第122回 国際平和協力における情報空間の課題(後編) ――偽情報やヘイトスピーチに、国際社会はどう対応すべきか

本コラムにある意見や見解は執筆者個人のものであり、当事務局及び日本政府の見解を示すものではありません。

  • 2026年8月26日
  • 国際平和協力研究員
  • はたの あやこ

  • 波多野 綾子

はじめに:規制すれば解決するのか――「規制」と「自由」のジレンマ

前編では、誤情報、偽情報、悪意のある情報、ヘイトスピーチ(MDMH)が、国連平和維持活動(PKO)への信頼を損ない、要員や住民の安全を脅かしていることを紹介しました。では、オンライン上などにおける有害な投稿を削除し、発信者を処罰すれば問題は解決するのでしょうか。
ことはそう単純ではありません。過度な規制は、政府への批判や少数者の声といった、本来保障されるべき正当な言論までも萎縮・封殺させる危険をはらんでいます。現実の被害を防ぎながら、民主主義と平和の根底にある「表現の自由」を両立させる、極めて繊細な均衡が必要とされているのです。

1.国際法が示す規制の境界――自由権規約と「ラバト行動計画」

この「規制」と「自由」のジレンマに対し、国際人権法は明確な指針と境界線を示しています。その根底をなすのが、1948年の世界人権宣言を法的拘束力のある条約として具現化した「市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)」です[1]
自由権規約第19条は、情報や考えを求め、受け、伝える自由を保障する一方、他者の権利や公の秩序などを守るための必要な制限を認めています。また、第20条は、差別、敵意または暴力を扇動する憎悪の唱道を法律で禁止するよう求めています。
ただし、不快な表現が直ちに処罰の対象となるわけではありません。自由権規約第19条(表現の自由)と第20条(憎悪扇動の禁止)の境界画定を目的とする国連の「ラバト行動計画」は、禁止されるべき扇動かを判断するため、社会的・政治的文脈、発言者の影響力、意図、内容と形式、拡散の範囲、害の可能性と切迫性という六要素を示しています[2]。紛争地や国際平和協力の現場においては、この6要素に基づいてリスクを具体的に評価し、過度な検閲を避けながら、暴力を誘発する致命的な情報に的を絞って対応することが不可欠です。

表1:ラバト行動計画の6つの基準

評価基準 判定のための視点・チェックポイント
① 文脈 (Context) その発言がなされた社会・政治的背景(紛争の緊張度、選挙直前など)はどうか
② 発言者 (Speaker) 発言者が社会や特定の集団に対してどのような地位・影響力を持っているか
③ 意図 (Intent) 単なる過失ではなく、特定の集団を攻撃・扇動する明確な悪意・意図があるか
④ 内容と形式 (Content) どれほど過激で直接的か、どのようなトーンや言葉遣いがなされているか
⑤ 拡散範囲 (Extent) 広範囲・公共の場で発信されたか、発信の頻度や受け手の規模はどの程度か
⑥ 害の切迫性 (Likelihood) 実際の暴力や差別行為が直接的に引き起こされる危険がどれほど切迫しているか

2.企業の情報空間への責任――「ビジネスと人権」の視点

上述の国際人権基準は、伝統的には国家の法執行や政策によって実現されるものとされてきました。しかし、国境を越えて瞬時に広がる現代のオンライン情報流通は、個別の国家による法律だけでは管理しきれません。プラットフォーム企業は、投稿の削除、アカウント停止、そして検索や推薦のアルゴリズムを通じて、人々が接する情報を事実上左右しており、怒りや恐怖を誘う極端なコンテンツを増幅させてしまう構造的要因にもなっています。
ここで重要となるのが「ビジネスと人権」の視点です。「国連ビジネスと人権に関する指導原則」は、①国家による人権保護、②企業による人権尊重、③被害者が救済を受ける権利、という3つの柱を示しています[3]。プラットフォーム企業にも、自社のサービスやアルゴリズムが差別、暴力、表現の抑圧を助長しないよう、人権デュー・ディリジェンス(人権影響評価)を実施する重い責任があります。 具体的には、推薦システムや広告の仕組みがもたらす人権上の影響を評価し、コンテンツ・モデレーション(投稿監視・管理)の基準を透明性をもって公開し、不当な削除や停止に対する異議申立てと救済の仕組みを整えることが求められます。国連の「情報の完全性に関するグローバル原則」や国連教育科学文化機関(UNESCO)のガイドラインにおいても、企業、政府、市民社会、研究者、メディアが協働するマルチステークホルダー型の枠組みが重視されています[4]。 さらに近年、私企業主導で進化する人工知能(AI)は、急速に拡散する虚偽ナラティブや暴力扇動の兆候をリアルタイムで検知・分析する強力な対策ツールとなる一方、深刻な課題も抱えています。 現在のAI言語モデルは、開発環境の偏りなどもあって、紛争地の複雑な歴史や文化、皮肉、少数言語の方言や文脈を十分に理解できていません。正当な発言を誤検出して削除したり、逆に現地の言葉で巧妙に綴られたヘイトスピーチを見逃したりする「バイアスによる死角」が存在するのです。 したがって、自動判定システムに過度に着目・依存するのではなく、現地文脈を理解する人間による介入(ヒューマン・イン・ザ・ループ)、基準の公開、異議申立て、および独立した外部監査を組み合わせた慎重な運用が必要です[5]

おわりに:複層的なガバナンスに向けて

情報空間の課題は、法律、技術、国家のいずれか一つだけでは解決できません。国際人権法を基盤に、国連、政府、企業、市民社会、研究機関、地域コミュニティが責任を分担する複層的なガバナンスが必要です。
国際平和協力活動においても、プラットフォーム企業の役割など、複雑化する情報環境への対応に向けた視点を考慮することが重要です[6]。正確な情報の発信と信頼に基づく対話は、分断と暴力を防ぎ、平和を支える重要な基盤となります。

 


[1] International Covenant on Civil and Political Rights, December 16, 1966, 999 U.N.T.S. 171, entered into force March 23, 1976.

[2]Office of the United Nations High Commissioner for Human Rights, Rabat Plan of Action on the Prohibition of Advocacy of National, Racial or Religious Hatred that Constitutes Incitement to Discrimination, Hostility or Violence, A/HRC/22/17/Add.4 (January 11, 2013).

[3]United Nations, Guiding Principles on Business and Human Rights, 2011.

[4]United Nations, United Nations Global Principles for Information Integrity: Recommendations for Multi-stakeholder Action, June 24, 2024; UNESCO, Guidelines for the Governance of Digital Platforms: Safeguarding Freedom of Expression and Access to Information through a Multistakeholder Approach, 2023.

[5]Ayako Hatano, "Regulating Online Hate Speech through the Prism of Human Rights Law," Australian Year Book of International Law 41, no. 1 (2023): 127-156.

[6]United Nations Department of Peace Operations, Policy on Information Integrity in Peacekeeping Settings, December 16, 2024.