第54回 シリア難民および避難民:人道支援アピール@PKOなう!

本コラムにある意見や見解は執筆者個人のものであり、当事務局及び日本政府の見解を示すものではありません。

2013年7月12日
国際平和協力研究員
ふるもと ひでひこ
古本 秀彦

 6月7日(2013年)、国連人道問題調整事務所(UNOCHA)が、合計44億ドル(約4400億円)という人道支援アピールを発表しました[1]。これは、シリアおよび周辺国における支援ニーズが一つに纏められたものですが、金額としては史上最大規模のアピールとなったことで、国際社会のシリア問題への関心が改めて高まったと思われます。一方、44億ドルと言われると、その金額の大きさから具体的な支援につなげて考えることが難しく、人によっては「本当に必要な額が提示されているのか」と疑問にも思われるかもしれません。シリアの状況の先行きはいまだ不透明ですが、今回は、アピール内容を個別に捉えることで、このアピール額の妥当性、そしてこのアピールが持つ、世界各国の人道支援への意味について考えてみたいと思います(なお、本稿はシリア内戦の平和的解決に関して触れるのではなく、人道支援の側面のみに焦点をあてます)。

シリア人道支援アピールの内容

 人道支援における「アピール」とは、国連とその他人道支援機関・組織が合同で、特定の人道支援におけるニーズとその対応に必要な援助を調整・取りまとめて国際社会に示し、支援を要請するものと言えます。今回のシリア問題におけるアピールの場合、総額44億ドルで、2013年1年間を対象としています[2]。年末までに、シリア国内の680万人の避難民と、シリア周辺の345万人のシリア難民に対する支援が必要であると推定されています[3]

 史上最大額と言われるように、この44億ドルのアピールは、ソマリア、アフガニスタン、南スーダン等も含め、現行2013年の世界各地を対象とした、他地域における人道支援アピール全総額の2倍以上の額です[4]。しかし、まず理解する必要があることは、これはUNOCHAが調整するSyria Humanitarian Assistance and Response Plan(シリア人道支援対策プラン、以下SHARPと表記)とUNHCRが調整するRegional Response Plan(シリア地域対策プラン、以下RRPと表記)という、二つのアピールをまとめたものとなっていることです。前者は、シリア国内避難民680万人を対象とし、後者はシリアから周辺国へ逃れた345万人の難民を対象とします[5]。以下に、それぞれのアピールの額と裨益者数を示します[6]

SHARPとRRP

 上記の表を見ると、シリア国内の避難民への支援を対象とするSHARPと、シリアから逃れた難民への支援を対象とするRRPでは、SHARPがアピール額ではRRPの二分の一であるのに対して、裨益者数では2倍となっています。単純に考えると、SHARPRRPでは、裨益者総数に対するアピール額で4倍以上の差があります。しかし、難民支援では、難民以外にも、受け入れ地域コミュニティへの支援が含まれてくるために、実際のRRPにおける裨益者は更に周辺国難民受け入れ地域住民188万人を追加で考えておく必要があります[7]

 こうしたことを前提として、以下にSHARPRRPの内容を個別にみていきたいと思います。

SHARPにおける支援内容

 シリア国内対象部分(SHARP)のみで見た場合、その金額は14.1億ドル(約1410億円)と、例えばソマリアのアピール額(13.3億ドル:約1330億円)に近く、金額面で突出しているわけではありません。更に、ここでも支援を必要とする人々の数と金額を合わせて見た場合、他のアピールと比べてSHARPのアピール金額は決して突出しておらず、これでも少ないという見方が可能です[8]

SHARPと他アピール

次に、SHARPにおける支援分野と金額をみてみたいと思います[9]

SHARPブレークダウン

 上記支援分野の中で、特に突出している分野が、「食糧および農業」、「ノンフードアイテム(非食料物資)およびシェルター」、「保健」の三つの分野になります。これらは、ほぼ全てが人命救済のための緊急援助活動に当てはまります。また、シリア国内では、治安状況によって、現在各地へのアクセスが非常に限られることが指摘されています[10]

 こうしたことから、現時点で言えるであろうことは、シリア国内を対象とした人道支援アピールであるSHARPは、あくまで最低限の人命救済を中心にしており、大風呂敷を広げたというものではないことが分かるとともに、実際の支援のDeliveryには大きな課題があり、国内の人道的アクセスが今後どの程度改善されるかによって、シリアへの人道支援の成否には大きな違いが出てくると思われることです。

RRPにおける支援内容

 SHARP同様に、以下にRRPのアピール金額を、国および支援分野によって分けたものが以下の表になります[11]

RRPブレークダウン

 RRPの合計は、約29億ドル(約2900億円)となっています。しかし、RRPのアピールも、国毎に分けてみた場合にはレバノン、ヨルダンの二か国が大規模なニーズを抱えている他は、アピール額は少なめに抑えられています。

 また、上記表からは、総じて食糧のニーズが高く、レバノン、ヨルダンでは、ノンフードアイテム、シェルター、水と衛生といった分野における支援ニーズも高いことが見て取れますが、特に食糧、ノンフードアイテムとシェルターは、非常に緊急性が高いとともに金額がかかる支援とも言われます。

 一般的な理解として、RRPの調整を担当しているUNHCRは、近年、都市難民政策(Urban Refugee Policy)という方針を掲げ、難民を、より受入国の都市部および町々に吸収し、受入国の公共サービス(保健、教育、住居支援等)へのアクセスを確保することで難民の自立を促し、以て国際社会の難民受け入れの負担を軽減させることを目指しています[12]。しかし、こうした紛争における大量の難民流入においては、受け入れコミュニティに過度の負担がかかり、地域の生活資源の枯渇、物価の上昇、貧困化など様々な問題が引き起こされ、受け入れコミュニティの吸収能力を超えた難民の流入が地域の不安定化を招きかねません。このようなことから、上述の通りRRPには、シリア難民に加えて、合計約188万人を対象とした、シリア周辺国難民受け入れコミュニティへの支援も含まれています。

 更に言えることとして、人口425万人のレバノンや、人口618万人のヨルダン(共に2011年)に、推定として2013年末までに各100万人の難民が流入するということは、各国にとって巨大な負担と言えます。アピール額の多さは、5か国、特に最大のシリア難民受入国となっているレバノン、ヨルダンのこうしたニーズを合計したものであること、そして非常に速いスピードで増えるシリア難民の流入への対応と、地域の不安定化を避けるためのものであると言えます。

まとめ、そして国際社会の人道支援対応

 以上、SHARPRRP、合計44億ドルを細かにみると、シリア人道支援アピールは、史上最大規模と言いつつも、実は各国を個別でみていくと決して大風呂敷を広げた額ではなく、SHARPについては控えめとさえも言える規模のアピール額であると言えます。

 現在、シリア国内における人道的アクセスの向上は、SHARPRRP共通の、喫緊の課題としてあげられるでしょう。シリア国内において、支援を必要とした地域へのアクセスが確保できない状況は、人道危機と難民流出の継続を意味します。また、その結果、難民の帰還が遅れることによって、周辺諸国が継続して受ける負担も大きなものとなります。このようなことから、国際社会が速やかに人道的アクセスを目的とした枠組みを確立する必要があるという見方もあります。

 最後に、今回のシリア人道支援アピールがもつであろう、世界各国の他の人道支援に対する影響の一側面を考えたいと思います。残念ながら、CAPConsolidated Appeal Process)を含め、世界各国の人道支援アピールは、通常、年末までに全ての資金が集まることはありません。各アピール金額を100%とした際に、100%に届かない数字がUnder-funded、つまり国際社会が支援しきれなかった数字、対応できなかったニーズと理解されます[13]。2012年の例で言えば、OCHAが調整を担当する人道支援アピールの全額に対しては、最終的に国際社会は62%を支援しました[14]

 これは、SHARPRRPにも同じことが言えるでしょう。UNOCHAのホームページによると、6月末の時点で、合計44億ドルに対し35%、つまり約15.4億ドル(約1540億円)の支援が集まっています[15]。今後、これがどこまで増えていくかは、シリア問題に対しては、直接に年末までにどの程度の規模の支援が行われるかに関わる問題ともなります。

 他方、これが意味することは、他地域の人道支援に回されるはずであったドナー資金の大きな部分がシリアに流れ、他人道支援における資金不足状況を作り上げうることです。こうした人道支援が継続することは、国際社会にとっても持続的かつ大きな負担になります。この意味でも、シリア情勢のいち早い安定化が望まれていると言えるでしょう。

[1]Under-Secretary-General Valerie Amos,Remarks at the launch of the revised Syria Humanitarian Assistance Response Plan and Regional Response Plan, 7th June 2013. https://docs.unocha.org/sites/dms/Documents/ERC_Remarks_RevisedSHARP_7June13.pdf(2013年6月25日参照)

[2]Revised Syria Humanitarian Assistance Response Plan(SHARP),pp1.https://docs.unocha.org/sites/dms/CAP/Revision_2013_Syria_HARP.pdf また、Syria Regional Response Plan(RRP5) http://data.unhcr.org/syrianrefugees/download.php?id=2148(2013年6月26日参照)。なお、本稿では細かく触れませんが、SHARPRRP共に、今回のものは昨年末に発表されたアピールが大幅に増額された改訂版となっています

[3]上記SHARP,p5 およびRRP,p6.

[4]Under-Secretary-General Valerie Amos,Remarks at the launch of the revised Syria Humanitarian Assistance Response Plan and Regional Response Plan, 7th June 2013,pp1.

[5]難民支援はUNHCRのマンデートであることから、このシリア国内の人々と、シリア難民での、調整機関の違いが生まれます。シリア問題において、UNOCHARegional Humanitarian CoordinatorUNHCRRegional Refugee Coordinatorを任命し、両者が連携して支援が行われています。Informal Consultative Meeting on UNHCR's Implementation of the IASC Transformative Agenda, 7 February 2013,p4. http://www.unhcr.org/5118cfcb9.pdf (2013年7月2日参照)

[6]SHARP,p5,RRP,p および Revised Syria Regional Response PlanFunding status as of 4th June http://data.unhcr.org/syrianrefugees/download.php?id=2259 参照(2013年6月26日参照)

[7]RRP,p7

[8]各国アピール額は、以下のURLから国毎のアピール文書にて確認。 http://www.unocha.org/cap/appeals/by-country/results(2013年7月3日参照)

[9]SHARP,p6.

[10]例えば、Syria:UN refugee agency urges access for humanitarian aid, 26 March 2013.  http://www.un.org/apps/news/story.asp?NewsID=44494#.UdTadKxVWxU(2013年7月3日参照)およびSyria:UN humanitarian agencies reiterate call for access to1.2 million stranded in Damascus, 12 June 2013. http://www.un.org/apps/news/story.asp?NewsID=45161#.UdTaeKxVWxU (2013年7月3日参照)

[11]RRP,p133, 208, 250, 296, 330より作成

[12]UNHCR Policy on Refugee protection and solutions in urban areas,September 2009. http://www.unhcr.org/cgi-bin/texis/vtx/home/opendocPDFViewer.html?docid=4ab356ab6&query=Urban%20Refugee%20Policy (2013年7月5日参照)

[13]UNOCHA Financial Tracking Service (FTS). http://fts.unocha.org/ (2013年7月5日参照)

[14]UNOCHA FTS. http://fts.unocha.org/reports/daily/ocha_21_2012.XLS (2013年7月5日参照)

[15]UNOCHA ホームページ http://www.unocha.org/crisis/syria (2013年7月5日参照)

この筆者の他の記事はこちら