第120回 政府間開発機構(IGAD)主催女性リーダー育成ワークショップ参加報告
本コラムにある意見や見解は執筆者個人のものであり、当事務局及び日本政府の見解を示すものではありません。
- 2025年7月2日
- 国際平和協力研究員
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なかの みお
- 中野 美緒
日本政府による東アフリカ諸国の女性リーダー支援
国際協力において、日本は多様な国々・組織との協力関係を築いているが、アフリカの地域経済共同体との協力関係については、どれくらいの方がご存じであろうか。地域経済共同体といえば、欧州連合(EU)や東南アジア諸国連合(ASEAN)を思い浮かべる方が多いかもしれない。アフリカにはアフリカ連合(AU)という大陸包括的な地域機構もある中で、日本は政府間開発機構(Inter-Governmental Authority on Development:IGAD)と呼ばれる地域経済共同体とも協力関係を築いてきた。
50ヵ国以上が存在するアフリカ大陸は実に多様であり、東部・西部・南部・北部・中部諸国の地域的ニーズに対応するため、アフリカ連合の他に地域経済共同体が存在することが大陸的特徴である。その中でも、IGADは東アフリカ諸国8か国を対象とした地域経済共同体である。
日本はIGADと長年の協力関係を築いてきたが、その一環として、2024年に同機構が若手リーダーの育成プログラムを開始する際に支援を表明した。IGADが開催する初めての若手女性リーダー育成プログラムに、筆者はオブザーバー参加する機会をいただいたので、本稿をもって参加報告をしたい。
写真:IGAD主催女性リーダー育成ワークショップ
出所:IGADリーダーシップ・アカデミー(ILA)Xアカウント[1]
東アフリカの地域経済共同体であるIGADの役割
そもそも、IGADとはどのような組織なのであろうか。なぜ日本が支援しているのか。同組織はウガンダ、ジブチ、エチオピア、エリトリア、ケニア、スーダン、ソマリア、南スーダンの8カ国を加盟国とするアフリカの地域経済共同体である。
図:IGAD加盟国の地理的位置づけ
出所:政府間開発機構(IGAD)[2]
同機構は1986年に旱魃への対応を目的として設立され、1996年に貿易促進や紛争抑止の機能を追加して現在の名称に改変された。以降、東アフリカ地域における食料安全保障、環境保護、経済協力、地域統合、社会開発、平和・安全保障において地域協力を促進している[3]。
IGADリーダーシップ・アカデミー(ILA)の設立
紛争、政治・経済的不安定、気候変動、自然災害など様々な課題を抱える域内において、急速に変化する多様なアフリカ社会を牽引することのできるリーダーを育成するため、IGADはリーダーシップ・アカデミーを設立した[4]。2022年のIGAD首脳会談で設立された本アカデミーに対し、いち早く支援を表明したのが日本である。特に、地域にとって喫緊の課題である平和と安定分野におけるリーダー育成に向けて協力することが合意された。
開催概要と成果
筆者が参加したIGADリーダーシップ・アカデミー(ILA)のワークショップは、次世代リーダー育成というだけでなく、女性を対象とした点でユニークである。IGAD地域における意思決定と平和プロセスへの女性の参加割合は低く、文化伝統的障壁が課題となっている。この課題に対応するため、指導者育成(Training of Trainers: ToT)ワークショップとして、2024年11月にケニアにて開催された。
本ワークショップには、IGAD加盟7カ国(ウガンダ、ジブチ、エチオピア、ケニア、スーダン、ソマリア、南スーダン)から女性指導者が参加し、講義・ディスカッション・グループワークを通して学んだ。女性指導者ならではの課題・困難について共有し、課題克服に向けてお互いをメンタリング・コーチングした点は興味深かった。このような対話セッションを通して、域内における女性リーダーの抱える問題が深刻であることもわかった。
本プログラムの画期的な点としては、(1)IGADリーダーシップ・アカデミーによる初めての女性を対象としたリーダー養成プログラムであったこと、(2)IGADとして平和プロセスにおける女性の参加を促進したこと、(3)加盟国間の女性リーダーのネットワーク形成に寄与したこと、(4)共通の課題へ対応したこと(SNS上での誹謗中傷やメンタルヘルスなど)があげられる。このように現地のニーズに即した日本の協力は同機構や加盟国から大きく称賛され、メディアで幅広く取り上げられた[5]。
本ワークショップの意義
東アフリカ諸国の女性にとって、責任ある立場に就くことは容易なことでない。幼少期から女児は家事を手伝い、就学率・識字率は女性の方が圧倒的に低い[6]。男性に比べて女性の労働時間は短く、所得も低いというデータもある[7]。IGAD諸国における女性の政治参加の割合は28.5%であり[8]、女性指導者がいかに希少であり、育成が急務であるかがわかる。
ワークショップの開催期間中、筆者は28名の参加者と意見交換する中で、女性リーダー一人一人の歩いてきた道のりに触れ、涙せずにはいられない場面も多くあった。紛争、難民生活、教育・就労への障壁など多くの困難を乗り越えてきたリーダーたちであるが、現在も偏見・差別と向き合いながらリーダーとしての責務を果たすことは並大抵のことではない。同じ困難を抱える同志が一つの場所に集い、域内の平和と安定のために議論したことは大きな意味を持つ。
閉講式では参加者から、若手女性リーダーを対象とした研修は自国ではないことなので、このような機会を設けた日本政府とIGADに対して謝辞が述べられた。
写真:ワークショップ期間中は至る所に日本のロゴが使用された
出所:IGAD事務局Xアカウント[9]
現場で感じる国際平和協力
国際協力の形態は多様でありながらも、域内の平和プロセスにおいて主要な役割を果たす地域経済共同体に対する日本の協力は現地で高く評価された。「平和と安定」という人々の命に関わる分野において、人材育成こそが長期的な平和へ導く。平和の担い手は現地の人々であり、人口の半数を占める女性たちの平和活動への参加は、伝統社会に根付く女性差別の問題をも解決する。
本ワークショップにおいてはIGAD加盟国から女性リーダーが集まり、自身の経験・教訓を共有した。参加者たちは自発的にSNSの交換を行い、研修後も各自の活動について情報交換するなどの交流を続けている。筆者はそのような様子を見ていて、いかに女性リーダーたちが支援を渇望していたかを感じる。
今回は、紛争が続くスーダンからの参加者が6名いた。切実な想いで参加し、現場の苦悩を共有した。あらためて地域間の協力を誓い合った場面であった。真剣な議論をしながらも、アフリカの女性たちは歌とダンスを忘れない。紛争地から参加した女性リーダーたちが満面の笑みで踊っていた姿が目に焼き付いている。まさに手と手を取り合った国際平和協力の現場であった[10]。
写真:ワークショップで参加者と講師が一緒にダンスをする様子
出所:IGADリーダーシップ・アカデミー(ILA)Xアカウント[11]
[1]IGAD Leadership Academy(ILA)(@IGADLeadership)/Xアカウント https://x.com/ugbadnour/status/1860351767726215639
[2]IGAD: The IGAD Member States https://geonode.igad.int/documents/77
[3]IGAD: Its History and Development https://igad.int/about/?tab=the-history
[4]IGAD: IGAD Leadership Academy https://igad.int/leadershipacademy/
[5]メディア掲載の例:Empowering the future: Women leaders across the Horn of Africa unite to shape change https://www.talkafrica.co.ke/empowering-the-future-women-leaders-across-the-horn-of-africa-unite-to-shape-change/
Why women should be involved in peace-building processes https://www.standardmedia.co.ke/opinion/article/2001507379/why-women-should-be-involved-in-peace-building-processes
[6]World Bank Group, Gender Data Portal https://genderdata.worldbank.org/en/indicator/se-adt
[7]UN Women, Why Women Earn Less: Gender Pay Gap and Labour Market Inequalities in East and Southern Africa https://africa.unwomen.org/en/digital-library/publications/2023/10/why-women-earn-less-gender-pay-gap-and-labour-market-inequalities-in-east-and-southern-africa
[8]IDEA Women’s Political Participation: Africa Barometer 2024 https://www.idea.int/publications/catalogue/womens-political-participation-africa-barometer-2024
[9]IGAD事務局(@IGADsecretariat)/Xアカウント https://x.com/igadsecretariat/status/1858479895007166677?s=46
[10]IGADリーダーシップ・アカデミーのXアカウント @IGADLeadership にて2024年11月のワークショップの様子が投稿されている。
[11]IGAD Leadership Academy(ILA)(@IGADLeadership)/Xアカウント https://x.com/igadleadership/status/1862022285735116812?s=46