第30回 「文民の保護」における文民と付随する課題@PKOなう!

本コラムにある意見や見解は執筆者個人のものであり、当事務局及び日本政府の見解を示すものではありません。

2012年10月26日
国際平和協力研究員
たなか きわこ
田中 極子

1999年9月に文民の保護に関する安保理決議(S/RES/1265)が採択されて以降、国連PKOにおいても文民の保護は重要な任務のひとつとなっています。その一方で、安保理決議や個別の国連PKOのマンデートには、誰を「文民」と認定して保護の対象とするかということが明確ではありません。そこで、今回は、武力紛争下において誰を「文民」とするのかについて、国連事務総長が示した文書と、赤十字国際委員会(ICRC)がまとめた指針に基づいて整理します。そして、国連PKOへの派遣国に求められる課題について考えます。

国連事務総長告示における「文民の保護」

国連事務総長は、1999年8月に、国連とICRCの共同作業で作成した「国際連合軍による国際人道法の遵守」という国連事務総長告示(ST/SGB/1999/13)[1]を発表しました。その中で「国連軍は、文民と戦闘員とを、…常に明確に区別しなければならない」(第5項1)ことと「文民は、敵対行為に直接参加しない限り、且つその期間中は、…保護を享有する」(第5項2)ことを示しています。すなわち、この告示では、文民は戦闘員とは明確に区別されるとともに、保護されるべき対象であることが書かれています。なお、ここでいう「国際連合軍」には、国連PKOも含まれます。

赤十字国際委員会(ICRC)による指針

その10年後の2009年、ICRCは、この国連事務総長告示を踏まえ、「文民」とは誰か、「戦闘員」とは誰か、また、「敵対行為に直接参加する」とはどういう行為かということを、詳細に検討して、「国際人道法上の敵対行為への直接参加の概念に関する解釈指針」[2]として独自の立場を示しました。その中で、文民については、「紛争当事者たる国の軍隊または組織された武装集団の構成員でないすべての者は文民であり、したがって敵対行為に直接参加していない限り、直接の攻撃からの保護を受けることができる。」としています。

また、「敵対行為への直接参加」であると判断するためには、
1)危害が武力紛争当事者の軍事行動に不利な影響を及ぼすか、保護されるべき人や物に対して死、傷害、もしくは破壊を与えるおそれがあること(危害の敷居)、
2)危害がその行為から直接及ぼされるものであること(直接因果関係)、
3)いずれかの武力紛争当事者の活動を支援することが明確に意図されたものであること(交戦者とのつながり)
の3点を挙げています。

二つの文書の性質と課題

国連事務総長告示及びICRCによる指針は、どちらも非常に複雑化した現在の紛争状況における課題を整理し、それぞれの立場を示したものとして高く評価されています。その一方で両方とも、国連PKOに部隊を派遣する国連加盟国により合意をされた文書ではありません。したがって、これらの文書には強制力がなく、国連事務総長告示に書かれている内容に対して、国連PKO要員が違反したとしても、国連事務総長には処罰を科す権限はないと認識されています」[3]

国連PKOに参加する要員は、「文民の保護」を行うために、国際人道法や人権を守ることが求められますが、実は、国連PKO要員が国際人道法に違反することもないわけではありません。たとえば、国連PKO要員が、現地で保護されるべき対象の文民に暴行を加えるような事例も報告されています[4]

このような場合を想定して、前に述べた国連事務総長告示は、この告示の執行について「国際人道法の違反がある場合には、国連軍軍事要員は部隊派遣国の国内裁判所の訴追に服す」(第4項)として、違反行為があった場合の法的執行を兵力派遣国にゆだねています。したがって、国連PKOにおいて「文民の保護」を実施するためには、国連PKOに部隊を派遣する各国が、自国が派遣する隊員が国外で国際人道法の違反行為に関わったケースを、国内で訴追することができるようにすることが求められます。

次回は、PKO要員による国際法の違反行為に対する国連や各国の取組みについてみていく予定です。

[1]「国連軍による国際人道法の遵守」に関する事務総長告示(ST/SGB/1999/13, 6August1999)

[2]Nils Melzer,Interpretive Guidance on the notion of Direct Participation in Hostilities under International Humanitarian Law,ICRC,May2009. なお、2012年6月に、赤十字国際委員会駐日事務所より日本語訳が作成されています。

[3]2008年に国連PKO局が発表した指揮命令に関する政策文書でも、国連はOperational authorityを有するが、部隊要員の派遣国内における人事面の処遇や懲罰については派遣国が責任を有することを記しています。("Authority,Command and Control in United Nations Peacekeeping Operations",United Nations Department of Peacekeeping Operations and Department of Field Support,February2008,para7)

[4]たとえば、国連Conduct and Discipline Unitウェブサイトには、これまでのPKO要員による国際法違反の統計がまとめられています。 (http://cdu.unlb.org/AboutCDU.aspx)