第47回 国連における「impartiality」(公平性・不偏性)原則の同床異夢@PKOなう!

本コラムにある意見や見解は執筆者個人のものであり、当事務局及び日本政府の見解を示すものではありません。

2013年5月8日
国際平和協力研究員
ながみね よしのぶ
長嶺 義宣

 一般的に国連がPKOミッションを展開する際の3つの原則として、「紛争当事者の同意」、「impartiality」(公平・不偏)、そして「自己防護および任務遂行上、必要な場合を除く武力不行使」があげられます。「公平・不偏」の原則は従来「紛争当事者のいずれの一方にも偏らないこと」と解釈され[1]、「中立」の原則と同一視されてきました。この「impartiality」の概念は近年大きく変化し、国連の中でも様々な解釈が併存しているようです。Impartialityを「公平性」、あるいは「不偏性」として訳すのかで行動の目的が大きく分かれるため、「Impartiality」 の意味をよく見極める必要があります。

 冷戦の最中は、「中立性」と「公平性・不偏性」原則は国連にとって、東西両陣営の協力を取り付けるのに不可欠な原則であり、国連がPKOミッションを展開するにあたり、主に安保理で頻繁にうたわれました[2]。また当初、主に停戦監視を任務としたPKOミッションでは、どの当事者にも肩入れをしない「中立性」と「公平性・不偏性」原則を守ることが成功への鍵と見なされていました[3]

 しかしながら、冷戦終焉後、紛争の形態が変容し国連PKOの任務が多様化するにつれ、従前の「中立性」と「公平性・不偏性」の捉え方が揺らぎます[4]。特に旧ユーゴスラビアやルワンダ紛争の経験を踏まえ、国連には従来の「中立性」や「公平性・不偏性」では民族浄化や虐殺を阻止することはできないという認識が生まれます[5]。基礎的な価値や規範を守らせるためには「旗を示す」必要があり、また「中立性」原則はむしろ不作為を助長するのではないかと敬遠にされるようになり、もはや国連PKOの行動規範には含まれなくなりました[6]。例えば、2008年1月に国連が発表した「国連平和維持活動 原則と指針」では「impartialityを中立性や不作為と混同すべきでない」と強調されています[7]

 ここで国連が指す「impartiality」は大きく二つに区分されます。一つは赤十字運動が1965年にウィーンの赤十字国際会議で採択した「赤十字基本原則」の決議が指す「impartiality」。人道支援を行う上で、紛争当事者ではなく支援の受益者に対し、いかなる不利な差別もせず、必要性によってのみ優先度を決定することを意味し、一般的には「公平性」と訳されています。国連総会が1991年に採択した、緊急人道支援の調整強化に関する総会決議(A/RES/46/182)[8]では、「impartiality」は「公平性」の意味で用いられています。今でも国連人道問題調整事務所(OCHA)や国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)等人権・人道支援を中心とする国連機関は同解釈を用いています[9]

 一方、国連PKOにおいては、「impartiality」は、どの当事者にもひいきや偏見なく任務を遂行することとされており[10]、その観点からは「不偏性」という和訳がその意味に一番相応しく思えます。ここでは紛争当事者ではなく、また受益者でもなく、任務遂行に向けた「不偏性」を指します。文民保護等といった任務を全うする際、中立性を犠牲にしてでも、任務遂行を妨害する要因を除外する覚悟が窺えます。「良い審判員は、不偏であるが、違反に対し罰を課すのと同様に、国連PKOも和平プロセスの違反や、国連PKOが支持する国際規範や原則に反する行為を見逃してはいけない」、と上記国連文書は述べています[11]

 我が国の国際平和協力法では、「いずれの紛争当事者にも偏ることなく」と規定されています。我が国では、PKO参加5原則の議論は武力行使に集中しがちですが、同時に「中立性」や「impartiality」原則の変遷を十分考慮する必要があると考えます[12]。またimpartialityにしても、人道支援やインフラ復旧支援に限定した「公平性」を追求するのか、あるいは文民保護等といった新たな規範を遂行するにあたり、不可欠な「不偏性」を重視するのか、我が国の特殊性と国連PKO任務との融合性を勘案した議論が期待されます。

[1]「この中立、あるいはいずれの紛争当事者にも偏ることなくこの平和維持活動を行うというのは、それはいわゆるPKOの実体の確立した慣行でございまして、国連といういわば国際社会を代表する機関が行う活動でございますので、これはそのようなものとしてこの中立性は担保されるというふうに考えます。」平成4年9月3日参議院内閣委員会における柳井俊二PKO事務局長の答弁

[2]Boulden,Jane. (2005) “Mandates Matter:An Exploration of Impartiality in United Nations Operations”.Global Governance11.pp.147-160Mingst,Karen A&Karns,Margret P. (2007).United Nations in the21st Century.West View Press.Colorado

[3]例えば、ダグ・ハマーショルド国連事務総長は1956年、エジプトに展開した第一次国際連合緊急軍について「本業務はこの紛争において軍事・政治的バランスに影響を及ぼすものではなく、紛争解決にむけた努力に水を差す行為であってはならない」と述べる。Hammarskjold,Dag. (1956)United Nations http://www.un.org/depts/dhl/dag/time1956.htm

[4]Donald,Dominick. (2002).“Neutrality,Impartiality and UN Peacekeeping and the Beginning of the21st Century”.International Peacekeeping. 9:4.pp.21-38

[5]コフィ・アナン国連事務総長は1998年5月のルワンダ訪問を踏まえ「ジェノサイドを前にして、私たちは決して傍観や無視してはならず、中立でいることは許されない」と発言。Annan,Kofi. (1999) “Impartiality does not mean neutrality”.The Independent.January22

[6]2000年以降、国連PKOに関する文書から「中立性」は姿を消すようになる。UN General Assembly. (2000).Report of the Panel on United Nations Peace Operations.A/55/305 (Brahimi Report);Special Committee on Peacekeeping Operations of the General Assembly. (2000).Report of the Secretary-General on the implementation of the report of the Panel on United Nations Peace Operations.A/55/502.

[7]UN,Department of Peacekeeping Operations/Department of Field Support,United Nations Peacekeeping Operations Principles and Guidelines. 18January2008.p33 一般的に(Capstone Doctrine)として知られている。

[8]「人道支援は人道、中立性、公平性の原則に基づかなければならない」UN General Assembly. (1991)Strengthening of the coordination of humanitarian emergency assistance of the United Nations.A/RES/46/182Annex para2.December19;『日本の国際平和協力と緊急・人道支援』.「PKOなう!」.第12回.2012年6月22日.を参照

[9]OCHA. (2003).Guidelines on The Use of Military and Civil Defence Assets To Support United Nations Humanitarian Activities in Complex Emergencies.Geneva.p8;OCHA. (2012).OCHA on Message:Humanitarian Principles.Geneva.p1;UNHCR. (2007).Handbook for Emergencies.Geneva.pXI等。

[10]Capstone Doctrine.pp.33-34

[11]同上

[12]例えば、松葉真美.(2010).『国連平和維持活動(PKO)の発展と武力行使をめぐる原則の変化』.「レファレンス」1 は中立原則の変遷が武力行使をめぐる原則に及ぼす影響を考察している。

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