「これからの税制を考える -経済社会の構造変化に臨んで-」

平成9年1月24日
税制調査会

目次

はじめに

わが国の経済社会は、今や新たな歴史の転換点にさしかかっています。21世紀へ向けて、活力ある経済社会を構築していくため、行財政改革、経済構造改革、金融システム改革など、国際的な変革の流れの中で種々の構造的な改革に取り組んでいくことは、もはや一刻の猶予も許されません。

わが国は、人生80年という世界一の長寿を誇り、高齢社会へ突入しているところですが、同時に少子化が急速に進んでおり、やがて世界に例をみない超高齢社会を迎えようとしています。老齢人口が増え、勤労世代人口が減っていくため、各種公的サービスを支える勤労世代の負担は、現在の諸制度を前提とする限りどうしても増大していかざるを得ないと予想され、勤労意欲の減退や貯蓄率の低下と相まって趨勢的に経済成長率が低下していくことが懸念されます。経済社会の活力を、今後いかに維持・向上させていくかが重要な課題です。

グローバル化・情報化が相互に絡み合いながら進展する中で、産業構造も大きく転換してきています。ソフト化、サービス化とともに、企業の海外展開やリストラが進む一方で、新規産業の興隆が期待されます。内外での競争がますます激しくなっている状況の下、現在の閉塞感を早急に払拭し、状況の変化に迅速かつ柔軟に対応でき、また国際的にみても魅力ある経済システムの構築が迫られています。

経済的な豊かさや国際化などに伴って、国民の価値観の多様化が更に進み、市場メカニズムが極めて重要になっています。行政が民間を主導することへの疑問が投げかけられ、また、公的部門の肥大化や各種制度の既得権化に伴い、社会や組織が硬直化し活力が損なわれているとの批判も強まっています。既存のシステムにとらわれず、国や地方公共団体をはじめとする公的部門の役割を根本的に見直すことが重要になっています。また、民間部門の中においても、個人、企業、社会の相互の関係が大きく変わりつつあります。

一方、日本の財政は、既に主要先進国中最悪の危機的な状況に陥っており、現在の財政構造のままでは、経済社会構造の変化に対し行政として的確に対応していくことが困難になってきています。構造的な赤字体質は、財政の硬直化に加え、負担の先送りを通じて世代間の不公平を招いており、また、民間投資や経済成長を阻害しかねない状況となっています。今後はかつてのような高度成長は期待できず、公的サービスを支える税収の大幅な伸びを望むことはできません。このまま放置すれば、わが国経済社会は破局につながりかねません。既にG7各国では、最優先の課題として財政構造改革に取り組んでいます。

こうした中で、私たちは、将来にわたり、どのような公的サービスとその裏付けとしての国民負担(租税負担及び社会保険料負担)のあり方を選択していくべきなのでしょうか。この選択の前提として、まず、納税者の視点から、国・地方を通ずる徹底した行財政改革が必要なことは論を待たないところです。一定の負担水準の下でも、行政の簡素化・効率化を徹底することにより、公的サービスの改善に努めることが重要です。

その上で、今後私たちは、高い公的サービスの水準を求めて負担増を受け入れ、「大きな政府」への道を進んでいくべきなのでしょうか。それとも、公的サービス水準の低下をやむを得ないとしながらも負担の低い「小さな政府」への道を進むべきなのでしょうか。この選択は、結局のところ、21世紀の日本をどのような国として築いていくかという国民一人一人の考え方に基づくものですが、現状を変革し明るい未来を切り開いていくためには、必ず痛みが伴います。公的サービスの水準に見合う負担を嫌うあまり、未来の子供たちに負担を先送りすることは慎まねばなりません。公債の発行により将来世代へ先送りされた負担も含めれば、既に高負担の方向に踏み出してしまっていることを、十分念頭に置いておく必要があります。

このように国民負担のあり方を選択していく過程で、税制(税体系・各税の仕組み)はどうあるべきなのでしょうか。

税制は、国民生活や企業活動の前提になるものとして安定性が求められると同時に、経済社会の構造変化に対応した新たな視点からの変革が常に求められます。今後の税制を考える場合には、これら両者のバランスを図ることが重要です。また、租税は、基本的に、公的サービスのコストを賄うための財源であり、行政の簡素化・効率化を徹底して行った上で、なお国民の選択により必要とされる公的サービスを賄うために十分なものでなければなりません。

こうした点を踏まえながら、税制については、公平・中立・簡素という、租税の基本的考え方に基づき、経済社会の構造変化に対応して、より望ましい姿を考えていく必要があります。21世紀を見据えて、国際社会の中での調和を図りつつ、わが国経済社会の活力を維持・向上させ、個人や企業の自由な選択を重視する成熟化社会に対応していくためには、経済活動にできるだけ歪みを与えないような税制が望ましいのではないでしょうか。また、国民に分かりやすく、透明性の高いものであることも不可欠です。

当調査会は、以上述べたような問題意識を「第一 社会を支えるコストをどのように負担していくのか」と「第二 経済社会の構造変化に税制はいかに対応するのか」という形で整理しました。国民の皆様が、これを材料として幅広く議論されることを期待します。

第一 社会を支えるコストをどのように負担していくのか

1 少子・高齢化の進展と財政事情の悪化

(1) わが国は、人生80年と言われるように平均寿命が世界最高となるなど、既に高齢社会に突入しており、更に急激なスピードで少子・高齢化が進んでいこうとしています。21世紀には総人口が減少に転ずる中で、老齢人口は増加し続け、他方、20歳~64歳の勤労者世代の人口は減少していきます。その結果、世界に例をみない少子・高齢社会が到来します。

(65歳以上人口の20~64歳人口に対する比率)

1:7.7(1975年) → 1:4.3(1995年) → 1:2.0(2025年)

(注)国立社会保障・人口問題研究所推計(平成9年1月)による。

(2) わが国の財政事情は急速に悪化しています。国と地方を通じた長期債務残高は平成8年度末には442兆円(対GDP比88.3%)に達しており、主要先進国中最悪の危機的な状況に立ち至っています。この長期債務残高を国民一人当たりに換算すれば352万円、夫婦・子二人の家庭であれば1,408万円に相当します。

このまま行財政の構造改革を行うことなく財政赤字を放置すれば、財政の硬直化や世代間の不公平を招きかねません。いずれは、金利が上昇し民間投資や経済成長を阻害するおそれもあります。

2 国民負担率の上昇

(1) 国税・地方税と社会保険料の合計負担額を国民所得で割った数字を国民負担率といいます。これは、国民が強制的に徴収される経済的な負担の大きさを示しています。同時に、租税や社会保険料は歳出や社会保障給付の財源となるため、国民負担率は政府の活動の大きさを国民の負担面(国・地方の収入面)から間接的にとらえた数字でもあります。

(2) かつて日本は、諸外国に比べて高い経済成長を維持し、高齢化もそれほど進んでいなかったため、国民負担率は比較的低い水準でした。今後はそうした状況も変化し、高齢化の更なる進展による社会保障費の増大などにより、国民負担率は上昇していかざるを得ません。(参考1)

(3) 国民にとって過度の負担は自分の判断で自由に使える所得を小さくし、ひいては社会全体の「活力」を損なうおそれがあります。そのため、国民負担率の水準については、上昇せざるを得ないとはいっても、自ずから限度があります。これまで臨時行政改革推進審議会などでも、国民負担率は極力その上昇を抑制すべきであると指摘されてきました。(参考2)

国民負担率の上昇を抑えるためには、後述するように、行財政改革を徹底して進めることが必要です。そのために、公的部門と民間部門の役割分担を根本的に見直しつつ行財政の効率化を図っていかなければなりません。

(注)

経済審議会の試算では、行財政改革を行わず現行制度を放置した場合、国民負担率は2025年度に51%程度になります。社会保障基金は2025年度までには底をつき、一般政府財政収支の対国民所得比も22%程度の赤字になります。国際収支面でも2010年代には対外純債務国に転落し、以降債務が雪だるま式に累増するなど、経済は破局的な姿になることを示しています。

これに対して、社会保障制度改革及び財政支出削減を同時に行った場合には、国民負担率は2025年度に48%程度になり、一般政府財政収支の対国民所得比は2%程度の黒字になると予想されます。

(4) 現在のように政府が財政赤字を抱えている時代には、実は、国民負担率を見るだけでは歳出に見合った負担の実態を知ることはできません。というのは、国の借金である財政赤字部分は、その償還が将来世代の税負担などによって賄われるため、将来世代に先送りしている負担といえるからです。現在の歳出水準に対応する負担水準を見るには、国民負担率(平成9年度38.2%)に、国・地方の財政赤字の国民所得比を加えた「潜在的な国民負担率」を考えなければなりません。経済審議会の試算によれば、1994年度(実績)の「潜在的な国民負担率」は、39.2%(国民負担率は35.7%)であり、これが2025年度には73%程度に上昇するとされています。

巨額の財政赤字を抱える現在、私たちは、将来世代に巨額の負担を先送りしながら、自分たちの負担額以上に公的サービスを享受している、言い換えれば、既に「大きな政府」の方向に踏み出してしまっているのが実情ではないでしょうか。

3 行財政改革の推進と国民の選択

(1) 効率的な行政・財政構造の実現

イ)行財政改革を大胆に進めていくためには、現在の行政・財政の実態を点検し、官民の役割分担を念頭に置きつつ、その守備範囲を徹底して見直していくことが重要です。それにより、政府活動の規模を適正なものとしていくとともに、政府活動を最大限効率的にしていくことが求められています。このことを通じて、公的部門は適正な資源配分機能、所得再分配機能を果たすことができるようになると考えられます。所得再分配機能については、社会保障による世代間・所得階層間の再分配にとどまらず、公共事業や農業補助金などが結果として地域間や産業間の所得再分配を行っている点にも着目し、そのあり方を検討するのが適当ではないでしょうか。

ロ)官民の役割分担の見直しに当たっては、行政改革委員会の報告(平成8年12月16日)にもあるように、次のような基本原則に基づいて行政が関与すべき分野を検討していくのが適当です。

「民間でできるものは民間に委ねる」との考え方により、競争によるコストの削減や市場原則、自己責任原則の確立が必要な行政分野を民間部門に移管していく。

「国民本位の効率的な行政」を実現するため、真に国民が必要な行政サービスを最小の費用で提供していく。

行政の関与が必要な場合、行政機関は国民に対してその必要性を説明するとともに関与の内容を明らかにする。

ハ)官民の役割分担を洗い直した上でなお行政が担うべきとされた分野について、次に、どの程度の公的サービス(公的部門の支出)の水準を求めるべきかを議論していかなければなりません。むろんその場合でも、最大限の効率性を確保する必要があることは言うまでもありません。というのは、行政の簡素化・効率化を徹底することにより、一定の負担水準の下でも、公的サービスの改善を図ることができると考えるからです。

効率性の確保のためには、常に公的サービスによる便益がそのコストと見合うものであるのか、言い換えれば、私たちの税金が本当に有効に使われているのかを納税者の立場から厳しく点検していかなければなりません。

(2) 政府の規模・役割についての選択

「大きな政府」か「小さな政府」か、あるいは、社会保障に関する「高福祉高負担」か「低福祉低負担」かといったテーマは、以上のような公的部門の範囲及び公的サービスの求めるべき水準についての「選択」に関連した議論です。(参考3)

前述のとおり、まずは徹底した行財政の簡素化・効率化を進めることは当然です。その上で、私たちは高い公的サービスの水準を求めて負担増を受け入れ、「大きな政府」への道を進んでいくべきなのでしょうか。あるいは、公的サービス水準の低下はやむを得ないとしながらも負担の低い「小さな政府」への道を進むべきなのでしょうか。

こうした「選択」を行っていくためには、その前提として、今後のわが国をどのような社会として築いていくのかについて、国民一人一人の考え方が問われます。例えば、政府の関与を広く求めていくのか、そうした関与をできるだけ排除し自己責任原則の徹底を受け入れていくのか、といった考え方です。行財政改革を進め、国民全体にとって納得のいく適正範囲、適正水準の効率的な政府としていくためには、様々なレベルの議論の積み重ねによって、「選択」を行っていかなければなりません。

ともすれば、私たちは、公的サービスの水準に見合う負担を嫌うあまり、未来の子供たちに負担を先送りし「痛み」のない途を選びがちです。こうした選択は、私たち現世代の責任ある行動と言えるでしょうか。既に将来世代へ先送りされている巨額の負担を誰がどのように担っていくのかという大きな問題もあります。少なくともこれ以上の負担の先送りは適当ではないと考えられます。

(3) 財政構造改革への取組み

政府は、平成8年12月19日に財政健全化目標について閣議決定し、2005年度までのできるだけ早期に国及び地方の財政赤字の対GDP比を3%以下とする、財政健全化の第一歩として早急に国債費を除く歳出を租税等の範囲内とする(プライマリー・バランス)などの目標を決定しました。この決定を受け、平成9年度予算は、8年度に比べ公債発行額を4.3兆円減額し、プライマリー・バランスを実現する形で編成されています。

ただ、これまで述べた効率的な行政・財政構造の実現という観点からはまだまだ緒についたばかりではないでしょうか。現在の厳しい財政制約は、逆にみれば、効率的な歳出構造とよりよい税制をつくる好機となり得るものです。財政制度審議会でも、その財政構造改革特別部会の最終報告(平成8年12月12日)において、財政構造の見直し対象を例示しています。当調査会としては、こうした指摘を足掛かりにするとともに、「入るを量って出ずるを制す」の見地から、質量両面で果断に行財政改革を実行していくことを政府に強く要請します。

(4) 地方分権の推進

行財政改革の流れと併せ、国と地方の役割を見直し、地方分権を進めていくことも重要です。地方分権の推進に伴い、国と地方の役割分担に応じて地方財政基盤を充実する必要がありますが、現時点においても地方の財政事情は、国と同様きわめて厳しい状態です。地方公共団体においても、行財政改革を一層推進し、その健全化・効率化を図っていくことが必要です。

そして、地方の行財政改革に当たっては、住民に対してその実施状況を公表するなど、住民とともに進めていくことが求められています。また、監査機能の強化も必要です。

このように地方行革を行いながら地方分権を進めていかなければならないのですが、そのためにも、課税自主権のあり方についても検討しながら、地方税の充実確保を図り、税源の偏在が少なく税収の安定した地方税体系の構築を目指していくことが必要です。この場合、行財政改革への努力や行政サービス水準を改善することに対するインセンティブという観点も大切です。

なお、市町村の行財政基盤の強化を図るため、合併についても積極的に取り組んでいくことが求められます。

4 税制についての選択

(1) 税と社会保険料

少子・高齢化の進展などに伴い、国民負担のある程度の増大が予想される状況の下では、社会保障にかかる公的サービスを税と社会保険料でどのように分担していくかについて、従来にも増して十分な検討が必要と考えられます。

これまで、社会保険料は、税よりも受益(給付)と負担の関係が明確であるとされてきました。しかしながら、公的年金制度について言えば、世代間の助け合いとしての賦課方式へ移行しつつあるため、給付と負担の関係があいまいになってきているとの指摘もあります。こうしたことから、年金保険料は負担する個人にとっては目的税としての勤労所得税に類似しているとの見方もあります。

個人所得課税については、各種の控除や税率の累進構造があるため、より垂直的公平を確保できると考えられます。また、税制や財政制度においては保険料を負担できないような人にも給付や控除が行われるという意味で普遍性に富んでいます。

一方、社会保険料については、保険料を負担しない者が給付を受けることはなく(いわゆるフリー・ライダーは排除される)、保険料負担が多いほど給付も大きくなる場合もあることから、より応益性が強いと考えられます。また、給付は保険料を負担した見返りとして受けることができるという権利性があるため、受給者が抵抗感なく給付を受けやすい、選択性に富む給付の仕組みを構築しやすいといった面があります。

このほか、両者の間で、コスト意識を通じた制度改革インセンティブはどちらが高いかといった議論もあります。いずれにしても、各々の特徴を十分踏まえた上で、経済社会構造の変化に適合した税と社会保険料の組合せを考えていくことが重要です。(参考4)

(2) 税の基本的考え方と国際的整合性

税は国・地方による公的サービスの財源です。税なくしては、政府活動は機能しません。効率性を重視した行財政改革を前提とした上で、政府活動に必要な税収額を「誰が、どの程度、どのように負担していくか」を決めるための基本が、公平・中立・簡素の原則です。こうした三つの原則については、常に全てが同時に満たされるものではありません。例えば、簡素性をある程度犠牲にして公平性を重視するあるいはその逆の場合もあります(いわゆるトレードオフの関係)。

また、グローバル化、ボーダーレス化の時代には、税制が国際的な整合性を保っているのかについても検討していく必要があります。

i. 公平

イ)税制に対する国民の信頼の基礎として税負担の「公平」が重要です。この公平の内容は、時代に応じて変化しています。

従来、より大きな経済力を有する人にはより多くの負担を求めるという「垂直的公平」が重視され、個人所得課税のように累進的な税率構造や諸控除の設定によってこの公平の確保を図ってきました。しかし、過度の累進性は勤労意欲、事業意欲を阻害したり、租税回避行動の誘因になるとの弊害が指摘されています。また、日本の個人所得課税の課税最低限は先進諸外国に比べても高く、その是正が必要ではないかとの指摘もあります。

ロ)所得の平均水準が高く、かつ平準化が進んでいるわが国においては、経済力が同等の人々には同等に負担を求めるという「水平的公平」の意義はより大きくなっています。個人所得課税には所得捕そくの困難性という問題があり、そのため、所得を基準にした「水平的公平」の確保には自ずから限界があると考えられます。

他方、消費課税は消費に対して比例的な税負担を求めるものであり、水平的公平を確保する上で有益な税制です。

ハ)近年、「世代間の公平」という観点からも問題が提起されています。高齢世代に対する思いやりが必要なことは言うまでもありません。ただ、少子・高齢社会では、高齢者を一律に社会的弱者として扱う従来の考え方の見直しが必要なのではないでしょうか。つまり、高齢世代であっても個々人の経済事情、負担能力に着目し、元気で経済力のある人にはそれに見合った税負担を担っていただく、現役世代には「活力」や「やる気」をもって活躍してもらうために、税負担があまり大きくならないようにする。もとより社会的弱者に配慮することは当然ですが、こういった考え方も必要なのではないかと思われます。例えば、高齢者であれば利子が非課税となる老人マル優制度や、拠出段階から給付段階に到るまでほとんど税負担を負わないこととなっている公的年金課税制度など、高齢者であるということで一律に税負担を減免する制度が見られます。これらの制度をこれからの時代にどう位置づけていくのかを議論する必要があります。この世代間の公平の問題は、主に勤労世代が担う個人所得課税の世界だけでは適切に対応できません。

さらに、少子・高齢化が進む中で、いわゆる「世代会計」の議論も行われています。「世代会計」は、各世代ごとの生涯にわたる負担と受益を具体的に試算することにより、世代ごとの負担と受益の状況をわかりやすく比較しようとするものです。ただ、その試算には様々な前提を置かざるを得ないため、一定の限界があることを踏まえておく必要があります。(参考5)

ii. 中立

イ)21世紀へ向けて真に自由で活力ある経済社会を構築していくために、個人や企業が自由な創造力を十分発揮でき、自己の裁量と選択により経済活動、投資活動を行えるような環境を整備していくことが重要です。こうした観点から、規制緩和や非効率な商慣行の是正といった経済構造改革が進められています。

税制においても、それが誘導的あるいは阻害的に働き、国民の経済活動に歪みをもたらすことを排除しなければなりません。「中立」の基本原則がこれまで以上に重視されています。経済活動に対し中立的な税制を築いていくことが、中長期的には、個人、企業の経済活動の「活力」を引き出し、それがひいては社会の活性化につながるものと考えます。

ロ)租税特別措置は、特定の政策目的を実現するための政策手段であり、これによって企業活動の「活力」や経済の活性化を一般的に実現しようとすることには限界があります。租税特別措置は、公平の観点のみならず、中立性確保の観点から、絶えず見直しを行い、整理合理化を徹底していくことが必要です。

ハ)また、金融の自由化、国際化が一層進展する中で、個人や法人の金融商品の選択や金融取引などの経済活動に歪みを与えず、公正かつ効率的な金融機関の競争が行えるよう、金融商品や金融取引に対する課税の中立性が強く求められています。累次の年度改正答申で取り上げた生損保控除や課税繰延べの見直しも、こういった考え方に基づいたものです。

iii. 簡素

個人や企業が経済活動や投資活動を行うに当たって、税制は常に考慮される要素です。税制が簡素でわかりやすいこと、透明性が高いこと、自己の税負担の計算が容易で予見可能性が高いこと、さらに納税者にとってのコストが安価であることは、国民が自由で裁量性の高い経済活動を行う上でますます重要になってきています。

また、税制を簡素化することで、納税者一人一人がいくら税を支払い、いかに社会に貢献しているかを把握しやすくすることは重要な視点であると考えます。

iv. 国際的整合性

経済社会のグローバル化、ボーダーレス化が一層進展する21世紀には、公平・中立・簡素の基本的考え方を反映した税制が、同時に国際的な整合性を保っているのかについても検討する必要があります。金融取引のように、ボーダーレス化が特に進んでいる分野では、税制の中立性の確保が国際的な整合性という観点からも重要であると考えられます。

各国の税制はその国の歴史や文化、経済や社会の仕組みを反映して構築されてきたものです。国際的な整合性を保つということはむろん各国間の横並びを意味するわけではありません。租税負担率の水準や課税バランスも念頭におく必要があります。しかし、各税目の仕組みや負担水準が主要国間であまりにもかけ離れたものになっているとすれば、国際的な競争力、経済の活力といった観点から問題が生ずる可能性があります。(参考6)

(3) 所得・消費・資産等に対する課税の選択

増加する国民負担を税で賄っていく場合、所得・消費・資産等に対してどのように税負担を求めていくのが適当でしょうか。少子・高齢社会の姿に対応して、所得・消費・資産等に対する課税のメリット、デメリットを勘案し、その適切な組合せを考えていくことが大切です。(参考7)

昭和63年前後の抜本的税制改革から平成6年秋の税制改革を経て現在に至る税制改革の流れにおいて、日本の税体系は、所得課税を税制の中心に据えつつ消費課税にウェイトをやや移してきています。少子・高齢社会においては、勤労世代が人口に占める割合が小さくなりますから、勤労世代に限らずより多くの人々が社会を支えていかなければならないことがその背景にあります。資産課税についても、税負担の公平の確保などの見地からその適正化が図られてきています。

また、この税制改革の流れの中で、一般的な消費課税の充実や租税特別措置の整理合理化に見られるように、課税ベースをできるだけ広げ中立性を増す方向での改正が行われてきました。

このように、これまでの税制の歩みは、「薄く広く中立的な税制」を目指したものでした。今後ともこうした検討の方向を維持していくことが適当ではないでしょうか。また、所得・消費・資産等に対する適切な課税の組合せを考えるに当たっては、税と社会保険料の選択についてもあわせ考えていくことが必要です。

第二 経済社会の構造変化に税制はいかに対応するのか

1 国際化、情報化への対応

(1) グローバル化とボーダーレス化

イ)経済の国際化が進展する中、わが国においてもクロスボーダーの経済取引は、質的に多様化、複雑化しながら、飛躍的に拡大しています。また、経済活動における国境の意味は薄れ(ボーダーレス化)、企業の活動の舞台は地球規模で拡大し(グローバル化)、国際競争は一層激しくなっています。

ロ)近年、わが国の貿易構造は従来の加工貿易型から大きく変化しています。東アジアを中心として、日本の製造業が海外生産を拡大したことや円高の影響などから、製品輸入が急増しています。(製品輸入比率24%(81年)・59%(95年))。それに伴って、国内産業も製造業からサービス業へのシフトが見られ(サービス業就業者数は平成元年から6年にかけて5年間で206万人増)、今後さらに、情報通信の高度化などを背景とした新しい分野の高付加価値産業の発展が期待されています。

ハ)国際化の進展に対応してわが国経済の「空洞化」が懸念されています。企業の海外進出の現状は、国内産業の低迷や雇用の減少をもたらすおそれがあると指摘されているのです。(参考8)

企業の海外進出は、国際的な水平分業を押し進め、各国の比較優位産業を際立たせることで、国内産業と雇用の再編を促し経済を効率化させる面があるので必ずしもマイナスイメージでとらえる必要はありません。しかし、海外進出と並行して国内に生産性の高い分野が生まれてこなければ「空洞化」が現実のものになります。これまでは特定産業の保護政策や各種の規制あるいは高コスト構造の存在が、経済の効率化を十分に進めていく上での障害になってきました。今後は、経済構造改革の実施による規制緩和などにより、わが国経済の発展につながるような経済体質を作っていくことが肝要です。

i. 企業の活力

イ)経済構造改革の推進と併せ、法人課税についての議論が行われており、税率と課税ベースの両面において、国際的潮流を踏まえた検討が必要とされています。

わが国企業の活力と国際的な競争力を確保するため、税率を引き下げ、法人の実質的な税負担の軽減を図るべきではないかとの意見があります。しかし、法人課税の実質的な負担軽減を議論する場合には、その財源をどのように賄うのかについて検討を進め国民の選択を求めていかなければなりません。具体的には、歳出削減で賄うのか、あるいは消費税など他税目の増税によるのが適当かなどを検討しなければなりません。その際、個人事業者と法人事業者との税負担のバランスについても踏まえる必要があります。

課税ベースに関しては、引当金、減価償却、費用収益の計上基準、資産の評価方法などのあり方について、商法、企業会計との関係も含め検討し、その適正化を早急に図ることが重要です。それにより課税ベースが拡大し、これに併せて税率が引き下げられていけば、それは、企業活動への税の中立性を高め、企業の活力を引き出し、新規産業を創出し、資源配分の変更を通じて生産効率の向上に寄与することになります。

ロ)近年、法人の中で赤字法人の占める割合が高くなってきています。赤字法人の課税のあり方についても、課税ベースの適正化を含め適切な対応を幅広く検討する必要があります。

ハ)日本の法人課税の法体系は、商法などの現行諸制度を基礎に、法人ごとに課税することを基本として組み立てられています。これに対して、最近、企業の分社化を促進する観点などから、アメリカの連結納税制度のように企業グループを一つの納税者として課税する制度(参考9)の導入を検討する必要があるとの指摘があります。関連諸制度やこれまでのわが国の企業経営の実態からみると、法人課税の基本的考え方の変更につながるこのような制度については、慎重に検討する必要があります。その際、租税回避行為の発生や税収の減少を招くなどの問題も無視できません。しかし、今後は関連諸制度や企業経営の実態は企業グループを単位としたものに大きく変化していくとの見方があります。以上を踏まえ、連結納税制度は引き続き研究していくべき課題です。

ii. 土地を巡る諸問題

イ)土地を巡る状況は大きく変化しつつあります。大都市圏の地価は、相当程度の下落が進み、バブルの部分は解消された状況にあります。また、バブル期の地価高騰とその後の下落を経ることにより、「土地神話」に代表されるような国民の意識やこれまでの土地本位的な経済システムにも変化の兆しが見られます。このような土地を巡る状況変化などに対応して、土地税制について見直しが行われてきています。

ロ)経済の国際化が進展する中で、依然として大都市圏の地価は、日本での事業展開を望む外国企業などの採算に見合う水準や主要諸外国と比較すると高く、内外価格差や社会資本整備のための用地費負担に見られるように、わが国の高コスト構造の一因となっています。バブル期までは、土地は最も有利な「資産」というとらえ方が一般的でした。今後は、土地は有限で公共的な性格を有する「資源」との意識を皆で共有していくことが重要です。その上に立って、「所有から利用へ」という土地基本法の基本理念に沿って、土地を「資源」として有効に利用していくことが、利用価値に相応した適正な地価の形成をもたらし、高コスト構造を是正していくことになると考えられます。

もとより土地問題は、東京、大阪などの大都市問題、住宅問題や不良債権問題など幅広い分野に関連する問題です。その解決のためには、土地利用計画をはじめとする総合的な土地政策、都市政策の確立や不良債権の担保となっている土地の集約化のための様々な手法の検討などが必要です。

ハ)土地税制はこうした土地問題に対処するための政策手段の柱の一つであり、同時に資産課税全体の中でも重要な役割を担っています。今後とも、土地税制については、地価水準の動向、土地に対する国民意識や資産格差の状況など土地を巡る諸状況や経済社会の構造変化の状況などを踏まえ、土地政策全体や資産課税全体の中での位置づけを明確にしながら検討していく必要があります。特に、土地保有課税については、固定資産税と地価税の関係も含め、中長期的視点に立った幅広い検討が早急に必要です。

(2) 情報化・電子化とボーダーレス化

高度情報化と電子商取引の発達などに伴い、従来のモノの取引が大きく変容しています。例えば、ネットワーク上の多くの顧客に対して、店舗も販売員も不要な電子情報による取引を行うなどのバーチャルワールド(擬似空間)、サイバースペース(電脳空間)が形成され、今後新たなビジネスチャンスが増えていくことが予想されます。こうしたチャンスが有効に活用され、わが国経済が活性化されることが大いに期待されています。

情報化・電子化の進展に伴うボーダーレス化により、各国の課税主権が衝突する場面がますます増えてくると考えられます。OECDなど国際的な場における議論も踏まえ、わが国の課税権の確保に努めていくことが必要です。

また、情報化・電子化に伴い、経済取引は複雑化し、所得などの把握がますます困難になってきています。こうした状況に的確に対応するため、制度面では、外形的なものを基準とした簡素な税制を含めた検討が考えられますし、納税システムや税務行政面においても、情報技術を積極的に活用していく必要があります。

(3) 金融システム改革と金融資本取引

21世紀を目指して、東京金融市場をニューヨーク、ロンドンと比肩しうる自由で公正・透明な市場とし、わが国経済を活性化するため、民間及び公的分野における金融システム改革の取組みが始まっています。早いスピードで銀行、証券などの業界間の垣根が取り払われつつあり、またクロスボーダーの資金移動がより一層自由化しつつあります。

当調査会は、一昨年来、金融を巡るこうした新しい流れを踏まえ、金融関係税制(証券税制、利子にかかる課税繰延べ、生損保控除、外国為替管理制度の見直しに伴う資料情報制度など)がどうあるべきかについて検討してきています。自由化を徹底すると同時に市場の公正性・透明性を高めていくという改革の流れの中で、税制全体の中における金融関係税制の位置づけを的確に押さえ、時機を失することなく適切に対応していかなければなりません。その際、既に金融改革を実施している諸外国の金融市場の成立ちと現状、税制の実態(例えば、株式に係る課税の場合、取引段階課税、譲渡益課税、保有課税などがどのように組み合わされているか。)などを客観的に検証していくことが重要です。

金融資本取引における投資所得や事業所得については、比較的容易にクロスボーダーでシフトが生じてしまうという特徴があります(いわゆる「足の速い所得」)。例えば、金融資本取引にかかる税負担水準が高すぎれば取引そのものが外に出てしまうことも懸念されます。金融システム改革を進めていく以上、結果として、税制全体としては移動可能性の低い労働や消費に対する負担が相対的に重くなることも念頭に置かなければなりません。

なお、OECDやG7では、「足の速い所得」(参考10)については、「税のダンピング」といわれる各国間の税の減免競争につながりやすく、その結果、貿易や投資を歪曲するばかりでなく、各国の課税基盤を浸食しかねないことが問題視されています。

金融関連所得については、情報・通信技術の発展を背景とした金融派生商品(デリバティブ取引)の拡大にみられるように、所得の種類や発生地の転換が行われやすくなっているとの特徴もあります。執行面のみならず制度面でも適正な課税が困難になっており、国際的な協議の場でその課税のあり方が真剣に議論されています。わが国としても、所得の計算方法や把握手段の整備を図るとともに適切な課税のあり方を検討していく必要があります。

以上のような議論に関連して、税制を「規制」と全く同一視し、規制緩和の流れの中で税を軽減すべきであるという議論が見受けられますが、こうした考え方には問題があります。税は公的活動の基礎であり、仮に税を軽減する場合、他の税目で補うのが適当か、その場合、税負担のシフトが公平の観点などからみて問題はないのかなどの論点について、その検討を行わなければなりません。

2 経済社会の成熟化への対応

(1) 経済社会の成熟化

わが国経済社会は、かつての右肩上がりの成長経済の中で、大量生産、大量消費、大量廃棄型の経済活動や生活様式を特徴としていました。高齢化の進展もあり、今後はかつてのような高度成長は期待できない一方で、所得水準の向上などを背景にして人々がより個性的で自由な活動を求める成熟経済社会へと転換しつつあります。公的部門の役割が見直されるとともに、民間部門においても、個人、企業、社会の相互の関係に変化が見られます。税制は企業の経済活動や国民生活に対して中立的であることが求められており、こうした変化に歪みを与えていないか、また、変化に適切に対応しているかについて常に点検していく必要があります。

(2) 個人と企業との関係

i. 従業員と企業との関係

イ)終身雇用制や年功序列型賃金など、日本特有の雇用形態が変化しています。今後、雇用形態は多様化し、中途採用や能力給・年俸制なども相当普及してくることが予想されます。

個人所得課税について、限界税率の累進が強すぎたり、その水準が高すぎたりする場合には、勤労意欲や事業意欲を阻害したり、租税回避の誘因となりやすいなどの弊害が生じます。

これらを踏まえ、勤労者の負担累増感を緩和する観点から、抜本的税制改革及び平成6年秋の税制改革では、個人所得課税の累進構造が大胆にフラット化されました。具体的には、税率の刻みが大幅に簡素化(所得税:15段階→5段階、個人住民税:14段階→3段階)され、各税率のブラケット(適用所得の幅)がある程度長い期間における給与収入の伸びをカバーし得るよう大幅に拡大されました。

フラット化の中で、個人所得課税の最高税率も引き下げられてきました(所得税:70%→50%、個人住民税:18%→15%)。しかし、その水準は所得税・個人住民税合わせて65%であり、諸外国と比較してなお高い水準にあります。これまでの答申でも述べたように、今後、個人所得課税の課税ベースの拡大や他の税目による財源確保などを検討し、最高税率を引き下げていくのが適当です。

ロ)より長い勤続年数に応じてより厚く支給される退職金支給の実態が労働市場の流動化を妨げているのではないかとの指摘があります。退職者に対する個人所得課税の仕組みはこうした退職金支給の実態を反映して形成されてきましたが、雇用形態の変化や退職金支給の形態(一時金方式か年金方式か)の変化に対応して、年金に対する課税のあり方も含め、不断の点検を行っていく必要があります。

ハ)個人の企業依存体質も徐々に変化しているといわれています。それに応じて、フリンジベネフィット(会社から従業員に提供される付加的給付)よりも、現金給与での支払いを求める声が高まっています。この点について、支払い方法の違いにより勤労者間に不公平感が生じないように課税の方法を考えていかなければなりません。また、中小法人の交際費支出などについては、経営者の私的な支出まで含まれているおそれがあり、事実上のフリンジベネフィットになっているとの指摘もあります。フリンジベネフィット化は、日本の雇用形態や商慣習に根ざしたものとも思われます。給与の支給よりもフリンジベネフィット化する方が税制上有利となることがないように、法人課税における「経費」の範囲の見直しや個人所得課税のフラット化が重要です。

ii. 株主と企業との関係

日本の企業には、経営者・従業員からなる「組織」としての行動パターンが強くみられ、株主を意識した行動に欠けているとの指摘があります。企業の株式持合いの実態、欧米諸外国と比較した株主資本利益率(ROE)の低さ、株主総会の形骸化など多くの問題が指摘されています。配当関連の税制を議論するに当たっては、経済構造改革などの推進により、株主をより指向した企業活動と株主・投資家への還元が十分に行われるような環境を整備していくという視点が重要ではないでしょうか。

(3) 個人・企業と社会との関係

i. 民間の非営利活動

阪神・淡路大震災の際のボランティアの活躍を契機に、民間の非営利活動への関心が高まっています。災害緊急時の活動だけではなく、高齢化が進む中での老人介護などの福祉ボランティア、人道的支援活動など必ずしも政府だけでは十分とはいえなかった分野について、民間の非営利活動が一定の役割を果たすことも期待されます。

この流れは、将来的には、民法に基礎を置いた公益法人制度全体の見直しにつながっていくことが考えられます。公益法人等も含め非営利活動を行う団体への適正な課税については、その中で検討していくことが考えられます。

ii. 企業の文化芸術支援

企業の社会的貢献の一環として、企業が文化、芸術分野を支援するための寄附を行った場合、税制上配慮するのが適当ではないかとの指摘があります。法人の一般的な寄附金枠を縮減しても、こうした文化的な貢献については優遇するのが望ましいとの意見も見られます。これについては、法人の寄附金控除制度を全体として議論していくのが適当です。

iii. 女性の社会進出

男女共同参画社会を目指し、女性の社会進出を更に促進しようという議論が行われています。この点に関連して、税制の面においても、配偶者控除、配偶者特別控除のあり方について議論が行われています。もともと配偶者控除などは、個人を課税単位とするわが国所得税制の基本的仕組みの中で、所得がない、あるいは所得の少ない配偶者がある者に対して所得税制上相応の配慮を払うのが適当であるといった考え方に基づくものです。近年における女性の社会進出の拡大を背景に、こうした税制が女性の就業に対して中立性を損なっているのではないかとの指摘がなされています。配偶者控除などの問題については様々な考え方があり、人的控除の基本的なあり方に関わる問題として検討していくのが適当です。

iv. 環境問題への対応

イ)地球規模の環境問題に関心が高まっています。個人の消費活動や企業の生産活動が、自然環境、居住環境などに対して悪影響を及ぼす場合、それにより生ずるコストを製品やサービスの取引価格に反映させることなどで、適正かつ公平な経済的負担を求めるという考え方があります。こうした環境問題に関する総合的な対応の一環として、税制面についても、国内外の議論の進展を注視しつつ、更に調査・研究を進めていく必要があります。

ロ)環境保全その他の社会的要請に対して、特定財源制度を活用すべきではないかという議論があります。一般に、特定財源制度は、公的サービスの受益と負担の間に密接な対応関係が確認される場合にその活用が考えられます。他方、公的サ-ビスの社会的要請との関係で、それが資源の適正な配分を歪め財政の硬直化を招くものと判断される場合には、その活用は適当とは言えません。したがって、その妥当性を常に吟味していく必要があると考えられます。

おわりに

わが国の経済社会は少子・高齢化、ボーダーレス化、情報化などの構造変化が急速に進んでおり、個人、企業、社会の関係も大きく変わろうとしています。こうした変化に直面しながらも、わが国の構造的な制度改革は十分に進んでいるとはいえません。一刻も早くそうした改革を進めていかなければ、21世紀に向かってわが国が活力を維持していくことが困難になり、政府に対する信頼も崩れかねません。そうなれば国民は税を負担する気持ちすら喪失してしまいます。

経済社会の構造変化に対応して、税のあり方や役割も新たな視点から変革していかなければなりません。税は、経済社会を支えるために国民一人一人が負担しなければならない社会全体のコストです。行財政改革の徹底により簡素で効率的な政府を追求した上で、これを国民はどのように負担していくのが適当なのでしょうか。また、経済社会の構造変化に対して国民が納得できる税制をどのように構築していったらよいのでしょうか。

今回、こうした課題について当調査会のこれまでの議論を整理してみました。これをたたき台として、国民各界各層で活発な議論を展開していただき、当調査会の今後の審議に反映していきたいと考えています。

(参考1)国民負担率の国際比較

日本38.2%(平成9年度見通し)
米国36.5%(93暦年実績)
英国46.1%(94暦年実績)
ドイツ57.0%(94暦年実績)
フランス62.2%(94暦年実績)
スウェーデン70.6%(94暦年実績)

(注)対GDP比による国民負担率

日本29.5%
米国28.4%
英国35.8%
ドイツ42.9%
フランス45.8%
スウェーデン51.6%

(参考2)国民負担率に関する主な記述

第3次行革審最終答申(平成5年10月)

「我が国が、本格的な高齢化社会を迎える21世紀初頭においても、真に豊かさを実感でき、公正で活力にあふれた社会であるためには、行政を極力簡素化・効率化し、国民の自立互助を基調に民間の活力が十分に発揮できる仕組みを構築する必要がある・・・・。

国民負担の水準について、第2次行革審が提言した「高齢化のピーク時(2020年頃)において50%以下、21世紀初頭の時点においては40%台半ばをめどにその上昇を抑制する」との目標を今後とも堅持し・・ていく必要がある。」

税制改革についての中間答申(昭和63年4月)

「高齢化社会の進展に伴い、今後、中長期的には租税負担率と社会保障負担率を合わせた国民負担率がある程度上昇していくことは予想される。将来の具体的な国民負担の水準については、結局は国民が必要とする公共サービスの水準と裏腹をなすものであり、受益と負担のバランスを眺めつつ、その時々の情勢の下で、国民的な選択が行われるべき事柄であるが、当調査会としては、その場合、国民負担率の上昇は極力これを抑制していくことが必要であると考える。」

税制改革についての答申(平成6年6月)

「高齢化の進展等に伴い社会保障費用などの財政需要の増大が予想され、今後、国民負担率は上昇していかざるを得ない。しかしながら、当調査会としては、平成2年4月の臨時行政改革推進審議会の答申が「(国民負担率は)高齢化のピーク時(2020年頃)においても50%を下回ることを目標とする。」と指摘しているところに沿って、できる限り国民負担率の上昇を抑制するため、国、地方を通じ従来にも増して歳出の節減合理化その他行財政全般にわたる思い切った改革を推し進めていくことが必要であると考える。」

(参考3)「高福祉高負担」の見直し

最近では、欧州諸国においても「高福祉高負担」の見直し論議が起こっています。

ドイツ

大蔵省の中期財政戦略である「財政政策2000」(96年3月)で、「福祉国家の拡大には限度がある。・・・あまりにも高い社会保障のレベルは、民間のイニシアチブと自己責任を欠如させ、公共の精神をむしばみ、人々に現状維持の考え方を浸透させる。これは市場経済システムの基本原則に全く反する。」と指摘し、社会保障制度の見直しを提言しています。

フランス

95年11月、政府は社会保障制度改革案を発表し、社会保障会計の収支を97年度までに黒字にするとの目標を提示しました。この改革の一環として、社会保障会計の歳出の見直しに取り組むとともに、同会計の累積債務を返済するため、96年2月、社会保障債務返済税を導入しました。これは、13年間の期限付きの特別の税目であり、給与を含むあらゆる所得に広く薄く負担を求めるものです。

(参考4)欧米主要国における社会保障給付の財源構成

欧米主要国における社会保障給付の財源構成を比較すると、次のようなことがいえます。

1. 医療保障制度

ドイツ、フランスでは社会保険料を財源としているのに対して、イギリスでは約8割が税財源によって賄われています。また、アメリカでは全国民を対象とする公的医療保険制度はありませんが、高齢者を対象として社会保障税などを財源として給付を行っている一方で、低所得者などに対しては税財源によって給付を行っています。

2. 年金制度

ドイツ、フランス、スウェーデンでは、社会保険料で不足する費用を税財源で補填しているのに対して、イギリス、アメリカでは国庫負担を行っていません。

(参考5)「世代会計」の議論

「世代会計」の試算を行うためには、その前提として、公共投資の将来にわたる受益をどう見るか、成長率や利子率をいかに設定するかなどを検討しなければなりません。戦中世代の労苦や戦後世代の高度経済成長による恩恵など各世代が置かれた時代背景を前提として勘案することも困難です。

また、「世代会計」的な考え方に対しては、公的な資金の流れは勤労世代から高齢者に流れますが、家計内の資金は高齢者から勤労世代や孫に流れているのではないか、といった指摘もあります。このように、「世代会計」の前提の置き方あるいは、そもそもの考え方については様々な議論があります。

なお、米国において「世代会計」が提案された背景は、従来の「財政赤字」という概念では包摂できなかった将来世代の負担分を現時点で顕在化するために考案された、とされています。

(参考6)税のダンピング

税制の国際的な整合性の追求が、OECDやG7でも問題視されている国家間の税の引下げ競争、つまり「税のダンピング」に結びついてはならないことは言うまでもありません。この点について、リヨン・サミットの経済コミニュケには次のように記述されています。

「16.最後に、グローバル化は、租税政策の分野で新たな課題を生み出している。

金融その他の地理的に移動可能な活動の誘致を目的とする税制に見られるような税に関する国家間の有害な競争は、貿易と投資を歪曲する危険があり、各国の課税基盤の浸食につながり得る。我々は、OECDに対し、各国が、個別にまた共同で、これらの慣行や税に関する様々な形態の有害な競争の範囲を制限し得るような多国間のアプローチの確立を目指し、この分野における作業を精力的に推進するよう強く要請する。我々は、1998年までに報告書を作成することになっているOECDによる作業の進展を注意深く見守っていく。」

(参考7)課税のメリット・デメリット

所得・消費・資産等に対する課税のメリット・デメリットは次のとおりです。

(メリットは◇、デメリットは◆で示します。)

〔所得課税〕

◇ より大きな経済力を有する人にはより多くの負担を求める「垂直的公平」に優れています。

◇ 各種控除などできめ細かい配慮が可能になります。

◇ 景気の状況により税収が変動することで、税制が景気安定化機能(ビルト・イン・スタビライザー)を果たします。

◆ 累進構造による負担累増感が勤労意欲や事業意欲を阻害するおそれがあります。

◆ 所得の正確な捕捉は必ずしも容易ではなく、給与所得、事業所得などの所得の種類により課税ベースの把握に差が生ずるおそれがあります。

◆ 法人所得課税においては、景気に対する税収の変動が大きいとの特徴があります。また、過半を越える法人が赤字となっているため、生産性が高く黒字となっている法人のみに負担を求めることになります。

〔消費課税〕

◇ 経済力が同等の人々には同等に負担を求める「水平的公平」に優れ、「世代間の公平」にも適します。

◇ 消費に広く薄く負担を求めることができ、社会の活力維持及び安定的な税収の確保ができます。

◇ 社会の財・サービスを生産することで得られる所得に課税するよりも、その財・サービスを消費する際に課税する方が望ましいとのいわゆる支出税的な考え方があります。

◆ 担税者の個々の事情を配慮しにくい面があります。

◆ 所得に対する負担の逆進性については、ヨーロッパ並みに高い負担水準の下では、一定の配慮が必要になります。

〔資産課税〕

◇ 経済社会のストック化に対応し、資産格差の是正、所得課税の補完の観点から「垂直的公平」の確保に適します。

◇ 赤字法人であっても、資産があれば、負担を求めることが可能となります。

◆ 資産性所得課税の場合、その捕捉の困難さ、勤労性所得との負担のバランスをどう考えるかといった難しさがあります。

◆ 資産保有課税の場合、キャッシュフローがないところに課税する難しさがあります。

(参考8)海外生産比率の国際比較

わが国企業の海外生産比率は主要諸外国と比べると、未だ低い水準にあります。

(参考9)アメリカの連結納税制度

アメリカで採られている連結納税制度は、一定の要件を満たす親子会社など企業グループの各法人の損益を通算することに加え、各法人の取引から生ずる内部利益を消去することにより、連結課税所得を計算して課税するものです。この制度には、超過利潤税の累進課税回避のための企業分割を防止するために導入されたという経緯があります。

一方ドイツには、機関会社制度があります。これは、連結納税制度とは異なりますが、株式法上の利益移転契約に基づき、子会社の利益を親会社に移転し、欠損は親会社が補填することにより、損益を通算することができるというものです。この制度は、当初は累積型売上税について税の累積を避けるため設けられ、その後、法人税にも適用されるようになりました。

このように、諸外国の税制は、それぞれの国の歴史的背景を踏まえて形成されてきています。

(参考10)国際的な資金の逃避

ドイツにおいて、1989年に利子に対する源泉徴収制度が導入された際に、これを嫌った資金の他国への流出や外国からドイツへの投資回避が引き起こされました。そのため、導入後半年で同制度が廃止されたという経緯があります。しかし、その後、1993年から利子課税軽減措置と併せて利子源泉徴収制度が再び導入されています。近年においても、租税回避のために利子源泉徴収を行っていないルクセンブルグに資金が逃避する例があり、ドイツの課税当局はその捕捉に取り組んでいると伝えられています。

こうしたことを背景に、EU内では共通利子源泉税の導入が真剣に議論されてきています。また、OECDにおいても、クロスボーダーの利子に対する適切な課税を確保することの重要性が確認され、このために、各国は、利子支払者による源泉徴収か、情報交換の強化を前提とした総合課税かのいずれかにより対応すべきものとされています。