第52回 国連における治安部門改革(SSR)の発展@PKOなう!

本コラムにある意見や見解は執筆者個人のものであり、当事務局及び日本政府の見解を示すものではありません。

2013年6月28日
国際平和協力研究員
わくがわ いづみ
湧川 いづみ

治安部門改革とは

 平和の実現と定着に取組む国際社会は、近年、平和維持、復興および開発を通じた包括的な平和構築支援を実践していますが、治安部門改革(通称Security Sector Reform/SSR[1]は、その中でも平和構築初期から取組まれており、更には国連PKOの出口戦略の鍵となる活動として注目を浴びています。
 本稿では、「国家の中枢に位置する秩序維持を担うさまざまな組織(たとえば、軍隊、警察、司法機関など)の実務能力の向上や民主的な組織への体質的改善をめざして行われる種々の改革の総称」[2]SSRの定義[3]とし、国連におけるSSR活動の発展に焦点を当ててみたいと思います。

治安部門改革の発展

 国際社会によるSSRという確立された活動としての取組みが始まったのは1990年代初頭で、開発援助関係者の間で、紛争後の復興や開発には治安の安定が必須であるという共通認識が形成されたのがきっかけでした。当時は、ドナーなどの各アクターが各自で行っている治安部門関連の支援をSSRと名付けていたため、共通の定義などは存在しませんでした。SSRという言葉を創ったと言われている英国国際開発省でさえも、その当時は明確なSSRの定義や政策を持っていなかったと言われています。その状態は、経済協力開発機構(Organisation for Economic Co-operation and Development/OECD)の2005年発出の報告書「治安システム改革とガバナンス」[4]によっても指摘されています。

国連における取組

 2005年7月12日の国連安保理議長声明において、安保理は、SSRは紛争後の環境安定化のプロセスにとって重要な要素であることを認め、国連および国際社会による調和のとれたアプローチの必要性を訴えました。
 そのような動きを受け、国連において初めて治安部門改革(通称Security Sector Reform/SSR)が一つの独立した議題として取り上げられたのは、2007年2月20日の国連安保理公開討論でした。「治安部門改革を支援する上での安保理の役割」と題された公開討論では、議長国であるスロバキアが「治安部門の改革や再編成は紛争後における平和構築にとって重要である一方、その最終的な目的は人々の生活の向上と安定である」という発言を行い、SSRの成功には国際社会による支援とナショナル・オーナーシップの間のバランスが重要であるため、国連としてもこのテーマに特化した議論が必要という趣旨のもと、討論は朝11時より午後5時半まで行われました。
 結論として、安保理は、議長声明(S/PRST/2007/3)の発出によって、国連事務総長によるSSR支援に携わる全ての国連機関の実効性と調整の向上を求めた具体的な提言("concrete"recommendation)も含めた包括的な報告書の提出を求めました[5]。これを受け、2008年1月23日、事務総長報告書(A/62/659-S/2008/39)[6]によって国連の統一的なSSR概念と包括的なアプローチが成文化されました。
 2007年には国連内部でもう一つ大きな動きがありました。国連事務総長によって国連関連機関SSR調整部会(IASSRTF)[7]が設立されたのです。この部会は14の国連機関によって構成され、これらの国連機関によるSSR活動の統合と調和を目的とし、国連によるSSR活動の指針や規範の開発を担っています。そして2013年1月23日には、「UNSSRIntegrated Technical Guidance Notes(ITGNs)」という文書を発出しました。ITGNs発出の目的は、国連によるSSR支援のための枠組みを明確にすることにより共通認識を形成し、「一つの国連」(“One United Nationsapproach)としてSSRに取組める環境を整備することです[8]

国連PKO局による取組

 国連による取組が進む中、国連平和維持活動の所管である国連PKO局ではどのような取組がなされているのでしょうか。安保理公開討論が行われた2007年、国連PKO局は局内に「SSRユニット」を設立し、同時に3つのPKOミッションにSSRチームが立ち上がりました。
 2013年2月1日時点では、政治ミッションも含め10の平和活動(Peace Operation)ミッションのマンデートにSSRが含まれています[9]。国連PKO局及び各ミッションによるSSR活動は、安保理によって付与されるマンデート(任務)で決定しますが、最近の傾向としては、SSR実施主体である当事国へのキャパシティビルディングなどを通した支援が主流です。

国連マリ多角的統合安定化ミッション(MINUSMA)におけるSSRマンデート

 2013年4月25日に、安保理決議第2100号によって新しい国連ミッション、国連マリ多角的統合安定化ミッション(MINUSMA)が設立されました。MINUSMAに付与されたSSRマンデートも、最近の動向と同じくマリ暫定政府に対するキャパシティビルディングが強調されています。MINUSMAのマンデートには「マリ治安部門、特に警察と憲兵隊(gendarmerie)の再建に対する国家および国際的な取組みを支援する」という目的を達成するために、技術支援、キャパシティビルディング及びメンタリング(mentoring)プログラムの実施が明記されています。更には法の支配および司法分野における取組や、SSR支援の調整を重視する国連として、欧州連合を含め、これらの分野に関与するドナーや国際機関との連携も同時に強調されています[10]

 2007年、国連のSSR支援は大きな転換期を迎えたと言えます。1990年から現在までの長い道のりの中、国際社会は紆余曲折しながらも、治安部門改革支援を通して、人権の回復を実現し、紛争後の安全な社会を構築する努力がなされてきました。まだまだ発展途上にあるSSR支援ですが、今後もMINUSMAにおけるSSR活動も含め、平和構築のための重要な活動として、注目していく必要があります。

[1] 治安部門改革の英語も、機関により異なる。経済協力開発機構(OECD)は2004年にSecurity System Reformの使用を決定している。本稿では、国連と同様にSecurity Sector Reformを使用する。

[2] 藤重博美「『脆弱国家』の再建と治安部門改革(SSR)」稲田十一編『開発と平和‐脆弱国家支援論』有斐閣、2009年、209頁。

[3] SSR(治安部門改革)の定義は、国際的に統一されたものが存在しないため、本稿では異なる定義の紹介は割愛するが、脚注5(以下)の安保理議長声明以外でSSR定義を紹介している主文書として、 "The OECD DAC Handbook on Security System Reform:Supporting Security and Justice" (経済協力開発機構、2007年)と英国政府(国際開発省、国防省、外務および英連邦省)発出の “Security Sector Reform Strategy2004-2005”がある。

[4] DAC Guidelines and Reference Series"Security System Reform and Governance" (OECD, 2005)。

[5] 安保理議長声明(S/PRST/2007/3) [http://www.securitycouncilreport.org/atf/cf/%7B65BFCF9B-6D27-4E9C-8CD3-CF6E4FF96FF9%7D/Arms%20SPRST%202007%203.pdf] また討論における各国声明の要約は第5632回会合における公開討論に関するプレス・リリース(SC/8958)「Security Sector Reform in Post-Conflict States Critical to Consolidating Peace,Report Needed Aimed at Improving UN Effectiveness,Security Council Says」を参照のこと。日本からは、神余国連代表部大使が演説を行った。外務省ホームページを参照。(www.mofa.g.jp/mofaj/press/enzetsu/19/un_0220.html

[6] "Securing peace and development:the role of the United Nations in supporting security sector reform"Report of the Secretary-General(A/62/659-S/2008/39)、2008年1月23日発出。

[7] 「国連関連機関SSR調整部会」(筆者訳)英語正式名称は、UN Inter-Agency SSR Task ForceIASSRTF)である。

[8] 国連SSRウェブサイト参照のこと。(http://unssr.unlb.org/)

[9] ここで言う10のミッションとは、南スーダン、コートジボワール、コンゴ民、リビア、リベリア、ソマリア、ギニアビサウ、西アフリカ、中央アフリカ、ブルンジであり、SSRマンデートの中でも、警察と軍を含む広汎にわたる活動(general language including both police and military)を付与されたミッションだけを挙げている。データは、国連政務局発出のマンデート一覧表(Mandates for peacekeeping operations and field-based political missions)を参照した。

[10] 国連安保理決議2100号(S/RES/2100 (2013)), 16(a)(iii)を参照。

【参考資料】
【本】
「平和構築における治安部門改革」上杉勇司・藤重博美・吉崎知典編集(国際書院、2012年)
【研究所】
Geneva Centre for Democratic Control of Armed Forces(DCAF) [http://www.dcaf.ch/]
Centre for Security Sector Management(CSSM)at Cranfield University(英国陸軍)