第66回 国連PKOにおける同意原則(理論編)@PKOなう!

本コラムにある意見や見解は執筆者個人のものであり、当事務局及び日本政府の見解を示すものではありません。

2014年2月14日
国際平和協力研究員
つづき まさやす
都築 正泰

はじめに

 国連平和維持活動(PKO)を展開する上での基本三原則[1]として、国連事務局は近年、(1)主たる紛争当事者の同意、(2)不偏性・公平性、(3)自衛・任務防衛以外の実力の不行使を挙げています[2]。本稿では同意原則の理論的背景を取り上げ、国連事務局文書からみた国連PKOの同意原則をめぐる国連事務局の見解の変容を検討してみたいと思います。

「全紛争当事者の同意」の限界

 国連事務局は国連PKOの展開において伝統的に全紛争当事者の同意を前提としてきました。しかし国連PKOが国家間紛争に加え国内紛争の解決のためにも展開されることが増える中で、全紛争当事者の同意を前提とすることの限界が認識され、この伝統的な同意原則の修正が試みられるようになりました。 

 1992年6月、ブトロス・ガリ事務総長(当時)は「平和への課題」[3]の中で、国連PKOを「通常、軍事あるいは警察要員、また文民を含んだ国連活動の展開であり、今までのところ全紛争当事者の合意を前提とするもの」と定義づけました[4]。ここでガリ事務総長が全紛争当事者の合意の必要性を「今までのところ(hitherto)」と限定的に説明した背景については、国家間紛争のケースで潜在的な被侵略国の派遣要請のみで潜在的な侵略国の同意を得ずに国連部隊が展開する予防展開[5]、さらに各紛争当事者が停戦合意の履行を怠った場合にその履行の回復を促すための重武装の平和執行部隊の派遣[6]が国連PKOの枠内で実施されうることを示唆したものではないかとの見方もあり、国連加盟国内で論議を呼びました[7]

 しかし1995年1月、ガリ事務総長は「平和への課題・補遺」[8]の中で、ソマリア(UNOSOM II)やボスニア・ヘルツェゴビナ(UNPROFOR)等での経験を踏まえ、伝統的な国連PKO基本三原則を遵守する必要性を強調しました[9]。またここでガリ事務総長は、国連PKOが紛争当事者の同意を維持することが困難になりうる任務として、戦闘が継続する状態下で一般市民を保護するために設置される安全地帯の防衛や人道支援活動の警護等を挙げています[10]

「主たる紛争当事者の同意」への理論修正

 しかしながら、「平和への課題・補遺」後も「全紛争当事者の同意」を前提とする伝統的な同意原則の限界は国連事務局文書の中で指摘されてきました。2000年3月、コフィー・アナン事務総長(当時)が設置した「国連平和活動検討パネル」(座長:ラクダー・ブラヒミ元アルジェリア外相)が提出した最終報告(ブラヒミ報告)[11]では、国内紛争の場合に紛争当事者が同意を「操作」する課題が指摘されました。そして2008年に国連PKO局・フィールド支援局(DFS)が作成した「国連平和維持活動:原則と指針」(キャップストン・ドクトリン)では、国連PKOの同意原則について「全当事者の同意」から「主たる紛争当事者の同意」で足るとする理論修正がはかられました。

 ブラヒミ報告とキャップストン・ドクトリンに共通する視点でありますが、両文書とも、国内紛争における紛争当事者を「主たる当事者」とその「下位の当事者」(local parties)に区分しています。紛争後締結される和平合意に参加する各紛争当事者は「主たる紛争当事者」とされているのですが、その下位に位置づけられる小規模で泡沫的な紛争当事者の扱いが課題とされています。このような下位の紛争当事者は、国連PKOの展開に一時的に同意しても、それは自らの勢力を回復させるための時間稼ぎのためであり自らの勢力回復後は同意を撤回する可能性、また国連PKOが履行を支援する和平合意がそもそも自らの利益とならない場合にはいつでも同意を撤回する可能性がブラヒミ報告では指摘されています。ここで想定されている国連PKOに対する同意の撤回というのは、国連PKO要員の行動の自由を制限する等の活動妨害のことです[12]

 キャップストン・ドクトリンは、このように国連PKOの活動を妨害する下位の紛争当事者を「スポイラー」と呼んでいます。同ドクトリンでは、「主たる紛争当事者が国連PKO の展開に同意したという事実は必ずしも、現地レベルで同意が得られることを意味するものでも、保証するものではない。特に、主たる当事者が内部分裂状態にあったり、指揮統制系統が弱かったりする場合には懸念が大きい。いずれの当事者の統制にも服さない武装集団や、その他のスポイラー が存在するような不安定な状況では、全当事者から同意を得られる可能性がますます低くなる」と指摘しています[13]

むすびに

 以上、本稿では、国連PKO基本三原則のうち同意原則について、国連事務局が「全紛争当事者の同意」から「主たる紛争当事者の同意」に理論修正を行った経緯を簡潔に検討しました。しかしながら、国連事務次長(PKO局長)を務めたジャン=マリ・ゲエノ氏は、上記でみた「主たる紛争当事者」と「スポイラー」の区分はあくまでも理論上のことであり、実際には国連加盟国による高度な政治判断次第であると述べています[14]。次回は、国連PKO同意原則をめぐる実行面の考察として、安全保障理事会の実行からみた同意原則の運用を分析します。

 

[1] 国連PKO基本三原則が初めて提示されたのは1958年10月にダグ・ハマーショルド事務総長が国連総会に提出した報告「国連緊急軍(UNEF)設置・運用経験に基づく研究概要」(A/3943)であるといわれている。

[2] United Nations, Department of Peacekeeping Operations/Department of Filed Support, "United Nations Peacekeeping Operations Principles and Guidelines," 18 January 2008 (henceforth, Capstone Doctrine), Chapter 3"The Basic Principles of United Nations Peacekeeping," pp.31-41.

[3] United Nations, "An Agenda for Peace: Preventing Diplomacy, Peacemaking and Peace-keeping(A/47/277-S/24111)."

[4] Ibid., para.20. 下線は筆者による。

[5] Ibid., paras.28-32.

[6] Ibid., para.44.

[7] 川端清隆・持田繁『国連PKO新世代:国連安保理からの証言』(1997年)、7頁。

[8] United Nations, "Supplement to Agenda for Peace: Position Paper of the Secretary-General on the Occasion of the Fifth Anniversary of the United Nations (A/50/60-S/1995/1)."

[9] Ibid., para.33.

[10] Ibid., para.34.

[11] United Nations, "Report of the Panel on United Nations Peace Operations," (A/55/305-S/2000/809) (henceforth, Brahimi Report)

[12] Ibid., para.48.

[13] Op.cit., Capstone Doctrine, p. 32.同箇所和訳は、国連広報センター作成の日本語版「国連平和維持活動:原則と指針」(2008年)20-21頁より引用。

[14] 東京大学大学院法学政治学研究科・法学部グローバル・リーダーシップ寄付講座(読売新聞)、ジャン=マリ・ゲーノ前国連PKO担当事務次長特別講演「PKOの課題と展望 全3回ケーススタディ」(2010年)、54頁。