第24回基礎問題小委員会 議事録
平成15年3月14日開催
〇委員
それでは、時間になりましたので、今日は第24回目になりますが、基礎問題小委員会を開催いたします。
すでに、議事予定につきましては、今日の案件を書いてきましたが、今日は「少子高齢化と税制」という形で慶応大学の先生にお話しいただくことと、事務局にご説明いただくということで、前後二つに分けまして、このテーマを扱いたいと思います。
最初に、慶応の先生から「生涯現役社会のための税制」という形で、高齢化の観点から日本が抱える問題を幾つかおまとめいただけると伺っております。
では、30分ほどでご説明いただけますか。残り30分ほどで自由に議論したいと考えております。
よろしくお願いします。
〇委員
今日は、このような機会にお招きいただきまして、どうもありがとうございました。
タイトルは、「生涯現役社会のための税制」とついていますけれども、税制調査会に呼ばれたので税制というのをつけただけで、私は税の専門家ではありませんから、ぜひ、皆さんからあとでいろいろ教えていただきたいと思います。
「生涯現役社会」というのは、働く意思と仕事能力のある人は年齢にかかわりなく働き続けられる社会をつくろう、そういう考え方です。これは、日本の人口構造の変化を考えると必然だろうというふうに思っています。
例えば年金制度一つとってみてもわかるわけですけれども、今の日本の公的年金制度は、ご承知のとおり、もちろん一部積立金はありますけれども、基本的には賦課方式をとっているわけでございます。若い人の保険料で年をとった人の年金給付を賄っているわけですから、若い人口が急激に減って高齢人口が急激に増えてくる中で、今のままではもたない、あるいは、維持することが難しいということが明らかになっているわけです。
ご承知のとおり、日本の年金制度は最初は積立方式で始まったわけですから、積立方式に戻すということも考えられます。そして、積立方式に戻せば、理論的に言えば、人口構造の変化の影響を受けない形になるわけですけれども、一旦賦課方式にした年金制度を積立方式に戻すためには、その過渡期の世代が二重の負担を負わなければいけない形になりますので、それは実務上も、おそらく政治的にはもっと難しい問題になると思います。したがって今我々は、例えば年金で言えば、ある程度積立要素を増やすことは必要であるとしても、基本的には、賦課方式の財政方式のもとで解決案を考えていかなければいけないことになります。
そこで、年金を例に続けてとりますと、賦課方式の年金制度のもとで人口の少子高齢化が進めば、一定の給付を維持するためには保険料の負担を引き上げなければいけない。あるいは、保険料の負担を引き上げないようにするためには給付を引き下げなければいけないということで、これまでその両方のことを繰り返してきたわけですけれども、それにも限度があるわけです。
そこで、負担のアップでもないし、給付の削減でもない形としてもう一つ考えられるのが、「生涯現役」という考え方だと思います。働く意思と仕事能力のある高齢者に、できるだけ長く働き続けてもらうことによって、高齢者自身に社会保険料、税を負担してもらう。つまり、これから増えてくる高齢人口自体に高齢社会を支える側に回ってもらうことが、非常に有望なシナリオとして出てくるわけでございます。もちろん、もう働きたくないんだ、自分は引退したいんだという人を総動員する、モビライゼーションというのは、日本のような民主国家にはなじまないわけでございます。ですから、あくまでもこれは、働く意思と仕事能力のある高齢者の人たちがもっと本格的に長く働き続けられる仕組みをつくろうということです。
そういう点で、日本は一つ、ほかの先進国にないアドバンテージがあるわけです。皆さんもそういう経験がおありだと思いますけれども、先進国で、例えば日本とアメリカとヨーロッパの人たちが集まった高齢化に関するカンファレンスなどに行きますと、日本というのはとても悪条件が重なってしまっているわけです。例えば将来の高齢化がどれだけ大変かということは、現在の財政状況と、人口の高齢化自体がどのくらい進行するかという二つの変数に基本的には依存するわけですが、高齢化そのもので見ると、日本とヨーロッパがものすごく進む、アメリカはそんなに進まないわけです。
一方、現在の財政状況はどうかというと、これからはわかりませんけれども、相対的に言えば、アメリカとヨーロッパは日本に比べると相当いい。そうすると日本は、現在の財政状況においても、あるいは将来の高齢化の進展度においても、両方とも厳しい条件があるわけです。ただ、その中で、アメリカ、ヨーロッパに比べて一つだけ日本に優位性があるとすると--一つだけかどうかわかりませんけれども--今申し上げた、生涯現役社会のシナリオを実現しやすい条件があるということです。それは、日本の高齢者の就労意欲がまだ相当に高いということです。
皆様にお配りしました資料の一番終わりのページになってしまいますけれども、ちょっとこれ、時間がなくてすみません。ほかの資料は英文のペーパーのも日本語に訳したのですけれども、最後のはペーパーのままで出しております。これは、先進国の60代前半の男性の労働力率を示したものでございます。労働力率というのは、ご承知のとおり、当該人口グループに占める就労意欲、就労意思のある人の比率という定義になっているわけですけれども、見ていただきますとわかりますように、60代の前半で就労意欲を持っている人の比率は、これは1998年のデータですけれども、日本は70%を超えているわけです。今、これは72%くらいに下がっていますけれども、ダントツに高い。それに次ぐのがアメリカ、イギリスのアングロサクソン諸国ですけれども、50%台の前半ぐらい。大陸ヨーロッパに行きますと、グッと下がりまして、ドイツ、イタリアが3割ぐらい、フランスに至っては2割を割っているわけであります。
つまり、日本は先進国の中で際立って高齢者の就労意欲が高い国であることがわかるわけです。できるだけ就労意思が高いうちに生かすような仕組みをつくるべきだ。せっかく高齢者の就労意欲が高いときに、これをディスカレッジするようなシステムを続けているのは、あまりよろしくないのではないかということでございます。
ちなみに、ヨーロッパ、アメリカ、日本の、これまでの高齢化とその高齢者雇用との関係で政策の変遷を簡単にレビューしますと、これも皆さんご承知かと思いますが、実はヨーロッパにおいては、1970年代から80年代にかけて若年の失業率が急速に上昇しましたために、若年失業対策として、70年代、80年代は高齢者の就労をむしろ抑制する、つまり、高齢者の早期の引退を促進するような政策を意図的にとったわけであります。世代間のワークシェアリングという考え方です。
しかし、これは、先日もOECDの人たちとディスカッションしたわけですけれども、はっきりと失敗だったことがわかったわけです。つまり、結果はどうだったかというと、高齢者の引退は顕著に進んだわけですが、一方で、若年の失業率は全く下がらなかったということで、ヨーロッパでも、さすがに高齢化の深刻さが見えてまいりました1990年代の前半になって、政策をはっきりと変えました。
従来は、早期引退というのを、例えば公的年金を非常に寛大にキープする、例えば新しい技術についていけなくなった高齢者に対して、それは職業上の障害であるということで、障害年金を給付する形で早期引退を促進してきたわけですが、そういった年金政策等をはっきりと変えまして、むしろ就労を促進する政策をとろうとしているわけですけれども、一旦下がってしまった労働力率をもとに戻すことはなかなか難しいということです。
アメリカはヨーロッパとはかなり性格が違いまして、ご承知のとおり、ADEA(Age Discrimination in Employment Act)、直訳すると「雇用における年齢差別禁止法」と言われている法律ですが、これを1967年に施行しまして、そのあと、78年、86年と改正されております。現在は、40歳以上のすべての労働者について、年齢を理由にした不利益な扱いをしてはいけないということで、具体的に言えば、現在、定年退職制度というのはアメリカにおいては違法な制度になっているわけです。あるいは、募集や採用に年齢制限をつけることもアメリカにおいては違法とされているわけでございます。そういう形で、高齢者の就労や雇用を抑制する制度を、年齢差別禁止法という形で除去していく政策をとってまいりました。
もう一つ、注目すべきなのは、これもあとで申しますけれども、年金の給付に伴う収入制限、すなわち、年金の受給資格を得たあとで働き続けて高い勤労収入がある場合には、年金の一部ないしは全額がカットされるという収入制限。日本では在職老齢年金制度というふうに言われておりますし、アメリカのソーシャルセキュリティシステムですと、アーニングステストと言われているわけですが、これが就労抑制的であることが従来から指摘されておりまして、アメリカでは、たしか2001年の1月からこの制度を撤廃したわけであります。そういう形で、年金が持っている就労抑制的な部分を改善することも行っております。
もう一つ、日本はどうかといいますと、高年齢者雇用安定法という法律を80年代の終わりにつくって、その後何回か改正を経まして、法律ルール上の一つの大きな出来事は、1998年だったと思いますけれども、定年制度を設ける場合には60歳を下回ってはいけないという、いわゆる60歳定年法制というのが実現されたことでございます。日本の場合は、高齢者の雇用の促進は、アメリカの場合、年齢差別禁止法というルール、あるいは、年金の収入制限を撤廃するという形で行ったのに対して、典型的なのは、高年齢者雇用継続給付金という、高齢になって賃金が下がった場合に、その賃金の一部を補てんするという形で高齢者の就労を促進するといった助成金政策がとられてきたわけでございます。
各国とも、高齢者の就労を現在では促進するような政策をとろうとしているわけですが、先ほど申しましたように、日本では中でも高齢者自身の就労意欲が高いというアドバンテージがあるわけで、これを生かして、生涯現役社会をつくっていくことが可能なのではないかというふうに考えられるわけでございます。
問題は、マクロで生涯現役が可能な条件があるにもかかわらず、ミクロレベルにおりますと、さまざまな阻害要因があるということでございます。
ここでは、二つ挙げさせていただきたいわけですけれども、一つは、公的年金制度です。冒頭に申しましたように、そもそも公的年金制度を何とかしなければいけないということで、高齢者の就労を促進しようと言っているときに、公的年金制度自体に、高齢者の就労を抑制する仕組みがビルトインされてしまっているという問題があるわけです。
公的年金というのは、経済学の言葉で言えば非勤労所得、つまり働かなくても得られる所得ですから、これも経済学の言葉を使わせていただければ、所得効果という効果を通じて、働かなくても得られる所得があれば必ずその分だけ人々は余暇をより多く購入しようとする。余暇をより多く購入するということは、それだけ働く量を減らすということですので、それは当然なのですが、あとで申しますように、実は、それ以上に就労を抑制する仕組みがそこに内蔵されているということであります。
レジュメを1枚めくっていただきますと、表1というのがございます。これは、技術的なことは省きますけれども、労働供給関数というのを計測した結果の一部を引用したものでございます。要するに、いろいろな変数があるわけですね。高齢者が働くかどうかを決めるための変数は、公的年金が幾らもらえるかとか、働くとしたら賃金が幾らもらえるかとか、定年を経験しているかどうかとか、そういったさまざまな変数によって、これは60代の男性のケースでデータを見ておりますけれども、高齢者が働く確率がどのくらい変化するかということを見ているわけです。
ちなみに、これはご参考までですけれども、労働供給関数については国際的に標準化されたモデルがあります。「ヘイキット・モデル」というモデルですけれども、これは、ジェームス・ヘックマンという、何年か前にノーベル経済学賞を取った有名な計量経済学者が開発したモデルでありまして、できるだけ偏りが少ない形でこういった各変数の労働供給に与える影響が推計できるモデルでございます。
これで公的年金の受給額が労働供給に与える影響を計測いたします。その弾性値で見ますと、これは、受給額が1%増えると就業確率がどのくらい減るかということでございますけれども、マイナスの符号がついているのは、すべて、年金給付が増えるとそれだけ労働供給する確率が減ってくるということを示すわけであります。
これは、80年から96年まで時系列的に見ておりますけれども、80年代の後半ぐらいから影響の大きさは安定的になってきております。80年代の前半までは、年金制度は必ずしも十分に成熟しておりませんでしたので、影響の大きさが不安定、ないしは、まだそんなに大きくありませんでしたけれども、80年代の終わりくらいからはかなり安定的に出てきております。つまり、公的年金が労働供給を減らすことが計量経済学的にも確認されているわけです。
ただし、この効果の中には、年金がもらえるから働くことをやめる、働かなくても済むので引退するという、経済学の言葉で言えば「所得効果」の部分と、これから申し上げる、働くと年金を減らされてしまうので働かない、これは「収入制限の効果」というふうに言うことができるわけですが、先ほど、アメリカでソーシャルセキュリティの中に含まれているアーニングステストを廃止したという話をしましたけれども、この収入制限の効果が入っているわけでございます。
その効果がはっきりわかるのは、次のページをめくっていただきますと、図の1というのがございます。ちょっとデータが古くなって恐縮ですけれども、利用可能な表というか、我々が使わせてもらえるデータの中で比較的新しいのがこの年度だったので、そういうことになるのですが、1992年のデータですから、もう10年以上前のデータですが、60代で働き続けている人を、他の条件をできるだけコントロールしたもとで、さらに、年金の受給資格があるかないかというので分けた結果です。60代で働き続けている人の毎月の勤労収入の分布を見たものです。勤労収入の分布を、年金の受給資格があるかないかで分けてみますと、年金の受給資格のない人の分布は非常になだらかな分布を示すわけです。
ちなみに、このときの制度ですと、39万円を超えると、年金は全然もらえなくなってしまいますので、そこまでしかとっておりません。39万円以上のところが、受給資格のない人が非常に高く出てしまうのですけれども、ちょっとここを除いて見ていただきますと、年金受給資格のない人はきわめてなだらかな分布を示すのに対して、受給資格のある人は、9万円から10万円という収入階層に顕著なモードといいますか、最頻値を持つ分布を示すわけであります。これも技術的な話になりますけれども、分布の差の検定を行ってみますと、明らかに違うことがわかります。
この当時の年金制度--今はまた少し制度が変わっておりますけれども。毎月の月給、厳密に言うと標準報酬月額と言われるものですが、これが9万5,000円を超えますと、年金受給資格のある人の受給額が5割カットされるという臨界的な点になっているわけです。したがってそこの直前のところに、収入を抑えるというきわめて合理的な行動が見られるわけでございます。
こういった年金の給付に伴う収入制限が、実は、高齢者が働くことをやめてしまう、あるいは働く場合にも、その能力を十分に発揮しない働き方を選択するということをもたらしていることがわかるわけです。
もう一つめくっていただきますと、次に図2というのがあります。これは、同じく60歳代で働いている人を、これもできるだけほかの条件をコントロールしたもとで、年金を受給しているかしていないか、定年の経験があるかないかで分けて、ある分布を見たものです。何の分布を見ているかというと、60代で働く人の中で55歳当時と同じ職種で働いている人がどのくらいいるかという分布です。ここでの仮定は、60代で働いている人の中で、55歳のときと同じ仕事で働いている人というのは、その人のキャリアジョブといいますか、55歳のときというのはその人の仕事上のピークのときでしょうから、55歳のときと同じ仕事をしているということは、それまで長年培った能力が十全に生かせる雇用機会で働いているというふうにここでは仮定しています。
それで見てみますと、あとで定年の話をしますけれども、仮に定年のあるなしをコントロールしたもとで、年金を受給しているかしていないかでこの比率を比べてみますと、これも統計的に有意に、年金を受給している場合は55歳当時と同じ職種で働く確率が低くなるわけです。つまり、年金を受給することによって、先ほど言いましたように収入を意図的に抑えたりする必要があるために、55歳のころと同じ仕事をしてしまうと、収入が高くなり過ぎてしまうことを反映していると考えられるわけでございます。
もう一つ、もう、少しお話を始めましたけれども、企業のベースで見ますと、生涯現役を阻んでいるので定年退職制度でございます。厚生労働省の一番新しい統計を見ますと、30人以上の人を雇っている企業の9割に定年退職制度があります。さらに、定年退職制度がある企業の約9割が、法律上の定年齢の下限である60歳に定年を定めているわけでございます。したがって、0.9 掛ける0.9 ですから、30人以上の人を雇っている企業に勤めている人の約8割は、60歳になると自動的に年齢だけを理由に、仕事を辞めてくださいと言われる制度の中で働いているわけです。
これは、働く意思と仕事能力のある人に、できるだけその能力を発揮して働いてもらう生涯現役という考え方と真っ向から矛盾する制度なわけでございます。もちろん、定年後も第二の職場で働き続けられる方も多いわけですけれども、実は、定年をきっかけに労働市場自体から引退してしまう人も相当いるわけでございます。
次のページ、5ページをめくっていただきますと、表2というのがございます。これは、先ほどと同じ労働供給関数の計測結果から見ているわけですけれども、今度は私の計測結果だけではなくて、ほかの私の同僚の研究者の人たちの計測結果も網羅的に引用しております。これは、定年を経験することによって就業確率がどのくらい減るかということでございます。
例えば一番上の、私の計測結果でマイナス0.1774と出ておりますのは、定年を経験した人は、もらえる賃金とか、年金の状況とかいったような他の条件が一定のもとで働く確率が、18%ぐらい減少するということです。安部さんの研究だと、2割ぐらい減少するという結果も出ているわけでございますが、これは、研究者の使ったデータとかモデルによって、若干弾性値は違いますけれども、いずれも統計的に有意に1割から2割ぐらいの幅で、定年を経験することだけで労働市場から労働力が退出してしまうことがわかるわけです。ということは、これは、定年制度がなければ、社会がまだ活用できたかもしれない人的資源を、定年制度のために我々の社会が失ってしまっているということを意味するわけでございます。
恐縮ですが、1ページ前に戻っていただきまして、先ほどの図2です。今度は、年金の受給のほうをコントロールして、定年の経験があるかないかのほうで見ていただきたいわけですけれども、いわゆる第二の職場で定年後も働き続ける人がいると申し上げたわけですが、その際に、先ほどの55歳当時と同じ職種で働く比率というのを見ていただきますとわかりますように、定年の経験がある人は、ない人に比べて明らかに同じ職種で働く確率が低くなっているわけでございます。
年齢を基準としたこうした雇用慣行のもう一つの問題は、募集・採用に年齢制限をつけることが、日本の社会ではまだおおっぴらに認められているということでございます。図の3を見てください。これは、労働力調査の特別調査からとったものですけれども、失業者に対して、「あなたはどうして再就職できないのですか」という再就職できない理由を聞いた結果です。これも恐縮ですが、2000年の2月の統計ですけれども、新しくなればなるほど、ここで申し上げている傾向は強く出てきております。
見ていただくとすぐわかるように、45歳以上になると、「年齢」というのが圧倒的にダントツの理由になっているわけです。つまり、年齢だけが理由なわけです。賃金が高過ぎるからとか、技能がないからとかではなくて、年齢がいき過ぎているために雇ってもらえない。
これは、皆さん、新聞の求人広告とかをご覧になればすぐわかるように、ちょっとここに統計を出しませんでしたけれども、私、学生に主要紙の求人広告についている年齢制限を集めてもらったことがありますが、8割ぐらいの求人広告に年齢制限がついているわけです。これもご承知かと思いますけれども、一昨年の10月頃から、公共職業安定所において、求人企業に対して、できるだけ年齢を制限をつけないような努力義務といいますか、希望を出しているわけですけれども、それでもなかなか減らない。
つまり、募集採用に年齢制限をつけないことが、これから、特に中高年の労働者が増えて、しかも、その中で労働市場が流動化してこざるを得ないときには、どうしても必要になってくるだろうということでございます。今、幾つか少しぱらぱらとご覧にいれた実証研究の結果を見ましても、これから私たちの社会は、高齢化が進む中で、「年齢」をできるだけ基準としない仕組みをつくっていかなければいけないということだろうと思います。
例えば年金制度で言えば、年金の給付に所得効果があるのは当然ですけれども、だとすれば、やはり年金の支給開始年齢をもうちょっと引き上げてもいいのではないかと思います。年金を受け取ることができれば、必ず所得効果で就労に対するマイナスの効果は出てきますから、支給開始年齢の引上げというのは、もう少し前倒しで、あるいは、もっとやってもいいのではないか。
有名な財政学者の井堀東大教授は、カンファレンスでいつか議論したときに、彼は非常に明快なロジックをおっしゃっていまして、私の記憶ですと、要するに年金保険というのは予想外の長寿というリスクに備える保険であるから、そういう観点から言えば、年金の支給開始年齢を平均寿命ぐらいまで引き上げても理論的にはおかしくないのではないか。つまり、誰もが平均寿命ぐらいまでは生きると考えるのが予測のうちだとすれば、予想外の長寿というのはそのくらいでもいいのではないか。それは非常に割り切った考え方だと思いますが、そこまでいかないにしても、もう少し支給開始年齢を引き上げることを考えてもいいのだろうと思います。
それから、年金の給付に伴う収入制限については、アメリカでも廃止しておりますが、私は、日本でも抜本的に見直す必要があると思います。あとでちょっと申しますけれども、では、収入がいっぱいある高齢者に年金を払う必要があるのか、という議論が出てくるかもしれませんが、それは、勤労所得と年金給付を合算して勤労所得税で再分配を図ればいいというふうに思います。私は、年金制度に再分配の機能を持たせることはかえって年金制度を複雑にして、再分配はできるだけ税で行うというふうにしていくことがいいのではないかと思っております。
もう一つは、今申し上げたのは年金制度についての話でございますけれども、雇用慣行。これは、定年ですとか、募集採用の年齢制限というのを基本的に見直す。アメリカのように、雇用における年齢差別禁止法のようなものをつくることも一つのオプションだろうと思います。
もちろん企業は、好き好んで定年とか募集採用の年齢制限を置いているわけではありませんで、それを置かざるを得ない理由があるわけです。その最たるものが年功的な賃金制度、あるいは年功的な昇進制度です。年齢や勤続に応じて賃金が上昇する制度のもとでは、当然ですけれども、年の上の人にどこかで辞めてもらわないと、企業としてはコスト負担が大きなものになってしまう。
あるいは、年齢が上の人は管理職とか監督職に就けるという仕組みでは、やはり上の人がどこかで辞めてくれないと、下の人を処遇できないことになるわけでありますから、そういった年齢や勤続年数を基準として賃金や職位を決める制度を抜本的に見直す。アメリカでADEAが施行されて企業がそんなに困っていないのは、逆に言えば、賃金とか昇進の度合いが、年齢や勤続とあまり強くリンクしないようになっているということだろうと思います。
ちなみに、もう一つだけつけ加えますと、日本の企業がどうしてこれだけ定年にこだわるかというと、定年以外の理由で人に辞めてもらうことがなかなか難しいからということがあるわけです。雇用調整の手段として、定年退職というのは非常に大切な制度になっているわけです。
しかし、これも問題がないわけではなくて、したがって日本の企業が雇用調整をやるときには、定年で辞める人に辞めてもらうと同時に採用を抑えるという形で雇用調整をしますから、不況になって雇用調整が必要になると、必ず若い人と高齢層のところに際立った負担が課せられる。若年層と高齢層の失業率が高いというのはそういったことも反映しているわけでございます。
皆様方の中には、最近のフリーター現象とかそういったことを、若い人の意識の問題としてだけとらえる方もいらっしゃるかもしれません。もちろん意識の問題もないわけではありませんが、不況のときには採用を抑えるという形で雇用量を調整するという日本の企業の雇用調整行動が、若い人たちの就職を難しくして、また、フリーターといったようなものを増やしているということもあるわけです。
私は、税制に関しては専門家ではありませんけれども、税制の一つの大きなポイントは「中立性」ということだと思います。これは税収中立という意味ではなくて、人々の行動に対する中立性という意味ですけれども、特にここでは、年齢に対する中立性というか、年をとっているから得をするとか、若いから得をするとか、そういったことが間接的にでも税や社会保障制度を通じてあまり起きないような制度、つまり、それがいいかどうか、そういうことが理論的に許されるかどうかわかりませんけれども、年齢中立性といいますか、中立性の概念をできるだけ年齢にも広めていく必要があるだろうと思います。
ちょっと時間があれですので、少し急いで話しますけれども、今申しましたような年齢を基準としない社会制度をつくるためには、税制もそれと関連して見直していただく必要があるのではないかなというふうに思います。
例えば、先ほどちょっと申しましたけれども、年金の収入制限の影響を除去するためには、在職老齢年金制度的な、あるいはアーニングステストという形の、勤労所得のある人からは年金をカットして、最終的には勤労所得が、今の制度でも、35万円を超えると年金は全額カットされるわけですから、それ以上のところは、極端に言えば税率100%という形で課税されることになりますので、そういう極端な形ではなくて、むしろ年金も給付した上で勤労所得と合算して課税していく、という形のものの考え方ができないかなというふうに思います。
もう一つは、年功賃金をできるだけフラットにすることが生涯現役社会を実現するために大切なわけですが、この点では、例えば退職金税制といったようなものが大きなネックになっているわけでございます。ご承知のとおり退職金というのは、経済理論から言えば、賃金の後払い以外の何ものでもありません。例えば松下電器のケースが有名ですけれども、最近、幾つかの企業が、退職金を賃金に上乗せして最初に払ってしまう。要するに、退職金で払う部分を賃金に上乗せするというオプションを認めるようになっているわけです。もともと、傾斜のついた年功賃金自体があと払いの賃金体系ですから、その最後の非常に大きなランプサムの後払いが退職金というふうに考えれば、年功賃金をフラットにすることは、退職金を賃金のほうに戻して上乗せしていくことになるわけです。
ところが、これをやろうとすると、退職一時金については、特に勤続年数に応じた非常に大きな控除枠が認められていて、事実上、一定額以下の場合には非課税のような形になってしまっているのに対して、当然ですけれども、賃金に上乗せされれば累進的な所得税がかかるということで、こういった形の賃金のフラット化に今の税制が矛盾する形になっているわけであります。これは、最初に賃金制度がそうなっていて、退職一時金をたくさんもらう人がかわいそうでしょうという形で、今の一時金税制ができたことは理解できますけれども、退職一時金税制といったものも見直す必要があるのではないかと思います。
それから、先ほどの年金の課税の関係で言えば、私は、年金給付に対する課税を、年金も賃金の後払いと考えれば、勤労所得と同じような課税が自然なのではないかと思います。特に問題なのは公的年金に対する税制です。これを雑所得とし、なおかつ控除を認めるというようなものが企業年金にも援用されているわけです。
そうすると、企業年金の場合には、拠出時、運用時、給付時、すべてにおいて税制の優遇を受ける形になってしまっているわけで、少なくとも拠出時、運用時は、個人が将来に備えることを促進するためにいいと思いますが、給付時は、これは賃金の後払いなのですから、しっかりと勤労所得並みの課税をしていくことが大切なのではないか。むしろ401Kや何かをもっと発展させるために、拠出時や運用時の税制優遇を拡大するためにも、給付時の課税はしっかりやっていく必要があるのではないかなと思っております。
最後に、時間がありませんから、あまり言わないほうがいいのかもしれませんけれども、私は、税制調査会とか経済財政諮問会議の議論にここで喧嘩を売ったりするつもりは全然ないのですが、間接的に新聞の報道等でときどき聞く内容で、労働経済学者として若干違和感を持っている点について、二つだけ触れさせていただきたいと思います。
一つは、所得税の減税とか、相続税の減税を、しばしば、経済の活力を上げるためというロジックで言われることがあります。これは簡単に言えば、相続税が高かったり、所得税が高いとみんな働く気をなくすので、それを減税しましょうという考え方だと思いますけれども、労働経済学者の間のコンセンサスといいますか、これは実証研究で繰り返し確認されていることですが、少なくとも男性の壮年層、多くの人々については、税制といったものはあまり勤労意欲等に影響を与えないことは確認されているわけです。
もうちょっと具体的に言うと、壮年層の男性については税制が就労にほとんど影響を与えないわけです。税制が影響を与えるというのは、実効賃金を変えるから影響を与えるわけで、税金が高いから就労意欲が低下するとかいうのは、たしかに女性のパートタイマーとか高齢層には言えますけれども、プライムエイジの働き盛りの人たちについてはあまり言えない。
たしかに例外的な例はありますね。テニスのトッププレーヤーが、税金が高いから、スウェーデンからモナコに引っ越すとか、そういうことはあります。しかし、わざわざ我々が繰り返し検証しなくても、高級官僚の方が、所得税が高過ぎるからもう出世するのはやめようとか、そういうふうに考える方はあまりいないので、所得税が極端に高くなれば別ですけれども、いま程度の高さで就労意欲が阻害されているというのはちょっと考えられない。
もう一つは、相続税の問題です。これは、人々の効用といいますか、それが次の世代に及ぶかどうかということと絡みますけれども、実は勤労意欲という観点から言えば、本当は相続税を100%にしたほうがいいかもしれないわけです。イコールフッティングという考え方から言いますと、最初の出発点に著しい格差がつくということは、勤労意欲、あるいは勉強する意欲を著しく削ぐわけです。相続税が軽減されるということは、次の世代に最初から大きなハンディがついてしまうことになりますので、そういうふうな考え方から言えば、社会の活力を低下させる可能性もあるわけです。そういう意味で、所得税とか相続税の減税が社会の活力を高めるという観点を--もちろん全くないとは言えませんけれども--強調されるのは、私は、労働経済学者としてはちょっと違和感があります。
それから、パートの税制、あるいは社会保険の今の適用の問題と就労の関係がよく言われるわけですが、これも、パートの就労と社会保険の適用、簡単に言えば130万円というのが非常に大きな関連があることは明らかですけれども、税については、今回、皆様方がおやめになろうとしている特別控除を入れた段階で、理論的にはかなり中立性に近くなっております。そういう観点で影響するのは、税の適用と対応して企業の扶養家族の手当てが出されているというところです。こちらのほうが、むしろ税よりも就労との強い相関があるということです。
最後のところは、あまり時間もありませんのでちょっとスキップいたしまして、あと……。
〇委員
質問が出たら、お願いします。
〇委員
はい。そういたします。
〇委員
どうもありがとうございました。大変貴重な、かつ、含蓄あるお話をいただきました。
皆さん、いろいろお聞きになりたいことがいっぱいあると思います。今から30分くらい時間をとりまして、質疑応答にしたいと思います。
どなたでも結構です。どうぞ。
〇委員
全くおっしゃるとおりではないか。先ほど井堀先生のお話ということで、平均寿命が一つの基準だと思いますね。全体の人口の中で、何%ぐらいを社会で面倒を見ればいいかという比率で固めてもいいのではないかと思いますけれども、とにかく、できるだけ生涯現役社会的な発想でいったらいいのではないかと思います。そういう点では一番の正攻法は、支給年齢の繰上げというか、繰下げというか、これではないかと思うのです。これは、5年かかるか、10年かかるかわかりませんけれども、それがいいのかなと思います。
もう一つは、支給繰下げによる割増というのがありますね。あれは今、70で止まっている。あれを75なり何なりにして、それと並行すれば一つの効果が出るのかなと思います。
それから、公的年金等控除のお話ですけれども、ある時点まではずっと給与所得として扱ってきたんですね。ちょっと甘すぎるのではないかということで、あれを半分くらいに縮減するという意味で公的年金等控除にしたのですが、まだ甘い。両方もらっている人については、給与所得として扱えばその分だけ圧縮されると思いますが、これだけもらっている人だと、給与所得控除にすると、むしろ甘くなってしまう面があるかもしれない。
これは、ある意味では給与所得控除のほうが甘いということだろうと思いますので、むしろ税制として、給与所得控除を半分にして、その中に公的年金もぶち込むというあたりかなと。給与所得控除のほうが大きな問題ではないかと思うのですが、支給年齢の繰下げがどれだけ現実的にできるか、もう限界なのか、そこらについてお伺いしたいと思います。
〇委員
限界というのはいろいろな意味があるかと思いますが、ちなみに、アメリカの場合は日本よりも高齢化が進まないわけですけれども、2024年に、最終的に支給開始年齢を67歳に……。アメリカでソーシャルセキュリティというのは、ちょっと紛らわしいわけですが、公的年金です。アメリカのソーシャルセキュリティの支給開始年齢、フル年金ですね、67歳に引き上げることになっています。
〇委員
何年からですか。
〇委員
2024年だったと思います。これは非常にPiecemealに、少しずつ、少しずつ上げていくんですね。
それから、これもすでにご承知かと思いますけれども、スウェーデンにおいて新しい年金制度が導入されて、これは、ある面では非常に画期的な確定拠出型賦課方式みたいな形です。つまり、将来の負担額も固定化した上で、もしそれ以上高齢化が進んだら給付水準を下げる、あるいは、支給開始年齢、自分から受け取る年齢を上げていくというオプションを認めた制度です。これも、今の支給開始年齢が65歳ですから、もし同じ年金額をもらうとすれば、65歳以上のところに支給開始年齢を引き上げていく形になるかと思います。
今、日本では、基礎年金の部分は2001年から支給開始年齢の引上げが始まっております。報酬比例部分も含めて、たしか全部完了するのが2025年だと思いますが、65歳支給にすることになっているわけですけれども、2025年よりもうちょっと前に、報酬比例部分も含めて、65歳以下を少なくともやることはできるのではないかなというふうに思います。
もう一つ、それができるかどうかは雇用問題です。つまり、65歳まで雇用がちゃんとついていくかどうかですが、実は、65歳以下というのは、時期をいつにするかどうかはともかく、2000年の厚生年金法の改正で報酬比例部分も含めて決まっているわけですから、私は、むしろ政府の責任としては、年金の支給開始年齢を65歳にするのであれば、少なくともその時点で、65歳までは年齢を理由に退職を強要されないという雇用ルールをつくるというのがないと、整合性を欠いたものになるだろうなというふうに思います。
誤解のないように申し上げますと、アメリカの年齢差別禁止法もそうですし、定年を65歳に延ばすというのもそうですけれども、年をとった人の雇用を無条件にギャランティーするということではなくて、企業は、当たり前ですけれども、その人の能力に見合った賃金であれば雇うし、そうでなければ雇わないわけですから、これは、あくまでも年齢を理由に職を失うことがないようにしようということです。逆に言えば、そのルールを守るためには、賃金とか処遇が、一人ひとりの能力だとか、会社に対する貢献度に直接的にリンクして決められるようにしなければいけないということだろうと思います。よろしいでしょうか。
〇委員
先生のお話、大変面白く聞かせていただいたのですけれども、仮に先生が総理大臣になって、この生涯現役社会の実現のために政策を用意するとするでしょう。現実的にいろいろな壁があると思うんですね。一番厚い壁から、二番目、三番目くらいに、何と何と何が障害ですか、先生がこれをやろうと思ったらば。
〇委員
まず、私は絶対総理大臣とかにはなりたくないので、在野の研究者のほうが気が楽ですからあれなんですが、一番大きな壁は、今申しましたけれども、生涯現役を実現するために賃金制度を変えていかなければいけないんですね。賃金制度の改定は、賃金というのは単に企業と個人との関係だけではなくて、生活全般にかかわっていますので、総合的に言えば一番難しいと思います。
例えば、今の大企業の年功賃金というのは、基本的には、男性世帯主1人の稼ぎで一家4人が生活できるところまで生活費を含んだ生活給になっているわけです。どんな国の賃金も、労働者の生計費を無視した賃金というのはあり得ないわけですが、先進国で、男性世帯主1人の稼ぎで、専業主婦も家に置いて、子供も2人ぐらい大学に行かせるところまで生活費に含めた生活給体系というのは、ちょっと珍しいわけです、これだけ立った年功賃金というのは。ですから、それをもっとフラットにしないと、高齢者の雇用を企業がすることができないわけです。
ところが、そういう生活給をなくすためには、女性が男性と同じように就労して、つまり、カップルで働き続けるのが標準的な世帯だという形にならないと難しいです。あるいは、18歳になった子供は、基本的には親のもとを出て自活することが可能な、例えば奨学金制度だとかいったようなものが拡充しないと難しいですね。
私は、少なくとも労働経済学者の目から見ると、生涯現役を実現するために一番大切な問題は、この賃金制度、あるいは処遇制度をどういうふうに企業が変えていくかだと思いますが、それは実は、今言いましたような理由で、企業だけの努力ではなかなか難しい部分があって、それを必要としている社会システム自体を変えていく必要があるということだろうと思います。
ただ、パート税制とか、パートに対する社会保険の適用の問題というのは、広い面で言えば、世帯主1人の稼ぎで生活するのを標準とするモデルから、一つの世帯で複数の収入稼得者がいるのが標準的であるという形に変わっていくための、ワンステップにはなるかと思います。
それからもう一つ、あえて何が障害かといえば、これはちょっと経済学者の専門的なあれではありませんけれども、非常に強く残っているエイジズム(年齢主義)だと思います。いい意味でも悪い意味でも、年齢主義というのはありますよね。例えば若者。若者はエイジズムと無縁かと思いますと、そうではなくて、例えば大学生なんかでも、1年、学年が違うだけで、先輩と後輩とかそういう関係が出てくるわけですね。そういう著しく年齢というものを基準とした社会規範、あるいは、世の中の動かし方が変わらないと難しいかと思います。
ちなみに、これは一つ面白いエピソードですけれども、田中滋さんという、「ヘイ・システム」というアメリカの賃金とか人事問題のコンサルタントの日本法人の社長がいますけれども、田中さんがエール大学に留学したときの話を本に書いています。彼はたしか東大の楽友会ですか、東大のオーケストラの出身で、エールに留学したときにも、エールのオーケストラに入りたくて入ろうとした。
そのときにとてもショックを受けたと田中さんはおっしゃっているわけですが、それは、エールのオーケストラというのは毎年オーディションをしてメンバーを決める。彼は、大体大学のクラブというのは、1年のときに入ったらそれは2年、3年といって、しかも、2年生は1年生よりも威張るのが普通だというふうに思っていたのに、毎年毎年、オーディションをしてメンバーをかえる。年代ではなくて、その時点で誰がそのオーケストラにふさわしい能力を持っているかで、オーケストラのメンバーを決めるということですね。
そういう徹底した能力主義というか、要するに、エイジズムを徹底的に排除するというのは、人間の評価を、少なくとも企業と個人の関係ではその人のパフォーマンスだけで見ますということですから、それがどの程度徹底できるかどうかというのが--私はこれは専門家ではありませんので、わかりませんけれども、もしかしたら、もう一つの大きな非経済的な障害かなというふうに思います。
〇委員
ちょっと質問と意見がごっちゃになって、しかも、それが多岐にわたるので、まとまりのない発言になるかもしれませんが、最初におっしゃった、基本的な年金制度に絡む問題として、積立方式と賦課方式という考え方があると。最初は積立方式で始まったけれども、いつの間にやら賦課方式の要素が高まって、今は賦課方式が中心の考え方で制度が構築されている、こういうお話だったわけです。どうも年金制度の改革というのは、この十何年間か毎年のようにやっていて、加入者というか、国民は、もううんざりしているというか、あるいは、年金制度に対して希望も信頼もなくなっている。したがって、消費を抑え貯蓄に向かうというような消費者側の反応まで出てきてしまっている、そういう現実が一方にある。
そこで、この積立方式と賦課方式の使い分けみたいなことで一つ質問したいわけですが、清家さんのおっしゃった、制度の改革、見直しの考え方の根底にあるのは、賦課方式なのだから、賦課方式に沿った制度の改変をこれからも進めていかざるを得ないだろう、こういうご趣旨だと思うわけです。
しかし、現に積立方式というのも制度の中に厳然として存在している。その代表的なものは積立金の問題だと思います。今の年金保険の設計において、一部に、積立金が過大ではないのかという批判があるわけですが、しかし、今の年金保険料というのは積立金の絶対額は取り崩さないという大前提のもとに料率計算がされている。これは賦課方式そのものであるということで、ここら辺はどうなのだろうということ。
それから、保険料設計、基本的な部分で積立方式をまだ守っているのであれば、おっしゃるように、積み立てたお金なのですから、高齢化が進んだとか何とかということで年金の制度設計をするのはちょっと根拠に欠ける。自分の積み立てたお金なのだから、高齢者が増えようと増えまいと、ちゃんといただきましょう、最初の約束どおりいただきましょうという主張もできるわけで、ここら辺を年金制度においてどう考えたらいいのかというのが第一点。
それから第二点の問題で、先生のお話でちょっと出なかったのですが、雇用制度、賃金制度、年金制度云々の幅広い問題意識のもとでお話しいただいたわけですが、税制に関する部分で、消費税という問題がどうしても目の前にあるわけですね。
一つは、年金税制を中心として所得課税をどうするんだ、年金の制度をどうするんだ、もろもろ企業内の制度をどうするんだ、ということが言われているわけですが、これと消費税をどう絡めるのかというのがこれから出てくる問題。もう出ているかもしれないけれども、ますますウエートが高まってくる問題だと思うのですが、その辺のお考えはどうなのか。
それからもう一点、年金の論理、社会保障制度の論理でずっとお話しされているのですが、世の中もかなり変わっているということがもう一つあるわけです。生涯現役とおっしゃる、理想としてはそのとおりなのですが、なかなかそうもいかない。パイが増えない、若い人に職場を与えなければいけない、仕事を与えなければいけないということが、これも社会問題として強く要請されているわけで、そこら辺をどうするのか。
それからもう一つ、年金の給付等々の削減問題、合理化問題というのがあるわけですが、どうもここ数年の傾向として、親のコストにかつてとは別のコストが増えているのではないか。それは、60過ぎても子の面倒を見なければいけないという現象が見られるわけです。60になれば、昔ですと、もう子供は結婚している、子供もいる、仕事もちゃんとしている、それぞれの家庭と生活を確立している。
しかし、最近ですと、親が60になっても何せ子供はなかなか結婚しないし、孫も手間がかかる。それから、一旦就職してもどうなるかわからない。そうすると、60過ぎても、つまり定年過ぎても、お金を用意しておかなければいけないというプレッシャーが親のほうにあるということで、世の中全体が、かつてのような生活サイクルが少し変わってきたのではないか。ここら辺の高齢者の社会保障との関連はどう考えたらいいのか。ちょっと幅広いですが、そこら辺を。
〇委員
では、お答えできる範囲で。まず、最初の積立方式と賦課方式の話は、むしろ別の委員にご説明いただいたほうがいいかと思いますけれども、もし間違っていたら、あとで少し訂正していただきたいと思います。この積立方式がいつの間に賦課方式になったわけではなくて、はっきりとターニングポイントがあるわけです。これは、1973年だと思いますけれども、田中内閣のもとで年金の財政方式が基本的には賦課方式に変わったわけで、それはそのときには立派な理由があったわけです。つまり、積立方式というのは、例えば40年なら40年積み立てた人でなければフル年金もらえないわけですから、年金制度が始まって何十年もたたないとフル年金をもらえる人が出てこないというのでは、これも、年金制度に対する支持というか、納得は得られないだろうと。そこで当初、十分に積立をしていない人にも年金を給付しましょうという形で賦課方式になったのだろうと思います。
もう一つ、これは近似的な黄金方程式ですけれども、簡単に言えば、賃金の上昇率プラス人口の上昇率が資金の運用利回りを上回っているときには、賦課方式のほうがいいわけです。逆に、人口の上昇率プラス賃金の上昇率が資金の運用利回りを下回れば、積立方式のほうがいい。1973年当時というのは、人口も賃金もものすごい勢いで増えていました。もちろん、今より資金の運用利回りも高かったですが、賦課方式にする合理性はあったと思います。それが、今、人口構造が変わり、成長率も変わってきたときに合理性を失ってきたということだと思います。
そして、年金制度改定のたびに、賦課方式のもとで給付の削減と負担の増加が繰り返されて、人々がうんざりしてきた。それは全くおっしゃるとおりです。別に私は政府のために弁護するつもりはありませんけれども、それはなぜかというと、人口予測が常に見通しを誤ったからなのです。これも、人口学者が悪いわけではなくて、誰も、こんなに出生率が下がる、あるいは、こんなに寿命が伸びるというふうには予想できなかったわけです。
おっしゃるとおり、過去何年かの年金制度の改定は常に人口予測の改定に基づいているわけです。過去何回かの5年おきの人口推計というのは、これは有名な話で、人口推計は常に高位推計、中位推計、低位推計とされるわけですが、前回の低位推計が必ず次の回の中位推計になる。つまり、前の回に一番極端なペシミスティックな推計だと思われたものが、次の回には標準的な推計になってしまうぐらい少子化と長寿化が進む。ですから、出生率とか長寿化が一旦決まれば、そのもとで将来必要な保険料とか給付の削減は決まるわけですが、それが変わるたびに変えざるを得なかったということだろうと思います。
私は、先ほど言いましたように、別に賦課方式が好きなわけではなくて、理論的に言えば、積立方式に戻したほうがいいに決まっているわけです、人口構造の影響を受けないという観点から言えば。だけども、一旦賦課方式にしたものを積立方式にするのは、二重の負担の問題があってなかなか難しい。したがって、その中で多少できるとしたら、積立要素を少しでも増やしていく、あるいは減らさないようにする。
例えば、現在でも、前回の年金制度の改定のときに行われるはずだった、保険料の引上げの部分、積立部分が凍結されているわけです。したがって、そこのところをちゃんと回復するとか、そのくらいのことはやったほうがいい。運用益が出るかどうかは別ですけれども、積立部分の運用益が人口の高齢化の影響を緩和するわけですから、その部分を持っているということは、理論的に言えば、人口構造の変化の影響をその部分だけ緩和することができることになるだろうと思います。しかし、これを完全に積立方式に戻してしまうのは難しい。
ちなみに、ご参考までに言いますと、これを完全に積立方式に戻したらどうかというモデルを出しているのが、東大の八田(達夫)教授と専修大学の小口(登良)教授で、共著の中で積立方式に直す場合のシミュレーションが述べられているわけです。
それから、消費税はどうしても上げていくべきだろうというふうに思います。直間比率をもう少し変えていく。消費税はもちろん完全に中立的な税制ではありませんけれども、ほかの税制に比べれば、人々の行動に対して中立的な面が強いわけですので、そういう面で消費税の比率を高めていくことは必要だと思います。
ただし、私は、年金を消費税で全部賄うのはどうかなというふうに思っています。年金のような制度というのは、たとえ賦課方式であっても、給付と負担の関係をはっきりしておきませんと、今までの経験から見ても、かなり膨張してしまう可能性がある。社会保険方式がいいのかどうかわかりませんけれども、社会保険というのは、アメリカで社会保険料がソーシャル・セキュリティ・タックスと言われていることからもわかるように、ある意味で言えば目的税ですよね。目的税になっていて、給付と負担のリンクがついていると、どこでバランスをとるのか。
さっき、言おうとして時間がなくてあれしたわけですが、いずれにしても、高齢化のコストは誰かが払わなければいけないわけで、どこにも打ち出の小槌はないわけですから、最終的に国民がどういう給付とどういう負担の組合せを選択しますか、という話になるわけです。そのときにそのリンクが--もちろん消費税と年金でも、給付と負担の関係、リンクがつけられますけれども、もうちょっとダイレクトにリンクしていたほうがいいのではないかと私は思っております。
それから、60過ぎて子供の面倒を見るという社会。これは、人口社会学者、私の若い友人で学芸大学の山田(昌弘)助教授などが、こういう研究をよくされていますけれども、日本とともに少子化が極端に進んでいるのがイタリアです。あと、ドイツもそうです。イタリアと日本のもう一つの共通点は、30ぐらいになったいい大人が親と一緒に住んでいることだと言われています。つまり、親と過ごす期間が長くなるほど、親子同居が多くなればなるほど出生率が下がっていく。それは、おっしゃったように、長期的には子供が結婚しない、出生率がますます下がる、子供が結婚しないと……。そこのところは、もう稼いでいる子供をどうして親が面倒を見なければいけないのかというのは、私にはよくわかりませんけれども、そういうふうに考える人がいるとすれば、高齢者にとっての費用も増えるのだろうと思います。
しかし、親と一緒に住んでいない子供もいるわけです。僕は、先ほどおっしゃった意味がよくわかっていないのかもしれませんけれども、60を過ぎて子供の面倒を見なければいけないから、所得がたくさん要るという人のために、少なくとも移転所得を増やす必要はないと思います。
〇委員
最後のところはいろいろ考え方の差があって、先生も60近くになると、意外と現実の問題としてなるかもしれない。そこはわからないですよ。
〇委員
私のところはまだ小学生ですから(笑)。
〇委員
一点だけ、すみませんが、再質問。絞って伺いますが、今の積立金なんですよ。これが100何十兆円あって、5年分以上あって、積立方式というもとで思想としては積立をしてきた。しかし、一方で賦課方式の原理をどんどん採用する。要するに、給付を下げる、支給年齢を延長する、在老は強化するというようなことをやってきているわけでしょう。そこら辺との関連はどう考えたらいいのかということです。
〇委員
今の年金は、基本的にみんな賦課方式というふうに理解してやっているわけですから、「積立金なんだからよこせ」というふうに言うことができるかどうか、人々がクレームできるかどうかですね。それから、その積立金を取り崩すときに、では、どこの世代で取り崩すか。積立金というのは過去からずっとの蓄積ですから、どこの世代で取り崩すかという問題が出てくると思います。完全にその世代で完結している積立方式であればいいわけですけれども、今のような一部積立金を持っている場合の、積立金の運用益を使うのはいいですけれども、取り崩しということになると今言った問題が出てくるのではないでしょうか。
〇委員
ネガティブなんですね。
〇委員
わかりませんけどね。ちょっとそこのところは僕はあまり答えを準備していないので。
〇委員
わかりました。
だいぶ時間がたちましたけれども、ぜひご発言という方は何人いらっしゃいますか。--3人ね。どうぞ、短くやってください。
〇委員
手短に。今日の先生のお話は生涯現役ということで、伺いたいのは、退職金の問題で、生涯現役という観点から退職金をどう考えるか。そして、せっかくここの場なので、それと、退職金課税のあり方について伺いたいと思います。
〇委員
退職金、あるいは退職年金というのは、どんな国にもある制度ですので、それ自体を個別の企業がどういう形で取るか、あるいは、労使がどういう形でそれを設計するかというのは、原則、労使の自由だと思います。
ただし、ここで税制の話になりますけれども、税制といったような社会的制度が、退職金制度で賃金をもらうと有利だとか、そういう制度で資金を積み立てると引き当てられるというような形で、ある種の賃金の支払い形態を助長する形になっているのは、これは中立的ではないと思います。
ですから、退職金制度自体が悪いとは全然思いませんし、当然、企業に対するロイヤリティを高めたいという企業はあるでしょうし、労働者も、あとでもらうのでいいですよというのであれば、そういう契約は成り立つと思いますが、それを制度が歪めることはないのではないかというのが私の考えです。
〇委員
一点だけ。そうすると、現在の退職金制度が、日本の労働者の退職年齢にどういう影響を与えるかという点はどうなのですか。
〇委員
退職金そのものの直接的な影響は実は有意には出ていないのですが、一つわかっているのは退職金制度なんですね。日本のほとんどの企業がそうですけれども、自己都合退職と会社都合退職というのに差をつけているんです。特に、若ければ若いほど、自己都合で退職すると退職金が著しく減額されるのです。実は最後のほうになると、自己都合退職と会社都合退職の退職金の支給率が一致してくるんです。
そういう面では、退職金の支給率というのは、人々の退職行動というか、離職行動に有意な影響を与えていることは明らかです。高齢になればなるほど、退職金を持っている企業への定着効果はなくなってくる。ということは、逆に、離職がしやすくなってくるということは間違いないですね。
〇委員
手短に言いますが、先生が先ほどご指摘のエイジズムというか、年齢主義が、生涯現役を進めるための一つの障害である、阻止する問題であるとおっしゃいまして、まさに私、そのとおりだと思うのです。企業などでは、なぜ定年があるかというと、先ほど先生がご指摘のように、それによってどいてもらわないと活力が出ないと思うんですよね。私どもの会社でも、定年になっていなくなってくれると、みんな下は喜ぶわけですな、はっきり言って(笑)。
辞めるべき人は、肩書を外したとしても、そこらでちょっと軽い仕事をしてもらうとかいうこと自体が、日本ではどうもなじまない年齢主義というのですか、女子高生なども駅で「センパーイ」とか言ってやっているくらいですから、日本の文化と言っていいのではないかと思うんですよ。これを変えることは非常に難しいのであって、「経済がどこまで文化を変えるか」という問題になると思うのです。
むしろ、エイジズムを前提にした、これはあるんだという中でそういう制度を今後考えていくほうが、スムーズに、あるいは現実的ではないかと思うのですが、その辺はどういうお考えでしょうか。
〇委員
これは、ちょっと私の専門分野から外れますので、一般論になりますけれども、おっしゃる意味はとてもよく理解できます。ただ、先ほど私が申し上げたような、人口構造のものすごくドラスティックな変化の中で、エイジズムに基づいたシステムが非常に安いコストで維持できるということはないと思います。したがって、人口構造の変化といったような非常に大きな市場圧力になる外生変数の変化を考えると、そういう人々のものの考え方も変わっていかざるを得ないのではないか。
エイジズムができた時代は、若い人がたくさんいて、年をとった人が少ない時代ですので、その時代にエイジズムがつくり上げられてずっと続いてきたというのは理解できますけれども、例えば年をとった人を優遇するというのを、高齢人口が、65歳以上の人口で見ても4分の1以上になるときに、続けることは難しいですね。つまり、高齢者の優遇。65歳以上の人は入場料をタダにしますとか、税金安くしますとか、そういうことはやはり無理だと思うのです。
私は、ゲマインシャフトというんですか、家族とか、仲間集団とか、地域社会とか、そういうところで、長幼の序とか、年齢に応じたいろいろな秩序があるのはとてもいいと思います。しかし、ゲゼルシャフトというか、例えば営利を目的とする企業とか、そういうところで労働力の人口構造が変わったときに、敬老精神なり長幼の序みたいなものを維持することは、少なくとも経済学者の目から見ると、それはできると思いますけれども、著しくコストがかかるのではないかと思いますので、そういうシステムがそんなに長続きするとは思えない。
もちろん私は、決して経済が文化の上をいっているというふうには思いませんけれども、人々の価値観とか、秩序体系というものは、少なくとも経済合理性が働く場においては、経済的な変数の変化に応じて変わっていかざるを得ないのではないかと思います。その辺は別にエビデンスがあるわけではありませんから、何とも言えませんけれども。
〇委員
最後ですが、どうぞ。
〇委員
現在のような定年制度を持ちながら行く方法も、たしかにハイコストエコノミーで、高年齢層の方で賃金に比べて生産性が低い方もたくさんいらっしゃる。その延長線上のことをやるのもハイコストだし、これを早く企業から離してしまうというのもおそらくハイコスト。今まで日本の場合、企業の中でそのハイコストな部分を吸収してきたということが、全体の賃金体系に対してもハイコストなものをある既定値につくってしまったわけで、今のお話を聞いていると、私は、やはり定年制度をもっとドラスティックにやってしまったほうがいいのではないかと。
つまり、ギャランティーコストみたいになっているところがありますよね、人々の頭の中で定年制度というものが。何歳まではいられるとか、退職金もそれで計算できるとかいう既定値になっているけれども、今のお話を聞いていると、むしろそれもやめてしまって、ということなのか。ちょっと質問にならないのですが、定年制度のところを……。
〇委員
それはとてもいいご質問だと思います。これは、先ほどの委員のご質問とも絡むわけですけれども、年をとった人がいつまでも居座って困るのは、少なくとも経済効率の観点から言えば、パフォーマンスに見合わない報酬を受け取っている人がいつまでもいるから困るんですね。パフォーマンスに見合う報酬であれば、いつまでいてもらっても構わないんです。逆に言えば、パフォーマンスに見合わない人は、年をとっていようが、若かろうが、いてもらったら企業としては困るわけです。
何度も言いますけれども、エイジズムを廃する、あるいは性差別もそうですけれども、性とか、年齢とか、場合によっては国籍とかいったような外形基準を、少なくともビジネスの場で人を評価する基準から外していくことは、逆に言えば、徹頭徹尾会社にとって役に立つかどうか。役に立たない人はいつでも辞めてもらいます。でもそれは、あなたは女性だから、年をとったから、外国人だから、というのを理由にするのはやめましょうということですよね。ですから、年齢差別をなくす、性差別をなくす、場合によっては国籍差別をなくすという考え方は、逆の面から見ると、働くほうにとってもきつい社会になってくるわけです。
これはちょっと余談になりますけれども、年齢差別禁止とか、定年をなくすという議論について、総論では賛成する労働組合が、各論の話になると、もうちょっと様子を見ましょうという腰が引けた感じになるのは、そういうことがあるからです。働く側にとってかなり厳しい。だけど、人口構造の変化というのは避けられない構造変化ですので、そういう外生変数のとてつもない大きな変化に対して、もちろん行ったり来たりはあると思いますけれども、長期的には、私が申し上げたようなシナリオに持っていかざるを得ないのではないかと思っているということです。
〇委員
まだあるかもしれませんが、予定の時間を20分近く過ぎてしまいました。
本当にありがとうございました。何か年寄りがだんだんゆっくりできない世界になりそうですね(笑)。
〇委員
一つだけ。
〇委員
短くしてください。
〇委員
他の委員の質問にちょっと関連してだけど、さっきの積立方式で、僕は民間の年金に入ってますけれども、どうせ国民年金ですから大してもらえないんです。積立のやつですけれども、今、運用で穴をあけているでしょう。ああいうのはどういうふうにお考えですか。
〇委員
その辺は僕はよくわかりませんけれども、今、運用で穴をあけてないファンドは、別に年金ファンドに限らず、あまりないわけだから……。
ただ、確かにおっしゃるように、公的な年金ファンドが、今の運営の形でいいかどうかというのは議論する余地はあると思います。私がさっき申し上げたのは、理論的に言って、積立金というのは、高齢化の要素を緩和することがなければ、高齢化の影響を緩和するバッファーはないわけですから、したがって、今の積立金の制度、その運用のあり方がいいかどうかというのは私はよくわかりませんが、少なくとも積立要素を持つということは、人口の高齢化の影響を緩和することに資することは間違いないということです。
〇委員
ありがとうございました。まだおありと思いますが、予定した時間もだいぶ過ぎております。
どうもありがとうございました。大変貴重なお話を、ありがとうございました。
〔教授退室〕
〇委員
それでは、話は後段の、事務局の、高齢化と社会保障、税制に絡めてのこれまでの議論の整理ということでございますが、先生のお話の延長上にありますので、このまま入り込んでいいと思います。
ただ、これまで我々が出しました幾つかの答申、これについて事務局が整理してくれましたので、事務局からまず最初に簡単に説明いただいて、今の議論を続けたいと思います。
では、お願いします。
〇事務局
横表でございます。「少子高齢化・社会保障に関わる税制調査会の主な考え方」ということで、昨年の6月に頂戴いたしました「基本方針」、その中で、高齢化でありますとか、社会保障というキーワードが出てくる個所を原文どおりに抜き書きしたものを整理いたしました。
1ページ目でございますが、これは全体の構造でございます。構造変化のいの一番に少子高齢化を挙げていただいております。その下も、こういう構造変化に的確に対応せねばならぬ、と。
「視点」ということで四つ挙げてくださっていまして、一つ目が、個人や企業の自由な選択を妨げない中立性。二つ目でございます。若干恣意的でございますが、アンダーラインを引いております。「経済社会の構造変化に対応しきれず、税負担の歪みや不公平感を生じさせている税制上の諸措置の適正化」。三つ目、「安定的な歳入構造を構築」、さらに「地方分権の推進」、この四つの視点を挙げてくださっているわけでございます。こういったあるべき税制の構築によって、「持続的な経済社会の活性化」ということでございます。
次のページでございます。左に、課税の適正化・簡素化等々書いてございます文章の見出しを、ここではピックアップしております。今後、当審議会でご審議いただく際の、いわゆる論点項目的な意味合いも持つのかなというふうに思います。それぞれに「主な考え方」ということで原文を挙げておりますが、それぞれに考え方の視点なり方向性等をお示しいただいているわけでございます。
「課税の適正化・簡素化」というところでは、2行目になりますが、「国民の税制への信頼、社会参画への意欲を失わせ、社会の活力を低下させるおそれがある。社会共通の費用を国民皆が広く公平に分かち合う」という考え方がございます。
その次に、安定的な歳入構造。これも2行目に飛びますが、「少子高齢化の進展に伴い、今後、年金・医療給付などの増大は避けがたい」。その次のパラでございますが、「財政の持続可能性に対する懸念を通じて国民の将来不安を招く一因ともなっている」。
その次以降は各論でございます。先ほどのお話でございますが、エイジズムがかなりみちみちておりますが、個人所得課税でございます。一つ目の●でございますが、下から2行目、「少子高齢化など経済社会の構造変化の中で、税負担に歪みが生じている面があればこれを是正するとともに、根強い『不公平感』にも対処していかなければならない」、このようにご指摘いただいております。
さらに、いろいろな控除でございます。「特定扶養控除、老人扶養控除等の様々な割増・加算措置、特別な人的控除、これは廃止を含め、制度をできるかぎり簡素化する」。
その下に、老年者控除。これは、65歳以上の方、年間所得1,000万円を下回る方に、所得税で50万円、個人住民税では48万円の控除があります。これについて、「適用所得要件を見直すなど、真に配慮すべき高齢者に対する控除としての位置づけを明確に」と。所得1,000万円というと、我々サラリーマンで申しますと、上位数%に入ってくる、そういう金額でございます。
その次のページでございます。公的年金等控除。これは、先ほどもちょっとお話がございましたが、63年分所得から適用になっております。それまでは給与所得の分類に入っていた年金でございます。それを、給与所得から雑所得の別枠で所得分類をするという中で、新たに設けた控除、これが公的年金等控除でございます。「社会保険料控除がある以上、本来不要とも考えられる。しかし、当面、少なくとも世代間の公平を図る観点から、定額控除の割増と老年者控除との関係を整理するなど、大幅に縮減する方向で検討する必要がある」。65歳ということで倍にしている定額控除、こういったことについての問題提起をしていただいております。
その下でございます。「社会保険料控除等については、年金制度が多様化し、任意性の強い拠出も見られているので、その対象範囲を吟味していかなければならない」。
これも先ほど話題になりました、退職金に対する課税。これは、現在、退職所得控除を行いまして2分の1課税をしております。これが、20年までが1年あたり40万円、それを超えた分については1年当たり70万円ということになっております。これも、「就労や退職金支給の実態を踏まえつつ、税負担の公平・中立を確保するよう見直す必要がある」。
その次に、個人住民税。これも、「サービスなどの受益に対する負担として、対応関係が明確に認識できるものであり、……地方税の基幹税として充実確保」、こうなっております。
その次に消費税につきましては、一つ目の●の4行目だけ読みます。「社会保障支出の増大や財政構造改革を展望すれば、今後、税率を引き上げ、消費税の役割を高めていく必要がある」。同様の趣旨が、地方消費税の充実確保についても次の●で書いてございます。
相続税・贈与税につきましても、「経済のストック化の進展により、今後、相続による資産移転の増加が見込まれる」。さらに[2]として、「社会保障の充実により、相続時に残された個人資産については、その一部を社会へ還元する必要がある」というご指摘で、その一番下でございますが、「従来より広い範囲に適切な税負担を求める必要がある」、こういうご指摘がございます。
金融税制、これも、経済のストック化ということで、「今後より重要性を高めることとなる」。いわゆる「少子高齢化に伴う勤労性所得の相対的減少」というご指摘をいただいております。
次のページに、「税と社会保障」がございます。このページは「参考」と右肩に打ってございますが、これは平成12年の中期答申でございます。主に税と社会保険料の関係等々についてのご論議を、前回の税調ではいただいているわけでございます。
税と社会保障ということで、今申しました税と社会保険料の問題を、四つ●がございますが、整理していただいております。
一つ目のものでございますが、これも2行目だけエッセンスを申し上げますと、「生活上の不安を取り除くための方策は、自助、共助、公助と区分することができる」。この「共助」というのが保険で、「公助」が税金という整理をいただいております。
その次の●でございますが、「租税と社会保険料とは、法律に基づいて国民に負担を求めるものであるという点において共通の性格を有している。両者を合わせた負担の水準が国民負担率」、このような考え方の整理。
その次の●は、一番最後のところでございますが、「給付と負担が強く関連付けられている点で、(社会保険料は)租税と異なる」。租税と保険料、どこがどう違うかとぎりぎり詰めていくと、ここにございますように、給付と負担が強く関連づけられているか、否かという点でございます。
四つ目の●、これは、「引き続き年金・医療・介護といった社会保障給付は大幅な増大が見込まれます。このことを踏まえ」ということで、4行目でございます、いずれにいたしましても、「国民的な議論が必要になる」ということでございます。
この5つ目の●につきましては、いわゆる「全額税方式」というものが当時議論されておりまして、それについての記述がございます。ページをおくりいただきまして、ここも2行目だけ申し上げますが、自立した個人の自己責任を基礎とし、その社会連帯、相互扶助によって支え合うという考え方に、現在の社会保険システムは見合っているのだということで、下から2行目、「給付と負担の関係が明確で、給付における国民の権利性が明らかな仕組みでもある。さらにコスト意識に基づく制度改革インセンティブも期待できます」。
これが、現在の保険制度をベースにしたものに対する論評でございまして、「これに対し、税だけを財源とする場合」ということで、2行目、「社会保障給付の性格は現行の『共助』から『公助』に変化することとなります」、このようなことが書いてございます。
国民負担のあり方でございますが、これも2行目、「ある程度上昇していかざるを得ない」。それを踏まえまして、3行目、「経済活力を阻害することは望ましくないので、国民負担率の上昇を極力抑制していくことが必要」、このようにちょうだいしております。
それから、消費税と社会保障。特に目的税化についてのご論議がございまして、これも結論めいたところだけ申しますと、上から4行目、「消費税を福祉目的税とすることについては、慎重に検討すべきであるとの意見が多数ありました」と。それについての理由がその4行に書いてございます。
「他方」ということで、「福祉目的税化も検討に値する考え方であるとの意見もある」。また、4行目でございます、「少なくとも社会保障経費については、将来世代に負担を先送りするのではなく、消費税の充実によって対応していくということでなければ……意義は見出せないのではないか、といった意見もありました」と、両論が書いてございます。
以上、今後、税についてのご論議を賜ります場合の、いわゆる論点めいたものについての今までの税調でのご論議をご紹介いたしました。
〇委員
ありがとうございました。
これから6月までに、我々、幾つかの論点を挙げつつ議論しなければいけませんが、その一番大きいのは、おそらく、少子高齢化と税制だと思います。そういう意味で、今日、事務局にお願いして、過去3~4年、我々が繰り返し繰り返し議論してきたことをまとめてもらいました。今日、慶應大学の先生からも、今後の展望を含めたようなご議論をいただきましたので、これからあと数カ月、ここに書いたようなことをさらに一歩でも二歩でも進める議論をして、6月、あるいは7月になるかもしれませんが、「中期答申」にもう少し踏み込んだ議論をする必要があろうと思っています。特に平成12年のときには両論併記という形で、福祉目的税的なとか逃げていますし、そういう点も多々ございますから、今から15分か20分時間をとりまして、今日は第一ラウンドでありますから、今日ですべて終わるわけではございませんが、どうか、思うことをフリーディスカッションという形で出していただけたらと思います。
どこからでも結構でございます。先ほどの先生の話を踏まえてくださっても結構ですから、どうぞ。
〇委員
二点ほど、質問させていただきたいのですけれども、まず一つ目は、税と社会保険の違いということで、負担と給付の関係が明確か、明確でないかというお話をなさったのですけれども、これも絶対的な基準にはならないのではないか。税についても負担と給付、つまりコストを誰がカバーするかという意味でいけば、何らかの負担と給付--つまり、タックスペイヤーも払った以上、そこから生まれる公的サービスに対して権利を持っている。社会保険は、公的サービスはないけれども、貨幣的な意味での給付を要求できるという意味では、絶対的ではないから逆に消費税を入れるという議論になってしまうのではないか。そこが一つ。
二つ目は、現実に社会保障費というのは、一般会計の中で年率で……ちょっと数字を覚えていないのですけれども、着実に3%か4%は伸びているわけです。この実態を踏まえたときに、今、税というものの性格が、まさに資金調達的な意味でいくと全然アンバランスな状況にあって、公的サービスということを考えると、その費用を賄うという形にはなっていないわけです。どんどんバランスが悪くなるというか、コストがかかればかかるほど、払う人がいなくなっているということで、逆に税収はどんどん減っていく、こういう形になってしまっているわけです。もちろん、これを議論するのだろうと思うんですけれども、必ずしも税も負担と給付という意味でのバランスは取れない格好になっていて、この辺の議論をどういうふうに考えたらいいのか。
〇委員
いや、それはいいんですよ。問題提起として出していただければ。
〇委員
問題提起です。
〇委員
みんなに議論していただけばいいので。これで事務局に何か答えてくれというような、ちまちましたテーマではありませんから、これはこれで我々は議論しましょう。
〇委員
今のお話とも関連しますし、それから、先ほど私が申し上げたこととも関連しますが、先ほどのお話で、公的年金等控除。これは、給与所得控除を半分ぐらいにして、少し圧縮したつもりと申し上げましたが、昔、公的年金等控除は別に78万円あった、それを含めての話でございまして、やはり今の公的年金等控除はかなり甘くなっている。これは基本的に見直していただきたい。そして、先ほどちょっと申し上げましたが、給与所得控除の見直しと一緒にして、給与所得控除をぐっと圧縮してその一部とすれば、一つの方向が出てくるのかなという気がするわけでございます。
それから、社会保険料と今お話になった税金との関連ですが、社会保険料、特に年金となりますと、公助ではなくて共助。先ほどご説明になった共助なんですね。共助であるからには、絶対的にフルに所得税から控除するのが本当にいいのかどうか。むしろ共助でございますから、民間ベースでのものもどんどん入ってきてもらう。また、入ってくるのが適当ではないかと思うのですけれども、そういった一つの分野として生命保険料があり、損害保険料がある。ということであれば、生命保険料控除なり損害保険料控除なりと一つのグループにして、収入の1割ぐらいまでを公的年金--それは、かなり範囲を広げてもいいのではないかと思いますけれども、そういったものを広げて、しかし、公的年金の保険料も含めて年収の5%なり1割と、そんなふうにして圧縮したらどうかと思うわけでございます。
今年の国民負担率は35~36%にいっている。その中で国税は12%ですが、社会保険料はおそらく16%ぐらいいっている。国税は、所得税、法人税を含めても40兆円しかない。社会保険料は50兆円あるのだと思います。それがどんどん増えて所得税の課税ベースを浸食するわけですから、国税の伸びがどんどん圧縮されてしまう、あるいは、減ってしまうことになる。そういった基本的な観点からしても、社会保険料控除は制限し、民間の保険料等と一緒にする。一つの方向としてそういった考え方がありますが、そういったことで整備して、社会保険料と税金との関連を調整したらどうかという気がするわけでございます。
それから、退職金制度そのものが今後どうなるかわかりませんけれども、退職金というのは、5年なり10年なり20年なり、その人の勤めた年数に対応したものであるとすると、20年勤めた者であれば20分の20乗でいいではないか、20分の20乗というのは大体半分になるという計算。今の累進税率からどうなっているかわかりませんけれども、ある程度の配慮は残ってもいいのではないか。ただ、1年当たり50万円とか、そういった控除の面は見直していっていいのではないか。しかし、累進税率のもとですから、何らかの配慮はあってもいいのかもしれない。そんなふうに思います。
〇委員
どうぞ。
〇委員
年金の問題では、基礎年金部分と報酬比例部分をはっきり分けて考えたほうがいいのではないか。報酬比例部分はまさしく保険料の世界に任せて、基礎年金部分は、税だけでやるというふうには私も思わないわけで、やはり給付と負担との関係からある程度保険料部分というものを入れなければいけない。ですから、両方考えなければいけないと思いますけれども、報酬比例部分は、税調としてはあまり突っ込む必要はないのではないかと思います。
それから、先ほどの先生の話の中で、福祉財源という意味ではないのですが、所得税と消費税で、生涯現役体制に持っていくのにどっちが効果があるかということを考えてみますと、所得税の世界は、賃金体系とか雇用の流動性の問題とか、いろいろなパラメーターがあり過ぎて、生涯雇用というのにはいろいろな問題があり過ぎるのではないか。やはり消費税のほうで考えたほうが、生涯現役推進という意味では意味があるのではないか、こういうふうに思います。
それから、これは非常に興味を持ったのですが、彼は、所得税減税というのは、中堅所得者、サラリーマンには勤労意欲の阻害だとか促進だとかいうことは関係なし、ということを割合はっきり言ったのですが、増税の場合にどうなんだろうか、と。勤労意欲阻害のほうに働くものなのか。
〇委員
反対のほうを言ってるんですよ。
〇委員
彼は減税は……。
〇委員
いや、増税のところで、高めても関係ないと言ってるんですよ。
〇委員
増税のほうは全然言わなかった。
〇委員
いやいや、彼の頭の中には増税論があるんですよ。
〇委員
そうなんですか。
〇委員
そうですよ。それでも関係ないと言ってるんですよ。
〇委員
そうですか。それではわかりました。
〇委員
まず、基本的なスタンスですけれども、少子・高齢化というところに今の国民の最大の不安が集中しているわけですね。そういう意味で、国民、生活者の安心につながるような道筋はつける必要があるだろう、これはポイントだろうと思うのです。これから10年後か20年後か、あるいは50年後でもいいのですけれども、社会保障のレベルを一体どういうところに持っていくのか。給付と負担のあり方を含めた制度自体の設計図がやはり一番重要である。まず、その設計図がなければいけないと思うわけです。
そこで国民のコンセンサスが得られれば、それをどうするのか。財政のサステイナビリティーが懸念される中で、誰が、どう負担するのか。所得税でやるのか、消費税でやるのか。やはりそういう議論になるだろうと。そこの点ははっきり押さえていく必要はあるだろうと思います。
〇委員
僕の話はいつも具体的な話でね。どうも最近、総理--総理はいつまでいるかわからないけれども、財務大臣も、消費税をいじくるのを平成19年だとか言ってるんだよね。僕なんかにしてみれば、えらい計算違いで、何言ってんだと思う。消費税と社会保障の議論を抽象的にリンクしてものを書くのはいとも簡単だけれども、実現性はすぐにはない。そうすると、二段階で考えるしかないと思ってるんだ、小委員長。いいですか。消費税なんかだいぶ先に行っちまうよ、今の経済実態から見ても、政治の姿勢から見ても。今の総理でさえ腰引いてるんだから。財務大臣もそうだしね。新しく政権が代わったって、「うちがやります」なんて出るわけがない、こんなことは。そうすると、消費税とあれをリンクするという議論は架空の議論なんですよ。それならば、そこに行くまでのプロセスがあるわけだからね。その前にいろいろな諸控除だとか、ここに書いてあるけれども、そこをつぶしていく以外にないのではないか、ステップとしては。
二番目は、それとちょっと違ったところがあるんだけど、外部のほうの空気というのは、一般論としてみれば、福祉にくっついて福祉目的税的なとかいうのが前にあったけれども、最近、財界の人たちが15%か19%とか言っている。まあ、気楽でいいと思うんだけどね。だけど、これには意味があってね。非常に長期にわたって、入口のところではたしかに国民年金を補佐するかもしれないけれども、いずれは法人税の引下げということを言いたいわけでしょう。僕はそれには反対だけど、言いたいことはあるわけだ。そのあとにまた、財政全体を支えるためにという議論があって、総合的にそれぐらいいく必要がある。それはそうだと思うんですね。
目的税化する議論というのは、導入部分ではたしかに気楽でいいけどね、政治的には。長い目で見たら、これ、そうじゃないんですね、あの人たちが言ってる話は。そうすると目的税的に--「的」という言葉を使って、入口のところではごまかすしかないんだけども、しかし、それを目的税というふうに限定すると、我々が議論するときに、後々えらい束縛を受ける、と思うんですよ。つまり、二段階で考えるしかないのではないかということと、目的税論というのはかなり慎重にやらないといけない、その二つを申し上げたい。
〇委員
その二段階論、二つ目は、目的税はその外に出ていますけれども、具体的に言うと、もっと時間をかけて、消費税そのものについて15%か19%かとか、中身を議論しようということですか。
〇委員
とりあえずは、消費税を上げるという場合に国民が納得できるのは、年金を支えるという話ですよね。それで、導入部分はそれで一応オーケーしてもらうんだけれども……。
〇委員
あとがね。
〇委員
ええ。だけど、政治家はそれも時間がかかるというんだから、あまり頼りにならないから、我々としては公的年金等控除とかね。
〇委員
それが第一段ですよ。委員のおっしゃる第二段は何ですか。
〇委員
そこしかないのではないかと、ステップとしては。
〇委員
では、第一段が一番重要だということをおっしゃってるわけね。
〇委員
そこからステップを踏んでいって……。
〇委員
わかりました。
どうですか。
〇委員
前にも申し上げていることで、二点ほど。
社会保障費はどんどんかかるようになっていくし、どう負担するのか。国民の感覚からいけば、社会保障の給付と負担が見合っていることが一番わかりやすいし、納得しやすい。その際に、社会保障のサービスが、国から次第に地方自治体に移ってきている。介護保険制度でもいろいろと格差が出てきている。この格差が結構悪くないんですね。従来の国のレベルで考える人から見れば問題でしょうけれども、地方にそれぞれ格差が出て、住民が選択して--場所の選択も含め、負担の選択も含め、給付内容の選択も含め、準備を行うことが、負担を納得して行う一番ベースになってきている。そういう形に社会保障というのがだんだん移っていく。それが、社会保障の内容を国民の意志に沿うものにすると。そういう方向を考えますと、例えば消費税についても、地方自治体に権限移譲して、全部とは言いませんけれども、その中の一部の課税方式を考えて移譲していくという方向が、一番納得しやすい方向になるのではなかろうか。その際に税率をどうする、それから、消費税を目的税にするかどうかも含めて、一応してしまうという方向を基本的に議論する必要があるのかなと私は思います。
もう一点は、先生のお話を聞いておりまして、相続税、「広く」というのはいいけれども、税率を下げたのは間違いだったなというふうに感じました。
以上です。
〇委員
さて、次の議題、最後に移りたいのですが、ぜひともという方は。
どうぞ。
〇委員
今の論点整理の中を見ますと、少子・高齢化という流れの中で、特に高齢化の受け皿的な、どうするかという税制はあるのですが、高齢化というのは良いことだから、これは放っておいてもいいのかもしれない。しかし、少子化というのは悪いことでありましょうから、何か歯止めをかける、棹を差すような税制が、どこまでできるかわかりません。わかりませんが、今、国を挙げてそういう対策を進めているようですから、税制でも一部を担う必要があるのではないかと思います。
これをどうするかはもちろんこれからの議論ですけれども、若い女性の意見をあえて--あえてというのは、周りにあまりいないので、探し出して聞いてみますと、簡単に言うと、仕事をしながら子供を産む、育てることがきわめて大変であると。この日本の社会、企業社会、職場は男社会である。それが難しいのでついためらうのだと。まあ、ほかにもいろいろありますが。
ですから、そういう問題を税制でどういうふうにできるのかということを、少し詰めて、提案する必要があるのではないかと私は思います。どういうことがいいかについては、また長くなりますので、別の機会に。
〇委員
この間、国立社会保障・人口問題研究所の所長が、少子化の問題をずいぶん議論していただきましたけれども、当事者からいろいろ聞いてみると。所長さんは男だから、あまりわからないだろうから、そういう意味で、子育てと会社、企業、就労するという問題点を聞く機会を設けてもいいかもしれませんね。
〇委員
ある委員のおっしゃったことで、前から思っていたんですけど、少子化と高齢化は別問題で、一緒にしてしまうことがいいのか悪いのか、わかりませんけれども、ちょっと考えたほうがいいかもしれないということですね。
〇委員
ありがとうございました。僕もそう思っていました。
それでは、あと残った時間で、すでにご関心の方もいらっしゃるかと思いますが、非営利法人課税ワーキンググループ、今のところ土俵づくりが少し変わってきましたので、今、ある意味では中断しております。この辺の途中経過の議論の状況を、ワーキンググループの座長と事務局からご説明いただこうかと思います。
では、簡単に現状をご説明ください。
〇委員
今、小委員長からお話がありましたように、非営利法人課税ワーキンググループで、これからの法人制度ということで課税のあり方を検討してまいりました。もともと、内閣で3月中に公益法人制度改革の「大綱」を出すということでした。内閣官房の中に行政改革推進事務局、こういうものがありまして、そこで、公益法人を中心としたこれからの法人制度を検討するということで、前回の2月の小委員会でも簡単にご報告しておりますけれども、内閣官房の状況に合わせて検討してまいりましたわけです。
簡単に申しますと、現在の公益法人制度、NPO、中間法人、この三つを一つにまとめる。ひとことで言いますと、法人格の取得の問題と、団体の活動の問題、これを切り離して法人格は自由に--準則主義と言っておりますが、一定の様式を整えて届け出れば法人格を認める、こういう仕組みに進めるということを内閣官房から聞きまして、そういった前提のもとにこちらのワーキンググループでも検討しまして、本来ですと3月11日に大体の取りまとめを行って、基本的な考え方をこちらの小委員会にご報告する予定で精力的に審議を行ってまいりました。特に2月から3月にかけて、大体10日に一度くらいでしょうか、そのような割合でやってまいりました。
しかしながら、ワーキンググループを開く3月11日(火曜日)の前日に、内閣官房から、公益法人制度のあり方について再検討を行いたい、と。この三つを一つにまとめて、法人格の取得については簡単に認めますという前提だったのですけれども、それについて再検討を行いたい、それに伴って課税をどうするかというワーキンググループの取りまとめも延期してほしい、というご依頼がありました。そこで、急いで事務局からご相談いただいて、前回のワーキンググループは急遽中止するという形になっております。
したがいまして、今日はちょっと内容的なお話はできませんので、もう少し詳しい状況、経緯等は事務局からご説明いただきたいと思います。
お願いいたします。
〇委員
事務局、補足してください。
〇事務局
それでは、補足させていただきます。お手元の資料、「基礎小24-3」という資料に基づきまして、簡潔にご説明させていただきます。
1枚おめくりいただきまして、昨年3月の閣議決定、「公益法人制度の抜本的改革に向けた取組みについて」というのを載せております。このアンダーラインの部分だけ、もう一度簡単に読ませていただきますと、「民間非営利活動を社会・経済システムの中で積極的に位置付けるとともに、公益法人について指摘される諸問題に適切に対処する観点から、公益法人制度について、関連制度(NPO、中間法人、税制等)を含め抜本的かつ体系的な見直しを行う」ということで、「平成14年度中(15年3月)を目途に『大綱』を策定し、改革の基本的枠組み、スケジュール等を明らかにする。また、平成17年度末(18年3月)までを目途に、法制上の措置その他の必要な措置を講じる」というものがございます。
これに基づきまして、もう1枚おめくりいただきますと、基本的に公益法人等についての法人制度をどうするかという問題につきまして、内閣官房行政改革推進事務局が検討を続けてこられました。
もう1枚おめくりいただきまして、その内容でございます。「1.非営利法人制度の創設の考え方」ということで、最初の〇のところに、1段落目、非営利活動については、将来的にも今まで以上に活発化することが予測され、3段落目でございますが、その自由で多様な非営利活動を促進するため、できるだけ簡易な方法で法人を設立できるようにする必要がある。
次の〇でございますが、最初の段落で、一方、公益性というものは時代により変化するということで、2段落目にございますが、法人格の取得と公益性の判断が一体となった現在の公益法人のような仕組みであると、公益法人が公益性を失うと法人格までがなくなってしまうということで、柔軟に対応することが難しいという問題がございました。下から二つ目の○でございますが、そこで、法人格の取得と公益性の判断を切り離し、公益法人制度・中間法人制度、NPO法人制度、この三つの法人制度につきまして、準則主義による新たな非営利法人制度を創設するということを基本として、税制についても検討してほしいというお話がございました。
2枚おめくりいただきまして、こういったことを基本に検討を積み重ねてまいったわけでございます。こういう法人制度の考え方そのものについても、ワーキンググループの中でもさまざまな議論がございまして、「非営利制度改革について」というメモの中で、例えば一番上の〇でございますが、そもそも三つの法人制度をひと括りにするという積極的な理念や意義をどのようにとらえているのか。
一つおいて三つ目の〇でございますが、特に、公益的な活動を行う公益法人とNPO法人、共益的な活動を行う中間法人、これを一緒にすることについてどう考えるのか。
あるいは次の〇でございますが、公益法人とNPO法人は、公益的な活動という点では同じであっても、歴史も違えば活動の実態も違うということで、一元化することについて国民的な理解を得ているのだろうか、といったような議論を法人制度についてもいたしながら、一方、税制についての検討を進めてきたところでございます。
その間、一番最後の紙に移りますと、3月10日、今週の月曜日に至りまして、自由民主党の行政改革推進本部公益法人委員会というところから、二つ目の〇でございますが、この三つをひと括りにするという法人制度の考え方につきまして、制度創設後まだ間もない段階のNPO法人から不安の訴えがあるということで、三つ目のマルでございますが、「このような意見を踏まえ、当委員会としては、政府に対し、NPO法人については非営利法人と最初から一括りにすることはせず、新たな非営利法人制度の動向を見据えた段階で、発展的に解消する可能性が高いとの位置づけをすることが適当である旨、申し入れるものである」。
この申し入れを受けまして、内閣官房行政改革推進事務局で、いま一度法人制度につきまして検討の時間が欲しいということで、税制調査会に対しましてワーキンググループの取りまとめの延期の依頼があったところでございます。
以上でございます。
〇委員
ありがとうございました。
今日、これは審議事項でございませんで、状況の説明という形で報告事項にさせていただきました。ただ、ワーキンググループにご参加の委員の方、大変熱心に時間をかけてやっていただきましたので、これに、残されております議論は整理されていますから、いずれ報告書を書くときには十分に活用できるというふうには考えております。
ただ、根っこのところの土台がガタガタ変わりましたから、それに乗っけるべき理論の構築なり税制論議はできないという形でございます。下の土台のほうの議論が冷静に判断され、固まってきた段階で、またワーキンググループの先生方にはご尽力いただくことを考えております。
最後に、今後の日程等々につきましてご報告いたしまして、散会にいたしたいと思います。
来週の火曜日、18日でございますが、2回分、基礎小の報告をするという意味で、2時から4時まで総会を開く予定でございます。今日と、2月4日にやりました基礎小の論点をご報告したい、このように考えております。
それから、先ほど申し上げましたように、6月か7月か、6月をめどにしておりますが、中期報告を出すという意味において、かなりピッチを上げて議論する必要があろうかと思いますので、来月に入りましてからは、もう少し頻度を上げた形で基礎小はやりたいと思っております。現時点では、4月1日・火曜日と4月8日・火曜日、ともに午後でございますが、基礎問題小委員会を開催する方向で日程調整を行っております。それから、金融小委員会のほうも、いずれ4月に入りましてからスタートさせたい、このように考えております。
それから、中期報告の関連でございますが、5月の連休に2チームほど海外出張のグループを派遣したいと考えております。1チームが北米(カナダ、アメリカ)、もう一つは北欧という形で、主として税制と社会保障、証券税制等々、納番も含めて、その辺のところの調査をしてきたい。短期間でありますが、かなりインテンシブにやりたいと思っていますので、しかるべき成果が期待できるかと思っております。
ちょうど4時ですね。いろいろ詰め込みましたので、議事進行、スムーズでございませんでしたが、これで、特にご発言がなければ終わりたいと思っております。
どうぞ。
〇委員
最後の話ですけれども、NPOがどうのこうのということがあったとしても、公益法人そのものの改革は原則課税で進めればいいんじゃないですか。そこのところはどうなっているんですかね。
〇委員
ですから、我々はずいぶん議論してやってきましたけれども、内閣官房から、とりあえずひとつ待ってくれという話がかかってきていますから、そのあとでもう一回、土台のところを整理したあと、例えばNPO法人を除いて公益法人だけでやるというようないろいろなことが出てくると思いますから、その段階で、原則課税、非課税の議論を再度、ここでやったものを受けて報告書を書けると思いますから、そのときにもう一回ご議論いただこうと思っています。
〇委員
メドはいつ頃になるのですか。
〇委員
どうですか。
〇事務局
このあと、ワーキンググループを予定させていただきまして、そこに内閣官房のほうからご説明に来ていただく予定でございます。
〇委員
このあと10分か15分ぐらい、ごく短い議論でございますが、ご関係のワーキンググループの委員にお残りいただきまして、今の内閣官房のほうの状況をご説明いただく機会を設けたいと思います。
それでは、基礎問題小委員会自体はこれで終わりにしたいと思います。
どうもありがとうございました。
〔閉会〕
(注)
本議事録は毎回の審議後、速やかな公表に努め、限られた時間内にとりまとめるため速記録から、財務省主税局及び総務省自治税務局の文責において作成した資料です。
内容には正確を期していますが、税制調査会議事規則に基づき、事後の修正の可能性があることをご承知置きください。