第88回 赤十字・赤新月・赤いクリスタル:人道のための「最後の砦」@PKOなう!

本コラムにある意見や見解は執筆者個人のものであり、当事務局及び日本政府の見解を示すものではありません。

2015年6月26日
国際平和協力研究員
みた まさよし
三田 真秀

国際赤十字・赤新月運動

赤十字と赤新月は、紛争時や災害時における人道的活動のシンボルとして国際的に認知されています。現在、世界中に189の赤十字社・赤新月社(NS)があります[1]。ほとんどのイスラム教の国々は、キリスト教を連想させる十字の代わりに新月(三日月)を採用していますが、どちらの標章もそれ自体にもともと何ら宗教的意味はありません。赤十字は、その組織の創設者であるアンリー・デュナンと彼の祖国に敬意を表してスイス国旗の配色を反転させたものにすぎず、赤新月もオスマン帝国の国旗の配色を反転させたものです。そして、各国のNSは、国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)や赤十字国際委員会(ICRC)とともに、そのような3つの主要な機関により「国際赤十字・赤新月運動(以下、赤十字運動)」を形成しており、これは約1億人ものボランティア、支援者、職員によって構成される世界最大の人道支援ネットワークです[2]。この赤十字運動内の各パートナーは、独自の法的地位、活動戦略、予算を持ち、他者に対する組織上の上下関係はありませんが、人道・公平・中立・独立・奉仕・単一・世界性という7つの共通基本原則によって結束しています[3]

また、赤十字と赤新月に加えて、2005年に採択されたジュネーブ諸条約第3追加議定書により、いかなる宗教的意味合いも想起させない「赤いクリスタル」という第3の識別標章が新たに設けられました。これにより、イスラエルのマーゲン・ダビド公社(MDA、いわゆる「ダビデの赤盾社(赤い星)」)が、正式なパートナーとして赤十字運動に参加することになりました[4]。同時に、パレスチナ赤新月社(PRCS)も、MDAとの間で結ばれた覚書により赤十字運動のパートナーとなりました[5]。MDAは、依然として国内における救援活動ではダビデの赤盾もしくは赤い星を使用することが許されており、国境を越えて活動する際には、その従来の標章を赤いクリスタルの枠の中に入れて使用することになります[6]。結果として、赤いクリスタルが採用されたことにより、現地で共に活動するMDAとPRCSの相互協力が促進され、より統合的で強固な赤十字運動をめざして、全てのパートナー間において人道主義の精神が高まったといえます。

セビリア合意

赤十字運動の共通任務は、「特に武力紛争や他の緊急事態において、人的苦痛を軽減し、命と健康、そして人間の尊厳を守ること」です[7]。原則として、ICRCは武力紛争の影響を被った人々を保護し、支援することを任務とするのに対し、IFRCは平時における自然・人為災害に苦しむ人々に手を差し伸べます。そして言うまでもなく、赤十字運動という世界規模のネットワークの土台となっている各国のNSは、有事・平時を問わず、自国の領域内において保護や支援を必要とする人々に対してより幅広い活動を展開しています。しかし、活動レベルでは、国際救援活動を必要とする複雑な状況において、実際に赤十字運動のどの機関がどのように行動を起こすべきか、いつも明確なわけではありません。これはつまり、そのような活動に関する指揮・調整の問題でもあります。そこで1997年に採択されたいわゆる「セビリア合意」は、「主導的役割」と「主導的機関」といった2つの新しい概念に言及し、「自然または技術災害に付随する武力紛争」や「不測の事態」を含む様々な状況で想定される指揮・調整の問題を明確にしようとしています[8]。主導的役割という概念は、継続的かつ一貫した活動のために、赤十字運動の3つの機関(NS、IFRC、ICRC)における機能的協力を強化し、利用可能な限られた人的・物的・資金的資源を考慮しつつ、活動の重複や二度手間を避けることにより、赤十字運動のインパクトを最大にすることを目的としています。ただし、セビリア合意は単なる一般的なガイドラインにすぎません。実際には、赤十字運動内の各パートナーは、状況に応じて、あらゆる人道上の緊急事態に迅速かつ効率的に対応することが求められています。

一方で、セビリア合意は、国連やNGOといった赤十字運動以外の人道団体との関係についてはほとんど触れておらず[9]、「被害者の利益にかない、(7つの共通)基本原則に従う場合は」、赤十字運動の国際救援活動は他の団体によるそれと調整されなければならないと簡潔に述べているだけです[10]。赤十字運動の活動は純粋に人道的なものに限られており、それにより、政治的に慎重を期する状況でさえも、全ての想定される受益者に対するアクセスが確保されます。例えば、ICRCは捕虜や治安上の理由で拘束された人々を定期的に訪問し、拘束している当局とともに、そのような武力紛争に関連して自由を奪われた人々が人道的な処遇を受けられるように活動していますが、ICRCはその詳細な活動報告書を他の団体と共有したり、一般に公表することはありません。その代わりに、数少ない例外を除いて、ICRCは極めて内々の対話を通じて、当該人道問題に第一義的責任のある関係当局とのみ、それに対する所見と勧告について話し合います。そのような「守秘義務」の原則によって構築された信頼関係により、中立を保つICRCは紛争時でさえも継続して人道的活動を行うことができます。赤十字運動内の各パートナーは、人道的危機の最前線にいる最も脆弱な人々に「最後の砦」として寄り添い続けます。

 

[1] 国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)のウェブサイトを参照。“International Red Cross and Red Crescent Movement”, https://www.ifrc.org/en/who-we-are/the-movement/ (consulted 19 May 2015).

[2] 同上。

[3] 7つの共通基本原則の詳細については、ICRCのウェブサイトを参照。 The Fundamental Principles of the International Red Cross and Red Crescent Movement (May 2014), https://www.icrc.org/eng/assets/files/publications/icrc-002-4046.pdf (consulted 19 May 2015). このような人道的価値を促進するために、アンリー・デュナンの誕生日でもある毎年5月8日は、「世界赤十字・赤新月デー」として定められています。

このような人道的価値を促進するために、アンリー・デュナンの誕生日でもある毎年5月8日は、「世界赤十字・赤新月デー」として定められています。

[4] 新しいパートナーの承認と、運動に加わる際の手続きに関しては、IFRCのウェブサイトを参照。“Adopting the additional emblem”, https://www.ifrc.org/en/who-we-are/the-movement/emblems/adopting-the-additional-emblem/ (consulted 19 May 2015).

[5] 意義深いことに、当該覚書第2パラグラフは、「MDAとPRCSは、PRCSがパレスチナ領土における公認の国内組織である…」と規定しています。

[6] 第3追加議定書第3条。同様に、Commentary on the AP III (2007) https://www.icrc.org/applic/ihl/ihl.nsf/Comment.xsp?viewComments=LookUpCOMART&articleUNID=872E9AD4A0B88563C125719A003E6291(consulted 20 May 2015) を参照。

[7] ICRCのウェブサイトを参照。 “The Movement” (24 August 2013) https://www.icrc.org/eng/who-we-are/movement/overview-the-movement.htm(consulted 21 May 2015).

[8] Agreement on the organization of the international activities of the components of the International Red Cross and Red Crescent Movement - The Seville Agreement (1997), https://www.icrc.org/eng/resources/documents/article/other/57jp4y.htm (consulted 21 May 2015). 同様に、Supplementary measures to enhance the implementation of the Seville Agreement (2005), https://www.icrc.org/eng/resources/documents/resolution/council-delegates-resolution-8-2005.htm (consulted 22 May 2015); ICRC, “Reinforcing Red Cross / Red Crescent cooperation in emergencies: the Seville Agreement” (7 February 2003), https://www.icrc.org/eng/resources/documents/misc/5jjkwe.htm (consulted 21 May 2015) を参照。

[9] 同様に、The Principles and Rules for Red Cross and Red Crescent Disaster Relief (1995), https://www.icrc.org/eng/resources/documents/misc/57jmvv.htm (consulted 22 May 2015); The Code of Conduct for the International Red Cross and Red Crescent Movement and NGOs in Disaster Relief (1995), https://www.icrc.org/eng/resources/documents/misc/code-of-conduct-290296.htm (consulted 22 May 2015) を参照。

[10] 第6条1.1 e)及び2.2 c)。