第5回野口英世アフリカ賞受賞者(授賞業績)
医療活動分野
顧みられない病気の新薬開発イニシアティブ
(Drugs for Neglected Diseases initiative (DNDi) )
2003年設立。「顧みられない病気」で苦しむ人々に対して、安全で有効かつ入手可能な価格の治療薬・治療法の研究開発に取り組む非営利組織。
(写真提供:Brent Stirton Getty Images for DNDi)
世界には10億人以上が感染して苦しんでいる「顧みられない熱帯病」(21の疾患)があるが、それを安全で効果的に、そして入手可能な価格で治療できる医薬品が、市場の失敗によって開発・製造されていない。この重大な課題に立ち向かうために、国境なき医師団(MSF)がノーベル平和賞を受賞した際の賞金の一部を使用して、人間性と果敢な精神をもって2003年にDNDiが設立された。
設立以来、DNDiは国際的なパートナーとともに、アフリカ睡眠病、内臓リーシュマニア症、小児HIV、マラリアを含む致命的な6疾患に対して入手しやすい価格の13の治療法を開発・提供し、低・中所得国を中心にグローバルヘルスの改善に幅広いインパクトをもたらした。中でも、サハラ以南のアフリカにおいて深刻な被害を及ぼしているガンビア型ヒト・アフリカ・トリパノソーマ症(gHAT、アフリカ睡眠病の一型)の治療のために、DNDiがパートナーと開発した初の経口治療薬フェキシニダゾールは、その流行国において画期的な効果を発揮している。また、主にアフリカの流行国の研究機関や専門家が参加するネットワーク「HATプラットフォーム」を通じて、僻地での国際的な品質基準に則した臨床研究の実施等の成果をもたらしている。これらの成果を踏まえて、DNDiとそのパートナーは、睡眠病の撲滅という最終目標に向けた取組に引き続き尽力している。
業績概要
DNDiは、医薬品に効果や安全性がなく、あったとしても医薬品が手に入らない、入手可能な価格では購入できない、または必要な医薬品がまったく開発されていない状況に対する臨床医の不満と患者の絶望に応えるために設立された。設立にあたっては、ケニア医学研究所(KEMRI)、インド医学研究評議会(ICMR)、ブラジルのオズワルド・クルーズ財団、マレーシア保健省、フランスのパスツール研究所、世界保健機関(WHO)熱帯病研究訓練特別プログラム(WHO/TDR)といったグローバルなパートナーが、MSFと提携した。
DNDiは、低・中所得国の女性や子どもを含む脆弱な立場にあり、顧みられない人々のニーズを優先し、アフリカ睡眠病、リーシュマニア症、シャーガス病、河川盲目症、マイセトーマ、デング熱、小児HIV、進行性HIV疾患、クリプトコッカス髄膜炎、C型肝炎に対する新しい治療法を開発・提供している。2003年の設立以来、DNDiとそのパートナーは、6つの致命的な病気に対して13の入手可能な価格の新しい治療法を提供したが、そのうち9つの新しい治療法がアフリカで開発され、アフリカ睡眠病(ヒト・アフリカ・トリパノソーマ症:HAT)、内臓リーシュマニア症、小児HIV、マラリアの4つの致命的な疾病のために開発・提供されている。DNDiの推計によると、2007年以降、DNDiとそのパートナーによって開発・提供された治療は、少なくとも5億4200万回、顧みられない患者に提供されている。
DNDiの顕著な功績の一例は、ガンビア型ヒト・アフリカ・トリパノソーマ症(gHAT、アフリカ睡眠病の一型)の画期的な治療薬であるフェキシニダゾールの開発と提供である。gHATに罹患している人々は最も脆弱で、最も人里離れた紛争地域に住んでいる。過去何十年もの間、その治療薬は、投与が複雑で困難であり、毒性さえあった。DNDiとそのパートナーはたゆまぬ努力を続け、gHATに対する初の経口治療薬であるフェキシニダゾールを開発することに成功した。フェキシニダゾールは10日間服用する経口錠剤であり、従来の標準治療と比較して、組織的な入院を不要とし、医療システムの負担が軽減されるとともに、病期分類においても痛みを伴う脊椎穿刺の回数が減少するという実用的な効果を発揮している。
フェキシニダゾールは、アフリカ睡眠病患者の60%以上が報告されているコンゴ民主共和国で2018年12月に、ウガンダでは2021年10月に登録された。2019年6月、フェキシニダゾールはWHOの小児および成人向け必須医薬品リストに追加された。2019年8月、WHOは新たなアフリカ睡眠病治療ガイドラインを発表し、gHAT患者の第一選択治療薬としてフェキシニダゾールを含めることとなった。現在、すべてのgHAT流行国で、フェキシニダゾールが第一選択薬として使用されている。
DNDiは、サノフィ、WHO、HATプラットフォーム、流行国の国家管理プログラムと提携し、フェキシニダゾールをgHAT患者に提供することに尽力してきた。 2005年以来、DNDiは流行国の20以上の研究機関からなる120人の専門家のネットワークである「HATプラットフォーム」の創設と人材交流を支援してきた。DNDiと各国の睡眠病対策プログラム及びHATプラットフォームとの緊密な協力関係は、国際的な倫理的・科学的品質基準に従って非常に遠隔な環境で臨床研究を実施するための大きな課題を克服し、新しい治療法へのアクセスとその導入を促進し、流行国で最も顧みられない人々のニーズを満たすための政策及び規制環境を実現するためのアドボカシー活動にも結実してきた。
ボートの船長にフェキシニダゾールの箱を手渡すパトゥ医師。コンゴ民主共和国政府のアフリカ睡眠病対策プログラムの担当医師であるパトゥ氏のチームは、新たな患者が発見されたため、遠隔地の保健所に新しい治療薬を運んでいる。(写真提供:Kenny Mbala-DNDi)
コンゴ民主共和国のマシ・マニンバにおいて、DNDiが開発したアフリカ睡眠病の治療薬フェキシニダゾールを医師から受け取る患者(写真提供:Xavier Vahed/DNDi) 。

コンゴ民主共和国のマシ・マニンバにおいて、より安全で効果的にアフリカ睡眠病を治療するためのDNDiの臨床検査の一環として、顕微鏡で脳脊髄液を分析するレオン・カトゥンダ検査技師(写真提供:Xavier Vahed/DNDi)