現地からの声:ハイチの現状と、ミリタリーの役割

国連ハイチ安定化ミッション(MINUSTAH)施設幕僚
3等陸佐 中尾 大志(ひろし)

1 はじめに

東日本大震災から1年が過ぎ、ハイチでもテレビやインターネットで着実に復興している日本の姿を確認することができました。平成23年3月から4月にわたり東日本大震災に対する災害派遣に参加したこともあり、着実に復興を続ける日本の姿に喜びを感じています。一方、ハイチは震災から2年が過ぎますが、その復興は日本と比べると、遅々として進んでいません。なぜだろう? どうしてなんだろう? そのような疑問を踏まえつつ、「現地からの声」をお伝えします。

2 ハイチの現状

現在共に勤務している関口1尉の「現地からの声」のとおりの状況です。特に、街全体に存在する大量のゴミが原因と思われれる悪臭が、至る所で漂っています。その理由の一つとしては、ゴミ処分の態勢が十分に整っていないことが挙げられるでしょう。ゴミの捨て場がないためにやむを得ずその辺にゴミを捨て、雨でそれらが流出して至る所に散らかっていくことになります。また、ゴミに加え、都市部では衛生状態も非常に悪く、道路補修のための調査に行った際には、子供が工場から出る排水で体や食器を洗っている姿を目にし、心が痛みました。

その一方、橋の下にゴミが詰まり河川を氾濫させたために施設部隊がゴミを取り除く作業を実施したのですが、感謝の言葉より先に、「なぜ川のゴミ以外のゴミも処分してくれないのか」と苦情が来たこともありました。また、瓦礫を運搬している間、ダンプトラックの上の鉄筋を奪おうして、走っているダンプトラックによじのぼる人たちの姿を目にし、驚くこともありました。

工場廃水で食器や体を洗う子供たちimg

工場廃水で食器や体を洗う子供たち

3 施設幕僚の業務

施設幕僚の主な任務は、各国施設部隊と作業に関する調整を実施し、業務命令を作成するとともにその実行を支援することにあります。私の担当は日本隊とパラグアイ隊、状況により韓国隊でした。震災の発生から2年が過ぎ、国連ハイチ安定化ミッション(MINUSTAH)施設部門へのニーズは、震災直後の応急的な復旧に代わり、地震の被害とは直接関係のない、アスファルト道路の建設や恒久的な建築物構築等の比較的規模が大きく、施設部隊の能力を超える作業が増えています。我が職場であるU8(施設部門担当)運用班のスタッフは全員、これらの問題を解決するため色々と苦労しつつ業務を遂行しています。

MINUSTAHは様々な国から来た人々によって構成されているため、MINUSTAHの業務要領と日本隊の業務要領との調和に苦労しました。日本隊は意思決定前の段階から逐次実行部隊のコンセンサスを得ようとする特性があるため、非常に多くの情報を求める傾向があります。一度命令が発令されれば実行は早く、どの軍隊よりも良いものを作り上げる能力があるのですが、急な変更や突発的な状況への対処に不向きな面があります。かなりの頻度で作業内容が変更になったり中止になったりすることもあり、調整に追われることもしばしばでした。

また、ハイチにおける施設作業は質もさることながらスピードと量をこなすことが求められています。日本隊は隊員の能力が非常に高く、どの部隊よりも良いものを作り上げることができるという質を売りにしていましたが、ハイチのニーズに応じて柔軟に対応していくと更に日本の評価が高まるのではないかと思いました。

パラグアイ工兵部隊の隊員img

パラグアイ工兵部隊の隊員

パラグアイ宿営地での会食img

パラグアイ宿営地での会食

4 他国の軍人や軍隊の状況

私の所属するU8運用班はエクアドル人を長としてペルー、インドネシア、ブラジル、ネパール、韓国及びフィリピン人で構成されていますが、非常に仲が良く、誕生日会や送別会等が盛んに企画されるなど、楽しく勤務しています。特に親しくなったのが韓国軍人です。思考過程が日本とほぼ同じであるため、同じことに不満を感じ、同じことで悩み、仕事に関し多くのことでお互いに助け合いました。

他国部隊に関して、特に驚いたのも韓国隊です。非常にスマートな司令部を持ち、意思決定も早く、様々な情報提供の要求に対して瞬時に反応します。徴兵制で若い兵士が多く、現場での技術になると日本隊が優位な面が多いですが、質よりもスピードと量を重視するハイチの市場に見事に合致しており、非常に高い評価を受けています。何度か韓国隊宿営地を訪問し、その度に歓迎を受け、多くの韓国軍将校と交流を持てたことは非常に良い経験となりました。

海外での初めての誕生日会img

海外での初めての誕生日会

上司のエクアドル将校と同僚の韓国人 韓国隊の食堂でimg

上司のエクアドル将校と同僚の韓国人 韓国隊の食堂で

5 民軍連携

ハイチに来て驚いたことの一つに、自分の想像以上に日本のNGO団体のメンバーがおられることが挙げられます。しかもほとんどが女性です。治安や環境が劣悪で、だからこそ軍隊が派遣されているのですが、そんな中、日本人女性が環境に適応し、たくましく活動している姿を見て感銘を受けました。

民軍連携の活動が脚光を浴びている今日ですが、国連の基準や審査が厳しいこと、また、日本のNGO側の予算の都合等の関係などから、連携はなかなか難しいのが実状です。日本の団体に限らなければ、カナダ、アメリカ等のNGOとともに活動を実施していますが、活動のたびに良好な関係を築くことができていると感じます。また、自分としても「日本隊の仕事は完璧だ! ありがとう!」などと他国のNGOや軍人に声をかけられたときは非常にうれしく感じます。

UNDP(国連開発計画)及びNGOのメンバーとimg

UNDP(国連開発計画)及びNGOのメンバーと

6 明るい兆し

少しずつではありますが、ハイチにも明るい兆しが出ています。空港周辺や市街地に存在する避難民キャンプが撤収され、きれいな公園が整備され始めていること、スーパーマーケットには物が溢れていること、たまにではありますが、現地の人たちが道路の清掃を実施している姿を目にしたこと等、小さな変化ですが確実に良い方向に前進していることが認められました。

また、無茶苦茶な交通状況や溢れかえるゴミで心が荒んでいくときもありますが、しっかりときれいな制服を着て、元気に通学する子供たちの姿に心が慰められます。彼らが立派な大人になるときにはきっとハイチも生まれ変わるに違いない。そうなることを祈っています。

7 最後に

ハイチの復興にはまだまだ多くの時間と支援が必要であると思いますが、支援の形態は、応急的な復旧から、より根本的かつ恒久的なものにシフトする時期を迎えているのではないでしょうか。例えばゴミの問題にしても、軍隊を利用して川に大量に存在するゴミを一時的に取り除くといったものではなく、ゴミ焼却場を建設し、ゴミ収集車を確保して処理の態勢を整備する、学校等において道徳教育を実施する、といった大きなものであるべきではないでしょうか。

私のハイチにおける勤務は、残すところ約1か月となりました。元気に通学する子供たちが少しでも良い未来を迎えられるよう、最後までお手伝いしたいと思います。

平成24年3月