第78回 安保理決議第2175号と人道支援従事者が直面する脅威@PKOなう!

本コラムにある意見や見解は執筆者個人のものであり、当事務局及び日本政府の見解を示すものではありません。

2014年9月19日
国際平和協力研究員
ひらい れいこ
平井 礼子

 2014年8月19日の「世界人道デー」に、人道支援従事者が直面する攻撃、脅迫、誘拐などの脅威に関する報告が安保理に対して行われました。これを受けて安保理は、2014年8月29日、人道支援従事者への脅迫、攻撃や誘拐を批判し、これら人員の安全確保に関する安保理決議第2175号[1]を採択しました。今回は安保理決議第2175号採択に至る背景を辿ってみましょう。

人道支援従事者の死傷者が過去最多に

 毎年8月19日は「世界人道デー」です。2003年8月19日に起きたイラクのバグダッド国連事務所爆破事件で亡くなった国連事務総長イラク特別代表セルジオ・ビエイラ・デメロをはじめとした22名の犠牲者を追悼し、紛争や災害の現場で人道支援に携わる人々や、その活動の中で犠牲となった人々に捧げられる日として国連総会が定めました。

 「人道支援従事者」とは、一般的に人道原則(人道性・中立性・公平性・独立性)に基づく支援を実施している国連機関、非政府組織(NGO)やその組織で働く人を指します[2]。現在27万人以上[3]と推定される人道支援従事者は、世界各地で紛争や災害に苦しむ人々の救命と苦痛の軽減のために、困難を極める環境下で活動をしています。人道支援従事者は、国際人道法の下で保護される対象であり、また国際刑事裁判所に関するローマ規程では、国連憲章下で人道的援助に関わる要員に対する故意の攻撃は戦争犯罪にあたるとされています[4]。しかし、残念なことに、人道支援従事者が攻撃の対象となる事件とその犠牲者は近年増加傾向にあります。

 人道支援活動に携わる人員が巻き込まれる事件に関する統計を集計しているヒューマニタリアン・アウトカムズによると、2013年には251件の事件に460名もの人員が巻き込まれ、うち155名が死亡、71名が重傷を負い、134名が誘拐されています[5]。この数値は前年度比66%増であり、1997年[6]以降、最悪の年となりました。2014年に入って、既に72名が殺害され、34名が重傷を負い、66名が誘拐されています[7]。増加の要因としては、人道支援従事者人口自体の増加、武力紛争の複雑化、人道支援従事者への攻撃が経済的・政治的目的化していること、また政治的・軍事的目的をもった支援活動と人道支援の境界線が曖昧となってきたことなど諸説ありますが、現実にはこれらの複数の要因が複雑に絡み合っているといえます。いずれにせよ、人道支援従事者への脅威は、紛争や災害により苦難に直面する人々への支援を阻害する要因となっていることには違いありません。

安保理決議第2175号

 このような深刻な事態を取り上げるべく、2014年8月の安保理議長国であったイギリスが起案者となり、安保理決議第2175号が採択されるに至りました。本決議は人道支援や人道支援活動に従事する人々に対する殺人・性暴力・強盗・誘拐・拉致・脅迫や違法な拘束等を含む、あらゆる暴力と脅迫行為を非難し、人道支援要員の安全確保のための手段を講じる決意を表明するものです。その内容は前述のバグダッド国連事務所爆破事件を受けて2003年に採択された、紛争地域における人道援助及び国際連合要員の保護に関する安保理決議第1502号[8]を踏襲しています。しかし、新たに加えられている主要なポイントとして、人道支援や国連平和維持活動に従事する要員への故意の攻撃は戦争犯罪にあたることに言及していること、人道支援活動を可能にする環境作りを状況に応じて国連平和維持活動(PKO)のマンデートに含めること、そして加盟国に国際連合要員及び関連要員の安全に関する条約の批准を促していることなどが挙げられます[9]。特段新たな策を講じる決議ではありませんが、安全保障理事会を通じて人道支援に従事する人々が直面する厳しい現実を国際社会に再認識させたことは評価できるでしょう。

国連PKOミッション統合化と人道支援

 上述の通り、安保理決議第2175号は、状況に応じて、人道支援組織が人道支援原則に則った人道支援活動を可能にする安全な環境作りを国連PKOのマンデートに含めるとしています。しかしながら、政治的・軍事的目的を持った国連PKOミッションと人道支援機関が協働することで、人道支援の原則(人道性・中立性・公平性・独立性)が損なわれるという懸念から人道支援コミュニティと国連PKO間には緊張関係が存在するという現実もあります。次回の@PKOなう!では、この国連PKOと人道支援コミュニティの関係について取り上げたいと思います。

 

[1]United Nations, “Security Council Resolution 2175”. 2014. S/RES/2175(2014).

[2]「人道支援従事者」の定義には様々ありますが、一般的に国連平和維持活動(PKO)や人権関連機関、選挙監視委員や政治的・宗教的な目的を持って活動する団体、アドボカシー団体などの人員は含まれません。

[3]2010年時点の推定値。Glyn, Taylor, et al. The State of the Humanitarian System: The 2012 Edition. ALNAP, 2012, 104pp. http://www.alnap.org/resource/6565, (accessed 2014-09-02), p9参照。

[4]国際刑事裁判所に関するローマ規程8条2(b)(iii)参照。

[5]Stoddard, Abby et al. Aid Worker Security Report 2014 - Unsafe Passage: Road attacks and their impact on humanitarian operations. Humanitarian Outcomes, 2014, 12pp. http://www.humanitarianoutcomes.org/sites/default/files/Aid%20Worker%20Security%20Report%202014.pdf, (accessed 2014-08-20).

[6]Humanitarian Outcomesは1997年からの事件データ集計を2005年に開始している。

[7]2014年9月2日現在速報値。Humanitarian Outcomes, Aid Worker Security Database. https://aidworkersecurity.org/ (Accessed 2014-09-01).

[8]United Nations, “Security Council Resolution 1502”. 2003. S/RES/1502(2003).

[9]What’s in Blue, “Adoption of Resolution on the Protection of Humanitarian Personnel.” 2014-08-28. http://www.whatsinblue.org/2014/08/adoption-of-resolution-on-the-protection-of-humanitarian-personnel.php, (Accessed 2014-09-01).