ピーター・ピオット博士・挨拶全文(仮訳)

天皇皇后両陛下、
安倍総理大臣閣下、
ガーナ大統領閣下、
各国国家元首・首脳の皆様、
ご列席のご賓客、友人の皆様、

 このたびは、第二回野口英世アフリカ賞(医学研究分野)を受賞し、大変光栄です。

 私に信頼を寄せ、私の行った研究を評価して下さった日本政府、そして選考委員会に感謝いたします。そして、私を推薦してくださった京都大学の木原先生にも感謝いたします。
 この機会を利用して、日本の皆様の支援、特に世界エイズ・結核・マラリア対策基金(世界基金)を通じての国際保健への寛大なご支援に感謝申し上げます。世界基金は、2000年のG8九州・沖縄サミットで日本政府により提唱され、2001年4月にアフリカ統一機構(OAU)のアブジャ・サミットで確認されたものです。今晩ここにいらっしゃる、精力的なマーク・ダイブル新事務局長のもとで、世界基金はこれからも何百万人もの命を救ってくれることでしょう。

 私は研究を続ける中で、また後にはUNAIDSの事務局長として、世界各地の何百人もの科学者、地域保健の従事者、活動家、政府関係者、政治指導者たちとともに働き、非常に幸運なことに、彼らの支援、努力、インスピレーション、友情といった恩恵を受けることができました。現在の科学と公衆衛生は世界各地の個人の努力を結集したものですので、私の回顧録「No Time to Lose(内閣府注:待ったなしの意)」の索引には人名しか載っていません。私が光栄にも一緒に仕事をする機会に恵まれたアフリカの指導者の皆様など、本日この会場でその中の何人かにお会いできて嬉しく存じます。

 ここで、以前、あるいは現在の4人の上司達に会えることも素晴らしいことです。その4人とは、私が国連事務次長として仕えたBsn Ki-Moon国連事務総長、UNAIDSの二代目理事長であるNkosasana Dlamini-Zumaアフリカ連合委員会委員長、私がビル&メリンダ・ゲイツ財団のシニアフェローの時にお世話になった山田忠孝先生、私が現在奉職しているロンドン大学熱帯衛生医学院の理事長であるTim Lankester卿です。

 そして何より、いつも愛情をもって支えてくれた私の家族に感謝したいと思います。私の人生の中での心躍る展開は、しばしば家族の人生にとっては大変な荒波に揉まれるということを意味しました。本日の喜ばしい瞬間を妻のハイジと分かち合うことができるのは嬉しい限りです。

 私の良き友人で、同僚でもある第1回の受賞者、ブライアン・グリーンウッド卿と同じ壇上に立つことができ光栄です。また友人であり、アフリカにおけるエイズとの闘いの同志でもある、アレックス・コウティーノ博士が同時に受賞者であるということで、第2回野口英世アフリカ賞受賞の喜びは倍増しました。このような権威のある賞の受賞パートナーとして、コウティーノ博士以上の人物はいないでしょう。
5月の初めに、妻と私は、野口博士が黄熱病の研究中にそのことがもとで85年前に亡くなった場所からほど遠くない、ガーナの首都アクラの野口記念医学研究所を訪れました。そこで、研究所の素晴らしい仕事ぶりを目の当たりにすることができました。その仕事ぶりは、私たち全ての者の支援を受けるに値するものであり、また野口博士の遺産に敬意を表し続けるものです。

 その訪問で、野口博士が「世界的な」科学者の先駆けだということがはっきりと分かりました。いまや科学全般が真に世界的な企て・共同体となり、世界中で24時間交流が行われています。全ての科学者にとって「国際連合」は現実のものであり、これを私はロンドン大学衛生・熱帯医学大学院学長として、毎日目撃しています。私の大学院には、多くの日本人を含む、世界のほとんど全ての国からの学生や卒業生がいます。

 野口博士が若者や若い研究者に刺激を与え続けた理由を知ることは、それほど難しくありません。博士は、科学的好奇心、世界クラスの優秀さ、地球市民的生き方、尽きることのない献身を独自に結びつけて、自らの研究を最も弱い立場に置かれている人々や国のためになるものに変えました。

 私が医学教育過程を終えようとしていた1973年のことですが、ベルギーのゲント大学の教授達の意見は「感染症に将来性はない。既に有効な抗生物質やワクチンがあるし、衛生状態は良好ではないか」と揺るぎのないものでした。しかし、少し頑固なところがあり、細菌、疫病、ワクチンやアフリカでの保健医療の課題に魅了されていた私は、教授達の助言を無視して、微生物学や感染症に夢中になりました。これが一生の大冒険となりました。

 4年後、母国ベルギーの熱帯医学研究所で、私たちのチームはエボラウイルスの分離に成功しました。その5年後には、現代最大の疫病としてエイズが出現しました。長年にわたり、私はエイズの研究に没頭することになりました。まず、主にアフリカにおけるエイズの疫学状況とウィルス学を研究し、それから、世界をエイズに立ち向かわせようとしました。この期間は科学的発見に興奮し、人類の健康に貢献して満足し、政治的な前進を成し遂げただけではなく、自己発見の旅でもありました。

 かつて野口博士が述べたように、「人間は生きている限り、細菌が引き起こす病気とつき合っていかなければならない」のです。現実に、新しいウィルスや治療不可能な細菌感染症が新たに出現し続ける一方で、現在も何百万人もの人々が既知の感染症が原因で死亡しています。安全で有効なワクチンをもってすれば完全に予防できる麻疹が原因で死亡する人々すらいるのです。
現在、世界は中国で発生している「H7N9」と呼ばれる新型インフルエンザウィルスや、中東・欧州においては10年前にSARSを発生させたコロナウィルスの変異型に直面しています。感染症は実際のところ克服できていないのです。

 細菌学のもう一人の権威、ルイ・パスツールが、1世紀以上前にフランス科学アカデミーで“Messieurs, les bacteries auront le dernier mot!"(みなさん、最終的な決定権を常に持っているのは細菌なのです!)」と言ったことは正しかったようです。ただし、ポリオに関しては彼が間違っていると思います。なぜなら、この深刻な病気は最終的に根絶できそうだからです。

 科学、リーダーシップ、資金、現場でのプログラムがまたとない相乗効果を発揮したおかげで、エイズとの闘いを実際に前進させることができました。HIVで死んでいく人は減り、感染する人も減りつつあります。世界的なエイズ対策は、命を救う抗レトロウィルス薬の開発という科学の勝利と、ワクチンを見つけることができないことによる限界、そして人間の行動変容という課題を劇的に示しています。

 昨年170万人もがエイズで死亡し、またHIV感染者が再び増加している国も中にはあるというのが現状です。私はエイズに関して自己満足が増えていることを深く憂慮しています。エイズの蔓延を大幅に抑えるための技術的・財政的手段がこれまでよりも揃っているのですから、なおさらこの自己満足の現状を受け入れることはできません。今後も末永く、皆様が強いリーダーシップを発揮し、御支援くださるものと思います。そして、その終わりは全く見えていないのです。

 最後になりますが、サハラ以南のアフリカのほとんどが上昇軌道に乗っていると思います。今こそ、アフリカの高等教育、研究、技術革新に本格的に投資をすべき時です。成長を続ける経済と豊富な天然資源、かつてないほどの通信技術の広がり、そして何よりも増加を続ける大量の若い労働力が揃っているこの大陸に必要なのは、より熟練した技術を持つ人々、抱えている課題に対する独創的な解決策、そして世界的な知識経済での確固たる地位です。

 ささやかな貢献ではありますが、この賞の賞金は、アフリカの科学者達がロンドンや長崎で研究する機会を提供するために使用します。

 私は、国際保健と科学へのアクセスの公平性に対してこれまでと変わらず確固たる献身を続けていきたいと思います。野口博士の科学的発見と社会的正義の精神が健在でありますように。アリガトウゴザイマシタ。