第81回 国際刑事裁判所(4):管轄権行使のメカニズム/締約国・検察官@PKOなう!

本コラムにある意見や見解は執筆者個人のものであり、当事務局及び日本政府の見解を示すものではありません。

2015年1月23日
国際平和協力研究員
ふじい ひろしげ
藤井 広重

 

  国際刑事裁判所(International Criminal Court: 以下ICC)がローマ規程第13条[1]に定められた管轄権を行使する三つのトリガーメカニズムのうち、安保理による付託について前回の@PKOなう!(第79回@PKOなう!参照)にて紹介しました。これに関連し、2014年12月にICC検察局は、スーダン共和国のバシール大統領への捜査中断を事実上決定し、ICCが有する捜査権限の限界を印象付ける結果となりました。今回の@PKOなう!では残り二つの、締約国による付託と検察官の発意に基づく捜査を取り上げ、ICCが直面するジレンマについて分析します。

締約国による付託

  旧ユーゴスラビア国際刑事法廷のカッセーゼ初代裁判長は、同裁判所を「手足のない巨人」と表現しました[2]。これは、固有の警察力を有しない国際的な刑事法廷は、外部アクターからの協力が必要不可欠であることを示唆しています。このことはICCにも当てはまり、例え受理許容性審査においてICCによる捜査・訴追が法的に認められたとしても、当該政府からの実質的な協力が提供されなければ、ICCはその国において効果的な活動ができません。このため、ICC検察局によって、「ポジティブ・コンプリメンタリティ(積極的補完性)」と呼ばれる訴追戦略が策定されました[3]。それまでは、締約国による付託といえば、A国がB国をICCに付託することが想定されていました。しかしながら、この付託は両国間に政治的な摩擦を引き起こす可能性があるため現実的な選択肢ではなく、例え付託されたとしてもB国の反発があればICCは効果的に介入できません。そこで出されたアイディアが、B国がB国自らをICCに付託すれば(自己による付託)、B国の同意を得て捜査できるのも同然であり、ICCがより効果的に介入し易いと考えられました。この「ポジティブ・コンプリメンタリティ」に基づく戦略が推し進められたことにより、コンゴ民主、ウガンダ、中央アフリカと最初の3事例までが自己による付託によって捜査が開始されました。

  このような自己による付託は、確かにICCが付託国において活動し易い環境をつくりましたが、これには大きな落とし穴もありました。例えば、ウガンダの事例では、2014年12月の時点でICCが訴追対象としている同国のLRA(神の抵抗軍)メンバーの逮捕者はゼロです[4]。これには、同国政府とLRAとの和平協議が大きく関わっていることが指摘されています[5]。同国政府は自ら付託したにもかかわらず、LRAとの和平協議が再開して以降、ICCへの積極的な捜査協力は行っていません。同国政府は、ICCへの付託自体を、和平を進めるために政治利用したとも言えます。

  また、ICCの介入にあたって、政府は自分たちにとって都合の良い証拠のみを整え、そこへ検察局がアクセスできるよう調整しているとの批判もあり、自己による付託における捜査の独立性・公平性に疑義が抱かれています。現に、ICCがこれまで訴追した者はすべて、反政府組織や前政権に属していた者であり、現政権が国際的に自分たちの正当性を高めるためにICCによる介入を受け入れているとも指摘されています。自己による付託(ポジティブ・コンプリメンタリティに基づく戦略)は、一方ではICCが介入し易く、訴追という形で一定の成果を上げることには貢献しましたが、同時に上記のような司法機関の根幹をなす、独立性・公平性に対し批判を浴びるなど諸刃の剣であることを示しました。そこで、期待されたのが検察官による自発的な捜査の開始です。

検察官の発意に基づく捜査(proprio motu)

  ローマ規程起草段階において、検察官に独自の権限を付与するかについては根強い反対意見もありました。ですが、最終的に政治的意思決定が介在せずに捜査を開始できる、検察官の発意に基づく捜査は、裁判所の独立性および公平性を担保する観点から重要視され、検察官にも自ら捜査を開始する権限が与えられることになりました。上記のような他のトリガーメカニズムへの批判は、検察官が自らの発意に基づき捜査を開始するための環境を整えたと言えます。しかしながら、一方的な介入になればなるほど、政府からの協力は得られません。最初の事例となったケニアにおいても、2007/2008年大統領選挙後暴動の仲介者であるコフィ・アナン前国連事務総長を介して、ICCと同国政府は、期限内に国内の司法機関が同暴動の責任者を訴追できるのか、説明責任をめぐり交渉を行っていました。期限内に進展がなかったため、結果として、検察官が自発的に捜査を開始しましたが、これが皮肉にも、ICCの訴追対象となったケニヤッタ現大統領とルト現副大統領の政治連合を成立させました。そして、ICCの介入は欧州による新植民地主義であるとの大々的なキャンペーンを行うことで市民から人気を得て、2013年の大統領選に勝利するという結果になりました。これによって、現職の大統領を国際的な刑事法廷が訴追する初めての事例となったのですが、2014年12月に証拠が不十分であるとして、検察官はケニヤッタ大統領への訴追を取り下げました[6]。これは、同国政府からの協力が十分に得られないことによる証拠収集の難しさ、並びに政府側の要人を訴追するにあたって、同国との関係が強い国家からの批判、及びICCだけでは被害者および証人が十分に保護できないといった深刻な課題が明らかになりました[7]

  ケニア同様に2010年大統領選挙後の暴動を経験したコートジボワールの事例では、検察官は自身の発意に基づく捜査ではなく、締約国による付託が望ましいとの考えを暗に示しました。同国はローマ規程12条3項に基づく管轄権受諾宣言は行っていましたが、同規程を批准していなかったため自己による付託はできず、他の締約国による付託若しくは検察官の発意に基づく捜査かのどちらかを選択しなければなりませんでした。この時、前オカンポ検察官は、他の締約国が同国の事態を付託するよう議論を重ねていることを認め、あくまでも検察官の発意に基づく捜査は、最終的な選択として行うことを示唆しました[8]。しかし、他の締約国が同国を付託することはなかったため[9]、検察官は、同国政府からの同意を取り付けながら、自発的に捜査を開始することになりました。ここで問題になったことは、ICCが勝者の裁きに加担しているのではないかとの指摘です。現在まで、ICCは前大統領を含む、前大統領派の者のみを訴追しており、同様に同国司法においても前大統領派のみが訴追されています。しかしながら、2010年同国大統領選後の暴動において人権・人道法違反が指摘されていたのは、新旧大統領派の両陣営であり、ICCが現政権の反発を気にしながら、若しくは収集可能な一方的な証拠に基づいて訴追を進めていると指摘されています。今後、ICCの介入を通して、同国がより独立性・公平性のある司法制度に改革できるかどうか、ICC介入の意義を捉えるうえでも重要な事例となっています。

むすびに

   以上これまで4回にわたって(第73回@PKOなう!第74回@PKOなう!第79回@PKOなう!参照)、ICCが有する独自のメカニズムを中心に紹介、分析を行いました。ICCは多くの課題とジレンマに直面しており、また、ICCが期待されている役割も非常に多岐にわたるため、ICCが本当に果たさなければならない役割自体が不明瞭になってきているように思えます[10]。もう一度、ICCの必要性並びにその機能と限界について立ち返ることも今後、ICCが効果的にその活動を行うためにも肝要ではないでしょうか。また、これと同時に、ICCは不処罰文化の終止を通して、報復の連鎖を止める実効的な手段として、今後も平和構築において重要な役目を担うことができます。アフリカ諸国がICCは欧州による一方的な介入の手段であると批判を浴びせる中、ICCの最大の拠出金負担国でもある我が国がこれらの課題解決に向けて、より中立的な立場においてリーダーシップを発揮することは、国際的な法の支配の確立に貢献し、まだまだ発展途上であるICCの今後の方向性を決定付けるうえで、非常に重要であるといえます[11]

 

[1] 外務省「国際刑事裁判所に関するローマ規程」全文http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/treaty166_1.pdf, last visited (19 January 2015).

[2]  Antonio Cassese, On the Current Trends towards Criminal Prosecution and Punishment of Breaches of International Humanitarian Law, EJIL 9 (1998) at 13.

[3]  See, The Office of the Prosecutor of the International Criminal Court, Paper on Prosecutorial Strategy 14 September 2006, at 4.

[4]  執筆時2015年1月に中央アフリカで展開していた米国部隊が、ICCが逮捕状を発行しているLRAのメンバーを拘束したとの報道があり、ICCへの移送が実現されるか注目されています。

[5]  See, Chris McGreal, African search for peace throws court into crisis. Uganda fears first crucial test for tribunal could prolong brutal 20-year civil war, The Guardian, Tuesday 9 January 2007, available at http://www.guardian.co.uk/world/2007/jan/09/uganda.topstories3 last visited (19 January 2015).

[6]  The Prosecutor v. Uhuru Muigai Kenyatta, Notice of withdrawal of the charges against Uhuru Muigai Kenyatta, ICC-01/09-02/11, 5 December 2014.

[7]  ルト副大統領のケースについては審議が続いておりますが、2015年1月には検察局がコンタクトを取った者が殺害されるなど、同国における被害者および証人への保護が大きな課題となっています。

[8]  See, Aaron Gray-Block; Editing by Susan Fenton, ICC prosecutor wants Ivory Coast atrocities referred, Reuters, Apr 5, 2011, available at http://www.reuters.com/article/2011/04/05/us-ivorycoast-icc-idUSTRE7346HM20110405 last visited (19 January 2015).

[9]  他国を付託した唯一の事例として、コモロは2013年5月に自国の船舶で、イスラエル兵によって9人が殺害された事例をICCに付託していましたが、2014年11月に検察局は重大性の基準に合致しないため、予備的審査の段階から捜査に移行しないことを決定しました。

[10]  See, Carsten Stahn, How is the Water? Light and Shadow in the First Years of the ICC, Criminal Law Forum 22 No.1 (2011).

[11]  より詳しくは、拙稿“The Impact of ICC Interventions on Kenya, the Ivory Coast and Human Security -A Comparative Analysis from the Initiation of Investigations to State Responses-”, Journal of Human Security Studies Vol.4, No.1 (2015).