税制調査会中期答申「わが国税制の現状と課題 -21世紀に向けた国民の参加と選択-」についての意見

日本大学講師(租税法)・弁護士 松澤 智

  1. 本件「答申」のサブタイトルである「国民の参加と選択」が、これからの税制改革に当たって、国民の合意が必要なため今後の方向を示したものとして、一応評価できる。
  2. 「答申」の内容については、税制には「公平・中立・簡素」の原則をふまえて、租税の基本的機能は国家が国民に対し公的なサービスのための財源調達にあることを強調し、二一世紀に向けての抜本的税制改革として増税不可避の税制改革が必要であると展開している。
  3. 全般的にみれば税制における問題点を殆んど指摘しており「税制のあり方」に関する問題提起の意味においては評価できる。今後の新しい税制を検討する場合には「答申」は不可欠といえる。
  4. ただ、「答申」は国家財政の視点から税収確保のための税制のあり方を専ら捉えており、租税法が法律による立法である以上は、憲法の下における法的視点からの考察が必要であるにも拘らず、「平等」、「公平」という法的な基本的視点からの抜本的税制改革の方向性が示されてはいないようにおもわれる。
  5. 寧ろ「税制のあり方、租税の意義と役割」については国家のサービス提供の財源として租税があると考えるよりも、憲法の国民主権主義の原理に立脚する限り、税は共同社会の維持・活動のための共同費用であり、税の民主主義の下では、租税は国民が国家に対しどのようなサービスを求めるのかではなく、国民が国家生活を営む限り、国民が国会における代表者を通じて自ら国費を負担する義務として考えるべきである。
  6. この見地に依る限り、「答申」は「給与に関する年末調整」につき、「サラリーマンが年末調整の代わりに申告によって税額の精算、確定を行うことは、社会の構成員として社会の共通の費用を分かち合っていく意識を高める観点から重要である」との指摘は、二一世紀における電子申告時代を迎え、サラリーマンの申告納税への方向を示唆するものとして高く評価できる。
  7. また、消費税は二一世紀における税制に大きな位置づけを示すものとおもわれ、税率の大巾な引き上げも充分考えられ、その方向は妥当と解されるが、現行消費税法の在り方につき、抜本的改革が前提である。即ち、法的視点からは、納税義務者を消費者とし、事業者を徴収義務者と改正して明確化し、更に、インボイス方式を採用し、簡易課税の大巾な引き下げによる"益税"の発生の防止を検討すべきである。
  8. 更に、法的視点からの負担の平等の見地から、既得権化している租税特別措置法の一定期間経過法の廃止を提言すべきである。「答申」は、租税特別措置法は「特定の政策目的を実現するための手段」であるが、国民的合意があるのか、政策手段として税制を用いることが本当にふさわしいのか、政策による裁量的な政策誘導になりはしないか等慎重な検討が求められると述べており、その指摘は妥当であり、評価できるが、更に、その具体的対策を提言して貰いたかった。
  9. 「答申」の各論部分に当たる「第二 個別税目の現状と課題」については、多くの問題を指摘している。特に個人所得課税の課題として「課税最低限」の引き下げは注目される。「答申」が「個人所得課税の負担を累進性の下で広く分かち合うという観点からは、課税最低限があまり高いことは望ましくない」との指摘は妥当である。
    その他、「環境税」「外形標準課税」や地方分権確立のための地方税制としての課税自主権と地方税の役割についての提言についても、二一世紀の税制のあり方として重要視すべき課題である。
    更に、税務行政の面において「税理士のあり方」についても論及して貰いたかった。
  10. 以上、「答申」を読了した所感として、二一世紀にふさわしいものにしていくための税制の抜本的見直しが不可欠であるとの前提に立脚して国民に対し「参加と選択」のための必要となる判断材料を「答申」は幅広く提供している努力は評価できるが、なお、憲法の下における「税とは何か」の法的視点からの具体的な提案が欲しいところである。