第39回 多様性への尊重と地域的人権規範(後編)@PKOなう!

本コラムにある意見や見解は執筆者個人のものであり、当事務局及び日本政府の見解を示すものではありません。

2013年1月18日
国際平和協力研究員
まつざわ ともこ
松沢 朝子

 前編では、多様性の存在について触れ[1]、例として人権分野に関し存在するアフリカ地域独自の価値観や概念を取り入れた地域的人権条約(人及び人権の権利に関するアフリカ憲章)[2]を取り上げました。後編では、宗教独自の人権への価値観や概念を反映させた人権規範として、イスラム諸国により起草され、採択された「イスラムの人権に関するカイロ宣言」(カイロ人権宣言)[3]に注目します。

 カイロ人権宣言は、1990年にカイロで開催されたイスラム諸国会議機構(OIC[4]で採択された、人権分野に関するOIC加盟国のための一般的ガイダンスです。カイロ人権宣言は、その名称に「宣言」とあるように、1948年に人権について初めて成立した具体的な国際基準である世界人権宣言[5]に対するイスラム諸国版の人権宣言として起草、採択されました。前文及び25カ条から構成される同宣言には、人権に関するイスラムの視点の概観と、イスラム法[6]が同宣言のあらゆる条項の源である旨が明記されています[7]。特徴としては、世界人権宣言のほぼすべての条項が「すべて人は」あるいは、「何人も」[8]で始まり、全ての人が持つ自由権及び社会権の最も基本的権利が簡潔に記述されているのに対し、カイロ人権宣言には、条項により権利や義務を持つ者が区別されていたり、女性や児童に関する条項が含まれ[9]、男性と女性それぞれが持つ権利と義務、親が子どもに対して持つ責任と権利について明記されており、イスラム色が前面に反映された内容となっています。

 とはいえ、今日すべてのイスラム諸国が主要な国際人権条約のいずれかを批准している[10]ことから、カイロ人権宣言はイスラム諸国の法的義務というよりも、道徳上の義務を明確にし、この点において、他の地域的人権規範と同様、一般的には、国際人権法の枠組みや概念を批准国の義務として優先させつつ、特定の宗教における人権観や概念を反映した独自の宣言を採択したことにより、人権に対するイスラムの価値観や概念への尊重を連帯的に表したと言えるでしょう。

[1]第32回PKOなう!「多様性への尊重と地域的人権規範(前編)」参照。.

[2]African Commission on Human and Peoples'Rights. "African Charter on Human and Peoples'Rights".African Commission on Human and Peoples'Rights.http://www.achpr.org/instruments/achpr/#part1. (参照2013年1月10日).

[3]イスラムの人権に関するカイロ宣言の全文は、Organization of Islamic Cooperation. "THE CAIRO DECLARATION ON HUMAN RIGHTS IN ISLAM".Organization of Islamic Cooperation.

[4]OICはイスラム諸国の連帯を促進し、強固にすること等を目的とし1971年に設立された国際機構。加盟国は57か国、オブザーバーが5ヵ国・7組織。本部はサウジアラビアのジェッダ。発足当時の名称はイスラム諸国会議機構(Organisation of the Islamic Conference)だったが、2011年6月にイスラム協力機構(Organisation of Islamic Cooperation)に変更された。詳細は、Organization of Islamic Cooperation. "About OIC".Organization of Islamic Cooperation.http://www.oic-oci.org/page_detail.asp?p_id=52. (参照2013年1月10日).

[5]世界人権宣言は、基本的人権が普遍的に保護される旨初めて明記した国際人権分野の歴史における画期的文書。全文は、United Nations. "Universal Declaration of Human Rights".United Nations.http://www.un.org/en/documents/udhr/index.shtml.(参照2013年1月10日).

[6]イスラム法の普遍的な法源は、「クルアーン」 (イスラム教聖典。「コーラン」と標記されることも多い)と「スンナ」(聖預言者ムハンマドの言行)。 イスラムにおける人権については、"イスラームの人権:法における神と人"、奥田敦、慶応大学出版会、2005.を参照。

[7]カイロ人権宣言第25条.

[8]人権・人道. "世界人権宣言(仮訳文)". 外務省.http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/udhr/1b_001.html. (参照2013年1月10日).

[9]カイロ人権宣言第6条には、女性は尊厳において男性と平等であり、享受する権利及び果たすべき義務がある等と明記。第7条には児童の持つ諸権利、及び両親は子供たちに与える教育方針を選定する権利を有するが、いずれもイスラム法の原則と倫理的価値観に従いつつ児童の将来を考慮するものであるべき等と明記。.

[10]現在すべての国連加盟国が少なくとも1つの国際人権条約を批准し、国連加盟国の8割が主な人権条約のうち4つかそれ以上を批准している。詳細は、Office of the High Commissioner for Human Rights. "What are Human Rights?"Office of the High Commissioner for Human Rights.http://www.ohchr.org/EN/Issues/Pages/WhatareHumanRights.aspx, (参照2013年1月10日).