金融所得課税の一体化についての基本的考え方

平成16年6月15日
税制調査会
金融小委員会

金融・証券税制については、近年、株式譲渡益課税の申告分離課税への一本化及び軽減・簡素化、特定口座制度の導入、配当課税の軽減・簡素化、株式投資信託課税の見直し等の広範な改正が行われてきた。

この流れの中で、税制調査会は、平成15年6月の中期答申(「少子・高齢社会における税制のあり方」)において、今後、金融所得課税をできる限り一体化することを目指すべきであるとの方向を示した。当小委員会は、この中期答申を受け、平成15年10月から検討を行ってきたが、今般、金融所得課税の一体化についての基本的な考え方を理論的に整理し、総会に報告することとした。今後、本報告で示した基本的な考え方をもとに、実務面を踏まえた検討を進めていく必要がある。

一 金融所得課税一体化の意義

(1) 背景・内容

我が国ではこれまで高い貯蓄率の下、潤沢な家計金融資産のストックが築き上げられてきた。しかし、少子高齢化の進展から、近年、貯蓄率は顕著な低下傾向を示している。今後の人口減少社会においては、貯蓄率の反転上昇による金融資産の増加を期待することは難しく、むしろ現存する金融資産を効率的に活用することこそが、経済の活力を維持するための鍵である。一方、従来、我が国においては、家計金融資産の大宗は預貯金であり、株式や株式投資信託の占める割合は、主要諸外国に比べても低くなっている。

こうした状況の下において、「貯蓄から投資へ」の構造改革が進められてきている。金融・証券税制についても、いわゆるプロの投資家だけでなく、今まで「貯蓄」を中心に資産運用を行っていた一般の個人にとって、より一層「投資」を行い得る環境を整備する政策的要請がある。

まず、金融商品の中から、税負担の違いに左右されず、それぞれのニーズに応じて投資先を選択できるよう、金融商品間の課税の中立性が要請される。また、一般の個人投資家が、投資判断を行うためには、簡素でわかりやすい税制であることが求められる。さらに、これまで株式投資になじみのない一般の個人投資家が投資を行いやすくするためには、投資リスクの軽減を図ることも必要である。

このような観点から、一般の個人の「投資」対象である上場株式や公募株式投資信託に対する投資利便性を高めるため、金融所得課税の一体化に取り組んでいくことが重要である。その具体的内容としては、金融所得の間で課税方式の均衡化をできる限り図ること、金融所得の間で損益通算の範囲を拡大することの2点がある。金融商品間の課税の中立性・簡素性の観点からは、特に新しい金融商品を開発し所得の発生・実現時点を操作することなどにより、金融商品からのキャッシュフローを様々な所得分類に加工することも可能になっている状況の下、課税方式の均衡化をできる限り図り、所得分類の違いによる税負担の違いを小さくしていくことが適当である。

(2) 税制論からみた位置付け

我が国の所得税制は、包括的所得税を基本として構築されているが、金融所得課税については、課税ベース拡大のための取組みの中で、税制の中立性、簡素性、適正執行の確保などの観点から、比例税率による分離課税が導入されてきた。今般の金融所得課税の一体化は、現下の「貯蓄から投資へ」の政策的要請を受け、一般投資家が投資しやすい簡素で中立的な税制を構築する観点から、現行の分離課税制度を再構築するものである。

金融所得課税の一体化は、二元的所得税論の立場から主張されることもある。北欧諸国が二元的所得税を導入した際の、課税ベースの拡大、海外への資本逃避防止、資本所得間の中立性の確保などの問題意識は我が国の税制を考えるに当たっても重要な点である。他方、北欧諸国の二元的所得税においては、資本所得に対する税率と勤労所得の最低税率、法人税率は同水準に設定されているが、勤労所得の最低税率が30%前後と我が国に比べ著しく高い水準にあるなど、税率構造が我が国と著しく異なる。また、二元的所得税を導入するとすれば、あらゆる種類の所得(事業所得、雑所得、一時所得、不動産所得等)を資本所得と勤労所得とに二分することが必要となる。資産の中でも、土地等については、帰属地代・家賃に課税できないという問題のほか、我が国では公共性のある資産という土地基本法上の位置付けを踏まえて特別の税制上の取扱いがなされており、税制上、金融商品とは異なる面もある。こうしたことから、所得税制全体のあり方として、北欧型の二元的所得税については、今後、我が国の経済・財政状況や税体系を踏まえ、引き続き検討していく必要がある。

二 金融所得課税一体化の具体的内容

1.課税方式

(1) 配当所得

配当所得については、事業参加性のある所得であることを踏まえ、総合課税を基本としつつ、納税者の事務負担に配慮して所得税の少額配当申告不要制度を設けてきた。平成15年度税制改正において、大口以外の上場株式の配当及び公募株式投資信託の収益分配金について、一般投資家にとってみれば事業参加性のある所得というよりも他の金融所得と同様の金融商品から生ずる所得であるという点に着目し、上限なしの申告不要制度が導入された。なお、配当所得については、法人税との調整のための配当控除や、株式を取得するための負債利子控除が設けられている。

配当所得について、一般投資家の金融所得という性格に着目すれば、他の金融所得との中立性の観点から、20%の税率による分離課税とすることが考えられる。ただし、大口株主については事業参加的側面が強いことから、その配当を金融所得として課税することは必ずしも適当ではなく、事業所得とのバランスを踏まえ、総合課税を維持すべきである。

一般投資家の金融所得という位置付けで分離課税とするならば、配当控除や負債利子控除の位置付けについて再検討が必要となる。なお、法人課税と配当課税とを通じた負担の観点から見れば、分離課税とした場合、法人税の負担を含めたとしても、個人の負担水準としては相当程度軽減されることとなる。

(2) 公社債譲渡益等

公社債の譲渡益は、現在、経過利子の反映であるとの考え方に基づき、非課税とされている。また、その反面、譲渡損失はないものとみなされている。しかるに、公社債市場の現状では、マクロ経済の変動など様々なリスク要因に応じた日々の金利の動きにより市場価格が変動し、その結果として譲渡損益が発生している。また、金融商品が多様化する中で株価に連動するような債券や外貨建ての債券など、金利以外の要因により譲渡損益が生じる商品も一般の個人投資家向けに販売されている。

現行の取扱いは他の金融所得との中立性の観点から問題がある。したがって、公社債の譲渡益については、株式譲渡益同様に課税を行うとともに、譲渡損失については、税制上の譲渡損失として取り扱うべきである。公社債の償還時の差損益の取扱いについても、譲渡損益とのバランスに配慮しつつ、あわせて検討すべきである。譲渡益課税を行う場合の具体的な課税の方法については、公社債の取引実態等を踏まえ、実務的な検討を早急に進める必要がある。

公社債の譲渡益課税を行う場合、公社債投資信託の譲渡益についても同様の課税とすべきである。

(3) 外貨建て金融商品

外貨建て金融商品は、国際分散投資の流れの中で、一般の個人投資家の資産運用対象としても定着してきている。外貨建て金融商品の為替差益のうち、外国株式については、譲渡時に為替差益が実現するため、株式譲渡益として分離課税される。他方、外貨預金(為替予約のないもの)の為替差益は、雑所得として総合課税されている。

外貨預金の為替差益については、他の金融所得との中立性を確保する観点から、20%の税率での分離課税の対象とすることを検討すべきである。外貨預金の為替差益については、源泉徴収(個人住民税は特別徴収)の対象ではなく、法定資料も不要とされている。分離課税とする場合の適正な執行の確保について、実務的な検討が必要である。

(4) 保険

保険も個人の金融資産の中では重要な位置付けを占めている。保険から生じる収益については、金融類似商品として利子並みに20%の税率での源泉分離課税とされている一時払い養老保険(5年以内)を除き、一時所得又は雑所得として総合課税の対象とされている。

保険には死亡や病気などへの備えという機能がある。例えば死亡保険金についてまで、他の金融所得との中立性を強く求める必要はないと考えられる。一方、満期保険金や解約返戻金等の収益が、満期時又は解約時までの保険料の運用成果と見うる場合については、他の金融所得との中立性を確保する観点から、金融所得として20%の税率での分離課税の対象とすることを検討すべきである。

2.損益通算等

(1) 損益通算についての考え方

現行税制において金融所得は利子、配当、株式譲渡所得等の様々な異なる所得分類に属し、異なる所得分類間の損益通算は制限されている。株式譲渡損失は株式譲渡益から控除可能であり、また上場株式等の譲渡損失は3年繰越しも可能とされているが、譲渡損益の発生状況によっては、損失を控除し切れない場合もある。金融所得は、経済的に見ればいずれも金融商品から生じる利益や損失である。これを踏まえ、金融所得の間で損益通算の範囲を拡大し、損失の控除をより広く可能とすることにより、現行の取扱いよりも投資リスクを軽減することが期待されている。その結果、一般の個人投資家のリスク資産への投資促進に資する。

一方、税制として見れば、個人所得課税は、課税期間を暦年で区切り、その期間中に実現した所得に課税を行う税である。こうした所得税制上、譲渡所得は、資産を取得した時から一定の期間をかけて発生した含み損益が納税者の任意で行われる譲渡によって実現した際に課税されるものである。これに対し、利子、配当などの経常所得は基本的に毎期実現し課税されるものである。このような税制上の性格の違いから、主要諸外国においても、譲渡所得と経常所得との間の損益通算を認めていない国が多く、認めている米国でも年間3,000ドル以下に制限されている。

また、損益通算の対象となる損失と利益との課税の均衡も必要である。分離課税される所得と総合課税される所得との間の損益通算や、分離課税でも税率の異なる所得の間の損益通算を認めることは適当でない。

さらに、損益通算の範囲を拡大すると税収が大きく減少する可能性がある。したがって、具体的な制度設計に当たっては、現在の危機的な財政状況を踏まえ、税収への影響についても考慮する必要がある。

こうした税制上の留意点を踏まえつつ、「貯蓄から投資へ」という政策的要請に応えて、株式譲渡損失との損益通算を認める範囲を、利子所得も含め金融所得全般にわたり、できる限り広げていくことが適当である。その際、損益通算の範囲拡大に適切に対応できるよう、申告に先立って支払時点で徴収しておく源泉徴収制度や取引の把握のための資料情報制度など執行体制の整備が必要である。

(2) 具体的検討

[1] 株式譲渡損益と公社債の譲渡損益との損益通算については、両者がともに有価証券の譲渡損益として同じ性格の所得であることを踏まえ、適正な執行体制の下で公社債譲渡益が課税化される場合には認めることが適当である。

[2] 株式譲渡損失と配当所得との損益通算については、配当所得は経常所得であり、上記のとおり譲渡所得とは税制上の性格が異なる。

しかし、現下の「貯蓄から投資へ」という重要な政策的要請に応え、(イ)配当と株式譲渡損失はともにリスク資産である株式から生じるものでその関連性が強いこと、(ロ)配当所得が分離課税とされれば両者の課税上の取扱いは均衡がとれることから、上場株式の配当と譲渡損失、公募株式投資信託の収益分配金と譲渡損失の間の損益通算を政策的に認めることが適当である。ただし、政策的に損益通算を認める場合であっても、諸外国の例も参考としつつ、損益通算について一定の制限を設ける必要がある。損益通算し切れなかった株式譲渡損失は、3年繰越しの対象とし、翌年以降も損益通算可能とすることが考えられる。

[3] 利子所得も経常所得であり譲渡所得とは性格が異なるが、株式譲渡損失の損益通算の範囲を利子所得まで広げると、株式投資の一層のリスク軽減を図ることができる。そのためには、現行制度においては一律源泉分離課税とされている利子所得について、損益通算を行うための申告を可能とする制度に改めるとともに、支払調書制度を整備する必要がある。その場合、官民双方の事務負担も考慮すべきである。また、株式譲渡損失との損益通算を認める範囲を利子所得まで広げると、税収への影響が大きくなることにも留意しなければならない。

「貯蓄から投資へ」の流れを進める観点から株式譲渡損失と利子所得の損益通算を可能とするために、上記のような諸課題の解決に向けて実務的な検討が必要である。

(3) 資産滅失

個人の保有している株式について、株式を発行した会社が倒産して株式が無価値化した場合の損失は、現行制度においては所得の処分に当たるという考え方から税制上の損失として取り扱っていない。また、預金のペイオフによって生じた損失も税制上同じ取扱いとなる。

株式については、証券取引所では上場廃止前の一定の売買可能期間において譲渡することにより譲渡損失を実現させ、譲渡益から控除することが可能である。しかし、一般の個人投資家は株式市場の情報を常に網羅的に把握しているとは限らない。「貯蓄から投資へ」の政策的要請の下、こうした投資家の利便性に配慮し、譲渡の場合とのバランスを踏まえ、株式譲渡損失と同様の取扱いとすることが考えられる。

このように株式の無価値化損失に対し政策的に措置する場合、株式の譲渡という取引が存在しないため、株主や取得価額の真正性を税務当局がチェックできるよう、適正な執行のための担保が必要である。

預金のペイオフ損失については、ペイオフに際しては元本1千万円までの預金とその利息については預金保険により全額保護される。また、無制限に保護される決済性預金も存在する。このような預金保険法上の保護に加えて、ペイオフ損失を税制上措置することは、「貯蓄から投資へ」の要請からは説明できない。ペイオフ損失については、現行の取扱いを維持することが適当である。

三 納税環境の整備

金融所得課税の一体化を実現するためには、制度の適正な執行と納税者利便の向上を図るための納税環境の整備が必要である。

(1) 申告機会の増加

現行の税制は、ほとんどの給与所得者が納税申告を行わないで済むという現状を前提に、納税者及び税務当局の事務負担や、投資家心理にも配慮して、源泉徴収を活用し、申告を不要とする仕組みが中心となっている。

損益通算の範囲を現行制度よりも拡大した場合には、損益通算を行うための申告が必要となる。こうした申告機会の増加は、納税者が自ら申告する所得税の将来のあり方との関係では望ましい。また、納税者・投資家の利便性や適正な税務執行の観点からは、申告に先立って支払時点で徴収しておく源泉徴収制度が引き続き重要である。

(2) 番号制度

損益通算を行うための申告が行われると、税務当局において納税者の申告する損益をチェックせねばならない。まず、取引時の本人確認の徹底により、取引が真正な名義で行われることを担保する必要がある。また、支払者が税務当局に提出した支払調書の内容と、納税者が提出した申告書の内容とを、税務当局は限られた人員と時間でマッチングしなければならない。その場合、官民双方にとってより簡便な方法による正確なマッチングを通じて適正な納税を実現するためには、何らかの番号制度を利用することが必要である。

損益通算の範囲の拡大は投資家の利便性を向上させるものであるが、番号制度に対して未だ国民の理解が必ずしも十分でない。そこで番号制度を一律に導入することについては慎重な対応が望まれる。番号制度を導入する場合には、損益通算の適用を受けようとする者は番号を利用し、そうでない者は番号を利用しなくてよいという選択制とすることが考えられる。選択制とする場合、これまでの「納税者番号制度」の論議において前提条件とされていた全国民を対象とする全国一連の番号である必要はなく、新たな番号を活用することも可能である。今後の検討においては、マッチングの実効性を確保する方法や官民に生じるコストなどの負担面も、具体的に検討する必要がある。

プライバシー保護については、平成15年に個人情報保護法が成立している。個人情報保護法は民間事業者の取り扱う個人情報保護についてOECD8原則に合致した規定を置いており、法制度上はプライバシー保護に進展が見られる。個人情報保護法は平成17年4月から全面施行される予定であり、現在、個人情報保護に関する基本方針を受け、主管省庁においてガイドラインの制定等の準備が進められている。損益通算のための選択制の番号であっても、納税者が支払者に対して番号を告知することになるので、支払者から番号情報が漏洩する恐れもある。民間における個人情報セキュリティを巡る動向や個人情報保護法などの一般的な法制面での対応について引き続き注意深く見守り、必要に応じてこの番号に係るプライバシー保護のための特別の措置を検討すべきである。

(以上)