第90回 欧州諸国におけるシリア難民の保護(2)@PKOなう!

本コラムにある意見や見解は執筆者個人のものであり、当事務局及び日本政府の見解を示すものではありません。

2015年9月4日
国際平和協力研究員
いたがき ふみこ
板垣 文子

第89回の@PKOなう!では、シリア紛争が長期化するにつれて、欧州諸国で条約難民として認められ、手厚い保護を受けるシリア人が増加したと述べました。2015年第1四半期の統計データによると、シリア人の難民認定率は72%(約2万1200人)を記録し、前年第4四半期の65%(約1万6000人)から更に増加しています[1]。また、欧州におけるシリア人難民申請者の47%がドイツに集中しました[2]。今回の@PKOなう!では、欧州諸国へ逃れる多くのシリア人の最終目的地となっているドイツに加えて、デンマークとギリシャの事例についても取り上げます。

ドイツの事例

ドイツでは、2011年初めにシリアで民衆蜂起が起きるとすぐに、在独シリア人コミュニティや市民社会がシリア危機への対応を求めて声を上げました[3]。ドイツ政府は人道支援に注力するだけでなく、シリア人が安全にドイツへ逃れられるよう機会を与えるべきだ、との訴えに対して、政界と世論の両方から広範な支持が集まりました[4]

2012年から2013年にかけては、ドイツで新たに難民申請したシリア人の33%(2012年約1710人、2013年約2730人)が条約難民として認められる一方で、残りの7割弱は補充的保護[5]を受けたため、実際にはドイツで難民申請したシリア人のほぼ全員が保護されることになりました[6]。当初は補充的保護が主でしたが、2013年後半から2014年初めにかけて難民認定率が増加し[7]、2014年一年間ではシリア人難民申請者の87%(約1万9560人)[8]、2015年第1四半期には92%(約1万3780人)[9] が条約難民として保護されました。

前回紹介したイギリスと同様に、ドイツにおいてもシリア人の難民該当性を認める判決が多く出されています。民衆蜂起が始まって間もない2011年6月にケルン行政裁判所で出された判決[10]では、2000-01年にドイツに到着して以来、再三にわたり難民申請を却下されていたアラブ民族キリスト教徒の夫婦に対し、既存の判例の枠組みを超えて、シリアへの送還禁止の判断が下されました。同夫婦はシリアでは政治活動に関与していません。

ケルン行政裁判所は先ず、2011年4月にドイツ庇護当局が出した報告書に言及し、海外で積極的な政治活動を行なった者(抗議活動に参加しただけの者や、かなり昔に参加した者も含む)や、シリアから非正規に出国して旅券無しで送還される者は長期間の逮捕・拘束の恐れがあるとの当局の見解を認めました。更に、この見解は行政高等裁判所等のこれまでの判例における事実認定をはるかに超えていると評価し、在外シリア人は帰国時にシリア当局に恣意的に逮捕されており、拘束期間にかかわらず拷問等の虐待を受けたとの証言が増えているとして、その危険性を認めました。シリアでは様々な諜報機関が恣意的に活動しているため迫害方法を特定することは不可能で、2011年初めの抗議活動に対する弾圧で更に情勢が悪化したため、海外で積極的な政治活動を行なわなかった者でも、帰国時にかなりの蓋然性で、逮捕され拷問や非人道的な取扱いを受ける恐れがあると認めたのです[11]

更に、2012年1月から2013年5月までの間にドイツ各地の行政裁判所で5つの判決が出され、ケルン行政裁判所と同様に次のような判断を下しました。「シリアから非正規に出国してドイツで難民申請を行なった結果、海外に長期滞在することとなったシリア人は、帰国時に反政府的な政治的意見を持つと疑われて迫害を受ける恐れがあり、条約難民として認めるのが妥当である[12]。」

このようにシリア情勢が悪化するとすぐに世論や政界が動き、行政当局も新たな報告書を発表して、それまで認められていなかったシリア人の難民該当性を認める方針を打ち出しました。そして、これを踏襲する形の判決が各地の行政裁判所で出されたことが、難民認定率の増加につながったと考えられます。その一方で、他国出身者と比較してシリア人の難民認定率が非常に高いのは、シリア人であれば簡単に難民として認められるので、難民に寛容な姿勢を示すために認定率全体を底上げしたい内務省の政治的思惑があるのではないか、との意見もあります[13]

デンマークの事例

次に、イギリスと同様に、シリア情勢が悪化した当初から多くのシリア人を条約難民として保護している[14]デンマークの状況を見てみます。2012年はシリア人難民申請者の82%(約610人)が一次審査で条約難民として認められ、2013年は74%(約1010人)とその割合は若干減りましたが、補充的保護を受ける人の割合が三倍増となったため、全体としてはデンマークで難民申請したシリア人の96%(約1300人)が保護されることになりました[15]。2014年に入ってもその傾向は変わらず、76%(約3120人)[16]が条約難民として認められ、2015年第1四半期もほぼ同じ割合[17]となっています。

デンマークで難民申請をするシリア人の多くは、何らかの形で政治活動に従事したクルド民族の男性です。2011年3月の民衆蜂起以来、多くの難民申請者が反政府的立場で抗議活動に参加したと説明しています[18]。2013年4月にデンマーク外務省が出した通達によると、シリア人男性の大半(18-42歳)が条約難民として認められている理由は、兵役を拒否すれば反政府支持とみなされる可能性があり、兵役拒否の理由が政治的・宗教的動機に基づくものであるからです[19]。このように、デンマークで難民申請するシリア人の多くが少数民族出身の男性で反政府活動に関わっており、兵役の対象となり得る年齢だったことが、騒乱が始まった初期の段階から条約難民として保護されるシリア人が続出した背景にあると考えられます。

更に、シリアでの情勢悪化を理由に、2013年9月にはデンマーク難民控訴審議会がそれまでの方針を転換し、シリア国内で武力による戦闘と一般市民への攻撃が起きている地域の出身者は、欧州人権条約第3条で禁止されている「拷問または非人道的な、もしくは品位を傷つける取扱い」を受ける危険性がある、と認めました[20]。この方針転換の影響もあったのか、2013年9月以降デンマークでは、武力紛争下にある地域出身のシリア人は個別審査なしで条約難民として保護されています[21]

その一方で、シリア人による難民申請が急増したため、デンマーク政府は受入れを制限すべきだという声も高まり、2014年10月に政府は全てのシリア人難民申請者に、条約難民としての地位の代わりに一時的在留許可を与えるという計画を発表しました[22]。紛争の初期段階からシリア人の大多数を条約難民として手厚く保護してきたデンマークでしたが、結果として在留期間が制限される同計画はUNHCRからも批判されており[23]、今後の動向を注視していく必要がありそうです。

ギリシャの事例

最後に、中東の周辺諸国から欧州に逃れるシリア人の経由国となっているギリシャの事例を紹介します。ギリシャに到着するシリア人の大半は難民申請をせずに他の欧州諸国に向かいますが、その理由としては同国の難民認定制度が信頼されていないこと、他国のシリア人コミュニティとつながりがある人が多いこと、難民申請を提出しようとしても何度も受理を拒否されること等が挙げられます[24]。2012年に一次審査で条約難民として認められたシリア人は誰もおらず、約150人が不認定となりましたが、それ以外に約110人(全体の43%)の難民申請が途中で審査を打ち切られており、出国により申請が放棄されたと推測されます[25]。その一方で、一次審査で不認定とされたケースの異議申立て段階の状況は対照的で、2013年初めまでは異議申立てを棄却されたシリア人は皆無でした[26]。その後、一次審査での難民認定率は2013年には25%(約40人)、2014年には43%(約430人)[27]と着実に増加し、2015年第1四半期には99%(約580人) [28]と激増しています。

このように状況が改善する契機となったと考えられるのが、2013年4月にUNHCRが出した提言で、警察が担当していた一次審査の質を向上させる必要があり、一次審査の難民認定率が0%であることはシリア人の大半が国際的保護を必要としている現状とかけ離れている、と述べています[29]。2013年6月に難民認定手続きが変更され、庇護サービス[30]が一次審査の決定を行ない、異議申立て委員会が異議申立ての決定を下すことになった結果、条約難民として認められるシリア人が増え始めました[31]

警察に代わって一次審査を担当することになった庇護サービスが初めて下した判断の一つに、2013年10月24日付けの次の決定[32]があります。シリア北部アレッポ出身でキリスト教徒の申請者は2012年11月にシリアから逃れ、帰国時にキリスト教徒であることが判明すれば国境で殺されるかもしれず、シリアを非正規に出国して他国で難民申請したためにシリア軍に逮捕される恐れがあるとして難民申請しました。アッティカ地域庇護局は、裕福なキリスト教徒や長老等の特定の人々が狙われて誘拐・殺害されてはいるものの、キリスト教徒に対する迫害が一般化しているという証拠は無く、申請者の家族も信仰のために命が脅かされること無く同じ地域に居住し続けていることから、宗教を理由とする迫害の恐れを認めませんでした。その一方で、内戦下で暴力が一般化して市民全てが危険に晒されており、申請者は海外居住を理由に反政府的な政治的意見を持つとみなされて逮捕・虐待され、拘束中に殺害され得る合理的な見込みがあるとして、反政府的な政治的意見に基づく迫害の恐れを認めました[33]

この決定では、シリア当局が海外での難民申請を反政府的な政治的意見の表明と捉え得ることが認められています。既に確立されていて一般に知れ渡った政治的立場が無くても、反政府派の支持者または反体制派とみなれる合理的な見込みがある場合は、条約難民として保護すべきである[34]、との判断は画期的です。紛争から逃れるシリア人の大多数が非正規に出国して他国で国際的保護を求めていることもあり、本決定のような理由によって条約難民として認められることは特に重要です。

このように、2013年に難民認定機関が変更されてから認定率が急増し、画期的な決定も出るようになったギリシャですが、2015年に入ってトルコから船で地中海を渡って入国するシリア人が急増しており、その受入れ対応に追われています[35]

終わりに

これまで二回にわたって、紛争下のシリアを逃れた人々が欧州諸国でどのように条約難民として保護されているかについて、イギリス、ドイツ、デンマーク、ギリシャの事例を取り上げながら考えてきました。今回取り上げた国々は、難民申請者数の点でも難民認定率の点でも異なりますが、当初は難民認定に慎重だった国も、シリア情勢の悪化を受けた政界、世論及びUNHCRの取り組みによって、行政府が方針転換し、難民認定機関が変更され、シリア人の難民該当性を認める判決や決定が出されることで、より多くの申請者が難民として認められるようになりました。その一方で、長引く紛争により中東の周辺国での受入れに限界が見え始めています。この結果、地中海を渡って欧州を目指すシリア人が激増しており、欧州諸国が今後も増え続けるシリア難民に対し、どのような政策を取り保護していくのか、注視していく必要があります。

 

[1] European Union: European Asylum Support Office (EASO), EASO Quarterly Asylum Report - Quarter 1, 2015, pp. 14 & 30, available at: https://easo.europa.eu/wp-content/uploads/Quarterly-Asylum-Report_-2015_Q1_final.pdf [accessed 18 August 2015]

[2] Ibid, pp. 7 & 24.

[3] ドイツには、シリア危機が始まる以前から約3万人のシリア人が在留していました。International Catholic Migration Commission (ICMC), 10% of refugees from Syria: Europe’s resettlement and other admission responses in a global perspective, June 2015, p. 45, available at: http://www.icmc.net/wp-content/uploads/2015/07/10-Percent-of-Refugees-from-Syria.pdf [accessed 18 August 2015]

[4] Ibid.

[5] 第89回@PKOなう!脚注3参照。

[6] UN High Commissioner for Refugees (UNHCR), UNHCR Global Trends 2012: Displacement, The New 21st Century Challenge, Annexes (Excel tables), Table 12, 19 June 2013, available at: http://www.acnur.org/t3/fileadmin/Documentos/Estadisticas/2013/Global_Trends_2012_Annexes.pdf?view=1 [accessed 19 August 2015]. UNHCR, UNHCR Global Trends 2013: War's Human Cost, Annexes (Excel tables), Table 12, 20 June 2014, available at: http://www.unhcr.org/globaltrends/2013-GlobalTrends-annex-tables.zip [accessed 19 August 2015].

[7] European Council on Refugees and Exiles (ECRE), Information Note on Syrian Asylum Seekers and Refugees in Europe, November 2013, pp. 6, 20-21, available at: http://www.refworld.org/docid/52a587bc4.html [accessed 19 August 2015]. UNHCR, Syrian Refugees in Europe: What Europe Can Do to Ensure Protection and Solidarity, 11 July 2014, p. 16, available at: http://www.refworld.org/docid/53b69f574.html [accessed 19 August 2015].

[8] UNHCR, UNHCR Global Trends 2014: World at War, 18 June 2015, Annexes (Excel tables), Table 12, available at: http://www.unhcr.org/statistics/14-WRD-tab_v3_external.zip [accessed 19 August 2015]

[9] EASO, supra, n. 1, pp. 16 & 25.

[10] Germany - Administrative Court Köln, 21 June 2011, 20 K 6194/10.A, available at: http://www.asylumlawdatabase.eu/en/case-law/germany-administrative-court-k%C3%B6ln-21-june-2011-20-k-619410a#content [accessed 19 August 2015]. 原文ドイツ語、英語要約のみ。

[11] Ibid.

[12] ECRE, supra, n. 7, pp. 23 & 72.

[13] The Guardian, Syrians fleeing civil war find refuge in Germany – but yearn to return home, 25 July 2013, available at: http://www.theguardian.com/world/2013/jul/25/syrians-war-refuge-germany-return [accessed 19 August 2015]

[14] ECRE, supra, n. 7, pp. 6 & 22.

[15] UNHCR, supra, n. 6.

[16] UNHCR, supra, n. 8.

[17] EASO, supra, n. 1, p. 25.

[18] ECRE, supra, n. 7, p. 67.

[19] Ibid.

[20] Ibid.

[21] Amnesty International, Amnesty International Report 2014/15 - Denmark, 25 February 2015, available at: http://www.refworld.org/docid/54f07dfde.html [accessed 20 August 2015]

[22] Ibid. ICMC, supra, n. 3, p. 63.

[23] ICMC, ibid. The Local, UN criticises Denmark's refugee restrictions, 10 October 2014, available at: http://www.thelocal.dk/20141010/un-criticises-denmarks-refugee-restrictions [accessed 21 August 2015].

[24] ECRE, supra, n. 7, pp. 20, 29, 76. UNHCR, supra, n. 7, p. 17.

[25] ECRE, ibid, pp. 7, 21, 24, 30, 77. UNHCR, supra, n. 6.

[26] UNHCR, Syrians in Greece: Protection Considerations and UNHCR Recommendations, 17 April 2013, p. 3, available at: http://www.refworld.org/docid/525418e14.html [accessed 21 August 2015]

[27] UNHCR, supra, n. 6. UNHCR, supra, n. 8.

[28] EASO, supra, n. 1, pp. 16 & 25.

[29] UNHCR, supra, n. 26, pp. 3-4.

[30] ギリシャの難民認定機関で、2013年6月以降に提出された難民申請の一次審査を行なっています。

[31] UNHCR, supra, n. 7, p. 16.

[32] Greece - Attica Regional Asylum Office, 24 October 2013, GT [2013] Application No. 95/000186182, available at: http://www.asylumlawdatabase.eu/en/case-law/greece-attica-regional-asylum-office-24-october-2013-gt-2013-application-no-95000186182#content [accessed 24 August 2015]. 原文ギリシャ語、英語要約のみ。

[33] Ibid.

[34] Ibid.

[35] UN News Service, Amid 'dramatic' increase in refugees, UN urges Greece and wider Europe to boost humanitarian response, 18 August 2015, available at: http://www.refworld.org/docid/55d442c740c.html [accessed 25 August 2015]