第2回野口英世アフリカ賞受賞者の決定 報道発表

平成25年3月13日
内閣府

日本国政府は,第2回野口英世アフリカ賞をピーター・ピオット博士(ベルギー)とアレックス・G・コウティーノ博士(ウガンダ)に授与することを決定した。

医学研究部門
ピーター・ピオット(Peter Piot)(ベルギー国籍)

ピーター・ピオット博士1949年ベルギー生まれ。1976年,ゲント大学(ベルギー)にてM.D.(医学博士)取得。1980年,アントワープ大学(ベルギー)にてPh.D.(微生物学)取得。現在,英ロンドン大学衛生・熱帯医学大学院学長。

 第2回野口英世アフリカ賞(医学研究分野)受賞者のピオット博士は、常に活動の拠点をアフリカに置き、近年のアフリカにおいて最も致死率の高い二つの感染症であるHIV/エイズとエボラ出血熱をはじめとして、クラミジア、結核及び淋病を含む、アフリカ大陸の多くの地域に存在する疾病についての中心的な研究を行った。

 ピオット博士は、アフリカ各地の現場での研究と国際的な政策立案の双方に携わる類い稀な人物であり、科学的発見や見識を、世界中の人々、とりわけアフリカの人々のために役立ててきた。

 ピオット博士は、1976年にアントワープの熱帯医学研究所で研究を開始し、疫学、ウィルス学及びアフリカで破滅的なインパクトをもたらしている疾病の臨床分析に惜しみなく情熱を注ぎ、アフリカ大陸全体での研究と医学関係者の養成に献身した。

 ピオット博士は1976年にザイール(現コンゴ民主共和国)でエボラ出血熱を発見したチームの一員であり、アフリカにおける異性間の性交渉によるHIVの感染と小児のエイズ感染、またアフリカにおけるHIVの感染と結核との関連の存在を確認した最初のグループの一人でもある。

 ピオット博士は傑出した科学的な論文の発表と国際場裡での精力的な役割を通して、HIVの大流行に対する地球的規模での注意と関心を惹起し、HIVの大流行に対する資金調達やコントロールへの国際的な関与を高め、HIVのコントロールと処方に対し科学的に根拠のある対応をした。

授賞業績:
現場における先駆的な調査研究

 ピオット博士は、現場において、国際研究チームを率いるなどし、アフリカにおける感染症対策のために様々な貢献を行った。

  • 1976年,ザイール(現コンゴ民主共和国)のヤンブクで、初めてエボラ出血熱の集団発生が生じた時、ピオット博士とその同僚はアントワープの熱帯医学研究所に送られた血液検体の中に糸状のウィルスを同定した。ピオット博士は、現地で実施された初の国際チームの隊長ともなり、エボラ出血熱の臨床像と疫学的特徴を初めて報告した。ピオット博士のこの最初の調査研究は、その後アフリカでエボラや他の出血熱が集団発生した時の制御活動の指標となった。

エボラ出血熱の発生分布(国立感染症研究所HPより)

エボラ出血熱の発生(発生年,国,地域,感染経路,患者数,死亡者数,致命率)(国立感染症研究所HPより)

  • 1980年代前半、ピオット博士はケニア人とカナダ人の同僚と共に、ナイロビで性感染症(STI)の研究チームを発足させ、母子双方について研究した。その研究によりアフリカにおける母子保健分野でSTIの重要性が新たに認識され、新しい介入方法の開発につながり、その成果はWHO(世界保健機関)の予防や臨床管理ガイドラインに組み込まれ現在も広範囲に活用されている。 


上図は,国立感染症研究所HP(米国CDC Fred Murphy博士)より
エボラウィルスは、短径が80~100nm、長径が700~1500nmで、U字状、ひも状、ぜんまい状等、多形性を示すが、組織内では棒状を示し、700nm前後のサイズがもっとも感染性が高い。スーダン株とザイール株との間には生物学的にかなり差がある。

  • 1983年、ピオット博士は、ザイール(現コンゴ民主共和国)のキンシャサで研究チームを率い、当時未記録の中部アフリカにおける異性間性行為を介したエイズの流行を発見。翌年The Lancet誌上に歴史的発表を行った。更にアフリカで初の国際HIV/エイズ研究プログラムを共同して立ち上げ、HIV感染の疫学、臨床像に関する基盤を形成した。 

HIV粒子の構造(模式図)(国立感染症研究所HPより)

HIV遺伝子と遺伝子産物の構造と構成を模式的に示す。ウィルス粒子内部に砲弾型のコア構造を持ち、その内部に約9500塩基からなる2コピーの(+)鎖RNAゲノム、逆転写酵素やインデグラーゼなどのウィルス蛋白質を含む。ウィルス粒子の外側を構成するエンベロープには、糖蛋白質gp120とgp41の三量体からなる5-10個程度のスパイクが外側に突き出している。

  • ピオット博士はケニアのナイロビとキンシャサでの共同研究によって、異性間性行為による感染のリスク因子を生物学的及び行動学的に特定し、HIV感染に対する男性の割礼の予防効果を最初に報告した。男性の包皮切除(割礼)は後に無作為試験で有効性が立証され、現在は数ヶ国で導入されている。またピオット博士が率いるこれらの研究チームは、HIVの母子感染率や関連したリスク因子を特定する初期の研究を行ったり、更にアフリカの高リスク集団におけるHIVの拡散防止介入の最初の成功例についても報告している。 ピオット博士の研究室は、HIV-1株を分離し、野生チンパンジーからSIVcpzを同定し、アフリカにおけるHIV-1の遺伝的特徴を報告した。

HIV遺伝子の構造(国立感染症研究所HPより)

HIVは血清学的・遺伝子学的性状の異なるHIV-1とHIV-2に大別される。HIV遺伝子は両端に存在するLTR(Long Terminal Repeat),gag, pol, envの3個の主要な構造遺伝子、tat, revの2個の調節遺伝子, nef,vif,vpr,vpu(HIV-1のみ),vpx(HIV-2のみ)の4個の アクセサリー遺伝子から構成され、複雑かつ精巧な遺伝子発現調節機構によって制御される。

  • 結核は、現在アフリカにおけるHIV感染者にとって最大の死亡原因となっているが、ピオット博士とその研究チームは、アフリカにおいてHIV/結核重感染が非常に重要であることも最初に報告し、HIVと結核の重感染者の臨床症状と診断上の特徴を調べ、当時のアフリカの標準的な抗結核療法が、HIV/結核重感染者には有効でないことを報告し、これはアフリカにおける新しい結核治療ガイドライン策定に役立つ業績となった。
  • 1990年代以降、ピオット博士は、国連、WHO(世界保健機関)等で健康分野のグローバルなリーダーとなり、世界エイズ・結核・マラリア対策基金の設立にも尽力し、一連の活動はアフリカでのエイズ死亡率や新規のHIV感染率の低下に大きく貢献した。


1976年、初めてエボラ出血熱が集団発生した際、ザイール(現コンゴ民主共和国)のヤンブクに到着した国際チーム
(右から3人目がピオット博士)


2005年の国連総会で演説するピオット博士。(写真:UNAIDS)


カピタ博士と同僚と。ママエモ病院(キンシャサ)にて。


ザンビアのコミュニティで話をするピオット博士