第99回 紛争関連のデータセット

本コラムにある意見や見解は執筆者個人のものであり、当事務局及び日本政府の見解を示すものではありません。

  • 2019年5月26日
  • 国際平和協力研究員
  • すがわら ゆういち

  • 菅原 雄一

  紛争はなぜ起きるのか、紛争が起きた時に、国際社会はどのように対処すればいいのか―といった問題を考える際、特定の事例を深く研究したり、そこで取られた政策的対応を検証し、その答えを探っていくことは大切なことです。しかし、限られた事例をみただけでは、紛争や国際社会による対応という一般的事象の全体像を捉えられないかもしれません。
 社会科学者たちは理論と実証の両面から、紛争という現象を科学的に研究し続けてきました。そして特にその「実証」部分において、統計を使って紛争を研究するために活用されているのが、「データセット(datasets)」と呼ばれるものです。データセットとは、構造化されたデータ、つまり統計分析に活用するために集められたデータの集合体です。「国際政治学の理論から導き出された仮説が、現実の世界で本当に正しいのか検証したい」、「紛争に関係する現象の全体像を統計的に把握した上で、政策的手段を検討したい」といった際に、既存のデータセットを活用して、紛争や平和協力活動に関する現象を実証的にみてみる(=観察する)という姿勢はとても重要です。データサイエンスが社会の中で広がりをみせつつある中で、平和や紛争を扱う研究においても、今後さらにデータの活用とその分析が求められるようになっていくのではないでしょうか。

紛争を観察するためのデータ

  ここでは、国際関係論や政治学の分野で活用されている、紛争や暴力に関する主要なデータセットをまとめてみました(順不同)。[1] なお、以下のリストはあくまでも一例であり、かつ包括的なリストというわけではありません。世界各国の社会科学者は様々な分野において、予算を確保し多くの専門家を雇って、新たなデータセットを構築しつつ、既存のデータセットをアップデートし続けています。
 一般的にこれらのデータセットは、Excelなどの表計算ソフトや、STATAやRといった計量分析用のツールで活用できるように、CSVファイルなどの形式で無償公開されています。まずは自分が気になったデータをダウンロードして、紛争や平和協力活動に関してこれまでに蓄積されたデータをみつめてみてはどうでしょうか。また、近年はデータを「どう魅せるか」というデータ・ビジュアライゼーションの技法も急速に進展しており、各データセットを可視化したウェブサイトも出てきています。該当するものがあれば、以下に列挙します。

主要なデータセット

UCDP/PRIO Armed Conflict Dataset

紛争関連の研究分野では最も頻繁に用いられるデータセットのひとつで、スウェーデンにあるウプサラ大学平和紛争研究学部・紛争データプログラム(UCDP)と、ノルウェーのオスロ国際平和研究所(PRIO)が共同で作成しているデータセット群。1946年から現在に至るまでの、国際・国内紛争に関する構造化された膨大なデータを提供している。近年では、地理情報を付加したデータセット[2] を提供するなど、常に進化を続けている。

Armed Conflict Location & Event Data (ACLED) Project

前述のUCDP/PRIOのデータセットから派生したプロジェクト[3] 。全世界をカバーしているわけではないが、アフリカ・中東を中心に、紛争や衝突の発生場所とその詳細情報を記録し続けている。特筆すべきはそのリアルタイム性で、直近のデータまで詳細に公開している。

IPI Peacekeeping Database

米国の非営利団体 International Peace Institute(IPI)と大学が共同で提供しているデータセット。国連の文書や活動記録からデータを取得し、1990年から現在までの国連PKO関連のデータを集積している。月次更新。

Correlates of War(COW)Project

戦争に関する科学的データ収集を目的として、米国ミシガン大学の政治学者デイビッド・シンガーによって開始されたプロジェクト。1963年の創設以来、国際政治学において科学的な戦争研究の先鞭をつけた著名なデータセットを数多く提供している。

SIPRI Military Expenditure Database

スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によって公開されている、1949年以降の軍事費支出や武器移転等に焦点をあてているデータセット。年次更新。

Integrated Network for Societal Conflict Research (INSCR)

1997年に設立された非営利組織Center for Systemic Peace (CSP)により運営されているプロジェクト。同組織は民主主義度を測るデータセット「Polity」を提供していることで有名だが、内戦やクーデター、テロのデータセットも公開している。

Social Conflict Analysis Database (SCAD)

デモやストライキ、市民に対する暴力等のイベントデータを含むデータセット。ノーステキサス大学とデンバー大学の研究者により主導されており、アフリカ及びラテンアメリカ地域のデータを提供している 。

Coups in the World

1950年から現在までの、全世界で発生したクーデターを記録しているデータセット。[4] 米国セントラルフロリダ大学の政治学者ジョナサン・パウエルが主導し、継続的にアップデートされている。

Global Terrorism Database

米国メリーランド大学の研究者らによって開始された、1970年から2017年に至るまでの18万件以上のテロ情報を集積したデータベース。

紛争データセットの今後

 上記の紛争関連のデータセットは、紛争研究やデータ分析の専門家が携わり、多数のアシスタントを動員して、基本的には手作業で構築しているものです。新たなデータセットを構築するには、実に多くのコストがかかっています。これまでは、加盟国や各PKOなどのマクロレベルでのデータを年単位で提供していたものから、最近ではよりミクロな、月次の変化を地理情報に基づき提供するデータや、国連PKOの各種活動毎のデータなど、さらに詳細なデータセットが出てきました。
 さらには、この紛争関連のデータ収集自体を自動化できないかという取り組みも出始めてきています。米国テキサス大学の研究チームは、一般に公開されているニュース記事のデータベースから、紛争や残虐行為に関連する情報のみを自動的に、ほぼリアルタイムで抜き出した上で、データセット用にコーディングするためのシステムを開発しています。[5]
 今後の技術革新とともに、紛争に関する公開情報の取得方法にも革新が起き、「紛争をどう観察するか」という技法そのものが変わっていくかもしれません。より正確でローコストなデータセットは、紛争の実証研究の進展につながります。そしてその研究成果が、より効率的な政策分析に還元され、効果的な平和の維持につながることを願ってやみません。

 


[1] 無償のデータセットかつ現在までアップデートが継続しているものを中心に選出。本文中の全URLの最終アクセス:2019年5月20日。

[2] Sundberg, Ralph, & Erik Melander. 2013. “Introducing the UCDP Georeferenced Event Dataset”, Journal of Peace Research. 50(4): 523-532.

[3] Raleigh Clionadh, Andrew Linke, Raleigh, Clionadh, Andrew Linke, Håvard Hegre & Joakim Karlsen. 2010. “Introducing ACLED-Armed Conflict Location and Event Data.” Journal of Peace Research. 47(5): 651-660.

[4] Powell, Jonathan & Clayton Thyne. 2011. “Global Instances of Coups from 1950-Present”. Journal of Peace Research. 48(2): 249-259.

[5]  Solaimani, Mohiuddin, Salam, Sayeed, Mustafa, Ahmad M., Khan, Latifur, Brandt, Patrick T., & Thuraisingham, Bhavani. Near Real-Time Atrocity Event Coding. Available from https://www.researchgate.net/profile/Mohiuddin_Solaimani/project/Near-Real-time-Atrocity-Event-Coding/attachment/57c23e3608ae98f5947f9407/AS:399869400371200@1472347702410/download/real-time-atrocity.pdf?context=projectUpdateDetail (final access: May 20, 2019)