第103回 紛争後国家における国連による警察改革支援

本コラムにある意見や見解は執筆者個人のものであり、当事務局及び日本政府の見解を示すものではありません。

2019年11月18日
国際平和協力研究員
よしだ ゆうき
吉田 祐樹

 日本国内の治安と市民の安全を守っている警察。1947年制定の警察法[1]には、「警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする」と記されています[2]。各国によって警察の運用は異なっているものの、多くの人は、警察は国民の生命を守り、秩序を維持し、犯罪者を逮捕するといった点はほぼ万国共通であると考えていることでしょう。しかし、国連が平和活動を展開している紛争後国家では、内戦時から警察等の治安機関は頻繁に政治利用され、警察官自身が人権侵害行為を行うなど、国民にとっての脅威となっていることがあります。そのため、国連は治安部門改革(Security Sector Reform: SSR) の一環で警察改革を支援してきています。本稿ではその具体的な取組について紹介します。

なぜ警察改革が必要なのか

 紛争後国家の警察は、長年の紛争の影響もあって基本的な能力、装備、規律等が欠落していることに加え、一部の政治家の権力維持のために私物化されたり、汚職体質が定着しているケースもあります[3]。また、市民の人権を無視した強引な捜査、対応の遅れ、過剰な実力行使等によって、警察に対する印象は「恐怖」と「不信感」が占めている国も存在します[4]。少数民族や特定の宗教グループを含むマイノリティに対して虐待行為を行うこともあり、国連開発計画 (UNDP) の報告によると、特にアフリカでは警察への不満や怒りが過激派集団に参加する動機の1つになっています[5]。こうした状況を放置しておくと、中長期的な平和と安定の定着を遅らせることにもつながります[6]
 対照的に、警察が犯罪の脅威から市民を保護し、人権を尊重し、社会的弱者を擁護するようになれば、それは紛争後社会の復興と安定の基盤となります。また、警察が公共秩序の維持に努めている姿は、市民からは社会が良い方向に向かっている兆しと捉えられ、社会経済活動の推進力にもなります[7]。警察が市民の信頼を回復し、正当な組織として受け入れられると、市民は犯罪捜査時の情報提供等を通じて警察に協力的になり、結果的に警察の捜査能力の向上につながるという正の連鎖も生まれます[8]。このように、警察改革は紛争後国家の復興と平和構築にとって極めて重要な取組なのです。

SSRの一環での警察改革支援

 国連平和活動において、警察改革はSSRの一環で実施されています。SSRは、2008年の事務総長報告で「治安部門の有効性、政府及び国民に対する説明責任、そして人権や法の支配の尊重を促進するといった目標を持つ、現地政府が主導する国内治安機関のアセスメント、レビュー、推進、評価&モニタリングのプロセス」と定義されました[9]。警察改革は、SSRに関して数々の提言を発信している国際機関、Democratic Control of Armed Forces (DCAF)- Geneva Centre for Security Sector Governance によると、「警察組織による活動が民主的価値、人権及び法の支配に基づいたものとするため、同組織の価値観、文化、政策、プラクティスを変革する」目的を持って行われます[10]。また、DCAFは一般的な治安維持組織の原則として、説明責任能力、透明性、法の支配、幅広い参画性、即応性、効率性等を挙げています。
 具体的な警察改革支援には、組織体制や指揮系統、警察官の採用基準、訓練内容、規律、昇進制度、福利厚生等の見直し、内部統制の強化、捜査手順の指導、地域住民との接し方に関する方針設定等が含まれます。加えて、警察組織外での取組も警察の活動環境の整備のためには重要で、例えば法的枠組みの見直し、警察担当省庁の改革、警察官の行動を監視し規律を維持するための独立監視機関の設置・機能改善等も行われます[11]。これらの取組は、機能不全状態の警察が法の支配に基づいて、犯罪捜査や秩序の維持等の本来の職責を果たし、市民が安心して暮らせるための「公共サービス」を提供する組織へと転換することを目的に行われます。

国連による警察改革支援

 国連は、国連警察 (UNPOL) を中心に、これまで多数の紛争後国家において、捜査機材の供与や警察関連施設の改築等のための財政支援、警察組織の再編、現地警察への助言等の技術支援を通して警察改革を支援してきました[12]。UNPOL以外にも、UNDPは警察官の能力強化支援、人権教育、必要機材の供与等を通じた支援を行っています。また、国連薬物犯罪事務所 (UNODC) は、警察活動の根拠となる法的枠組み策定に係る支援、犯罪司法改革支援、刑務所内の環境改善や受刑者の人権保護を含む刑務所改革支援にも取り組んでおり、これらは警察改革と同時並行的に取り組む必要のある、法の支配体制の強化にとって重要な活動です。
 2003年以降のほぼ全ての国連平和活動に現地警察の能力開発支援の任務が付与されてきましたが、各活動地によって進め方に違いはあるにせよ、国連としてある程度一貫したガイドラインを確立する必要性が指摘されていました。2015年に事務総長の指示を受け、当時の平和維持活動局 (DPKO) とフィールド支援局 (DFS) が警察能力構築・開発ガイドライン (Police Capacity-Building and Development Guideline) を策定しました。同ガイドラインには、警察組織の再編や訓練に取り組む上での原則、重要事項、注意点等が示されており、警察改革支援に携わるUNPOLや他の国連機関のみならず、国連以外の地域機構等も参照できるようになっています[13]
 同ガイドラインの項目をいくつか紹介すると、警察組織の現状課題の把握とそれに基づいた事業立案の方法、警察官志願者の身元調査と選定基準、警察改革に参加するステークホルダーと各々が果たすべき役割、地域型警察活動 (community-oriented policing) 及び情報主導型警察活動 (intelligence-led policing) の重要性、研修内容・科目の例、監視機関の設立、警察官の福利厚生や昇進制度の見直し等について細かく書かれています。
 同ガイドラインの一貫したメッセージは、警察改革は現地政府が主導すべきであるということです。警察改革には国連、ドナー諸国、地域機構等の多様な外部アクターが関わりますが、同ガイドラインは「現地警察を運転席に座らせる」という比喩を用いて、現地政府が主導し、外部アクターは財政及び技術支援等の側面支援に徹するという関係の重要性を説いています。警察改革は現地政府のオーナーシップに基づいた変革への強い意志と行動なしには達成できず、国連等の第三者の支援に依存する状態が長引くと、警察組織の成長や住民との信頼関係の回復は見込めず、持続可能な平和と安定も享受できません。

紛争後及び他の危機的状況での法の支配における警察・司法・矯正のグローバル・フォーカルポイント

 警察改革を支援する国連機関はいくつか存在しますが、平和活動の現場では必ずしも十分に連携が取られているわけではなく、政治面及び開発面のアプローチが統合される必要があるとの問題意識がありました。2012年、事務総長は国連による法の支配関連活動の連携を強化をすべく、紛争後及び他の危機的状況での法の支配における警察・司法・矯正のグローバル・フォーカルポイント (Global Focal Point (GFP) for Police, Justice and Corrections Areas in the Rule of Law in Post-conflict and other Crisis Situations) を設置しました。DPO (旧DPKO) とUNDPがGFPを主導しており、UNODC、国連人権高等弁務官事務所 (OHCHR)、国連女性機関 (UN Women) 等がパートナー機関として参加しています。[14]
 GFPの設置により、DPOとUNDP間で活動地域における警察改革支援に係る資金調達、計画立案、アセスメント、事業実施、現場からの各種要請への対応、評価・モニタリング等を共同で行うシステムが確立された他、参加機関が各々の専門的知見を共有し合い、国連界隈ではよく言われる「一つの国連としての支援提供」 (Deliver as “One UN”) が体現された形となりました。本部レベルでDPOとUNDPの間で調整、協議及び情報交換ができるチャンネルが確立されたことは、現場における支援の一貫性、継続性の保持、事業内容の重複の回避等の観点からも有効であり、引き続き組織間の調整を担うことが期待されています。

おわりに

 紛争後国家における警察改革は、現地警察が市民の保護や秩序の維持といった本来の職責を果たせるようになるために、現地当局の主導の下国際社会が財政及び技術支援等を行う、政治的及び開発的な側面を併せ持った活動です。警察改革を通した社会の安定化は、紛争からの復興を目指す上での大前提です。また、損なわれた市民の警察に対する信頼は一朝一夕には回復できませんので、警察改革を支援するにあたっては中長期的なビジョンが必要となります。ただ、繰り返しになりますが、警察改革はSSRの一部分でしかないため、法の支配体制の強化のためには司法改革や刑務所改革等の活動とも十分に連携しながら、同時並行的に進めることが重要です。

 

[1]  (1954年改正)警察法昭和29年6月8日法律第162号第一章第二条第一項

[2]  e-Gov 警察法(昭和二十九年法律第百六十二号) (https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=329AC0000000162)

[3]  Caparini, Marina. 2018. "UN Police and Conflict Prevention." SIPRI, 5.

[4]  Osland, Kari M. 2019. "UN Policing: The Security-Trust Challenge." In United Nations Peace Operations in a Changing Global Order, ed. Cedric de Coning and Mateja Peter, 191-209. Palgrave Macmillan.

[5]  UN Development Programme. 2017. "Journey to Extremism in Africa." New York: UNDP Regional Bureau for Africa.

[6]  Call, Charles T. and Stanley, William. 2001. "Protecting the People: Public Security Choices After Civil Wars." Global Governance 7 (2): 151-172, 152.

[7]  United Nations. 2016. "External Review of the Functions, Structure and Capacity of the UN Police Division." New York: UN.

[8]  Goldsmith, Andrew. 2005. "Police Reform and the Problem of Trust." Theoretical Criminology 9(4): 443-468, 444.

[9]  United Nations. 2008. "Report of the Secretary-General: Securing peace and development: the role of the United Nations in supporting security sector reform" (A/62/659-S/2008/39). New York: UN.

[10]  Democratic Control of Armed Forces Geneva Centre for Security Sector Governance. 2019. "Police Reform: Applying the Principles of Good Security Sector Governance to Policing." SSR Backgrounder Series. Geneva: DCAF.

[11]  経済協力開発機構 (OECD) が2007年に発表した治安部門改革の手引き (OECD DAC Handbook on Security Sector Reform: Supporting Security and Justice) にも、紛争後社会における警察改革関連の活動内容、現状把握のための質問事項例、司法改革や武装解除・動員解除・社会復帰 (DDR) との連携の重要性等が記されており、警察改革に従事する多くの実務家や研究者が参照しています。

[12]  UN Police. 2019. What our UN Police Officers Do (https://police.un.org/en/what-our-un-police-officers-do). Accessed 3 Oct 2019.

[13]  United Nations. 2015. "Police Capacity-Building and Development." New York: Department of Peacekeeping Operations and Department of Field Support.

[14]  United Nations. 2019. UN Coordination of Rule of Law Activities (https://www.un.org/ruleoflaw/what-is-the-rule-of-law-archived/coordination-of-rule-of-law-activities/). Accessed 4 Oct 2019.