第77回 紛争下における男性及び男児に対する性暴力(2)@PKOなう!

本コラムにある意見や見解は執筆者個人のものであり、当事務局及び日本政府の見解を示すものではありません。

2014年8月29日
国際平和協力研究員
わだ ようこ
和田 洋子

 紛争下の性暴力というと女性のみが被害者であるというイメージを抱きがちですが、@PKOなう!第71回では、紛争下において男性や男児も性暴力の被害者となりえることをご紹介しました。最近まであまり議論されて来なかったこの問題ですが、女性が被害者である場合と異なった部分もあり、男性が被害者である事を考慮した対策が必要とされています。今回も引き続き、男性及び男児に対する性暴力について、その特徴を中心に見ていきましょう。

男性や男児に対して行われる性暴力の特徴

性暴力にはいろいろな形がありますが、男性に対するものは、主に以下に分けられます[1]
  1.  レイプ(体の一部や器物による) 
  2.   性器に対する暴力: 性器の切除や損傷など
  3.  強制的な不妊処置(enforced sterilization)
  4.   他者・家族に対する性行為やレイプ行為を強要

レイプには、単に「被害者に対して性暴力を行う意図」を持っている加害者から直接被害を受けるケースのみならず、レイプ行為を強要された他の被害者によって、被害を受けるケースも多くあります。性器に対する暴力や性器の切除または損傷は、出血などにより、結果的に被害者を死に至らしめる危険性を孕んでいますが、 始めから相手を殺す目的で行われる事もあります。強制的に不妊処置を行うことは、その後子孫を作らせないよう、「民族浄化」の手段として多く用いられます[2]。また、性行為やレイプ行為は、男性被害者の家族(男性・女性を問わず)や同じ民族グループ等に属する男性に対して行うよう強要されます[3]。自分の意志に反するとはいえ、性暴力の強要は別の性暴力被害者を生んでしまう事から、被害が拡大し、問題を複雑化する現実があります。

一般的に、性暴力の加害者は、男性だと考えられており、男性に対する性暴力を行うのも同じように大多数が男性グループによるものだと考えられています。しかし、コンゴ民主共和国やシエラレオネのように、加害者グループに女性戦闘員も入っていたケースも報告されており[4]、女性も性暴力に加担するようなプレッシャーにさらされている、とする調査もあります[5]

また、男性が性暴力被害を受ける可能性の高い状況としては、いわゆる拘束状況下が挙げられます[6]。旧ユーゴスラビア紛争の例では、サラエボ県の強制収容所に拘束されていた6千人を対象とした調査の結果、5千人の男性のうち、その80パーセントが収容所内で、拷問としてレイプされたと報告されています[7]

男性に対する性暴力が起こるわけ

一般的に、今まで、紛争に関連した性暴力は、「どの紛争にも不可避 (inevitable)」、「民族紛争下に起こる」、「主に武装勢力によって行われる」、「戦争の手段である」などと考えられてきましたが[8]、最近の調査・研究では、必ずしもそうではなく、 全ての紛争で性暴力が起こるわけではない、またその発生理由、どのような紛争当事者が性暴力を使うのか、そして性暴力の種類などにもバリエーションがあることがわかってきました[9]。その中でも、性暴力が起こる要因として最近注目されているのは、強制的に動員された戦闘員で構成されている軍や武装勢力は、自発的に戦闘に加わったグループに比べ、組織の連帯感を高めるため、集団レイプを行う傾向があるとした研究です[10]。この場合、上官は性暴力を行うよう命令をしているわけではありませんが、それを禁止するわけでもなく、寛容であるため、性暴力が広がるとしています。ただ、この議論は、被害者の性別を特に考慮していない為、男性の被害ケースとの関係は、今後詳しく研究されていく必要があると言えるでしょう。

他方、今までに展開されている男性被害者に関する議論では、紛争下で 広域的、かつ組織的(widespread and systematic)に行われるような場合、加害者たちは、性的快楽を求めて行っているわけではなく[11]、力(power) の行使や、被害者から力を剥奪することを通して、被害者個人や、その家族、そして究極的には敵対するコミュニティー全体に恥辱や恐怖を植え付け、コントロールするという事を意図として行われている、とされています[12]。この論理は、女性に対する性暴力と同じですが、男女で異なる点は、それぞれの性がジェンダーの概念の中でどのように位置づけされているかに強く関係してくることです。ステレオタイプ的に男性は「強いもの」そして「強く有るべき」、女性は「弱いもの」というジェンダー不平等の考えが残る中、男性がコミュニティーの中で「守る」役割を担い、「弱い」存在である女性を守るよう期待されています。つまり、女性が性暴力被害を受けた場合は、守る役割を担うべき男性が、いかに弱い存在であるかを露呈させられることになります。

同時に、(1)「性暴力の被害を受けるのは、弱者である女性のみ」という概念が存在している、(2)同性(男性)から性暴力を受けることは、文化的、宗教的に同性間の性行為がタブー視されているため恥辱、(3)男性性(masculinity) の概念が、女性性(femininity)と相対する形で存在しており、同時に異性愛(heterosexuality)の概念と関連付けられていることから、同性から性暴力を受けると、「非男性化(emasculation)」及び「女性化(feminization)」され、同時に「弱い」、「恥ずかしい」、「同性愛者」と見なされてしまい[13]、男性の社会的地位や社会における力を奪ってしまうのです[14]。性暴力は、男性に肉体的、心理的ダメージを与え、「弱者化」することを通して、男性に守られるべきと考えられている社会やその価値観を崩壊させ、混乱を引き起こし、ひいては、戦意喪失などを招きます[15]。また、これらのもとになっているのは、ジェンダーの概念であり、よって男性に対する性暴力も「ジェンダーに基づく暴力」として考えられるべきであるとされています[16]

以上、紛争に関係する状況においての男性や男児に対する性暴力の特徴などについてみてきました。次回も引き続き、この問題が及ぼす影響と今後への課題についてご紹介したいと思います。

 

[1]Carpenter, R.C., ‘Recognizing Gender-Based Violence against Civilian Men and Boys in Conflict Situations’, Security Dialogue, (2006) Vol.37, No. 1, pp.83-103及び Lewis, D.A., ‘Unrecognized Victims: Sexual Violence against Men in Conflict Settings under International Law’, Wisconsin International Law Journal, (2009) Vol. 27, No. 1, pp.1-49. 

[2]ボスニアヘルツェゴビナの例を見ても、女性を標的とした民族浄化の場合は、一般的にレイプにより被害者を妊娠させる手法がとられることから、男性に対するものとは異なっていると指摘されています。次を参照のことLinos, N., ‘Rethinking Gender-Based Violence during War: Is Violence against Civilian Men A Problem Worth Addressing?’ Social Science & Medicine, (2009) Vol. 68 No.8, pp. 1549.

[3]Carpenter, 前掲1参照。pp. 95.

[4]Cohen, D.,K., ‘Explaining Rape during Civil War: Cross-National Evidence (1980-2009)’, American Political Science Association, (2013)Vol. 107, No.3, pp.47及び Johnson, K. et al, ‘Association of Sexual Violence and Human Rights Violations with Physical and Mental Health in Territories of the Eastern Democratic Republic of the Congo’, JAMA (August 4, 2010) Vol. 304, No.5. pp.557. このほかにもイラクのアブグレイブ収容所のようなケースがあります。

[5]Cohen, D.K., ‘Female Combatants and the Perpetration of Violence: Wartime Rape in the Sierra Leone Civil War’, World Politics (2013), Vol. 65, No. 3, pp.383-415.

[6]Office of the United Nations Special Representative of the Secretary-General on Sexual Violence in Conflict, ‘Report of Workshop on Conflict-Related Sexual Violence against Men and Boys, 25-26 July 2013: Report and Recommendations’. pp.12 及びTemple, L., 'Male Rape and Human Rights', Hastings College of Law Journal, (2009) Vol. 60, pp.613-4.

[7]Mudorovcic, Z., ‘Sexual and Gender-Based Violence in Post-Conflict Regions: The Bosnia and Herzegovina Case in UNFPA’, The Impact of Conflict on Women and Girls: A UNFPA Strategy for Gender Mainstreaming in Areas of Conflict and Reconstruction, 2001,pp.64. http://www.unfpa.org/webdav/site/global/shared/documents/publications/2002/impact_conflict_women.pdf Last visited: 1 July 2014.

[8]Cohen, D.K. et al, ‘Wartime Sexual Violence: Misconceptions, Implications, and Ways Forward’, USIP Special Report 323, February 2013, http://www.usip.org/sites/default/files/resources/SR323.pdf Last visited: 1 July 2014.

[9]Wood, E.J., ‘Armed Groups and Sexual Violence: When is Wartime Rape Rare?’ Politics and Society, (2009), Vol.37, No.1, pp.131-161.

[10]前掲5参照。

[11]この点については、「性的なものが攻撃的に現れているのではなく、攻撃が性的な形をとって行われている」(a sexual manifestation of aggression, rather than an aggressive manifestation of sexuality)と表現されています。参照:Wilton Park Conference Summary, ‘Women Targeted or Affected by Armed Conflict: What Role for Military Peacekeepers?’ Wilton Park Conference 27-29 May 2008, pp. 3. https://www.wiltonpark.org.uk/wp-content/uploads/wp914-report.pdf Last visited: 1 July 2014.

[12]Russell, W., ‘Sexual Violence against Men and Boys’, Forced Migration Review (2007), Issue 27, pp.22及びCarpenter, 前掲1参照。

[13]Zarkov, D., ‘The Body of the Other Man: Sexual Violence and the Construction of Masculinity, Sexuality and Ethnicity in Croatian Media’, in Moser, C.O.N. and Clark, F.C. Victims, Perpetrators or Actors? Gender, Armed Conflict and Political Violence, 2001, Zed Books, London. pp.79.

[14]前掲13参照。pp.77. Sivakumaran, S., ‘Male/Male Rape and the ‘Taint ‘of Homosexuality’, Human Rights Quarterly, (2005) Vol. 27 No.4, pp.1282-1283も参照のこと。

[15]Muiderman, K., ‘Suffering in Silence: Sexual Violence against Men in Conflict’, The Broker, http://www.thebrokeronline.eu/Blogs/Human-Security-blog/Suffering-in-silence-sexual-violence-against-men-in-conflict Last visited: 1 July 2014.

[16]Carpenter, 前掲1参照。pp. 88-89.