第94回 「紛争後の平和構築」から「持続的な平和(Sustaining Peace)」へ@PKOなう!

本コラムにある意見や見解は執筆者個人のものであり、当事務局及び日本政府の見解を示すものではありません。

2016年8月5日
国際平和協力研究員
さかい ゆういちろう
境 悠一郎

はじめに

今年4月27日、国連総会と安全保障理事会(安保理)は同時に平和構築に関する決議を採択しました[1]。同決議は平和構築の概念を、従来の紛争後の活動を対象とするものから、紛争予防を含む紛争前及び紛争中も対象とするプロセスへと拡大した点が画期的であると考えられています[2]。そして、このより広範な平和構築の概念を「持続的な平和(Sustaining Peace)」 と呼び、その課題に対応することは国連総会、安保理、経済社会理事会を含む国連全体の責任であり、より統合的なアプローチが必要である旨強調しています。今回は「持続的な平和」の概念と課題について、同決議とその基となった2015年の平和構築アーキテクチャー・レビューに関する諮問専門家グループ報告「持続的な平和の課題(Challenges of Sustaining Peace)」等を基に整理します[3]

「持続的な平和(Sustaining Peace)」とは

同決議は「持続的な平和」を、「全ての人々の必要を考慮し、社会共通のビジョンを形成することを目的とすること、及びそのプロセス」と定義し、「紛争の勃発、拡大、継続、及び再発防止、根本原因への対処、紛争当事者に対する敵対行為停止に向けた支援、国民和解、及び復興、再建及び開発への移行を目指す活動を含む」としています[4]。同決議の序文には、「防止(Prevention)」が8回にわたり言及されており、「持続的な平和」において紛争防止が中心的な役割を表していることが読みとれます。また同決議は、平和構築と紛争防止を明確に関連づける最初の決議でもあります[5]。平和構築アーキテクチャーに関する報告と同じく2015年に発表された平和活動に関するハイレベル独立パネルの報告書[6]や、安保理決議1325号(女性・平和・安全保障)の実施に関するグローバル・スタディ[7]も紛争予防を重視しており、平和の定着を目指す上で、紛争予防を優先することへの認識の高まりがうかがえます。

従来の平和構築は主に紛争後の優先事項に対応するためのプロジェクト等、狭い範囲の活動と捉えられる傾向がありましたが、上述のように「持続的な平和」は、紛争後の対応のみではなく、根本原因への対策等、そもそも紛争が勃発することの抑止に資する活動も含みます[8]。こうした「持続的な平和」の取組みの効果的な実施には、1)国連の3本柱である「平和・安全保障」、「開発」、「人権」の統合、2)現地社会における包摂的な国民のオーナーシップ、3)紛争の根本原因への対策に焦点を置いた現実的な計画が必要になります[9]

「平和・安全保障」、「開発」、「人権」の統合

紛争予防の考え方を中心とする「持続的な平和」とは、平和・安全保障に関する活動のみに頼るのではなく、開発及び人権の分野での取組みの重要性を認識することを意味します。経済的及び社会的な不満、人権侵害、不処罰の文化等は紛争の根本原因となりますが[10]、開発支援は危険要因である不平等や社会的疎外への対策を促進し、人権分野の活動は紛争の初期兆候となることが多い人権侵害を監視します[11]。国連の3本柱である「平和・安全保障」、「開発」、「人権」における取組みが統合された体制が構築されない限り、国連が「持続的な平和」の課題に十分に対処することは難しいでしょう。そして、その結果は紛争の再発、繰り返される危機への対応、そして甚大な人的被害及び金銭的コストにつながりかねません[12]

組織的にも、国連の各機関が他機関と連携を取らず、自己機関の利害だけを優先するのではなく、組織全体の共通の目的を念頭に置いた体制が必要とされます。平和構築委員会(Peacebuilding Commission: PBC)は、国連の平和構築支援における、国連総会、安保理及び経済社会理事会の協調を促進することを主目的の一つとし、2005年に設置されました[13]。今回の決議ではPBCの機能を活性化させるべく、「平和・安全保障」、「開発」、「人権」の分野間の相関性を認識した統合的な平和構築のアプローチを促進し、主要国連機関の橋渡しを担うPBCの役割が強調されています。また、安保理は、PBCとの連携の重要性を認識し、国連ミッションのマンデート策定、見直し、及び縮小プロセス等に、「持続的な平和」に必要な長期的な視点が反映されるよう、PBCの助言を定期的に求める意思を表明しています。その他にも、PBCの活動を支援するため2005年に、国連事務局内に設置された平和構築支援事務局(Peacebuilding Support Office: PBSO)の能力強化や、世界銀行やアフリカ連合等の国際機関、及び地域・準地域機関とのパートナーシップ強化の必要性も言及されています[14]

また、今回の決議は、2015年の平和構築アーキテクチャーに関する報告を基に起草されましたが、この報告は同時期に準備されていた、「持続可能な開発のための2030アジェンダ(2030アジェンダ)」[15]を念頭にまとめられています[16]。持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)の17の目標の中で、目標16「平和と公正をすべての人に」は「持続可能な開発に向けて平和で包摂的な社会を推進し、すべての人に司法へのアクセスを提供するとともに、あらゆるレベルにおいて効果的で責任ある包摂的な制度を構築する」[17]ことを求めています。SDGsの根底には、持続可能な開発のために不可欠な平和があり、SDGsは社会的、政治的及び経済的疎外等の紛争の根本原因に、国連加盟国が対処していくとのコミットメントを表しています。このことから、SDGsには、国連の「平和・安全保障」、「開発」、「人権」の3本柱を統合し、主要機関の間の連携を深め、「持続的な平和」を促進する大きな新しい力としての役割が期待されています[18]

包摂的(Inclusive)な国民のオーナーシップ

国際社会による支援は重要ですが、平和は外部から押し付けられるものではなく、現地社会のオーナーシップが必要です。一方で、国のエリートや政府が国民の信頼を勝ち得ていない場合や、国民間の信頼関係が欠落している状態では、平和の定着は難しくなります。「持続的な平和」を可能とするためには、地域グループ、労働組合、政党、民間企業、市民社会等を含む広範な主体が参加し、責任を共有する包摂的な国民のオーナーシップが大切であり[19]、女性、若者、及びマイノリティの参加は特に重視されるべきです[20]。国連を含む国際社会による支援の役割は、平和構築を主導することではなく、現地社会の当事者がそれぞれの役目を果たすことを可能とする支援を行うことです[21]

紛争の根本原因に対処する現実的な計画

開発支援を含む「持続的な平和」は、長期にわたり、多大な費用を要する取組みです。対立から寛容への意識の変化には多くの時間がかかり、国民に信頼される正統性のある制度づくりには、早くても15年から30年は必要とされています。しかし、多くの紛争経験国では、和平合意の形成、国民対話、憲法制定等を含む和平プロセスは、広範な参加を得ることがなく、性急に実施され、紛争を引き起こす原因となった問題に十分に対処できていません。また、紛争後に行われる選挙も、非常に重要ですが、選挙及びその過程が国民の信頼や支持を得られぬまま行われ、排他的な政治を促すこととなれば、紛争再発の多大な危険をもたらします。このように、非現実的な計画に基づいた拙速な実施は、平和構築プロセスが失敗に終わる共通要因となっています[22]。国連による平和活動及び平和構築支援には、紛争予防と根本原因への対処に焦点を置く包括的かつ現実的なアプローチが必要とされています[23]

シエラレオネにおける「統合的な平和構築」の事例

2015年の平和構築アーキテクチャーに関する報告は、5か国の事例を基にまとめられていますが、その中でシエラレオネにおいてのみ、PBCと安保理、及び現地の国連機関の間での、持続的な平和に向けた協調が一貫して見られたと述べられています[24]。国連シエラレオネ統合平和構築事務所(UNIPSIL)では、事務総長執行代表(Executive Representative of the Secretary General: ERSG)のモデルが採用されたことが、特徴の一つとして挙げられます。このモデルでは、国連ミッションの代表者であるERSGが、開発・人道支援活動を行う国連諸機関により形成される国連カントリーチームの長である国連常駐調整官を兼務したことにより、シエラレオネにおける国連ミッションと国連カントリーチームは、一人のリーダーの下、平和・開発活動を行う稀な例となりました[25]

平和と開発の統合の進展は、シエラレオネにおける国連の平和構築戦略文書 (Joint Vision for Sierra Leone - 2009-2012)の策定に結びつきました。この戦略文書は、平和構築の課題に対処するため、政治、治安、開発、人権、法の支配、及び人道支援における国連の活動を一つの戦略文書に統合した唯一の例と言われています。さらに、国連カントリーチームとの統合を深めたUNIPSILの経費は、以前の平和維持ミッション(国連シエラレオネ派遣団:UNAMSIL)の3~4パーセント程で、平和維持活動よりも低コストであることが分かります。この他、シエラレオネにおける平和構築統合ミッションは以下の原則に基づき活動を行いました[26]

・国民のオーナーシップと包摂性:現地社会の能力開発のために地域団体を巻き込み、議会、政党、及び独立委員会等の政治機関と協力し、市民社会、伝統的・宗教指導者、及びメディアを支援

・平和と開発に焦点:平和と治安ではなく、雇用、教育、及び保健医療等の社会指標改善に重点を置いた平和構築

・国際パートナーシップ:定例ドナー会合の議長を、ERSGと世界銀行常駐代表が合同で務める等、世界銀行、IMF、アフリカ開発銀行等のマルチ及びバイの援助機関との調整の強化

シエラレオネでは、2014年にUNIPSILが活動を終了し、国連による支援は、国連カントリーチームに引き継がれました。制度づくりや、経済社会開発における長期的な課題は、未だ残りますが、平和構築に向け、平和と開発の統合が進んだ事例として、学ぶ点は多いと言えます。

おわりに

「持続的な平和」の概念は、従来は紛争後の活動と捉えられていた平和構築を、紛争前、紛争中、及び紛争後を対象とするプロセスへと拡大しました。紛争予防の考え方を中心とする「持続的な平和」を可能とするには、平和・開発・人権の統合、現地社会における包摂的な国民のオーナーシップ、及び紛争の根本原因への対処が重要な要素となります。「持続的な平和」と持続可能な開発は、相互に密接に関連しており、今後は持続可能な開発目標(SDGs)の目標16「平和と公正をすべての人に」を基に、グローバル及び国レベルでの「持続的な平和」に向けた進捗を評価していくことが求められます[27]

 

[1] UN Document, 2016a. “Security Council Resolution 2282,” S/RES/2282(2016); UN Document 2016b. “General Assembly Resolution 70/262: Review of the United Nations peacebuilding architecture,” A/RES/70/262.

[2] Security Council Report, “Peacebuilding: Council Briefing on PBC Annual Report and Informal Interactive Dialogue, What’s in Blue,” 21 June 2016, accessed on 22 June 2016, http://www.whatsinblue.org/2016/06/peacebuilding-council-briefing-on-pbc-annual-report-and-informal-interactive-dialogue.php.

[3] UN Document, 2015a. "Challenges of sustaining peace: Report of the Advisory Group of Experts on the Review of the Peacebuilding Architecture," (A/69/968-S/2015/490).

[4] UN Document, 2016a, pp. 1-2.

[5] Mahmoud, Youssef and Andrea O Suilleabhain, “With New Resolution, Sustaining Peace Sits at Heart of UN Architecture,” 29 April 2016, accessed on 22 June 2016, https://theglobalobservatory.org/2016/04/sustaining-peace-peacebuilding-united-nations-sdg/

[6] UN Document, 2015b. " Report of the High-level Independent Panel on Peace Operations on uniting our strength for peace: politics, partnership and people," (A/70/95-S/2015/446), pp. 48-57.

[7] UN Document, 2015c. “Preventing Conflict, Transforming Justice, Securing the Peace: A Global Study on the Implementation of United Nations Security Council resolution 1325,” (2015), pp. 190-219.

[8] UN Document, 2015a, pp. 9-10.

[9] Ibid, pp. 3-4.

[10] Ibid, pp. 16-17.

[11] UN Document, 2015d. Secretary-General`s Remarks to Security Council Open Debate on “Security, Development and the Root Causes of Conflict,” 17 November 2015, accessed on 22 June 2016, http://www.un.org/sg/statements/index.asp?nid=9251

[12] UN Document, 2015a, p. 22.

[13] UN Document, 2015a, pp. 35-36.

[14] UN Document, 2016a, pp. 4-6.

[15] UN Document 2016e. “General Assembly Resolution 70/1: Transforming our world: the 2030 Agenda for Sustainable Development,” A/RES/70/1.

[16] UN Document, 2015a, p. 8.

[17] 国連開発計画(UNDP), accessed on 28 June 2016, http://www.jp.undp.org/content/tokyo/ja/home/sdg/post-2015-development-agenda/goal-16.html.

[18] Mahmoud and O Suilleabhain, 2016.

[19] UN Document, 2015a, pp. 17-18 ; UN Document, 2016a, p. 2.

[20] UN Document, 2016a, pp. 3&7.

[21] UN Document, 2015a, p. 18.

[22] Ibid, pp. 15-16.

[23] UN Document, 2016a, p. 2.

[24] UN Document, 2015a, pp. 23-25. 報告書の作成のためにブルンジ、中央アフリカ、シエラレオネ、南スーダン、東ティモールの5か国の事例研究が行われた。

[25] 多くの国連統合ミッションでは、ミッションの代表である事務総長特別代表(Special Representative of the Secretary General: SRSG)ではなく、開発・人道支援担当の事務総長特別副代表(Deputy Special Representative of the Secretary General: DSRSG)が国連常駐調整官を兼務します。

[26] Browne, Stephen and Thomas G. Weiss, ed. 2014. Post-2015 UN Development: Making change happen. NY: Routledge, pp. 160-177.

[27] UN Document, 2015a, p. 53.