第92回 ハイブリッド刑事法廷@PKOなう!

本コラムにある意見や見解は執筆者個人のものであり、当事務局及び日本政府の見解を示すものではありません。

2015年3月18日
国際平和協力研究員
ふじい ひろしげ
藤井 広重

 

はじめに

  南スーダンでは、2015年8月に関係者間で署名された「南スーダンにおける衝突の解決に関する合意文書」に基づき、ハイブリッド刑事法廷の設置が予定されています。ハイブリッド刑事法廷は、これまでも国連による関与の下、紛争後の国家機能が脆弱なシエラレオネ、コソボ、東ティモール、カンボジア等で不処罰文化の終止と、より独立・公平な裁判を実現するために設置されてきました。ハイブリッドという言葉自体、最近になって日常生活でも耳にするようになりましたが、ハイブリッドな刑事法廷とはいったいどのような裁判所なのでしょうか。そこで、今回の@PKOなう!では、南スーダンに限らず、紛争後の平和構築において度々、必要性の議論が交わされるハイブリッド刑事法廷の特徴と課題についての分析を試みたいと思います。

ハイブリッド刑事法廷の特徴

  まず、以前にご紹介した国際刑事裁判所(ICC)と比較して(第73回@PKOなう!第74回@PKOなう!第79回@PKOなう!第81回@PKOなう! 参照)、ハイブリッド刑事法廷の特徴を確認してみましょう。ICCは条約に基づく常設の裁判所です。これに対し、ハイブリッド刑事法廷は、受入国の同意の下、国連をはじめとする国際的な関与によって一時的に設置される特別裁判所です。例えば、南スーダンで設置が予定されているハイブリッド刑事法廷は、「2013年12月15日から、暫定国民統一政府期間完了までの間に発生した国際法及び関連する南スーダン国内法の違反行為に関与した個人を調査及び訴追する」、と時間的管轄権が限定されています[1]。つまり、この期間に発生した重大犯罪行為のみを訴追することができる裁判所として設置が予定されている点において、あくまで一時的な措置なのです。これまでも、2002年に活動を始めたシエラレオネ特別法廷(SCSL)は、2013年に管轄権内のすべての審理が終結したため活動を終え、以降、2010年に設立されたシエラレオネ残余特別法廷(Residual Special Court for Sierra Leone)が証人の保護をはじめとする残された任務をSCSLから引き継いでいます[2]。敷衍すると、重大な人道法違反行為の疑いがある地域において、ICCでは管轄権を行使できるのか否かが議論されますが、ハイブリッド刑事法廷については、そもそも法廷を設置するのか否かが議論されることになります。

  次に、ICCが国際判事と国際職員を中心に裁判手続きが進められることに対し、ハイブリッド刑事法廷は、一般的に国際判事と国内判事、及び国際職員と国内職員がともに裁判にあたります。なお、コソボで設置されたハイブリッド刑事法廷である規則64パネル[3]のように固定された裁判官パネルではなく、事件毎に国際判事が配置されることもあります。また、審理にあたって、国際法だけではなく、国内法も適用されます。上記のような国際的な裁判所としての特徴と国内裁判所としての両方の特徴を有する点が、ハイブリッドな刑事裁判所若しくは混合(mixed)法廷と呼ばれている所以でもあります。

  最後に、ICCが基本的には紛争地から離れたオランダのハーグで裁判を行うことに対し、ハイブリッド刑事法廷は、紛争の影響を受けた地域に設置される傾向があります。これによって、紛争の影響を受けた住民が裁判をより身近に感じ、裁判を通じた真実の究明と和解の促進が図られることが期待されています。また、資金的な面においても、被疑者、被害者及び証人の裁判所までの移動コストを抑えることができます。このような特徴を活かし、例えばカンボジアに設置されたハイブリッド刑事法廷であるカンボジア特別裁判部(ECCC)では、裁判所の傍聴席を通常より広くし、多くの傍聴者を集めたり、また、ECCCへの訪問がかなわない遠方の地域に住む人々のために裁判所での審理をテレビ放送したりしています。

ハイブリッド刑事法廷の課題

  ハイブリッド刑事法廷の設置は、紛争終結後あるいは停戦合意後における平和構築の文脈の中で、必要性が検討、そして提起されています。南スーダンにおいても、2013年12月の衝突についての国連PKOの人権部[4]及びAU事実調査委員会による報告書[5]等においてハイブリッド刑事法廷設置勧告が大きな役割を果たしました。しかし、このことは同時に、重大な人道法違反行為が発生してから裁判所の活動に至るまでにかなりの時間が要されることを意味しています。例えば、ECCCが訴追しようとしたクメール・ルージュが関与した大規模な人道法違反行為は、1970年代に行われたものです。国際的な圧力もあってカンボジア政府は1997年の段階で国連に法廷設置に係る支援を要請します[6]。これを受け、専門家グループによって調査が行われ、作成された1999年報告書は裁判所の設置に向けた国際的な関与の必要性を強く勧告しました[7]。しかし、国連とカンボジア政府による裁判所設置を巡る協議は長期化し、同国は国連との合意ではなく、あくまで自国の法の枠組みに基づく設置を主張しました。このため、2002年の一時期には、カンボジアの国内枠組みに基づく裁判所では独立性・普遍性・客観性を担保できないと判断し、国連は交渉を打ち切ったこともあります[8]。結果、同国政府の国連への支援要請から、約9年後の2006年にECCCはようやく活動を開始することになりました。このことは、国際的な介入を好まない国家からハイブリッド刑事法廷設置の同意を得ることが難しいことを示しています。

  そこで注目されるのが、南スーダンハイブリッド刑事法廷設置に向けたアフリカ連合(AU)の関与です。これまでよく見られた国連と受入国政府との間で設置されるハイブリッド刑事法廷ではなく、南スーダンではAUも同ハイブリッド刑事法廷設置のために主要な役割を果たすことが期待されています。2015年8月の合意文書によりますと、南スーダンハイブリッド刑事法廷は「裁判官、検察官及び弁護人はAU議長と国連事務総長によって選定かつ任命され、これらの者は、南スーダン人とアフリカ出身の者によって構成される」と定められています。これまでに、AUはセネガルでも前チャドの大統領を訴追するためのハイブリッド刑事法廷の設置に関与しています[9]。「アフリカの諸問題へのアフリカの解決策(African Solutions to African Problems)」を模索するAUの関与は、国連の関与よりも比較的、アフリカの人々にとってハイブリッド刑事法廷の設置を受け入れやすい環境を整えているとも言えるでしょう。今後も、地域機構として地域の意思を尊重しながら課題解決を図ろうとするAUが、国連に代わって、アフリカにおける不処罰文化の終止にこれまで以上に貢献できるのか、またAUが関与するハイブリッド刑事法廷で独立・公平な裁判が行われるのか、注視していく必要があります。

 

[1]  政府間開発機構(IGAD)「南スーダンにおける衝突の解決に関する合意文書」第5章を参照、http://igad.int/index.php?option=com_content&view=article&id=1193:agreement-on-the-resolution-of-the-conflict-in-the-republic-of-south-sudan&catid=1:latest-news&Itemid=150, last visited (3 March 2016).

[2]  See, Residual Special Court for Sierra Leone. http://www.rscsl.org/, last visited (3 March 2016).

[3]  同パネルは、同地域で展開していた国連コソボ暫定行政ミッション(UNMIK)の規則によって設置されました。当初は、UNMIK規則2000/6による裁判が予定されていましたが、同規則では国際判事が多数を採ることができず、中立性が保障されないとして、UNMIK規則2000/64が公布された背景があります。

[4]  UNMISS, “Conflict in South Sudan: A Human Rights Report,” 8 May 2014.

[5]  AU Press Release, “The African Union Releases the Report of the AU Commission of Inquiry on South Sudan,” 27 October 2015. http://www.au.int/en/content/african-union-releases-report-au-commission-inquiry-south-sudan, last visited (3 March 2016).

[6]  UN Doc. A/51/930-S/1997/488, 24 June 1997.

[7]  UN Doc. A/RES/52/135 (1997).

[8]  Statement by UN Legal Counsel Hans Correl at a Press Briefing at UN Headquarters in New York (8 February 2002).

[9]  See Human Rights Watch, Q&A: The Case of Hissène Habré before the Extraordinary African Chambers in Senegal, https://www.hrw.org/news/2015/08/31/qa-case-hissene-habre-extraordinary-african-chambers-senegal, last visited (3 March 2016).