第105回 国連安保理決議1325号「女性・平和・安全保障 (Women, Peace and Security)」の採択20周年に向けて

本コラムにある意見や見解は執筆者個人のものであり、当事務局及び日本政府の見解を示すものではありません。

  • 2020年7月20日
  • 国際平和協力研究員
  • ひとつやなぎ あずさ

  • 一柳 あずさ

「このような惨事に目を背けるという行為は、その犯罪の共犯者であることと同じです。犯罪に手を染めた加害者だけでなく、傍観している人々もまた、その責任が問われます。」

― デニス・ムクウェゲ氏

「様々な問題を解決する上で女性は鍵となり、持続可能な平和を実現するためにも女性の参加は必須です。女性の声を聞き入れ、その参加を促すことで、草の根レベルでの根本的な変革をもたらすことができるでしょう。」

― ナディア・ムラド氏[1]

コンゴ民主共和国出身の医師、デニス・ムクウェゲ氏とイラク共和国出身のナディア・ムラド氏は2018年にノーベル平和賞を受賞しました[2]。 いずれも「戦争や武力紛争の武器としての性暴力」撲滅への貢献を理由に授与されたものです[3]。 ムクウェゲ氏は医師として長年に渡り、数多くの女性や女児のレイプ被害者の治療に携わってきました。受賞スピーチでは、母国で繰り広げられる悲惨な性的暴力の実態に触れ、男性や男児の被害についても訴えました。また、ムラド氏は、自身が性的暴力の被害者であり、同じヤズィディー教徒[4]の男性や男児が虐殺され、女性は強制的に性的奴隷とされていることを訴えました[5]。いずれの受賞者も、性的暴力の防止、脆弱な人々の保護及び加害者の告発において、国際社会のより積極的な関与の必要性を強調しています。そして、様々な和平プロセスや紛争後の復興段階において、女性の参画がいかに重要であるかについても述べています。

国連安保理決議1325号の歴史的背景

ムクウェゲ氏とムラド氏の経験談からは、紛争下における性的暴力がいかに悲惨なものであり、人々の日々の生活を脅かしているかが伺えます。去る2000年10月31日に、国連安全保障理事会において加盟国の全会一致で採択された決議1325号は[6]、女性と平和、安全保障(WPS: Women, Peace and Security)の問題を取り上げた決議であり、そこには「一般市民、とりわけ女性と子どもが、難民及び国内避難民を含む、武力紛争により不利な影響を受ける者の圧倒的多数を占め[る]」[7]ということが明記されています。また、和平調停、紛争解決、紛争予防、平和維持や平和構築のあらゆる段階における女性の参画、女性や女児のニーズの把握・対応の必要性が強調されています。そして、本決議に続く形で、現在までに9つもの関連決議が追加的に採択されています(国連安保理決議1820、1888、1889、1960、2106、2122,2242、2467、2493号)[8]。 これらの決議は紛争の武器及び戦術としての性的暴力、国連平和維持活動要員による性的搾取及び虐待、平和構築におけるジェンダー主流化、女性元兵士の社会復帰、ジェンダーに配慮したモニタリングの枠組みや予算、そして、予防と対応における被害者中心アプローチの実施等の課題について取り扱っています。

これらの決議は全て「女性・平和・安全保障(WPS)アジェンダ」として呼称されることもあり[9]、国連憲章に記載されているように男性及び女性の人権の保護の重要性を強調しているものです。そして、これらは2000年以前に採択された女性差別撤廃条約(1981年)、北京宣言及び行動綱領(1995年)、ウィントフック宣言及びナミビア行動綱領(2000年)といった各種宣言や流れを受け継ぐものでもあります。

また、これら決議の採択は、様々な研究機関やシンクタンクによる、ジェンダーの観点を取り入れた紛争や和平に関する研究を加速させる一助にもなりました。ある研究では、和平プロセスや平和構築過程における女性の参画が、持続可能な平和、紛争解決、性的暴力の減少や紛争後の復興等に貢献するとされ、和平合意の策定プロセスに女性が参加すると、その合意が15年間保たれる確率が35%高くなるといったデータも示されています[10]

WPSを取り巻く最新の状況

国連事務総長は、WPS関連の進捗状況を安全保障理事会に対して定期的に報告しています。2015年に国連は、過去15年間のWPS関連の活動の進捗、課題や政策提言をまとめたグローバル・スタディーを発表しました。また、国連事務総長は紛争下の性的暴力についても毎年、その状況を報告しています。これらの報告では、女性団体による取組や社会における指導的役割を果たす女性の増加といった、様々な成果が述べられています。その一方で、依然として課題も数多く指摘されており、上記のグローバル・スタディーによると、「決議1325号に関連する進捗や成果は、(2000年に採択されたにも関わらず)今回初めて達成されたものが多く、まだ一般化されているとは言えない」とされています[11]

また、現国連事務総長であるアントニオ・グテーレス氏は、国連平和維持活動における女性の制服要員の参加率の低さ(軍事要員の4%及び警察要員の10%)を指摘し、国連に対する信頼性と脆弱な人々を保護する能力が試されているとも訴えています[12]。ある研究では、1992年から2011年にかけて実施された31もの主要和平プロセスにおいて、女性の割合は署名者の4%、主要調停者の2.7%、証人の3.7%、そして交渉人の9%に留まったと指摘されています[13]。2019年の国際女性デーにおいては、国連のシニア・マネジメント・グループ(管理職)のうち女性が半分を占めていることを歓迎した一方で、国連及び国際社会において、より一層の取組と構造的な改革が必要だとも述べています[14]

2019年には、世界各国における紛争下の性的暴力の被害状況(2018年1月~12月)をまとめた、国連事務総長報告書が発表されています[15]。 例えば、コンゴ民主共和国においてこの期間中、国連コンゴ民主共和国安定化ミッション(MONUSCO)が把握しているだけでも、1,049件の被害が報告されています[16]。 被害の規模や残虐さは異なるものの、このような犯罪は世界各地の紛争地域において依然として発生し、特に脆弱な人々が犠牲になっています[17]

2016年には、プムズィレ・ムランボ=ヌクカ国連女性機関(UN Women)事務局長が、人権保護の観点からの進捗報告を行いました。報告によれば、グアテマラ共和国、セネガル共和国において、国際刑事裁判所による性的暴力犯罪者の法的処置に関して前向きな進展が見られたとのことです[18]。 一方で、最新の国連事務総長報告によると、多くの女性達は今も尚、差別的な法律や法的慣習に直面し、移行期正義や法的機関における女性の参画は極めて限られ、司法へのアクセスも依然として不十分で一貫性がありません[19]

2018年の国連事務総長報告では、人道支援や復興における女性の参画が極めて難航している点を指摘しています。暴力や犯罪の防止に向け、草の根レベルでの女性の参加率は徐々に高まってきているものの、一方で、武装解除における女性の参加率は極めて低いといったことなどが記されています。例えば、UN Womenによるネパールでの事例によると、同国の紛争には数多くの女性兵士がいたものの、彼女達の武装解除・動員解除・社会復帰プログラムへの参加率は大変限定的だったとのことです[20]。 また、世界各国で、脆弱な治安情勢、性的暴力のリスク、そして、性差別や文化的要因により女性の人道支援へのアクセスが制限されていることも指摘されています。紛争終結後も、多くの国で差別的な法律や風習のために女性には土地の所有権が与えられておらず(紛争の影響を受けた国々では女性世帯による土地の所有率はわずか11.5%との報告もあります)、職に就くのも難しいため、女性たちの生活環境は極めて厳しいと言えるでしょう[21]

国連安保理決議1325号の採択20周年に向けて

国連安保理決議1325号が採択される数か月前、当時安全保障理事会議長を務めていたアンワルル・カリム・チョウドリ氏は「平和は男女の平等と切っても切れない関係にある」と発言しました[22]。 決議で重要視されている問題に取り組み、平和を構築し維持し続けるために、国連及び国際社会は今後も引き続き足並みをそろえ、女性の参画を促す努力を継続する必要があります。その上で、変化するジェンダーに対する価値観や男女の社会的役割などを、あらゆる取り組みの中に反映する事が求められます。こうした努力を通じて、国連安保理決議1325号で提唱されている理念が実現されていくことにより、決議採択の20周年である2020年、そして、将来的により良い結果を報告することができるのではないでしょうか。

最後に、ムランボ=ヌクカ国連女性機関事務局長が2015年に述べた言葉で締めくくりたいと思います。
「記念日というのは、過ぎ去った年月を祝福するだけではなく、言葉を行動に移すきっかけです[23]。」

 

[1]  ムクウェゲ氏とナディア氏のノーベル賞受賞スピーチの筆者による翻訳。

[2]  The Nobel Peace Prize 2018. (2019). Retrieved April 3, 2019, from The Nobel Prize (https://www.nobelprize.org/prizes/peace/2018/summary/)

[3]  Mukwege, D. (2018, December 10). Speech presented at Nobel Lecture in Oslo City Hall, Oslo, Norway The Nobel Peace Prize 2018. (2019). Retrieved April 3, 2019, from The Nobel Prize (https://www.nobelprize.org/prizes/peace/2018/summary/). Retrieved April 3, 2019, from The Nobel Prize (https://www.nobelprize.org/prizes/peace/2018/mukwege/lecture/)

[4]  ヤズィディー教は、イラク北部、トルコ、シリア、イランやコーカサス地域などに住む、クルド人の一部の間で信じられている宗教。The Editors of Encyclopaedia Britannica. (2020, March 27). Yazīdī. Retrieved June 15, 2020, from Encyclopaedia Britannica (https://www.britannica.com/topic/Yazidi)

[5]  Murad, N. (2018, December 10). Speech presented at Nobel Lecture in Oslo City Hall, Oslo, Norway. Retrieved April 3, 2019, from The Nobel Prize (https://www.nobelprize.org/prizes/peace/2018/murad/facts/)

[6]  国連安保理決議1325号の決議書へのアクセス:https://undocs.org/S/RES/1325(2000)

[7]  国連広報センターによる、国連安保理決議1325号の日本語訳へのアクセス:https://www.unic.or.jp/files/s_res_1325.pdf

[8]  WPS関連の国連安保理決議の決議書へのアクセス:United Nations Security Council (https://www.un.org/securitycouncil/content/resolutions

[9]  Peace Women. (2019, November 12). The Resolutions. Retrieved June 15, 2020, from Peace Women (http://www.peacewomen.org/why-WPS/solutions/resolutions)

[10]  ローレル・ストーン(University of Notre Dame’s Kroc Institute for International Peace Studies所属)による未刊行の研究結果は以下のレポートにより引用:O'Reilly, M., O Suilleabhain, A., & Paffenholz, T. (2015, June). Reimagining Peacemaking: Women's Roles in Peace Processes (Rep.). Retrieved April 3, 2019, from International Peace Institute website: https://www.ipinst.org/wp-content/uploads/2015/06/IPI-E-pub-Reimagining-Peacemaking.pdf

[11]  Coomaraswamy, R. (2015). A Global Study on the Implementation of United Nations Security Council Resolution 1325 (Rep.). Retrieved April 3, 2019, from UN Women website: A Global Study on the Implementation of United Nations Security Council Resolution 1325 (https://wps.unwomen.org/)

[12]  United Nations. (2018, October 25). More must be done in support of women's contributions to peace, Secretary-General Tells Security Council, Outlining Gender-Parity Initiatives for United Nations [Press release]. Retrieved April 3, 2019, from [United Nations Press release] (https://www.un.org/press/en/2018/sgsm19316.doc.htm)

[13]  UN WOMEN. (2012). Women's Participation in Peace Negotiations: connection between Presence and Influence. Retrieved from https://reliefweb.int/sites/reliefweb.int/files/resources/03AWomenPeaceNeg.pdf

[14]  United Nations. (2019, March 8). Remarks on International Women's Day 2019 [Press release]. Retrieved April 5, 2019, from Remarks on International Remarks on International Women's Day 2019 [Press Release] (https://www.un.org/sg/en/content/sg/speeches/2019-03-08/womens-day-2019-remarks)

[15]  19カ国がレポートに取り上げられています:アフガニスタン、中央アフリカ共和国、コロンビア、コンゴ民主共和国、イラク、リビア、マリ、ミャンマー、ソマリア、南スーダン、スーダン、シリア、イエメン、ボスニア・ヘルツゴビナ、コートジボワール、ネパール、スリランカ、ブルンジ、及びナイジェリア。

[16]  United Nations. (2019). Conflict-related sexual violence: Report of the United Nations Secretary-General . Retrieved from https://www.un.org/sexualviolenceinconflict/wp-content/uploads/2019/04/report/s-2019-280/Annual-report-2018.pdf

[17]  Ibid.

[18]  UN Women. (2016, October 25). "Commitments must be not be simply plans on paper" - Executive Director [Press release]. Retrieved April 3, 2019, “Commitments must not be simply plans on paper”—Executive Director [Press Release] (http://www.unwomen.org/en/news/stories/2016/10/speech-by-un-women-executive-director-at-un-security-council-open-debate-on-women-peace-and-security)

[19]  Report of the Secretary-General on women and peace and security (Rep.). (2018, October 9). Retrieved April 3, 2019, from United Nations website: http://undocs.org/S/2018/900

[20]  Goswami, R. (2015, October). UNSCR 1325 and Female Ex-Combatants - Case Study of the Maoist Women of Nepal (Tech.). Retrieved April 3, 2019, from UN Women website: UNSCR 1325 and female ex-combatants: Case study of the Maoist women of Nepal (http://www.unwomen.org/en/digital-library/publications/2017/5/unscr-1325-and-female-ex-combatants)

[21]  Report of the Secretary-General on women and peace and security (Rep.). (2018, October 9). Retrieved April 3, 2019, from United Nations website: http://undocs.org/S/2018/900

[22]  United Nations, Security Council. (2000, March 8). Peace inextricably linked with equality between women and men says Security Council, In International Women's Day Statement [Press release]. Retrieved April 3, 2019, from Peace inextricably linked with equality between women and men says Security Council, In International Women's Day Statement [Press release]. (https://www.un.org/press/en/2000/20000308.sc6816.doc.html)

[23]  Mlambo-Ngcuka, P. (2015, October 14). Turn words into action involving women for lasting peace [Op-ed]. Retrieved April 4, 2019, from Turn words into action involving women for lasting peace [Op-ed]. (http://www.unwomen.org/en/news/stories/2015/10/ed-oped---turn-words-into-action-involving-women-for-lasting-peace)