インターネットを通じた消費者の財産被害問題に関する消費者委員会としての現時点の考え方

2013年8月27日
消費者委員会

1.インターネットを通じた消費者の財産被害の実態

 近年、インターネット利用者は増加し続けており、総務省「平成24年通信利用動向調査」によれば、79.5%の人がインターネットを利用しているとされる。同調査によれば、インターネットの家庭内からの利用の目的は「電子メールの受発信」が63.2%と最も多く、「商品・サービスの購入・取引」も56.9%に及んでいる。また、インターネットを利用した消費者・事業者間の取引の拡大は、市場規模からみても顕著である。経済産業省「平成23年度我が国情報経済社会における基盤整備(電子商取引に関する市場調査)」(平成24年8月)によれば、我が国のB to C電子商取引(Business to Consumer、企業と消費者間の電子商取引)の市場規模は、2005年の3.5兆円から2011年には8.5兆円に増加しており、総務省「家計消費状況調査」によれば、1世帯当たりのインターネットを利用した支出額(総世帯・全世帯)は、2003年の月平均1,526円から2012年には同4,624円に増加している。
 インターネット利用者の増加に伴い、インターネットに関する相談も増加傾向を示している。全国消費生活情報ネットワーク・システム(PIO-NET: Practical Living Information Online Network System。以下「PIO-NET」という。)によれば、電子商取引に関する相談件数は、2003年度の3万1千件から2012年度には18万3千件に及んでいる。これらの相談の中には、相手方との連絡が取れなくなるケースが相当数認められ、PIO-NETによれば、電子商取引に関する相談のうち連絡不能又は所在不明とされた相談件数は、2003年度の1千件から2012年度は1万3千件へと拡大している。
 また、2012年度になって増加に転じ、約3万7千件と前年同期の2倍を超えるペースで寄せられた架空請求の相談のうち、請求手段が電子メールであるものの割合は、2009年度には47%であったのに対して、77%にまで高まっている(注1)。架空請求は、匿名性の高いツールを通じたやりとりのみによって財産被害を生じさせる手口であり、例えば、警察庁においても、架空請求を含む振り込め詐欺について犯人の特定が困難であることがその捜査上の課題とされていることなどから(警察庁「平成21年犯罪白書」)、被害に気付いた消費者が相手方と連絡を取ることは事実上困難である。
 こうした連絡不能の事案については、被害回復のための手続を取ることが極めて難しく、悪質事業者の中にはこのような被害回復の困難性に乗じていると思われる事例も少なくない。
 また、インターネットを通じた消費者の財産被害事案は、その被害額が高額でない場合も多いことから、被害を受けた消費者が被害回復を諦めているケースも少なくないと思われる。
 当委員会では、かかる事案において、消費者の被害回復を可能にするための方策につき有識者を交えて検討を重ねてきた。その結果を踏まえ、当委員会としては、現在、以下の見解を有するところである。

  • (注1) 国民生活センター報道発表資料「再び増加!架空請求のトラブル―請求手段はハガキから電子メールへ―」(平成25年3月28日)

2.相手方を特定できない財産被害事案における被害回復のための方策

(1)民事訴訟法による対応の検討

 インターネットを通じた消費者の財産被害事案において、相手方を特定できない場合に消費者の被害回復を可能にするための方策として、例えば、相手方を特定しなくても提訴を可能とし、又は、訴訟手続における相手方特定のための調査嘱託等について嘱託先の回答義務を明確化するといった、民事訴訟法の改正によることも考えられる。
 しかし、被害額が高額でないことが多いかかる事案において、被害回復のために提訴を要求することは消費者に過大な負担を強いるものである。相手方を特定できれば和解交渉等による解決の途も取り得るのであるから、相手方を特定しなくても提訴を可能とする制度を含めた訴え提起を可能ならしめるための情報収集手段の在り方の検討にとどまらず、訴訟を前提としない在り方も検討すべきと考える。
 かかる事案において消費者の被害回復を可能にするためには、消費者自身が相手方を特定できるようにするのが簡明であり、かかる事案について消費者が訴訟外も含め発信者情報の開示を受けられるよう検討を行うべきである。


(2)特定商取引法による対応の検討

 インターネットを通じた消費者の財産被害事案について発信者情報開示請求を可能とするための方策として、特定商取引に関する法律の改正によることも考えられる。同法は、通信販売事業者に対して住所・氏名等の情報を表示する義務を課しており(11条5号、施行規則8条)、かかる義務に違反したインターネット通販事業者に対する発信者情報の開示を求めることの正当性は容易に導かれると考えられる。
 しかし、この方法によると、相手方が同法上の「通信販売業者」に当たらない場合は対象外となるという欠点がある。インターネットを通じた財産被害事案は通信販売を巡る被害に限られるものではなく、例えばインターネットを介した融資保証金詐欺等の振り込め詐欺や個人によるインターネットオークションによる金銭トラブルなど様々な形態がある。同法の改正ではこれらの事案を対象とすることはできず、被害の実情に鑑みると対象範囲が不十分であり、方策としては限界があると考えられる。


(3)プロバイダ責任制限法による対応の検討

 インターネット上のウェブページや電子掲示板等の特定電気通信による情報の流通によって権利の侵害があった場合についての発信者情報開示請求等を規定する法律として、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)がある。現行において、プロバイダによる発信者情報の開示が正当行為と認められる場合を規律しているのはプロバイダ責任制限法のみであり、同法による対応はその本来的機能に合致したものと考えられる。そこで、インターネット上に流通することで他人の権利を侵害する情報について、プロバイダ等において「被害者救済」と発信者の「プライバシーや表現の自由、通信の秘密」という重要な権利・利益の保障とのバランスに配慮しながら自律的に対応するための制度的基盤を整えるという同法の趣旨に鑑みつつ、同法による対応が可能であるかを検討する必要がある。


3.インターネットを通じた財産被害事案へのプロバイダ責任制限法の適用

(1)ウェブページ等を通じた財産被害事案への適用について

 プロバイダ責任制限法による発信者情報開示請求(4条)は、実際上、インターネット上のウェブページ等に名誉棄損、プライバシー侵害、著作権侵害等に当たる情報が掲載されたとする者に限って認められるものとされ、消費者の財産被害事案については、それがウェブページ等を通じて行われたものであっても、請求は認められないものとされている。これは、同法の権利侵害が「情報の流通」自体によって生じたものである場合を対象としており、インターネットを通じて生じた詐欺被害事案はこれに該当しないとされていることによる(注2)。
 この点については、裁判例において「プロバイダ責任制限法立法の経緯及び文言からすると、プロバイダ責任制限法4条1項の規定によって発信者情報の開示が認められるためには、特定電気通信によって流通する情報それ自体で被害者の権利を侵害するものであることが必要であると解するのが相当」であると述べられているところである(注3)。また、総務省の研究会提言(注4)において、発信者情報開示請求との関係では「情報の流通により直接権利侵害していない場合をプロバイダ責任制限法の対象とすることは困難であると解される」との見解が示されている。
 しかし、インターネットを通じた消費者の財産被害事案に関して、相手方すら特定できないために被害回復が困難な事案が相当数あるとの実態に鑑み、権利の侵害が「情報の流通」自体によって行われたものでない場合についても同法の対象とすることを検討する必要性も認められるところである。
 プロバイダ責任制限法に情報の流通により直接権利侵害をしていない場合を含めるか否かの検討に当たっては、次の論点が挙げられる。

  • (ア) プロバイダ等は、流通している情報のみでは権利侵害の有無が判断できず、権利侵害が存在しないのに発信者情報が開示されるというリスクが高まるのではないか。
  • (イ) プロバイダ等が発信者情報開示請求訴訟に応訴する場合、適切に主張立証し得るのは、自己の管理下の設備に蔵置されたデータの権利侵害性に関する事項にとどまるのではないか。
  • (ウ) 上記(ア)(イ)の問題があることから、プロバイダ責任制限法のみで検討するのではなく、提訴を可能ならしめるための情報収集手段の在り方として検討すべきではないか。

 上記(ア)については、情報の流通自体により他人の権利を直接侵害しないものまで発信者情報開示請求の対象とした場合、プロバイダ等は、流通している当該情報のみでは権利侵害の有無が判断できず、権利侵害が存在しないのに発信者情報が開示され、プライバシーや通信の秘密、表現の自由が侵害されるおそれがあるとの点が、研究会提言において指摘されているところである。
 しかし、そもそも、消費者にとっては、一定の法律関係にあるものとして金銭を支払った相手方に対して発信者情報開示請求によらなければ連絡を取ることができないという状況自体、被害回復を図るための交渉の機会を奪うものであり、相手方に対する請求権の行使を妨げるものであって、消費者の権利利益を侵害するものと考えられる。また、自ら金銭を請求し受領した者(発信者)について、仮に、相手方に対して自らを匿名にしておく利益が認められるとしても、一般的に発信者情報開示請求の対象とされている、例えば電子掲示板などにおける誹謗中傷表現の発信者のプライバシー権や表現の自由と比べ、その要保護性は低いと考えられる。
 上記(イ)については、権利侵害の明白性の要件を課しているゆえの問題であり、要件を具体化・明確化することで解決可能と考えられる。インターネットを通じた財産被害事案においては、例えば、(i)金銭を既に支払ったこと又はそれと同視できる状態にあること(既に現金を支払った場合のほか、クレジットカード支払いを行った場合等)、(ii)発信者情報開示請求によらなければ連絡を取ることができない(損害賠償請求を行うことができない)ことを開示請求要件とすることが考え得る。
 一方で、この点については、発信者情報は、発信者のプライバシーに関わる事項であり、一旦開示されると、原状回復が不可能な性質のものであり、その取扱いには慎重さが当然に求められること等から現行法において「権利侵害の明白性」が要件として規定されたものであり、発信者による権利侵害が明白でないのに、発信者のプライバシー等の利益が侵害されてもよいと考えることは相当ではなく、(i)(ii)の要件についても金銭の支払いが売買代金の支払い等正当な根拠に基づき支払われたものなのか、それとも詐欺行為により錯誤に陥った被害者が支払ったものなのか等についてプロバイダ等は判断ができず、権利侵害が存在しないのに発信者情報が開示され、プライバシーや通信の秘密、表現の自由が侵害されるおそれがあるとの考えも存するところである。もっとも、当委員会が問題としている紛争類型においては、発信者のプライバシー権等の要保護性が低いと考えられることは前述のとおりである。
 上記(ウ)については、情報の流通それ自体によって他人の権利を侵害していない場合を「情報の流通」に含めることは困難であることを併せ考えると、プロバイダ責任制限法のみで検討するのではなく、相手方を特定しなくても提訴を可能とする制度も含めた訴え提起を可能ならしめるための情報収集手段の在り方について検討すべきものであるとの考えにも留意する必要がある。
 しかし、提訴を前提とした対応については継続的な検討の余地はあるとしても、提訴は消費者に過大な負担を強いるものであり、相手方を特定できれば和解交渉等による解決の途も取り得るのであるから、訴訟を前提としない在り方も検討すべきである。

  • (注2) 総務省「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律―逐条解説―」(平成14年5月。以下「逐条解説」という。)では、「権利の侵害が『情報の流通』自体によって生じたものである場合を対象とするものである。すなわち、流通している情報を閲読したことにより詐欺の被害に遭った場合などは、通常、情報の流通と権利の侵害との間に相当の因果関係があるものとは考えられないため、この法律の対象とはならない」(1頁)とされる。
  • (注3) 東地判平成22年12月7日参照
  • (注4) 利用者視点を踏まえたICTサービスに係る諸問題に関する研究会「プロバイダ責任制限法検証に関する提言」(平成23年7月)

(2)電子メールを利用した財産被害事案への適用について

 さらに、プロバイダ責任制限法は、「特定電気通信」すなわち「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信」(2条1号)による情報の流通によって生じた権利侵害を対象としていることから、電子メールを通じた権利侵害については、発信者情報開示請求が認められないとされる(注5)。研究会提言においても、「電子メールをプロバイダ責任制限法の対象とすることは妥当ではないと考えられる。」との見解が示されている。
 しかし、インターネットを通じた消費者の財産被害事案に関して、架空請求のようにウェブページ等に誘導することなく電子メールを利用して権利侵害が行われる事案においても、相手方が特定できないために被害回復が困難な事案が相当数あるとの実態に鑑み、権利の侵害が電子メールによって行われた場合についても同法の対象とすることを検討する必要も認められるところである。
 プロバイダ責任制限法に、電子メールにより権利が侵害されている場合を含めるか否かの検討に当たっては、次の論点が挙げられる。

  • (ア) 特定電気通信は不特定多数の者を対象とし、被害の広がりやその拡大のスピードという点で、プロバイダ等による迅速で適切な対応が必要とされるが、電子メールのように一回ごとに通信が完了する形態の通信は、これとは異なるのではないか。
  • (イ) 電子メールは特定者間の通信であって非公知であり、通信の秘密との関係上、その内容をプロバイダ等は確認することができず、これを対象とすれば、重大な権利を不必要に侵害する可能性があるのではないか。

 上記(ア)については、電子メールのように一回ごとに通信が完了する形態の通信は、特定の者を対象とし、かつ、過去に問題となる通信を行ったからといって、それ以降の通信について問題となる通信が必ず行われるとは限らないものであり、被害の広がりやその拡大のスピードという点で、特定電気通信とは異なるとの点が、研究会提言において指摘されているところである。
 しかし、電子メールであっても、ウェブページや電子掲示板等と同様に、問題となる内容が次々と送信される場合や複製され転送される場合がある。現在の電子メールの利用実態を見れば、消費者の財産被害を生じさせる手口には、架空請求を始め、サクラサイト商法、内職商法等、不特定多数に向けた同一電子メールを利用するものが多く存在しており、被害の広がりや拡大スピードの点において、また発信者情報を開示すべき必要性において、ウェブページや電子掲示板等と電子メールとの間で重大な差異があるとは考えられないともいえる。
 上記(イ)については、電子メールは特定者間の通信であって非公知であり、プロバイダ等がその内容を探知すべきものではなく、かつ、通信の秘密との関係上、その内容をプロバイダ等は確認することはできず、プロバイダ等において他人の権利侵害について判断することができないことからすると、これをプロバイダ責任制限法の対象とすることは、発信者のプライバシーや通信の秘密などといった重大な権利を不必要に侵害する可能性があり、電子メールをプロバイダ責任制限法の対象とすることは妥当ではないとの点が、研究会提言において指摘されているところである。
 しかし、書面や音声による特定者間の通信と電子メールによる通信とは、複写の容易性が著しく異なり、不特定多数の電子メールアドレスに同一文面の電子メールを送信する行為自体が、既に「特定者間の通信」という概念から外れるものである。このような電子メールは、もはや非公知のものとはいえず、通常の特定者間の通信とは要保護性が異なると考えられる。なお、どのような場合に不特定多数に向けた電子メールといい得るかは、電子メールの内容によるほか、実態に即した検討が必要と考えられる。

  • (注5) 逐条解説では、「電子メール等の1対1の通信は、『特定電気通信』には含まれない。なお、多数の者に宛てて同時に送信される形態での電子メールの送信も、1対1の通信が多数集合したものにすぎず、『特定電気通信』には含まれない」(4頁)とされる。

 なお、プロバイダ責任制限法に基づく発信者情報開示請求は手続等が複雑なため、個人が弁護士等に依頼せずに独力でこれを行うのは困難であること、また、インターネット消費者財産被害事案は被害額が高額ではない場合も多いことから、発信者情報開示請求を断念し、被害回復ができないケースが少なくないとの指摘もある。しかし、このような事態が解消されなければ被害救済は図れず、インターネット消費者被害の増大を抑止できない。そこで、個人が独力で請求が行えるようにするための方策等についても引き続き検討する必要がある。

 以上のとおり、当委員会は、現時点において、(1)インターネット上のウェブページ等を通じた消費者の財産被害事案、さらには、(2)電子メールを利用した消費者の財産被害事案において加害者を特定するため、プロバイダ責任制限法による発信者情報開示請求がかかる事案にも適用可能となるよう検討が行われる必要があるとの見解を有する。これに対しては、先に述べたとおり様々な見解が存するところであり、今後、第三次消費者委員会においては、これらの議論を踏まえ、本問題について検討が深められることを期待する。

(別紙)インターネットを通じた消費者の財産被害問題の状況について(PDF形式:111KB)新しいウインドウで開きます