IT時代の税制を考えるためのいくつかの論点

東京工科大学メディア学部教授 清原 慶子

はじめに

2000年に入り、IT社会、IT革命という言葉が席捲している。そもそもITは、Information Technologyあるいは、Information and Communication Technologyの略称であり、情報技術あるいは情報通信技術のことである。私は、特に、社会との関係でITを考察する場合には、後者の様に「コミュニケーション」「通信」という「双方向性」を意識して位置付け、技術と社会、技術と制度との関連性を重視することは有用と考える。

最近になって、国際的にも、国内的にも、ITが注目される背景には、低迷する経済浮揚の契機としての役割を期待する声が高まっているという、特に産業の領域での機運の高まりが先導している。しかしながら、国民には、まだITの有用性が実感されているとは言えない。

私は、ITは、一見直ちにはその関連性が見えにくい税制との関連で生かされる時、国民にとって大きな意義を持つのではないかと考える。中期答申では、必ずしもITと関連つけて問題を整理した部分が明確にはなかったので、参考にしていただくために、ここでは、IT時代の税制を考えるにあたってのいくつかの論点を指摘したい。

1.国民の納税意識や税への関心を高めるためにITを生かす方向性

私は、情報社会論、情報通信政策を専門としている。また、自治体行政を含めて「行政への参加と情報政策」も重要な関心テーマであるので、中期答申の副題「21世紀に向けた国民の参加と選択」を特に重視したい。

また、個人的には、税に対する「国民意識」について極めて関心を持っている。「公平」と「中立」を旨とする税制であるが、国民がその制度の重要性を認識するとともに、国民としての意見が反映されて制度が改善されうるものであると期待されること、納税についての不満が極小化されることが大事だと考えている。

従来の主たる国民のメディアであったテレビ、新聞等のマスメディアは、どちらかというと利用する側が放送時間や発行時期に拘束されるメディアであり、情報発信者から受信者へのメッセージの流れが一方向的になりやすかった。それに対して、携帯電話やインターネットは相対的に双方向性の高いメディアで、利用者の必要性に応じて即時的随時的に利用できるという特性がある。最近では、携帯電話端末でインターネットを利用するサービスが若い世代を中心に普及してきており、たとえばNTTドコモのi-modeによってインターネットを利用している人数はすでに大手のプロバイダー契約者数を上回る勢いである。これによって、インターネット利用の簡易性、即時性がさらに高まりつつある。さらに、テレビがあればリモコンだけでインターネットに接続できる簡易型インターネット利用機器等の普及も、一般家庭でのインターネットの利用促進が予測される。

新聞報道によれば、税制調査会でも会議の公開について、インターネット放送を含む新しい方向性と手法について議論されているということで、注目している。公開と透明性は、参加の前提であり、「参加と選択」の方針を受けて、望ましい方向と言える。

しかしながら、インターネット放送やホームページでの議事録を含む情報公開は、随時性、検索性、記録性では前進はあるが、一方向的な情報提供である点で、マスメディアと大きな相違はない。パブリックコメント制度は、国民からのチャンネルを開いた点では重要な意義を持つ。

さらに、インターネット時代にあっては、多くの国民が、電子メールや電子会議を経験し、若い層には「チャット」などによる同時的なメッセージのやりとりを行っているので、国との関係においても「双方向性」「即時性」のあるコミュニケーションの簡易化を期待しているとも言える。

ネットワークを活用したリアルタイムでの参画が当面は難しいとした場合、せめて、審議会の議事録を公開する際に、インターネットで寄せられた主な意見も一緒に掲載したり、次の審議会の際、主な意見について事務局から報告するなど、国民の意見が提示され、反映されるしくみがさらに推進されることが望ましい。

とはいえ、ここでは、「デジタル・ディバイド(情報格差)」についての配慮が不可欠である。国民は、電子上のやりとりのモラルやルールを未だ模索中の段階でもあり、直ちに健全な電子会議が展開されるわけでもない。これは、情報ネットワーク社会においては、税の問題に限らず、すべての分野に共通なひとつの重要な論点である。

2.評価と公開による透明な税制の促進

現在、IT、とりわけコンピュータやネットワークの利用を活発にすることで、モノ、人、情報の動きを活発化しようとする多様な動きが見られる。現在、私が所属する郵政省電気通信審議会でも「IT競争政策特別部会」が設置され、とりわけネットワーク事業の公正競争のあり方とそのための制度等が検討されている。

私は「障害者を納税者に」との目標を掲げた障害者の情報リテラシーを高めつつ、その就業等の社会参加を支援する活動や、パソコンボランティア活動に協力していることもあり、痛感しているのだが、コンピュータやネットワーク利用のリテラシーが障害者の自立を促し、教育や就業等の社会参加を促進するという事例は、ITの社会参加支援の可能性を示す光の面を示している。これはITの有効性を実感できるものである。

また、政府はITを活用した電子政府化を進めることにより、国民に対して情報提供し、情報共有することを通して、国民の行政への理解を促進し参加意識を拡充する効果を持つ。

そこで、税制についても、できるかぎり国民にその情報が提供され、公正に評価され、有効なものは継続して生かされるとともに、有効性に問題があることがわかれば、改めたり、廃止されたりしながら、改善されることが求められる。

たとえば、住宅取得控除等などが、景気対策の効果が期待されているものとして実施されている。しかしながら、こうした減税は、着実な「効果測定」の評価の作業を伴うべきであるが、それがなかなか困難であるため、十分行われていない。

これに対して、消費税の比率の問題、その他税率に関することなど、特に増税の際については、国民を対象にしたアンケート調査等をすることもあると聞くが、インセンティブ税制とされる、実質的には減税については、そうした調査、評価がなされない傾向が気になる。

「公平」「中立」を実現するためには、必ずしもこうした減税が有効だとは言いきれない面もあると考えられるが、説明責任を果たす上でも、減税についての効果測定の方法を検討していただくよう提言したい。さらに、そうした評価活動が行われる際には、いうまでもなく結果が公表されることが望ましい。

3.電子申告・電子納税のあり方を考える際に必要な「デジタル・ディバイド(情報格差)」の視点

電子政府の構想が、霞が関WANから、更に進んで、民間企業や国民との電子申請等のやりとりを含む方向へ拡大しつつある。自治体行政の電子政府化も次第に進んできている。

電子政府を、国であっても自治体であっても、政府と国民・住民の間で実効性あるものにするためには、申請側、行政機関共に信頼性ある認証システムと、データが不法に改竄されたり盗まれたりしないためのセキュリティの確保、働く職員の個人情報保護を含むネットワーク社会でのモラルの確保などの課題がある。

しかし、いずれにしても役所との関係で、現段階では、ホームページで情報が得られるだけでは、国民にはITの効用はなかなかわかりにくい。実は、一番わかりやすい効果が挙げられる事例の一つが、「電子申告」ではないだろうか。申告業務は、国民の義務とは言え、自発性が求められる行為である。したがって、時間的にも移動の面でも申告に際して一定の不満や苦情がある現状を改め、申告が平易に迅速に、なおかつ正確に信頼性をもって行えるとともに、税務署に出向かなくても簡易に正確に申告できる代替手段があるとして、それがITによるものであれば、その効果と意義への実感は大きいだろう。その方向性を積極的に検討すべきである。

具体的には、企業が扱う源泉徴収税の取扱業務を、企業と税務署の間でITによって進められることは、個人と税務署の関係より、実効性が期待される。

とはいえ、直ちに「電子申告」が唯一の手段となることも望ましくない。国内外には、性差、年齢差、地域差、収入差等による情報通信手段に対するアクセス機会や情報通信技術を習得する機会に関して存在する、持つものと持たざるものとの格差、いわゆる「デジタル・ディバイド(情報格差)」が存在するので、それへの対応も検討する必要がある。

高齢者・障害者にとって、ITは移動を代替する機能を基礎にしながら、社会参加のために必要な情報提供や交流の手段としてその有効性が期待される。その反面、日本では、相対的に若い層での携帯電話やインターネットの活用が活発であるのに比して、高齢者層での利用度は低くなっている。あるいは、障害者の場合も、音声入出力装置や点字プリンターの活用による視覚障害者の利用への対応や、テレビの字幕放送、携帯電話の文字によるメールの活用など聴覚障害者に利用し易い方向性が模索されてきているが、利用機会はまだまだ不十分である。

今後は、こうした情報格差を是正し、むしろ、誰でもが、ITの利便性と効用を享受できるように、情報機器のユニバーサルデザイン化や、ITに関する学習機会の整備等が進められる必要がある。

そこで、IT社会においては、コンピュータ等の操作と理解能力を含むメディア・リテラシーは基礎的な能力として必要であるが、それは個人が主体的に獲得しようとするだけでは不十分である。すべての人が、社会生活を営む上で必要な、基本的な情報を利用できる「情報アクセシビリティ」の権利を保障することが、IT社会の重要な基本的人権として位置付けられるべきであろう。

具体的には、視聴覚に障害がある人にとっても利用し易い情報機器の開発や、ホームページ等の画面づくりについても読み易い表示の工夫、利用コストの軽減を含めて、すべての人に利用し易い情報環境づくりに向けた活動が求められる。

また、メディア・リテラシーの高い人が、電子商取引等で、「脱税」と認識されるような商行為を展開するとしたら、それは大きな不信感を国民が持つことに繋がるので、十分配慮した取り組みは喫緊の課題である。

(以上)