第107回 国連PKO工兵部隊マニュアルの作成と日本の貢献

本コラムにある意見や見解は執筆者個人のものであり、当事務局及び日本政府の見解を示すものではありません。

2020年7月17日
国際平和協力研究員
よしだ ゆうき
吉田 祐樹

 現在の日本政府による国連PKOに対する貢献は、国連南スーダン共和国ミッション (UNMISS) への司令部要員の派遣や、国連三角パートナーシップ・プロジェクト (UN Triangular Partnership Project: TPP) におけるアフリカ及びアジア諸国の工兵要員に対する重機操作訓練への陸上自衛隊員の派遣等が挙げられます。これら以外にも、国連の要請を受けて、専門家会合の議長国として国連PKO工兵部隊マニュアル (UN Peacekeeping Missions Military Engineer Unit Manual)[1]の作成を主導してきたことも重要な貢献の1つですが、その中身については広く知られていません。本稿では同マニュアル作成の背景、日本の貢献、マニュアルの内容等を概説します。

工兵部隊マニュアル作成の背景

 現在世界各地で展開されている国連PKOには、各活動国・地域の状況や支援ニーズに沿った任務が付与されており、国連加盟国の途上国を中心とした部隊派遣国 (Troop Contributing Countries: TCCs) が自国の部隊を提供することで活動が成り立っています。各国部隊が互いを尊重し、現地の平和と安全の維持という共通の目標を達成するために協力することは素晴らしいことであり、国連が掲げる価値観の1つである「多様性の尊重」の体現でもあります。一方で、必ずしも全TCCsが同一の能力、装備、手法、考え方を共有しているわけではなく、そういった違いが現場で誤解や混乱を生み、円滑な任務実施を妨げることもあります。
 各国部隊が現場で足並みを揃えて活動の有効性を高めるためには、部隊間である程度の共通認識を持つことが重要であるという観点から、PKOの軍事部門としての相互運用性 (interoperability) を担保するガイドラインの作成が必要とされていました。2013年以降、加盟国の協力も得ながら、国連はPKO各部隊の任務、能力、装備等を明記したマニュアルの作成に取り組んでおり、分野は航空、工兵、輸送、司令部支援部隊、兵站、憲兵、海上、河川、通信、特殊部隊の10分野に及びます[2]。日本は、過去に参加したPKOにおける陸上自衛隊施設部隊の活動が高く評価されていることもあり、工兵部隊マニュアルの作成を主導する専門家会合の議長国に選ばれました[3]

マニュアル作成の過程と日本の貢献

 日本は専門家会合の議長国として、2014年3月に東京で第1回専門家会合を主宰し、14か国、3つの国際機関から参加した専門家らとともに、工兵部隊マニュアルの作成にあたっての基本的な考え方、マニュアルの記述方法、構成等に関する協議を主導しました[4]。同年6月、副議長国であるインドネシアにて第2回専門家会合が開催され、工兵部隊が担うべき任務や役割、必要な装備、派遣前に要員が受講すべき訓練事項等に関して意見交換が行われました。同年12月にはニューヨークにて最終会合が開催され、過去2回の会合で議論した内容を踏まえて、工兵分科会として採択したマニュアル案を国連に提出。翌2015年9月に国連平和維持活動局(当時)及び同フィールド支援局(当時)[5]が最終版を刊行して一旦作業は完了しましたが、国連からの同マニュアルの改訂要請を受けて、日本は引き続き議長国として専門家会合等を主導し、現在もPKOに対する知的貢献を続けています[6]

マニュアルの紹介

 国連PKO工兵部隊マニュアルは、全6章と付録から構成されており、各章のテーマは第1章:工兵部隊の概要、第2章:工兵部隊の能力及び任務、第3章:工兵部隊の編成、第4章:工兵部隊に対する支援、第5章:工兵部隊の訓練、第6章:工兵部隊の評価となっています。ここでは、工兵部隊の中でも後方支援において特に重要な役割を果たしている建設工兵の主要任務、求められる能力、必要な装備の例、派遣前の訓練内容について書かれてある箇所を中心にご紹介します。

(1) 建設工兵の主要な任務  
 建設工兵は、軍事作戦の間接的支援や任務を円滑に実施するための後方支援を担っており、主に垂直的機能と水平的機能に区分されます。垂直的機能とは、地面と垂直な構造物、例えば建物や井戸の建設、復旧、補修等を指します。国連PKOの現場では、コンテナ等を組み合わせた国連事務所や職員の宿営地の建設、また、施設内の基礎インフラ整備も行います。ミッションが展開する地域では、安全な飲料水の確保が困難な場合が多いため、井戸を掘り、国連関係者や周辺住民が水へアクセスできるように、衛生環境の整備にも貢献します。構造物を劣化や損傷から守るための維持補修も重要な任務です。
 他方で、水平的機能は地面と水平なものの工事を指します。具体例としては、道路、橋、飛行場の発着場の建設や補修が含まれます。建設工兵は国連ミッションにおける非軍事任務実施の円滑化のみならず、地域住民の移動にも役立つように、道路の建設・舗装や橋梁の架設工事を行います。スムーズな陸路移動を維持するために排水工事や土木工事も行います。陸路でのアクセスが困難な地域では、援助物資、生活必需品、急患等の空路輸送を可能にするため、飛行場の滑走路の整備を行います。建設工兵部隊は軍事部門司令官 (Force Commander) による統制を受けつつも、現場のミッション支援局長 (Director of Mission Support (DMS) / Chief of Mission Support (CMS)) からタスキング・オーダーを受けます[7]

 

典型的な国連PKOミッションの構成と工兵部隊の位置付け
図:典型的な国連PKOミッションの構成と建設工兵の位置付け

(2) 求められる能力
 円滑な任務遂行を支援するため、建設工兵には道路、橋、滑走路、上下水道等の基礎インフラを建設、復旧、維持できる高い能力が求められます。また、井戸の掘削等を通じた水の確保や浄化も期待されています。

(3) 必要な装備の例  
 TCCsが工兵部隊をPKOに派遣するにあたって必要とされる主要な装備は、本マニュアル付録のリストに記載されています。ただ、装備は各ミッションの任務、部隊編成、活動環境等によって異なるため、リストの全ての機材や備品が必須というわけではありません。その上で、典型的な建設工兵部隊として機能するためには、トラックやバス等の支援車両、ブルドーザ、油圧ショベル、グレーダ、ロードローラ、バケットローダ、トレーラ、フォークリフト等の各種建設機材、他工事に必要な備品、地雷撤去作業に必要な装備、通信機材等が挙げられます。
 日本は、これまで4つの国連PKOに陸上自衛隊施設部隊を派遣してきましたが、例えば、2010~2013年に参加したハイチ国連安定化ミッション (MINUSTAH) では、特大型ダンプトラック、ドーザ、トラッククレーン、油圧ショベル、バケットローダ等の装備を用いて、瓦礫撤去、道路補修、簡易な施設建設等を行い、2010年1月に同国で発生したマグニチュード7.0の大地震からの復興に大きく貢献しました[8]

(4) 派遣前の訓練内容等    
 TCCsが国連PKOに部隊を派遣する前には、ミッションからの要請や現地で携わる任務等に基づいて、派遣隊員に対して必要な訓練を実施することが求められています。まず、ミッションに派遣される全部隊は、職種に関係なく、国連歩兵大隊マニュアル (UNIBAM) を学ぶことが推奨されています。UNIBAMには、歩兵部隊の主要任務や副次的な役割等が記載されていますが、工兵部隊はミッションの軍事部門の花形でもある歩兵部隊を支援することも重要な任務の1つであり、歩兵部隊の機能について学ぶことで、ミッション全体における自隊の役割を客観的かつ戦略的に捉え直すことができます。
 工兵部隊が特に訓練、研鑽しておくべき項目は、文民保護、人権及び相当の注意義務、活動に影響を与え得るミッション特有の地理的状況や環境、次期国連工兵部隊長や隊員による事前偵察の結果、任務を終了して帰隊した隊員によって共有される教訓等が挙げられます。更に、工兵部隊に限ったことではありませんが、部隊の限られたリソースを効率的に使用するため、国連、非国連を問わず多様なアクターと調整する能力が求められます。加えて、他国部隊と十分に意思疎通をとるため、英語や仏語の習熟も有益であるとされています。

おわりに

 国連工兵部隊マニュアルの作成にあたって、日本はこれまでのPKOへの参加から得た経験や教訓を活かして、国連工兵部隊としての基準の確立を主導的に進めてきました。今後、本マニュアルが国連PKO関係者やTCCsによって幅広く活用され、工兵部隊が任務を実施する際の認識統一が更に図られることを期待します。

 

[1]  国連PKO工兵部隊マニュアルは、国連ダグ・ハマーショルド図書館のオンラインサイトからリクエストし、承認されればダウンロードすることができます。詳しくは国連ダグ・ハマーショルド図書館ホームページをご覧下さい。(http://dag.un.org/handle/11176/387296)

[2]  防衛省・自衛隊 国連PKO部隊マニュアルに係る取組(https://www.mod.go.jp/j/approach/kokusai_heiwa/pko/engn_manual/index.html)

[3]  日本はこれまでに、カンボジア (1992~1993年)、東ティモール (2002~2004年)、ハイチ (2010~2013年)、南スーダン (2012~2017年) に陸上自衛隊施設部隊を派遣し、主にインフラ整備の分野で貢献してきました。

[4]  防衛省・自衛隊 国連PKO部隊マニュアルに係る取組(https://www.mod.go.jp/j/approach/kokusai_heiwa/pko/engn_manual/index.html)

[5]  アントニオ・グテレス国連事務総長による国連改革の一環で、2019年1月に、国連平和維持活動局(Department of Peacekeeping Operations: DPKO)は国連平和活動局 (Department of Peace Operations: DPO) に名称を変更し、これまで以上に幅広く平和と安全の問題に取り組める体制になりました。同時期に、当時の国連管理局 (Department of Management: DOM) とフィールド支援局(Department of Field Service: DFS)が統合され、新たに国連活動支援局 (Department of Operational Support: DOS) が新設され、現場での活動に対する支援が拡充されたとともに、本部の決定権限を現場に移譲することによって、意思決定プロセスの簡素化を図る体制が整備されました。

[6]  陸上自衛隊 国連PKO工兵部隊マニュアル改訂に係る東京専門家会合の開催について別ウィンドウで開きます(https://www.mod.go.jp/gsdf/news/pko/2018/20181212.html)

[7]  DMSやCMSは軍人ではなく、文民の国連幹部 (D-1以上) が務めることが慣例となっています。

[8]  防衛省・自衛隊 ハイチ国際平和協力業務(https://www.mod.go.jp/j/approach/kokusai_heiwa/pko/haiti_pko/index.html)