平成11年度の税制改正に関する答申

平成10年12月16日
税制調査会

目次

  • 一 平成10年度の税制改正に関する答申後の経緯
    • 1 平成10年(度)の特別減税
    • 2 個人所得課税の抜本的見直しへの着手
    • 3 法人課税の見直し
    • 4 6兆円超の恒久的な減税
    • 5 金融対策、緊急経済対策等
    • 6 地方分権推進計画の策定
  • 二 平成11年度税制改正の諸課題
    • 1 恒久的な減税
      • (1) 位置づけと具体化に当たっての基本方針
      • (2) 国税・地方税の取扱い
      • (3) 個人所得課税
      • (4) 法人課税
    • 2 住宅・土地税制
    • 3 金融関係税制
      • (1) 円の国際化と非居住者の受け取る国債の利子等に対する源泉徴収制度
      • (2) 有価証券取引税・取引所税及び株式キャピタルゲイン課税等
    • 4 租税特別措置等
    • 5 利子税等
    • 6 その他
  • 三 今後の検討課題・抜本的見直し
    • 1 わが国の財政
    • 2 個人所得課税
    • 3 相続税
    • 4 法人課税
      • (1) 外形標準課税
      • (2) 法人税
      • (3) 連結納税制度
    • 5 年金課税
    • 6 納税者番号制度
    • 7 地方分権の推進と地方税
    • 8 税制の簡素化
    • 9 国際的な税制論議とわが国の対応
      • (1) 国際的な税の引下げ競争
      • (2) 電子商取引
  • 税制調査会委員等名簿

当税制調査会は、昨年5月9日の総会において、内閣総理大臣から「21世紀へ向けて、わが国経済社会の構造変化や諸改革に対応した、望ましい税制のあり方について審議を求める」旨の諮問を受け、これまでに「平成10年度の税制改正に関する答申」をとりまとめました。

本年4月には「地方法人課税小委員会」が設置され、地方の法人課税について、事業税の外形標準課税の課題を中心に総合的な検討が行われています。また、本年5月には「基本問題小委員会」が設置され、個人所得課税について専門的・理論的な検討が開始されました。さらに、基本問題小委員会の下に2つのワーキング・グループが設置され、総合的・理論的な検討を要する論点について整理・検討が行われ、中間とりまとめが報告されました。これらの検討の途上で、新内閣発足後の8月、総理の所信表明演説において、平成11年(度)以降、6兆円超の恒久的な減税を行うことが表明されました。

こうした状況の下、当面の課題である平成11年度税制改正のあり方について検討を行いました。

一 平成10年度の税制改正に関する答申後の経緯

1 平成10年(度)の特別減税

昨年末、当調査会は経済社会の構造改革への対応等の観点から、法人税制、金融関係税制、土地税制を含め幅広い課題について答申をとりまとめました。その直後、個人所得課税(所得税及び個人住民税)について2兆円の特別減税が決定され、本年2月以降実施に移されました。4月には事業規模が16兆円超の総合経済対策がとりまとめられ、その中で2兆円規模の特別減税が追加されました。この結果、本年(度)は、国・地方あわせて総額4兆円規模の特別減税が実施されています。

特別減税については、昨年秋のアジアの経済危機や金融システムの動揺、雇用不安等を背景に経済情勢が急速に悪化し、歳出面、金融面を含む総合的な施策が講じられる中、税制面でも緊急の措置が講じられたものとして評価ができるのではないかとの意見、日本の国際的な地位に鑑み、アジア諸国あるいは世界経済全体にとっても極めて重要なものであるとの意見等がありました。

一方、現在の消費不振は、可処分所得の不足というよりもむしろ将来への不安が要因となっていると考えられ、減税の消費刺激効果は必ずしも期待できないのではないかなどの意見がありました。

また、本年(度)の特別減税は定額方式で行われました。これは、減税をできるだけ早く実施するため、1年限りの臨時異例の措置として採られたものです。その結果、国際的にみても高いわが国の課税最低限は、平成10年(度)分について、更に大幅に引き上げられるなど所得税制に大きな歪みが生じたことは否めないと考えます。

(注) 定額方式による減税

通常の計算により算出された税額から、世帯人員に応じ一定額を控除する方式による減税。

2 個人所得課税の抜本的見直しへの着手

個人所得課税については、昭和63年前後の抜本改革や平成6年の税制改革において、税率構造の簡素化とともに低中所得者層、中堅所得者層を中心に大幅な負担軽減が行われました。その際に、給与所得控除をはじめとする諸控除が累次にわたり引き上げられた結果、課税最低限が上昇し、最低税率が諸外国に比して低いこともあり、低中所得者層の税負担や個人所得課税の税収の国民所得に対する割合は、主要先進国中、最低の水準となっています。また、所得税及び個人住民税を合わせた最高税率については65%と諸外国に比べて高い水準に止まっていること、各種控除について社会経済の構造変化に照らして見直す必要があること、所得分類、分離課税方式を採っている資産性所得課税等について再検討を行う必要があることなどが指摘されています。

こうした状況の下、4月の総合経済対策において、個人所得課税について、国民の意欲を引き出す観点から、抜本的見直しを行う旨が盛り込まれました。

これを受け、当調査会においては、基本問題小委員会を設置し、個人所得課税の問題を中心に税制の基本的事項について、専門的・理論的な検討を開始しました。また、基本問題小委員会には、論点を抽出して整理するため、課税方式・納税者番号制度等について検討を行う「基本枠組ワーキング・グループ」及び税率構造・課税ベース等について検討を行う「課税問題ワーキング・グループ」が設置されて精力的な検討が行われ、本年10月27日には中間とりまとめの報告が行われました。これらの報告においては、個人所得課税について、各種の控除、課税最低限などの課税ベース、課税方式、税率構造、納税者番号制度など広範な論点について現行制度の沿革や内容、社会経済の構造変化などを踏まえ、幅広い観点から問題提起がなされています。

3 法人課税の見直し

法人課税については、平成10年度税制改正において、課税ベースを適正化しながら税率を引き下げるという方針に従い、本年4月以降開始する事業年度について、課税ベースの大幅な見直しが行われるとともに、法人税の基本税率が37.5%からアメリカの水準以下の34.5%に、法人事業税の基本税率が12%から11%にそれぞれ引き下げられました。この結果、法人課税の実効税率は、49.98%から46.36%となりました。

このように税率と課税ベースの両面からの改正が行われることにより、経済活動や産業間・企業間における税の中立性が高められるとともに、企業活力の発揮や新規産業の創出など経済構造改革が促進されることが期待されます。

一方、平成10年度の税制改正に関する答申において、事業税を外形基準によって課税することが事業税の性格の明確化や税収の安定性を備えた税体系の構築を通じて地方分権の推進に資するとの考え方から、平成10年度において、地方の法人課税について、事業税の外形標準課税の課題を中心に総合的な検討を進めることとしました。これを受けて、当調査会は地方法人課税小委員会を設置し、法人事業税の外形標準課税の導入についての検討を行ってきました。

また、同答申において、平成10年度税制改正では、法人税の基本税率を国際的な水準まで引き下げることを中心に検討が行われ、今後は、事業税における外形標準課税の検討が法人課税の実効税率の議論にもつながることを念頭に置きながら、法人課税の実効税率のあり方について検討を進めることが適当とされました。

さらに、本年4月の総合経済対策において、法人課税の実効税率を国際的な水準並みにするよう検討する旨が盛り込まれました。

4 6兆円超の恒久的な減税

新内閣発足後、本年8月の総理の所信表明演説において、「税制については、わが国の将来を見据えたより望ましい制度の構築に向け、抜本的な見直しを展望しつつ、景気に最大配慮して、6兆円を相当程度上回る恒久的な減税を実施いたします。個人所得課税につきましては、国民の意欲を引き出せるような税制を目指し、所得税と住民税を合わせた税率の最高水準を50%に引き下げます。景気の現状に照らし、課税最低限は引き下げる環境にないと考えており、減税規模は4兆円を目途とします。法人課税につきましては、わが国企業が国際社会の中で十分競争力が発揮できるよう、総合的な検討を行い、実効税率を40%程度に引き下げます。所得課税の改正は来年1月以降、法人課税の改正は平成11年度以降、それぞれ実施することとし、関連法案を次の通常国会に提出するよう準備を進めます」とされました。その後の国会審議の際に、これらの減税は1年限りの特別減税と異なり期限の定めのない「恒久的」なものとすること、個人所得課税の減税は最高税率の引下げに中堅所得者層に配慮した定率減税を組み合わせて行うこと、平成11年度税制改正においては、個人所得課税の諸控除等の課税ベースの見直しや法人事業税の外形標準課税の導入は見送ることなどが明らかにされました。

これらの減税を平成11年度税制改正において実施することにより、消費や投資など内需が低迷し極めて厳しい経済状況にある中で、金融システム安定化策や雇用対策等の一連の施策と相まって、冷え込んだ家計や企業のマインドに好影響をもたらすことが期待されます。

また、以上のような恒久的な減税に対しては、現在の不況は構造改革の遅れや将来への不安からの消費低迷、投資意欲の後退が大きな要因であり、減税の景気刺激効果には疑問があるとの意見がありました。

(注)定率方式による減税

通常の計算により算出された税額から一定割合を控除する方式による減税。

5 金融対策、緊急経済対策等

「貸し渋り」や融資回収等による信用収縮に対する緊急の対策として、金融機能再生法及び金融機能早期健全化法による法的枠組みが整えられ、それぞれ18兆円、25兆円の政府保証枠が整備されました。さらに、11月には、11年度のプラス成長、雇用と起業の促進及び国際協調を目標に掲げた、総事業規模で17兆円超、恒久的な減税まで含めれば20兆円を大きく上回る規模の緊急経済対策がとりまとめられました。この中には、恒久的な減税の実施に加え、住宅建設・民間設備投資等、景気回復に真に有効かつ適切な政策税制について精力的に検討を進めることが盛り込まれました。

6 地方分権推進計画の策定

一昨年来4次にわたって行われた地方分権推進委員会の勧告を踏まえ、本年5月29日に地方分権推進計画が閣議決定されました。地方公共団体の自主性及び自立性を高め、個性豊かで活力に満ちた地域社会の実現を図るために、地方分権の推進は極めて重要な課題です。本年8月の総理の所信表明演説では、「国と地方の役割分担、費用負担のあり方を明確にしながら地方分権の一層の推進を図るとともに、地方公共団体の体制整備、行財政改革への取組を求めてまいります。これは、地域の活性化、均衡ある国土の発展のためにも、極めて意義のあることであります」とされました。

二 平成11年度税制改正の諸課題

1 恒久的な減税

(1) 位置づけと具体化に当たっての基本方針

今回の恒久的な減税は、期限を定めないで6兆円超という大規模な減税を行うものであり、全体として景気に最大限配慮したものと位置づけられます。

また、個人所得課税の最高税率については、当調査会の累次の答申において、課税ベースの拡大や他の税目による財源の確保を検討しながら、50%程度へ引き下げることが適当であるとされていました。

法人課税については、平成10年度税制改正において、法人税の課税ベースの適正化を図りつつ基本税率を3%ポイント引き下げました。また、法人事業税については、基本税率を1%ポイント引き下げました。今後は、事業税における外形標準課税の検討が法人課税の実効税率の議論にもつながることを念頭に置きながら、法人課税の実効税率のあり方について検討を進めることが適当とされていました。

以上のような点を踏まえれば、今回の減税のうち、個人所得課税の最高税率及び法人課税の実効税率の国際水準並みへの引下げは、将来の税制の抜本的改革を一部先取りしたものであり、将来の抜本的改革へのいわば“架け橋”としていかなければならないものと考えます。

このような今回の減税の位置づけに鑑み、その具体化に当たっては、景気に最大限配慮するとしても、将来取り組むべき抜本的な税制改革の妨げとならないようにするという観点が重要となります。

また、現在基本問題小委員会及び地方法人課税小委員会において進められている将来のあるべき税制についての議論は更に精力的に進めていく必要があります。

(2) 国税・地方税の取扱い

恒久的な減税の具体化に当たり、まず、国・地方の分担を決定する必要があり、当調査会においても議論が行われました。この問題は、緊急経済対策において「地方財政の円滑な運営には十分配慮する」とされ、地方財政対策にも関連することから、政府部内の協議に委ねられ、次の通りになりました。

すなわち、個人所得課税については、所得税の最高税率を37%へ(現行50%)、個人住民税の最高税率を13%へ(現行15%)それぞれ引き下げることとし、減税規模は、定率減税を含め所得税 2.9兆円、個人住民税 1.1兆円とされました。

法人課税については、法人税の基本税率を30%へ(現行34.5%)、法人事業税の基本税率を9.6%へ(現行11%)それぞれ引き下げることとされました。

また、今般の恒久的な減税の実施に伴い、地方財政の円滑な運営に十分配慮するとの観点から、当分の間の措置として、国のたばこ税の税率引下げと同額の地方のたばこ税の税率引上げが行われることとされました。

この他、地方の減収に対応する地方財政対策として、法人税に係る地方交付税率の上乗せや、不交付団体を含む全地方公共団体に対する地方特例交付金(仮称)の交付といった、恒久的な減税に伴う当分の間のできる限りの措置を講ずることとされています。

(3) 個人所得課税

イ 最高税率の引下げ

最高税率については、所得税37%、個人住民税13%、国税・地方税あわせて50%に引き下げられ、税率の刻みの数は、所得税は10%、20%、30%、37%の4段階(現行10%、20%、30%、40%、50%の5段階)、個人住民税は5%、10%、13%の3段階(現行5%、10%、15%の3段階)となりました。これにより、勤労意欲、事業意欲の維持・向上の観点、個人所得課税と法人課税の税率バランス等の観点から、累次の答申で指摘されていた最高税率の引下げという所得税制の抜本的改革の一部が実現したこととなります。最高税率の引下げは、本来、諸控除等課税ベースや資産性所得課税の見直し、納税者番号制度の検討などの抜本的改革の一環として実施すべきものと考えますが、現在の景気状況を考えれば、課税ベースの見直しなどは今後の課題と位置づけられます。

ロ 定率減税

平成10年(度)の特別減税では、昨秋以降の景気の急速な悪化を踏まえできるだけ早期に減税の効果を発揮させるため、1年限りの方式として定額方式が採用されました。

この減税方式は、結果的に低所得者層に手厚い減税となりますが、平成10年(度)の課税最低限(夫婦子2人、子のうち1人は16~22歳の給与所得者の場合)は、所得税でみると特別減税前361万円が491万円に、個人住民税では特別減税前303万円が427万円にまで上昇し、納税者が大幅に減少することとなりました。また、減税額が所得の多寡と無関係に世帯人員等によって決まるという点で所得税制にふさわしくない減税方式になっているとの意見がありました。

社会の構成員でそれぞれの経済力に応じて広く公平に負担しあう所得税の基幹税としてのあり方や、地域社会の費用を住民がその能力に応じて広く負担を分任するという住民税の性格に照らせば、個人所得課税の納税者が大幅に減るような形での減税は基本的に望ましくありません。

仮に、あらゆる所得階層において平成10年(度)よりも11年(度)において税負担が増加しないようにするためには、定額方式の減税を継続するほかありませんが、平成11年(度)以降の減税は、恒久的なものであり、本年(度)のようないびつな姿を恒久化させないようにする観点から、その継続は適当ではありません。

また、税率構造は、諸控除等の課税ベースや課税方式と相まって、課税の基本構造を構成していることから、個人所得課税のあり方を考える場合、課税ベース等の見直しを行わない今回の恒久的な減税において、税率構造だけを切り離して見直しを行うことは適当ではありません。

これに対し、定率方式の減税は、あらゆる所得階層に対して滑らかな税負担軽減とすることができ、納税者間の税負担のバランスを崩さない等の長所を有しています。したがって、今回の減税を将来の抜本的改革への“架け橋”としていく観点から、以上のような長所を有する定率方式を採ることが適当です。

また、定率方式を採ることにより、特別減税前の課税最低限の水準(平成11年(度):所得税361万円、個人住民税306万円)を維持することが可能となります。さらに、定率方式の控除額に頭打ちを設け、控除率をある程度大きくすることにより、中堅所得者層に配慮した形の減税が可能となります。

なお、定率方式を採ることにより、平成11年(度)の減税額が10年(度)よりも減少する所得階層が生じることとなりますが、1年限りで打ち切られる、文字通り「特別」な減税と、「恒久的」に効果が持続する減税とを単純に比較することは適当ではありません。また、わが国の個人所得課税は、高い課税最低限と低い最低税率により、諸外国に比べて低中所得者の負担が相当低いものとなっていることに留意すべきです。

(参考)

抜本改革等による個人所得課税の負担軽減

負担割合(夫婦子2人の給与所得者の例)

昭和62年9月改正前 8.6%(平均給与528万円、税額45.2万円)

恒久的な減税後 5.4%(平均給与705万円、税額38.3万円)

(4) 法人課税

平成11年度の税制改正においては、法人税の基本税率を30%に、法人事業税の基本税率を9.6%にそれぞれ引き下げることにより、法人課税の実効税率は40.87%に引き下げられることとなりました。この結果、この2年間で、法人税の基本税率が7.5%ポイント、法人事業税の基本税率が2.4%ポイントそれぞれ大幅に引き下げられることにより、法人課税の実効税率は10%ポイント近く引き下げられることとなります。

このように、法人課税の税率を国際的な水準に引き下げることは、わが国企業が国際競争力を十分発揮できるようにするという観点から評価すべきものと考えます。なお、こうした実効税率の引下げは、構造改革の一環として、将来の企業活動の活性化を図る観点からも評価できるのではないか、また、景気の状況が非常に厳しい中で、法人課税の税率引下げは企業の内部留保の確保につながり、ひいては設備投資が促進される効果も期待されるとの意見がありました。

これに対し、そもそも法人課税の税率水準は国際的に区々であり、国際的水準は必ずしも一義的には言えないのではないか、法人課税は平成10年度に税率の引下げを行ったばかりであり、更なる引下げはその効果を見極めた上で考えるべきではないか、法人課税の税率引下げを行っても設備投資や配当に回るとは限らず、景気対策としてはその効果は限定的ではないかなどの意見がありました。

なお、法人課税の基本税率の引下げに関連して、景気対策の観点から、中小法人、協同組合等に対する軽減税率等についても引き下げる必要があるのではないかという意見があります。これらの軽減税率は、政策的観点から設けられているものであり、これまでの当調査会の累次の答申にもあるとおり、その税率水準については、基本税率との格差を縮小するという基本的な方向に沿って検討していくことが適当と考えます。また、法人事業税の基本税率の引下げの議論と関連して、個人事業税についても負担の軽減を図るべきではないかとの強い意見がありました。

2 住宅・土地税制

(1) 従来より、住宅取得に関連した租税特別措置の一つとして、住宅ローン残高の一定割合を所得税額から控除する住宅取得促進税制があります。

平成11年度税制改正の審議においては、波及効果の大きい住宅建設を促進するため、税制上の措置を拡充すべきであるとの意見が多く出されました。

その具体的方式として、長期間にわたり住宅ローン利子を所得から控除する制度を導入すれば、より良質の持ち家を取得できる比較的余裕のある所得層に対しメリットがあること等から、効果が大きいのではないかとの強い意見が出されました。

この所得控除の方式は、多くの所得を稼得し、より高額のローンを組んで住宅を取得した者ほど大きな負担軽減が受けられることや、二次取得者の買換えを促すことが期待できるという点で評価すべきであるとの意見がありました。また、今後はこれまでのように年々賃金が着実に上昇するという事態が期待できない中では、負担軽減の方式として所得控除方式がより適しているとも考えられるとの意見がありました。

しかし、この制度については、各個人の選択に委ねられている所得の処分を所得課税の課税ベースから除くものであるため、課税ベースの浸食につながりかねず、所得税制の根幹に関わる問題があります。また、帰属家賃(持ち家を所有することにより家賃を払わなくてすむことによる利益)が課税されないこととのバランスがとれないこと、高額所得者に有利であり、最高税率の引下げに加えて住宅ローン利子の所得控除の適用による更なる負担軽減を受けられるようになること、景気対策の観点から臨時的に導入するとしても、たまたまこの時期に住宅を取得した者だけがローン返済の全期間にわたり特別措置の適用を受けること、節税策として利用され得ること、アメリカを含む先進諸国でも縮小の方向にあることなどから税制上難点があります。

以上のとおり、住宅ローン利子の所得控除方式については、導入すべきとの強い意見が出される一方、異論も多く出されました。

なお、現行住宅取得促進税制を拡充すべきとの意見の中には、そもそもこの制度は個人の資産形成に対する異例の税制上の措置であり、住宅建設に対して歳出も含めれば1兆円にも及ぶ公費を投入していることを考慮すると、基本的には適正化の方向で検討すべきであるが、景気対策の観点から、住宅税制の拡充を行わざるを得ないのであれば、難点の多い住宅ローン利子の所得控除方式によるのではなく、現行税制の拡充による方が適当であるとの意見がありました。

また、住宅取得は個人のライフサイクルの中で選択される面があり、税制面の措置による効果をどう考えるかといった指摘もあります。住宅税制の拡充に当たっても、将来のあるべき税制を見据え、その方向に背馳しないようなものとすることが必要です。

以上を総合的に勘案すれば、住宅税制の拡充を行う場合には、景気対策の観点、更には良質な住宅取得にも資するとの観点から、臨時的に現行住宅取得促進税制を大幅に拡充することで対処していくことが適当と考えられます。

(2) 長期にわたる地価下落を背景に、資産デフレがバブル崩壊の清算や不良債権問題の解決を長引かせ、わが国経済の低迷を深刻化させているとの指摘があります。こうした認識の下、土地税制はこれまで累次の緩和により既にバブル以前の水準になっていますが、更に一層の緩和をすべきではないかとの意見があります。

具体的には、不動産流動化の観点から、不動産関連の流通税の負担を軽減してはどうかとの指摘もありました。一方で、流通税は、簡素で所得課税等を補完する税として一定の評価をすべきであり、幅広く、軽度の負担を求めるものであることを考えると、不動産取引についてのみ軽々に負担軽減を行うことは適当ではないとの意見もありました。

また、土地譲渡益課税についても、更なる緩和を求める意見もありましたが、既に平成10年度税制改正において広範な緩和措置が講じられていることに留意する必要があります。今後は、所得・消費・資産等の間で均衡のとれた税体系の確立、及び土地基本法の基本理念(土地の公共性など)を踏まえた総合的な土地政策の推進という現行土地税制の基本的考え方を含め、各種特別控除等によって狭くなっている課税ベースのあり方等、幅広い観点から抜本的な検討が必要であるとの意見もあります。

(3) いずれにしても、住宅建設の促進、不動産流動化など、政策税制について検討を行うに当たっては、税制の枠組みを崩すことにならないか、政策目的が合理的か、手段として妥当かなどについて十分吟味する必要があります。

(4) なお、固定資産税については、平成9年度より、負担水準の均衡化を図るための措置が講じられています。平成12年度以降の税負担については、同年度の評価替えの動向及び負担水準の状況や市町村財政の状況等を踏まえた上、更に負担の均衡化・適正化を進める措置を講ずることとされており、今後、平成12年度の評価替えに向けて、具体的な措置の検討を進める必要があります。

さらに、固定資産税に対する納税者の関心が高くなっており、固定資産評価審査委員会に対する審査の申出制度についての見直し等に取り組むことが必要です。

3 金融関係税制

(1) 円の国際化と非居住者の受け取る国債の利子等に対する源泉徴収制度

イ 経済のグローバル化と金融の自由化に適切に対応するため、金融関係税制については、昨年の金融課税小委員会で検討が行われ、所要の措置が講じられてきました。

昨年秋のアジア通貨危機や来年1月のユーロ導入との関連で、円の国際化を促進すべきではないかという強い意見があります。このため、非居住者にリスク・フリーかつ流動性の高い円資産(国債)を提供し、その運用・保有の一層の促進を図る必要性が高まっています。このような観点から税制面においては、国債について利子等に係る非居住者に対する源泉徴収制度のあり方を検討すべきではないかとの指摘があります。

ロ 非居住者に対する源泉徴収制度のあり方は、国家間の課税権に関わる問題ですが、居住者と非居住者との間の税負担の公平をどう考えるか、租税回避防止のための適正課税の担保が図られるかなどの観点から幅広い検討を行っていく必要があります。

主要国では、外資導入促進の観点から、非居住者の受け取る国債の利子等の源泉徴収が免除されています。それらの国の国債流通システムは、わが国と異なり、ブックエントリー・システム(振替決済制度)に一本化され、これを前提として、本人確認及び資料情報の収集が効率的かつ的確に行われる仕組みになっており、適正な課税が確保されています。他方、わが国の国債流通市場においては、主要国と異なり、ブックエントリー・システムに一本化されておらず、無記名の現物債が発行・流通し、また、登録債の流通過程においては、必ずしも国債の権利の移転と登録名義の移転との一致が保証される制度とはなっていないことから、適切な本人確認及び資料情報の収集を確実に行うことが困難です。

大量、頻繁に発生する利子等に対し適正・公平に課税を行うには、実効性ある所得把握体制が必要となります。源泉徴収制度は効率的で簡素な仕組みであり、わが国の利子等への課税の基本となっているほか、多くの諸外国でも採用されています。アメリカでも納税者番号を申告しない場合には、源泉徴収によって課税を担保しています。さらに、金融市場のグローバル化を背景に、OECDやEUにおける議論でも、源泉徴収、または本人確認に基づく情報収集・交換の少なくともいずれかを採用することがグローバル・スタンダードとされています。

ハ したがって、わが国において国債の利子等に係る非居住者に対する源泉徴収を免除する場合には、適正・公平な課税の観点から、グローバル・スタンダードに沿ったブックエントリー・システムを前提に、本人確認・調書制度に基づく情報収集・交換といった、代替的な適正課税の担保措置が併せて講じられることが不可欠です。

(2) 有価証券取引税・取引所税及び株式キャピタルゲイン課税等

当調査会は、平成10年度税制改正に際し、金融課税小委員会における検討を踏まえ、有価証券取引税及び取引所税の負担軽減を行うことが適当であるとの考え方を示すとともに、将来仮に「取引課税を廃止する場合には、株式等譲渡益課税について申告分離課税一本化といった適正化を行う必要がある」旨答申したところであり、金融システム改革の進展状況、市場の動向等を見極めた上で、適切な取扱いを検討することが適当です。

また、長期低迷する株式市場の状況を踏まえ、有価証券取引税等の早期廃止を求めるとともに、株式キャピタルゲイン課税の適正化の実施時期や具体的な方法について慎重な判断を求める意見がありました。

なお、個人住民税が非課税となっている株式等譲渡益などについては、課税の適正化について、利子割方式も参考にしながら引き続き検討する必要があります。

これらの課題のほか、累次の答申において指摘されてきた生損保控除、課税繰延べ、非課税貯蓄制度などについて引き続き適正化に向けた取組みが必要です。

4 租税特別措置等

(1) 租税特別措置・非課税等特別措置については、累次の答申で指摘してきたように、特定の政策目的を実現するための政策手段であって、税負担の公平・中立・簡素という税制の基本理念の例外であることから、その時々の経済社会情勢を踏まえた整理・合理化を進める必要があります。

特に、今回は、法人課税の実効税率が大幅に引き下げられることも踏まえながら、租税特別措置等については、課税の適正化の観点から、政策目的が合理的か、政策手段として妥当か、利用の実態が低調となっていたり、一部の者に偏っていないかなどの点について十分吟味を行い、引き続き整理・合理化を行うことが適当です。

(2) また、事業税における社会保険診療報酬に係る課税の特例措置についても、税負担の公平を図る観点から、引き続きその見直しを検討することが必要です。

(3) 軽油引取税については、地方税法上の軽油を大量に輸入し、申告のないまま、国内で大規模かつ広域に流通させる事案が発生していますが、輸入軽油等について都道府県による早期の事実把握が困難な現状を踏まえ、軽油の輸入等に係る課税の適正化を図る観点から、関係機関等との連携により輸入実績等を把握するための仕組みを構築するほか、無申告者に対する罰則を強化するなど所要の措置を講ずることが必要です。

(4) また、個人住民税においては、特に低所得者層の税負担について配慮を加えるため、所得割や均等割の非課税限度額の制度が設けられていますが、最近における国民生活水準の動向等との関連を踏まえて、所得割の非課税限度額を引き上げることが適当です。

5 利子税等

税の延納等の際に課される利子税及び滞納等の際に課される延滞税については、現在の金利の状況を勘案すれば、その割合を見直すべきではないかとの意見がありました。利子税及び延滞税は、期限内に納付した納税者との間の負担の公平の確保、滞納防止等の観点から設けられており、特に年14.6%の割合の延滞税は、納税に対する誠意が見られない滞納者に強く納付を促すために設けられたものです。加えて、納税者が自ら計算して納付するものであることを併せ考えれば、制度の安定性や明確性について十分な配慮が必要です。したがって、その負担水準の見直しは、基本的には今後の金利水準の動向を見極めた上で、より長期的かつ広範な観点から判断すべきです。しかし、過去に例を見ない超低金利の現状を勘案すれば、暫定的な措置として、利子税や年7.3%の割合の延滞税については、還付加算金との均衡を図りつつ、一定の負担軽減を図ることが望ましいと考えます。

あわせて、地方税における延滞金等についても、同様の措置を講ずることが望ましいと考えます。

6 その他

当面の景気対策、とりわけ消費促進策として、一定期間、消費税の税率引下げ又は凍結を行うことを検討してはどうかとの主張があります。

当調査会としては、わが国社会において少子・高齢化が急速に進展する中で、勤労世代に偏らずより多くの人々が社会を支えていくことができるような税体系を構築する観点から、所得課税を税制の中心に据えつつも消費課税のウェイトを高めるための努力をしてきました。今後、更に少子・高齢化が進展する21世紀を展望するとき、消費税の役割はますます重要なものになっていくものと考えられます。たとえ一時的にせよ、消費税率の引下げ等を行うことは、今後の税制のあるべき姿に背馳することとなるため、採り得ないものと考えます。

また、将来の少子・高齢化への対応に関連し、消費税の使途を福祉目的に限定してはどうかとの考え方があります。

これに対しては、社会保障給付のあり方についての国民的な議論を経ないままに、その財源調達の方法のみを論ずることは適切でないとの意見、歳入の大きな柱の一つである消費税収の使途を特定することは資源の適正な配分を歪めるおそれがあるとの意見、社会保障と消費税との間に受益と負担の密接な対応関係は見出し難いのではないかとの意見、地方消費税を含め消費税収の4割強は地方公共団体の一般財源とされていることを考えるべきである等の意見がありました。

他方、消費税が国民の福祉の充実に資するといった趣旨が何らかの形で明確にされれば、消費税に対する国民の理解を深める上で有益であるとの意見、消費税の使途について議論することは重要であるが、今後の消費税を含む税体系全体の見直しの中で検討すべき問題ではないか等の意見がありました。

いずれにせよ、この問題は、消費税の基本的な性格に関わるものであり、諸外国における社会保障に係る財源の考え方をも参考にしつつ、社会保障制度のあり方を含め、種々の観点から慎重に検討していくべきものと考えます。

三 今後の検討課題・抜本的見直し

1 わが国の財政

わが国の財政状況は、景気低迷の長期化を背景とする大幅な税収減、累次の経済対策における歳出増や大幅な減税により急速に悪化してきています。平成10年度の国税の収入は、特別減税後の補正後予算を6.9兆円下回る50.2兆円と、10年前の昭和63年度税収(決算額:50.8兆円) を下回る水準まで落ち込むと見込まれます。また、地方税も大幅な減収が見込まれています。

この税収減に前述の施策による歳出増や減税が加わり、国の平成10年度の公債発行額は34兆円、公債依存度は過去最高の38.6%にものぼり、年度末の国債残高は一般会計税収の約6年分にも相当する規模の約299兆円に、国及び地方の長期債務残高は名目GDPを上回る560兆円に達すると見込まれるなど極めて厳しい状況になっています。

諸外国と比較しても、平成10年度の国・地方の財政赤字の対GDP比は9.8%と、主要7カ国中最悪となり、ブラジル(7.7%)をも上回る危機的な状況となっています。

減税の財源については、本年8月の総理の所信表明演説において「徹底した経費の節減、国有財産の処分などを進めながら、当面は赤字国債を充てることといたします。長期的には、今後の経済の活性化の状況、行財政改革の推進等と関連づけて検討すべき課題」とされています。財政構造改革法を凍結せざるを得ないほど景気低迷が深刻な現状では、景気対策として、赤字国債の増発に頼った大幅な減税を行うことはやむを得ないとしても、確たる財源の裏付けがないまま大幅な減税を恒久的に行うことは、将来の財政に大きな問題を残すこととなります。見方を変えれば、現在の世代のために将来の世代に負担を先送りすることに他ならず、世代間の公平の観点からも問題があります。

当面、徹底した経費の節減や株式等を含め国有財産の売却を進めることは不可欠であり、その上で、いずれ経済が回復軌道に乗った段階において、再び財政構造改革に取り組まざるを得ません。その際は、歳出・歳入両面から具体的にどのような取組みをしていくかが大きな課題になるものと考えます。

なお、大幅な税収減自体が、いわばビルト・イン・スタビライザーとして、景気の安定化に寄与しているとも考えられ、これに加えて赤字国債による大幅な減税を行うことには疑問なしとしないとの意見がありました。

2 個人所得課税

平成11年度税制改正に当たっては、当面の経済状況に最大限配慮して、恒久的な減税を実施することとなりましたが、今後、経済状況、財政状況等を見ながら、課税ベースの見直しをはじめとする抜本的改革に取り組んでいく必要があります。

今後の見直しに当たっては、社会経済の構造変化に税制がどのように対応していくか、政府の規模や役割についてどう考えるか、といった論点についての国民の選択等を踏まえつつ、21世紀にふさわしい個人所得税制を構築していく必要があります。

また、検討の観点として、少子・高齢化の進展、グローバル化に伴うヒト・モノ・カネの国際的な移動の自由化・活発化、電子的な方法による取引の普及などの情報化・電子化の進展、個人と企業の関係の変化などの経済社会の成熟化等、社会経済が様々な面で構造的に変化している状況を踏まえ、公平・中立・簡素で、国民の勤労意欲・事業意欲を引き出すような所得税制を構築するとの観点が重要です。

個人所得課税は、わが国の税体系において基幹税として位置づけられていますが、主要先進国と比べて、課税最低限が高いことや最低税率が低いこと等から、低中所得者層の税負担が最低の水準になっており、個人所得課税の税収の国民所得に対する割合も最低となっています。

以上の点を踏まえ、個人所得課税のあり方については、本年10月に2つのワーキング・グループにおいてとりまとめられた、各種控除のあり方などの課税ベースの適正化、所得分類、課税方式の見直し、個人住民税のあり方、納税者番号制度の導入問題などの広範な論点について、理論や実務に立脚しつつ掘り下げた検討を行う必要があります。その際には、税体系をめぐる基本的な問題も視野に入れながら、将来のあるべき税制について議論を深めていく必要があると考えます。

なお、個人住民税については、地域社会の費用を住民がその能力に応じ広く負担を分任するという独自の性格を有していることから、課税最低限は所得税よりも低く、税率も緩やかな累進構造となっていることなどを十分踏まえて検討を行う必要があると考えます。

3 相続税

今回の個人所得課税の最高税率の引下げにあわせて、相続税についても、税率の引下げを検討すべきではないかとの意見もありました。

しかし、わが国では土地が相続財産の約7割を占めており、バブル経済期の地価高騰により税負担が増加したこと等から、3度にわたり減税が行われました。その後、地価が大幅に下落したため、税負担は相当程度緩和されています。さらに、相続税の問題は景気対策と直接関係がないことをも併せ考慮すれば、直ちに税率の見直しを行う必要はないと考えます。

相続税には、富の再配分を図るという機能があるほか、所得税の補完税としての役割があります。個人所得課税の負担軽減や累進構造のフラット化が進む中、このような相続税の役割をどう考えていくのかについて検討が必要です。

したがって、相続税については、今後、個人所得課税の抜本的見直しとの関連において、税率構造や課税ベース等について幅広く検討を行っていくことが適当と考えます。

4 法人課税

(1) 外形標準課税

法人課税については、まず、本年5月に設置した地方法人課税小委員会で重点的に検討を進めている法人事業税の外形標準課税の導入の課題について、引き続き検討を深めることが重要です。

法人事業税については、平成11年度税制改正において、その税率を10年度に引き続き更に引き下げる一方で、現下の経済情勢等に鑑み、外形標準課税の導入については見送ることとされたところです。

しかしながら、外形標準課税は地方に適した税体系の一つであり、導入を急ぐべきであるとの意見が多く出されており、当調査会としては、都道府県の税収の安定化を通じて地方分権の推進に資するものであること、応益課税としての税の性格の明確化につながること、税負担の公平化に資すること等の観点から、早急にその方向性を示すべく、引き続き検討を進める必要があると考えます。

そのため、引き続き、地方法人課税小委員会を中心に、法人事業税に外形標準課税を導入することについて、具体的な外形基準のあり方や税制度の簡素化の工夫、企業経営や雇用への影響などの諸課題を含めて、精力的に検討を進めることとします。

(2) 法人税

法人税については、平成11年度においては、景気に最大限配慮し、その税率のみを平成10年度に引き続き大幅に引き下げることとされました。今後は、経済の国際化や経済構造改革の進展する中、課税の公平性を確保し、経済活動に対する税の中立性を高めるという観点から、法人課税小委員会において指摘されている残された課題などについて引き続き検討を深めていく必要があります。また、企業会計においては、金融商品に対する時価評価・ヘッジ会計の導入などに向けた検討が進められており、これに伴う法人課税のあり方について検討していく必要があると考えます。

(3) 連結納税制度

分社化や持株会社化など企業の組織形態の多様化に対応する観点や、経済の急速な国際化が進展する中、国際競争力の維持・向上に資する観点などから、企業集団をいわば一つの「課税単位」とする連結納税制度の導入を求める意見があります。

一方、わが国の法人税制は、商法などの現行諸制度を基礎として、個々の法人ごとに課税することとしており、企業集団を一つの課税単位とする連結納税制度とは基本的な考え方が大きく異なっています。仮に連結納税制度を導入する場合には、法人税の課税体系全般を根本的に再構築することが必要となります。

また、連結納税制度を導入する場合においても、全ての法人が連結対象法人となるわけではないことから、わが国の法人税の課税体系は、現行の個々の法人を課税単位とする体系と、企業集団を一つの課税単位とする体系との双方が併存することになります。このような課税体系の下では、連結納税を行う企業集団と単体企業との間の課税の公平をどのように図っていくのかという問題があります。したがって、連結納税を行うことができるようにするために措置しなければならない連結納税制度固有の問題のみならず、個々の法人を課税単位とする体系と企業集団を一つの課税単位とする体系との間の課税関係の整合性を確保するための措置など広範な論点について、専門的・実務的な観点から、十分かつ慎重な検討を行うことが不可欠です。このような検討が十分に行われないまま制度を構築する場合には、様々な形で租税回避が行われるおそれがあります。

(参考) 例えば、次のような論点について検討が必要となります。

納税義務者を親会社一社とするのか各構成会社とするのか。

連結対象となる子会社の範囲をどうするのか。

内部取引に係る損益をどの範囲まで消去するのか。

連結対象法人の中に中小法人が含まれている場合や、中小法人のみが連結した場合の適用税率をどうするのか。

連結グループへの加入・連結グループからの離脱があった場合には様々な技術的問題点が生ずるが、この場合に課税関係の継続性をどのように図っていくのか。

法人税と法人住民税が一体として制度設計されている現在の外国税額控除制度の取扱いをどうするのか。

個々の法人が課税単位であることを前提としている各種租税特別措置についての適用関係をどうするのか。

さらに、仮に連結納税制度が導入されるとした場合には、企業集団内の取引が内部取引化され未実現のものとして取り扱われることや、法人の利益が他の法人の欠損金と相殺されることから、約65%の法人が赤字法人であるというわが国の現状に照らせば、大きな税収減が生ずることは避けられないと考えます。

連結納税制度については、以上のような論点を含め、法人課税の体系全般に及ぶ検討を行う必要があり、まずは、専門的・実務的な観点から、法人課税小委員会において本格的な分析・検討を行うことが適当と考えます。

5 年金課税

(1) 平成11年の年金財政再計算に向けて、年金制度改革についての検討が行われています。年金課税や高齢者に対する課税についても、今後益々進展する少子・高齢化に税制として適切に対応するため、公平、とりわけ世代間の公平の観点、中立・簡素の観点から検討を行う必要があります。

(2) 公的年金に係る課税については、拠出段階では社会保険料控除により全額課税ベースから除外されるとともに、給付段階では公的年金等控除や老年者控除により勤労世帯よりも税負担が軽減されています。このような課税の現状を踏まえ、課税問題ワーキング・グループの中間とりまとめにおいては、拠出(入口)、運用、給付(出口)の各段階の課税のあり方を含めた総合的な観点から検討する必要があるのではないか、公的年金等控除の性格についてどう考えるかなど幅広い論点が提示されています。

この問題は、引き続き当調査会において、課税問題ワーキング・グループにおける専門的な検討を踏まえつつ、個人所得課税の課税ベースや課税方式などの問題とあわせ、総合的に検討していく必要があります。

(3) 企業年金及び個人年金については、課税問題ワーキング・グループの中間とりまとめにおいて、「公的年金の上乗せとなる自助努力のための制度としての性格を踏まえ、年金制度全体の中での位置づけや他の金融商品とのバランスとの関係で、その課税のあり方をどう考えるか」という問題提起がなされており、これを踏まえ、引き続き幅広い観点から検討することが必要です。

また、より自助努力を重視する公的年金制度改革の流れや、現行の確定給付型の企業年金の運用成績の悪化、雇用の流動性の高まりなどを背景に、確定拠出型年金制度の取扱いに関する議論がなされています。この問題については、退職金を原資とする企業年金は本来その給付額が労働協約により確定しており、これを確定拠出型に振り替えることには反対である、支払保証制度の整備が先決問題である等、確定拠出型年金制度の導入の是非自体について議論があります。仮に今後、確定拠出型年金制度が導入される場合の課税のあり方については、年金制度改革の状況も踏まえつつ、年金制度全体の中での適切な位置づけを検討した上で、退職金課税や給与課税とのバランス、他の金融商品に対する課税とのバランス、貯蓄課税の適正化との整合性など幅広い観点から、拠出・運用・給付の各段階における適正・公平な課税の方式について検討を進めていく必要があります。

なお、退職年金等積立金に係る特別法人税は、事業主の負担する掛金等について従業員の所得課税を年金受給時において行うこととし、その間に繰り延べられた遅延利息相当分について所得課税との公平を確保する観点から課税するものですが、この取扱いについては、現在の低金利の状況、企業年金の財政状況、退職年金等に係る新しい会計基準の設定等も踏まえ早急に検討すべきとの意見がありました。

6 納税者番号制度

納税者番号制度については、国際的な資金移動の活発化など経済取引のグローバル化の一層の進展や、今後の電子商取引の発達による経済取引の一層の多様化、複雑化等の経済社会情勢の急速な変化を踏まえれば、課税の適正化の観点から、その導入について、より具体的な検討を進める時期にきているのではないかと考えます。また、基本枠組ワーキング・グループの中間とりまとめにおいても、各種カードの普及に伴う番号利用の一般化、行政による全国一連の番号の整備の状況等を踏まえながら、納税者番号制度の具体的なケースを想定して、その得失について検討を進める必要があるのではないかとの論点や、タックス・コンプライアンス(税制への信頼と納税過程における法令遵守)という納税者や源泉徴収義務者の立場に立った観点も必要ではないかとの論点などが示されています。

納税者番号制度は、国民のプライバシーに関する感情や社会生活のあり方にも関わるものであり、その導入のためには、国民の十分な理解を得ることが必要です。納税者番号制度に対する国民の受け止め方や考え方を十分汲み取るため、より具体的な議論が行われることが重要であり、これまでも税務行政の機械化・適正化、利子・株式等譲渡益課税の総合課税化、相続税等の資産課税の適正化などの諸類型ごとに具体的なイメージを示しつつ、検討を行ってきています。

また、経済取引のグローバル化、多様化、複雑化等を踏まえれば、適正・公平な課税の実現の観点から、税務執行において資料や情報の充実が重要になってきており、これらの活用を図るために納税者番号制度の役割を考えていくことが必要であるとの意見がありました。

今後、以上のような点を踏まえつつ、国民の理解が更に深められるよう、経済取引への影響、民間及び行政のコストと効果、プライバシー保護等の課題を含め、より掘り下げて具体的な検討を進めていくことが必要です。

7 地方分権の推進と地方税

地方分権の推進に当たっては、地方の財政基盤を確立することが不可欠であり、地方における歳出規模と地方税収入の乖離を縮小するという観点に立って、課税自主権を尊重しつつ、地方税の充実確保を図っていくことが必要です。また、国と地方公共団体との役割分担を踏まえつつ、中長期的に、国と地方の税源配分のあり方についても検討しながら、税源の偏在性が少なく、税収が安定した地方税体系を構築していくことが必要です。

その際、地方公共団体においては、自ら強い自覚をもって徹底した行財政改革を推進するとともに、市町村合併や広域行政の推進についても積極的に取り組んでいくことが強く求められます。

地方分権を推進する際、地方公共団体の課税自主権を一層拡充することも重要です。地方公共団体がその課税権に基づき、住民の代表により構成される議会によって制定された税条例をもとに、自ら地方税を賦課徴収し、その財源によって住民に行政サービスを提供していくことは地方自治の原点です。地方税の充実確保が図られ、地方公共団体の行政サービスと住民の地方税負担との関係がより明確になることにより、地方公共団体の財政面における自己決定権や自己責任が増していくこととなります。したがって、地方公共団体の課税自主権を一層拡充していくとともに、各地方公共団体が住民の意向を踏まえつつ、自らの判断と責任において、その行政サービスと地方税負担のあり方を決定できるよう、国と地方の間の行財政システムの改革を進めていくことが必要です

8 税制の簡素化

平成10年の通常国会において中央省庁等改革基本法が成立しました。この中で、税務行政の効率化、透明性の向上、納税者の利便性の向上の観点から、税制の簡素化、通達の見直し、国税と地方税の徴税の一元化といった検討課題が盛り込まれています。

平成10年度の税制改正に関する答申にもあるとおり、自由化、国際化が一層進む中で、納税者が予見可能性の高い経済活動を行う上でも、税制の簡素性、税制・税務執行の透明性の観点は、益々重要になってくると思われます。

国・地方の徴税一元化については、憲法の定める地方自治の本旨に反するのではないか、この問題は国・地方を通じた税制のあり方と密接不可分であり、まずは国・地方の税制それぞれを簡素化していくことが重要ではないかとの意見や、既に国税と地方税の執行の現場では納税者の利便性を考慮し可能な限り相互に協力して事務処理が行われているとの指摘がありました。このことに関連して、地方公共団体においては、地方税務職員の研修の充実等その育成に努めるべきではないかとの意見もありました。いずれにしても、当面まず、納税者の利便及び事務の効率の向上に引き続き努めるとともに、制度面・執行面の透明性の向上の観点から税制の簡素化に向けた努力を続けていくことが重要であると考えます。

9 国際的な税制論議とわが国の対応

(1) 国際的な税の引下げ競争

平成10年度の税制改正に関する答申でも指摘したように、各国間で有害な税の引下げ競争が生じると、金融・サービス等いわゆる「足の速い」経済活動が優遇される一方、消費・労働等の「足の遅い」経済活動に対し相対的重課となることが懸念されます。このような問題に対しては各国の税当局間の協調が不可欠です。本年4月OECDは「有害な税の競争」と題する報告書を公表し、これは5月のサミット蔵相会合でも強く支持されました。

本報告書のガイドラインでは、有害な税の引下げ競争を抑止するため、各国がそれぞれ有害税制の新規導入を行わないこと、既存の有害税制を縮減・廃止していくこと(原則2003年まで)をコミットするとともに、加盟国間の相互レビューを行うこととなっています。また、今後の主なフォローアップ作業として、タックスヘイブン及び各国有害税制のリストの作成が予定されています。

当調査会としても、政府が有害な税の引下げ競争を抑止する国際的な取組みに寄与してきたことに留意し、今後ともこのような国際的な協調作業に積極的に参加していくことを期待したいと考えます。

(2) 電子商取引

近年におけるインターネットや携帯情報端末の普及などに見られるような情報通信技術の発達に伴い、電子商取引の本格的な実用化の気運が高まっています。電子商取引は、グローバルな規模で経済の効率化に資する可能性や新たなビジネスチャンスを増やしていく可能性を有しており、わが国にとっても経済を活性化させる見地から、電子商取引の健全な発展が望まれます。

一方、電子商取引の発達によって、例えば、経済取引が複雑化・国際化し、誰が、いつ、どこで、どのような取引を、どれだけ行ったかといった、取引の実態を正確に把握することが今後一層困難になる可能性があります。また、電子商取引が本質的にグローバルな性格を有していることから、様々な国際課税上の問題が発生する可能性もあります。

したがって、電子商取引に対する課税のあり方については、国際的な検討を進めていく必要があり、OECDを中心に活発な議論が行われています。なお、本年10月にOECD租税委員会により「電子商取引:課税の基本的枠組」と題する報告書が公表されています。

(参考) 「電子商取引:課税の基本的枠組」の骨子

  • 納税者サービスの向上や税務行政の効率化のために電子商取引に使用されている情報技術の積極的な活用を検討すべきである。
  • 電子商取引についても、公平・中立・簡素等の伝統的な課税原則が適用される。特に、電子商取引への課税について他の形態の商取引との均衡を保つ。現段階では既存の課税ルールを適用すべきである。
  • 税当局は、納税者の本人確認と情報アクセスの能力を維持すべきである。
  • 国際協力を推進する観点から、今後もOECDを中心として検討を継続すべきである。

以上を踏まえれば、今後ともOECDにおける議論に積極的に参加していくとともに、電子商取引をめぐる課税関係についての予見可能性を高めることにより電子商取引の発展する環境を整備する観点からも、その進展状況や実態の把握に努めつつ、課税のあり方について検討していく必要があります。

税制調査会委員等名簿

本答申の審議に参加した委員及び特別委員は、次のとおりである。

委員 特別委員
 榎本 庸夫石 弘光
大澤 雄三 岩瀬 正
大田 弘子 神田 秀樹
加藤 寛 幸田 正孝
 栗田 幸雄河野 光雄
 神津 カンナ佐野 正人
 小長 啓一 高梨 昌芳
 今野 由梨中村 仁
 笹森 清 橋本 俊作
島田 晴雄 松永 真理
竹内 佐和子柳島 佑吉
 田中 直毅 吉田 文一
津田 正 
 中西 真彦
 塙 義一
 平田 公敏
本間 正明
 松浦 幸雄
松尾 好治
 松本 和夫
松本 作衞
水野 忠恒
水野 勝
 宮島 洋
 森下 洋一
森田 明彦
 諸井 虔
 吉永 みち子
 和田 正江

なお、後藤森重及び鷲尾悦也は途中辞任し、榎本庸夫及び笹森清がこれに代わりそれぞれ委員に委嘱されたほか、堺屋太一が途中辞任した。

なお、川岸近衛が途中辞任、これに代わり委嘱された太田宏が途中辞任し、中村仁が委員に委嘱された。

(〇印を付した委員及び特別委員は、臨時小委員会に所属した委員及び特別委員である。)