多数消費者被害に係る消費者問題に関する意見~消費者法分野におけるルール形成の在り方等検討ワーキング・グループ 報告書を受けて~

2023年8月10日
消費者委員会

  1. 消費者委員会は、令和5年8月、消費者法分野におけるルール形成の在り方等検討ワーキング・グループから別添報告書(以下「報告書」という。)の提出を受けた。報告書では、過去に生じた多数消費者被害に発展した事件にみられる共通の特徴をとらまえ、それをいわゆる「破綻必至商法」と総称し、これにどのように対応すべきか議論を行い、今後の様々な検討に資するよう、委員、オブザーバーの意見を幅広に記載する形で取りまとめられている。
  2. 深刻な多数消費者被害対策の一環として令和3年に特定商品等の預託等取引契約に関する法律(昭和61年法律第62号。以下「預託法」という。)が改正されて、販売預託を原則禁止とし、内閣総理大臣の確認を受けないで締結等した契約は無効とされ、行政処分の権限を規定するなど、「破綻必至商法」を行う事業者への対処として有効な制度が導入されたものと評価できる。消費者庁は、改正後の預託法を適切に執行するとともに、被害の未然防止、再発防止、拡大防止及び被害回復の観点から、同法の施行の状況について検証を行うことが必要である。
     また、「破綻必至商法」を行う事業者を市場からより効果的に排除するべく、行政による破産手続開始の申立その他の手法による消費者の被害の拡大防止等に資する措置をとることが可能となる制度整備又は拡充に向けた検討を行うことが必要である。
  3. なお、ここでいういわゆる「破綻必至商法」とは、以下①から④までの全てを備えるものをいう。
    ①事業(事業の実施のために必要な行為を含む。以下同じ。)の実体がないにもかかわらず、
    ②金銭の出資若しくは拠出又は物品若しくは権利の提供(以下「金銭出資等」という。)をすれば事業の収益により一定期間経過後に金銭その他の経済的利益の配当等(以下単に「配当等」という。)を行う旨を示して消費者を勧誘し、
    ③多数の消費者に金銭出資等をさせ(金銭出資等をした消費者を「出資者」という。以下同じ。)、
    ④そのため、新たな消費者を勧誘して金銭出資等をさせ、当該金銭出資等を原資として先行の出資者への配当等を継続的に行わざるを得ないスキーム。
  4. 過去に多数消費者被害をもたらしたジャパンライフ事件では、消費者庁の第2回目の行政処分において、「その預託等取引契約の目的物となる本件商品の数に比して大幅に不足していて,約定どおり顧客に割り当てる本件商品が存在しないにもかかわらず,複数の顧客に対し,その旨を故意に告げず,もって,顧客の判断に影響を及ぼすこととなる重要な事項である預託等取引契約の目的とするために購入させる本件商品の保有の状況について故意に事実を告げていませんでした。」とあり、また「平成26年度の負債額は、少なくとも合計約287億7639万円で、本来、これは会社法に基づく貸借対照表の負債の部に計上すべきものでした。しかしながら、負債の合計は約94億5092万円しか計上されていませんでした。」と認定されている。
     上記によれば、消費者庁はジャパンライフ事件において、預託法に基づく調査の過程で、事業が行われていないなど事業の実体がないこと(外形に対する実質を欠き、事業活動の実績が過少なケースを含む)を把握しえたと評価でき、財産の状況をある程度把握することが可能であったと考えられる。したがって、事業者を市場から排除する制度が存在すれば、その後の新たな被害者を生じさせることなく、また、財産を散逸させることなく、消費者被害をより小さくできる可能性があったと考えられる。
  5. もっとも、上記3について、正常な経済活動への萎縮効果を生じさせないようにするため、さらに精査すべきであることは、報告書でも指摘されている。
     さらに、行政がより事業者に対して強い権限を持つとして、それは行政庁による破産申立がよいのか、その他のどのような方策が考えられるのか、具体的な方策の検討に当たっては、達成すべき目的との関連性があるかどうかや、目的達成との関係で均衡がとれているかどうか(比例原則)に留意する必要がある。
  6. 加えて、民(事業者)-民(消費者)の問題に、行政がどこまで入っていくことが許されるのか、生命・身体の被害ではなく、基本的には金銭的な被害の回復を求める消費者行動について、行政が入っていくことの正当性についてどのように整理すべきかという問題がある。
     この点、消費者委員会では、「消費者法(取引分野)においては、国家が形成する法令(行政規制、民事ルール)や事業者・事業者団体が形成する自主規制などの種々のルールが、被害の予防と救済の両面に機能を果たしている。これらのルールを、被害の予防・救済という目的を実現する手段として、どのように組み合わせることが最善かという観点から検討することが重要である。」と考えており 、上記3の場合のようにかなり限定的な場面であること、公益的な事項であること、裁判所の判断が入ることで行政の恣意的判断を防止し得る等の条件が充たされる場合であれば、民(事業者)-民(消費者)の問題に行政が一定の役割を果たすこともあり得ることであり、消費者法の分野ではこの点が特に重要であると考える1 2
  7. 消費者委員会としては、以上の残された課題にも留意しつつ、引き続き、多数消費者被害に係る消費者問題への取組について、消費者庁を始めとする関係行政機関の取組を注視していく。

以上

  1. 参考文献:「法律を運用するのは行政庁であり、私人は、裁判所においてその法律が認めた救済・庇護を自ら求めよという、行政と民事訴訟との乖離・分離の状況を改めるには、どうしたら法律をうまく運用できるかという点についての厳しい反省が必要であろう。」田中英夫・竹内昭夫『法の実現における私人の役割』((東京大学出版会、1987年)120ページ)
  2. 参考文献:『消費者法の現状を検証し将来の在り方を考える有識者懇談会における議論の整理』((消費者庁、令和5年7月)5ページ)「事業者には、意図的・積極的に消費者被害を発生させるような悪質な事業者もいれば、消費者被害を起こさないわけではないが意図的に起こそうとはしているわけではなく、消費者被害の発生・拡大防止に積極的に取り組む優良な事業者もある。消費者法の設計に当たっては、このような事業者の性質に応じてグラデーションのある規律とすることが必要である。」 (同上、11ページ)「また、「施策」とその「実効性確保」とは区別して考えるべきであり、一つの施策を実現するために、実効性確保の手法としては自主規制から刑事罰まで、民事ルール・行政規制・刑事罰を事業者の悪質性の度合に応じて複層的に整備するという意識が重要である。加えて、国(行政)と事業者団体との公私協働(自主規制とこれを組み入れた共同規制等)や国(行政)と消費者団体との公私協働(消費者団体訴訟制度等)、さらには国(行政)・事業者団体・消費者団体等の公私協働(適法性の評価・勧告、官民協議会等)を積極的に組み入れていくべきと考えられる。」