第101回 国連PKOとインテリジェンス

本コラムにある意見や見解は執筆者個人のものであり、当事務局及び日本政府の見解を示すものではありません。

  • 2019年8月6日
  • 国際平和協力研究員
  • すがわら ゆういち

  • 菅原 雄一

 「知らなければ、対応しようがない」-これは、国にとっても組織にとっても、そして個人においても同じでしょう。当たり前すぎることですが、何らかの問題に対処するには、まずその問題の存在自体が認識されなければ何も始まりません。信頼のおける公的機関やマスメディアが存在する国であれば、現在の政治・社会情勢や、そこで生じている問題を(少なくとも大まかに)知ることは容易です。では、紛争後の地域ではどうでしょうか。治安状況によっては、国際メディアが滞在することすら困難かもしれませんし、特に武力衝突が生じている場合は、政治的なプロパガンダや流言(デマ)が頻繁に流れることも想像に難くありません。
 そのような環境では、一次情報に基づき現状を把握することそのものが非常に困難となります。様々な角度からの情報を大量に消費できる社会に生きていると忘れがちですが、情報取得には当然コストもかかります。そして、現在の情勢が把握できない地域が存在するということは、現代の国際社会にとってはひとつの「恐怖」です。そこで何が行われていようと、世界の誰もそれを知らず、何の対応もできないという状況が生じ得るわけですから。特に、治安状況が流動的で情報収集が一般的には困難な、国連PKOが活動するような地域では、国レベルから地方レベルまで、対象国のできるだけ正確な情勢を組織的に把握しておくことが、そのマンデート(任務)遂行のための第一歩となり得ます。
 国連PKOは、国際社会の「目と耳」として、どのように対象地域の情報収集・分析を行っているのでしょうか。ここでは、国連PKOと「インテリジェンス」の関係を探ってみたいと思います。

国連におけるインテリジェンスとその試み

 インテリジェンスは「諜報(活動)」と訳され、広義では組織的に行われる情報収集・分析、その分析によって作成される報告書などの情報製品(information products)を指すものと理解されています。映画などでおなじみの諜報機関のエージェントや、スパイなどを思い浮かべる方もいるでしょう。しかし、多様な加盟国によって構成される国連において、情報の収集・分析という組織的機能は常にジレンマにさらされてきました。情報収集は各国の内情を暴こうとする活動としてタブー視され、加盟国側は国連がそのような機能を持つことに対して歴史的に強い抵抗感を持ってきました[1]。しかし前述のとおり、潜在的な危機に関する情報を常に収集・分析しておかなければ、平和と安定が脅かされたとき、効果的に組織的対応をとることは不可能となってしまいます。
 つまり、国連におけるインテリジェンスを考える場合には、国家のそれとは異なるものであるべきだ、と考えられていることを念頭に置かなければなりません。国連によるインテリジェンスは、そもそも国連の諸原則に則った情報の収集と分析機能であることが大前提となります[2]。国連の側も、国家による諜報活動との混同をさけるためか、「諜報(Intelligence)」という単語を使わずに、「情報分析(Information Analysis)」や「状況把握(Situational Awareness)」といった言い方で、その機能を示してきました[3]
 一方で、平和と安全保障の分野において情報収集・分析機能を強化しようという動きは、国連創設時から試みられてきました。1947~1948年にかけて、国連憲章第47条に明記される軍事参謀委員会(MSC)の中に「諜報委員会(Intelligence Committee)」を設置することが検討されていました[4]。少し時間が経って1987年には、当時の事務総長ハビエル・ペレス・デ・クエヤルが、調査・情報収集室(ORCI)を設置し、各国の情報をモニタリングしつつ、情勢悪化時には早期警戒情報を発出する役割を初めて与えました[5]
 しかし、国連設立から冷戦終結に至るまで、その情報分析機能を強化する試みは失敗に終わりました。結局MSC内に諜報委員会は設置されず[6]、ORCIについては冷戦中だったこともあり、必ずしも適切に機能したとは評価されていません[7]。国連による情報分析の制度化に対して、加盟国側の警戒感はそれ程までに強かったということでしょうか。

国連PKOによる情報分析の制度化と現在

 しかしこれが冷戦後になると、特に国連PKO周辺において情報分析機能の向上に向けた環境が徐々に変わってきます。1992年に機構改革で国連本部に平和維持活動局(DPKO)が設置されると、翌年には同局内部に国連PKOの情報を集約する「状況センター(SitCen)」が設置されました。2005年からは各国連PKOミッションに中長期的な情勢分析を任務とする「合同ミッション分析センター(JMAC)」が設置され、各PKOから国連本部上層部に至る情報伝達のためのシステムが、徐々に制度化されはじめます[8]。2013年には、SitCenを取り込む形で「国連オペレーション・危機管理センター(UNOCC)」が設置され、国連の活動地域に関する最新情報が、一元的に同センターに集約するようになりました。いわゆる「ブラヒミレポート」やHIPPO報告書など、2000年代から2010年代に発表された国連の各種報告書には、それらを政策的に裏付ける文言がみてとれます[9]。冷戦後の度重なる内戦と、ルワンダ等に象徴される国連PKOによるいくつかの「失敗」を経て、加盟国サイドも国連の情報分析能力を強化する必要性を認識し、ひとつの制度として進展させる環境が整ってきたようにみえます。
 では現在、国連PKOにおける情報収集・分析はどのように制度化されているのでしょうか。国連PKOの各ミッションレベルにおいて情報分析の中心となっているのは、「合同オペレーションセンター(JOC)」と、前述のJMACです。前者は主に短期的な情報収集・分析とオペレーション調整を、後者はより中長期的な情勢分析を任務としています[10]。各組織によって名称は異なる場合があるものの[11]、どちらも文民・軍人・国連警察の混成チームで、PKO内部で主に情報を扱う様々な部署[12]や、各地域事務所に配置したJOC/JMAC担当官から地方レベルの情報も吸い上げて、活動地域の情報を24時間体制で収集・分析し続けています。国連PKO地方事務所から国連本部に至るまでの情報フローの一例を示すと、以下のようになります[13]

 
図:国連PKOにおける情報フローの一例

 また2017年には、国連PKOのインテリジェンス戦略に関する文書が初めて公布されました[14]。これまでJMACなどの情報を扱う部署に関する個別のガイドラインはありましたが、国連PKOによる情報分析に関して、戦術から戦略レベルまで一貫して取り扱うための政策文書が示されたのは初めてのことであり、インテリジェンス能力を組織的に強化する動きとして、象徴的な文書といえるでしょう。

国連PKOによるインテリジェンスの今後

 国連PKO自体が多様な組織であるのと同様に、その情報分析のための組織構造も柔軟に変わり得ます。ゆるやかに制度化されているとはいえ、ミッションによっては情報を扱う部署が偏在していたり情報伝達ラインが変わりやすいことに対して、組織としてアドホックすぎるという批判がなされることもあります[15]。しかし、国連PKOが扱う状況が流動的だからこそ、組織的柔軟性を確保しているのだともいえるでしょう。
 また、そこで扱われる情報収集・分析のツールも、技術革新によって変化してきています。基本的に国連PKOによる情報収集は、公開情報に基づくもの(OSINT)や、人づてによる情報収集(HUMINT)が主な方法であり、現在でもそれらは重要な情報取得方法です。一方、非武装無人航空機(UUAV)や各種センサー類等の技術を活用して情報収集を行っている国連PKOもあります[16]
 分析ツールに関しては、2010年代半ば頃からいくつかの国連PKOにおいて、情報収集を担当するスタッフに「状況認識地理エンタープライズ(SAGE)」と呼ばれるソフトウェアが導入され始めました[17]。これは情報管理とデータの地理的な可視化を支援するためのもので、治安に関する情報を入力していくと、武力衝突の発生場所やその被害の詳細を地理データとともに見やすい形で蓄積し、表示してくれます。今後、より高度なツールが採用されることで現場の国連PKO担当官の情勢分析がさらに正確なものとなれば、本部に上がる報告の信頼性や速報性も増すため、結果として、より効果的・効率的な政策形成や、支援の検討が可能となるかもしれません。
 もちろん、これまでの取り組みで十分というわけではありませんし、加盟国側の根強い懸念に加えて、国連PKOによる情報収集・分析の構造的な側面への批判も存在します。例えば、現場にいる国連PKO地方事務所の職員に関して、現地エリート層からしか情報を取っておらず、地元コミュニティの政治動態を反映した正確な情勢把握ができていないのではとの指摘などが挙げられます[18]。しかし少なくとも、非常に情勢が流動的な地域においては、国際社会の「目と耳」として現場に常駐し、不偏を掲げる国連だからこそ収集・分析が可能な情報があることは確かでしょう。
 国連PKOというと、停戦監視や文民の保護といった各種のマンデート(任務)に注目が集まりますが、それらを実現する前段階としての「情報収集・分析」という側面から、国連PKOが有効に機能しているかどうかをみてみることも肝要かと思います。繰り返しになりますが、そもそも組織としてリスクや脅威を認識できなければ対応しようがないという意味で、国連PKOにとって情報収集能力の維持・向上は生命線といえます。各加盟国による協力に関しても、今後のテクノロジーの進化と合わせて、国連のインテリジェンス能力強化という観点からの協力も期待されていくことでしょう。

 

[1]  Abilova, Olga & Novosselof, Alexandra. 2016. Demystifying Intelligence in UN Peace Operations: Toward an Organizational Doctrine. International Peace Institute. & Dorn, Walter. 2004. Early and Late Warning by the Secretary-General of Threats to Peace. Available from Early and Late Warning by the Secretary-General of Threats to Peace(https://walterdorn.net/30)(final access: August 6, 2019)

[2]  例えば、国家によるインテリジェンスの場合は情報の秘匿に重点が置かれるが、国際機関によるインテリジェンスの場合は逆にその共有方法に重点が置かれる。Abilova et al.は、国連によるインテリジェンスを「”Multidimensional situational awareness and analysis” shared on a need-to-know basis」と定義している。Abiova & Novosselof. 2016. Op. cit.

[3]  Ibid.

[4]  Ibid.

[5]  J.O.C. Jonah. 1989. “Office for Research and the Collection of Information (ORCI)”. IFAC Proceedings Volumes. 22(1). 69-72.

[6]  Abiova & Novosselof. 2016. Op. cit.

[7]  Dorn, Walter. 2010. “United Nations Peacekeeping Intelligence” Available from United Nations Peacekeeping Intelligence(http://www.walterdorn.net/79-united-nations-peacekeeping-intelligence)(final access: August 6, 2019).

[8]  同センターは2005年に試験的に複数のミッションに導入され、2006年にその他ミッションに導入された。Ramjoué, Melanie. 2011. Improving UN Intelligence: Lessons from the Field. GCSP Policy Paper No.19. Available from GCSP Policy Paper No.19.(final access: August 6, 2019)

[9]  United Nations. 2000. Report of the Panel on United Nations Peace Operations. Para.51 & High-Level Independent Panel on United Nations Peace Operations. 2015. Uniting our strengths for Peace - Politics, Partnership and People. Para.221.

[10]  United Nations Department of Peacekeeping Operation. 2006. DPKO Policy Directive: Joint Operations Centers and Joint Mission Analysis Centers.

[11]  例えば国連特別政治ミッションでは、同様の機能を持つ部署が別の名称で活動している場合がある。国連ソマリア支援ミッション(UNSOM)では、PKOミッションのJMACに相当するものとして「統合分析チーム(Integrated Analysis Team)」が、国連アフガニスタン支援ミッション(UNAMA)では「合同分析・計画ユニット(Joint Analysis and Planning Unit)」、国連イラク支援ミッション(UNAMI)では「合同分析ユニット(Joint Analysis Unit)」がそれぞれ設置されている。

[12]  各PKOミッション司令部の情報担当(U2)や、国連安全保安局(DSS)など。

[13]  Ramjoué. 2011. Op cit. & United Nations Department of Peacekeeping Operations. 2006. Op cit.

[14]  United Nations Department of Peacekeeping Operations. 2017. Policy: Peacekeeping Intelligence. Available from Policy: Peacekeeping Intelligence.(http://dag.un.org/bitstream/handle/11176/400647/2017.07%20Peacekeeping%20Intelligence%20Policy%20%28Final%29.pdf?sequence=4&isAllowed=y.)(final access: August 6, 2019)

[15]  Aviloba. 2016. Op cit.

[16]  Dorn, Walter. A. 2016. Smart Peacekeeping: Toward Tech-Enabled UN Operations. Available from Smart Peacekeeping: Toward Tech-Enabled UN Operations(https://www.ipinst.org/2016/07/smart-peacekeeping-tech-enabled.)(final access: August 6, 2019) なお、UUAVは国連コンゴ民主共和国ミッション(MONUSCO)において初めて採用され、また、センサー類を活用事例については、国連マリ多元統合安定化ミッション(MINUSMA)の「All Source Information Fusion Unit(ASIFU)」等が挙げられる。

[17]  Dorn. 2016. Op. cit.

[18]  Autesserre, Séverine. 2019. The Crisis of Peacekeeping: Why the UN Can’t End Wars. Available from The Crisis of Peacekeeping: Why the UN Can’t End Wars.(https://www.foreignaffairs.com/articles/2018-12-11/crisis-peacekeeping)(final access: August 6, 2019)