小林内閣府特命担当大臣記者会見要旨 令和4年7月12日

(令和4年7月12日(火) 11:00~11:20  於:中央合同庁舎8号館1階S103会見室)

1.発言要旨


 冒頭発言なし

2.質疑応答

(問)今回の安倍元総理の事件についての受け止めをお願いします。
(答)まず、今回の事件につきましては、いかなる理由であれ、こうした卑劣な蛮行を許すことは断じてできないと考えています。亡くなられた安倍元総理には心から哀悼の意を表しますとともに、ご遺族の方々に対しましては、心よりお見舞いを申し上げたいと思います。
 安倍元総理につきましては、憲政史上最長の通算8年8カ月にわたる内閣総理大臣という重責を担われて、特に2012年、再び政権を取り戻してからは、経済政策にしても、外交・安全保障政策にしても、しっかりとした明確な方針を示されて、様々なチャレンジをされてきたと思います。その中でいろいろ功績はあったと思いますけれども、私が一政治家として感じているのは、国際社会において日本という国家の存在感を著しく高めた。このことは大きな功績だったと思います。また様々な施策を通じて、多くの国民の皆様に希望を感じさせる、そういう私から見れば大きな政治家だったと思います。
 今回の参議院選挙の最中に起こったということで、ただ結果は出ましたので、私の立場としては民意を受け止めて、しっかりと頑張っていきたいと思います。
 安倍元総理との関係については、若干個人的なことを申し上げますと、これまでもご指導いただいてまいりましたが、7月3日の日曜日だったと思いますけれども、選挙戦のさなかではありましたが、選挙とは別に憲法改正に関するご講演を私の地元の千葉県八千代市で行っていただきました。その時に若干元総理が早く到着されて、元総理の前に10分、15分、私自身も少し講演をさせていただくことになっておりまして、元総理が、「小林君の話を自分は聞きたい」ということで、待合室からわざわざ出てこられて、舞台の袖で聞いておられて、私が話し終えて袖に戻ってきたら、「いい話だった、これから頑張れ」というような励ましのお声をいただいた直後の、4日、5日後の出来事であったということで、いろいろ思いはあります。
 また今月、安倍元総理から食事なども誘われていたものですから、先ほど申し上げたように、安倍元総理の存在というのは非常に大きなものがあったと思います。私自身、一政治家として安倍元総理からまだまだ学ばせていただきたいことがありましたし、ご指導いただければと思っておりましたので、そういう意味では非常に今回の事案については様々な思いが交錯しています。
 ただ、残された一人として、我が国をしっかりと前に進めるべく、私にできることを、全力を尽くしながら、それを果たしていくと、そういう思いで今いるところであります。
(問)昨日の医薬品開発協議会でAMEDの三島理事長が、複数のアカデミアと複数の企業の連携を前提とした基金による事業を実施するということ、新たにやるということを説明しました。これについての期待をお願いします。
(答)今、ご指摘いただいた件というのは、複数のアカデミアと複数の企業のマッチングのことなんですけれども、これは単独の企業、あるいは単独のアカデミアだけでは、なかなか取り組みにくい領域につきまして、複数年にわたって国費と企業が出す資金、これを組み合わせることによりましてアカデミアと企業が連携して、そのアカデミアがそもそも行っている基礎的な研究を企業の製品化、実用化に向けてしっかりと結び付けていく、そこのつながりというのを円滑にしていくためのものであります。
 この事業を実施していくことによって、今申し上げた複数のアカデミア、企業が事業に参加をして、政府の基金によって、より安定的に研究を支援していくと。研究前後でのマッチング、また連携というものを国として支援していくことで社会実装につなげていくということです。
 今年の5月10日にAMED主催でワークショップが開催されまして、100名以上の参加者がいらっしゃったと伺っていますけれども、アカデミアと企業のマッチングが今進められていると認識しています。こうしたマッチングの状況を見据えて、補助の対象となる研究開発の具体的な課題につきましては、今後、AMEDで公募がなされるものと承知しています。
(問)安倍元首相が銃撃を受けた事件に関連して伺いますけれども、安倍元総理が背後から銃撃を受けたことなどから、警備態勢が甘かったのではないかという指摘も出ています。小林大臣も警護を実際にお受けする立場でありますが、今回の警備態勢について不備はなかったのか、それとも今後、態勢の強化を考えていくべきなのか、ご自身のお考えを含めてお願いいたします。
(答)今のご質問につきましては、松野官房長官が会見でご指摘されていることに尽きると考えています。
(問)もう一点関連で、小林大臣は参院選期間中、全国に選挙応援に行かれたと思うんですけど、選挙は直接有権者と触れ合う重要な機会である一方で、他方で警備は同時に難しくなるところがあると思うんですけれども、選挙と警備、これについてもしお考えがあれば、お願いできますでしょうか。
(答)そこについては、やはりトレードオフ、有権者との距離感を縮めていくとすれば、当然その警護というのは難しくなるんでしょうから、そういう意味でトレードオフの関係にあると思います。そこは常に、今始まった新しい課題ではなくて、昔から存在していた課題だと思いますけれども、今回のこの事案を受けて、民主主義、選挙、政治活動の在り方というのは、私自身政治家の一人としてどうあるべきなのか、ここはもう一度自分自身に問うていく必要があると、現時点ではそう感じています。
(問)先ほど来出ています安倍元総理の関係でもう一点お伺いいたします。
 安倍元総理は、安全保障などの分野では非常に議論をされていたと思うんですけれども、今年年末には国家安全保障戦略などの改定も控えている中で、改めましてこちらの経済安全保障の位置付けをどうしていくかというのも焦点になると思うんです。ここへの議論への影響、あるいは方向性というところで、ご所感を改めてお願いいたします。
(答)今回の安倍元総理の事件とは別に、国家安全保障戦略を含めた3文書の改定というのは、岸田総理が以前から年内に新たな戦略を策定していくと明言されておりましたし、これまでもNSC(国家安全保障会議)四大臣会合をはじめ、様々な検討がなされてきているところです。
 当然、我が国を取り巻く内外のこの厳しい情勢を踏まえれば、経済安保の観点から言えば、先般の通常国会で成立した経済安全保障推進法、これも当然、極めて重要な第一歩だったと思いますけれども、この国家安全保障戦略に経済安全保障をどう位置付けていくのか。現行の国家安保戦略には、所々技術の話も入っていますけれども、明確に経済安全保障という視点でまだ盛り込まれておりませんから、そういう意味では、これから年末に向けて非常に重要なプロセスを踏んでいくと認識しています。
 具体的なことをこの場で一つ一つ申し上げることは控えますけれども、私自身、経済安全保障を担当する大臣として、こうしたNSCの会合を含めて、その議論には積極的に参画していくということに尽きると考えています。
(問)安倍元首相関連で、もう一点お願いします。
 科学技術分野や宇宙分野での安倍元首相のこれまでの貢献について、所感があればお願いします。
(答)たくさんあり過ぎるんですけれども、例えば科学技術分野でいえば、CSTIを改組した話ですとか、あるいは第5期の科学技術・イノベーション基本計画を策定したという話があります。また宇宙では、宇宙空間の利活用を積極的に拡大していく、また自律性を確保していく、そういう視点に立って、アメリカとのアルテミス計画を始め、いろいろなことをされてきました。
 その一つ一つをこの場で申し上げることは控えますけれども、私が一番印象に残っている安倍元総理の科学技術に対する姿勢というかコメントは、確か2013年の1月頭だったと思うんですけれども、政権をまた奪還して第2次安倍政権が始まった直後に、神戸の理化学研究所に安倍総理がスーパーコンピューター「京」などを視察されたんですよね。その時に、確か安倍元総理がおっしゃっていたのは、「世界一を目指さなければいけないんだ」「未知なる分野に挑戦する精神があってこそ、成果が生まれるのだ」「国としては、そういうところをしっかりと具体的に支援していくことが重要なんだ」というような趣旨のことを当時安倍元総理がおっしゃっておりました。物事の本質を非常に突いたご発言だと思うし、科学技術に限った話じゃなくて、宇宙もそうですし、健康・医療もそうですし、全てにおいてそうなんですけど、私自身政治家としては日本を世界をリードする国にしたい、そういう思いでこの10年間やってきているので、安倍総理のその時、発せられたメッセージというのは、非常に重く受け止めています。
 今、科学技術、宇宙、あるいは健康・医療、こうしたものを担当する大臣としても、まだ距離はあると思いますけれども、世界をリードするところに、少しでも近づけるように、そういう意味では安倍元総理のそうした思いやメッセージというものをしっかりと共有しながら、これからも政策を進めていきたいと考えます。
(問)大臣は、安倍元総理よりも20歳若いと思いますが、安倍元総理から大変期待をされて、たぶん薫陶を受けてきたんだろうと、そういうお話を伺えたと思うんですけれども、ご自身、安倍元総理からいろいろ薫陶を受けたなという思いがありますか。それが始まったのはいつぐらいで、恐らく防衛政務官になったあたりから、それなりにいろいろ教えを受けていたんだと思うんですけど、次世代のリーダーとして薫陶を受けてきたんだなと私は印象を受けたんですけど、安倍元総理というのは小林さんにとって目標でしょうか、ある種の憧れでしょうか。どんな人で、薫陶を受けていたという思いがあるかどうか、思い付くことがあるかどうか、伺いたいです。
(答)私のような、まだ政治歴10年ですから。永田町には多くの立派な尊敬すべき先輩議員、あるいは同僚議員、たくさん存在しています。その中で安倍元総理との関係については、当然、私にとって最初の選挙、2012年の12月でしたけれども、今、確かにおっしゃったとおり、20歳違いがあるんですかね。当時、覚えているのは、地元の街頭演説に、当時は安倍総裁がいらしていただいて、「私も最初の挑戦は確か38歳、小林さんと同じ38歳だったんです、38歳で初当選したんですけれども」、そんなことをおっしゃっていただいていて。当然、安倍総裁、その後総理になって、その時に当選した立場ですから、それ以来、国のリーダーとして、特に国際社会における総理としての立ち居振る舞い、言動、メッセージ、学ぶところは非常に多かったと捉えています。
 今おっしゃっていただいた防衛大臣政務官、安倍元総理の下で約1年やらせていただいたときに、約27万人の防衛省・自衛隊の最高指揮官として当然総理がいらっしゃって、それを補佐していく一政務官という立場でしたけれども、元総理とご一緒させていただく機会というものもございまして、その時の元総理が醸し出している最高指揮官としての責任感というか、矜持というか、そこは非常に、なかなか言葉で表しにくいんですけれども、肌で感じるところは少なからずありましたよね。
 私自身安倍元総理の下で3回選挙を通り抜けてきたんですけれども、その時々にいろんな事案があったことを覚えていて、その中で安倍元総理だけのメッセージだけじゃなくて、自民党がこれまで出してきたメッセージでもあるんですけれども、日本を取り戻す、日本を守り抜く、日本を世界の真ん中にというようなフレーズ、メッセージ、これを私自身、本当に心の底から共感をしながら選挙戦も戦ってきたし、政治家としてもこれまで歩んでまいりましたし、先ほどの話にもつながってくるんですけれども、そういう思いをしっかりと大切にしながら、これからも政治家として歩んでいきたいと考えています。

(以上)