基本枠組ワーキンググループ中間とりまとめ

平成10年10月27日
税制調査会・基本問題小委員会
基本枠組ワーキング・グループ

検討の経緯

税制調査会は、本年5月に基本問題小委員会を設置し、基幹税たる所得税・個人住民税の問題を中心に、我が国税制を巡る諸問題について、幅広い観点から検討を開始した。基本問題小委員会においては、個人所得課税についての広範多岐にわたる検討項目を課税方式、納税者番号制度、税率構造及び課税ベースといった4つの問題群に整理し、これらについて、理論的・専門的な見地から検討を行うため、次の二つのワーキンググループを設置した。

  • 基本枠組ワーキング・グループ(課税方式、納税者番号制度等)
  • 課税問題ワーキング・グループ(税率構造、課税ベース等)

基本枠組ワーキンググループにおいては、7月から10月にかけて、海外調査をはさんで5回の会合を開催し、課税方式、金融課税、納税者番号制度等について、租税理論を踏まえた専門的検討を行い、今後の検討に資するため、制度等の現状と論点について、中間的なとりまとめを行った。

課税方式

論点・意見

  • 少子・高齢化など社会経済の構造変化、金融取引の進展、国際的な資本移動の進展等を踏まえ、所得課税における課税方式や納税者番号制度等について幅広く検討、見直しを行うべきではないか。

総合課税と分離課税

項目

<制度の概要>

所得の概念

現行税制においては収入等の形で新たに取得する経済的利益を包括的に所得と捉えている。貯蓄と消費は所得の処分であり、いずれも所得から除外されていない。利子・配当、利潤、給与など反復的、継続的に生ずる利得のみならず、キャピタル・ゲインや一時的、偶発的な利得を含め包括的に捉えている。

「所得」は収入から、事業に係る販売商品の売上原価や減価償却費等、収入を得るために必要な経費である必要経費を控除して計算される。

所得課税の課税対象となる「課税所得」は、「所得」から人的控除やその他の一定の所得控除を控除して算出される。これらの控除は所得に応じた税負担を求めていく上で、個々の納税者の事情を斟酌するなどのために設けられているものである。

総合課税

所得課税は原則としてすべての所得を合算した金額である総所得金額に対して課税される。但し、所得税法本法において、総合課税の例外として、退職所得及び山林所得については分離課税が認められている。また租税特別措置法においても利子所得、配当所得に対する源泉分離(選択)課税、土地建物等の譲渡所得等に対する分離課税、株式等に係る譲渡所得等の分離課税等が規定されている。

一方、住民税についても、地方税法本則において、退職所得、山林所得、利子所得及び配当所得の一部について分離課税が認められ、また、同法附則において、土地建物等の譲渡所得等に対する分離課税、株式等に係る譲渡所得等の分離課税が規定されている。

課税理論に関する整理

所得課税に関する理論的な諸見解を整理すると、包括的所得課税論は、すべての所得を合算し、それに累進税率を適用する総合課税が望ましいとし、一定の金融資産からの所得について導入されている分離課税については、納税手続きや把握体制が十分でない下で実質的な公平を確保するための方策としている。

支出税論は、変動する各年の所得ではなく、納税者の長期間にみて平均化された経済力に所得課税を行うとの観点から、その経済力に近似している消費支出を課税ベースとしている。その上で、適切な資産課税を組み合わせるべきであるとする。

これに対して、資源配分の効率性と所得分配の公平性の観点を考慮し、最も経済的に合理的な課税体系を求める最適課税論からは、所得の発生形態、性質等に応じて異なる税率を課すことが適当とされ、金融資産からの所得について、貯蓄が課税によって影響を受けやすいとの仮定の下で、分離課税が適当であるとされている。

また、所得を勤労所得と資産性所得と二元的に捉えて、勤労所得に対して累進税率を適用する一方、国際的な資本移動の中立性を確保するため、資産性所得には勤労所得よりも低い均一税率で課税すべきとの考え方がある。

税制調査会における議論税制調査会においては、所得課税について、基本的には総合課税論をベースに従来議論してきている。現実の税制においては、一定の金融資産からの所得について分離課税が導入されてきたが、その意義については、把握体制が十分ではない下で実質的な公平を確保するための方策であると考えられてきている。

これに対して、最適課税論からは、貯蓄が課税によって影響を受けやすいとの仮定の下で、金融資産からの所得については分離課税が適当であるとされる。

総合課税と分離課税の比較

所得を合算して課税所得を計算するという意味での総合課税と、区別して計算するという分離課税の特徴を比較すると、一般に、総合課税は、垂直的公平に資するが、累進税率を緩和していく状況の下で、意義は縮小する。

他方、同一の金融資産の収益に対する税負担が投資家毎に異なり、金融商品間の中立性を損ないかねない。

また、総合課税の下では、分離課税の場合と比較して、多数の納税者が確定申告を行う必要があり、大量の支払調書の提出等が必要とされる。

分離課税は、退職所得、山林所得のように所得の発生形態、性質等に応じた課税が可能となる。

捕捉体制が不十分な状況の下では実質的公平に資する。

貯蓄が課税によって影響を受けやすいとの仮定の下で、金融資産からの所得について分離課税が適当であるとされる。

金融資産の税引き後収益率は納税者間で所得の多寡にかかわらず中立的である。

原則として納税者、金融機関にとって申告手続きや支払調書の提出が不要である。

論点・意見

  • 所得課税の対象をどの範囲までとすべきと考えるか。フリンジ・ベネフィット等をどう考えるか。さらに、未実現のキャピタルゲイン、インピューティド・インカム(帰属所得)についてどう考えるか。
  • 所得課税が年を単位として課されることとの関係で、長期間にわたって実現される所得についてどう考えるか。
  • 総合課税と分離課税について、課税の公平、中立、簡素の観点、所得の性質及び税率構造、税負担のあり方等に照らし、その特質をどう考えるか。

所得分類、所得計算方法

項目

<制度の概要>

現行の所得課税は、所得の発生形態、性質等に応じて、利子、配当、不動産、事業、給与、退職、山林、譲渡、一時、雑という10種類の所得に分類したうえで、それぞれの所得についてその金額を計算し、これを基礎として課税標準である、総所得金額、退職所得金額及び山林所得金額を計算することとしている。

明治20年の所得税創設時には、各種所得の種類、名称を定めてはおらず、昭和15年の所得税改正において、不動産、利子配当、事業、勤労、山林、退職の6種類に限定し、異なる税率で課税した。他方、臨時利得税として、昭和14年には船舶、鉱業権等の譲渡所得に課税が行われ、17年には不動産の譲渡所得にも課税された。21年には臨時利得税が廃止されるとともに、従来の譲渡所得は所得税に含まれることとなった。22年には利子、配当、臨時配当、給与、退職、山林、譲渡、一時及び事業等の9種類の所得分類を規定した。これにより、有価証券の譲渡を譲渡所得に含めるとともに、一時的な所得を取り込んだ。シャウプ勧告に伴う25年の改正により、雑所得の類型を設け、今日のような所得分類が整備された。

預貯金や株式等の金融資産からの所得に対する所得税の課税方法をみると、利子については一律源泉分離課税(住民税についても同じ)であり、配当については総合課税を基本としつつ源泉分離選択課税制度や少額配当の申告不要制度が設けられており(住民税については原則総合課税、少額配当は非課税)、株式等譲渡益については分離課税を基本として申告分離課税と源泉分離課税の選択課税となっている(所得税において源泉分離課税を選択された場合、住民税非課税)。

預貯金や株式等以外の金融商品からの所得については、所得課税の原則に戻り、一時所得、所得税本法(地方税法本則)上の譲渡所得、雑所得等に区分され、総合課税されているが、特に預貯金との競合関係のみられる金融商品からの所得については、利子所得でない場合も個別に利子と同様の一律源泉分離課税が行われている(いわゆる金融類似商品課税)。

土地等の譲渡に対する課税方法をみると、土地等に係る事業所得等の分離課税、長期譲渡所得の分離課税、短期譲渡所得の分離課税が行われている。

また、土地等の譲渡所得には軽減税率や各種の特別控除が認められている。

不動産所得は、不動産、あるいは地上権、永小作権などの不動産の上に存する権利又は船舶若しくは航空機を貸し付けることによって生ずる所得をいうが、沿革的には平成元年に廃止された資産所得合算課税制度との関係で設けられてきた分類である。

公的年金等については、従来、給与等とみなして給与所得控除の適用を認めてきたが、昭和62年9月の税制改正において、公的年金等控除を設けるとともに、所得分類を雑所得に改めて、現在に至っている。

所得の計算において、長期的に発生した所得については、長期譲渡所得、一時所得について2分の1の所得の総合課税、退職所得について2分の1の分離課税、山林所得の5分5乗の所得計算という累進緩和も念頭においた措置がとられている。

論点・意見

  • 現行の所得課税は、所得の発生形態、性質等に応じて、10種類の所得に分類したうえで所得が計算されているが、このような所得分類についてどのように考えるべきか。
  • 預貯金・株式等の金融資産からの所得について
    • 勤労性所得との違いをどう考えるか。
    • 金融取引の特性をどう考えるか。
    • 国際的な資本移動の中立性の観点からどう考えるか。
  • 土地等の譲渡所得について
    • 勤労性所得との違いをどう考えるか。
    • 軽減税率の適用範囲と特別控除をどう考えるか。
    • 所得が長期間の経過により生ずることをどう考えるか。
  • 土地等の証券化の進展を踏まえ、金融課税と土地からの譲渡所得への課税等の関係をどう考えるか。
  • 不動産所得について事業所得・雑所得との関係でどう考えるか。
  • 現在、雑所得に分類されている公的年金に係る所得をどう考えるか。
  • 長期的に発生した所得に関しては、累進緩和も念頭においた措置がとられているが、税率の累進緩和の流れのなかで、これらの所得計算方法をも検討する必要があるのではないか。

土地譲渡益課税

項目

<制度の概要>

土地等の譲渡に対する課税方法をみると、土地等に係る事業所得等の分離課税、長期譲渡所得の分離課税、短期譲渡所得の分離課税が行われている。

また、土地等の譲渡所得には、収用交換等の場合の譲渡所得の5,000万円特別控除、特定土地区画整理事業等のために土地等を譲渡した場合の2,000万円特別控除、特定住宅地造成事業等のために土地等を譲渡した場合の1,500万円特別控除、農地保有合理化等のために農地等を譲渡した場合の800万円特別控除、居住用財産を譲渡した場合の3,000万円特別控除、特定の事業用資産の買換え等の場合の特例、相続等により取得した居住用財産の買換え等の場合の特例、特定の居住用財産の買換え等の場合の特例、固定資産の交換の場合の特例等が認められている。

論点・意見

  • 土地譲渡益課税のあり方については、次のような点に留意しつつ、土地税制全般の一環として検討を行うべきではないか。
    • 所得・消費・資産等の間で均衡の取れた税体系
    • 土地基本法の基本理念(土地の公共性など)を踏まえた総合的な土地政策の一環としての役割
    • 長期的、安定的な制度の構築
    • 各種の特別控除等により狭くなっている課税ベース・税率構造のフラット化に伴う適正化

損益通算・繰越控除・平均課税

項目

<制度の概要>

所得の金額の総合において、各種所得の金額に損失がある場合には、不動産所得や事業所得、山林所得、譲渡所得の損失に限り、他の黒字の個別所得の金額と損益の通算を行う。この場合、長期譲渡所得又は一時所得の黒字の金額と他の所得の赤字の金額を通算する場合には、その赤字の金額は長期譲渡所得又は一時所得の金額を2分の1する前の金額から控除する。

総所得金額を構成する各種所得の金額は、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、譲渡所得、一時所得、雑所得であるが、利子、配当、不動産、事業給与、雑の各所得の金額と、譲渡、一時の所得の金額とに分けて、まず、それぞれのグループ内でそれぞれ損益通算し、次にいずれかのグループになお損失の金額が残っているときには、更に2つのグループ間の損失の通算を行う。

総所得金額を構成する所得の金額間の損益の通算を行い、なお損失の金額が残る場合又は山林所得の金額に損失がある場合には、総所得金額、山林所得金額及び退職所得の金額の間において、一定の方法により損益通算を行う。

損益通算の結果、純損失の金額が残った場合等において、特定の条件に該当する場合に限り、その純損失の金額及び雑損失の金額を翌年以後3年間に繰越し又は純損失の金額を前年に繰り戻すことができる(住民税においては繰戻しは認められていない)。

米国では損益通算にあたっていわゆるパッシブ・アクティビティ・ロス(passive activity loss、受動的活動からの損失)について一定の制限が設けられている。

総所得金額のうちに変動所得の金額又は臨時所得の金額がある者は、一定の条件に該当する場合に限り、当該者の選択により、変動所得及び臨時所得の平均課税方式によって課税する。

論点・意見

  • 損益通算を認める範囲や人為的に損失を創出することも可能な操作性の高い受動的活動からの損失(パッシブ・アクティビティ・ロス)の取扱い等についてどう考えるか。
  • 現行の所得課税は暦年課税を原則としているが、損失の繰越し、繰戻しについてどう考えるか。繰越しされた損失と他の所得との相殺を認めるべきかどうか。
  • 税率の累進構造の緩和の下で、変動所得・臨時所得の平均課税について簡素化してもよいのではないか。また、対象となる所得についてどう考えるか。

納税過程の公正、簡素

項目

<制度の概要等>

税制への信頼を確保するためには、個々の制度について公平・中立・簡素の原則が満たされているか等が重要であるとともに、制度の執行についても十分な考慮が必要である。適正な執行の確保を担う税務当局とともに、制度を理解したうえで、わずらわしさを含む納税コストをもって納税する納税者や源泉徴収義務者等がいる納税過程を全体として捉える必要がある。

改正外為法の下での国際的資本移動の一層の進展に伴い、海外送金等を利用した課税回避行為が横行するようなことになれば、適正・公平な課税が確保されず、ひいては金融システム改革全体に対する信認も損なわかねないことから、対外資金取引を巡る租税回避行為の把握に資する観点から、「内国税の適正な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関する法律」が制定された。

具体的には、銀行等の金融機関又は郵政官署が、その取り扱った顧客の国外送金等のうち送金金額が 200万円を超えるものについて、その顧客の氏名・名称、住所、送金金額等の一定の事項を記載した調書(国外送金等調書)を税務署に提出すること等を内容とするものである。

論点・意見

  • 今後は、納税者の税制に対する信頼を確保するため、適正な執行の確保という課税する側の観点とともに、納税者がどのような形で、どの程度、納税過程に関与するかという納税者の立場から見たタックス・コンプライアンス(tax compliance、税制への信頼と納税過程を通じた法令遵守)の観点を重視して、納税過程の公正・簡素を推進していくことが必要ではないか。
  • ビッグバン、金融取引の進展、国際的な資本移動の一層の進展、電子化等によって、租税回避行為が高度化していることを踏まえ、どのように適正な執行の確保を図るか。
  • 課税制度の変更に際しては、適切な所得の捕捉がなされるように資料情報の提出等、執行にも資するような制度的な検討も必要ではないか。また、資料情報の提出をどのように確保するか等についても検討が必要ではないか。

納税者番号制度

項目

<現状>

納税者番号制度の目的については、かつては主に利子・株式等譲渡益の総合課税化との関連で議論されていたが、近年は、税務行政の機械化・効率化や所得・資産課税の適正化など多角的な検討が進められている。

諸外国の納税者番号制度をみると、

[1] アメリカやカナダでは、もともと、社会保障制度の対象者について、年金の給付や保険料の納付の状況を管理するために用いられていた番号を、納税者番号制度として利用しており、この番号は税務以外の行政分野にも利用されている。

[2] スウェーデンやデンマークでは、住民登録制度においてすべての国民に出生などの際に自動的に付与されている番号を、納税者番号制度として利用しており、税務以外の行政分野にも利用されている。

[3] イタリアやオーストラリアでは、税務当局が直接納税者に対して納税者番号を付与している。

納税者番号制度の具体像としては、次のような類型化イメージが考えられている。

[1] 現行の支払調書やその他の法定資料に番号を付することにより、税務行政上、名寄せの向上等が図り得ると考えられることから、税務行政を機械化・効率化し、法定資料の範囲を広げて、課税の一層の適正化を図るために、納税者番号制度を利用

[2] 利子、配当、株式等譲渡益などについても、給与などの所得と合算して総合課税するために、租税特別措置法等により限定されている現行支払調書を個人に対するもの等にも拡大し、所得把握体制の整備を行う一環として納税者番号制度を利用

[3] 法定調書の範囲を資産残高等の情報にも広げて、相続税などの資産課税の適正化のために納税者番号制度を利用。

論点・意見

  • 納税者番号制度については、国民の理解が更に深められ、より具体的な議論が行われることが重要ではないか

<制度の具体像>

  • 番号利用の一般化、行政による番号の整備、国際的資本移動の一層の進展、金融システム改革に伴う資料情報制度の充実の要請、電子化の進展等を踏まえ、段階的な導入も含め、納税者番号制度の具体的な制度案を構築して、それをもとに、その得失について検討を進めることが望ましいのではないか。
  • 納税者番号制度については、課税する側の観点からだけではなく、タックス・コンプライアンス(tax compliance、税制への信頼と納税過程における法令遵守)という納税者や源泉徴収義務者といった関係者の観点にも立った検討が必要ではないか。
  • 納税者番号の使用を望まない納税者に関しては、より高い税率による源泉徴収を行うというような、納税者の選択の余地を残すような仕組みについてどう考えるか。
  • 納税者番号として利用できる番号として、年金番号と住民票コードの具体的な比較検討を進めるべきではないか。
  • 所得を捕捉する資料情報の制度として、番号の活用の必要性が高まっているのではないか。

<課税方式との関連>

  • 利子・株式等譲渡益の総合課税化と納税者番号制度との関係をどのように考えるか。
  • 納税者番号制度を資産性所得の課税の適正化のために活用していくことは必要ではないか。

<経済取引への影響、民間及び行政のコストと効果>

  • 資金シフト等、経済取引への影響をどう考えるか。
  • 民間及び行政のコストについてどう考えるか。
  • 納税の透明性に資すること等の定量的に示すことができない効果にも配慮する必要があるのではないか。
  • 納税者番号制度のメリットについてどう考えるか。

<プライバシー保護>

  • 納税者番号制度の具体像をもとに、プライバシー問題の生じうる局面を整理して検討すべきではないか。
  • 納税者番号制度のプライバシー保護のため、罰則等の法制度やコンピュータシステムを含めた執行面についてどう考えるか。