_5_2. (参照2012年11月7日).

[4]ガンビアの首都バンジュールで1981年に開催されたアフリカ統一機構(OAU)閣僚級会議において、人及び人民の権利に関するアフリカ憲章の草案が採択されたことから、同憲章はバンジュール憲章とも呼ばれる。同憲章起草から採択に至るまでの詳細は、African Commission on Human and Peoples'Rights. “History of the African Charter”.African Commission on Human and Peoples'Rights.http://www.achpr.org/instruments/achpr/history/.(参照2012年11月5日).

[5]バンジュール憲章の前文及び本文は、African Commission on Human and Peoples'Rights. “African Charter on Human and Peoples'Rights”.African Commission on Human and Peoples'Rights.http://www.achpr.org/instruments/achpr/#part1. (参照2012年11月7日).

[6]人民の平等(第19条)、自決権(第20条)、富や天然資源への権利(第21条)、発展の権利(第22条)に明記。

[7]18世紀に西洋で発生した人権は、当時の権威主義的抑圧からの解放と、言論の自由や結社の自由等の自由権に焦点を当てたものだった(第1世代の人権)。その後産業が発展し経済格差、成長格差が存在する中で社会権の保護促進の重要性が増すようになった(第2世代の人権)。そしてグローバリゼーションが進む中、極度の貧困による地球的規模の課題への認識の高まりから、健康な環境への権利、自決権、発展への権利等、新しい権利の概念であるいわゆる第3世代の人権が主に発展途上国から主張されるようになった。詳細は、UN Chronicle. “International Human Rights Law:A Short History”.United Nations.http://www.un.org/wcm/content/site/chronicle/home/archive/issues2009/wemustdisarm/internationalhumanrightslawashorthistory. (参照2012年11月7日).

[8]バンジュール憲章第27条から第29条には、家族、社会、国家等に対する個人の義務が明記されている。

[9]バンジュール憲章第29条を参照。

[10]地域的人権規範は、一般的に国際人権法の枠組みや概念を尊重しつつ、各地域に存在する価値観や概念をより反映し、かつ地域に共通する独自の価値観や概念への連帯的尊重を表していると言える。