第86回 性的搾取・虐待(SEA)防止の取組み@PKOなう!

本コラムにある意見や見解は執筆者個人のものであり、当事務局及び日本政府の見解を示すものではありません。

2015年4月24日
国際平和協力研究員
やの まみこ
矢野 麻美子

 

紛争後の国の平和構築、文民の保護、人権擁護等、重要な任務を担う国連PKOにとって残念なことでありますが国連PKO要員が派遣先の国(以下「受入国」といいます。)において現地の女性に対して性的搾取・虐待(Sexual exploitation and abuse: SEA)を行ってしまうという事例が散見されます。例えば国連PKO要員による買春、性暴力、性的サービスの強要等です。

SEAが発生すると、被害者の人権が侵害され、国連PKOミッションに対する信頼は失墜し、時に国連PKOミッションの任務遂行そのものが著しく困難となる場合もあり、国連はこのような事例を深刻な課題として受け止めSEA防止対策を強化しています。今回は国連PKOの軍事要員向けの対策を中心に、国連のSEA対策の制度的取組みについて解説し、その効果について検討したいと思います。

SEAの状況

SEA被害の申立ては、過去複数の国連PKOミッションでなされてきました。例として、1990年代にはバルカン半島諸国、カンボジア、東ティモールで、2000年代には西アフリカ、コンゴ民主共和国等で活動する各国連PKOミッションで発生しています[1]

統計的にみると、2007年の国連PKOミッションにおけるSEA被害の申立て件数は127件であったのが、2010年に85件、2014年には51件と数自体は減少傾向にあり、国連の取組みの成果が出ているようにも見受けられます[2]。ただし被害を受けても申立てがされないこともあると考えられるので、未申立てのSEA被害は統計に表れないことに注意が必要です。そして当然のことながらSEAは1件であっても起きてはならない問題であり、より一層の取組みが引き続き必要です。

SEAの定義

国連はSEAを、派遣国・受入国の法律や文化的規範に関わらず、以下の通り定義します。

・性的搾取(Sexual exploitation): 性的な目的での、相手の脆弱性や力関係、信頼関係に基づく地位を濫用する行為あるいはその試み。他人を性的に搾取することによる金銭的、社会的、政治的な利得行為も含むがそれに限られない。

・性的虐待(Sexual abuse): 力の行使による、もしくは不平等・強制的な状況下における、性的性質の身体を侵害する行為やそのおそれ[3]

SEAの例としては、性的サービスとの引換えによる援助物資の提供、また性的サービスをしなければ援助を停止するという脅迫行為、買春[4]、強姦、売春を目的とする人身売買等です。国連では違反行為を「重大な違反行為」と「違反行為」の2つの類型に区別していますが、SEAは国連にとってハイリスクであり独立した専門の調査官による調査が必須とされる「重大な違反行為」に分類されます[5]

国連の行動規範:3つの原則

国連は国連PKO活動を実施する際、受入国と地位協定(Status of Forces Agreement: SOFA)を締結し、国連PKO全要員の法的地位や特権免除、裁判権等を規定します。特に国連PKO軍事要員には、その任務遂行のため刑事裁判権免除の特権が与えられますが[6]、軍事要員はこれを濫用してはならず、高い倫理性が求められます。

国連PKO全要員が従う行動規範として、国連が行動規範として定める「3つの原則」があります[7]

(1)最高水準の効率・能力・高潔さ

(2)性的搾取・虐待に対するゼロ・トレランス政策(不寛容政策)

(3)行動規範違反に対する指揮者の責任[8]

また、国連は各種行動規範規則を設定していますが、軍事要員については特に「10のルール/PKO派遣要員のための個人行動規範」[9]、「我々は、国連平和維持要員」[10]と題した行動規範が重要となります[11]。これらはポケットカードとして各軍事要員に配布されます。

ゼロ・トレランス政策について、2005年のゼイド・ラアド・アル・フセイン事務総長特別顧問による「国連平和維持活動における今後の性的搾取・虐待廃絶のための包括的戦略」(ゼイド報告書)を受けて、当時のコフィ・アナン国連事務総長は安全保障理事会議長への書簡の中で「国連PKO要員が最も脆弱な人々を犠牲にすることは一件たりとも許容することはできない。」と述べ、SEAに対する不処罰や無頓着は一切許容されないというゼロ・トレランス政策を宣言しました[12]

SEAに関する統一的基準

国連職員によるSEAを防止するため、「性的搾取・虐待からの保護手段に関する事務総長告示」(ST/SGB/2003/13)(以下「SGB」といいます。)が2003年に採択されました。これは後に国連PKO軍事要員にも適用されることになりました[13]。SGBはSEAに関する統一的基準として以下を規定しています。

(1)子ども(18歳未満)[14]との性的行為の禁止(Prohibited)

(2)性行為のために金銭、雇用機会、物品、支援やサービスを交換することの禁止(Prohibited)

(3)子どもや大人を使用して他人へ性的サービスをあっせんすることの禁止(Prohibited)

(4)支援の裨益者と性的関係を持つことは強く不奨励とする(Strongly discouraged)

(4)の裨益者とは国連PKOの支援を直接的に受け取る者であり、難民や国内避難民、受入国の現地住民を指します[15]。では、国連PKOの男性要員が現地の成年女性と真剣に恋愛関係となった場合、SEAにあたるのでしょうか。SGBの基本的な目的は個人の恋愛の自由を規制することではなく、あくまで搾取的、虐待的な性的関係を防ぐことです。そのため(1)から(3)は禁止されますが、(4)の純粋恋愛は不奨励に留まります。しかしながら、支援者である国連PKO要員と裨益者との間には物資や金銭的境遇の差を背景とした権力格差が潜在しています。そのため純粋恋愛と国連PKO要員が思っていても、裨益者側は金銭的社会的な圧力を受けていることがあります。そして周囲の者からSEAを疑われて申立てが一旦なされると、純粋恋愛であると主張してもその主張が認められることは実際は非常に難しいでしょう。周囲に疑われるような行いはしないことがSEAを防止するために大変重要です。

違反行為の報告: 義務

国連PKO全要員には、同僚にSEAの嫌疑があった場合、誠実に(虚偽なく)、証拠の裏付けと共に国連PKOミッションの行動・規律チーム(Conduct and Discipline Team: CDT)に報告することが義務付けられています[16]。また、国連PKO要員はSEAについて証言をするなど国連の調査に協力する義務も課されています。報告や調査協力を行った国連PKO要員に対する報復行為は禁止されており、懲罰の対象となります。

管理職/司令官についても、予防執行救済策の実施、研修、違反行為の定期的なリスク評価、違反行為への対処、CDT又は内部監査部(Office of Internal Oversight Serivces: OIOS)への報告の義務がかされています[17]

違反行為に対する罰則

SEAの加害者となった国連PKOの軍事・警察要員に対しては、国連は本国送還、今後のミッション参加の禁止等の処分を行います。懲罰(けん責、降格、罰金等)は派遣国によりなされます。刑事責任については前述のSOFAにより軍事要員に刑事裁判権免除の特権が与えられると、受入国で刑事処罰を受けることはありません。しかしながら、それはSEAを行っても不処罰であるということではなく、派遣国の国内法、刑事手続きに従い捜査が行われ刑罰が科されます[18]。もっとも、刑事捜査・処罰を行うか否かは派遣国の判断に委ねられるため、実際は不処罰とされてしまうケースもありえます。

例えば、ある国連PKOミッションで軍事要員が受入国内で犯罪行為を行い、受入国の官憲に身柄拘束された場合、受入国の政府は当該ミッションに通報し、証拠と共に直ちにミッションに引き渡さなければなりません。そして、その後は派遣国の責任で派遣国の刑事裁判権に服し刑事手続き(捜査・訴追・公判・刑の執行等)を行うことになります[19]

平和維持活動局(Department of Peacekeeping Operation: DPKO)の3方面からのアプローチ

DPKOはSEAに対処するために予防、執行、救済という包括的な「3方面からのアプローチ」(Three-pronged strategy)を採用しています。

・予防策

「行動と規律:性的搾取と虐待(SEA)」に関する研修受講が全国連PKO要員に義務付けられています。特に軍事要員派遣国(Troop Contributing Country: TCC)と警察要員派遣国(Police Contributing Country: PCC)は派遣前研修の実施が義務付けられており、我が国でも自衛官が国連PKOミッションに参加する際には「行動と規律:性的搾取と虐待(SEA)」に関する派遣前研修を実施し、国連の行動規律の正しい理解と遵守の徹底に取り組んでいます。

国連はそのほかに、啓蒙活動としてSEA予防のポスターキャンペーンやニューズレター発行等を行います。さらに門限規制、制服着用の義務付け、立入禁止区域設定、パトロールの強化、福利厚生やレクリエーションの施設の国連PKOミッション内での設置等を行います[20]

・執行策

CDTやOIOSが違反行為の申立ての受理主体となります。各国連PKOミッションに応じて鍵付きの目安箱、プライバシーが保護された会議室、電話のホットライン、特別の電子メールアドレスを設置したりします。派遣国の捜査機関が申立てをきちんと捜査しているかCDTは監視します。CDTは違反行為の申立てを記録、管理し国連に報告します。そのために違反行為追跡システム(Misconduct Tracking System: MTS)というフォローアップ用データベースを開発しています[21]。もっとも国連のフォローアップに対して派遣国が十分に対応をしないと、違反行為に対する派遣国での処罰状況が不明確となってしまうので、派遣国側の対応も非常に大切です[22]

・救済策

各国連PKOミッションはSEAの被害者に医療や心理的ケアの支援を行います。2008年の国連総会決議62/214で性的搾取・虐待被害者支援制度(Sexual Exploitation and Abuse Victim Assistance Mechanism: SEA/VAM)の構築を決議し、国連が活動する全ての国において、NGOと協力して機関間タスクフォースを形成し被害者支援を行います。

また、SEAの深刻な事件や調査結果を情報公開し、ミッションの信頼回復、透明性の向上に努めます。SEA事件の情報を定期的に公開し、国連PKO要員の意識向上を図り、国連PKOミッションの負のイメージを払拭するよう努めます[23]。もっとも派遣国別のSEA申立て数や派遣国による刑事手続き状況の詳細までは情報開示がされないため、透明性の観点から更なる情報開示が求められています。

さらなる改善に向けて

以上の通り、国連は国連PKO要員によるSEA防止のため、包括的で独自の制度的フレームワークを設置しています。SEA嫌疑報告の義務化、SEA被害申立てメカニズムの整備、ゼロ・トレランス政策、研修の義務化、情報公開は、国連PKO要員の意識向上とSEAの防止に効果的といえるでしょう。

しかしながら、SEAにより本国送還されても派遣国がその後の刑事手続きを怠ったり、不処罰としたり、国連のフォローアップに協力しない等の対応がされると、それ以上は国連は関与することができず、国連の取組みにも限界があります。情報開示も派遣国別の申立て、フォローアップ状況まで把握できなければ不十分です。そしてSEA防止のための内部統制制度が発達しても、制度を運営するのは人自身であり、その効果は管理者/指揮官/各国連PKO要員の士気の高さに左右されます。報告が義務化されても、国連PKO要員が現場で同僚の嫌疑を報告することを躊躇したり、黙認することが慣行となり制度が形骸化されたのでは意味がありません。

今後、SEA対策をさらに改善するためには、国連のみならず、各派遣国自身がこの問題の対処に積極的に取り組む必要があります。派遣国自身がゼロ・トレランス政策を導入し、情報開示も派遣国別に行い、各派遣国の責任を明確化する必要があります。そして制度の拡充に加えて、PKOミッション長や軍司令官、各国の部隊長がSEAを決して許さないという堅固な態度と高い士気を持って部隊を率い、各要員が自己の崇高な任務を理解し、SEAは許されないという現場の空気を醸成することが重要といえます。

<無断転載不可>

 

[1] United Nations Conduct and Discipline Unit (UNCDU), “Policy”, available at https://cdu.unlb.org/Policy/SexualExploitationandAbusePolicy.aspx. DPKO/DFS (ITS), “UN Peacekeeping PDT Standards, Core Pre-deployment Training Materials” (CPTM), 1st ed., Unit 4, p21 (2009), available at http://repository.un.org/bitstream/handle/11176/89573/CPTM_All.pdf?sequence=1&isAllowed=y.

[2] UNCDU, “Statistics”, available at https://cdu.unlb.org/Statistics/AllegationsbyCategoryofPersonnelSexualExploitationandAbuse/AllegationsforAllCategoriesofPersonnelPerYearSexualExploitationandAbuse.aspx.

[3] United Nations Secretariat, ST/SGB/2003/13 (Oct 9, 2003), p1, available at https://cdu.unlb.org/Portals/0/Documents/KeyDoc8.pdf.

[4] 当該国で合法か否かは問わず、買春はSEAとされます。

[5] DPKO/DFS (ITS) (2009), op. cit., at p14-15, 23-24. United Nations General Assembly (UNGA), A/58/708 (Feb 10 2004), p9-10, available at https://cdu.unlb.org/Portals/0/PdfFiles/PolicyDocL.pdf. 

[6] 例として国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)地位協定(SOFA)第51条(b) [http://www.un.org/en/peacekeeping/missions/unmiss/documents/unmiss_sofa_08082011.pdf]. 川嶋隆志『人権保障による平和構築:国際平和協力活動における実務者のための法規範』(2014年)183頁[防衛省統合幕僚学校国際平和協力センターWebサイト上、http://www.mod.go.jp/js/jsc/jpc/research/image/jap06.pdf]。DPKO/DFS (ITS) (2009), op. cit., at p12-13. 地位協定と裁判権免除について第36回「国連PKO要員の行動と規律」で説明があります。

[7] PKO要員に限らず全ての国連職員に適用される一般原則です。

[8] DPKO/DFS (ITS) (2009), op. cit., at p10.

[9] UNCDU, “UN Standards of Conduct”, available at https://cdu.unlb.org/UNStandardsofConduct/TenRulesCodeofPersonalConductForBlueHelmets.aspx.

[10] United Nations General Assembly, A/61/19 (Part III)(June 12, 2007), Annex: Revised draft model Memorandum of Understanding between the UN and Troop Contributing Countries Annex H, “We are the UN Peacekeeping Personnel”, p7-9, available at https://cdu.unlb.org/Portals/0/Documents/KeyDoc8.pdf.

[11] 前者は軍事要員のみならず全国連職員に適用されます。後者は軍事要員を対象とした行動規範です。

[12] UNCDU, “Policy”, available at https://cdu.unlb.org/Policy/SexualExploitationandAbusePolicy.aspx. United Nations Security Councij, S/2005/79 (Feb 9, 2005), p1, available at https://cdu.unlb.org/Portals/0/PdfFiles/PolicyDocJ.pdf. Protection from Sexual Exploitation and Abuse by our own staff (PSEA), “Film Facilitation Guide: To Serce with Pride: Zero Tolerance for Sexual Exploitation and Abuse”, p32, available at http://www.pseataskforce.org/en/tools/search/to%20serve%20with%20pride------.

[13] SGBは採択当時は軍事・警察要員は適用対象に含まれていませんでした。しかし2005年のゼイド報告書はSGBは全ての国連要員に適用されるべきと述べており、この提案は2005年の国連総会決議59/300で採択されました。2007年に国連総会で決議された「国連と部隊派遣国の了解覚書(MOU)」雛形の改訂版(A/61/19 (Part III))は、SEAの防止、捜査、説明についての派遣国政府の責任について言及し、SGBは軍事・警察要員にも適用されることとなりました。PSEA, op.cit., at p9. UNGA, A/61/19 (Part III) (12 June 2007), available at http://documents-dds-ny.un.org/doc/UNDOC/GEN/N07/380/34/pdf/N0738034.pdf?OpenElement.

[14] 国連は受入国派遣国の法律に関わらず「子ども」を18歳未満と定義して運営します。

[15] UNS (2003), op. cit., at p2. DPKO/DFS (ITS) (2009), op. cit., at p25-26.

[16] 内部監査部(OIOS)やミッション長(HOM)、軍事司令官等にも報告できます。DPKO/DFS (ITS) (2009), op. cit., at p17.

[17] UNS (2003), op. cit., at p1-2. DPKO/DFS (ITS) (2009), op. cit., at p17, 18, 20.

[18] DPKO/DFS (ITS) (2009), op. cit., at p32. UNGA (2007), op. cit., at p3-5. UNGA, A/RES/62/63 (Jan 8, 2008), available at http://documents-dds-ny.un.org/doc/UNDOC/GEN/N07/467/55/pdf/N0746755.pdf?OpenElement. UNCDU, “UN Strategy”, available at https://cdu.unlb.org/UNStrategy/Enforcement.aspx.

[19] 各ミッション別の手続きは各ミッションのSOFAをご確認下さい。

[20] UNCDU, “UN Strategy”, available at https://cdu.unlb.org/UNStrategy/Prevention.aspx. DPKO/DFS (ITS) (2009), op. cit., at p35.

[21] UNCDU, “UN Strategy”, available at https://cdu.unlb.org/UNStrategy/Enforcement.aspx.

[22] フォローアップの派遣国による回答状況は下記で統計が確認できます。 UNCDU, “Statistics”, available at https://cdu.unlb.org/Statistics/UNFollowupwithMemberStatesSexualExploitationandAbuse.aspx. 

[23] DPKO/DFS (ITS) (2009), op. cit., at p35. UNCDU, “UN Strategy”, available at https://cdu.unlb.org/UNStrategy/RemedialAction.aspx. UNGA, A/RES/62/214 (March 7, 2008), available at https://cdu.unlb.org/Portals/0/Documents/KeyDoc13.pdf.