第58回 人道法とは@PKOなう!

本コラムにある意見や見解は執筆者個人のものであり、当事務局及び日本政府の見解を示すものではありません。

2013年9月20日
国際平和協力研究員
ながみね よしのぶ
長嶺 義宣

 人道法はよく人権法と混同されがちですが、発展の経緯、性質や意図がそれぞれ違います。端的に言えば、人権は統治者と被治者の関係を定める平時のルールである一方、人道法は紛争当事者同士の行動を規制する戦時のルールです[1]。人権法は一部を除き戦時においても適用されますが、人道法は戦時においてのみ有効になります。人権法は個人の「権利」を統治者に守らせる発想ですが、人道法は紛争当事者に「義務」を課します。このように、あらゆる側面で人権法と人道法は違います。

 人道法の「義務」は二つあります[2]。まず一つ目は、「戦闘外にあるすべての人々を守る」こと、つまり負傷して戦闘行為をやめた戦闘員、投降した戦闘員、捕虜、戦闘行為に参加しない一般市民などを保護することです。これは、具体的には1949年の4つのジュネーブ諸条約と1977年の2つの追加議定書に定められています。同条約は日本を含む195カ国に批准され、もっとも普遍性の高い条約として知られています[3]。二つ目の義務は「戦争の手段・手法や武器の使用を制限」することにより、不必要な苦痛を防ぐルールです。起源は1907年のハーグ陸戦規則にありますが、最近の条約として1997年の化学兵器禁止条約や対人地雷禁止条約、2008年のクラスター爆弾禁止条約や2013年の武器貿易条約が挙げられます。

 しかし、人道法の課題の一つに「適用性の難しさ」があります。つまり、いつ、だれに、どのように人道法を適用させるかが困難であることです。たとえば、人道法が適用される「武力紛争」とそうではない「争乱」や「騒動」をどのように線引きするのか、当事国が紛争の存在を否定しても人道法は適用されるのか、保護の対象である民間人(児童など)が交戦に関わっていても保護され続けるのか、人道法はいかに自動制御兵器、無人機空機やサイバー攻撃を捉えるのか[4]、など課題は多くあります。人道法の発展においては、ジュネーブ諸条約の批准国が主な当事者になりますが、他に「人道法の守護者」として赤十字国際委員会も、人道法の法典化や解釈において重要な役目を果たします[5]

 もう一つの課題は、「紛争の当事者に人道法を守らせる」ことです。人道法を守らせる手段は、幾つかが挙げられます。まず、平時において紛争のルールを予め伝え、周知させることが重要となります。また人道法違反を国内では司法機関等、国際レベルでは国際刑事裁判所により処罰することも一つの方法です。さらに、NGO等でよく見られるように、世論や国際機関に違反行為を公然で非難し訴える方法や、直接非難せずに直接当事者に改善を促し説得する方法もあります。このように人道法を守らせる目標が共通していても、手段は様々です。現場で活動する赤十字国際委員会は中立・独立した立場から「周知」と「説得」に基づき、人道法遵守を促進する活動を行っています[6]

 それでは国連はどのように人道法を捉えているのでしょうか。国連憲章は例外項目を除き武力行使を禁止しているため、人道法にはあえて触れていません。しかしながら戦争が発生した場合、何らかのルールが必要になります。そのため各国政府は国連外で人道法の強化を図り、国際平和と安全は国連、人道法は赤十字国際委員会という役割分担を設けました[7]。また、伝統的な国連平和維持活動(PKO)は、当事者同意のもと中立な立場で介在し、武器使用は自衛に限定されているため、人道法は紛争「非」当事者であるPKO部隊には適用されないという見解で問題ありませんでした[8]。しかし、最近ではPKO部隊が特定の紛争当事者に対し、強制力を行使しうる「強力なPKO活動 (robustPKO)」が見られ、武力行使に伴う規範が必要となります[9]。1999年にアナン事務総長が宣布した告示「国連部隊による国際人道法の遵守」では国連PKOは国際人道法の精神と原則を「遵守」すべきであるという見方を表し、2008年に国連が発表した「国連平和維持活動-原則と指針」でも人道法の熟知の必要性と適用が強調されています[10]。そのためには、派遣直前になってPKO部隊に人道法を教えるのではなく、平時においても人道法の習得と応用訓練を徹底させることが派遣国に求められるのではないでしょうか。

[1]「人道法」は「武力紛争法」とも称されるが、両方とも同じ意味で用いられ得る。

[2]井上忠男.「戦争のルール」. 宝島社. 2004. 第三章(pp41-110)

[3]193ヶ国の国連加盟国に加えクック諸島とバチカンがジュネーブ諸条約に批准

[4]International Review of the Red Cross, “New technologies and warfare”,No886, 2012を参照

[5]赤十字国際委員会の駐日事務所のサイトを参照:http://www.jrc.or.jp/ICRC/about/humanity.html

[6]赤十字国際委員会の参考文献:井上忠男. 「戦争と救済の文明史―赤十字と国際人道法のなりたち」.PHP新書. 2003 他にDavid Forsythe.“The Humanitarians:The International Committee of the Red Cross”. Cambridge University Press. 2005を参照

[7]武力行使の正当性を定める規範(ius ad bellum)と人道法 (ius in bello)の棲み分けについて以下を参照H.Lauterpacht. “The Limits of the Operation of the Laws of War”. 30 British Year Book of International Law. 1953.P206;C.Greenwood, “The Relationship between Jus ad Bellum and Jus in Bello”. 9 Review of International Studies.p221;K.Okimoto. “The Distinction and Relationship Between Jus ad Bellum and Jus in Bello”. Hart Publishing.Oxford. 2011 等

[8]山田洋一郎.「国際平和活動:いくつかの国際法的論点」. 外務省調査月報. 2010/No3.p53

[9]森田章夫.「国連部隊の活動に対する武力紛争法適用問題-法的現状と課題」. 村瀬信也・真山全編.『武力紛争の国際法』. 東信堂. 2004

[10]UN,Department of Peacekeeping Operations/Department of Field Support,United Nations Peacekeeping Operations Principles and Guidelines. 18 January 2008.p15 一般的に(Capstone Doctrine)として知られている。