第112回 紛争後国家における法の支配改革と国連による支援 (刑事収容施設改革編)

本コラムにある意見や見解は執筆者個人のものであり、当事務局及び日本政府の見解を示すものではありません。

2020年12月21日
国際平和協力研究員
よしだ ゆうき
吉田 祐樹

 紛争後国家の平和構築において、刑事収容施設[1] の機能の正常化は非常に重要です。刑事収容施設は犯罪者を収容して治安を維持するほか、彼らの更生や出所後の社会復帰に向けた支援を行う場合もあります。刑事収容施設は法の支配の維持にとって重要な役割を担っていますが、紛争後国家の同施設は基本的な役割すら果たせていないにも関わらず、国際社会による関心は比較的低く、その改革は後回しにされてきました[2]。しかし、脆弱な刑事収容施設は警察や司法の活動を損なうだけでなく、法の支配体制に対する国民の信頼を低下させ、社会の不安定化にもつながります。本稿では紛争後国家の刑事収容施設が抱える問題点を整理し、改革の必要性と具体的な施策について検討するとともに、国連による同施設改革支援についても概説します。

紛争後国家の刑事収容施設が抱える問題点

 紛争後国家の刑事収容施設が抱える問題点の1つ目は、施設の過密状態です。紛争終結後、国際社会による現地警察に対する能力強化支援等によって警察による逮捕者数が上昇する傾向がみられますが[3]、司法セクターでの事件処理が追い付かず、施設は裁判までの期間勾留されている大量の被疑者を含む受刑者等で過密状態になっています。過去の国連平和活動では、施設に空きがなかったため、警察は被疑者を解放せざるを得なかった事例が報告されています[4]。また、複数人が収容されている狭い部屋では、同時に横になれず、自らを柱に括りつけて立ったまま寝ている者や[5]、本来離すべき成人と未成年が同部屋に収容されているケースもあります[6]。こうした問題は、国際社会が警察改革支援に注力する一方で、司法セクター及び刑事収容施設に対する支援が手薄であったことにも起因しており、紛争後の平和と安定の定着を阻害しています。
 2点目は施設の劣悪な環境です。過密状態であることに加え、受刑者等に対して飲料水や食事が十分に提供されない、運動する場所がない、教育や職業訓練の機会が与えられない、治療やセラピーが受けられず、必要な薬も与えられないなど、受刑者等の最低限の人権が保護されているとは言い難い状態が常態化しています[7]。また、多くの施設は非衛生的であるため、常に病気の感染拡大リスクが高く、最悪の場合公衆衛生危機にまで発展する可能性も考えられますが、慢性的な予算・人員不足もあって施設内の健康管理体制は脆弱です。
 3点目は施設内における人権侵害行為です。紛争影響国の多くの刑事収容施設は軍や警察が運営しており、国際法違反の拷問や恣意的な身柄の拘束が頻繁に行われています[8]。例えば、スーダンでは反政府勢力との関係を疑われただけで拘束され、鉄棒で殴打され、手足を縛られた状態で木から吊るされ、電気ショックを与えられる等の拷問を受けた上、家族との面会は禁止され、長期間水や食事が与えられないといった事例が報告されています[9]。Penal Reform International (PRI) が発表している「Global Prison Trends」でも、紛争影響国における受刑者等に対する人権侵害行為が毎年報告されています[10]。彼らの多くは貧困層出身で、弁護士に弁護を依頼する資金がないため裁判を受けられず、結果として身柄の拘束が長期化し、施設の過密化にもつながっています[11]
 4点目は受刑者等の過激化です。彼らは施設の劣悪な環境や人権侵害からの保護と同時に、自身のアイデンティティや人生の意味を探し求めています[12]。過激派集団はこうした外的要因と受刑者等の感情に付け込んで集団へと勧誘し、暴力的過激主義思想を刷り込ませ、彼らが不当と考える国家機構に対する反逆精神を醸成させるのです[13]。過激派集団に加入した受刑者等は、施設内で刑務官らを攻撃し、人質を取ったり、暴動を扇動したりします[14]。脱獄に成功した者は殺人やテロ行為等の凶悪犯罪を実行し、社会の安定を脅かします[15]。過激派集団自らが施設を襲撃して同胞の脱獄を支援する、また脱獄を支援した見返りとして加入を迫るケースもあります。このように、紛争後国家の刑事収容施設は暴力的過激思想の温床となっている側面があることは否定できません。

刑事収容施設改革の必要性と方向性

 紛争後国家における刑事収容施設改革の必要性、そして緊急性は非常に高いと考えられます。治安を維持し、市民の安全な日常を守るためには、受刑者等を確実に収容し、脱走を阻止できる施設は不可欠です。彼らに対して確実に刑を執行することは、将来の犯罪抑止にも有効です[16]。また、受刑者等の人権が保護される仕組みや施設環境の改善に向けた取組も、国際人権基準との整合性の観点から重要です。尊厳が保たれ、公正な処遇を受けた受刑者等は、施設内で刑務官らの活動を妨害し、暴力行為を行い、過激思想に傾倒する可能性も減少します[17]。このように、刑事収容施設改革は治安及び人権の観点を中心に進めていく必要があります。
 では、具体的にはどのような施策を講じれば良いのでしょうか。まず、様々な問題の根源とも言うべき施設の過密状態を緩和するためには、投獄の代替措置の活用が有効です。施設を増設して収容可能な受刑者数を増やす方法もありますが、施設の維持費や刑務官らの人件費等のコストも増加するため得策とは言えません[18]。そこで有効な手段として、主に軽犯罪者を対象とした、刑事収容施設に収容しない非拘禁措置があります。例えば、軽犯罪者の長期収容が施設を過密化させている実状に鑑み[19]、ケニアやジンバブエでは、彼らを一定期間ボランティア活動に従事させて罪を償わせる仕組みを確立しました[20]。また、各地域土着の非公式司法サービスの更なる活用も検討すべきでしょう。これは当事者間の和解や犯罪者の更生促進を通した住民間の人間関係の修復を目的としており、一般的な刑罰とは重点が異なります[21]。非拘禁措置は決してゼロリスクではないため、安易な適用や普及は奨励するべきではないものの、施設の過密解消には一定の効果が期待されます[22]
 受刑者等の人権侵害問題については、国際法に基づいて劣悪な施設環境を改善する必要があります。「市民的及び政治的権利に関する国際規約 (International Covenant on Civil and Political Rights)」の第10条では、受刑者を含む身柄を拘束された者への人道的処遇が明記されています[23]。「国連被拘禁者処遇最低基準規則 (UN Standard Minimum Rules for the Treatment of Prisoners)」(2015年国連総会にて採択) は、加盟国に対して受刑者等の処遇や施設管理に関する努力目標を提示しています[24]。他にも、特別な措置が必要とされる女性受刑者等の処遇に関する「バンコク・ルールズ」(2010年同採択)、未成年受刑者等の処遇に関しては「北京ルールズ」(1985年同採択) 等がそれぞれ存在し、これらの国際基準を刑事収容施設で実践し、受刑者等を取り巻く劣悪な施設環境を改善する努力が求められています。
 紛争後国家の刑事収容施設は軍や警察が運営している場合が多く、彼らは特に被勾留者に対して捜査の一環で拷問や虐待を行うこともあるため、文民の刑務官による人権を尊重した運営に転換する必要があります[25]。国際人権基準を国内法や刑務官らの職務規定等に盛り込む改革も重要でしょう[26]。また、刑事収容施設は機密保持上の理由等で、メディアや市民による接触を避ける傾向にあり、社会から孤立した存在であるため、施設内で何が行われているかは不透明な場合が多く、監視体制も脆弱です[27]。施設の説明責任能力と透明性の向上のためには、受刑者等の人権状況や刑務官らの職務違反を監視する内部組織、監察官による調査、議会、司法、市民社会団体等の第三者機関による監視は有効でしょう[28]
 刑事収容施設の劣悪な環境の改善や受刑者等に対する人道的な処遇を実現できれば、施設内での過激化対策としても大きな前進と言えます。加えて、教育や職業訓練機会の提供は、受刑者等の社会復帰を円滑にします。紛争後社会では、特に建築や溶接の技術が重宝される傾向にあるので、服役中から同分野における能力強化支援を行えば、出所後の就職にプラスに働く可能性が見込めるでしょう[29]。また、出所後に自身の出身コミュニティに受け入れられ、元の生活を取り戻すことは決して容易ではないため、市民社会団体等とも連携して、彼らが必要な公共サービスを享受できるよう支援する「アフターケア」も肝要です。予算不足等で更生や社会復帰を十分に支援できていない施設は紛争後国家をはじめとして世界には多く存在しますが、元受刑者等の再犯や過激化を予防し、一人の人間としての尊厳を回復させるためには欠かせない取組です。

国連による刑事収容施設改革支援

 国連平和活動では1999年以降、紛争後国家の刑事収容施設の改革・強化支援任務が増加しましたが、支援開始当初は、国際社会が当時から注力していた警察改革支援における成果を損なわせないための措置という程度でした[30]。その後、国連本部内で、安全で人道的な刑事収容施設は法の支配の強化と治安部門改革 (SSR) にとって不可分であるとの認識が広がり、今日では国連平和活動局法の支配・保安機構室 (Office of Rule of Law and Security Institutions: OROLSI) 内の司法・矯正サービス (Justice and Corrections Service: JCS) が、他の国連機関と連携して同施設改革を主導しています。改革に関する技術支援・助言、関係アクターとの調整、予算案や行動計画の策定、研修教材の開発、資金動員等を通して、JCSは現地政府や国連平和活動を支援しています[31]
 現場での刑事収容施設の改革支援でも、数多くの成果を上げています。例えば、国連ハイチ司法支援ミッション (MINUJUSTH) は、機能不全となっていた国内刑務所のほぼ全てを稼働させることに成功したほか、新たな施設の建設も支援し、劣悪な施設環境の改善や脱走者の減少に貢献しました[32]。国連中央アフリカ多面的統合安定化ミッション (MINUSCA) は、刑事収容施設の非軍事化に取り組んでおり、2019年1月、同国政府は施設運営・管理の文民への移管、国際人権基準の適用、受刑者等の更生や社会復帰支援策等が盛り込まれた政策文書に署名し、現在移管プロセスが行われています[33]。国連ソマリア支援ミッション (UNSOM) は、受刑者等による過激化、現地のイスラム過激派集団、アル・シャバーブへの加入を阻止するため、服役中及び出所後の心理ケアを中心とした更生支援プロジェクトを実施してきました[34]
 国連平和活動の枠組み外でも、多くの国連機関が刑事収容施設改革に取り組んでいます。その筆頭は国連薬物犯罪事務所 (UNODC) です。UNODCは受刑者等の保護、非拘禁措置を含む投獄の代替措置の普及、社会復帰支援等を専門としており、国際人権基準に基づいた人道的な刑事収容施設の運営を実現すべく、技術支援を行っています[35]。その他にも、国連開発計画 (UNDP) は中長期的な開発と安定、国連児童基金 (UNICEF) は少年司法等の観点から刑事収容施設改革に携わっています。

おわりに

 本稿では、紛争後国家における法の支配改革支援について、国際社会の関心が比較的低かった刑事収容施設が抱える問題点の整理、問題の改善に寄与し得る措置の検討、そして国連による具体的な貢献の事例等を概説しました。刑事収容施設改革の目的は、受刑者等を安全に収容できるキャパシティの確保・整備、そして国際人権基準に基づいた施設環境の改善と受刑者等の人権保護です。また、更生支援を通して過激化を予防し、出所後の就職も含む社会復帰を助ける重要な使命も担っています。このように、刑事収容施設改革は治安維持及び人権保護の観点を中心としつつも、中長期的な開発を含む社会経済的な側面を併せ持つ取組であることがわかります。刑事収容施設改革はそれだけで完結することはなく、警察及び司法とも連携を図り、法の支配体制全体のバランスを考慮しながら進める必要があることも忘れてはなりません。

 

[1]  本稿では警察に逮捕・留置されてから実刑確定後までの身柄拘束期間全般における問題点等について論じるため、受刑者、被逮捕者、被勾留者ら(本文では総称して「受刑者等」と記載)を収容する刑事施設や留置施設を含む「刑事収容施設」(刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(平成17年法律第50号第1条))という用語を使用します。

[2]  Bastick, Megan. 2010. “The Role of Penal Reform in Security Sector Reform.” Geneva Centre for the Democratic Control of Armed Forces (DCAF). Occasional Paper No.18, 44. 刑事収容施設改革は施設の建設や刑務官らの研修等が見込まれる高予算かつ中長期的な支援が求められる取組であるため、ドナーは支援を躊躇する傾向があります。また、現地政府が刑事収容施設改革への意欲を示していないことも、国際社会の消極的な姿勢の背景であると考えられています。

[3]  United Nations. 2005. “Supporting National Prison Systems: Lessons Learned and Best Practices for Peacekeeping Operations.” UN Department of Peacekeeping Operations (DPKO) Criminal Law and Judicial Advisory Unit, Peacekeeping Best Practices Section, 5.

[4]  Bastick, “The Role of Penal Reform in Security Sector Reform,” 48.

[5]  Ibid, 36.

[6]  UN Office on Drugs and Crime (UNODC). 2011. “Prison Reform and Alternatives to Imprisonment,” 2.

[7]  Ibid, 7.

[8]  Penal Reform International and Thailand Institute of Justice. 2017. “Global Prison Trend 2017,” 30.

[9]  United Nations, et al. 2013. “Human Rights Situation in Darfur,” 20.

[10]  2015年以降の報告書において、毎年世界各地の紛争影響国における受刑者等に対する人権侵害行為が報告されています。PRIの最新の報告書はGlobal Prison Trends 2020 から閲覧可能です。(https://www.penalreform.org/resource/global-prison-trends-2020/)

[11]  UNODC, “Prison Reform and Alternatives to Imprisonment,” 11.

[12]  Neumann, Peter R. 2010. “Prisons and Terrorism: Radicalisation and De-radicalisation in 15 Countries.” London: International Centre for the Study of Radicalisation and Political Violence, 29.

[13]  Ibid, 26.

[14]  United Nations. 2016. “Handbook on the Management of Violent Extremist Prisoners and the Prevention of Radicalization to Violence in Prisons.” New York: UNODC, 23.

[15]  Ibid, 17.

[16]  Bastick, “The Role of Penal Reform in Security Sector Reform,” 7.

[17]  United Nations, “Handbook on the Management of Violent Extremist Prisoners and the Prevention of Radicalization to Violence in Prisons,” 11.

[18]  UNODC, “Prison Reform and Alternatives to Imprisonment,” 11.

[19]  Bastick, “The Role of Penal Reform in Security Sector Reform,” 16.

[20]  Ibid, 32.

[21]  Ibid, 27.

[22]  Ibid, 33. 非拘禁措置の場合、施設内で受刑者等の行動を監視・制限できないため、過度な適用は新たな犯罪を生むリスクがあり、施設の過密解消にはつながらない可能性があると指摘されています。非拘禁措置の指標として、各国は1990年に国連総会にて採択された「国連非拘禁措置最低基準規則 (UN Standard Minimum for Non-custodial Measures)」(通称: 東京ルールズ (The Tokyo Rules))を参考に非拘禁措置を検討してきました。

[23]  UN Office of the High Commissioner for Human Rights (OHCHR). International Covenant on Civil and Political Rights Accessed 20 Oct 2020. (https://www.ohchr.org/en/professionalinterest/pages/ccpr.aspx)

[24]  通称「ネルソン・マンデラ・ルールズ (Nelson Mandela Rules)」とも呼ばれています。文書はPenal Reform InternationalのウェブサイトUN Standard Minimum Rules for the Treatment of Prisoners (Nelson Mandela Rules) にて閲覧可能です。(https://www.penalreform.org/resource/standard-minimum-rules-treatment-prisoners-smr/)

[25]  Bastick, “The Role of Penal Reform in Security Sector Reform,” 34.

[26]  Ibid, 12.

[27]  Ibid, 40.

[28]  Ibid, 13.

[29]  United Nations, “Handbook on the Management of Violent Extremist Prisoners and the Prevention of Radicalization to Violence in Prisons,” 122.

[30]  United Nations, “Supporting National Prison Systems: Lessons Learned and Best Practices for Peacekeeping Operations,” 4.

[31]  Ibid, 7.

[32]  United Nations. 2018. “Justice and Corrections Update Issue 6.” New York: UN Justice and Corrections Service, 5.

[33]  United Nations Permanent Missions. 2019. Central African Government signs Prison Demilitarization Strategy (https://www.un.int/news/central-african-government-signs-prison-demilitarization-strategy) Accessed 22 Oct 2020.

[34]  United Nations. 2017. “Justice and Corrections Update Issue 5.” New York: UN Justice and Corrections Service, 4.

[35]  UNODCが発表した刑事収容施設改革に関する報告書やハンドブック一覧は、UNODC Prison Reform Tool and Services から閲覧可能です。(https://www.unodc.org/unodc/en/urban-safety/prison-reform.html)