個人所得課税に関する論点整理

平成17年6月21日
税制調査会
基礎問題小委員会

1.個人所得課税の抜本的見直し

課税対象は、主として所得・消費・資産に大別されるが、この中で「所得」を課税対象とする個人所得課税は、個々の納税者の稼得能力に応じた負担を求め得る税として、これまでのわが国税制の中で極めて重要な役割を果してきた。

しかしながら累次の減税により、諸控除の拡充のほか、税率の引下げやブラケットの拡大が行われた結果、わが国の個人所得課税については相当の負担軽減が行われてきた。国際比較で見ても、その財源調達機能が顕著に低下してきている。例えば、租税負担率(国民所得比ベース)で比較した場合、主要国が二桁の水準であるのと比べ、わが国はほぼその2分の1程度にとどまっている。特にドイツ、フランスといった間接税中心の国と比較しても、その負担水準が低くなっている。

こうした中、近年において、配偶者特別控除(上乗せ部分)の廃止、年金課税の見直し、定率減税の縮減など「あるべき税制」に向けた税制改正が行われている。しかしながら、少子・高齢化など経済社会の急速な構造変化の中、現行税制は、周囲の環境変化に未だ十分対応しきれていない。また、様々な政策目的のために変更が加えられてきた結果、制度が相当複雑化しているとの状況も解消されていない。この結果生じている様々な歪み、不公平を是正し、公平・中立・簡素な税制を構築していかねばならない。さらに、広く公平に負担を分かち合うとの観点から、様々な要因による収入をできる限り課税ベースに取り込んでいくことが望ましい。こうした取組みは、結果として、個人所得課税の本来果たすべき財源調達機能の回復にもつながることとなろう。

平成18年度においては、定率減税を廃止するとともに、所得税から個人住民税への本格的な税源移譲を行う必要がある。税源移譲に際しては、国・地方を通ずる個人所得課税のあるべき姿と乖離することなく、所得税・個人住民税双方において税率構造を中心とした抜本的な見直しが必要となる。

この報告書は、今後本格化する18年度以降の税制改正の検討を控えて、上記の観点に立ち、目指すべき個人所得課税の改革のグランドデザインを描いていくに当たっての主な論点を整理するものである。

2.所得の種類と税負担のあり方

現行税制においては、所得はその性質や発生の態様によって担税力が異なると考えられているので、まずその源泉ないし性質によって10種類に分類される。次いで各種所得に応じ、計算方法、課税方法、さらに相互間の損益通算のあり方を定めている。課税方式としては総合課税と分離課税がある。わが国所得課税においては原則として総合累進課税が採られているが、所得の性質や政策的要請なども踏まえ、所得の種類によって分離課税を組み合わせてきた。

しかしながら経済社会の構造変化により、これらの所得区分や所得の計算方法のあり方が税負担のバランスを損なっている面も生じてきている。制度の簡素化の要請も踏まえ、今後これらの見直しを行っていく必要がある。

以下、所得区分毎に今日当面している問題点を整理することにする。

(1) 所得区分

[1] 給与所得

給与所得に関しては、近年における雇用形態、就業構造の変化が重要となる。被用者は就業者の約8割を占めるに至り、かつ、正規雇用者の割合が大幅に低下する一方で、パート・派遣労働者・業務請負等の非正規雇用者の割合が急上昇するなど雇用形態の多様化も進んでいる。また、日本型雇用慣行の揺らぎとあいまって、「会社」を通じた雇用・生活保障機能が低下するなど個人にとって生活の不確実性が高まる中、自らの市場価値を高めるべく様々な自己努力を行っている給与所得者もいる。

そもそも給与所得も事業所得も、勤労を通じた経常的所得であるとの点では差異はない。こうした雇用形態の多様化等の状況も踏まえれば、雇用関係の有無だけをもって給与所得者と個人事業者を比較し、その置かれた立場の強弱を一律に論ずることは難しくなりつつある。すなわち、給与所得者であることを理由として、所得の計算にあたって特別の斟酌を行う必要性は乏しくなってきているといえよう。

そうした意味では、給与所得控除の見直しが課題となる。給与所得控除については、従来より、給与所得者にかかる「勤務費用の概算控除」のほか、被用者特有の事情に配慮した「他の所得との負担調整のための特別控除」という二つの要素を含むものとして整理がなされてきた。このように被用者特有の事情を画一的にとらえて一律の控除を行うという現行の仕組みを見直し、後述の事業所得にかかる必要経費の取扱いの見直しとあわせて、給与所得者の控除や申告のあり方についても、経費が適切に反映されるような柔軟な仕組みを構築していくべきである。つまり、より勤務の実態に即したものに変えていくとともに、職務遂行上の経費として認められる特定支出控除の対象範囲の拡大について検討する必要がある。

また、被用者が享受するいわゆるフリンジベネフィットに対しては、税負担の公平を失することのないよう、引き続き適正な課税を行っていく必要がある。

[2] 退職所得

退職所得については、従来から、勤労に起因する報酬である点において給与所得の変形と考えられるものの、それが一時に支給される点や、老後の生活保障的な所得であること等を考慮し、累進性を緩和する観点から、特別な負担軽減措置が講じられてきた。

近年においては、前述の雇用形態、就業構造の変化ともあいまって、退職金を支給しない代わりに在勤中の給与を引き上げる、退職一時金に代えて退職年金を支給するといったように退職金の支給実態は多様化している。

こうした中、退職所得控除は勤続年数20年を境に1年当たりの控除額が急増する仕組みとなっており、また、勤務年数が短期間でも所得の2分の1に課税されるなど、現行制度には必ずしも合理的とは言えない面がある。特に、短期間勤務に対しても2分の1課税が適用されるという点に関しては、給与を低く抑え、高額の退職金を支払うといった操作を行うことで、事実上租税回避に使われている側面があることに留意すべきである。

こうした状況を踏まえれば、退職金については、全体として多様な就労選択に対し中立的な制度となるよう課税のあり方を見直すべきである。

制度の見直しにあたっては、多年にわたって支給されるべきものが一時に集中するとの退職所得の性格に照らして、引き続き何らかの平準化措置が必要となる。また、重要な人生設計上の期待にも関わる問題となることから、所要の経過措置も含めた適切な工夫が必要であろう。

[3] 事業所得

イ)事業とは、自己の危険と計算において営利を目的とし対価を得て継続的に行う経済活動のことであり、そこから生じる所得が事業所得である。事業所得については、事業者が売上げ及び必要経費を適切に記帳し、適正な申告を行わねばならない。

振り返ってみれば、戦後、シャウプ勧告に従い、記帳慣行が未成熟という状況の下で申告納税制度の定着を図るために青色申告制度が導入され、その後、同制度の下で記帳水準は着実に向上してきた。また、適正・公平な課税の実現に向け、税務調査をはじめとする課税当局の努力が今日まで継続されている。

しかしながら、事業所得に係る必要経費についてみれば、その範囲が必ずしも明確ではなく、本来、必要経費に算入できない家事関連経費について混入を防止する制度的担保が存在しない。そうした中、一般の給与所得者にとって、日常生活において目にする事業所得者の行動に納得し難い思いを抱くこともあり、税負担の不公平感が醸成されている。

現在、情報技術の進展により、それほど困難を伴わず事業所得者が記帳を行い得る環境が整ってきている。事業所得について、売上げ、必要経費の記帳に基づく申告納税の趣旨の重要性を再認識する必要がある。簡素な税制を構築する狙いから、事業所得に関しては、実額での必要経費は正しい記帳に基づく場合のみ認めることとし、そうではない場合には一定の「概算控除」のみを認めるとの仕組みを導入することも考えられよう。

ロ)また、事業所得をはじめとし、組合形態を用いるなど多様な事業形態によって所得を稼得する場合が見られるようになってきている。こうしたものに対しては、事業形態の性格や他の事業形態とのバランスを踏まえつつ、適切な課税が確保されるような対応を更に検討していく必要がある。

[4] 譲渡所得

譲渡所得については、資産価値の増減を単年度毎に所得として把握することは困難であることから、実現した時点での課税を行っている。その結果、例えば長期譲渡所得については、長期間蓄積された利得が一時に実現し、かつその額が比較的大きいのが通例であるので、累進税率を緩和する観点から2分の1課税が適用されている。

譲渡所得は経常的な所得とは異なり、その実現のタイミングを選択することが可能であることから、損益通算による租税回避に用いられ易い。また、長期譲渡所得に関しては、譲渡益は2分の1課税となる一方、譲渡損はその全額を総合課税とされる他の所得から差し引くことができる点で不均衡な制度となっている。

土地、株式にかかる譲渡所得については既に分離課税とされている。その他の資産の譲渡益についても、同様の取扱いとすることを検討する必要があろう。

[5] 不動産所得

不動産所得は、不動産、地上権などの不動産の上に存する権利、船舶・航空機を貸し付けることによって生じる所得である。不動産所得は、昭和22年の税制改正において、同居親族の所得の全面的な合算制度の導入とともに事業等所得に統合された。その後、シャウプ勧告に基づく昭和25年の税制改正において個人単位課税が採用された際、その例外措置として、生計を一にする夫婦と未成年の子など最小の世帯単位において、利子、配当、不動産といった資産所得を合算する制度が設けられた。現行の不動産所得は、この合算課税の対象となる資産所得の範囲を確定するために設けられたものである。しかし、合算課税制度が税制の簡素化の見地から平成元年に廃止されたその後も、独立した所得区分として存続し今日に至っている。

不動産所得の実際の計算にあたっては、不動産所得を生ずべき事業と事業以外の業務とを区分し、前者については事業所得と、後者については雑所得と同様の取扱いがなされている。

今日、このような所得の計算の実態、また所得区分の改廃にかかる経緯を見ると、独立の所得区分としての不動産所得を廃止することを検討すべきである。

[6] 一時所得

他の所得区分に該当しない所得のうち、その発生が一時的・偶発的であり、対価性を有しないものについては一時所得に分類し特別な取扱いを行っている。個々の納税者にとっての主たる所得である「経常的な所得」以外の所得、という意味では一時所得は雑所得と同様であり、対価性の有無をもって雑所得とは別の所得区分を設けていることについては合理性がないと考えられる。制度の簡素化の観点をも踏まえれば、雑所得に統合することを検討すべきである。

[7] 雑所得

イ)雑所得は、10種類の所得区分のうち、利子所得から一時所得までの他の9種類の所得区分に該当しない様々な所得を一括したものである。その内容を見ると、公的年金等に係るもの、先物や私的年金等資産運用に関連するもの、その他のもの(原稿料・講演料等)が混在する状況にある。

ロ)このうち公的年金等については、かつて給与所得に分類されていた。しかし、給与所得と同一の事情にない公的年金に、勤務費用の概算控除等の趣旨から設けられている給与所得控除を適用することは合理的でないとの理由に基づき、昭和62年の税制改正において公的年金等控除が設けられ、所得区分も給与所得から雑所得に変更されて現在に至っている。公的年金等については、公的年金等控除の適用があり、他の雑所得とは所得計算方式が全く異なること、公的年金の受給者が増加していること、年金に係る所得が増大していることを考慮すれば、雑所得の中に留めておくことは適切ではなく、独立の所得区分を設けることを検討すべきである。なお、世代内・世代間の負担の公平を図る観点から、給与所得控除の見直しも踏まえ、公的年金等控除のあり方については引き続き見直しが必要である。

ハ)資産運用関連の雑所得について見れば、外貨預金の為替差益は総合課税、先物取引にかかる所得や割引債の償還差益などは分離課税とされるなどその課税方式は区々となっている。しかしながら、これらを総体として見れば性格的に金融所得に類似しており、課税方式の均衡性を考慮すれば、分離課税に一本化する方向で検討を行うべきである。

(2) 金融所得課税の一体化

利子、配当、株式等譲渡益など様々な法定の所得区分に属する金融資産の運用から生じる所得については、金融所得として一体化し、課税する仕組みが検討されている。これには、少子・高齢化の進展から貯蓄率が顕著な低下傾向を示す中、経済の活性化のためにも、現存する金融資産を効率的に活用することが要請された背景がある。

当調査会は、「金融所得課税の一体化についての基本的考え方(平成16年6月金融小委員会報告)」を公表している。これを踏まえ、今後とも、金融所得間での課税方式の均衡化、損益通算の範囲拡大を柱とする金融所得課税の一体化の検討を進め、金融所得課税に係る現行の分離課税制度をより簡素で中立的な仕組みにしていく必要がある。金融所得の損益通算の範囲の拡大にあたっては、現在の配当・株式譲渡益に関する時限的な特例が終了し、課税方式の均衡化が図られることが前提となる。その際、配当所得については、総合課税の原則の下で法人税との調整措置が一部導入されているが、その取扱いについて改めて議論を整理する必要がある。また、損益通算を希望する納税者のための何らかの金融番号制度の導入は不可欠となろう。投資家の混乱を招かぬよう制度改変の手順にも留意しつつ、また所要のシステム構築といった面にも十分配慮しながら、金融所得課税の一体化を着実に進めていくべきである。

3.世帯構成と税負担のあり方

わが国の個人所得課税においては、課税単位を「個人」とした上で、家族構成など個々人の生活上の事情を納税者の担税力の減殺要因とみて、様々な人的控除を設定している。しかしながら、個々人の生活上の事情は様々であり、配慮すべき事情についての国民の価値観も多様化してきている。こうした中、例えば、配偶者の存在と納税者本人の担税力との関係をどう考えるか、また、子育てについても、子供の扶養を担税力の減殺要因と見て対応すべきか、財政支援の対象と見るべきか議論が分かれるところであろう。

人的控除については、割増・加算措置が追加されてきた結果、本人に係る控除に比べ家族に係る控除の方が大きくなっており、制度が相当複雑化していることも否定できない。

こうした状況を踏まえ、人的控除によってどこまで個別の配慮を行うべきかについて改めて検討の上、対象となる政策課題の根本まで遡った見直しを行うことが必要である。

また、世帯構成と税負担のあり方に関連する事柄として、課税対象となる所得を、所得を有する個人ごとに捉えるのか、世帯全体として捉えるのかという課税単位の問題がある。わが国では夫婦別産制の下、個人単位課税が行われているが、各国における課税単位のあり方を見ると、財産制度(夫婦別産制、夫婦共有財産制)をはじめ関連する社会制度などの違いにより必ずしも一様ではない。夫婦や子育てについて税制面でどのような配慮を行うかとの観点からは、課税単位の問題も念頭に置く必要がある。

以下、世帯構成と税負担のあり方について当面する課題を検討する。

(1) 配偶者との関係

イ)現行の配偶者にかかる人的控除は、個人単位課税の下で、一定所得金額以下の配偶者を有する納税者について所得控除によって担税力の減殺を一律に調整する仕組みとなっている。配偶者については、かつて一人目の扶養親族として扶養控除が適用されていた。夫婦は相互扶助の関係にあって、一方的に扶養している親族とは異なるとの事情に鑑み、扶養控除から独立させて配偶者控除を創設したとの経緯があるが、今もその本質において扶養控除であった時代から変化していない。

現行の配偶者控除制度については、次のような問題点がある。

そもそも、結婚により担税力がどのような影響を受けるのかは個々の世帯によっても区々であり、一律に論ずることはできない。税制において、夫婦を担税力という面での配慮が必要な関係と一方的に位置付けることには疑問がある。配偶者の存在が納税者本人の担税力を減殺させているとの考え方については、夫婦のあり方や配偶者の家事労働の経済的価値もあること等から、改めて検討する必要がある。

また、現行制度の下では、配偶者は、その就労のあり方を決めるにあたって、パートナーの税負担に及ぶ影響を考慮に入れざるを得ない場合があり、配偶者の就労に対する中立性といった面でも矛盾が生じている。女性の就労が増加している中、配偶者が仕事をするか、またどの程度の所得を稼得するかは、本来パートナーの税負担とは離れて決せられるべき問題であろう。

さらに、就業している配偶者であっても、所得が一定額以下であれば自らは基礎控除の適用を受けて課税関係が生じない。その一方で、パートナーが配偶者控除の適用を受けることで、夫婦で二重に控除を享受するという問題が生じている。

こうした点を踏まえ、配偶者に関する現行の人的控除のあり方については、根本的な見直しが必要であろう。

ロ)配偶者に関する税制に関して、課税単位について2分2乗方式を採用してはどうかとの議論がある。2分2乗方式の下では適用される税率が平均化されるとともに、課税ベースとしては夫婦それぞれに基礎控除が適用されることとなる(より詳しい説明は、後述のN分N乗方式の箇所を参照)。同方式の下では結婚にメリットがある一方で、専業主婦のいる高所得世帯がより有利になるといったことが指摘されている。課税単位の問題については、夫婦のあり方、財産制度、配偶者の就労に対する中立性確保の要請といった観点を踏まえ、引き続き検討していくべき課題であろう。

(2) 子育て支援との関係

イ)少子化の急速な進展を踏まえ、子供を生み育てることについての政策的支援の要請が高まっており、税制面でもそれにどのように応えていくのかが重要となっている。これまで個人所得課税では、子供の扶養を担税力の減殺要因ととらえて所得控除によって対処してきた。政策的に子育てを支援するとの見地からは、税制において、財政的支援という意味合いが強い税額控除という形態を採ることも考えられる。この問題については、今後、少子化対策全体の議論の中で、他の政策手段との関係、諸外国の事例も踏まえ、引き続き検討を深めていく必要がある。

ロ)また、扶養控除のあり方として、年齢の如何に関わらず、単に対象者の所得が一定水準以下にとどまることを理由として一律の取扱いを行っていることについても考える必要がある。対象者に年齢制限を導入することを検討すべきである。

ハ)子育てと税制に関連して、N分N乗方式を採用してはどうかとの議論がある(注)。 N分N乗方式を導入しているフランスには人的控除は存在しないが、世帯にとっては税率不適用所得をN回使用することとなり、適用税率の平均化とあいまって、子供を多く抱える世帯の負担軽減に寄与すると言われている。一方、わが国においては、子供の扶養による担税力の減殺を調整する観点から扶養控除が設けられ、また納税者の多くが最低税率適用のみで済む税率構造となっている結果、個人単位課税の下であっても、世帯全体で見た税負担への配慮はN分N乗方式と同様の効果を持ち得るものである。わが国では、戦後の家族制度の改正を背景に個人単位課税とされて以降、課税単位としては個人単位が維持されてきており、基本的にはこの制度が適当である。いずれにせよ、少子化社会に対応した税制をいかに構築するかといった観点から、財産制度との関連も踏まえつつ、子育てと課税単位の問題について引き続き検討していく必要があろう。

ニ)年齢16歳以上23歳未満の扶養親族(特定扶養親族)については、一般の扶養控除の割増措置として特定扶養控除が認められている。同控除は、平成元年の消費税導入に伴う所得減税の一環として、働き盛りで収入は比較的多いものの、教育費等の支出がかさみ生活にゆとりのない世代の一層の負担軽減を図る観点から設けられたものである。ただ、その後の累次の税制改正における累進構造の緩和などを通じ、導入当時と比べて相当の負担軽減が進む中、特定の世帯の負担軽減に狙いを絞った同控除の存立趣旨は失われつつあるといえよう。仮に教育に要する費用という面でとらえてみても、子供の教育に、いつどの程度の費用をかけるかについては個々の家庭によってその事情は様々である。特定の年齢に該当する扶養親族を対象に、一律に所得控除の割増を認める現行制度のあり方には疑問がある。人的控除について簡素化・集約化を進める観点から見直しが必要である。

4.課税ベースと税率構造のあり方

(1) 実効税率の水準

税負担の水準を巡っては、従来、課税最低限と税率構造とを分けて議論が行われてきた。しかしながら、個々の納税者に係る税負担の水準を議論する際には、この双方が加味された実効税率の水準を見ていくことが重要である。

実効税率は、実質的な所得(給与所得者の場合は給与収入)と税額を比較するものである。税額は、収入から諸控除を控除して算出される課税所得に対し税率を乗じて得られる。その結果、例えば所得税の場合、納税者の大宗を占める限界税率10%の適用者は、当然ながら収入の10%を納税しているわけではなく、実効税率としては平均で3%程度である。わが国の実効税率は諸外国と比べて極めて低い状況にあり、個人所得課税の本来機能の回復の観点からは、後述のように、課税ベースや税率構造の見直しにより、その水準を引き上げていくことが今後の課題となる。

(2) 課税ベース

人所得課税においては、全ての納税者について認められる基礎控除のほか、個々の納税者の担税力を減殺させる事情がある場合、これを調整するための扶養控除等の人的控除が設けられている。なお給与所得については、所得金額の計算の段階で給与所得控除が設けられている。各種所得の金額の合計額からこれらの諸控除を差し引いた金額が課税の対象となり、各種の所得の金額の合計額が諸控除の合計額以下であれば課税されないこととなる。この点に着目して、納税者の大半を占める給与所得者について、一定の家族構成を前提とした上で、ここまでは税負担が生じないという給与収入の水準を示す指標を課税最低限と呼んでおり、従来、課税ベースとの関係で、その水準について様々な議論が行われてきた。

ただ、扶養控除と児童手当との関係に見られるように、単純に税制面だけを取り上げたのでは議論が一面的となる政策分野も出てきている。例えば一定の政策目的をもって所得控除の見直しを行い、これを歳出措置に振り替えるような場合、課税最低限は低下し、見かけ上増税という姿となるが、個々の家計においてはネットで見て負担減となる場合も想定される。

実効税率との関係では、課税ベースの拡大が今後の課題となる。課税ベースとは、収入その他の経済的利益から、政策的配慮に基づく非課税措置、所得計算上の控除、基礎的な人的控除(基礎控除・配偶者控除・扶養控除)、その他勤労学生控除といった特別な人的控除、更に生損保控除、社会保険料控除といったその他の控除を除いたものである。広く公平に負担を分かち合うとの観点から、課税ベース縮小の原因となる非課税所得、各種控除のあり方を議論することが重要である。

(参考)近年における各国の課税最低限の水準の変化について

わが国の課税最低限は、2001年(平成13年)においては主要国中最も高い水準となっており、こうした状況を是正するため控除の整理が行われた。一方諸外国においては、児童税額控除が拡充されたり、税率不適用所得(ゼロ税率が適用となる所得)の水準が引き上げられるなどの制度改正が行われた結果、税金を支払っていないという意味での課税最低限の水準は上昇し、これに為替レートの変動も加わった結果、2004年(平成16年)においては、わが国の課税最低限は主要国中最低の水準となっている。ただ、為替レートの変動を除いてみた場合には、ドイツ、アメリカに次いで3番目の水準となっている。

(3) 税率構造

平成18年度においては、三位一体改革の一環として、所得税から個人住民税への本格的な税源移譲を行う必要がある。この税源移譲は、所得税及び個人住民税の税率構造の抜本的見直しを伴うものとなる。

個人住民税において所得割の税率のフラット化が行われる場合には、所得税においては所得再分配機能を適切に発揮できるよう、また、個々の納税者に係る国・地方を通じた税負担の変動を極力抑制する観点から、税源移譲のために10%よりも低い税率区分を設ける必要がある。

所得税の税率構造については、実効税率との関係で改めて議論を行う必要がある。税率の刻み数については、税負担の累増感に配慮する観点から減少させてきた経緯があり、税源移譲における対応に加えて刻み数を増やすことは適当ではないと考えられる。また最高税率については、今後、消費税を含めた税体系全体の見直しが行われる場合にはその水準の当否について改めて検討する必要があろうが、個人住民税とあわせて50%という現在の水準は、個人の勤労意欲・事業意欲の点から見て基本的に妥当なものと考えられる。実効税率の水準を引き上げる場合には、現在の最低税率のブラケットの幅を狭めていくことが必要となろう。更に実効税率との関係においては、それ以外の各税率ブラケット毎の適用範囲をどうするかも重要であり、この問題については、課税ベースのあり方ともあわせ、引き続き議論を重ねていく必要がある。

5.個人住民税

個人住民税は、地域社会の費用を住民がその能力に応じ広く負担を分任するという性格を有すると同時に、少子・高齢化に伴いより重要となる福祉等の対人サービスなどの受益に対する負担として、対応関係が明確に認識できる税である。また、税収入の面で見れば、税源の偏在性が少なく、税収の安定性を備えている。

所得税から個人住民税への本格的な税源移譲においても、税率のフラット化が基本となっており、個人住民税の応益性などがより明確になる。個人住民税については、引き続き応益性を明確化しつつ、地方税において中核的役割を果たすものとして充実確保を図る必要がある。

(1) 所得割

所得割の諸控除については、個人住民税の性格も踏まえて簡素化・集約化などの見直しを図り、課税ベースの拡大に努めるべきである。特に、税源移譲に伴い応益的な性格が強まることから、人的控除をはじめ各種の所得控除について、所得税とは独立して、整理合理化を図ることが望ましい。なかでも、生命保険料控除、損害保険料控除など政策誘導的な色彩の強い控除については、地方分権の観点からも、地方税である個人住民税においては速やかに整理すべきである。

(2) 均等割

均等割は、住民が地方公共団体から様々な行政サービスを受けている対価として、地域社会の費用の一部を等しく分担するものであり、負担分任の性格を持つ個人住民税の基礎的な部分として位置付けられる。

こうした性格を踏まえ、近年、人口段階に応じた税率区分の廃止や、均等割の納税義務を負う夫と生計を一にする妻に対する非課税措置の廃止などの見直しを行ってきている。しかし、均等割の税率は、これまでの1人当たり国民所得等の伸びを勘案すると低い水準にとどまっており、その税率の引上げを図る必要がある。その際、基礎自治体である市町村を重視することを検討すべきである。

(3) 税務執行面での改善

税負担の公平や税収確保の観点から、徴収率の向上を目指した執行面・制度面からの検討を行う必要がある。特に、公的年金等からの特別徴収については、所得税や介護保険料において同様の制度が既に導入されていることを踏まえ、早急に実施すべきである。

また、個人住民税は、納税の事務負担に配慮して、前年の所得を基礎として課税するいわゆる前年所得課税の仕組みを採っているが、本来、所得課税においては、所得発生時点と税負担時点をできるだけ近付けることが望ましい。近年の、IT化の進展、雇用形態の多様化等、社会経済情勢の変化を踏まえ、納税者等の事務負担に留意しつつ、現年課税の可能性について検討すべきである。

6.納税環境の整備

個人所得課税は「所得」を対象として課税する税である以上、その公正な執行にあたっては必然的に困難を伴う。所得捕捉に関し国民が寄せる期待は大きくなるといえよう。課税当局においても、申告者の絶対数の増加、グローバル化の進展に伴う課税事案の複雑・困難化、定員増加の困難化といった状況の中で、IT化、アウトソーシング化の徹底による内部事務の見直しや調査事務の一層の効率化などの努力が継続されている。

こうした中、税負担の歪みを是正し、公平に負担を分かち合う「あるべき税制」の構築にあたっては、個人所得課税の納税を支える諸制度について、経済社会の変化に対応しつつ、適正な執行により役立つものとなるよう見直しを行っていく必要がある。こうした観点から、以下のような課題に取り組んでいくべきである。

(1) 納税者番号制度

イ)近年におけるIT化の著しい進展、また、所得把握の正確性を求める声の高まりの中で、納税者番号制度についても従来以上に積極的な議論を行う必要がある。そのためにも、これまで以上に掘り下げた論点整理をしておきたい。

納税者番号制度は、各種資料の名寄せ・突合を効率化することにより、税務行政の効率化・高度化、ひいては適正・公平な課税に資するものであり、これまで主として金融所得の課税方式との関係において議論されてきた。具体的には、諸外国にも見られるように、金融所得も含めた総合課税の下で、税務当局における納税申告書と支払調書の効率的なマッチングに納税者番号を活用するという方向である。しかしながらわが国においては、金融所得課税について、投資家のニーズを踏まえつつ、他の所得と分離し、なるべく源泉徴収によって課税関係を終了させていくとの方向で課税方式の見直しが進められてきた。こうした取組みを前提とする限り、金融所得課税そのもののために納税者番号制度を導入する必要性は大きくはない。ただ、金融所得課税一体化の一環として損益通算の範囲を拡大するにあたっては、損益通算の適用を受けようとする者には申告を行ってもらい、税務当局において申告書の内容と支払調書の内容とをマッチングする必要がある。そのため、損益通算を希望する者の選択による金融番号の導入は不可欠である。

ロ)一方、諸外国の経験を超えて、事業所得に関しても納税者番号制度を活用することができないかという議論がある。税務当局が、個々の個人事業者の事業所得を正確に把握するためには、個々の事業者の収入(売上げ)や必要経費(仕入れ及び間接経費)の額を把握する必要がある。売上げを把握するためには、当該納税者の取引相手方である代金の支払い者が番号付きの資料情報を税務当局に提出する必要がある。こうした仕組みを事業者間取引に導入し、事業所得の捕捉に役立てることは想定し得よう。しかしながら、一般の消費者を顧客としている小売業やサービス業にかかる売上げを把握するため、消費者が番号付きの資料情報を税務当局に提出することは実際問題としては不可能である。このように、納税者番号制度を用いた事業所得の把握には自ずから限界があることを認識せねばならない。なお、上述の金融所得課税における必要性とは離れて、金融資産に係る情報について税務当局が把握できる制度とすれば、所得の間接的な把握には役立つこととなろう。

納税者番号制度さえあれば、適正・公平な課税が全面的に実現するという誤解が一部に見られる。しかしながら、例えば、ある納税者の売上げの額が把握できたとしても、その売上げが取引相手方にとって仕入れであるのか家事関連経費であるのかまではチェックできない。このように、納税者番号制度には、取引の全てを把握できるかといった量的な面に加え、個々の取引の質的な把握という面でも限界があることを念頭に置き、官民を通じたコスト・ベネフィットの観点にも十分留意していく必要がある。

ハ)納税者番号制度を議論する上で、そもそも税務行政にのみ活用される番号制度として考えるのか、税務も含め、広く行政全般に利用される番号制度として考えるのかという点については整理しておく必要がある。

現下の著しい情報通信技術の進展を踏まえ、わが国では、世界最先端のIT国家を目指し各種の取組みが行われている。その中でも、電子政府・電子自治体の構築は重要な課題と位置付けられている。利便性を考えれば、こうした番号制度についても、税務行政にとどまらず様々な行政分野で活用されることが望ましい。しかしながら、本来、こうした問題は、高度情報通信社会におけるわが国行政のあり方をどう考えるかといった見地から、政府全体として幅広い検討を行った上で、最終的には国民全体として判断すべき性格のものであろう。

いずれの場合であっても、当該番号が税務行政に活用される以上、法律上の根拠を持ち、全国一連の番号によって、大多数の国民を、二重付番なく生涯にわたってカバーし、番号を付与した後の住所・氏名等の異動を管理できる体制となっていることは最低限必要である。また、プライバシー保護を含めたシステムにおけるセキュリティが十分確保されることが不可欠であろう。そうした意味からは、基礎年金番号を利用する「年金番号方式」については、法律上の根拠を付与し、年金非対象者等も含め広く全国民に自動的に付番する仕組みとするなどの改善が必要である。住民票コードについては、既に法律上の枠組みが存在することから、喫緊の課題として税務行政に活用される番号制度を早急に導入する必要がある場合には、「住民基本台帳方式」を採ることが現実的であろう。ただしその場合には、住民票コードの民間利用を許容することが必要となる。

ニ)納税者番号それ自体はあくまでも名寄せ・突合のための道具に過ぎず、支払調書等の資料情報制度があってはじめて有効に機能するものである。こうした意味で、今後とも資料情報制度を一層充実させていくべきである。

(2) 記録及び記帳に基づく申告制度

申告納税制度においては、記録及び帳簿その他の客観的な資料に基づく申告がその本質であり、納税者の当然の責務である。

しかしながら現行税制においては、零細事業者の事務負担に配慮し、事業所得等に係る所得が300万円以下の者には記帳義務は課せられていない。しかし、申告納税制度の定着、記帳水準の向上、情報技術の進展といった状況を踏まえ、記帳義務について、申告納税制度の本旨に則した見直しを行うべきである。事業所得について、前述の必要経費に係る「概算控除制度」を導入すれば、記帳水準が自ずと向上していくことが期待されよう。

(3) 立証責任

訴訟における立証責任は、基本的には個々の実体法規の解釈として定められるものであり、わが国の税務訴訟における立証責任は一般的に課税庁が負うものとされている。しかし、近年の税務訴訟においては、納税者に立証を求めるべき場面においては、納税者に一定の立証を求める裁判例が判例として定着しつつある。

こうした流れや経済社会の構造変化を踏まえれば、今後、納税者が自ら説明責任を果たすことが相応しいと思われる項目について、個別に制度的枠組みを整えていくことが望ましい。例えば、前述の、事業所得の必要経費に係る「概算控除制度」の導入や、給与所得に係る特定支出控除の範囲の拡大は、こうした観点から意義のあるものと考えられる。

いずれにせよ、税務当局が一般的に立証責任を負う下では、適正・公平な課税を実現するために十分な資料を収集できるような環境が整備される必要がある。

(4) 源泉徴収・年末調整

給与に対する納付の手続について見ると、源泉徴収義務者である給与の支払者は、給与の支払時に一定の税額をあらかじめ源泉徴収して納付し、その年の最後の給与を支払う際に年末調整を行い過不足を調整する仕組みとなっている。この年末調整により税額が精算されるので、一般のサラリーマンは通常、確定申告を要しないこととなる。

給与の源泉徴収は、適正な課税を担保し、納付の便宜、平準化などに資するために必要な制度である。給与所得について確定申告を行うこととすれば、源泉徴収は不要になるのではないかとの主張が行われることがある。しかし、年末調整を行うか確定申告を行うかという論点と源泉徴収を行うこととは別の次元の事柄であり、主要国においても、年末調整の有無に関わらず、適正で確実な課税を担保する観点から源泉徴収が広く行われている。

ただ、給与所得者が自ら確定申告を行うことは、社会共通の費用を分かち合う意識向上の観点からは重要である。税務執行面にも配慮しつつ、こうした機会を拡大していくことが望ましい。給与所得控除の見直しとあわせ、特定支出控除の範囲が拡大されることとなれば、こうした機会は増大すると見込まれる。同様の観点から、年末調整のあり方についても、諸控除の適用のために必要となる個人情報の取扱いとの関係にも留意しつつ、引き続き議論を行っていく必要がある。確定申告を求める機会を拡大していくのであれば、申告を行うメリットとして、適切な源泉徴収と組み合わせて、確定申告にあたって還付を受けられるといった仕組みとすることも考えられよう。

高齢化の進展に伴って年金受給者が年々増加していくことを踏まえれば、公的年金等に係る源泉徴収のあり方については、受給者・納税者の側に立って、わかりやすい制度となるよう不断の見直しを行うことが必要である。納税者の便宜等を考慮すれば、最終的には、公的年金等について、源泉徴収のみで課税関係が終了するような仕組みへの移行も検討課題となろう。

(5) 公示制度

公示制度は、第三者の監視による牽制的効果の発揮という目的で設けられたものである。しかしながら、近年においては、所期の目的外での利用や、犯罪や嫌がらせの誘発の原因となっていることについて種々の指摘がなされている。また、本年4月の個人情報保護法の施行を受け、国の行政機関が保有する個人情報については、その適正な取扱い確保に向けた要請が今後高まっていくものと想定される。一部に存続すべきとの意見もあるが、前述の事情を勘案すれば、本制度については、廃止を検討すべきである。

(6) 罰則

現行の申告納税制度の下では、納税者一人一人が、納税者全員がルールを遵守しているという安心感を持てることが重要である。税制への信頼を高め、またタックス・コンプライアンスの更なる向上を図る観点からは、上述のような各種取組みとあわせ、ルールを遵守しない納税者に対して厳格に臨むこともまた必要である。脱税への動機付けを減少させ、適正な納税を促す観点から、罰則の強化についても検討すべきである。

7.結びにかえて

個人所得課税の改革に向けて主要論点となる事項の概要は以上のとおりである。

いずれも税制を取り巻く環境の変化に即応し、税負担の歪みや不公平を是正する観点からは重要な課題と考える。このような改革は、今後、他税目の見直しとも適切に連携しつつ、また経済情勢も見極めながら、段階的かつ着実に実施していくべきである。

当調査会においては、これらの課題にかかる具体的な対応について、今後、更に検討を行っていくこととする。国民各層においても、個人所得課税のあり方について積極的に議論が行われることを期待する。

いずれにせよ、納税者の理解と支持なくしてはこの改革は実現し得ない。特に、国民に負担増を求めることとなる場合には、国・地方を通じた徹底した行財政改革が必要である。

当調査会では、国民の意見に幅広く耳を傾け、経済社会の変化に引き続き目を配りつつ、国民に支持される個人所得課税の姿を目指して引き続き議論を進めていきたい。


(注)N分N乗方式の下では、世帯単位課税の考え方に基づき、まず夫婦及び扶養子女の所得を合算する。次にこの合計所得を、家族の人数に応じた家族除数(N)で除した金額を算出し、ここから税率不適用所得(いわゆる「ゼロ税率」適用所得)を控除する。最後に、この金額に税率を適用して得られる税額にNを乗じ、世帯全体で納めるべき税額を算出する。 [戻る]