国民負担率
- 税調として国民負担率のあり方を検討するのは大事だか、国民負担率は財政赤字が反映されないという問題があるほか、社会保障を含めた検討が必要となってくるので、ある程度時間をかけて議論しなければならない。
- 国民負担率に関する試算を発表し、危機感を訴えることはよいが、同時に歳出のカットをどのように行うのか、累積債務を何年で償還していくのかといったことを議論することが重要である。
- かつて臨調で国民負担率が議論された頃は、財政赤字をある程度コントロールできていた状況にあった。現在のように財政赤字が非常に増えた状況の下では、国民負担率を議論する場合に意味が異なってくることに注意しなければならない。
- 租税負担と社会保障負担とは、負担である点で、国民にとって変わりがない。したがって、税と社会保険料のあり方は、一緒に議論しなければならない。その際、垂直的公平、水平的公平及び世代間の公平に加えて、サラリーマンと自営業者といった職業間の公平という視点も大切である。
- 財政赤字抜きの国民負担率で議論するよりも、財政赤字を含めた潜在的な国民負担率という概念で議論するのが筋である。
- 将来の財政赤字を含めた潜在的な国民負担率が70%となるということは、現時点において既に大きな政府になっているということに他ならない。
- 国民負担率について臨調的な議論で新しく目標を設定したとしても、福祉水準を切り下げることは困難なので、一定水準に抑えることは達成不可能といえる。
- 国民負担率の将来推計を基に、歳出をカットするのか歳入を増やすのか、様々なシナリオを描き、どういう形で負担していくのかという組合せを国民に提示するというのがこれからの税調の任務ではないか。
- 国民負担率を議論する場合には、まず歳出規模の中でどういう形で歳入構造を規定していくかを議論した上で、その後に国民負担率を議論するという流れにしないと、誤解を招くおそれがある。
- 財政赤字が反映されない国民負担率をもとに政府の規模を議論しても意味はない。国民負担率が混乱して用いられており、21世紀に向けて有効な問題提起をするため、言葉の定義を明確にしなければならない。
- 社会保険料の中でも、保険としての性格が強いもの、あるいは、税と性格が似ているものがあり、その分類をした上で、税と性格が類似しているものについては税と総合的に議論していく必要があるのではないか。
- 世代間の公平という観点から、長すぎる国債の償還期限をインフラの償却期間に合わせるなど、現世代が享受しているものを現世代が負担するというような考え方を選択肢として示してはどうか。
- 税金や社会保険料が高くなっても、福祉サービスを充実させてほしいという国民が増えているのではないか。その場合、財政赤字の処理も考慮すれば、国民負担率は上昇せざるを得ないが、これについてどう考えるかを国民に率直に問いかけていく必要がある。
- 国民負担率は重要な指標であるが、歳出構造の問題、財政の守備範囲あるいは大きな政府、小さな政府論というような議論の過程の中で用いるべきであり、国民負担率が先にありきでは本末転倒である。したがって、国民負担率の指標としての性格を理解し、ある程度用心しながら扱うべきである。