チャットを利用した勧誘の規制等の在り方に関する消費者委員会意見

2023年8月10日
消費者委員会

消費者委員会は、令和4年1月、「デジタル化に伴う消費者問題ワーキング・グループ」(以下「WG」という。)を設置し、WGは同年8月に「デジタル化に伴う消費者問題ワーキング・グループ報告書」(以下「令和4年報告書」という。)を取りまとめた。令和4年報告書を踏まえ、当委員会は同年9月に「SNSを利用して行われる取引における消費者問題に関する建議」(以下「令和4年建議」という。)及び「SNSを利用して行われる取引に関する消費者委員会意見」を発出した。

令和4年建議において、積極的な勧誘がなされる通信販売における規制等の検討の必要性の指摘がなされた1。デジタル化の進展に伴い、通信販売において、消費者と事業者の接触が一層容易となり、例えば、「副業を探す」意図で事業者と接触を開始したにもかかわらず、最終的に「投資関連等の情報商材」の購入に至る等、消費者と事業者がSNSのメッセージを利用したやり取りを行った結果、消費者が事業者と接触した際の動機とは異なる契約の締結に至る場合がある。このように、SNSのメッセージにも不意打ち性2や密室性等3の問題があると考えられ、訪問販売や電話勧誘販売に類似した特徴を有している。一方で、このような事業者の行為には通信販売における広告規制がかかり、上記のような訪問販売や電話勧誘販売に類似する特徴に十分に対応し得る規制であるとは言えないと考えられることから、令和5年1月からWGを再開し、特に消費生活相談の事例が多く見られる、いわゆるチャット(以下「チャット」という。)4を利用した勧誘による販売の特定商取引に関する法律(昭和51年法律第57号。以下「特定商取引法」という。)の規制等の在り方を中心に検討を重ね、同年8月にその結果が「デジタル化に伴う消費者問題ワーキング・グループ報告書(チャットを利用した勧誘の規制等の在り方について)」として取りまとめられた。

これを踏まえ、当委員会は、消費者庁に対し、以下のとおり意見を述べる。

第1 意見

消費者庁は、チャットを利用して、事業者が消費者の契約締結の意思の形成に影響を与える行為により消費者被害が発生していることを踏まえ、以下について、チャットの定義を必要に応じて明確にすること等も含め、その在り方等について十分に検討を行うことを求める。

1 特定商取引法の通信販売において、チャットを利用して事業者が消費者の契約締結の意思の形成に影響を与える行為に対して、勧誘の規制等の導入に向けた検討を行うこと。

2 上記1に当たっては、以下の内容を含め検討を行うこと。

(1)チャットを利用した勧誘に先立って、消費者に対し、事業者名・販売目的等を明示すべき義務を設けること。

(2)チャットを利用した勧誘による販売に禁止行為等に関する行政規制を設けること。具体的には、訪問販売及び電話勧誘販売規制を参照し、再勧誘の禁止のほか、不実告知や故意の事実不告知等の事業者による不当性の強い行為については禁止行為とし、適合性原則違反等については指示対象行為とすること。

(3)チャットを利用した勧誘による販売に民事ルールを設けること。

第2 理由

1 チャットとは

チャット(chat)とは、インターネット上のシステムの定義としては、同じプラットフォーム上でID5を利用し、利用者間で「ネットワークを介してリアルタイムにメッセージを交換すること」6とされている。

チャットに関連した法令上の定義としては、ストーカー行為等の規制等に関する法律(平成12年法律第81号)第2条第2項第1号において、「電子メールその他のその受信をする者を特定して情報を伝達するために用いられる電気通信(電気通信事業法(昭和五十九年法律第八十六号)第二条第一号に規定する電気通信をいう。次号において同じ。)の送信を行うこと。」となっており、通達7において、「具体的には、LINEやFacebook等のSNSメッセージ機能等を利用した電気通信がこれに該当し、」とされている。また、米国立標準技術研究所(NIST)による報告であるSpecial Publication 800-101 Revision 1“Guidelines on Mobile Device Forensics”(モバイル端末フォレンジックのガイドライン)において、“Instant Messaging (IM)”(インスタントメッセージング)は,“A facility for exchanging messages in real-time with other people over the Internet and tracking the progress of a given conversation.”(インターネット上で他の人とリアルタイムでメッセージを交換し、会話の進行状況を追跡するための機能)と定義されている。

さらに、電気通信事業法施行規則(昭和60年郵政省令第25号)第22条の2の10第1項第2号において、「電話又はこれに類する双方向の通信」との用例、仲裁法(平成15年法律第138号)第13条第2項において、「当事者が交換した書簡又は電報(ファクシミリ装置その他の隔地者間の通信手段で文字による通信内容の記録が受信者に提供されるものを用いて送信されたものを含む。)」との用例がそれぞれ見られる。

これらを踏まえ、本意見においては、「チャット」とは、「受信者を特定して情報を伝達するために用いられる双方向の通信であって、通信内容の記録が受信者に提供されるもの(電子メール8を除く)9」とする。

2 チャットを利用した勧誘及び同勧誘による販売とは

本意見において、「チャットを利用した勧誘」とは、通信販売において上述のチャットを利用して事業者10が消費者の契約締結の意思の形成に影響を与える行為をいう。その行為により取引を行うものを「チャットを利用した勧誘による販売」という。

なお、チャットを利用した勧誘による販売には、即時性があり、既読機能により相手に情報が届いていることが担保され、相手に応じて送信する情報を変更できることから、双方向性に優れているといった面がある。他方で、不意打ち性、密室性、商品情報が不正確、契約の非書面性、送信の容易性(容易かつ低コストな勧誘が可能)といった面もあり、電話勧誘販売における特徴で指摘されたものと同様の特徴が見られる。また、覆面性(相手が見えない)という特徴も見られる。

3 チャットを利用した勧誘による販売の心理学的観点からの示唆

チャットは、双方向性と即時性を有しており、また、既読機能により情報の受け手側が時間的切迫感を増すことから、電話に近い特徴を持つと言われている。さらに、利用の場面を考えてみると、メールは仕事、チャットはプライベートで使う、と使い分けて利用されることが多いことから、チャットのほうが、より相手に親しさを抱かせるとの指摘がある。このことから、チャットを利用したやり取りでは、相手の社会的存在感が高くなり、人間関係のルールが働きやすい状況になると考えられる。その結果、社会的望ましさの規範や返報性の規範により、相手の説得に応えたい気持ちが生じ、相手の誘いを断りにくくなり、消費者の意思の形成をゆがめる可能性があるとされている。

4 チャットを利用した勧誘に対する規制の対象

勧誘規制の対象については、前述のチャットを利用した勧誘のうち、不意打ち性があるものに限定し、①事業者からチャットを利用した勧誘を開始するケース、②ウェブページ等により勧誘の対象となる商品等の販売目的を告げずに、消費者にチャットを開始させるケース、の2つのケースを対象とすることが考えられる。

一方、③ウェブページ等により勧誘の対象となる商品等の販売目的を告げ、消費者にチャットを開始させるケースは、従来の通信販売と同様に、勧誘規制の対象外とすることが考えられる。

なお、事業者からの発信によるチラシ等の配信、クロスセル取引の一方向のものはチャットに含まれず対象外である。また、商品検索サポート(チャットサポートなど)、入力補助は従前のとおり勧誘規制の対象外と考えられる。

5 チャットを利用した勧誘に対する規制の内容

(1)勧誘に先立っての事業者名・販売目的等の明示

チャットを利用した勧誘による販売には、広告規制がかかることとなる。具体的には、特定商取引法第11条においては、広告中に一定事項を必ず記載することが規定されており、まずはこれを遵守させることが求められ、令和4年建議においても、消費者庁に表示を徹底させることを求めている11

もっとも特定商取引法第11条においては、勧誘に先立って表示しなければならないこととはされていない。また、不当景品類及び不当表示防止法(昭和37年法律第134号。以下「景品表示法」という。)においては、事業者名や販売目的等の表示義務はない。

チャットを利用した勧誘は、一般的な通信販売における広告とは異なり、短文で断片的なメッセージを送り、相手の反応に応じて情報を変更できるものであり、一覧性がないことや、前述のチャットを利用した勧誘による販売の特徴である不意打ち性、密室性等やその心理的影響を考慮すると、現行の広告規制ではなく、チャットを利用した勧誘に対する規制が必要と考えられる。チャットを利用した勧誘に先立って、事業者名や販売目的等を明らかにしないということは、消費者がそのような勧誘を受けるか拒否するか判断する最初の重要な機会を奪うものであると考えられ、訪問販売や電話勧誘販売においては勧誘に先立って、事業者名・販売目的等の明示義務が規定されていることと同様に捉えることが適切であると考えられる。

したがって、チャットを利用した勧誘による販売においても事業者名・販売目的等の明示義務を設けることが求められる。

(2)禁止行為等の創設

従来の通信販売は、消費者が合理的な選択の機会を確保するため、消費者が事業者からの圧力を受けずに契約締結の意思の形成を行うことを前提として、広告規制が設けられている。これに対して、訪問販売や電話勧誘販売における禁止行為等は、事業者の積極的な販売行為によって消費者が望まない契約を締結する恐れがあるという前提で規律が設けられており、両者は規制の前提が異なっている。

前述のとおり、チャットを利用した勧誘による販売は、広告規制がかかることとなる。具体的には、まずは特定商取引法第11条及び第12条などの規定を遵守させることが求められ、令和4年建議においても、消費者庁に対して執行の強化を求めている12。チャットを利用した勧誘は、短文で断片的なメッセージを送り、相手の反応に応じて情報を変更できるものであり、一覧性がないことや、前述のチャットを利用した勧誘による販売の特徴である不意打ち性、密室性等やその心理的影響により、消費者が事業者からの圧力を受けずに契約締結の意思の形成を行う状況にはないこと、また、適合性原則違反等と考えられる行為や、契約後に解除を妨げる行為が見られることから、特定商取引法第11条及び第12条などの通信販売に関する規定に基づく対応には限界があると考えられる。また、景品表示法においても、チャットを利用した勧誘には対応できない場合があると考えられる。

訪問販売や電話勧誘販売においては、消費者被害の端緒ともいえる意思に反した勧誘行為を受けてしまう状況そのものから消費者を保護する観点から、再勧誘を禁止するほか、事業者による執拗で強引な勧誘に消費者が迷惑を覚えさせられたり、虚偽の事実や欺瞞的な勧誘、誇大な勧誘により消費者が適正な契約判断を阻害されたまま契約を締結させられていることから、不当性の強い行為を類型化し、不実告知や故意の事実不告知等の特に不当性の強い行為を「禁止行為」として規定し、違反者には刑事罰を科すこととしている。また、違法又は不当な行為が行われた場合において、事業者がその営業を継続しながら必要な是正又は改善措置を採らせることにより、法違反若しくは不当な状態を解消し、又はこうした状態に至った原因となる事由を除外して、訪問販売や電話勧誘販売の適正化を図るため、適合性原則違反等については、主務大臣による改善のための行政処分である「指示」の対象行為として規制し、是正を図っている。

したがって、チャットを利用した勧誘による販売においても、訪問販売や電話勧誘販売における規制を参照し、再勧誘の禁止のほか、不実告知や故意の事実不告知等の事業者による不当性の強い行為については禁止行為とし、適合性原則違反等については指示対象行為とする等の行政規制13を設けることが求められる。

(3)民事ルールの創設

(2)で述べた、チャットを利用した勧誘に対する禁止行為や指示対象行為等を設けたとしても、違反行為があれば直ちに指示や業務停止命令等を発令できるわけではない。少数の消費者の被害例だけでは指示や業務停止命令等の発令まで至らないこともあるし、また、行政庁における調査や対応には人的資源等の面からも限界があると考えられる。

したがって、消費者の被害回復の観点からは、自らが自己の権利を守り、損害を回復することができるよう民事ルールについても規定することが必要と考えられる。

ア 取消権 

チャットを利用した勧誘による販売に関する民事ルールとしては、特定商取引法第15条の4に通信販売における契約申込みの意思表示の取消しがある。同条は、「個別の消費者の申込みのプロセスの最終段階の表示において、当該消費者を誤認させるような表示をしたり、誤認をさせるために重要なことを表示しないといったような行為については、一対一で事業者と消費者が対峙する勧誘的な要素が支配する状況であり、訪問販売や電話勧誘販売における不実告知や重要事実不告知による勧誘がなされた場合の取消しルールとアナロジーで捉えることが適切なのではないか、という発想の下で立法された」14とされているが、特定申込みをした消費者が同法第12条の6に違反する表示によって誤認した場合の取消権であり、最終確認画面等の表示に関するものであるため、チャットを利用した勧誘における不実告知等には対応できない場合があると考えられる。

また、民法(明治29年法律第89号)の詐欺の場合には、事業者の故意の立証が必要になることや消費者契約法(平成12年法律第61号)では取消しの対象を「重要事項」としていることから、民法や消費者契約法でも対応できない場合があると考えられる。

以上のとおりであるところ、消費者の被害回復を容易にするため、取消権についても検討することが求められる。また、取消権を設けることにより、仮に、後述するクーリング・オフ期間が経過し、クーリング・オフができない場合にも取消権を行使できることから、被害回復に資するといえる。また、違法な勧誘を前提とした悪質商法を抑止する効果も期待される。

チャットを利用した勧誘において不実告知や故意の事実不告知がなされ、その結果、消費者が誤認をして契約をした場合には、一対一で事業者が消費者に勧誘を行う場面であり、訪問販売や電話勧誘販売において不実告知や故意の事実不告知による勧誘により誤認した場合の取消権が規定されていることと同様に捉えることが適切である。

したがって、チャットを利用した勧誘による販売において不実告知や故意の事実不告知がなされ、消費者が誤認して契約した場合の取消権についても検討することが求められる。

イ クーリング・オフ

チャットを利用した勧誘による販売に関する民事ルールとして、特定商取引法第15条の3のいわゆる法定返品権があるが、特約で排除できること等から、同法を活用した被害回復ができない場合があると考えられる。 チャットを利用した勧誘による販売においては、消費者が受動的な立場に置かれ、契約締結の意思の形成において事業者の文言に左右される面が強いため、契約締結の意思が不安定なまま契約の申込みや締結に至り、後日履行や解約をめぐって紛争が生じることが少なくないことから、被害回復の観点から、このような弊害を除去する必要があると考えられる。

この点、チャットを利用した勧誘は、短文で断片的なメッセージを送り、相手の反応に応じて情報を変更できるものであり、一覧性がないことから契約内容が不安定であるため、契約内容を明らかにするためにも書面の交付が必要であり、検討することが求められる。また、訪問販売や電話勧誘販売と同様に、不意打ち性や密室性があることを考慮すると、契約の申込み又は締結後一定期間内は消費者が無条件で申込みの撤回又は契約の解除を行うことができる、クーリング・オフの導入についても検討することが求められる。

(4)(1)~(3)の設け方

チャットを利用した勧誘による販売の規制の設け方については、現行の通信販売の中に規制を設けるほか、通信販売から切り出した上で規制を設けることが考えられる15。いずれの規制を設けるに当たっても、現行の通信販売、電話勧誘販売の規定との適用関係について整理すること16が求められるとともに、法執行及び被害回復の観点から実効性を確保できるよう留意する必要があると考えられる。

以上

  1. 令和4年建議では、「なお、本報告書においては、「通信販売ではあるが、積極的な勧誘がなされる類型については、SNSのメッセージによる勧誘と電話による勧誘の類似性を念頭に置きつつ、勧誘規制等を検討することが必要である」と指摘されている。この点については、更に深く検討することが必要であると考えられることから、引き続き、当委員会において調査、審議等を行っていくこととする。」と指摘した。
  2. 電話勧誘販売においては、①事業者から突然電話がかかってくるという不意打ち性と、②商品等の販売目的を明示しないで事業者の巧みな働きかけにより消費者が電話をかけさせられ、その電話の中で勧誘を受けるという不意打ち性があると考えられる。
  3. 電話勧誘販売においては、会話内容を第三者に聞かれないという密室性があり、これにより、周囲の監視の目が届かないため、行き過ぎた勧誘になる恐れがあることや、消費者が応答を迫られた状況となることが考えられる。
  4. 令和4年報告書においては、「SNSのメッセージによる勧誘」としていたが、メッセージによる勧誘については、必ずしもSNSの「チャット機能のアプリケーション」に限定されるものではないことから、WGにおいては「チャット」という機能の全般に着目して検討を行った。
  5. identification(アイデンティフィケーション)の略。個人を識別・把握する情報の総称のこと。ユーザ名、ユーザIDとも呼ばれる。(総務省「国民のためのサイバーセキュリティサイト 用語辞典(英字)」)(https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/cybersecurity/kokumin/glossary/glossary_11.html)
  6. 第11回WG坂下オブザーバー資料2頁より、「IT用語辞典 BINARY」
  7. ストーカー行為等の規制等に関する法律等の解釈及び運用上の留意事項について(令和3年5月26日付け警察庁丙生企第71号、警察庁生活安全局長から都道府県警察の長宛て)4頁
  8. 特定電子メールの送信の適正化等に関する法律第二条第一号の通信方式を定める省令(平成21年総務省令第85号)第1号に定める通信方式(その全部又は一部においてシンプルメールトランスファープロトコルが用いられる通信方式)
  9. チャットにより送受信するものは文字、スタンプや絵文字、画像等も含む。また、機能に着目すると、前述したSNSのチャット機能のアプリケーションのほか、SMS(ショートメッセージサービス)、Web会議ツールやオンラインゲーム上等のものも含む。
  10. AIによるものを含む。
  11. 令和4年建議第1.2.
  12. 令和4年建議第1.1.
  13. 訪問販売や電話勧誘販売において設けられている、業務停止命令等と同様の規定についても検討を行うことが求められる。
  14. 笹路健「令和3年特定商取引法・預託法等改正における2つの重要論点について」(消費者法研究第10号)
  15. 禁止行為等や、民事ルールのほか、訪問販売や電話勧誘販売において設けられている、適格消費者団体による差止請求権等と同様の規定についても検討を行うことが求められる。
  16. 現行の通信販売、電話勧誘販売の規定と、チャットを利用した勧誘による販売の規定の相互間に矛盾がないよう整理するとともに、通信販売から切り出した上でチャットを利用した勧誘による販売の規定を設けるとしても、必要な通信販売における規定を維持すべきことにも留意することが求められる。