みどりの学術賞選考経過報告

第4回みどりの式典 みどりの学術賞選考経過報告

みどりの学術賞選考委員会委員長 常脇恒一郎

 選考委員会を代表し、第4回みどりの学術賞授賞者の選考経過をご報告申し上げます。

 選考委員会は、「みどり」に関する学術に造詣の深い学識経験者等約270名に対し、この賞に相応しい候補者の推薦を依頼し、74名の推薦を得ました。この中には、分子・細胞レベルで植物の営みを研究しておられる方から、地球規模で生態系の研究をしておられる方まで、実に様々な分野の方が含まれており、「みどり」という言葉のもつ意味の広がり、奥深さを改めて思い知らされました。
 選考委員会は、都合3回の会合をもち、この推薦を基に候補者の選考を進めて参りました。そして、第4回「みどりの学術賞」受賞者として、立教大学大学院特任教授であります、東京大学名誉教授 黒岩常祥博士と、(独)森林総合研究所理事長であります、東京大学名誉教授 鈴木和夫博士を推薦することに決定致しました。

 まず、黒岩博士の業績について申し述べます。
 農林業、造園・園芸、自然保護などの基盤となる植物の営みは、太陽エネルギーを利用して澱粉を作る光合成と、それを分解して化学エネルギーを生み出す細胞呼吸に基づいています。植物でこの2つの働きを担っているのは、葉緑体などの色素体とミトコンドリアという2種類の細胞小器官であります。カタカナでは、両者をまとめてオルガネラと呼んでいます。これらオルガネラは、今から15乃至20億年前に宿主の細胞に入り込んだ細菌の子孫と考えられていますが、その増殖や遺伝の仕組みはほとんど分かっていませんでした。黒岩博士は、このような問題に挑戦され、まず、オルガネラでは、遺伝物質であるDNAが塩基性タンパク質などと結合し、「核様体」と命名された構造を作っていることを発見されました。次に、オルガネラの遺伝について、受精の際に雌の配偶子で作られる酵素が、雄の配偶子に由来するオルガネラDNAを分解することを証明され、母親のオルガネラだけが子孫に伝わる仕組みを明らかにされました。最後に、オルガネラの分裂による増殖が、その分裂面に形成される分裂装置の収縮によって起こること、また、分裂装置を作っているタンパク質の種類とその働きを解明されました。
 このように、黒岩博士は、オルガネラの分裂、増殖および遺伝の仕組みを世界に先駆けて解明され、細胞核とオルガネラの共生によって、「みどり」が繁栄してきた仕組みの理解に大きく貢献されました。さらに、これら成果を基に、「ミトコンドリアはどこからきたか 生命40億年を遡る」や「高校生に贈る 細胞はどのように生まれたか」などの高著を世に送り、細胞生物学の新知見の普及に寄与されました。

 次に、鈴木和夫博士の業績について申し上げます。
 森林の健全性が、田畑や河川・海洋の生産力に重要な関わりをもつばかりか、二酸化炭素の吸収にも大きく貢献することがよく知られるようになりました。鈴木博士は、樹木と他の生物との相互関係が森林の健全性に大きく影響することに着目し、主に、マツ林を対象に、様々な生活型を示すナラタケ類、機能が謎とされてきたマツタケ、線虫が関与するマツ材線虫病などを中心に、森林における生物間の相互作用を幅広く研究して来られました。ナラタケに関しては、欧米の種と共通な7種を含む計10種がわが国に存在し、同じ林に異なる種が共存し、腐性や寄生など多様な生活様式を示すことを明らかにされました。マツタケについては、わが国に8つの系統が存在し、その内の優占系統は東アジアや欧州の系統と同一であること示され、また、マツとの共生関係を野外調査と実験によって証明され、培養菌糸から人工シロを誘導する方法を確立されました。マツ材線虫病については、樹体内での線虫の動態と水分生理の研究から、気象条件などによる樹木の浸透圧調節機能の低下がマツ材線虫病の進展に重要であることを明らかにされました。
 このような研究を通して、鈴木博士は、森林というマクロな世界で、植物、菌類、細菌など多様な生物が、共生を含む複雑な相互作用のネットワークが作っており、それによって生態系の健全な働きが支えられていることを明らかにされました。また、森林保護の分野において、樹木の診断・治療・保護に関する知識の普及と、それらの指導を担う樹木医の制度の創設・発展に尽力されました。

 このように、今日「みどりの学術賞」を受賞されますお二人の業績は、細胞と森林というレベルの異なる世界における生命の共生の在り方に光を当てられたものであり、我々が「みどり」と共に生きていくための多くの示唆を含んでおります。選考委員会と致しまして、このような「みどりの学術」の成果が、人類社会の健全な発展に大きく貢献することを心から希望し、念願するものであります。

 以上をもちまして、委員長としての選考経過の報告を終わります。