第71回 紛争下における男性及び男児に対する性暴力(1)@PKOなう!

本コラムにある意見や見解は執筆者個人のものであり、当事務局及び日本政府の見解を示すものではありません。

2014年4月18日
国際平和協力研究員
わだ ようこ
和田 洋子

 「紛争下及び紛争後における性暴力」[1]と聞くと、旧ユーゴスラビアやルワンダ紛争で多くの女性が被害を受けた事を思い起こされる方も多いでしょう。この問題は、 ジェンダーに基づく暴力(sexual and gender based violence- SGBV)として、今日、 国際社会において真剣に取り組まれている問題です。他方、 今まで光の当てられていなかった紛争下における男性及び男児に対する性暴力についても近年議論されるようになってきています。

紛争下の性暴力 

「紛争下及び紛争後の性暴力」は決して新しい現象ではありません。残念ながら、歴史的に見ても紛争と性暴力はいつも混在していました[2]。しかし、このテーマが表立って語られるようになったのは、 1990年代に、旧ユーゴスラビア紛争で、戦争の手段(weapons of war)として、大規模で組織的に性暴力が使われ[3]、多くの女性達が被害を受けたこと、それと同時に、性暴力によって被害者だけでなく、家族やコミュニティーも破壊されていく事実に、国際社会が衝撃を受けたことに起因しています。その後、ルワンダ紛争でも同じように性暴力が使われたことにより、国際平和協力の分野で紛争下における性暴力の問題に取り組むことは、最重要課題の一つと見なされるようになりました[4]。特にここ数年、 性暴力が戦争の手段として組織的に使われるような状況が増えたことに伴い、それが「国際の平和と安全」[5]を脅かすものになりうるとして、真剣かつ強力な(robust)取り組みが叫ばれるようになりました[6]

性暴力に関する国際法分野での進展

国際法の分野でも進展が見られました。まず、いままで国際法では、はっきりとした「レイプ」や「性暴力」の定義がありませんでしたが[7]、旧ユーゴスラビア紛争とルワンダ紛争中の犯罪を裁く為に設置された旧ユーゴ国際刑事裁判所 (ICTY)とルワンダ国際刑事裁判所(ICTR)では、レイプは、本来は性的行為とは考えられていない物質の挿入や、いかなる体の部分の使用もその定義に含まれる場合もあるとしました[8]。更に、 性暴力は、人体に対する物理的な危害・侵害が加えられた場合に限られるのではなく、 体との接触が無い場合でも起こり得ると認めました[9]。また、紛争下の性暴力がジェノサイド、人道に対する罪、そして戦争犯罪の構成要素となることを明確化しました[10]。これらの流れが、国際刑事裁判所(ICC)のローマ規程(1998)に反映されており、 性奴隷、強制売春、強制妊娠、強制的な不妊手術(enforced sterilization)も、戦争犯罪や人道に対する罪としてリストに加わりました[11]。ローマ規程は、犯罪被害者に対する賠償(原状回復、補償及びリハビリテーションの提供を含む)や、被害者及び証人の保護と公判手続きへの参加も盛り込んだという点で、ICTYやICTRから更に進展したものといえるでしょう[12]

男性及び男児に対する性暴力

男性に対する性暴力は、 旧ユーゴスラビア紛争時に既に報告されていました[13]。しかし、1)男性や男児と比べて女性や女児が性暴力の被害に遭うケースの方が圧倒的に多いこと[14]、2)紛争下における性暴力の問題への取り組みが、 「女性の保護」の見地から行われていたこと[15]、3)これまで男性の被害の実態が全く語られなかったことなどから、今まであまり話題にされてきませんでした[16]。この点については、紛争下における性暴力の問題へのこれまでの取り組みが2つの前提: 「性暴力の 加害者は男性であり、女性は被害者である。」と「性暴力は異性間で起こるもの」に基づいており、男性及び男児に対する性暴力の場合、この前提に合致しないことから、なかなか公に認識されないという分析や[17]、男性に対してレイプや性暴力が行われていても、「拷問」や「虐待」といった言葉が使われてしまう為に、現実がきちんと理解されないのだ、という指摘があります[18]。それでは、被害者が口を開くようになれば問題が解決されるかといえば、そうではありません。例えば、 同性間の性行為が国内法で禁止されている国では、加害者が男性であるが故に、男性の性被害者が受けた経験について話すことが、かえって訴追の対象となりかねない 現実があり[19]、この問題の複雑さを示しています。

それでも、前述の通り、性暴力やレイプの定義が明確化されたことや、現場で男性の被害者を支援している組織の地道な働きかけが功奏し、最近ようやく 男性もレイプや性暴力の被害を受けているのだと認識されるようになってきました。今までに、少なくとも世界25カ国で男性や男児が被害を受けたケースが報告されていますが[20]、残念ながら、未だに問題の全体像を把握出来るような正確な統計はありません。よく引用されるのはリベリアのケースで、紛争中、約42パーセントの女性戦闘員と約9パーセントの文民(civilian)女性が性暴力の被害を受けている一方、約33パーセントの男性戦闘員と7パーセントの文民(civilian)男性も被害を受けたとされています[21]

次回の@PKOなう!では、紛争下における男性や男児に対する性暴力の特徴についてお話しします 。

[1]現在、国連安保理では、用語について「紛争に関係する性暴力」(Conflict Related Sexual Violence)とするか、あるいは「紛争下及び紛争後における性暴力」(Sexual Violence in Armed Conflict and Post Conflict Situations)とした方が良いかの議論が交わされています。参照: Security Council Report, Open Debate on Sexual Violence in Conflict,(21 June 2013), http://www.whatsinblue.org/2013/06/open-debate-on-prevention-of-sexual-violence.php (last visited 25 March 2014).

[2]United Nations, Women 2000 Sexual Violence and Armed Conflict: United Nations Response, http://www.un.org/womenwatch/daw/public/cover.pdf (last visited 25 March 2014).

[3]UN Doc S/RES/798

[4]2000年の国連安保理決議 1325から始まり、「女性、平和と安全保障」や「紛争下の性暴力に」に関する安保理公開討論や決議の採択、紛争下の性的暴力担当国連事務総長特別代表ポストの設置等 に見られます。参照:Security Council Report, UN Document for Women Peace and Security, http://www.securitycouncilreport.org/un-documents/women-peace-and-security/ (last visited 25 March 2014).

[5]UN News Centre, Countries must treat sexual violence as serious security threat – top UN officials, 22 September 2011, http://www.un.org/apps/news/story.asp/story.asp?NewsID=39698&Cr=sexual+violence&Cr1=#.U0d3mccbb2c (last visited 25 March 2014).

[6]UN Doc S/ RES/1820 現在、国連安保理では、既に「子どもと紛争」に関して適用されているようなモニタリングと報告システムの設置や繰り返し加害を加えている者に対しての個人経済制裁等が、性暴力に関しても導入されるよう議論がされています。参照:UN Doc S/RES/1960, S/RES/2160.

[7]Zawati, Hilmo M., Impunity or immunity: Wartime Male Rape and Sexual Torture as a Crime against Humanity, Torture Volume 17, Number 1, 2007. pp.30. Downloaded at http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17456904 on 25 March 2014.

[8]同 pp.31.

[9]例えば、ルワンダの例では、裸にされ、 公衆の面前で体操をすることを強要されたケースがありました。参照: 同 pp.31 注釈16

[10]旧ユーゴスラビア法廷やルワンダ法廷以前に紛争下のレイプが「人道に対する罪」として裁かれたことはありませんでした。参照: 同 注脚4 pp.27.

[11]国際刑事裁判所ローマ規程 7条1. (g) と8条2(b)を参照。A/CONF.183/9 of 17 July 1998, Rome Statute of the International Criminal Court, www.icc-cpi.int/nr/rdonlyres/ea9aeff7.../0/rome_statute_english.pdf‎, (Last visited 4 April 2014).

[12]同 68条と75条。 参照Center on Law and Globalization, The Statute of the International Criminal Court Protects against Sexual Crimes, http://clg.portalxm.com/library/keytext.cfm?keytext_id=204 (Last visited 4 April 2014).

[13]UN Doc S/1994/674.

[14]この点については、最新の紛争下の性暴力に関する国連安保理決議2106号に明示されているように、「紛争下および紛争後の性暴力は、男性および男児にも影響を与えるが、女性や女児、またその他の特別に脆弱なグループや標的とされたグループには偏ったレベルの影響を与える(disproportionately affect)」と いうアプローチが 主流です。 参照:UN Doc S/RES/2106.

[15]Office of the United Nations Special Representative of the Secretary- General on Sexual Violence in Conflict, Report of Workshop on Sexual Violence against Men and Boys in Conflict Situations, 25-26 July 2013, pp.15. http://ifls.osgoode.yorku.ca/wp-content/uploads/2014/01/Report-of-Workshop-on-Sexual-Violence-against-Men-and-Boys-Final.pdf (last visited 25 March 2014). これについては、もともと、「SGBVは女性に対する暴力であり、男性がその被害に遭うことは無い」と間違って理解されてきたことから、ジェンダーの理論的枠組みで男性への性暴力を理解することが出来なかったことにも起因する、という指摘もされています。参照Carpenter, R. C., Recognizing Gender- Based Violence Against Civilians Men and Boys in Conflict Situations, Security Dialogue 2006 37:83, pp.86-88.

[16]OCHA, The Discussion Paper 2, The Nature, Scope and Motivation for Sexual Violence against Men and Boys in Conflict, 26 June 2008. http://gender.care2share.wikispaces.net/file/view/Discussion+paper+and+Lit+Rev+SV+against+Men+and+Boys+Final.pdf. (Last visited 30 March 2014).

[17]15と同

[18]Sivakumaran, S., Sexual Violence against Men in Armed Conflict, EIJL (2007), Vol. 18. No.2., pp.253-276.

[19]Refugee Law Project Working Paper No. 24 July 2013, Promoting Accountability for Conflict-Related Sexual Violence against Men: A Comparative Legal Analysis of International and Domestic Laws Relating to IDP and Refugee Men in Uganda. http://www.law.berkeley.edu/files/Sexual_Violence_Working_Paper_(FINAL)_130709.pdf. (Last visited 30 March 2014).

[20]UN News Centre, UN Forum highlights plight of male victims of sexual violence in conflict, 30 July 2013, http://www.un.org/apps/news/story.asp?NewsID=45532#.U0Y4CMcbb2c (Last visited 30 August 2013).

[21]15と同pp.11.