第74回 国際刑事裁判所(2):裁判所の構成/特徴と事項的管轄権@PKOなう!

本コラムにある意見や見解は執筆者個人のものであり、当事務局及び日本政府の見解を示すものではありません。

2014年6月13日
国際平和協力研究員
ふじい ひろしげ
藤井 広重

裁判所の構成と特徴

 国際刑事裁判所(International Criminal Court: 以下ICC)は、主に(1)裁判所長会議、(2)裁判部門、(3)書記局、そして(4)検察局によって構成されています[1]。今回の@PKOなう!では、国際法廷としてICCが有する主たる機関の、日本の裁判所とは異なる特徴を中心に紹介します。

(1)裁判所長会議は、3人の裁判官によって構成され、裁判所の運営全体に責任を負っています。

(2)裁判部門は、上訴裁判部門、第一審裁判部門、予審裁判部門によって構成され、上訴裁判部は裁判所長を含む5人の裁判官、第一審及び予審裁判部はそれぞれ6人以上の裁判官で構成されています。これら裁判官は刑事法及び刑事手続きに関して、若しくは国際法に関して卓越した専門知識が求められ、締約国会議での秘密投票にて選出された後、それぞれの専門知識に応じてバランスよく各裁判部門に配置されるようローマ規程にて求められています[2]。また、日本の法制度上馴染みのない予審裁判部は、犯罪事実の確認までの手続きを行い、十分な証拠が存在すると決定した犯罪事実についての当該者を、公判のため第一審裁判部に送致する役割を担っています。

(3)書記局は、裁判所内の中立的な機関として、ICC全体の利益[3]に資するよう司法分野以外の運営並びに業務に関し、重要な役割を担っています。例えば、被害者及び証人の保護や同人等に対するICCの役割についてのアウトリーチの実施、弁護人への支援[4]、そして拘禁[5]に関する分野等が挙げられます。ICCの大きな特徴の一つとして、被害者の公判への参加及び保護が挙げられますが、書記局内に設置された被害者・証人室で、出廷する被害者や証人に対し、保護及び安全の措置がとられています。またこの時、必要に応じて、身体的及び精神的な医療支援が提供されたり、子どもが証人となるケースでは大人と比べより包括的な支援が提供されたりします[6]

(4)検察局は、検察官[7]を長とし、裁判所内において独立して行動することがローマ規程第42条により求められています。検察局行動規範第2章においても、同局構成員が外部から影響を受けず、独立して職務にあたることが改めて規定され[8]、検察局は、公平性・独立性を保ち、効果的かつ安全で質の高い予備的検討、捜査そして訴追を行うことを戦略目標の一つに掲げています[9]。これは、検察局が捜査と裁判所への訴追についての「選択」とそれに対する「責任」を有する唯一の機関として、法(ローマ規程)によってのみ拘束されることが求められているからです[10]。では、具体的にどのような犯罪が検察局の捜査・訴追の対象となるのかを次に紹介します。

事項的管轄権

 ローマ規程第5条には、ICCの管轄権が、国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪に限定され、「集団殺害犯罪(ジェノサイド)」、「人道に対する犯罪」、「戦争犯罪」、そして「侵略犯罪[11]」に対し事項的管轄権を有すると規定されています。これらの犯罪が成立する要件の一つとして、「人道に対する犯罪」は一般市民への広範又は組織的な攻撃、「戦争犯罪」は武力の行使を伴う敵対行為等とのつながり、そして「集団殺害犯罪」は対象となる集団自体を破壊する意図が必要とされます。例えば、「人道に対する犯罪」として列挙されている迫害と「集団殺害犯罪」は似通った概念ですが、迫害の罪を成立させるためには差別的な意図をもって犯罪行為が行われたことを立証すれば足り、対象となる集団自体を破壊する意図を立証する必要はありません。またこの点、「人道に対する犯罪」と「戦争犯罪」は、一般市民の大量殺害や性的暴力[12]のケースにおいて両罪が適用できる可能性がある等、重なり合う部分もあります[13]

 これら事項的管轄権の概念は、主としてこれまで時限的に設立されてきた特別法廷等での議論を通し大きく発展を遂げました。次回の@PKOなう!では、常設の裁判所ICC特有の管轄権行使のメカニズムを紹介します。

 

[1] 外務省「国際刑事裁判所に関するローマ規程」全文 http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/treaty166_1.pdf, last visited (5 June 2014). 同第34条参照。

[2]  同36条及び39条参照。2014年12月の第13回締約国会議では9年間の任期を終えた裁判官に代わり、新たに6人の裁判官が選出され、2015年5月に着任のための宣誓を行うことが予定されています。締約国会議での投票に向け、2014年4月28日から同年7月20日までの間、締約国は候補者を一人指名することができます。See, The ICC official website, available at http://www.icc-cpi.int/en_menus/asp/elections/Pages/election2014.aspx, last visited (5 June 2014).

[3]  See, The ICC official website, International Criminal Court Strategic Plan 2013-2017, available at http://www.icc-cpi.int/iccdocs/registry/ICC-Strategic-Plan-2013-2017-190413.pdf, last visited (5 June 2014).

[4]  公平な裁判を実現するためにも、武器対等の原則のもと弁護側への支援は必要不可欠です。フィールドにおける弁護団に対する支援の重要性について以下の文書においても確認されています。See, ICC-ASP/12/42 (2013), UN Doc. A/68/314(2013).

[5] 国際基準に則って、主に国際刑事裁判所規則第90条から106条に収容施設・被拘禁者の処遇に関して言及されていますが、この分野の特徴的な取り決めとして、2006年3月に締結された国際赤十字員会(ICRC)との合意があります。同合意において、ICRCはICCの収容施設へ制限なくアクセスでき、国際基準に合致しているか査察することが認められています。See, The ICC official website, ICC-PRES/02-01-06, available at http://www.icc-cpi.int/NR/rdonlyres/A542057C-FB5F-4729-8DD4-8C0699DDE0A3/140159/ICCPRES020106_English.pdf, last visited (5 June 2014).

[6]  国際刑事裁判所手続き証拠規則16条及び17条参照。なお、書記局の業務は、オランダのハーグでのみ行われるのではなく、ICCが管轄権を発動した地域で活動する書記局や検察局の職員に対しても実施されています。

[7]  2012年6月より現在まで、ガンビア出身のファトウ・ベンソーダ氏。任期は9年間。

[8] See, The ICC official website, Code of Conduct for the Office of the Prosecutor (2013), available at http://www.icc-cpi.int/iccdocs/PIDS/docs/Code%20of%20Conduct%20for%20the%20office%20of%20the%20Prosecutor.pdf, last visited (5 June 2014).

[9] See, The ICC official website, Strategic plan June 2012-2015 at 17, available at http://www.icc-cpi.int/en_menus/icc/structure%20of%20the%20court/office%20of%20the%20prosecutor/reports%20and%20statements/statement/Documents/OTP%20Strategic%20Plan.pdf, last visited (5 June 2014).

[10]  検察官の裁量権については管轄権行使のメカニズムを紹介する際に改めて言及します。

[11]  なお、侵略犯罪については、同罪に対する管轄権行使に関する規定がまだ発効していません。2010年にウガンダの首都カンパラで催された締約国会議において、ローマ規程第8条の2(未発効)が創設されましたが、同規程第15条の2及び15条の3にて、30ヵ国以上の同改正への批准又は受諾が同罪管轄権行使のために必要とされています。なお、2014年6月1日現在、11ヶ国が批准、3ヶ国が受諾しており、また早くても2017年以降にならないと同改正は発効されません。同締約国会議に関する邦訳資料として、国連広報センター東京公式サイト, available at http://www.unic.or.jp/texts_audiovisual/resolutions_reports/others/icc/?y=2010, last visited (5 June 2014).

[12]  なお、性的暴力については、ICCで起訴された事例が実際の被害規模に比べ少ないのではないかとの指摘もあり、この点、2014年6月に検察局は性的暴力に関して、より効果的に捜査・起訴し、被害者の司法へのアクセスを整えるため、政策文書を発表しました。See, The ICC official website, Policy Paper on Sexual and Gender-Based Crimes, available at http://www.icc-cpi.int/iccdocs/otp/OTP-Policy-Paper-on-Sexual-and-Gender-Based-Crimes--June-2014.pdf, last visited (9 June 2014). また、被害者信託基金(TFV)も2014年6月12日に紛争下の性的暴力防止に関するグローバル・サミットにてサイドイベントを行うなど、同分野での取り組みを強化しています。See, The TFV official website, available at http://www.trustfundforvictims.org/news/tfv-global-summit-end-sexual-violence-conflict, last visited (9 June 2014).

[13]  また、戦争犯罪及び集団殺害犯罪はそれぞれジュネーブ諸条約や集団殺害罪の防止および処罰に関する条約(ジェノサイド条約)で成文化されていますが、人道に対する犯罪は慣習法として発展を遂げてきた経緯の点でも異なります。