第80回 紛争下における男性及び男児に対する性暴力(3)@PKOなう!

本コラムにある意見や見解は執筆者個人のものであり、当事務局及び日本政府の見解を示すものではありません。

2014年10月30日
国際平和協力研究員
わだ ようこ
和田 洋子

 今回の@PKOなう!では、第71回、77回に引き続き、紛争下における男性及び男児に対する性暴力がもたらす影響と、この問題がなかなか取り上げられない理由について見ていきたいと思います。

インパクト(影響) 

紛争に関連する性的暴力は、紛争後も、被害者のみならず、その家族、地域社会、そして国全体にまで影響を及ぼす深刻な問題です。その影響は、身体的、心理・精神的、性的、社会的など、広範囲に渡り[1]、長期にわたって苦しみを与え続けます。特に、男性の場合、暴力を受けるよりも、性暴力を受けた方が、より精神的ダメージが大きく、大きなトラウマとなると指摘されています[2]

また、同性間の性行為が禁止されている、または文化的にタブーとされている社会においては、被害者に二次的な苦痛をもたらすこともあります。第71回でご紹介した通り、同性間の性行為を禁じていて、男性も性暴力の被害者になり得る事態を想定していない国内法の下では、被害を報告する事で、更に訴追されてしまう恐れも出てきます 。加えて、被害を受けたことが周囲に知られると、同性愛者と見なされ、コミュニティーから排除されてしまうかもしれません。そして、「自分は、同性愛者になってしまったのではないか?」と性的指向(sexual orientation)について混乱状況に陥るのも、男性被害者に特有な傾向です。

更には、暴力を受けたり、他者に暴力を振るうよう強要された戦闘員が適切なケアを受けない場合、短期的に見ると、新たに別の暴力に関与する可能性が高いとの調査結果が出ています[3]。DDR(武装解除・動員除隊・社会復帰)の枠組みの中で除隊し、リハビリや社会復帰支援をきちんと受けられれば良いのですが、支援を受けられないまま社会に戻り文民になったり、SSR(治安部門改革)などで国軍などに吸収されるケースも少なくありません。紛争後にさまざまな形で暴力の連鎖が起こる要因の一つとして、こうした人々に十分なケアやサービスが行き届いていないからだとも指摘されています[4]。この様な状況は、紛争後の平和構築にも悪影響を及ぼす深刻な問題となっています。

なぜ紛争下の男性/男児に対する性暴力問題が取り上げられてこなかったのか?

このように重要な問題であるにもかかわらず、今まで、なぜ男性/男児に対する性暴力にあまり光が当てられてこなかったのでしょう? それにはいくつかの理由があります。

第一に、男性に対する性暴力の実態がなかなか明るみに出て来ないことです。性被害は、現実には、一般に考えられているよりも広範囲に、且つ頻繁に発生しているにもかかわらず、被害者はトラウマや、恥辱・偏見への恐怖から、性暴力を受けた事実を認めようとはせず、医療機関を受診したり、警察に被害を申告したりもしません[5]。例えば、旧ユーゴスラビア紛争では、男性に対する性暴力が多発していたにも関わらず、国際戦犯法廷での証言は、男性被害者本人によってではなく、ほとんどが第三者である目撃者等によってなされました。女性被害者の場合は、法廷での証言を本人が行うケースが多かったのですが、男性の場合は、専門家証人(expert witness)との接触すら避ける傾向にあったと言われています[6]

男性の性被害者は、暴行被害等で治療やセラピーを受けていても、殊更、性被害については認めない傾向にあります。長い時間をかけ、医師やセラピストと信頼関係が築けてようやく事実を明らかにする被害者も存在する一方、医学的証拠に基づいて尋ねられたとしても、最後まで否定する人達もいます[7]。被害者が女性の場合、一般的に、同性の専門家がケアしたほうがよいと推奨されているのとは異なり、男性被害者に対しては一概にこうだと言うことはできません。男性にレイプされた経験のある男性は、同性(特に、自分の信仰する宗教で同性間の性交渉が禁止されている場合、自分と同じ宗教の男性)に対し、性暴力被害について話すことは困難であり、また、人によっては女性に対して話したくない人もいる等、個々人に応じたアプローチが必要です[8]。このため、被害者と思われる男性を単に支援サービスに紹介するだけでは決して十分とは言えません。

被害者が名乗り出ない・出られないという現状は、被害者本人が適切なケアや保障を受けられないだけではなく、被害の実態や全容が明るみに出ないことを意味します。すなわち、一般市民のこれら問題に関する認識や政府による法整備・政策立案も進まず、具体的な救済も行われません。このような状況では、正義の追求が出来ないため不処罰が続き、その結果、暴力の連鎖が発生する環境を生む、という悪循環に陥ってしまいます。これでは、被害者の救済に欠かせない国際社会の関心が得られないことは言うまでもありません[9]。このような事態に基づき、 バングーラ・紛争下の性的暴力担当国連事務総長特別代表も「男性被害者や彼らに対する性暴力の種類をモニタリングし、もっとこの問題についての情報を得る事が必要。男性被害者のニーズに合わせた予防策、啓蒙活動、法的措置及び治療手順や救済サービスを確立する事が重要である。」とコメントしています[10]

第二に、「文民の保護」を任務とする機関や組織の内部にある、この問題に対応することへの「ためらい」も、今までこの問題が取り扱われて来なかった理由として指摘されています[11]。男性被害者に対する抑止及び対応策を確立することは、男性のみならず、文民全体の保護や平和構築にも寄与することは、前述の通り言わずもがなですが、男性は、戦闘員にも文民にもなり得、メディアや世間の人々が想像する紛争被害者のイメージにそぐわないことから、男性性暴力被害に関連するプログラムには資金が集まらないだろう、と言われてきたことにも関係しています[12]。このため、既に限られた資金でやりくりを強いられている女性対象プログラム資金の一部が男性対象のプログラムに流れてしまうのでは、また、男性被害について話し始めた途端、世間の関心が女性から男性に移ってしまうのでは、と心配する人たちが少なくありません[13]。このような理由もあり、男性よりさらに脆弱とされており、且つもっと影響を受けている女性・子どもに焦点をあてたプログラムづくりを国際的社会が行ってきたことも、一因と考えられます[14]

しかし、第77回で述べた通り、紛争下の男性に対する性暴力も「ジェンダー」に基づく暴力であり、且つ深刻な、対応されるべき問題です。もちろん、男性に対する問題への取り組みが、女性に対する性暴力への対応をおろそかにする理由にはなりません。ただ、男性被害者の特性を見ることによって気が付いたように、今後、今まで以上にいろいろなグループを保護していくためには、特定のグループを脆弱として常時守るだけではなく、その場の状況に応じて変化する脆弱性の度合いや、加害者の意図によって変わる性暴力の形態の違いなどをモニタリング、且つ分析できるようなシステムの整備、そしてそれぞれのグループの特性に合わせたサービスの供給などが必要となってくるのではないでしょうか[15]

以上、3回に分けて紛争下における男性・男児に対する性暴力について見てきました。この問題に取り組んでいくためには、まず、「女性だけでなく、男性も性暴力の被害者になり得るのだ。」と、私たちの認識を変えていく必要があります。そして、男性には、男性ならではの特徴やニーズがあるため、それらを考慮しつつ、国際的に取り組んでいくことが不可欠です。もちろん、男性のみならず、さまざまな特性を持った脆弱な人々を効果的に、かつ適切に保護していくためには、「誰が脆弱なのか?」だけでなく、「いつ、どのように?」を合わせて見ていくことが必要であるため、今までより一歩踏み込んだ保護のアプローチが求められるようになっているともいえるでしょう。

[1]Office of the United Nations Special Representative of the Secretary-General on Sexual Violence in Conflict, ‘Report of Workshop on Conflict-Related Sexual Violence against Men and Boys, 25-26 July 2013: Report and Recommendations’. pp.13-14.

[2]Peelによると、レイプされた男性の70パーセント以上がPTSDの症状を表している一方、拷問(性的なものを除く)を受けた男性の場合、PTSDの割合は30パーセント程度にとどまっていることから、レイプが男性に及ぼす影響は、それ以外の拷問を受けた場合より大きいとされています。参照:Peel, M., Men as Perpetrators and Victims in Rape as a Method of Torture, Peel, M.(ed), 2004, Medical Foundation for the Care of Victims of Torture, www.freedomfromtorture.org/sites/default/files/.../rape_singles2.pdf‎ pp.65. Last visited: 1 July 2014.

[3]Eriksson Baaz, M. and Stern, M., The Complexity of Violence: A Critical Analysis of Sexual Violence in the Democratic Republic of Congo (DRC), Sida Working Paper on Gender based Violence, pp.46-47.

[4]前掲3参照。

[5]Oosterhoff, P., Zwanikken, P., and Ketting, E., ‘Sexual Torture of Men in Croatia and Other Conflict Situations: An Open Secret’, Reproductive Health Matters, 2004: Vol. 12, No. 23, pp. 68-77.

[6]Zarkov, D., ‘The Body of the Other Man: Sexual Violence and the Construction of Masculinity, Sexuality and Ethnicity in Croatian Media’, in Moser, C.O.N. and Clark, F.C. Victims, Perpetrators or Actors? Gender, Armed Conflict and Political Violence, 2001, Zed Books, London. pp.73.

[7]前掲2参照 pp.65。

[8]この点に関して、通訳を介する場合は、医師やセラピストよりも直接会話をすることになる通訳の性別などを考慮しなければならないとPeelは指摘しています。前掲2と7参照。

[9]Russell, W., ’Sexual Violence against Men and Boys’, Forced Migration Review, Issue 27, January 2007, pp.22-23.

[10]UN News Centre, ‘UN Forum Highlights Plight of Male Victims of Sexual Violence in Conflict’, 30 July 2013, www.un.org/apps/news/story.asp?NewsID=45532 Last visited: 1 May 2013.

[11]Carpenter, R.C., ‘“Women, Children and Other Vulnerable Groups”: Gender, Strategic Frames and the Protection of Civilians as a Transnational Issue’, International Studies Quarterly (2005) Vol.49, pp.295-334.

[12]前掲11参照。

[13]Carpenter, R.C., ‘Recognizing Gender-Based Violence against Civilian Men and Boys in Conflict Situations’, Security Dialogue, (2006) Vol.37, No. 1, pp.98-99, 及び Sivakumaran, S., ’Lost in Translation: UN Responses to Sexual Violence against Men and Boys in Situations of Armed Conflict’, International Review of Red Cross, Vol. 92, No. 877, pp.265-268.

[14]国際社会において、「文民」という用語が、脆弱性(vulnerability)、および女性・子どもと同意語であるかのように取り扱われてきたとCarpenterが指摘しているのも非常に興味深い点です。そして、女性や子どもを、「脆弱なグループ」としてひとくくりにしてしまうことも、それぞれの違いを見過ごすのみならず、女性の持っている強さや能力(capacity)を認識しないことを意味し、ジェンダー不平等をさらに助長しているとの指摘もあります。(参照:前掲11) 他方、旧ユーゴスラビア紛争後の2000年代に入った頃から、国連でも紛争下の性暴力に関する議論の場において、この問題に言及されることはありましたが (参照:前掲13 Sivakumaran pp. 262)、国連では、2013年に、バングーラ・紛争下の性的暴力担当国連事務総長特別代表がこの問題を前面に出した包括的なアプローチを取るまで、前任のウォルストーム氏の時には優先課題事項に含まれていませんでした。参照:Muiderman, K., ‘Suffering in Silence: Sexual Violence against Men in Conflict’, The Broker, http://www.thebrokeronline.eu/Blogs/Human-Security-blog/Suffering-in-silence-sexual-violence-against-men-in-conflict  Last visited: 1 July 2014.

[15]例えば、@PKOなう!第77回でご紹介した通り、男性に対する性暴力は、いろいろな目的をもって、さまざまな暴力の形態をとり、数々のインパクトを与えることから、すべての性暴力を同じと見なすことはできません。また、その差や変化について注意を払っていくことも今後の「文民の保護」をさらに強化していくことにつながっていくと言えるでしょう。参照: @PKOなう! 第77回 https://www.cao.go.jp/pko/pko_j/organization/researcher/atpkonow/article077.html Last visited: 8 September 2014.