第5回 「保護する責任」と国連PKO@PKOなう!

本コラムにある意見や見解は執筆者個人のものであり、当事務局及び日本政府の見解を示すものではありません。

2012年4月27日
国際平和協力研究員
たなか きわこ
田中 極子

「保護する責任」と国家主権

  国連憲章第2条第7項は、国連は、他国の国内管轄権内にある事項に干渉する権限を持たないとしており、国連による国家への不干渉が原則となっています。これに対して、カナダ政府が中心となって設立された「干渉と国家主権に関する国際委員会(International Commission on Intervention and State Sovereignty:ICISS)」は、2001年に『保護する責任』(responsibility to protectRtoPまたはR2Pと略されることが多い)と題する報告書(ICISS報告書)[1]を発表し、国家主権には人々を保護する責任が伴い、それが機能しない場合には、人々を保護する責任は国際社会にもあることを示しました。

保護する責任」と3つの責任

  ICISS報告書は、国際社会による保護する責任として、「予防する責任」「対応する責任」そして「再建する責任」の3つの責任があるとしています。「予防する責任」とは、人々を危機に曝す根本原因と直接原因の予防に取り組むことで、その方法として、開発援助や、統治・人権・法の支配への支援や、対話・和解の促進などがあります。「対応する責任」とは、保護を必要とする人々に対して適切な措置を用いて対応することで、適切な措置には、制裁や訴追などの強制措置、さらに非常時には軍事介入も含まれます。「再建する責任」とは、特に軍事介入の後には、復興、再建、和解を含む完全な支援を提供することです。

ICISS報告書の影響

  ICISS報告書を受け、2004年、当時のアナン国連事務総長の諮問機関として発足した「脅威、挑戦及び変革に関するハイレベル委員会」は、「より安全な世界―我々の共有する責任」[2]と題する報告書を提出し、「保護する責任」についてICISS報告書と共通する考え方を示しました。これを受けてアナン国連事務総長は、2005年に「より大きな自由を求めて」[3]と題する報告書を発表し、国家が保護する責任を果たせない場合には、その責任は国際社会が負い、国連憲章のもとで安全保障理事会が強制措置を含む必要な手段を講じる必要を述べました。これらの一連の報告書を受け、2005年に開催された国連首脳会合は、国家が、大量虐殺、戦争犯罪、民族浄化及び人道に対する罪から自国の国民を保護する責任を負うことを認め、国家による保護が機能しない場合には、国連憲章に則り、安保理を通じて集団的行動をとる用意があることを含めた成果文書[4]を採択しました。これにより、国連は、法的ではないにせよ少なくとも政治的には「保護する責任」に基づき、武力行使を含む主権介入を認めたと言えます。

国連PKOとの関連

  現在の国連PKOは、国内紛争後の元兵士の武装解除・動員解除・社会復帰(DDR)、治安部門改革、選挙、法の支配等の分野での支援、紛争下の文民の保護など幅広い分野で活動しており、予防から再建までを含む「強力な(robust)」PKOが主流となっています。これは、ICISS報告書に基づく「保護する責任」に通底する考え方であると言うこともできるでしょう。その一方で、「保護する責任」の法的正統性や、実施の基準や範囲は明確であるとは言えず、「政治的レトリック」[5]と評されることもあります。「保護する責任」が武力行使と不可避的に結びついている以上、「保護する責任」が国際規範となるためには、国家による「保護する責任」の失敗を判断する基準、また、国際社会が「保護する責任」に基づき行使する手段の基準や範囲、さらには、その行使に付随して二次的な危害を被る文民の保護に対する責任など、明確にしていくべき多くの課題が残されています。

[1]International Commission on Intervention and State SovereigntyICISS),The Responsibility to Protect:Report of the International Commission on Intervention and State Sovereignty.Ottawa:International Development Research Centre, 2001.

[2]“A More Secure World:our shared responsibility.Report of the High-level Panel on Threats,Challenges and Change.”A more secure world:Our shared responsibility(PDF)(2004年12月2日).

[3]“In larger freedom:towards development,security and human rights for all.”UNDoc.A/59/2005 (2005年3月21日)).

[4]国連首脳会合成果文書(2005World Summit Outcome
(http://mdgs.un.org/unsd/mdg/Resources/Attach/Indicators/ares60_1_2005summit_eng.pdf (2005年9月16日)).

[5]Stahn,Carsten. “Responsibility to Protect:Political Rhetoric or Emerging Legal Norm?”The American Journal of International Law. 2007,Vol.101(1),p.99-120.