平成16年度の税制改正に関する答申

平成15年12月
税制調査会

目次

税制調査会委員等名簿

本答申の審議に参加した委員、特別委員及び専門委員は、次のとおりである。

委員 特別委員 専門委員
秋山 咲恵井堀 利宏飯塚 幸宏
石 弘光上野 博史岩崎 慶市
井戸 敏三遠藤 安彦太田 宏
井上 裕之尾崎 護長宗我部 友親
猪瀬 直樹河野 光雄 
大宅 映子小嶋 功一(※)
翁 百合島田 晴雄
奥野 正寛竹内 佐和子
菊池 哲郎辻山 栄子
神津 十月出口 正之
上月 英子中里 実
榊原 長一長野 幸彦
佐竹 敬久林 宜嗣
神野 直彦本間 正明
田近 栄治松永 真理
田中 直毅宮島 洋
千速 晃 
水野 忠恒
村上 政敏
吉岡 初子

(※)「功」の字の正しい表記は、つくりが「刀」ですが、漢字コードに無いため、「功」で表記しています。


当調査会は、本年10月6日の第1回総会において、内閣総理大臣から「少子・高齢化やグローバル化等の大きな構造変化に直面しているわが国社会の現状及び将来を見据えつつ、社会共通の費用を広く公平に分かち合うとともに、持続的な経済社会の活性化を実現するため、あるべき税制の具体化に向けた審議を求める。」との諮問を受けた。この諮問を踏まえ、基礎問題小委員会において、「あるべき税制」の具体化に向け、その基礎を固めるため、税制を取り巻く経済社会の構造変化を幅広い観点から的確に把握するための検討を開始した。また、金融小委員会においては、引き続き金融資産性所得に対する課税の一体化に向けた理論的・専門的検討を行った。

その後、総会において、両小委員会の検討も踏まえつつ、当面の課題である平成16年度税制改正について審議を開始し、11月27日に「平成16年度の税制改正に関する中間報告」を公表した。また、11月21日、内閣総理大臣から「国と地方の税源配分の観点から、16年度の税源移譲についても、国庫補助負担金の改革と併せて検討していただきたい。」との指示がなされた。このことを踏まえ、11月27日以降、限られた時間の中で、基礎問題小委員会及び総会において、国庫補助負担金の改革と併せて平成16年度の税源移譲について検討を行った。

本答申は、平成16年度税制改正にあたっての指針を示したものである。

一 基本的考え方

1.「あるべき税制」の構築に向けた基本的視点

現在、わが国は少子・高齢化、グローバル化など、大きな構造変化に直面している。公平な社会を構築し、将来にわたり持続的な経済社会の活性化を実現するためには、広範な分野の構造改革が急務である。その一環として、税制を新たな社会に相応しい姿に再構築するため、抜本的改革を進めていかなければならない。その際、『あるべき税制の構築に向けた基本方針』(平成14年6月)及び『少子・高齢社会における税制のあり方』(平成15年6月)で指摘したように、以下の視点が重要である。

(1) 個人や企業の自由な選択を妨げず、経済活動に中立で歪みのない税制を基本としつつ、構造改革を促進し、経済社会の活性化を図るため必要な対応を行うこと。

(2) 経済社会の構造変化に対応しきれず、税負担の歪みや不公平感を生じさせている税制上の諸措置の適正化を図ること。

(3) 納税者にとって分かりやすい簡素な税制を構築すること。

(4) 安定的な歳入構造を構築すること。

(5) 地方分権の推進と地方税の充実確保を図ること。

これらの視点は税制について検討する際の基本となるものであり、今後とも税制改正にあたっては常に念頭に置くべきである。

2.平成15年度税制改正の評価

平成15年度税制改正では、上記の基本的視点に基づき、「あるべき税制」の構築に向け、広範な税目にわたる改革が実現された。

(参考)平成15年度税制改正の主要事項

  • わが国産業の競争力強化のための研究開発・設備投資減税の集中・重点化
  • 次世代への資産移転の円滑化に資する相続税・贈与税の一体化及び税率の引下げ
  • 「貯蓄から投資へ」の改革に資する金融・証券税制の軽減・簡素化
  • 土地の有効利用の促進に資する登録免許税・不動産取得税の軽減等
  • 人的控除の簡素化等の観点からの配偶者特別控除(上乗せ部分)の廃止
  • 消費税に対する信頼性・透明性を向上させるための免税点制度等の改革、消費税額を含む支払総額の明示により消費者の煩わしさを解消する総額表示の義務付け
  • 地方分権を支える基幹税の安定化に資する法人事業税への外形標準課税の導入
  • 酒税及びたばこ税の見直し

これらの措置の実施により、多年度税収中立の下で、平成15年度においては約1.8兆円、平成16年度においては約1.5兆円のネット減税が先行する。各般の構造改革や民間の努力と相俟って、企業の研究開発が促進され、個人投資家の市場参加が拡大するなど、経済活性化に向けた確かな手応えが伝わってきている。当面の税制改正にあたっては、これらの措置の活用状況や効果を的確に見極めつつ検討を行う必要があろう。また、近い将来、消費税の免税点制度等の改革と総額表示の義務付け(平成16年4月から)、配偶者特別控除(上乗せ部分)の廃止(平成16年分所得から)及び法人事業税の外形標準課税(平成16年4月から)が施行されるが、いずれも「あるべき税制」の構築のため不可欠な措置であり、着実に実施するべきである。

3.現下の経済・財政状況と構造改革の推進

現在、わが国経済は、設備投資の増加、企業収益の改善が続いており、生産が持ち直している。雇用情勢は依然として厳しいものの、持ち直しの動きがみられ、景気は全体として持ち直している。一方、わが国財政の現状は、平成15年度末における国・地方の長期債務残高が686兆円程度に達する見込みであり、危機的状況にある。歳出と歳入には大幅なギャップが生じており、国の歳出の辛うじて5割を上回る程度しか税収で賄えていない。

かかる状況の下、活力にあふれる経済活動とそれを支える効率的で持続可能な公的サービスの実現を目指し、総合的な構造改革を推進する必要がある。すなわち、[1]「官から民へ」の方針の下、大胆な規制改革などにより民間の持てる力を最大限引き出し産業競争力の再構築を図ること、[2]国民の安心を確保するため持続可能な社会保障制度を構築すること、[3]「国から地方へ」の考え方の下、地方分権を推進し、地方の自己決定権と自己責任を拡充すること、[4]将来世代に責任が持てる財政を確立するため、2010年代初頭におけるプライマリーバランスの黒字化という目標達成に向け財政構造改革を推進すること、が強く求められている。

4.平成16年度税制改正にあたっての基本的考え方

平成16年度税制改正においては、上記の「あるべき税制」の構築に向けた基本的視点を念頭に置き、平成15年度税制改正の効果を的確に見極め、現下の経済・財政状況と当面の構造改革の推進を踏まえた検討を行う必要がある。

(1)財政規律の重要性

度重なる景気対策もあり、わが国財政は多額の長期債務残高と財政収支の赤字を抱え、危機的状況にある。貯蓄率が低下傾向にある中、この状況を放置すれば、いずれ金融市場、ひいては経済全体の足枷となりかねない。財政の持続可能性に対する信認を確保し、国民の将来不安を払拭するためには、2010年代初頭においてプライマリーバランスの黒字化を実現することが必要である。このためには、まず徹底した行財政改革を進め、その透明性を高めるとともに、歳出の構造的な見直しを行うことが不可欠である。税制についても、こうした歳出面の改革と相俟って、今後、安定的な歳入構造を構築するための取組みを進めていかなければならない。当面、平成16年度税制改正の検討にあたっては、国税収入の歳出総額に占める割合が5割を辛うじて上回る程度となっている現状や、地方財政についても巨額の財源不足が見込まれている状況を踏まえ、財政規律に最大限配慮すべきである。

(2)国際的な投資交流の促進

経済のグローバル化に対応し、持続的な成長を実現するため、新たな事業分野の拡大と大胆な経営資源の再配分を通じた産業競争力の再構築が求められている。平成15年度税制改正においては、21世紀をリードする戦略分野の成長を支援するため、思い切った研究開発減税・設備投資減税が実施された。現在、その効果が着実にあらわれつつある。こうした流れをさらに拡大するため、平成16年度税制改正にあたっては、国際的な投資活動を支援するための環境整備が不可欠である。今般、およそ30年ぶりに日米租税条約の改正が行われることで、世界第一、第二の経済大国である日米両国間の投資交流を税制面から更に促進することとなる。これにより、日米両国において、雇用の創出、競争の促進等を通じた経済の活性化や産業構造の変革が期待される。また、日米租税条約の改正を契機に、わが国の租税条約に関する基本方針がより一層の投資交流の促進と課税の適正化の両面に配意したものに転換されたことを踏まえ、今後、他国との間でもこのような租税条約の見直しが進展するよう努めるべきである。同時に、新たな日米租税条約を実施する環境整備のため、国内法令を速やかに見直す必要がある。

(3)年金制度改革への対応

国民の安心を確保しつつ活力ある社会を構築するため、持続可能な年金制度の確立に向けた改革が議論されている。年金制度は、少子・高齢社会を支える重要な柱である。将来にわたり国民の信頼に応えられる年金制度を構築するためには、制度設計の前提となる経済社会の構造変化を的確に見通し、現役世代の活力を損なわない負担水準を念頭に、給付水準を聖域なく見直すことが不可欠である。あるべき年金制度の将来像を見据え、給付と負担の一体的改革を実現すべく、国民的議論を尽くさなければならない。今後の年金課税のあり方については、かかる年金制度の改革も踏まえ、世代内・世代間の税負担の公平を確保する観点から適正化を検討すべきである。

基礎年金の国庫負担割合を引き上げる場合には、安定した財源の確保が前提とされるべきである。現状でも、国庫負担額は高齢化に伴い急速に増大しており、その相当部分は国債によって賄われている。安定財源なき国庫負担割合の引上げは、年金制度に対する信頼を傷つけかねない。いずれにせよ、国庫負担割合の問題については、まずは給付と負担の総合的な改革を行う中で検討されるべきである。

(4)地方分権の推進

構造改革の重要な柱として、地方分権を推進し、自立した国・地方関係を確立することにより、活力と個性のある地域社会を実現していくことが求められている。また、地方の自律性を高めるためには、市町村合併の推進や地方に対する国の関与の廃止・縮減、事務事業の徹底した見直しなどによる地方行財政の効率化が不可欠である。

このような取組みと併せて、国庫補助負担金の改革、地方交付税の改革、税源移譲を含む税源配分の見直しからなる三位一体の改革を推進するべきである。このうち税源移譲を含む税源配分の見直しについては、平成18年度までの間に補助金削減とともに、基幹税の充実を基本に税源移譲する必要がある。今後、この方針に沿って、補助金改革の成果を上げ、税源移譲の実現を図るとともに、財源保障機能の縮小を含め地方交付税の改革を進めていく必要がある。また、地方が課税自主権を活用しやすくなるよう制度の見直しを行う必要がある。

5.「あるべき税制」の具体化に向けて

わが国経済社会はかつてない速さで少子・高齢化しており、人口は2006年をピークに減少に転じようとしている。また、急速にグローバル化が進み、個人や企業の国境を越えた活動が広がりを見せている。こうした中、将来、公平で活力ある経済社会を実現するため、個人所得課税の基幹税としての機能を回復するとともに、消費税の役割を相対的に高めていかねばならない。急速な構造変化に直面しているわが国経済社会の実態を的確に把握した上で、社会共通の費用を広く公平に分かち合うための「あるべき税制」の具体化について、国民的議論をより一層深める必要があろう。個人所得課税の諸控除や税率構造のあり方、消費税率が欧州諸国並みの二桁に引き上げられた場合の軽減税率の採用の是非や仕入税額控除制度のあり方といった諸課題について、国民に選択肢を示しつつ、具体的に検討を進めていくべきである。

「あるべき税制」に向けての抜本的改革は、持続可能な社会保障制度の構築、国・地方のいわゆる三位一体の改革と整合性をとって行う必要があり、2010年代初頭のプライマリーバランス黒字化に取り組む上でも避けて通れない課題である。将来のわが国社会の基礎となる税制、社会保障、行財政のあるべき全体像を整合的に示し、国民の間に広がる閉塞感を打破し、公平で活力ある経済社会の構築を目指していかなければならない。

当調査会としては、このような観点から、わが国経済社会の現状と将来を見据えつつ、「あるべき税制」の具体化に向けた審議を進めている。

二 個別税目の改正

今後、上記の考え方を基本に、「あるべき税制」の具体化に向けた改革に取り組む必要がある。その過程にある平成16年度税制改正においては、個別の税目について以下のように詳述する課題がある。あらかじめその考え方を要約すれば以下の通りである。

(1) 年金制度における給付・負担の改革も踏まえ、低所得者に対する適切な配慮を行いつつ、公的年金等控除、老年者控除の縮減を図るべきである。

(2) 住宅ローン減税については、景気情勢に配慮しつつ、縮減すべきである。

(3) 個人住民税均等割について、生計同一の妻に対する非課税措置の廃止、税率の引上げ及び人口段階に応じた税率区分の廃止を行うべきである。

(4) 不良債権処理に係る税制面の対応については、以下の基本的考え方に沿って、具体化を図るべきである。

[1] 無税償却基準は、金融機関に与える影響を見極め、企業会計との差異が小さくなるよう見直しの具体化を図る必要がある。

[2] 16年間分の繰戻還付は、実質的に金融機関への公的資金の供与にほかならず、課税の公平性を著しく欠くものであり、到底とりえない。

[3] 繰越期間の延長は、産業構造の改革や不良債権処理の加速という政策課題に真に有効な措置となるかどうか、慎重に検討すべきである。

(5) 連結付加税については、財政状況を見極める必要はあるが、企業の事業再編の一層の促進を図る観点から、基本的には廃止すべきである。

(6) 新たな日米租税条約を実施する環境整備のため、国内法令を速やかに見直すべきである。

1.個人所得課税

(1)検討の方向

わが国の個人所得課税は、経済回復に資する観点から平成11年分から実施している定率減税を含め累次の減税の結果、主要国と比較して極めて低い税負担水準となっている。これまでのいくつもの答申において指摘してきたように、税負担の歪みを是正するためにも諸控除のあり方を見直し、課税ベースを拡大するとともに、大多数の納税者が低い税率の適用のみで済んでいるという主要国の中でも特異な税率構造を是正せねばならない。かかる観点から個人所得課税の改革を進め、財源調達機能や所得再分配機能の回復に取り組む必要がある。

個人所得課税の改革にあたっては、まず、経済社会の構造変化に対応しきれず、結果として税負担の歪みや不公平を生じさせている諸制度を見直し、担税力に応じ、広く公平に負担を分かち合える税制を構築していくべきである。

(2)年金課税等

わが国の年金課税は、拠出段階では社会保険料控除の適用により非課税、給付段階では公的年金等控除などの適用により実質非課税となっている。このため、少子・高齢化に伴う社会保険料拠出と年金給付の増大により個人所得課税の課税ベースが侵食され、基幹税としての機能が更に減殺されるだけでなく、税負担の歪みを生じさせている。

公的年金等控除は、年金という特定の収入に適用される特別の控除である。その控除額も大きく、特に65歳以上の高齢者を経済力にかかわらず一律に優遇する措置であり、世代間のみならず高齢者間においても不公平を引き起こしている。

他方、老年者控除は、65歳以上の大部分の者に適用され、実質的に年齢のみを基準に高齢者を優遇する措置となっている。

これらの優遇措置の結果、65歳以上の年金受給者の課税最低限は現役世代の給与所得者よりも極めて高い水準である。少子・高齢化が進展する中、現役世代の活力を維持し、世代間及び高齢者間の公平を図る必要がある。このため、低所得者に対する適切な配慮を行いつつ、これらの優遇措置の縮減を図り、高齢者に対しても担税力に応じた負担を求めていかねばならない。

年金課税については、年金制度における給付と負担のあり方の改革も踏まえ、適正化を検討すべきであろう。

(3)住宅ローン減税

個人の持家取得を支援する租税特別措置である住宅ローン減税については、景気対策の観点から臨時異例の拡充がなされてきたが、平成16年分については現行(平成15年分)より縮減されることが法律上、予定されている。現行の制度を延長又は拡充すべきとの要望も一部にある。

しかし、現行制度により、相当の所得を有する多くの住宅取得者が長期間にわたり所得税額ゼロとなる。税負担の大きな不公平を招来し、また、所得税の空洞化を助長している。

本制度は、景気対策の観点からも持家取得という個人の資産形成に対して補助金を供与するものである。現在、住宅は量的に充足され、住替えや借家など住宅ニーズが多様化している。また、景気は本制度が大幅に拡充された当時に比べれば持ち直している状況にある。本制度については、政策目的や費用対効果を吟味の上、租税特別措置の整理・合理化の一環として縮減又は廃止に向けて取り組む必要がある。現行の制度を継続していけば、将来1兆円程度の減収要因となることが見込まれており、財政への影響も考慮せねばならない。したがって、平成16年度税制改正においては、景気情勢に配慮しつつ、現行より相当の縮減を行うべきである。

(4)個人住民税

均等割は、地方公共団体による様々な行政サービスの対価として、広く住民が地域社会の費用の一部を等しく分担するものであり、負担分任の性格を有する個人住民税の基礎的な部分である。

しかしながら、均等割の納税義務を負う夫と生計を一にする妻は、いくら所得を得ていても均等割が非課税とされる。課税の公平の観点から、この非課税措置を廃止すべきである。

さらに、均等割の税率は、これまでの国民所得や地方歳出等の推移と比較すると低い水準にとどまっており、その税率の引上げを図る必要がある。また、市町村の行政サービスは人口規模別に見ても格差がなくなってきており、市町村民税均等割における人口段階に応じた税率区分を廃止すべきである。

(5)金融・証券税制

平成15年度税制改正においては、「貯蓄から投資へ」という政策要請を受け、上場株式等の配当及び譲渡益、公募株式投資信託の収益分配金に対する税率が5年間10%に軽減された。また、投資家利便の向上のため、申告不要制度が導入された。当面、平成16年度においては、これらの措置の円滑な実施を図る必要がある。

将来の金融・証券税制のあり方については、金融商品間の中立性を確保し、簡素かつ安定的な税制を構築するため、金融資産性所得に対する課税をできる限り一体化する方向を目指すべきである。そのためには、金融資産性所得の範囲や税率、損益通算など多岐にわたる課題について理論的・実務的検討が必要である。納税者の利便と適正な執行への配慮も欠かせない。納税者番号制度など納税環境の整備を進めていくことが重要である。今後、かかる諸課題について、金融小委員会において検討を進めていく。

2.法人税

(1)不良債権処理と税制

わが国金融・産業の再生を図る観点から、金融機関の不良債権処理の加速と産業の構造改革の促進は重要な課題である。税制面の対応として、金融庁からの要望があるが、これについては、これまでの答申を踏まえ、以下のような基本的考え方に沿って、具体化を図るべきである。

[1] 無税償却基準については、全ての企業を対象に、税務会計の基本を維持しつつ、企業会計の取扱いとの差異が小さくなるよう必要な見直しを行うべきである。その際、不良債権処理の実態を踏まえ、無税償却基準の見直しが金融機関に与える影響を見極め、具体化を図る必要がある。

[2] 金融機関に対する16年間分の繰戻還付は、実質的に金融機関への公的資金の供与にほかならない。その政策目的が金融機関の自己資本充実にあるのであれば、公的資金の投入の是非やその条件について正面から議論して結論を出すべきである。金融機関に限って年間の法人税収にも匹敵するような巨額の還付を行うことは、課税の公平性を著しく欠くものであり、到底とりえない。一方、繰戻還付の凍結解除は、多くの金融機関にとり何ら効果がない。

[3] 欠損金の繰越控除については、金融機関に限った特例措置を認めることには課税の公平性の問題がある。また、一般的な欠損金の繰越期間の延長が産業構造の改革や不良債権処理の加速という政策課題に真に有効な措置となるかどうか、慎重に検討すべきである。いずれにしても、繰越期間は帳簿保存期間及び除斥期間と整合性がとれた制度とする必要がある。

(2)連結納税制度

企業グループの一体的経営の傾向を踏まえ、わが国経済の新たなインフラとして平成14年に連結納税制度が創設され、2年が経過しようとしている。同制度の申請件数は着実に増加しており、同制度は組織再編成税制と相俟って、企業の事業再編を税制面で支える機能を果たしていると考えられる。

連結付加税は、制度創設に伴う税収減に対応するため、厳しい財政状況に鑑み2年間の措置として講じられたものである。財政状況を見極める必要はあるが、事業再編の一層の促進を図る観点から、基本的には廃止すべきである。

3.国際的な投資交流の促進

新たな日米租税条約が実施されれば、経済の活性化や産業構造の変革に寄与することが期待される。新条約を実施するための環境整備として国内法令の見直しを速やかに行うべきである。

今回の条約改正にあたり、国際的な投資交流の促進と課税の適正化に配慮して租税条約に関する基本方針が転換されたことから、新条約には従来のわが国租税条約にはなかった規定が盛り込まれている。具体的には、両国間で課税の取扱いが異なる事業体に対して適切な条約の適用を確保するための規定や、条約の特典を濫用する可能性のある者に対し条約の適用を制限するための規定が新たに導入されている。これらの規定は近年の国際課税を巡る状況の変化に的確に対応したものであり、今後、わが国の租税条約交渉のモデルとすべきものである。

新条約では、わが国の匿名組合を通じた租税回避行為を防止するための規定が導入される。今後、かかる規定を他国との条約改正にも反映させつつ、適切に対応する必要がある。

投資交流を一層促進するためには、投資家の納税に関する予見可能性を向上させ、投資のリスクを軽減させることが重要である。かかる観点から、新条約では、課税年度終了時から7年以内に調査が開始される場合に限って、移転価格課税処分が行えることとされている。更に、移転価格税制については、国際的なコンセンサスを反映しているOECDガイドラインに沿って新たな独立企業間価格の算定方法の導入が図られれば、納税に関する予見可能性が一層高まるものと期待される。

経済活動は、急速にグローバル化・多様化している。こうした中で、わが国の適正な課税権を確保する観点から、今後とも、税務執行面も含め国際課税の適正化を図っていかねばならない。

4.その他

(1)租税特別措置等の整理・合理化

「官から民へ」の改革が進む中、個人・企業の活動に対する政府の関与を見直すことが課題となっている。税制についても、個人や企業の選択に中立で歪みをもたらさないことを基本とすべきである。平成16年度においては、政策誘導的な租税特別措置・非課税等特別措置については、その目的や効果を十分に吟味し、整理・合理化を進めるべきである。

事業税における社会保険診療報酬に係る課税の特例措置については、税負担の公平を図る観点から、速やかに撤廃すべきであり、少なくとも段階的な見直しが必要である。

(2)課税自主権

課税自主権の活用は、地域における受益と負担の関係の明確化につながるものである。地方分権の推進を図る観点からも、これを更に活用しやすくなるよう、法定外税に係る国の関与のあり方について検討を進めるとともに、制限税率の見直しなど地方の税率設定の自由度の拡大を図る必要がある。

その際、租税体系の秩序維持及び法人の総合的な税負担の適正化の要請にも十分配慮する必要がある。

三 「三位一体の改革」の一環としての税源移譲

当調査会は、本年11月21日の内閣総理大臣からの指示を踏まえ、国庫補助負担金と地方交付税の改革と併せていわゆる三位一体の改革の一環としての税源移譲について検討を行った。その結果は以下の通りである。

地方税は、地域における行政サービスの経費を地域住民がその能力と受益に応じて負担し合うことが基本である。このことから、応益性を有し、薄く広く負担を分かち合うものであること、さらに、地域的な偏在性が少なく、税収が安定したものであることが望ましい。また、自主的な課税を行いやすい税体系であることも重要である。

かかる視点から、税源移譲の対象として、所得税・個人住民税、消費税・地方消費税、法人課税、たばこ税、酒税及び揮発油税について検討を行った。

税体系の中で個人住民税が応益性や自主性の要請に最も合致している。今後、所得割の税率のフラット化、均等割の充実といった改革を進めていくことが重要である。一方、個人所得課税に求められる所得再分配機能は、主として国の所得税が担うべきである。このようにして、両者の性格に応じた個人所得課税体系における位置付けの明確化を図っていく必要がある。

地方分権の推進、地域福祉の充実等のために創設された地方消費税は、消費に関連した基準により都道府県間で清算を行うことにより税収の偏在性が少なく、安定的な基幹税目の一つとして定着し、大きな役割を果たしている。しかしながら、地方消費税は、税の累積を排除するため、生産、流通、販売などの各段階において、売上に係る税額から仕入れに係る税額を控除して納付税額を算出する国の消費税の制度と一体のものとして仕組まれており、全国一律の税率が前提となっている。また、国が委託を受け、消費税とあわせて徴収を行っており、地方が直接に税を徴収する仕組みとなっていない。このような点はあるが、地方においても福祉サービスの安定的な提供が求められている中、地方消費税の役割は重要である。

一方、国の消費税は、少子・高齢化が進む中で、ますます増大していく社会保障経費をはじめとする公的サービスの費用を安定的に支える税として、今後その役割を高めていく必要がある。2010年代初頭のプライマリー・バランスの黒字化を目指す上で不可欠の要素である。

地方法人課税には、外形標準課税の導入はあるものの、税収の偏在、不安定性という問題がある。また、経済のグローバル化が進む中で法人所得課税のウェイトを高めていく状況にない。従って、国の法人税から地方の法人所得課税への移譲は適切でない。

たばこ税、酒税、揮発油税といった個別間接税についても検討を加えた。地方たばこ税は、税源偏在が小さい。また、たばこ税は、納税者への影響や大きな事務負担を伴わずに税源移譲を行うことが可能である。これに対し、酒税、揮発油税は庫出し税であり、そのまま地方税とした場合、地域的な偏在が極めて大きい。一方、流通段階の課税とすることは、納税義務者の負担や税務執行コストの面で困難である。

以上を踏まえれば、今後、所得税・個人住民税のそれぞれの性格に応じた個人所得課税体系における位置付けを明確化する方向で改革を進め、所得税から個人住民税への税源移譲を行うことを基本にすべきである。また、消費税・地方消費税については、少子・高齢化の進展に対応し、ともに充実を目指すことが課題であり、これについても併せて検討を進めていく必要がある。このような本格的改革は「あるべき税制」の理念に沿って行うべきである。

税源移譲を進めるにあたっては、税務執行面での配慮が欠かせない。特に、所得税・個人住民税の改革にあたっては、多数の納税者の税負担に何らかの影響を及ぼすとともに、源泉徴収を行っている企業・事業者にも事務負担が発生する。あるべき個人所得課税改革の姿について抜本的な検討を加え、成案を得た上で、納税者・源泉徴収義務者の理解も得ながら改革を進めていかねばならない。

当調査会の今後の審議にあたって、個人所得課税の抜本的見直しに関する検討を早急に行い、国庫補助負担金と地方交付税の改革と併せ、いわゆる三位一体の改革の完了する平成18年度までに税源移譲を実現していく必要がある。併せて、消費税・地方消費税のあり方についても、ともにその役割が高まっていくことを踏まえ、検討を深めていくべきである。

税源移譲は、基幹税の充実を基本として行うべきであるが、本格的な税源移譲の制度設計については、検討すべき課題が多く、時間的な制約もあり結論を出すには至らなかった。一方で、当調査会に示された平成16年度の税源移譲所要額は、4,200億円強である。こうした事情を勘案すると、平成16年度においては、本格的な税源移譲を行うまでの間の暫定的措置として、国のたばこ税から地方のたばこ税への税源移譲を行うことが現実的である。