第119回 平和構築に資する教育を考える(後編)

本コラムにある意見や見解は執筆者個人のものであり、当事務局及び日本政府の見解を示すものではありません。

  • 2024年3月29日
  • 国際平和協力研究員
  • はたけやま しょうた

  • 畠山 勝太

より大きなインパクトをもたらす国際平和協力を実現するための官民連携について

前回の研究員ノートで、教育を通じた平和構築の中で幼児教育が持つポテンシャルと、それにも拘わらず、緊急支援段階で日本も他の主要な先進国や国際機関も十分な支援をできていないことを論じた。しかし、この状況が官民連携を中心に変化し始めている。今回はこれを説明するとともに、なぜそのような官民連携が可能となったのかの調査結果を報告し、日本への政策的示唆を議論する。

緊急支援・平和構築を目指した幼児教育分野での官民連携

ミレニアム開発目標(MDGs)は8つのゴールからなるものであったが、そのうち教育に関連するものはゴール2とゴール3で、初等教育の普遍化とすべての教育段階における男女間格差の解消であった。しかし、2015年に国際目標がMDGsから持続可能な開発目標(SDGs)へシフトすると教育目標も多様化し、全ての教育段階が言及されただけでなく、教育の質や障害児教育など様々な教育の種類も国際目標として言及されるようになった。さらに、教育分野の外では持続可能な開発目標のためのパートナーシップにも言及がなされた。これらの変化は緊急支援・平和構築へも波及し、幼児教育分野での官民連携の下地を作った。そして、この緊急支援・平和構築での幼児教育における官民連携の中心にあるのが遊びを通じた学び(Learning through Play)のグループであり、その中で中心的な役割を担っているのがレゴ財団である。
レゴ財団の特徴は、一般的な財団のようにプロジェクトへの資金拠出も行っているが、遊びを通じた学びの実現のためのパートナーシップの構築にも力を入れている点にある。例えば、2016年に緊急時の教育支援に特化した国連によるグローバルな資金メカニズムとしてユニセフ本部に間借りする形でEducation Cannot Waitが誕生したが、レゴ財団は、これに対して2016年から2021年までに4000万ドルを拠出し(Education Cannot Wait, 2021)、さらに2022年の国連総会に際して2500万ドルの追加拠出を表明している。Education Cannot Waitは、資金の10%以上を幼児教育に割り当てているが、前述の緊急・人道支援における教育支援資金の約0.4%だけが幼児教育に割り当てられていることを考えれば、レゴ財団の資金拠出・アドボカシーが功を奏していると考えられる。また、レゴ財団はユニセフにも資金提供を行っている。新型コロナの影響が本格化する以前の段階で開発協力を含めて総額で2800万ドルの資金提供を行い、その一部で緊急・人道支援分野ではシリア難民の子供たちに対してレゴの遊び箱が提供されている。また、新型コロナ対策として7000万ドルを追加提供しており、最もユニセフに資金貢献している財団となるなど、関係が強化されている。さらに、緊急・人道支援にまで渡っているのかは不明だが、Global Partnership for Educationに対しても、最大の財団パートナーとなっている。
そして、前述のシリア難民支援、およびロヒンギャ難民支援において、レゴ財団は、自社プロダクトの活用だけで無く、1億ドルを拠出してセサミ・ワークショップに国際救済委員会とバングラデシュのNGOであるBRACと連携させて、遊びを通じた学びを実現するためにセサミストリートのパペットを使用した幼児教育支援を実施させている。さらに、レゴ財団はニューヨーク大学と産学連携を行い、このようなブロックやパペットを使用した幼児教育分野の緊急・人道支援が効果的なのか否かの学術的な研究も行っている。

CSRの類型

レゴ財団は、その名前が示すように世界的に有名なレゴブロックを製造しているレゴグループの慈善団体である。より一般的な名称を用いれば、レゴ財団はレゴグループの企業の社会的責任(CSR)活動の一環だとも言える。そこで、レゴ財団を深く理解し日本への政策的示唆を得るために、まずCSRの学術的な議論を簡単に整理する。
CSR活動と雖もその内容は幅広い。試しにいくつかの日本の玩具メーカーが掲げているCSR活動を読むと、製品の安全性といった自社製品に関するものや、環境問題や青少年活動への貢献といった社会貢献に関するもの、中にはレゴ財団のような財団を設立して自社製品を活用して慈善活動に取り組んでいるところまであった。
このように幅広いCSR活動の分類が90年代初頭に試みられた[1]。その分類によると、CSR活動はピラミッド構造として捉えることができ、上から、
• 慈善的責任
• 倫理的責任
• 法的責任
• 経済的責任
となっている。 基底に来るのは経済的責任である。これは、企業はそもそも経済活動を営むための存在であることから、倒産せずに経済活動を続けることが第一の社会的責務であることを示している。
経済的責任の上に位置づけられるCSR活動は法的責任である。これはカタカナでコンプライアンスと書いた方が分かりやすいかもしれない。これは、企業も法治国家に存在しているわけだから、法令を遵守することが社会的責務であることを示している。ただし、元の分類で法令順守が経済的責任の上に位置している点は注意が必要かもしれない。この分類が作成された1990年頃から日進月歩でグローバル化や経済構造の複雑化が進んだ。この法令順守が守られず国境を越えて経済に混乱をもたらした例として米国におけるエンロンの粉飾決算を想起すると、この90年頃に作成された分類のようには現在では経済的責任と法的責任の位置関係を論じることはできないのかもしれない。
経済・法といったそもそも守られることが必須であるCSRの上に位置づけられるのが倫理的責任である。これが一体どういうものであるのかは、具体例を考えた方が分かりやすい。例えば、「フェアトレード」は日本でもかなりの知名度を誇るが、正にこのフェアに作られ、フェアに仕入れられたものを販売する、というのは法的に定められたわけでもないし、それをせずとも企業の経済活動は存続できるわけで、まさに企業が社会に対して果たしている倫理責任だとみなすことができる。他にも、児童労働によって作られた産品やウイグル地区で作られた産品を仕入れない/製造を止めるといったことも倫理的責任とみなすことができる。
そしてCSR活動の最上位に位置づけられるのが慈善的責任である。これまでの下層三層は企業の活動そのものと関係があったが、慈善的責任は企業活動と直接関係しない領域となってくる。レゴ財団が行っている緊急支援・平和構築のための幼児教育支援の中でも、自社製品の活用にこだわらない領域での活動は、正にこれに該当する。
しかし、このように分類されるCSR活動も、時と場所によって様々な特徴を有してきた。まず時代のトレンドについて分析した論文の中身を紹介する[2]。原始的な形態のCSR活動は古くから存在していたが、近代的なそれは1970年代に誕生したとされている。この時期は、ローマクラブによって出版された「成長の限界」という報告書が、人類の持続可能性に疑問を投げかけた時期であり、社会を持続可能なものとするために企業も何らかの責務を果たすべきであるという要望が高まり始めた時期となった。90年代・00年代にはEUが誕生しただけでなく、国連がミレニアム開発目標を採択するとともにUN Global Compactも採択した時期となった。これによりCSRのグローバル化が加速し、CSRという言葉自体の認知度も広まった。そして、ミレニアム開発目標下では、共通の価値観と持続可能性がCSRのキーワードとなり、これもレゴ財団が「遊びを通じた学び」という価値観を世界共通のものとしようと推進している点と重なる所がある。
次に地域によるCSR活動の違いを分析した論文の中身を紹介する[3]。CSRの地域性は欧州と米国で異なっている。米国のCSRは、 先のCSR活動のピラミッドの下層に位置づけられる、経済的責任・法的責任が重視される傾向にある。 また、経済活動が盛んな米国という特徴を反映して、CSR活動を通じて企業価値の向上が図られていることも特徴として挙げられる。これに対して欧州では、同族経営による安定した企業が多くある傾向があり、かつ一般的に米国と対比的な路線を歩む傾向がある。これらがCSR活動にも反映され、CSR活動の上層に位置づけられる倫理的責任・慈善的責任を重視する傾向がある。このため、CSR活動を通じて単純に企業価値を高めるというよりは、社会の持続的発展や未来への投資という考え方がその中心に来ることがしばしばある。
そして、この欧州型のCSR活動は、後述するようにレゴ財団にも当てはまる。従って、日本が国際平和協力で官民連携のもとに大きなインパクトをもたらすことを目指すのであれば、この欧州型のCSR活動が育ってくる環境整備もそのための一つの前提条件となってくる。

レゴ財団の特徴

2024年2月・3月とデンマーク・スイス・フランス・エチオピアを訪問する機会を頂き、レゴ財団関係者、レゴ財団とパートナーシップを結んでいる組織・レゴ財団から助成を受けている組織の関係者へインタビューを行った。レゴ財団関係者から得られた情報を、他の関係者へのインタビューでクロスチェックする形をとり、質的調査法的には情報提供者にトライアンギュレーションをかけることで信頼性を確保したが、時間の制約から調査法や異なる時点の間でのトライアンギュレーションはかけられなかった。研究目的を鑑みて、このことの影響はそれほど大きくないと筆者は判断するが、分析・結論に誤りがあれば、それは筆者の過失によるものである。
以下では日本への政策的示唆を得るために、どのようにしてレゴ財団ができたのか、どのようにしてレゴ財団はグローバルなパートナーシップを構築できたのか、どのようにしてレゴ財団は緊急支援・平和構築のための幼児教育支援を行っているのか、に論点を絞って議論を進めていく。

レゴ財団の成り立ち

前述のように、レゴ財団は欧州型CSRの特徴を色濃く有しており、それは財団の成り立ちからも見て取れる。レゴグループ全体がKirk家による同族経営となっており、レゴ財団が設立された一つの目的も同族経営を安定させるためであると考えられる。具体的に言うと、レゴグループの株式の75%はKirk家の財産管理団体が有しているが、残りの25%はレゴ財団となっている。そして、レゴ財団の理事6名のうち2名はKirk家の者が務めており、また代表理事もKirk家の者である。
この同族経営を安定させるという目的は幾つかの特徴も生み出している。まず、レゴ財団の財源がレゴグループの株式25%分の配当から来ているため、財団としてそれなりの規模(2022年は700億円程度、日本だと日本財団と同程度)を安定的に維持できている。次に、同族経営の安定が目的であるため、米国的CSRの特徴である企業価値の向上をむやみに追求する必要が無いポジションを採れる。具体的に言えば、確かに理事の2名はKirk家によって占められているが、財団の運営自体はレゴグループから独立しており、これはレゴ財団関係者へのインタビューの中で出てきた、「レゴ財団はレゴの製品ではなくレゴの哲学(遊びを通じた学び)を広めている」という回答にも表れている。

レゴ財団とグローバルパートナーシップ

前述のとおり、レゴ財団は様々なグローバルアクターとパートナーシップを結び、遊びを通じた学びを緊急支援や平和構築のために進めている。しかし、このようなパートナーシップは一朝一夕で構築されたものではない。
例えば、Global Partnership for Education(GPE)とのパートナーシップの締結には2年以上の歳月が費やされている。これは、遊びを通じた学びを進めたいレゴ財団と、途上国の教育を包括的に支援しているGPEとの間で、共働できる領域を模索する必要があったからであり、この歳月の結果、レゴ財団は遊びを通じた学びだけでなくGPEを通じた女子教育支援にも乗り出すようになった。また、Education Cannot Wait (ECW)とのパートナーシップについても2年以上の歳月がかかっている。しかし、この結果、現在では両者の間に強い信頼関係が構築され、一般的に国連職員の重い負担となっている独自のドナーレポートの提出を求めていない所にまで至っている。
パートナーシップが構築される契機はケースバイケースで一般化が難しい。例えば、USAIDとレゴ財団のパートナーシップは、GPEやECWの理事会などで担当者同士が顔見知りとなり立ち話をする中で可能性が議論され、やがて議論がフォーマルなものとなっていった。そのようなインフォーマルに知り合う機会が無かったGPEの場合は、レゴ財団の側からGPEにアプローチをして議論が始まっていった。しかし、いずれにも共通しているのが、関係者と知り合い、まずはインフォーマルに議論を進めていく、ネットワーキング力を担当者が有していたという点である。これは、レゴ財団・国際機関(GPE)・二国間援助機関(USAID)の全てがパートナーシップ専門官を雇用しており、専門性としてのネットワーキング力を有した職員がいたことが可能にしたものだと考えられる。

 

レゴ財団と平和構築

レゴ財団の遊びを通じた学びによる緊急・平和構築支援は、様々な形態を取っている。しかし、その中で最も特筆すべきはデンマーク政府との連携である。例えばGPEの女子教育支援に対してレゴ財団とデンマーク政府はオールデンマークとして共同で資金提供し、チームデンマークとしてコレクティブインパクトを残している。
このオールデンマークが築かれた土台には、デンマーク政府とレゴ財団の長年に渡る政策対話が存在している。一見するとこのような政府と民間アクターの政策対話は、米国型の悪しきロビーイングのようにも映るが、米国型の企業価値向上のためのCSRではなく慈善的責任のためのCSRであり、かつデンマークが人口600万人程度の小さな国で、競合となる民間アクターが存在しないがゆえに利益相反ではない形での政策対話が可能となっている。そして、この政策対話で築かれたどのような領域で共働しうるのかという共通理解を基に、予算の未消化が出たときにデンマーク政府はレゴ財団が行う国際機関などへの資金援助に対してマッチングファンドを拠出したりしている。
また、ローカルパートナーとの遊びを通じた学びによる平和構築では、レゴ財団側からのアプローチ、ローカルパートナー側からのアプローチ、公募の3種類がある。ただ、いずれの形態を取った場合にも、レゴ財団が持つ柔軟性と幼児教育分野の高い専門性が資金以上にパートナーシップを組む価値があったという言及があった。特に平和構築支援では、状況が急変しうること、開発協力以上に困難な状況にあることから、柔軟性と高い専門性が建設的なパートナーシップを構築するために求められている。

 

日本への政策的示唆

レゴ財団の経験を基に、日本として緊急支援・平和構築分野で何をすれば官民連携を進めてグローバルなインパクトを残せそうか議論をする。
まず日本政府と緊急支援・平和構築分野で共働していける組織の設立支援についてである。日本には既にレゴ財団のように本業の株式を基に設立され安定的に運営されている財団や、自社製品を活用してCSRとして慈善的責任を果たしている財団が存在する。さらに、日本企業のCSRは確かにCSR活動ピラミッド構造の下層に留まる部分も少なからずあるものの、特に環境分野での倫理的責任・文化分野での慈善的責任を担っているところも数多くある。このため、新たに法整備や予算措置をしてCSR活動や、CSR活動ピラミッドの上層移動を促していく必要はない。
緊急支援・平和構築支援で官民連携によるコレクティブインパクトをグローバルレベルで残すために必要なのは、CSR活動そのものを促進するよりも、CSR活動の慈善的責任の中での内向き視点を外向きに、そして官民の連携を促していくことにあると考える。しかし、日本は一国内で市場が完結できるだけの大きさを持つとともに島国という地理的特性を持つ。これは千葉県よりも人口が少なくEUに加盟しているデンマークとあまりにも異なるため、慈善的責任内での内向きな視点を外向きに転換させる方法をデンマークにあるレゴ財団から学ぶことは難しい。そこで、以下では緊急支援・平和構築支援での建設的な官民連携の構築に話を絞って議論をする。
日本をレゴ財団と比較したときに、最大の違いとして現れるのがネットワーキング力を有した専門人材の欠如である。レゴ財団の事例が示すように、建設的なパートナーシップの構築には数年の時間がかかる。しかし、日本の人事制度の下では、政府においてもCSRに取り組む大企業においても担当者がそれよりも早いサイクルで別のポストへと移って行ってしまう。さらに、パートナーシップに従事できたとしてもその期間が短すぎるために、欧米のパートナーシップ専門官のような専門性を養うには至らない。また、国内でのネットワーキングはできたとしても、海外の主要アクターとフラットな関係でネットワークを構築できるだけの人材も殆どいない。
次に、利益相反に当たらない形で、官民連携でオールジャパンとしてコレクティブインパクトを平和構築で残すための計画・仕組みづくりである。レゴ財団は、デンマーク政府やUSAIDと政策対話を重ね、共通理解を作り上げたうえで、これらの政府機関と共同で資金拠出を行ったりしている。これを日本で実現しようとするならば、まず共通理解を持つための長期的な平和構築支援計画が必要になる。それは例えば、幅広い平和構築支援の分野の中で、どこで共働し、どこで補い合うのかといったものである。その上で共働する・補い合うと決めた分野で民間アクターと協同していく仕組みづくりが必要になる。 民間アクターに依頼した支援に対して費用補償を行うことはできるが、レゴ財団とデンマーク政府が行っているような共働資金拠出・共働物資支援のようなことを行うための仕組みは存在していない。
日本は、依然として世界で4番目の経済大国で、国際学力調査でも高い成績を誇り、世界的な玩具メーカーも存在している。政府の側でネットワーキングのための専門人材、共働のための計画・仕組みを整備することで、教育を通じた平和構築分野において、官民連携でオールジャパンとして大きなコレクティブインパクトを残せるはずである。

 


[1]Carroll, A. B. (1991). The pyramid of corporate social responsibility: Toward the moral management of organizational stakeholders. Business horizons, 34(4), 39-48.

[2]Latapí Agudelo, M. A., Jóhannsdóttir, L., & Davídsdóttir, B. (2019). A literature review of the history and evolution of corporate social responsibility. International journal of corporate social responsibility, 4(1), 1-23.

[3]Capaldi, N., & Nedzel, N. E. (2020). CSR in the USA and UK versus CSR in Europe and Asia. The Palgrave handbook of corporate social responsibility, 1-31.